怒涛の展開に追いつけていない僕を置いて、先に行動したのはアイズさんだった。僕の隣で座っていたアイズさんが、気が付いたら僕の後ろに回っていた。というか、抱きしめられていた。
……アイズさんに、抱きしめられて、いた!アイズさんの顎が僕の頭に乗っていて、肩から回された腕は、僕のお腹の辺りで結ばれている。率直に言うと、密着状態だった。ちょっと前まで、ベッドの上で散々されていたことだけど、それで慣れるということはあるはずもない。顔が真っ赤になっていくのも、心臓がこれまで以上に高鳴っているのも分かる。必死に纏めようとしていた僕の思考は一発で撃沈!まぁ、分かり切っていたことだけど!僕がアイズさんに抱きしめられるのに慣れるなんて、そんなことあるんだろうか?ちょっと想像がつかない。
背中に感じるのは、柔らかくてあったかいアイズさんの身体。目の前にアイズさんの髪が垂れてきて、サラサラと顔を撫でて来る。アイズさんの髪を通して、視界が広がっていくことに、物凄い背徳感を感じてしまう。アイズさんの全てが僕にとっては愛おしくて、こうして触れていると、アイズさんが女の子なんだって無理矢理に理解させられる。
それと同時にやって来るのは、今日目が覚めてから何度目かも分からない混乱。基本的にアイズさんが、近くにいるだけでも緊張してしまう僕だけど、これはもう次元が違う。普段のアイズさんからは、想像もつかない行動によって、身動きすら取れなくなった僕にアイズさんは容赦なく追撃を仕掛けてきた。
「ねぇ、ベル?……二人で住む家は、どう?このままでもいいし、二人で一緒に探すのもいいかも……?」
「ふっ、二人で住む家!?な、なんで、そんな話に……!?」
「……?だって、住む所も一緒じゃないと、ずっと一緒にいられないよ?」
……どうしよう、どうしようどうしよう!?間違いなく幸せなのに、同じくらい危うさも感じてる!?アイズさんと一緒に暮らす……。今日みたいに一つのベットに二人で寝て、一緒に作ったご飯を食べさせ合いっこしたり、い、いいい一緒にお風呂に入ったり!?す、すすすすす、凄い!本当に夢みたいだ!しかも、僕が妄想してるだけじゃなくてアイズさんが一緒に居るって、二人の家って言ってる!?こんなことがあっていいのかな!?いいのかも。……いいんじゃない?
だって自分で言うのもあれだけど、結構頑張ったよね僕。まだあんまり自覚出来てないし、皆の力があってこそだけど、黒竜も倒したんだし。憧れていた英雄にもなったってアイズさんも言ってくれた。アイズさんが僕と一緒に居ようとするのを受け入れることぐらい許されても……いいのかも……!?……いや、駄目駄目駄目!?流石にそんなこと許されない!……いや、でもアイズさんがこう言ってるんだし良い、のか!?……分からない。分かりません、アイズさん!?神様!?僕はどうしたらいいんですか!?駄目だ、思考が纏まらない。現状に対して理解が全く追いつかない。このままだと何かトチ狂った発想をしてしまいそうで、本当に怖い!
「……むぅ」
正気と狂気の狭間を行ったり来たりし続ける僕を見て、アイズさんは不満気に声を漏らした。
「……ベルは、嫌なの?」
「へっ?……な、何がでしょうか……?」
「私と一緒に居ること、だよ」
私の英雄になるって言ったのに。そう零れたアイズさんの声は、まるで約束を破られて拗ねた子どものように思えた。それと同時に僕のお腹に回されていたアイズさんの腕に込められた力がギュッと強くなった。恐る恐るアイズさんの方に振り返ってみると、頬を膨らませて如何にも怒っていますと主張しようとしているアイズさんの顔が目の前に現れた。予想外の顔の近さに驚いている僕を置いて、アイズさんは言葉を続けた。
「駄目……だよ。ベルは私の英雄なんだから……。ずっと……ずっと一緒なのに」
「……」
「ベル」
「……ねぇ、ベル、聞いて、る?」
「は、はいっ」
「だったら、返事をしないと、駄目、だよ……?」
「……はい」
どうしよう。アイズさんが可愛すぎる。こんなに近くからアイズさんの顔を見ることなんてないから、新鮮な気持ちと、どうしようもなく恥ずかしい気持ちが同時に湧き上がってくる。アイズさんの顔を見つめているのが恥ずかしくなって首を振って前に向き直る。今日起きてから消えることの無い混乱を引き起こしているこの不可思議な状況すら、アイズさんの可愛さの前には、些細なことのように思えてくる。全然そんなことないのに。しかしそうも言って居られない。とにかくアイズさんの暴走(暴走って言って良いのか分からないけど)を止めないといけないのは確かだ。
これは、明らかに普通じゃない。常軌を逸していると言ってもいいだろう。立派な一軒家に僕とアイズさんの二人きりで一緒のベッドで朝を迎えるなんて神様も、多分だけどロキ様だって許したりしない。というか、違う派閥の団長と幹部が二人きりで生活するだなんて、世間一般からしてもあり得ないことだ。
つまり、考えられるのは二つ。一つ、ここが僕の夢の中で、アイズさんと一緒に暮らすという幸せな時間も全てが、僕の妄想だという説。二つ、神様もロキ様も知らない状態か、知っていて許可が出ている中、それぞれの派閥のメンバーにも状況を受け入れられているという説。
うん。圧倒的に前者が濃厚だ。何がどうなったら後者のような状況になるのか、謎すぎる。
というわけで、恐らくこれは夢。きっとそうだ。そうじゃないと説明がつかない。……なら、もう少しこのままでも、いいんじゃないか。誰かに迷惑を駆けるわけでもないんだし、アイズさんはそれはもう可愛いわけだし。
こうして、冷静になったと錯覚した僕は、その実混乱冷めやらぬまま、未だに僕に抱き着いたままのアイズさんに返事をした。
「……嫌じゃない、です」
「……え。」
「アイズさんと一緒に居ると、胸の奥の方が温かくなるんです」
「ベル……?」
「アイズさんの声を聴くと、とてもドキドキして、心臓がギュッと締め付けられるみたいに苦しくなるんです」
「ベル、待って」
「アイズさんは女神様よりも綺麗で、可愛くて」
「……な、え」
「出会った時から、助けてもらったあの時からずっと憧れていて」
「ひぇ」
「ここまで頑張れたのも、アイズさんの隣りに立てるように、なりたかったからなんです」
「……」
「そんな
よーし!言った!言ったぞ!近々しようと思っていた告白の予行練習みないな感じになっちゃったけど、うん。我ながら、結構恥ずかしいことを言った気もする。まぁ、夢だからこのくらい許されても良いはずだ。
……はずなんだけど、アイズさんが黙ってしまった。僕が話している途中から、アイズさんは僕の背中の方に引っ込んでしまって、どうなっているのか見当もつかない。僕のお腹に回された手はそのままだし、息遣いも聞こえるのに、アイズさんは静かだった。
ただ、このままでは不安になる。もしかしたら、アイズさんを不快にさせてしまったのだろうか。幾ら夢でもアイズさんを傷つけるのは嫌だった。
「あの、アイズさん?大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫だよ」
「あの、嫌だったりしませんでしたか」
「全然、嫌じゃなかったし、嬉しかったよ」
「……良かった、です」
本当に良かった。夢とはいえ、アイズさんに拒絶されたりしたら、当分立ち上がれない気がする。
「……ねぇ、ベル」
「なんでしょうか、アイズさん」
僕の名前を呼んだアイズさんは、ただでさえ近かった顔を更に寄せていた。そして、ちょうど耳元で囁くように発せられたアイズさんの声には、今まで感じたことの無い熱がこもっていた。
「ずっと一緒、だよ」
続いて耳に感じた吐息には湿度すら存在するようで、夢とは思えない程の質感だった。
……あれ?
◇◇◇
先程まで見せていた幼子のような表情は何処へやら。