ノット・アクターズ   作:ルシエド

73 / 74
百城千世子の『ファン』's

 電話は文明の利器だよな。

 撮影のやり方も、作品作りも、『携帯電話』って概念が登場する前と登場した後で随分変わったって話はよく聞く。

 俺も十五年前の撮影の様式は覚えてるから、その辺の変化は分かる人間の一人だ。

 昔はスマホとかなかったもんよ。

 

 俺のこの手の中の携帯電話が、遠くのスターズ事務所の電話に繋がってるとか、よくよく考えなくても便利にもほどがあるぜ。

 

『じゃあ、大丈夫だったんだ』

 

「はい。すみません石垣さん、心配して電話までかけてもらってしまって」

 

『フフフ、いいんだよ。

 こっちが勝手に心配しただけなんだから。

 朝風君達がちゃんと撮影を進められているのなら何よりだ。あと数日、頑張って』

 

「はい」

 

『こっちの都合でスターズは途中からどんどん東京に戻ってしまったからね。

 オーディション組に恨まれてないか少し心配だったんだよ。大丈夫だったかな』

 

「24日目に百城さんと景さんが名演して以来、完璧にそういうのはなくなりましたね」

 

『ああ、なるほど。

 僕は見られなかったけど、"あの二人には敵わない"ってなったのかな。

 それとも、スターズ組にもオーディション組にも凄いやつはいると認識されたのか』

 

「両方でしょうね。

 とてもいい名演でした。

 ……景さんが寝込んでしまったのが、ちょっとケチついてしまった感はありますが」

 

『高熱出しちゃったんだっけ?』

 

「はい。傷口から何かよくないものが入ってしまったみたいで……」

 

『でも医者は薬投与で良いって言ってるんでしょ? なら大丈夫なんじゃないかな』

 

「だと、思いたいですね」

 

『医者を信じなよ、心配性。

 破傷風*1でもなかったんだし、君が事前に色々想定してたおかげさ。胸を張ろう』

 

「……はい」

 

 そう言ってくれるとちっとは気が楽になるがな。

 やっぱ気が重いわ。

 女優がかすり傷とは言え怪我して、そっから何か入って、高熱出した……なんて、サラッと流して良いことじゃねえと思う。

 反省して、もう起こさねえようにしねえとな。

 

 ……ん?

 電話の向こうがなんかうるさくなってきた。

 

『いいから代わってよ、私今日を逃したら事務所にしばらく帰ってこないんだから』

『えーもううるさいなー』

『私と二葉は姉弟だから二倍話すこと許してよ』

『何言ってんだこの人』

『はいはいちょっと電話前だから押さないでねー、フフフ』

 

「……楽しそうですね。俺もすぐ戻りますよ。

 デスアイランドが終わったら、皆さんの仕事場を回ったりするかもです」

 

『あ、そうなの? じゃあそうなったらよろしく頼むよ』

 

 本日、撮影26日目、朝。

 

 景さんは高熱出して寝込んでて、他の皆は気合十分。

 

 撮影日数、残り五日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おめーら初日からそういうのやれ、とちょっと思った。

 そんくらいオーディション組の動きがよくなっていた。

 もうオーディション組のほとんどは自分が死ぬシーンを撮り終えてて、一部はオールアップまで終えていたが、撮影終わり際になってから皆なにかしらの成長を遂げていた。

 百城さんと景さんの名演がよっぽど刺激になったらしい。

 

 デスアイランド中は無名の俳優レベルでしかなかった、彼らだが……数年後、十数年後にどうなってるか、ちと楽しみだ。

 

「あ、英二さん! どうでしたかさっきの私! 夜凪さんにちょっとは近付けてましたか!?」

 

「成長の跡は見られましたよ、木梨さん」

 

「あ、やった! 英二さんにそう言われるとそうなんだって信じられます!」

 

 夜凪さんに憧れてた木梨さんも、随分演技の質感が増した。

 もうそろそろ高校演劇部レベルの世界じゃなくて、プロの世界でもちゃんとやっていけるレベルになるかもな。

 真っ先に景さんのファンになったこの人の目は、正しかった。

 

「私今日でオールアップです。今日までありがとうございました!」

 

「いえ、こちらこそありがとうございました。お疲れ様でした、木梨さん」

 

「色々と助けてもらって、とっても助かりました。

 映画の裏方ってこんなに沢山のことするんですね……」

 

「あー、それはですね。

 俺が心配性で凝り性だからなのもあります。

 ちょっとくらいは手を抜いてもいいんですよね、撮影って。

 でも俺の場合、安全性や快適さのために余計なことまでしたくなるというか」

 

「でもでも、それが夜凪さんを救ったんじゃないでしょうか?」

 

「ネットを張ったのは皆でやったことですよ」

 

「でも英二さんが頑張ったおかげだと思うんですよ! わっかりませんか!?」

 

 この子テンションたけーな。

 というかいつの間にか距離詰められてた気がする。

 

「夜凪さんを助けてくれてありがとうございます! 英二さん!」

 

「それでお礼を言われる筋合いはありませんよ。

 俺一人でやったことでもなく、俺は当然のことをしただけですから」

 

「当然のこと……? そうですかね?」

 

「彼女は友人です。友人の命を守ることは当たり前のことでしょう? だから……」

 

「……いい人ですね、英二さん!」

 

「あーもう、じゃあそういうことでいいです」

 

 元気な人だな。

 

 いや、そうか。

 

 元気なだけで、普通に明るく、普通にいい人な、普通の子なんだな、木梨さんは。

 

 きっと、キチガイからは程遠い。

 

 

 

 

 

 26日目、夕方。

 

「では本日の撮影はここまでです。皆さん、お疲れ様でした!」

 

「おつかれさまっしたー!」

 

 今日も一日が終わる。

 

「朝風さーん、これから皆で飲みに……あ」

 

「すみません。時々言われるんですけど、俺まだ18なので。

 食事に誘ってもらえたのは嬉しいんですが、お酒があるならパスでお願いします」

 

 助監督とか各部門スタッフとか、色んな人をたくさん引き連れた演出の人が俺を誘ってくれたが……酒はな。ちょっとごめんなさいするっきゃねえ。悪いな。

 

「惜しいな」

「しょうがねえな」

「じゃあそうしよっか」

「……あれ? 皆同じこと考えてる」

「俺達の気持ちが……一つに……?」

「無駄に心を一つにするな」

 

「?」

 

 なんぞや。

 

「今日は皆酒無しで行くぞー。英二君に合わせてやろうや」

 

「え」

 

「どこ行きます? やっぱ肉?」

「英二君の分私が払いますよー」

「朝風君抜いた大人全員で割り勘でいいんじゃない?」

「俺こういうとこのラーメンは美味いって知ってるんですよ」

「食べログ機能してなくてちょっと笑っちゃった。流石南の島」

「いや南の島でしょ? 鳥豚牛より魚の方が絶対美味しいですって」

 

 うおお、なんか俺に合わせてくれてる。申し訳ねえ。嬉しい。

 

「しょうがないねえ」

 

「て……手塚監督……?」

 

「今晩は交流会ってことで、皆の晩御飯は僕が奢ってあげよう」

 

「て……手塚監督!」

 

「俳優の前じゃ言えないこととか色々あるよね。パーッといこう、パーッと」

 

 手塚監督! ずっとついていくぜ!

 

 腹一杯まで食わせてもらった。

 わさび入り醤油でびたびたにした白身魚と赤身魚とタコでご飯食べるの美味しい。

 ネギトロ美味い。イクラ美味い。アラ汁美味い。

 ありがとう手塚監督。

 ブラボー手塚監督。

 お腹いっぱいになったら全てを許せそうな気持ちになってきたぞ。

 

 

 

 

 

 27日目、朝。

 

 30日目で終わりだから、もう残り日数もほとんどねえな。

 が、実は撮影しなくちゃならん日数もほとんどねえ。

 十数分のクライマックスは相応に沢山のカットが必要で、よって日を跨いだ数日の撮影が必要だったが、それが一日で終わったんで逆に余裕ができたんだな。

 だが。

 

「撮り直しですか?」

 

「うん。オーディション組の芝居がよくなってきたから、差し替えもいいかなって」

 

 まさかここにきて、百城さんから再撮影と撮影内容差し替えの提案があるとは。

 たまげるわ。

 いや、時間ギリギリじゃねえなら、より良い映像に差し替えるってのはいい案なんだが。

 

「クライマックスを一日で撮り終えたから、まだ余裕あるよ」

 

「マジですか? やっちゃいます?」

 

「やっちゃおう、ね?」

 

 監督に直訴して、了承された。

 うへー。

 こりゃ楽しくなってきたぜ。

 

 

 

 

 

 27日目、昼過ぎ。

 

 すげえ。皆めっちゃスムーズに撮影するようになったな。

 百城さんとかが潤滑油にならなくても、百城さんが最低限のことするだけで、流れるように撮影が進んでいく。

 俳優が裏方を理解してる。

 裏方が俳優を理解してる。

 スターズ組とオーディション組の間にわだかまりもなく、そこにも相互理解がある。

 これが、一ヶ月近くを共に過ごし、共に駆け抜けた結果……ってわけだ。

 

 まるで一つの生き物みてえだ。

 互いが互いを理解してきた今日までの積み重ねが、撮影の流れを淀みなく組み立てる。

 助け合い、支え合い、フォローし合う、撮影っていう集団。

 ……ニチアサで一年やってると自然とこうなるんだが、一ヶ月でこうなるとはな。

 俺もちょっと驚きつつも嬉しい。

 

「芝居しやすくてええわ」

 

「茜さん」

 

「あ、英ちゃん。ちょっと相談あるんやけど」

 

「どうぞどうぞ」

 

 茜さんの言う通りに背景の建物壁を調整しながら、茜さんと雑談する。

 

 話は自然に、嵐の日のクライマックス撮影のことになった。

 

「あれちょっと悔しかったわ。

 私と共演しとる夜凪ちゃんも、私と共演しとる千世子ちゃんも、全力じゃなかったんやて」

 

「あれは……しょうがないですよ」

 

「私達の芝居が未熟だったせいやろなあ。

 千世子ちゃんのあんな芝居も、夜凪ちゃんのあんな芝居も引き出せんかった。

 あー悔しい! 大女優になりたいわぁ、もうホンマ悔しゅうてな」

 

「笑って話せるなら、きっと大丈夫ですね」

 

「ん、大丈夫や。これは笑って話せる嫉妬やから」

 

 本当に成長したな、茜さん。

 精神的にも、技術的にも。

 あと数年はかかると俺が思ってた予想は、景さんの影響によって簡単に覆された。

 この歳でこの技量なら、きっと得られる仕事は一気に増えるだろう。

 デスアイランド公開後の"湯島茜の周りの評価"がどうなるか、楽しみだ。

 

「もう終わった気になるんわ早いけど、ええ経験になった。私はもっと精進せんとな」

 

「応援してます。手が空いたら……これまで通りとはいきませんけど、助けにいきますよ」

 

「英ちゃんやと休みの日に休日返上で来そうやなあ、あはは」

 

 スターズが助けに行くの許さなかったら、有給でも取って個人として行くさ。

 俺達、ダチだろ?

 

 ……?

 茜さんが、俺の顔をじっと見てる。

 

「英ちゃん、前がそやなかったわけやないけど……表情、優しくなったんとちゃう?」

 

「そうですか?」

 

「せやせや。英ちゃんの表情のプロの私には分かるんや」

 

「妙なプロにならないでください……」

 

 何言ってんだこいつ。

 

 しっかし表情ねえ。俺もなんか、変わったのかな。

 

 

 

 

 

 27日目もあと数時間で終わる。

 南の島の夜は、街らしい喧騒がなくて静かで、風の音や波の音が穏やかだ。

 静かじゃないが穏やかな夜、ってのはなんか面白え。

 

 俺は景さんの部屋に見舞いに行っていた。

 高熱は引いたがまだ熱が出たり引いたりしてるそうで、景さんはずっと寝込んでる。

 心配でたまらんが、医者は大丈夫と言ってる。

 医者を信じるしかねえな。

 

「こんばんは」

 

 返事はない。

 寝てるのか?

 俺は部屋に失礼して、目を閉じてベッドに横になっている景さんを見る。

 

 ベッド脇には、空の皿と空のペットボトルがあった。

 食欲がねえってわけでもないそうなんで、俺は時々ここに飯を置いていっている。

 景さんは気ままに寝て、気ままに起きて、腹が減ったら俺が置いていった飯を食う。

 病気の対策にはしっかり飯食うことが一番、なんて言う人もいるからな。

 今日はおにぎりとアクエリアスである。

 

 夜凪さんの顔を、少し眺めてみる。

 

「綺麗だな」

 

 景さんは目を瞑ってる。

 本当にお疲れ様だ。

 こうなったのはあの時の撮影のせいで、あの時の撮影で景さんが本気でやってくれたからこそ、作品はいい形で完成できる。

 目を瞑っている景さんの額が汗ばんでるのを見て、お湯に漬けて絞ったタオルで、優しく汗を拭いてやった。

 熱のせいか、少し顔が赤い。

 

 昔、おふくろにこんなことしてあげた覚えがあるな。

 病人の扱いなら、俺はそこそこ得意だ。

 少し赤い顔の汗を軽く拭いてやるくらいなら、俺も手慣れたもんだぞ。

 

「聞きましたよ、茜さんから。あれ景さんだったんですね」

 

 幸い景さんはあのクライマックスでオールアップだ。

 あともうすることはねえ。

 ゆっくり休んでてくれ。

 

「おにぎり、美味しかったです。ありがとうございました」

 

 景さんに頭を下げて、俺は空の皿とペットボトルを持って部屋を出て行く。

 

 しかしあれだな。

 

 役者として演技してる時以外だと、あんた寝たフリも微妙にヘタクソっつーか……考えてることが顔に出やすい人なんだな。

 それとも俺の観察力がまた伸びたんだろうか。

 

 そこは、俺の知ってるアリサさんとは全然似てねえわ。

 芝居はかなり近いタイプだと思ったんだが。

 ……案外、景さんはアリサさんとは、全然違う道を行くのかもしれねえな。

 

 

 

 

 

 28日目。

 

 烏山さんと源さんが共演し、演技をぶつけ合っている。

 うーん、いいな、なんか。

 熱意を迸らせ、熱いキャラが向いてる、舞台俳優の良さを出していく烏山さん。

 知的で冷静で、クールなキャラが向いてる、テレビ俳優の良さを出していく源さん。

 二人は違うからこそ、互いの良さをカメラ越しに観客へと魅せられる。

 いいなこれ。

 もっとこの二人共演させても良かったんじゃねえの?

 

 景さんのオーディションの時に、こんだけきっちり属性が正反対な男二人が一緒だったっていうのは、幸運だったのかもしれねえな。

 

「前からお前が、気に入らなかったんだ!」

 

「奇遇だな、俺もだ!」

 

「はい、カット! OK!」

 

 うむ、いいな。

 結構ガッシリとした体格で身長182cmの長身の烏山さん、細身ですらりとした体格で身長169cmと平均以下の身長の源さんが向き合ってると、対比で輝くが……クソ。

 俺にもその身長分けろや……!

 169cmで平均以下の低身長扱いとかキレそう。

 

「お疲れ様です、お二人とも。飲み物どうぞ」

 

「ありがとうございます朝風先生!」

 

「あざす、英二さん。いつも貰っててなんか申し訳ないっすね」

 

 良いんだよ、飲み物くらい。

 

「おう烏山、次は俺との共演だな」

 

「竜吾! ああ、その通りだ」

 

「殺し合いが始まる前のワンシーンだが、まあやってやろうぜ」

 

「ああ!」

 

 堂上さんと和歌月さんが来て、烏山さんと源さんに合流して……なんだこれ。

 

「なんか知らない内に仲良くなってますね……和歌月さん、何か知ってますか?」

 

「あの二人、枕投げしてから仲良くなったんですよ」

 

「まくらな……は? え、ちょっと待ってください、どういう流れでそうなったんですか」

 

「流れは説明できますが、仲良くなった理由までは説明できませんよ。

 何故かあの二人だけ格別に仲良くなったんですから。……男の人って分かりませんね」

 

「……まああの二人のことですから、何か通じ合うこともあったんですよ、きっと」

 

 よく分からんが分かった。

 

 って、こっち来たぞ堂上さんと烏山さん。

 

「おう英二、お前も枕投げ来りゃよかったんだよ」

 

「そうですね。交流会に朝風先生も来てくれていたら倍楽しくなっていたことでしょう」

 

「お二人はなんで修学旅行時の中学生みたいになってるんですか?」

 

 楽しそうだなこいつらの人生。

 

 いや、逆か。

 

 共演者と分かり合いながら進めていく撮影と、それがある人生は、楽しいんだな。

 

 芝居があるから、戦友が居るから、楽しいのか。

 

「あ、朝風さん発見」

 

 ん?

 あ、オーディション組だ。

 地味の佐藤さん。メガネの八代さん。ポニテ女子の一色さん。ぽっちゃりの小西さんに坊主頭の小寺さんに……前に俺に『テレコ』のこと聞きに来た組だな。

 

「アサっちー、よければ私達と一緒にお昼食べない? 奢るよ」

 

「それは構いませんが……何用ですか?」

 

「前に『テレコ』の話したじゃない。

 あれみたいにためになる話また聞きたいなって。

 もう私達の撮影は終わるけど、私達の役者人生はこの後も続いていくからね。

 アサっちの目から見た私達の演技改善案とかあったら聞きたいなーって話にもなってさ」

 

「なるほど、分かりました。俺に出来ることなら」

 

「やたっ、あの百城千世子の美術相方のアドバイスだっ」

 

 まったく。

 オーディション組とスターズ組で仲良くなったり。

 オーディション組で仲良くなったり。

 一ヶ月弱の間に、色んな関係ができたもんだ。

 

「あ、夜凪さんファンの木梨さんだ。あの人も誘わない?」

 

「大所帯の昼飯になりそうですね」

 

 それぞれの人に、違うライバルがいた。

 それぞれの人に、違う仲良くなった人がいた。

 それぞれの人に、違う目標がいた。

 それぞれの人に、信じる自分の芝居があった。

 それぞれの人に、譲れない何かがあった。

 

 24人の俳優と、無数の裏方で進めてきたデスアイランドの撮影が、もう少しで終わる。

 

 

 

 

 

 撮影29日目。

 

 本日の撮影も終了。

 

 あと明日、海岸線でアキラ君が死んで百城さんが看取るシーンとか撮って終わりだ。

 いやーすんげー余裕。

 こんな余裕だと逆に不安になって何度も再確認しちまったわ。

 余裕ありすぎても不安になるもんなんだな。

 

「もうボチボチ終わりですねー」

 

「そうだね」

 

「夕日が綺麗ですよアキラさん」

 

「見納めに島を回るってのもいいものだ……あ、カニ」

 

「カニですね」

 

「食べたら美味しいんだろうか……」

 

「……今日の晩飯カニ食いに行きましょうか、アキラさん」

 

「いいね。それなら千世子君も誘おうか」

 

「夜凪さん達も誘いましょう。楽しそうですし。いいですか?」

 

「あー、うん、いいんじゃない? 夜凪君誘っても」

 

 俺はアキラ君を誘って、散歩もどきのドライブに出ていた。

 どうせ明日夜にはアキラ君帰っちまうからな。

 南の島を最後に堪能していってもらおう。

 イェーイ友達と南の島巡りー。

 しかしこういうのは彼女と行くもんじゃなかろうか。でも俺彼女いねえしな。アキラ君は女には困らねえ人だけど根が真面目だからスキャンダル絶対回避マンだし。

 俺もアキラ君も彼女欲しい気持ちが無いわけじゃねえけど、ずっと先の話になりそうだ。

 

「まだ終わったわけじゃないけど、今回も一緒の仕事で助けてくれてありがとう。朝風君」

 

「いえいえ、好きでやってることですから。

 他の人の多くとは仕事でやってることでも……

 アキラさんの手助けは基本的に好きでやってるんですよ、俺」

 

「それは嬉しいね……あ、ストップストップ。土産屋発見だ」

 

「地元民しか知らない土産屋オーラがビンビンに出てますね……

 ……あ。

 タカトク・ジャンボキャラクター人形! ウルトラマン! ウルトラマンじゃないか!」

 

「この島一体何体生息してるんだウルトラマン人形ッ!」

 

 土産屋行って、二人でちょっと楽しく土産屋物色して、俺が運転する車の帰り道。

 アキラ君が、ぼそりと言った。

 

「そうだ、聞きたいことがあったんだけどさ」

 

「なんですか?」

 

「"君の友達としての星アキラ"が気にすることは、一つしかないよ」

 

 アキラ君はいいやつだ。

 

 

 

「朝風君。この撮影は、楽しかった?」

 

 

 

 目の付けどころも。

 気にするところも。

 心配するところも。

 基本的に、いいやつだ。

 

 俺がこの人のことを助けたいと思う理由は、これだけで十分過ぎる。

 

「はい。辛いことも多くありましたが、楽しかったと思います」

 

 アキラ君は、安心したように微笑んだ。

 

「君が楽しくやれてるなら、楽しく生きられているなら、それ以上は君に望まないよ」

 

 "この撮影を君が辛く思ってたんじゃないかと思ってた"と、思ってるのが分かる。

 "君が良いならそれでいい"と、思ってるのが分かる。

 あーもうなんだ。

 この人はなあ。

 

 俺がデスアイランドで作業してるのずっと見てて、俺の負担とか苦悩とかずっと見てて、ずっと俺のこと心配してくれてたんだろうな。

 だろうと思ったよ。

 だから俺は、斜面でどういう作業すんのか、アキラ君には伝わらねえようにしてたんだ。

 言ったら止められてややこしくなってただろうしな。

 

「それが一番、大事なことだからね」

 

 親父。

 

 信頼できるキチガイ探せって言ってたよな。

 キチガイじゃねえ信頼できる人も、俺の人生にとっちゃ大切だったよ。

 色々あったけど、俺の人生は今、楽しいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう撮影29日目が終わったか。

 僕は監督やって長いけど、こんな撮影は初めてだった。

 長かったような、短かったような。

 激動の撮影だった。手塚監督のせいじゃん、って言われたら否定出来ないけど。

 

 ……昔を思い出すな。

 二代目の父と……朝風と、一緒に仕事した時のことを。

 一度、打ち上げの時、朝風の隣の席に座ったことがある。

 周りの大人から技術を際限なく吸収していく二代目を見て、朝風は一人の父として嬉しそうに、一人の造形屋として戦意を持って、息子を見ていた。

 

『あいつは皆の作品だな』

 

 作品? と僕が問い返す。

 

『映画と同じだ。

 映画は皆でその作品を愛し、皆でそれを作り上げる。

 あいつはな。

 きっとこの先、周囲のあらゆる技術を吸収して成長する。

 周りの大人に教え指導されて進化する。

 ……映画と同じだ。

 お前達は、皆で力を合わせて最高の物を作ることを喜ぶ人間だ。

 そんなお前達が映画を作るように、最高の子供を作っているように、俺には見える』

 

 考えすぎじゃないか、と僕は言った。

 

『いずれ、お前達皆があいつを……朝風英二を作るだろう。

 あいつは周りの大人に愛されている。

 子供のように愛され、孫のように愛され、作品のように愛されている。

 あいつがそれに気付くかどうかは知らんがな。

 あいつは作る者という意味でも、作られた者と言う意味でも、最高の造形の象徴になる』

 

 父親の台詞じゃないな、嬉しそうに言ってるように聞こえるぞ、と僕は言い。

 

 ああ、と朝風は答えた。

 

『映画黎明期のジジイの技術まであいつは取り込んでる。

 昭和の遺物まで英二に技を教えてる。

 英二の中には多くの人の技があり……その中には、俺の技もある』

 

 朝風は死んだ。息子を庇って死んだ。あいつらしくもない死に方だった。

 

『あいつが生きている限り、俺は生きている。そんな気がするんだよ』

 

 今なら分かる。

 

 朝風は、自分の息子について100語れば、その内の1つくらいは、あいつらしくないことを言うやつだったんだと。

 

「手塚監督」

 

「やあ、二代目」

 

 過去の記憶に浸っていた僕の心が、現実に帰還する。

 

「明日が最終日ですね。

 撮るカットももうほぼありませんが、油断せず行きましょう」

 

「うん、そうだね。ああそうだ。明日、夜凪ちゃん復帰だってさ」

 

「本当ですか?」

 

「熱が下がってきたし、顔色も良くなってきたんだってさ。ま、もう撮影はないけどね」

 

「それでもよかったです。このまま寝たきりだったら、どう責任を取ろうかと」

 

 責任取る気だったんだ。

 まったく、生真面目な。

 親の遺伝子をちょっと感じちゃうよ。

 

 少し、沈黙が流れる。

 気まずい沈黙。

 何かを言おうとして言い出せない沈黙。

 数秒の沈黙の後、僕は口を開いた。

 

「君は怒って良いんだよ。

 君が大切にしてた千世子ちゃんの仮面を壊そうとしてたのが、僕なんだから」

 

「いえ、怒る気はありません」

 

「君は優しいね。慈悲深さに涙が出ちゃいそうだ」

 

「いえ、優しさとか慈悲とかではなくてですね」

 

 うん?

 

「手塚監督の思考って……

 百城さんが好きで好きでたまらないファンのそれだったじゃないですか。

 それもちょっと面倒臭いタイプの。

 だってそうでしょう?

 手塚監督は、百城さんの仮面の下に素敵なものがあると、信じて疑ってませんでした」

 

「―――」

 

「手塚監督は、百城さんがあの仮面だけじゃないと信じてました。

 仮面を外せば見たことがない素晴らしいものが見られると信じてました。

 醜悪が出て来るとも、情けない演技が出てくるとも思ってませんでした。

 信じてたんですよね、監督は。

 百城さんをとことん信じてました。

 百城さんの仮面を見飽きて、他の女優に行くでもなく、百城さんの新しい顔を見たがった」

 

 そうか、僕は。

 

「手塚監督、俺と同じくらいには百城さんのファンじゃないですか。

 途中で気付いちゃったらもう、単純に嫌ったり憎んだりできないですよ」

 

「君は本当に……他人の本質を見抜くというか、怖い目をしてるね」

 

「ぶつかり合う理由があっても、同じものが好きで同じ作品に尽力するなら、俺達は戦友です」

 

 まったく。

 彼をこの撮影に引き込んで、本当に良かった。

 千世子ちゃんには僕の知らない千世子ちゃんの顔があって……僕の中にも、僕が知らない千世子ちゃんへの気持ちがあったみたいだ。

 そうだね。

 僕はきっと、彼女のファンだったんだ。

 

「第一、手塚監督は徹頭徹尾百城さんしか見てなかったじゃないですか。

 景さんをこの撮影に引き込んだのも百城さんの仮面を壊すためなんですよね?

 景さんをデスアイランドで目立たせるとか、名演が見たいとかじゃないんですよね?

 手塚監督が見たかったのは仮面を壊した百城さんで、他全部そのための要員じゃないですか」

 

「あはは、そう言われると僕も結構恥ずかしいよ」

 

「仮面なしの百城さんをカメラに撮りたかった監督の期待に、景さんは応えてくれたんです」

 

「分かってるよ。あの子は本当に僕の期待によく応えてくれた。感謝してる」

 

「後で百城さんに怒られるくらいは覚悟しておいてくださいね」

 

「……はい」

 

 監督手塚の尖兵夜凪景は最高の働きをして、天使百城千世子は素顔を引き出された……わけだけど、まあ後で謝っとかないといけないよね。

 

「でも俺も、あんま色々は言えません。

 得るものも多かったですし。

 ……両親の死をきっかけに抱いていた恐れを、ようやく克服できた気がします」

 

 夜凪ちゃんをこの撮影に引き込んでよかった。改めて、そう思う。

 

「本当に、夜凪ちゃんには頭が上がらないな」

 

「え?」

 

「正直言って、君が夜凪ちゃん達の影響で変えられたことは、予想外だったよ」

 

 二代目は変わった。

 恐れが拭い去られている。

 両親が死んで、その死を二代目が乗り越えて、後に残ったのは事故死を恐れる心、自分が置いていかれる死別を恐れる心……そういったものが残っていた。

 それが今はもう、だいぶ薄れたように見える。

 

 けれど、ここ数日を見る限り人の命を軽んじるようになったようには見えない。

 たとえるなら、崖だ。

 崖から崖に飛び移る時は、落ちることを怖がる者よりも、落ちることを恐れない者……恐怖を持ちながらもそれを克服した者の方が落ちにくい。

 

 人が傷付き、死ぬことを恐れた二代目がかつていた。

 その恐怖を克服し自らの糧とすることを覚えた二代目が今はいる。

 あの瞬間、流された夜凪ちゃんが生還したことが、彼の心に"一区切り"を与えたんだろう。

 死んでいった親が彼に必要な恐怖を与え、生還した夜凪ちゃんと千世子ちゃんがその恐怖を乗り越えさせ、彼の中で一つの気持ちが完成した。

 

 危険な撮影を恐れず、けれども俳優の危険を限りなく0にし続ける者。

 

「全てのしがらみを越えた上で人の命を尊べる君なら。

 心に巣食っていた恐れを乗り越えた今の君なら。

 そうだね……もう病気や交通事故くらいでしか、作品作りで人と死に別れることはないと思う」

 

 周囲を変化させ、成長させていくのが夜凪景の輝ける形質なら、朝風英二もまた、その影響を受けて変わっていっている者の一人。

 

()()()

 

「!」

 

「君はもう、父親のやり方と技術を受け継いだだけの二代目じゃない。僕はそう思う」

 

 君が、自分が父親を超えたんだと思えるのは、まだ先のことかもしれないけれど。

 

 僕は僕個人の見解として、そう思うよ。

 

 君はもう二代目なんて呼ばれる筋合いのない―――父親を超える、一人の男になったって。

 

「君はあいつにとって自慢の息子だ。

 それは断言できる。

 何せ僕は、君が知らない君の父親の顔を知ってる男だからね」

 

「―――」

 

「いい息子を持った彼が羨ましいよ。僕はもう、君は父親を超えてると思う」

 

 言葉に詰まった英二君の表情に、沢山の感情が見える。

 懊悩、憤怒、悲嘆、感激、嫉妬、優越、歓喜、後悔、懺悔、親愛、思慕。

 ぐるぐるとめまぐるしく感情が変わっていって、それぞれ混ざっていく。

 親を超えたいという気持ちと、親をまだ超えていないという気持ちが混ざってる。

 いいんだ。

 君はそれでいいんだよ。

 親の背中を追うことは間違いなんかじゃないと、僕は思う。

 

「ありがとうございます」

 

 絞り出したような言葉には、英二君の万感の想いがこもっていて。

 

 僕の耳には、少し救われたような気持ちがこもっているように聞こえた。

 

「この仕事が終わったらまたいつか呼んでください。

 何度呼ばれても、どんな現場でも、誰も死なせませんから」

 

「あはは。また君を後ろに控えさせて、天使と破壊者の共演撮ってみたいよねえ」

 

「良いですね。楽しそうです」

 

 うん。

 

 明日が最終日だけど、僕らの人生は、仕事は、まだまだずっと続いていく。

 また一緒の仕事をする時もあるだろう。

 その時は……僕が信じた朝風よりも、ずっと信じられると思えた君への想いを、裏切らないでいてくれると嬉しい。

 

 いつか君にだけ見せる千世子ちゃんの表情とか作品に使えたら良いな……なんて、僕は思ってるからね!

 あっはっは!

 許してね千世子ちゃん。

 先に謝っとくね。

 

「手塚監督。俺は基本的に百城さんの味方ですよ」

 

「うん、そうだね」

 

「余計なこと考えてたら、分かってますよね?」

 

「……うん、そうだね」

 

 なんだかなぁもう。

 

 女絡みの余計なところだけ分かりやすく朝風二代目なんだからなあ。

 

 百城千世子の素敵な素顔独り占めは独占禁止法に引っかかると思うよ、僕は。

 

 独り占めするなら時々にするんだよ。

 

 さて。明日はようやく、最終日だ。

 

 

 

*1
土中の破傷風菌を病原体とする急性中毒。最悪、菌が入ってから数時間で死に至る。死亡率50%。破傷風の免疫は予防接種をしても10年程度で減弱してしまうため、土木作業従事者などが要注意しているものの一つに挙げられる。普通に生きていると怪我をした部分に泥は付きにくいが、泥と傷だらけでしなければならなかった一昔前の撮影では、発症のリスクも0ではなかった。




 次回、最終日、そして最終話。
 連載中に舞台演劇編終わるかと思いきや、まさかの舞台開演から舞台一回終了まで1クール使うかもという事態に。
 デスアイランドクライマックスが実質四週三話分で終わったので草生えます。
 なので一回ここで畳んでおきます。
 舞台演劇編はいつやるか未定。やらないかもしれませんがやる気はあります。
 原作のアクタージュで巌さんをインストールした夜凪が皆に「ありがとう」と言ったら、きっとそこが終わりにして一区切りなので、そこからですね。
 舞台演劇編は流動式プロットで組んではあるので、原作が舞台演劇編の先をやるとしてもノットアクターズは舞台演劇編以降はやりません。

 と、いうわけで。ノットアクターズ、次回で完結です。

 最後に『彼女』と大切なことを話し、デスアイランドの撮影は、終わりを迎えます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。