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Conversation

カナダで今住んでいる地域の警察のお知らせには、 「性被害はすぐに言えるとは限りません。被害から報告までの期間に制限はありません」 と明記されている。 こうした理解は、世界中の研究と当事者の声によってすでに共有されている「常識」。 性被害、とくに加害者が親や家族など強い権力関係にある場合、 被害を言葉にできるまでには何年、何十年という時間がかかることも珍しくないわけで。 その沈黙には、恐怖、羞恥、経済的依存、社会的孤立など、複数の要因が絡んでいる。 だからこそ、カナダでは警察がはっきりと「通報までの期間に制限はない」と言葉にしている…。 「なぜ今になって言うのか」ではなく、「今やっと言えたんですね」という前提で、制度が支えている。 それが、「進化していく社会」のあり方だと思う。 一方で、日本では「親からの性被害を20年経ったから無効」とするような判決… 制度の論理を使って「もう遅い」と切り捨てる構造そのもの。 つまり、知見はすでにあるのに、それを司法に反映できていない。 その“進化の遅れ”によって、また被害者が切り捨てられる。 制度が遅れるたびに、痛みを背負わされるのは、いつも声をあげる側。 その制度は今、声をあげさせない装置として、機能してしまっている。
Quote
しば
@yamayama_nae
30年以上前に実父から性的虐待、賠償求めた女性の敗訴確定 最高裁(朝日新聞) news.yahoo.co.jp/articles/3568f