ノット・アクターズ   作:ルシエド

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芥に非ず

 声を張り上げる。

 

「投げ落としてください!」

 

 腰に巻いた命綱で車に吊られる形で斜面に立っていた俺に向けて、筒状に巻き固められた安全ネットが投げ落とされる。

 俺はそいつをキャッチし、素早く木の一本に一端を縛り付け、逆の端を掴んで別の木に向かって跳んだ。

 斜面に生えた木から木へと飛び移り、手で木を掴むんじゃなくてネットを木に引っ掛けるようにして木にしがみつく。

 素早く木にネットの端を縛り付け、右端と左端が木に固定されたネットが完成した。

 

「次を!」

 

 ポンポンとネットを投げ落としてもらい、それをキャッチして木に結んでいく。

 俺のノルマは1時間に25枚。

 飛び移る時間も考えりゃ、2分に1枚ペースで進めていきてえところだ。

 逆に言えば斜面上の道では、台風の中ネットを次々車から出す人、ガンガン俺の手元に投げ落とす人、撮影用具集積所からネットをガンガンここに運び込んで来る人がいるわけで、そういう人らの能力と尽力がなけりゃ俺もここまでハイテンポにはできねえ。

 本当に、助かってる。

 

 雨が目に入るから、ゴーグルを付けて来た。

 長靴を履いてきたが、もう雨水と泥とジャリが入りまくってて何がなんだか分からねえ。

 斜面の泥はよく滑るし、流れ落ちる豪雨の流水が俺の足ごと地面を持っていく。

 滑り止め付きの作業用グローブを付けてるはずなのに、木の表面は滑って掴もうとするにも一苦労だ。

 台風が持ってきた分厚い雲と、鬱蒼と生い茂る森の葉のせいで、遮られた日光は俺の手元に全く届かねえから、電灯付きヘルメットを被ってなんとか光源を確保する。

 ネットを木に固定すんのは、斜面の下の方に行けば行くほどにキツい。

 

「だが、急がねえとな……!」

 

 今日中に撮影に時間のかかるクライマックスの撮影を終わらせられるから、間に合うんだ。

 今日中に撮影できねえんならどの道間に合わなくなっちまう。

 

 台風が持ってきた分厚い雲は太陽光を遮ってるが、それでも光がねえわけじゃねえ。

 朝凪の頃、夕凪の頃には真っ暗闇になっちまう。夜中だともう完璧な暗黒だ。

 太陽が天頂高くにあって少しでも明るい時間じゃねえと、照明を何百個並べようが撮影現場の光量が圧倒的に足りなくなり、百城さん達は足元すら見えなくなる。

 そうなりゃ。

 絶対に、最悪の事故は起こる。

 

 5時から安全対策等始めて、14時の撮影開始がタイムリミット。

 もう三時間使っちまってる。

 ネット張りに使えんのが残り五時間、それ以外に一時間。急がねえと。

 風は強くなってきた。

 雨も強くなってきた。

 雨が大量に降ったことで地面が緩くなって、斜面の下の方で細い木が一本倒れていった。

 

 俺の腰に吊った連絡用無線に、他の作業者からの連絡が入る。

 

「はい、こちら朝風です!」

 

『すみません! 風が強くなってきてネットが広げられません!

 風に持っていかれてネット落としちゃったくらいです! どうすればいいですか!』

 

「片方結び終えるまでネットは広げず束にしたままで!

 そしてネットを広げてからもう片方を結び終えるまでの時間を最短に!

 難しいようならダルンダルンでも全箇所を一応結び終えてください!

 全箇所結び終えた後に、再度結び直してネットを展張し直してください!」

 

 危険作業中はこういう無線が本当に効果的だ。

 雨と風がどんなにうるさかろうが、声が届く。

 雨でも衝撃でも壊れねえ。

 そしてどこでどんな作業をしてる最中でも、指示が出せる。

 かつて労働災害防止のためにテレビ・映画撮影の現場に導入が提案されたものだけある。

 

 ……危険を勇気でくぐり抜けるやつは勇敢だ。

 輝かしい、とも思う。

 でも賢くはねえ。

 

 賢い人間ってのは、そもそも危険に近寄らねえ奴、危険を発生させねえ奴だ。

 俺は過去に怪我しないための心得を文章にして残した人、危険を発生させないためのシステムを構築した人間を心底尊敬する。

 だけど。

 人間はどうやら、トラブルを未然に防ぐ人間より、起きたトラブルをその場で解決していく奴の方を凄えと思うもんらしい。

 

 『映画の主人公』は、危険やトラブルを勇気で突破する奴じゃねえといけねえ。

 何故なら。

 危険を未然に防ぐ主人公より、そっちの方が人の心を動かすからだ。

 人間の心は、そういうもんに動かされるように出来てるからだ。

 

 命を粗末にするか、心を粗末にするか、作品を粗末にするか。

 俺達映画作成に関わる人間の人生は、選択の連続だ。

 そんな俺達の心も……輝かしい勇気に、動かされちまうことはある。

 

 他の誰かなら却下できても。

 "あいつならやってのけるかも"と思わされちまうと、動かされちまう。

 

「がふっ!?」

 

 いてえ。

 足を滑らせて、斜面に体を打ちつけちまった。

 命綱を縛り付けてる腰に全体重分の衝撃がかかる。

 打ちつけたところは痛く、無理がたたって衝撃で骨が歪んじまいそうだ。

 だが、こんなところで時間使ってる余裕はねえ。

 

 昔、俺はこの作品に命を懸けてる、と叫んだ映画監督がいた。

 社会の生活保障とかは昔に行けば行くほど薄くて、映画の制作費をヤクザなところから得ていた人間だって少ねえわけじゃなかった。

 監督やプロデューサーにあたる人が借金して映画の制作費を得て、人生台無しになるかどうかに賭けた例なんざ、枚挙にいとまがねえ。

 そいつは現在でもそうだ。

 手塚監督はさして大作でもねえ映画で女優の機嫌を損ねただけで、何年も干された。

 プロデューサーは昔大作映画を大コケさせたせいで、業界から消されかけたことがある。

 

 命がけだ。

 何の危険もねえ撮影ですら、人生かけてやってんだ、あの人らは。

 作品の命があって、役者の命があって、役者生命とか監督生命ってもんがあって。

 最大限の努力をしても、『事故』一つで全て死ぬ。

 「面白くなかった」の感想で全て死ぬ。

 とても簡単に、時には誰かに気付いてもらうことすらできずに、死ぬ。

 

「負けるか……負けるかぁッ!」

 

 人も、作品も。何もかも死なせねえために。

 他の人にできねえことを

 もっと―――もっと速く! もっと上手く! もっと確実に!

 速度と安全性を引き上げるために、もっと俺の能力を引き上げる!

 

 やってのけられねえなら、俺が造形屋やってる意味はねえんだよッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影初日に、俺はいきなりやらかした。

 朝風さんに言われるまでどこをどうミスしてたか分かってなかったのも、その後堂上さん達にフォローしてもらったのも情けない。

 分かってる。美術スタッフの中で、俺が一番レベルが低い。

 朝風さんのバカみたいなスピードに付いて行ける人達な時点で優秀で、そんな人達をこの数集められたプロデューサーも優秀なんだ。

 それでも朝風さんから見りゃ、きっと俺達全員そう能力は高く見えねえんだろう。

 俺から見れば、皆能力は高く見えるのに。

 

「チーフ」

 

 俺はチーフに声をかけた。

 朝風さんがサード助監督に上がった時に、役割上必要だってことで用意された、美術チームのチーフだ。

 PVとかのためのミニチュアを作ってたチームのチーフとか、今はこっちにいくつかあるチームは何人かのチーフが指揮を執っている。

 

 朝風さんは安全対策の方に行ってるから、ここにはいない。

 俺達は朝風さんが安全対策してる間に、こっちで撮影機材を台風に最適化しないといけない。

 台風やばい。

 前見てるだけでも雨が目とかに入ってくる。

 物は倒れるし、吹っ飛ぶし。

 強風が雨合羽を不意打ちで叩いて来るとそれだけで倒れちゃいそうな気がする。

 

「なんだ」

 

「撮影車両の重さが足りないそうです。

 このままだと風のせいでまっすぐ走れないとか。

 カメラを乗せた車が真っ直ぐ走れないなら撮影は論外だと言われました。

 撮影車両を役者に並走させるため、車の軌道がブレては最悪だと……」

 

「……画面範囲がブレるし、最悪役者轢きかねないしな。よし、ウルトラマン積め」

 

「う……ウルトラマンを!? あのウルトラマンの自動販売機のやつですか!?」

 

「重すぎてもダメだしな。あれで多分ちょうどいい重さになる」

 

「すごいっすねウルトラマン」

 

「だろ、凄いんだウルトラマンは。他には?」

 

「あ、イントレ*1もです。

 あっちも風で倒れるからどうにかしてほしいと言われました」

 

「台風……というか、強風の中でイントレ使わないのは常識だからな。

 強風の中でダンボールを縦に十個並べてその上に人が立つようなもんだから。

 ……よし、朝風さんが用意してたポリタンク使おう。

 手が空いてる技術のない新人に水を片っ端から詰めさせろ。

 車に積んで運搬して、各イントレの足元に縛り付けて重さで固定しちまえばいいんだ」

 

「ああ、あの朝風さんが水難事故防止に使った……重さ足りるでしょうか?」

 

「3mイントレでも重さは60kgってとこだ。

 足四本に20Lポリタンク四つで140kgまで底上げできる。

 安全を期すならもうちょっと欲しいところだがそこは追々調整だな」

 

「なるほど」

 

「まあどの道ポリタンクはイントレ全部カバーするには数足りないけどな」

 

「え」

 

「俺達美術は撮影準備終わったら手が空く。

 撮影始まったらイントレの足元掴んでやぐら倒れないようにするぞ。60kg分の重りにはなる」

 

「マジですか」

 

「マジだよ」

 

 人手も物も余裕ねぇなあ!

 

「とにかく仕事探せよ。

 今はサボってるやつ探して仕事指示してる余裕も無いんだ。

 それぞれが仕事探して自分から仕事していってもらわないと」

 

「ですね、行ってきます」

 

 チーフと別れて歩いてると、色々声が聞こえてくる。

 

「美術が命張ってんだぞ、照明の俺達もやってやろうじゃねえか」

 

 誰も手を抜いてないってことが分かる。

 

「頼むぜイントレ。

 道具に言うのも何だけど、台風からもブルーシートで頑張って守ってやったんだ。

 倒れないでくれよ……お前にシート被せてくれた朝風監督にくらいは恩に報いろ」

 

 無茶苦茶な撮影でも、なんとかなる気がしてくる。聞こえてくる皆の声が、そう思わせる。

 

「え? 僕らの技術で弾着*2できるんですか?」

 

「間に合わせですけどね。

 ほら、英二さんが刀を跳ね上げる仕組み作ってたじゃないですか。

 あれを地面の中に仕込んでおけば地面が弾けます。

 重火器でカレンとケイコの足元が撃たれて弾けるシーンはあれでいけるはずですよ」

 

「ああ、なるほど!

 そういえばあれデコピン式で、複数同時に起動するものでしたね!」

 

「あれを地面に埋めて泥を被せます。ちゃっちゃと終わらせましょう」

 

 こうして歩いてると、朝風さんの普段の姿と、中央労働災害防止協会が制定してた『映画、テレビ番組等の撮影現場等における労働災害防止』のためのガイドラインを思い出す。

 この業界に入る前に、熱意のあまり何度も何度も読み返してたから、暗唱もできる。

 

 ガイドラインだと監督は、『作業の危険防止措置』『部門間の連絡と調整』『作業場所の巡視』が義務付けられていた。

 朝風さんが普段からやってたことだ。

 

 部屋にこもって仕事に集中すりゃいいのに、物作りながら現場を見て飯食ってるなんてことまでしてた。

 飯食う時くらい休めばいいのに。

 自分の目で撮影をずっと見てたのは、いざという時自分を使わせるためだ。

 千世子ちゃんと、千世子ちゃんの裏方に徹してた朝風さんによって、色んな部門が流れるように連携できてたから、撮影は加速できてたんだ。

 あの人はずっと、そういうことをやってた。

 

「この高さのイントレ、上で照明やったら僕ら風で落ちません?」

「この高さだと死ぬかな……」

「台風の中高所で照明作業とかロックですね。照明掴んでたら照明ごと風で落ちそう」

「手すりさえないじゃないですかここ!」

「え、掴まれるところないここで? 作業するんですか?」

「イントレのてっぺんってあそこ、周りの森の木より高くないですか?」

「あ、そうか。私達が今立ってるここ、森に守られてるんだ」

「イントレのてっぺんは木が風を遮ってないから千世子ちゃん達以上の暴風を受ける……」

「あの高さやっぱりヤバいんじゃないですか!?」

 

「英二君から気休めだがこれを借りてきたぞ」

 

「え、チーフ、なんですかそれ」

 

「紫外線で超高速に固まる樹脂接着剤だそうだ。

 こいつや他道具を応用してお前達の靴の片方をイントレの頂点板に固着させる」

 

「マジですか!?」

 

「両方固めるとどうにもならなくなるからな。

 だが片方の靴はこれでガチガチに接着しておくぞ。

 照明の足元もこれでガチガチに固定する。

 時間がない、作業は急務だ。一刻も早く、照明の準備を整えるぞ!」

 

「イントレの改造といい頭が上がらねえっすね、美術監督には」

 

 高所での安全対策。これもガイドラインで求められてた内容。

 機材の落下防止、操作者の安全衛生の確保。これもガイドラインの内容。

 制作作業に使用する道具の点検、及び補修と改善。これもガイドラインの内容。

 

「カメラレールどうする!?

 台風の中、撮影車から伸ばさなきゃダメだろ!」

 

「アキラ君が急斜面駆け上がった時の撮影で朝風さんが使ってたやつあるだろ!

 あれ朝風さんが補修してるから強度は十分だ、延長ならあれ使っとけばいい!」

 

「カメラ、照明、バッテリーのレインカバー防護完了しました!」

 

「よし。うちのリーダーが19日に朝風さん達に作らせてたのがまさかここで役に立つとは……」

 

 機材の強度確保、感電防止のための安全措置。これもガイドラインの内容だ。

 監督部門、制作部門、演出部門、撮影部門、照明部門、録音部門、美術部門と、全ての分野におけるガイドラインを制覇する勢いで、朝風さんは労働災害防止の手を徹底して打っていた。

 ダメだったのは……高所からの飛び降りとか潜水とかは技能習得者にやらせろとか、台風の中で撮影しなければならない時は安全第一、とかのガイドラインくらいだな。

 

 こういう危険な撮影にまず反対してたあの人も、撮影に参加するとなったら安全対策に全力尽くすのも……あの人が今日まで積み上げて来たものが、あの人が今日まで作ってきたものが、ピンチになって初めて『皆の安全』を守るものになってんのも、あの人らしい。

 皆の安全をずっと考えながら千の物を作ってきた人だから、1000の内の20や30は、朝風さんがいないところでも、人の命を守ってくれる。

 朝風さんが大切に思う千世子ちゃんと夜凪ちゃんの安全を、少しでも底上げしてくれる。

 

 凄えよな。

 あの人はただの一度も手抜きをしなかった。

 全ての造形に、『あの人のために』『この撮影の安全のために』っていう愛があった。

 

「ったくカメラマンまで酷使しやがって……しょうがねえか、あんなに熱いとな」

 

「ですね。今日はカメラ以外も持ちましょうや」

 

「そういや朝風のやつ、遺書書いてたらしいぞ。

 この作業の責任は全て自分にあります、ってやつ。

 何かあったら責任全部自分でおっ被って、映画の公開だけはさせるつもりみたいだ」

 

「えっ……本当ですか!?」

 

「おう。昔の映画にあった、"逮捕され要員"っての参考にしたらしい。

 全ての罪を朝風が引き受けてる間は映画は無罪で公開もできるだろうって腹積もりだな」

 

「……なんか、嫌っすね」

 

「だろ? 調子乗ってんだあいつは。

 何もかも自分が背負ってりゃいいと思ってんだ気持ち悪い。

 いいか、何も問題起こすんじゃねえぞ。

 あいつの望み通りになんかしてやるな。

 完全無欠に何も問題起こさず撮影終わらせて、罪なんて背負わせず終わらせてやれ」

 

「いいっすねー、それ」

 

「19日目にあいつら滑り止め追加した長靴大量に作ってたらしいからな。

 作業がある程度終わったら俺達もそれに履き替えて、試し撮りだ!

 台風内で狙い通りの画を撮るにはいつも通りじゃ絶対ダメだ!

 台風内で必要な角度と必要な光量! あと数時間で検証を完了させるぞ!」

 

「はい!」

 

 カメラマンも……それに、監督も。台風の中、ずぶ濡れになりながら駆け回ってる。

 

「手塚監督……大丈夫なんですか、この撮影」

 

「信じるしかないね」

 

「信じるしかないって……テストも練習もしてないんですよ?

 なのにクライマックス、つまり映画の最も盛り上がる十数分です。

 ぶっつけ本番で成功するかどうか以前に、台詞にミスが出ますよきっと。

 短いカットと比較すればこのワンカットの時間は百倍近いです。

 ということは台風が無かったとしても、このカットでミスが出る確率は百倍近いんですよ?」

 

「うん、まあ、そうなるかな。

 僕は夜凪ちゃんを信じてるけど、他の人はそうでもないだろうからね。

 だから君達は千世子ちゃんを信じるといい。

 あの子が僕や二代目の期待を裏切ったところなんて、一度も見たことないからさ」

 

「……千世子ちゃんを信じる……夜凪景の手綱も握ってやりきってくれる、と?」

 

「いつでもそうだ。

 どこでもそうだ。

 『俳優』じゃなくて『スタッフ』で『裏方』な僕達の宿命ってやつかな。

 やるだけやって、準備するだけ準備して……本番が始まれば、あとは俳優に任せるしかない」

 

「……」

 

「俳優を信じて、カメラを回して、信じて待つことしか、僕達にできることはない」

 

「……そう、ですね」

 

「大丈夫だ。やり遂げてくれるさ」

 

「分かりました。

 信じます。

 真に映画を作る主役、映画を完成させられる中心……俳優達を」

 

 色んな人の声に耳を傾けながら、俺は様々な部門の人達を助けに助け、何時間も休まず動き続ける。正直キツかったが、休みたくなかった。

 この流れの中で、じっとなんてしていられなかった。

 

「!」

 

 遠くに戻って来た朝風さんが見えて、俺は駆け出した。

 どうやらネットを斜面に張り終わったらしい。

 周りの人と話してる朝風さんが見える。

 

「爆薬はどうします?」

 

「俺の指示通りに単純作業してください。

 爆薬は資格持ちの俺がやりますが、爆薬を埋める地面の穴などは皆さんにお願いします。

 俺と息を合わせて皆さんがどれだけ的確に作業できるかが、スピードに直結します。

 今回仕込む爆破は三種です。

 紅蓮の炎を上げるナパーム、色付きのセメントを吹き上げるセメント、そして弾着です」

 

「はい! 掘る穴の種類は把握してます!」

 

「ナパームは俳優からかなり遠ざけます。

 爆薬設置位置は綿密に管理し、ミスが無いように。

 俳優を爆発に巻き込まないように。

 撮影者を爆発に巻き込まないように。

 爆発設置位置は精密に記録して、俳優と監督にミスなく連絡してください。

 それと夜凪さんです。

 夜凪さんは爆薬の設置位置を教えても演技が始まると忘れてしまいます。

 百城さんがある程度走るルートを調整してはくれますが……

 夜凪さんがそういう人間だということを念頭に置いて爆薬を設置しますので、お気をつけを」

 

「了解っす」

 

「ナパームはガソリン抑えめで。

 セメント爆破は土砂と同色に着色してありますので、土砂の爆発に見えるはずです。

 カラーセメントですね。俳優近くの爆発はこれでいきます。

 あ、俺が作ったセメント爆破セットは細心の注意を払って地面に埋め込んでください」

 

「? 気を付けるのはガソリン使うナパームの方では?」

 

「特撮現場で灰色の煙が勢いよく伸びる爆発見たことありませんか?

 あれがセメント爆発です。よく見ると爆発が尖ってますよね?

 あれ、尖らせるためにセメントを踏み固めてるんです。

 特撮ヒーロー物で発達した技術なんですよ、あれ。

 俺が踏み固めた容器内のセメントが崩れると、おそらく思ったように爆発が伸びません。

 百城さんと景さんを守るため。

 かつ、見栄えのいい爆発をさせるため。セメントの扱いこそ、特に気を付けてください」

 

「……ああ! なるほど!」

 

 朝風さんの作業の援軍に行くべく、俺は走る。

 

 あの人の頑張りは全て、俳優の栄光に変換される。

 画面に映らねえ裏方でしかねえ朝風さんの尽力は、画面に映る俳優のためにある。

 オレには俳優の誰がどんな性格なのか、どのくらい愛想振りまいてて、どのくらい素の性格が悪いのかも分からねえ。

 だけど、覚えておいてほしい。

 俳優が覚えてくれてるかも分からないけれど、一人でも多く覚えておいてほしい。

 

 人が死ぬところを見たくない、そんな優しい思い一つで何度も徹夜して撮影の安全性高める物を作りまくってたような、そんな奴が一人いたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣間見えた、彼の悪夢。

 まだ彼の心に刺さってる楔。

 私が私の意志で望み、臨んだこの撮影で、私が生きて帰るだけで、英二君/英二くんが悪夢の一つから解放されるなら。

 私が命がけで撮影に挑む沢山の理由に一つに、その理由を加えてもいいと、そう思えた。

 

 私に、英二君/英二くんは言った。

 見習うところが、吸収できるところがあると。

 競い合ってほしいと。

 私と夜凪さん/千世子ちゃんを見ながら言った。

 そこに複雑な想いを抱いたこともある。

 でも、今はそうじゃない。

 

 私は私であればいい。

 

 私らしく演じて、私らしくやり遂げて、私らしく期待に応えればいい。

 

 私は、役者だから。

 

 最高の自分になろう。

 

 英二君が私に望んだことは夜凪さん/千世子ちゃんになることじゃない。

 

 最高の私になることだ。

 

 夜凪さん/千世子ちゃんのコピーではなく、最高の百城千世子/最高の夜凪景になろう。

 

「ワンカット長回し一発撮りで行く!

 危険な撮影だがこれでも僕らはプロだ!

 君達のことは必ず僕達が守る! 宜しく頼む!!」

 

 手塚監督がらしくなく、声を張り上げている。

 裏方のスタッフ皆を代表するように。

 監督として、皆の想いを代弁するように。

 周りを見る。

 駆け回る人達が、私達の安全のために皆して全力を尽くしてくれている。

 プロと自称するだけで無責任に大したことしてない人の言葉じゃなくて、プロを名乗る人に相応のことをしてくれていることは、分かっている。

 大丈夫。

 信じられる。

 

「はい……!」

 

「はい」

 

 強い決意を滲ませて、夜凪さんが私の隣でそう言うのが聞こえた。

 いつも通りに、平然とした千世子ちゃんが私の隣でそう言うのが聞こえた。

 

 色々とあった。

 色々な感情を、この人に対して抱いた。

 でも、今は少し違う。

 共演できると、このクライマックスを共に駆け抜けられると、少しは信じられたから。

 そういう人間なんだって、教えてもらえたから。

 

 この映画の心臓を作るために。私はこの人と駆け抜けよう。

 

 カメラの方を見る。

 

 全身青アザと擦り傷だらけで、切り傷から血を流した英二君/英二くんが撮影準備と安全対策のラストスパートをかけながら、こっちを見て親指を立てていた。

 「幸運を祈る」と言わんばかりに。

 それに、思わず笑ってしまう。

 

―――本当に優しいのね。人のためばかり考えている

 

 ふと、『ローマの休日』のとある台詞を思い出す。

 

 彼に言ったら全否定されそうだ、なんて思いながら。

 

 私は、自分の外側に仮面を貼り付けた/自分の心の内面を掘り出した。

 

 

 

*1
鉄パイプなどを組んだカメラ台の一種。カメラ位置を高くして高所からのアングルで撮影するために使われる。英二が夜凪のシチューのCMの時に作っていた平台・箱馬の同族。映画『イントレランス』を名前の由来とするという説が一般的だが、本当のところ真偽は定かでなく、正式名称もない。通称がイントレで、店舗での取扱名称もイントレだが、あくまでそう呼ばれている以上のものではない。大別すると、校長先生の朝礼台のようなものと、背の高いやぐらのようなものの二種に分けられる。

*2
撮影で弾丸などが人間などに当たった効果を演出するもの。怪獣スーツの皮膚に巧妙に隠した火薬を爆発させ、ミサイル着弾を表現するものなどがこれにあたる。デスアイランドの場合は、地面にミサイルが当たる大爆発の他にも、銃弾が地面に当たった弾着の表現が必要になる。




 「ちゃんと狙った方向にセメント爆破が"尖って"伸びている」ので、原作デスアイランドにも英二が使ったこの特撮界隈系の技術持ってる人はいるはずデース。

 デスアイランドで使われるイントレは19話20話と明確に見えるところで見る限り、撮影機材レンタル業者などで借りられるイントレ『EC-123』であることは間違いないと思われます。多分。
 最上段には手すりないやつですね。
 イントレ足元のジャッキはサンプル画像とかには載ってませんが、カタログのオプションには書いてあって、ちゃんとついてくるやつです。
 ですがステップの部分の足場が一枚板状に改造されて立ちやすくなっており、原作でも誰かが……この作品では英二君が改造して、使う人の安全性が配慮された形になっているようです。
 改造EC-123ってことですね。

 このイントレ、照明の人達は原作でも上に乗ってますが、台風の中なのでイントレごと倒れることも、イントレから落ちることもありえます。
 照明も乗せてますが固定アタッチメントがないので、これも必死に支えないといけません。
 ただでさえ五尺イントレ2つ以上を二段重ねにしたくらいのサイズのため、3m以上の高さがあって落ちたら大変なことになるというのに、島の木の身長をちょっと超えかけているので、木がある程度防いでくれるはずの台風の暴風の直撃を食らっています。
 建物が壁となって風を遮り、何割かの力を削いでくれている街中の台風暴風などと比較しても、体感風圧はもはや比べ物になりません。

 しかもこのイントレ、中段には手すりによる落下防止がありますが、最上段部分にはそれが全くありません。
 落ちたくないのであれば中段を使って手すりを使うべきなのですが、最上段の上に立っている照明しかいないのです。
 流石にこのイントレの形状は知っていても使い方を知らないということはないでしょうし、中段だと照明が近すぎて照明があると分かってしまうため、最上段から光を拡散させて夜凪&千世子の周囲を照らしてるんだと思われます。

 原作アクタージュのイントレ足元で、イントレ掴んで無理矢理支えてるスタッフさん達の命がけっぷりに震えよ……震えるがいい!
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