「ここが僕らのファミリアだよ」
アルムと名乗った少年を連れてやってきた場所。それは僕らの主神であるロキががいる【黄昏の館】……つまりはロキ・ファミリアだった。
ダンジョンから地上に出てから、アルムは様々なものを興味津々で動き回ろうとしていた。もし手を繋いでなかったら迷子になっていた可能性が高かっただろう
リヴェリアはアルムと出会うまでにバッグに入れていた魔石を換金するために別行動をしている。
「ここ……? フィンが連れてきたい場所?」
「あぁ、そうだよ」
門番に挨拶し中へ入る。門番がギョッとしたように僕とアルムのことを見ていたけど、なにかあったのかな? あぁ、そうか。僕が子供を連れてきたから驚いているんだね。後で説明しておくか。
僕とアルムは【黄昏の館】に入り、ロキのいる部屋を目指す。部屋の扉を軽くノックし、声を掛ける。
「ロキ、入るよ」
主神の言葉を待たずに扉を開けると、部屋の中から強烈な酒の匂いが漂ってくる。思わず顔をしかめてしまうが仕方のないことだろう。気になってアルムの様を見れば、思いっきり涙目になっている。
「なんやぁ? どうしたんやフィン?」
少し酔っ払っているのか酒瓶を手に持ったロキが、こちらに顔を向ける。いい加減程々に飲むことを覚えてほしいものだよ。
「君に会わせたい子がいてね。連れてきたんだ」
「なんやなんや? もしかして念願の子が見つかったんかいな?」
「いや、それはまだだけど」
チッと舌打ちをするロキはアルムを見ると、なぜか顔を真っ青にした。
「ふ、フフフフィン!? ソイツ、どこで拾ってきたんや!?」
床に転がっている酒瓶に躓き転びながらも、僕の肩を掴んで揺さぶってくる。やめてくれ、匂いがきつい。
「ダンジョンだ」
「かぁ……マジかぁ」
「そんなに驚くことかい? いや確かにダンジョンにアルムのような子供がいるのは不思議なことだろうけど」
「そうやない。そうやないんやフィン! ソイツ、神殺しやで!?」
神殺し……やはりか。アルムは普通の子供ではないことは一目見たときからわかっていた。もっと言うならアルムのような子供が、単体でウダイオスを倒していたから、そういうなにかがあることはわかっていた。
だが、僕の親指は一切疼いていない。それがアルムのことを少なからず信用している証拠でもある。そうじゃなければロキに会わせようとはしない。
「アルムが普通ではないことくらいわかっているさ。でもね、親指が疼いていないんだ」
「なんやて?」
ロキも知ってる僕の特異体質。僕や僕の近しい人になにかあるかが起こりえるとき、必ずと言っていいほど親指が疼く。
この疼きのおかげで今まで危機を回避していたことがある。それをロキも知ってるからこそ、親指に疼きがないことが衝撃なのだろうね。ましてや神であるロキを殺しうる可能性のある神殺しがいるのだから。
「ホントに、ホントに疼いていないんやんな?」
「あぁ、本当だとも」
「フィン……?」
不安そうな顔をしてアルムが僕とロキを見比べている。
「すまないねアルム」
アルムの頭を撫でると、彼は安心したように目を細める。なんだろう……どことなく猫に思えてきた。
「ずいぶんと懐いてんのやな」
「僕にもわからないんだけどね」
苦笑しながらロキの呟きに同意する。実際アルムは初対面のときから友好的な態度を見せていた。魔石を渡してきたのは謎だったけど。
もし本当にロキの言うとおり、アルムが神殺しなのであれば……おそらく何らかの異常があって神殺しとして機能していない可能性がある。だから本当ならロキに会わせるのは危険であることは承知の上で、僕はロキに会わせている。
「彼をロキ・ファミリアで保護したい」
「え、本気で言うとる?」
「あぁ、本気だよ」
僕が本気であることはロキもわかっているだろう。なぜなら神に嘘は通じない。だからこそがっくりと肩を落としたロキは、ベッドに腰掛けるとアルムを見た。
「君はええんか?」
「……???」
「アルム、君はどうしたい? ダンジョンに戻るか、ここにいるか?」
「……ここにいたら、フィンと会える?」
「そうだね、毎日会えるね」
「いる!! ここにいる!!」
う~ん、やはり彼からの好感度が高い気がする。まだ何もしてないよ僕?
まぁ、アルムがここにいてくれるなら良しとするか。
〜〜〜〜
「ほんなら、やれるかどうかはわからんけど、
ロキと言うらしい女がベッドに寝転がるように言う。それを俺は全力で首を横に振って拒否する。
「なんでや? ファルナを刻んだらフィン達とダンジョンに潜れるんやで?」
ファルナというのは俺にとっても興味深いものだ。だが、それでも拒否したことがあるんだ。
「アルム、もしかしてなにか不満があるのかい?」
「そうなん?」
フィンの言葉に頷く。
「ここ、くさい。かなりくさい」
ゆっくりとなんか苦いもんを噛んだときと同じ顔をしながら言うと、ロキは目を丸くして固まり、フィンは腹を抱えて爆笑している。
「あー……そうか、酒とか放ったらかしにしてたな」
ちょいときれいにするから待っときと部屋から追い出された俺とフィン。
「少し散歩でもしようか」
何がなんだかわからず驚いている俺に苦笑しながら、フィンが頭を撫でてくれる。これだけでなぜか落ち着いてくる。
次にフィンに連れられたのは「しゅうれんば」という場所らしい。
「ここでは、ファミリアに所属している者が鍛錬……わかりやすく言うと強くなるために来るところなんだ」
「強くなる……?」
「そう。僕らは最初はまだまだ弱い。だから強くなるために鍛えるんだ」
なるほど。ところであの金髪の女の子は誰だろう? その視線に気づいたのかフィンもそちらへ視線を向けた。
「ん? おや、アイズも来てたのか」
「うん。今日リヴェリアいないから」
「あー……アルム。この子はアイズ・ヴァレンシュタイン。ここ、ロキ・ファミリアに所属している子だよ」
この子も……それにしても、なんだろうかこの感覚。どこかで覚えがあるような気がする。会ったことはないはずなのに、その顔を俺は知っている。
「アリアドネ姫……?」
「……っ!」
なぜだかわからないがアイズが突然木剣を手に突き刺そうとしてくる。それを紙一重で躱し、フィンの後ろに隠れる。
「どうしてそれを……!!」
「どうしたんだアイズ?」
「ソイツはっ!! 母さんのことをなにか知ってる!!」
「いや知らないけど……」
なんだろう、なにか怒ってるのはわかるのだが、何に怒ってるのかがわからない。
「取り敢えず落ち着くんだ。アルムも困ってる」
「………………わかった」
しばらくして木剣を壁に立ててきたアイズは、若干俺を睨みつけながら「しょくどう」の椅子に座る。俺はわけがわからないまま対面の席に座る。俺が背負っていた大剣は机に立てておいた。
「それで、この子は……」
「アルムは、ダンジョンで生まれたんだ」
「えっ……?」
俺がダンジョンで生まれたことを知っているのは我らが母様と俺だけのはずなのに、どうしてフィンはそれを知っているのだろうか? あとなんでアイズは驚いているのか?
「つい最近ダンジョンに潜ったときに出会ってね。一応連れてきたんだ」
「そう、なんだ……」
アイズは困ったような何かを押さえつけるようなそんな感じがする。それがなにかなのはわからないけど。
「今日はアルムをロキに会わせて、ここで保護しようと思ってね。ロキが部屋を片付けるまで、ロキ・ファミリアのことを案内してたんだ」
「……なんで部屋を?」
「アルムがね、ロキの部屋が臭いって言ったんだ」
また少し笑いがこみ上げてきたのか、口を抑えてそう言うフィンに、アイズは目を丸くして俺を見てくる。
「そうなんだ……」
なんだろう……マジでわからない。
アイズのことはなぜだか初めて会った気がしない。昔……それも遥か遠い昔に出会ったような気がする。そんな事を考えていると、廊下の方からドタドタドタと足音がした。
「団長が子供を連れてきたと聞いたんですけど、誰との子供ですかぁ団長!?」
フィンは頭痛でもしてきたのか頭を抑え始めた。
「君のことをすっかり忘れていたよ……あぁ、頭が痛い」
褐色肌の女は俺を見るなり凄まじい形相で机を蹴り飛ばしながら向かってきた。俺は咄嗟にフィンとアイズから離れるために机の上に乗ると、自ら褐色肌の女の方へ跳ぶ。
「オラァ!!」
褐色肌の黒髪が長い女から放たれる鋭い拳。その拳をなんとか踏みつけてバク転して躱し、机の上に乗る。こちらを睨みつけてくる女は、息を荒くしながら飛びかかってくる。
女の顎を蹴り上げ、なんか柔らかいものを掴むと、俺の後ろに投げ飛ばす。柔らかいものを掴んだ際に声が聞こえたけど、今は無視でいい。
意識を切り替えよう。あの女は俺を見るなりいきなり殺そうとしてきた。つまり……
「敵……っ!! ルラァァァ!!」
体に力を込め、女に向けて走る。手からバチバチと黒い雷のようなエネルギーが溢れ出す。
雷を纏ったその拳を思いっきり褐色肌の女にぶつけようとするが、逆に掴まれて頭突きを食らってしまった。手を掴まれているから吹き飛ぶことはなかったが、それでも2回、3回と頭突きを喰らう。
今まで食らったことのない痛みに頭がクラクラとする。意識が朦朧とし、涙が出そうだった。だが褐色肌の女が頭突きをしてこようとする瞬間に、その顔を蹴り飛ばす。その衝撃で掴まれていた俺の手が解放され、俺は地面に落ちる。
転がりながら何とか体勢を立て直した俺は、もう一度拳に雷を纏い褐色肌の女に向けて走る。
「そこまでっ!!」
俺の手が女の顔に当たるその瞬間、フィンの声が聞こえ体がピタリと止まる。
「だ、団長!! どうして止めるんですか!?」
「ティオネ、君が何を勘違いしてるのかはわからないが、ハッキリ言っておくよ。彼は僕が拾ってきた子供なんだ。傷つけることは許さないよ」
「で、でもぉ……」
キッと俺のことを睨みつけながらもフィンに言い訳をしている女。俺は俺で何が起こってるのか理解できていない。
「フィン、ロキがあの少年を連れてくるように……何だこれは?」
しょくどうの出口からリヴェが入ってくるなり、フィンと同じように頭を抑え始めた。
「食堂の荒れ様を見ればある程度は読めた……が、それでも敢えて聞こう。何だこれは?」
「ティオネの勘違いによる戦闘……そういえばわかるかな?」
「あぁ、ずいぶんと簡単だな……はぁ、頭が痛い」
「わかるよ」
なんだろう。なんか面白くない。
「リヴェ、ロキ?」
「ん? あぁ、ロキが準備できたから来てほしいと言っていた」
「わかった」
「それと、アイズは今から勉強だ」
今にも逃げ出そうとしていたアイズの首根っこを掴み上げながらリヴェは出ていく。掴まれた時に物凄く嫌そうな顔をしていたから、相当嫌いなのだろう。その、べんきょうというやつは。
「ティオネ、君は少し落ち着いてくるといい」
「はい……わかりました、団長」
なぜか肩を落としている女、…多分ティオネはそう言って出ていった。残ったのは何がなんだかがわかっていない俺と、そんな俺を見て苦笑しているフィンだけだった。
フィンに連れられてまたもやロキの部屋にやってきた。相変わらず臭い匂いは消えていないものの、部屋の中は比較的きれいにはなっていた。
「さぁて、そこに寝転がってや」
遠慮がちになりながらもベッドの上に寝転がる。すると俺の背中にロキが跨り、服を捲ってきた。
「安心してな? すぐに終わるさかい」
そう言うとロキは俺の背中の上で何かをしているらしく、すぐに生暖かい液体が背中に垂れてきた。
その瞬間、部屋の中に閃光が走った。その光はまだ日が昇っているというのにも関わらず辺り一面を照らすように真っ赤な光を。
「な、なんやこれ……?」
ロキがなにやら驚きながら背中から降りた。というかベッドから落ちた。手に一枚の紙を持って。
「これがアルムのステータスや」
俺は首を傾げながらも渡された紙を見る。
〜〜〜〜〜〜
アルム・ウェスター
レベル0
力???
耐久???
器用???
俊敏???
魔力???
スキル
『神殺しの勇者』
戦闘開始と同時に身体能力が上昇する。時間が進むごとに強化される。敵対勢力に「神性」があるとき、強化値が2倍になる。
『黒雷拳』
神殺しの雷を纏う。力と俊敏が上昇する。
『???』
???
魔法
【リアネイル・オーガスター】
体内で魔力を溜め込み、敵に向けて開放する究極殲滅魔法。魔力の開放の仕方は使用者のイメージにより変わる。
詠唱
「我らが母の願いよ、我が力となれ。願いよ集え、光となりて刃向かう敵を殲滅せよ」
【幻英再過】
一時的に古代の記憶をその肉体に映し取る。
詠唱
「忘れし記憶を、今我が身に。人々の希望よ、願いよ」
〜〜〜〜〜〜
「こ、これは……凄まじいね」
ロキから渡された紙を見た感想がそれだった。レベル0という見たこともない数字に、すべてのステータスが謎に包まれている。
神ロキのファルナを弾いたのを見て、彼がダンジョンによって生み出された子供であることを再確認できた。謎だらけではあるが、彼自身僕らに危険なことをするつもりはないだろう。
「どうするんや?」
「そうだね、しばらくは様子見かな」
これは僕たち幹部レベルが付き添って様子を見なければいけないかもね。となると後でガレスにも説明しなければいけないのか。
「流石にウチもこんなん予想外やわ。ウチを持ってしてもわからずじまいやったもんもあるしな」
「スキルの一部が表示されてないのはそのせいかい?」
「そや! ギルドなんかに見せられへんで。一発で討伐対象やこんなもん」
「そんなことは僕がさせない。僕の予想が正しければ、彼は僕たちの希望になりうる存在だ。僕みたいな人工的な英雄なんかじゃない、正真正銘の英雄にね」
ロキはいつものニヤニヤとした笑みはなく、真剣に僕の話を聞いてくれている。こういうところは好感を持てるよ。
「やったらどうするんよ? いくらウチかて偽造とかはせぇへんからな?」
「あぁ、わかっているよ」
「にしても、とんでもない問題児やで、こやつ」
「ははっ……そうかもね」
僕の背中ですやすやと眠るアルムは、ロキの言うような神殺しにはとても思えない。でも、ロキが警戒するだけのなにかがあるはずだ。
「それにしても古代の記憶を映し取る、か……ダンジョンで生まれたというのも異質だけど、これを見るにまだ謎はありそうだね」
〜〜次の日〜〜
「今日はダンジョンについて勉強するぞ」
「べんきょう……?」
「学んで賢くなることだ」
リヴェに連れられてたくさんの紙が一つになった物が、たくさん並んでいる大きな部屋にやってきた。そこで椅子というものに座った俺は、なぜか隣でいやいやそうな顔をしている金髪の女の子……たしかアイズを見る。
「ん? あぁ、アイズは私が無理やり連れてきた。いい機会だからな」
「わ、私はもう勉強しなくても」
「ほう? 未だに私が教えたことを守らずにいる小娘が、か?」
「うっ……勉強します」
俺がここ『おらりお』に来るまでに起こった最大の事件として暗黒期と呼ばれるものがあったらしい。おらりおを破壊して何をしたかったのかは終わったあとだからわからないけど、多分しょうもないことなのだろう。
「お、驚いたな……フィンから聞いてはいたが、まさか私が出したテストが満点だとは」
「ダンジョンはこきょう……? だから、ある程度はわかるよ」
「どこまでダンジョンについて把握している?」
「ん? ダンジョンが我らが母であること、我らが母は神を憎んでいること、ダンジョンの最下層には我らが父がいること」
「なに? 最下層に父だと!?」
なんだろう? 凄い驚いた顔してるけど、そんな驚くことあったかな?
「本当に……本当にいるのか、その最下層には、その……お前の父が」
「いるよ……? すべてを滅ぼす邪神が」
「そ、そうか……」
アイズは目を見開いているし、リヴェは疲れた顔してる。なんでだろう?
「べんきょうは……?」
「お前にダンジョンについての勉強はいらなかったかもしれない……いや、予想外の情報を得ただけでも良しとするしかないか」
頭が痛そうに椅子に座るリヴェ。
取り敢えず暇ができてしまった俺は、庭っぽい場所にやってきた。静かで良い風が吹いている。
芝生に寝転がり空を見る。
(いつの間にか、地上のことを誰かに聞かなくてもいいほど詳しくなってきた……これも我らが母の恩恵なのか?)
目を閉じ息を吐く。神経を耳に向け、様々な音を聞く。風の鼓動、鳥の声、街に住む人のざわめき……そして、誰かが近づいてきた足の音。それも2人分。
「アンタ、こんなところで何やってるのよ?」
「わぁ~! この子が新しく入団した子なんだね」
目を開ければ昨日俺に喧嘩売ってきた女の子と、その女の子と顔が似ている褐色肌の女の子がいた。
〜〜〜〜〜〜
ダンジョンの最下層にて、黒い靄に包まれた人型のモンスターがいる。彼は我が子の望みを叶え、一人で生きられるだけの十分な知識を与えると、片手に持っていた大剣を地面に突き刺し、腕を組むと眠りについた。
我が子が自分のもとに到達するのを楽しみにしながら……。