物事には、表と裏がある。
ここ数年の仮面ライダーのスーツに使われてるテクニックもそうだ。
俺はあんま関わってねえが、完全に関わってねえわけでもねえ仮面ライダージオウで年末年始に登場予定の仮面ライダーウォズ。
あれはベーススーツを銀色に設定したものの、アクションもさせてえためにスーツ背面を伸縮性に富むストレッチ素材に換装してある。
『他人に見える前面の見栄えを良くして背面をいじる』ってのは、和歌月さんとかの制服の背面を弄った俺の技術を成立させた概念でもあるな。
物事には、表と裏がある。
目に見えるものにも。
目に見えねえものにも。
目に見えるもんだけが全てじゃねえが、俺達人間は、自分に見えてるものしか見られねえ。
そいつを、時々難儀に感じる。
アキラ君を見つけて、烏山さんと別れた。
烏山さん曰く「そろそろ夜凪が着替え終わった頃だと思うので」とか。
景さん達と何するつもりだあの人。
アキラ君が俺探してた理由を聞いたら、一回様子見に行くか?
「お疲れ様です、アキラさん。俺を探していたと聞いたんですが」
何用だ、アキラ君。
「お疲れ様。朝風君……少し、聞いてもいいかな」
「なんでしょうか?」
「朝風君は基本的に仲良くしてほしいんだと思う。
千世子君と夜凪君の二人に対してもそう思ってる、これは合ってるかな?」
「合ってますね」
「その上で、多分あの二人が仲良く出来る理由があると思ってる。これは合ってる?」
「合ってますね」
「そうか。やっぱりか」
うーむ。
そんなに分かりやすかったか俺。
いやアキラ君だからよく分かってんのか?
「僕には分からないんだ。君には何が見えているのか。教えてくれないか」
「俺の私見ですよ?」
「君の私見を僕は信用してる」
うっわーこっ恥ずかしいけど嬉しいこと言いやがってこのこのこの野郎。
つってもな。
俺は自分で何か判断する時に自分を信じるようにしてるだけで、他人様にガンガン広めて行けるような絶対的に正しい話なんて持ってねえんだが。
まあいいか。
「あの二人は磁石なんですよ」
「磁石?」
「そうです。どこか似てて、正反対にもなって、反発したり引き合ったりもする二人です」
「似てる……? すまない、僕にはあの二人は正反対に見えるんだが」
「だから正反対で真逆で、その上で似てるんですよ」
アキラ君が首を傾げる。
なんつーか、ややこしいんだよな、あの二人。
「アキラさんもあの二人は正反対に見えるんですよね。
ということはあの二人は、『いかなる役者の演技も同じようにできる』わけじゃないんです。
『極めて汎用性の高い一つ演技』があるだけなんですね。
道具を十本持ってるのではなく、道具十本分の万能ツールを持っている感じでしょうか。
できることがあり、できないことがあり。
能力に長短があり、個性がある。
だからこそ正反対に見えるわけです、全能や万能だと無能以外に正反対がいませんから」
「ああ、分かる。確かにそんな感じだ」
「本質的な話をすれば――」
景さんと百城さんは、完全に違うと言えば完全に違う。
この上ない類型と言えばこの上ない類型だ。
「――あの二人は、『自分にしかなれない』同類で、重ならない平行線でもあります」
「え?」
どんどん感覚的な話になっていくが、アキラ君の感受性で理解できるまで、なんとか言葉を重ねてみっかな。
「でもですね。
『自分にしかなれない』のに、あの二人は『自分以外にもなれる』んですよ。
あの二人の演技に見飽きることってないでしょう? いつも多様ですよね?」
「……それは、確かに」
「百城さんは『百城千世子』という自分を一貫させます。
景さんは自分が『夜凪景』であることを完全に忘れます。
でもそのために、百城さんは『百城千世子』という女優でない自分を捨てました。
そして景さんは、自分を捨てながら過去から新しい自分を表出させます。
自分を捨て、自分が自分であるという部分を一貫させ、自分という商品を完成させる。
多分前回の衝突で、二人共強烈に反発しながら、それを部分的に理解したはずです」
「二人は自分を捨ててるのに、自分らしい……?」
お、そうそう。俺の目にはそう見えんだよな。
「部分的に見ればあの二人は正反対なんですよ。
でも、総体としては似てるんです。
……俺も、確信を持ってそう見るようになったのは最近ですけどね。
十円玉の裏表も『正反対』ですけど、二つを見比べると違う所はあれど似てるでしょう?」
「それは……そうかもしれないが」
正反対の似た者同士。
違うのに両立する矛盾の二対。
だからこそ俺は、夜凪景と百城千世子が高め合った時の可能性に期待せずにはいられねえ。
「俺はこのデスアイランドに参加した24人の役者全てと話し終えました。
世間話や何気ない雑談もしました。
皆さんの好きな映画なんかも聞きました。それを思い出してたら、ふと気付いたんです」
「何をだい?」
「『ローマの休日』を好きな映画に挙げてた人、景さんと百城さんしかいないんですよ」
「……え? 本当に?」
「見たことある人なら多いんでしょうけどね。
好きな作品を数個挙げた時にあれが入るのは、二人だけでした」
俺も好きだぞ、ローマの休日。
現在の恋愛映画の祖。
21世紀のこの時代の恋愛主題作品なら、影響受けてねえことはありえねえってレベルの名作。
男女の出会い、ボーイ・ミーツ・ガール、出会うはずがなかった二人の恋愛っていう、恋愛映画の教科書みてえな古典の1953年映画。
あれの新聞記者でしかねえ男が、高嶺の花の王女様を見る色んな気持ちの混ざった気持ちは、不思議とうっすら共感できる。
"見上げてる"からかね?
「勘ですけど……
あの二人はいくつか好きなものを挙げれば、その内の一つが重なるタイプだと思うんです。
違いは多く、挙げた好きなもの全てが一致することはないでしょう。
でも、その中の一つ……何か一つを一緒に好きになったりする、そういう正反対かと」
「勘?」
「はい、勘です」
あの二人は、同じもんを好きになれる。
好きな演技も、選ぶ演技も、生き方に据えた演技も正反対でも……同じ作品を好きになって、同じ作品のために全力を尽くせる。
直感の話でしかねえけど、俺はそう確信してる。
「断片的に聞いた話なんですが……」
ちょっとはぐらかし気味に言う。
二人の昔の話をペラペラ喋るのはなんか気が引けた。
「百城さんも景さんも、昔色々あったみたいなんですよね。
百城さんは横顔を見られるのが怖くて。
景さんは現実を見るのが怖くて。
映画の世界に没頭して、おそらくその時に、強い個性を得たんだと思われます」
「個性……」
「あの二人、多分周りの現実や自分を心底嫌いになった経験があるんだと思います。
そしてその時の想いを今も忘れてはいない……幸せでなかったことを覚えてるんですね」
「……え?」
「現実逃避の繰り返しですら素晴らしい演技の肥やしとなる。それが芝居の世界です」
役者の人生に起きた出来事は、プラスでもマイナスでも、芸を富ませる。
『ここではないどこかへ行きたい』。
『嫌いな自分とは違う何かになりたい』。
『今の自分を忘れて、別の人生を生きたい』。
これが、とても優秀な役者を作り上げる原動力になる。
正反対の人間でもそうだ。
「前にどこかで朝風君が言っていた……未知の感動と、既知の安堵、だったかな」
「夜凪さんと百城さんの演技の傾向ですか?
はい、あの二人はその解釈がピッタリはまっていく対の二人ですね」
「ああ、やはりそうなのか。だからあの二人は、周りにも認められるんだな……」
景さんの演技が百城さんの個性を、百城さんの演技が景さんの個性を引き立て、相互にその強みを明確化する。
俺が感覚的な話や概念的な話をしたことがある人なら、アキラ君みたいに生来感受性が低い人でも、自らの演技を際立たせていく景さんと百城さんを見て、肌身に染みて理解する。
ぶつかり合おうが、手を取り合おうが、競い合おうが、二人は高め合う。
できれば仲良くしてほしいと思うし、そのためならなんだってするけどな、俺は。
特撮で言えば、皆が何度も見てきた王道の展開をするのが百城さん、視聴者の予想を派手に裏切った展開で驚かせるのが景さんだ。
単純にタイプで分けるとそうなる。
「あの二人は、似てるけど似てません。
同じような部分があっても完全無欠の正反対です。
以前に、現実から逃げるように映画に没頭し……
百城さんは自分の外面を捨てて、『仮面』を得て。
景さんは自分の内面を捨てて、『メソッド』を得ました。
そして『役者』になったんです。普通の女の子から、役者に」
ふと、普通に話してるつもりの俺の声に少し熱がこもっていたことに気が付いて、抑える。
「周りを見て、周りにどう見られているかを気にして、究極の汎用になった百城さん。
究極の汎用ゆえに、彼女が見せる役の形は『百城千世子』の一つのみ。
自分の内に潜り、自分の過去と側面を見つめて、究極の特異になった景さん。
特異な個であるのに、彼女が見せる役の形は『与えられた役』全て。
でもですね。
それは現在そうであるだけなんです。あの二人の可能性は、そこに留まらないんです」
「……!? あの二人はあれでまだ、成長の余地が?」
「そりゃもう、たっぷりと。
十年先、二十年先も見据えれば、あの二人の伸び代は本当に途方も無いくらいですよ。
あの二人の能力があればこの業界にも長く残ると思います。
となると、どこかでぶつかっていた可能性は高いので、ここでぶつかったのは幸運……
とまでは言えませんけど。
友人と友人が仲良くないってのは見ててあんま気分良くないですし。悩ましいんですよね」
一つ一つ挙げりゃ、不倶戴天の大敵で。
総体として見りゃ、『なるかもしれなかった』自分かもしれねえ、そんな相手。
「作品のために自分が捨てられる。
自分を心底嫌う、という気持ちがまだそこに原動力としてある。
現実の醜さと、作り物の世界ならば美しくできることを知っている。
映画好き。
本質的に自分にしかなれず、自分以外というものを外面か内面に貼り付けている。
正反対のままこれ以上の同類な人っていないもんですから……こりゃもう、運命でしょう」
負けたくねえとか、勝ちてえとか、あの人の技が欲しいとか。
俺が親父に対して抱いた気持ちみてえなもんを抱ける、同年代同性同業のライバルがいてくれるんなら、それがきっと人を成長させる。
それは、幸運なんだ。
ライバルを得られなかったとびっきりの天才が、一人ぼっちのまま高め合うことができなかったことが、歴史の中にいくつあったことか。
出会いに恵まれる。
人間にとって、それ以上の幸運なんてあるわけねえ。
景さんは黒さんに、柊さんに、百城さんに出会い。
百城さんはアリサさんに、アキラ君に、景さんに出会い。
俺も、色んな人と出会った。
出会ってきた人達が、送ってきた人生が、俺達をそれぞれ違う人間に仕上げた。
そんな俺達皆が力を合わせて作るからこそ、映画は『総合芸術』なんだよな。
「百城さんと景さん。二人が出会えた運命と幸運を、俺は心底喜んでるんですよ」
おう、知ってるか、星アキラ。
てめーを見てると、俺は何度でも思い出すんだ。
「この世界で仕事してる時、隣に信頼できる友達がいるってこと以上の最高は、無いですから」
"出会えてよかった"って思える、同年代同性のダチを得られた、この幸運をな。
「羨ましいよ」
だから羨ましそうな顔すんなって。
「君にそう言われるあの二人が。互角にぶつかれるあの二人が。認められる、あの二人が」
悪いな、本当に。
俺はなんつーか……アキラ君と茜さん、百城さんと景さんを褒める時、その言葉にこもってる熱意が違うらしくて、そこは本当に悪い。
それを許してくれる、受け入れてくれる友人を得られた幸運を、いつも俺は感謝してる。
『理解者』。
俺達の心を支えてくれるもの。
景さんと百城さんが今ぶつかってるのは、二人が互いを理解し始めてるからだ。
あの二人はきっと、俺じゃ絶対になれねえ『女優としての理解者』に、互いになれる。
そう思えるから、俺はあの二人に仲良くしてほしいんだがな。
「羨ましいで終わらせちゃ駄目ですよ。
同年代ってことは、ずっと一緒の画面に映り、助け合い競い合う同業者なんですから」
「ああ、そうだね。僕も君が信じてくれる限り……頑張らないと。うん」
アキラ君ほど『納得』で色んなことに折り合いつけながら、『本物になれない自分』に『納得できない』ままでいる人は見たことがねえ。
だからこそ、俺は支える。
俺もまた、納得できないものを抱えながら生きてるから。
百城さんは、景さんは、一体どんな『納得』を迎えるのか。
それとも、何も『納得』しないまま、撮影の終わりを迎えるのか。
正直言って俺にも分かんねえが……それでも、いい結末であってほしいと思う。
仲良くなって撮影が終わってほしいというか、いい気持ちで撮影の終わりを迎えてほしいんだろうな、俺は。
対立ENDよか、友情ENDの方がいい気持ちで終われる。
あの二人がどこか幸せな気持ちになれたなら、俺も同じように幸せだ。
「それにしても」
ん?
「千世子君と夜凪君の友好関係を"作る"ことに失敗した君を見ると……
君が万能なのは基本的に物作りだけだと思えて、なんだかちょっと安心するよ」
うるせーな。
……うるせーな!
笑ってんじゃねえ!
「何気なく思ったけど、僕ら千世子君と夜凪君の名字と名前の呼び方逆だね」
「……あ、本当ですね。
そういえば、俺心の中であの二人を
『千夜物語コンビ』
って呼んでるんですよ。アキラさんもそう呼んでたりしません?」
「いや、それはないかな」
「……あっ、そうですか」
「というか千世子と夜凪で千の夜のアラビアンナイト*1って安直な……
あれ、アラビアンナイトって千夜一夜じゃなかったっけ? ドラえもんの時に見たような」
「現在残ってる最古のアラビアンナイト写本は9世紀の『千と夜の物語』なんですよ」
「へー」
「300年後くらいには『千一夜物語』になってたそうですけど」
「1増えたんだ。なんで……?」
「なんででしょうね……? 最初は
そういえばアラビアンナイトを古い時代の芝居と見る人もいるらしいですね。
シェヘラザードのそれがもう、多くの人物を演じる芝居に通ずるものだからとか」
「そういえば朗読俳優というのもいたね。どこかのパンフレットで見た覚えがある」
「途中からはシェヘラザードの妹が姉のサポートに入りますからね。
主演と助演と見るか、俳優とサクラ*2と見るかは人によって変わりそうですけど。
あれは解釈次第では最古の『演劇で人の心も国の運命すらも変えた逸話』とも言えるんです」
「へぇ……」
「百城さんと景さんはですね……千どころじゃない物語を紡げると思ってるんですよ俺……」
「君もうすっかりただのファンじゃないか」
結局最初から最後までアキラ君と『千』と『夜』の話をして、別れた。
アキラ君と話してると、俺の頭の中で色々整理が付く気がする。
多分あれだな。
この上なく気楽に話せるのと、アキラ君に理解してもらうために自分の頭の中で理屈を捏ねくり回すからだ。
インタビューに向かったアキラ君を見送り、アキラ君と話してる間にスマホに来ていたラインを確認した。
「あ、プロデューサー。
そっか、石垣さんも言ってたが今日ならいるのか……
台風が来たから島から東京に戻る船も無くなったのか……?」
プロデューサーに呼び出され、雇われの身で逆らえる道理もなく、とっとと行く。
とっとと行く太郎。
嫌な予感しかしねえ。
現場の人間から見ると頼りになるのは計画的なプロデューサーで、やりやすいのは好きにやらせてくれる適当なプロデューサーで、一番やり辛えのはスポンサーの意図を汲むのに現場には結構厳しい有能なプロデューサーだ。
具体的に言うと、作品の出来を犠牲にして路線変更させに来るプロデューサーだ。
このプロデューサーはそういうことやる。
台風が来たこのタイミングで呼び出されんのは嫌な予感しかしねえ。
そう思って、行ったんだが。
「夜凪景って子外してもいいんじゃない?」
「俺はそれに頷けません、プロデューサー」
「千世子ちゃんとの共演に不安があるらしいじゃない?」
「……ないわけではないですが」
「露骨に口喧嘩とかの衝突してないって言ってる人もいたけど……
正直、ちょっとでも不安要素あるなら要らないんだよね、こういう新人。
そもそも入れるほどのメリットある?
そこまで現場に無理させる価値と能力無くない?
この映画は百城千世子のための映画だよ。邪魔になる新人がいるなら除外すべきでしょ」
クッソ、誰から聞いた?
手塚監督か、助監督か?
いや、ここの撮影のスクリプターとか、スターズ事務所のデスアイランド担当事務もこのプロデュサーとは仲が良かったはずだ。
情報ソースはどこからでもありそうだな、クソが。
景さんの好き勝手とかが許されてんのは、ここの現場の暫定トップが景さんの味方の手塚監督だからだ。
だがその上にはプロデューサーがいる。
プロデューサーの明確な意見ともなると、真っ向から反抗できんのは、スポンサーがプロデューサーと同格レベルに尊重し配慮してる百城さんくれえだろう。
このプロデューサーには、景さんを映画から蹴り出す権利が、そうでなくても景さんの見せ場を全部取っ払っちまえる権利がある。
景さんは前から百城さんが好きじゃねえとまで言ってたが、今はもう可哀想と言うまでになっちまってる。
百城さんは景さんの演技が合わねえと思ってたらしいが、今はもう景さんの心の演技を顔を合わせたところで否定し、景さんに貼り付けたような微笑みが見せられねえ時まで出て来た。
改善する可能性はある。
この先どうにかなる可能性はある。
だが、現段階じゃ、スタッフの中にも若干不安を感じてる奴も数人はいるってことだ。
「だから僕個人としては、この夜凪景って子は要らないと思うわけさ」
「俺は映画の完成度のために、反対したいところですけどね」
「台風が来たんだよ。もう予定通りには無理だ」
つーわけで、このプロデューサーは、景さんから見りゃなんか偉いメガネのオッサン程度の存在だろうが、俺から見りゃデスアイランド初の"景さんを蹴り出そうとする人"である。
「最悪、この子の出番全部カットしてクライマックスまで調整対象に入れてもいいかも」
「なんとかします。もう少し待ってください」
「いいけど、監督とは色々相談するよ?」
「はい、構いません。その時は自分も呼んでください」
「あんまりねぇ、こういうのはやりたくないんだよね。
出番減らすくらいに留められたらいいんだけどさ。
ほら、君の顔も立てたいし?
アリサさんがああだから、撮影に支障出るようなら対処しちゃうのが鉄板なんだよね」
「……恐縮です」
プロデューサーが俺のこと気遣ってんのは分かるんだが、"夜凪景要らなくない?"感がひしひしと伝ってくるの本当に嫌だな。
撮影も終盤だが、スタンスが分かれてきた。
プロデューサー、手塚監督、俺。多分他の裏方スタッフも。
俳優陣の中ですら、まだ対立軸はある。
俺は窓外を見た。窓外には、皆の意見を別方向に向かせた台風。クソが死ねや……クソぅ。
意見がバラバラなままじゃ撮影は続けらんねえ。
バラバラのままなら一番権力強えプロデューサーの意見が通る。
どうすっかな。
プロデューサーに変な印象与えないように、かつ景さんの心証を上手い具合に改善しようとして会話を続けて言葉を尽くしたが、全く上手くいかん。
時間だけがただ無駄に流れる。
あー!
俺にはトーク力がねえー!
「じゃ、また後で。20:30、忘れないでね」
「はい、また後で」
プロデューサーと離れ、歩きながらちっと思索する。
どうすっかなー。
手塚監督推すと、景さんの出番減らされねえかもしれんが百城さんに不利になる。
プロデューサー推すと、百城さんがやりやすくなって、景さんの出番がなくなる。
何より、誰の味方するにしても、この台風の影響で脚本かスケジュールを大幅に変えなくちゃならねえから……脚本削って安全策か、脚本削らねえで無理するかになるんだよな。
せめて今が18日目夜じゃなくて17日目夜だったら、と思わずにはいられねえ。
誰か腹案持ってりゃなあと思うが、さてどうなるか。
ん?
あ。
「百城さん」
笑顔で小さく手を振ってこっちに来る百城さん。今日も綺麗だな。
百城さん達のインタビューはもう終わったのか。
ちょっとプロデューサーと長く話しすぎたか?
この陰りのない素敵な笑顔が俺の判断を狂わせる。魔女だなこの人は。
「少し、話そっか。今時間大丈夫?」
「大丈夫です。百城さんはインタビューもう終わったんですか?」
「そうだね。今夜凪さん達の枕投げ大会を断って、部屋に戻ろうとしていたところ」
「枕投げ大会……?」
え、いや待て待て。
何やってんの?
何起こってんの?
どういうことだよ!?
景さん達の枕投げ大会に百城さんが誘われたって時点で意味分かんねえよ!
「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな」
聞き返そうとしたが、聞き返す前に聞かれちまった。
こういう風にされると、俺は自分の疑問よりも百城さんの疑問を優先すると分かってて、こう言う風に聞いてやがるんだこの人。
俺の手綱が握られてる感強え。
「何でも聞いてください。何でも答えますよ」
「英二君は、女の子に恋をしたことはある?」
え、なんじゃそ……ん?
この問い、百城さんらしくねえな。
発言の裏を読むべきか。
恋?
恋。
こういう事聞かれるとちっとドギマギする。
変な回答して失望されたくねえなあ。
職人として、この人の期待に過不足なく答えてえ。
「英二君が惚れ込むのって、横から見てると分かるようで分からないんだよね」
惚れ込む?
ははーん。
よし、大体分かった。
「もしかして、さっきの俺とアキラさんの会話聞いてましたか?」
百城さんが目を少しだけ細めた。
当たりか。
俺が"惚れ込んだ"二人の話。百城さんと景さんの話。
そして、二人が好きだっていうボーイ・ミーツ・ガール映画の『ローマの休日』。
か細いヒントから、正解に辿り着いたぞ。
つまりは、そういうことだ。
恋をしたことがあるか……その発言の裏を読む。
そして、百城さんが俺に求めてる答えと言葉を探し出す。
百城さんに認められたままでいるにはそれっきゃねえ。
さっきのアキラ君との会話を聞いていた。
とすると、百城さんと景さんの比較の話。
二人が正反対でありながら同類だって話だよな。
恋。惚れ込む。恋ってのは俺が惚れ込んだことの婉曲的表現か?
ここから総合的に推測するに、百城さんが俺と話そうとしてること、俺に言われて嬉しいであろうこと……それは、俺が百城さんに惚れ込んだ部分?
景さんと被らない百城さんの特別性。
よし、多分これだな。
「仲良くしてほしいのも本音です。
似ていると思ったのも、正反対だと思ったのも本音です。
ただ、百城さんに無理をしてもらうつもりもありません。
仲良くなれないと思ったなら、ストレス抱えてまで無理に歩み寄る必要は……」
「夜凪さんいたら私要らなそうな気がしてきそうだよね。英二君はどう思う?」
何言い出すんだこいつ、思春期か?
「似ているところはあっても、結構違うと思いますよ。
というか全然違いますよ。
景さんの芸幅がいくら広がっても、百城さんと差別化はできるんじゃないでしょうか」
「あんなに似てるところがあるって言ってたくせに」
「百城さん。ダイヤモンドが綺麗だからそれだけで価値があるとでも思ってるんですか?」
「……え」
「ダイヤモンドは綺麗で希少だから価値があるんですよ。
綺麗なだけの大量生産品のガラス製品の価値は低いです。
希少なだけの石ころも価値は低いです。
綺麗で希少。だからこそ他よりも高い価値がある。
あなたはこの世に一つだけの"百城千世子"という美しい宝石だから価値があるんです」
「―――」
「疲れてるんでしょうね。ちょっとその辺座って休んでてください。今お茶入れます」
「……うん、ちょっと、疲れてたかもね」
疲れてんのかなこの人。
疲れを顔に出さねえから疲れ度合いが本当に読めねえ。
でも、主演だ。
茜さんや景さんの暴走、監督の好き勝手を修正しながら、俳優の中で一番多い撮影と一番多い出番をこなしてんのがこの人だ。
疲れてねえわけがねえ。
せめて俺は、友人としてこの人の心休まる時間を"作って"やらねえと。
せめて俺は、友人としてこの人の心休まる時間を"作って"やらねえと―――あたりかな、今の英二君の思考は。
それにしても、"百城千世子という美しい宝石"、か。
うん。
うん。
英二君は私の内心を深いところまで理解してるようで、時々全然理解してないけど、理解してないままこういうこと言ってくれるのが嬉しい。
もーしょーがないなーとしか思えない自分が悔しい。
「こういう時、英二君はアキラ君みたいな気遣いの人じゃなく気違いの人だって思うよね」
「え? あ、あの、すみません、何か気分を害してしまったでしょうか」
「ううん、嬉しかったよ。
英二君の優しさも感じられたし。
私の思わせぶりなだけの台詞に対する返答としては100点じゃないかな」
相手の心の表面を深くまで理解して、乙女心の裏面を全然理解しないまま、相手のことを深く思って言った言葉が表にも裏にもヒットする。
これはキチガイって言っていいと思うんだよ、英二君。
英二君の目に私がどう映ってるのか、一度この目で見てみたいよね。
アキラ君いわく、何かでイラッとしても許せてしまって、翌日になったらもうほとんど忘れてしまえるのが友達関係というものだとか。
それは男友達特有じゃないかなアキラ君、と思ったりもする。
私は結構根に持つし、一度覚えたらもう忘れないから。
「とにかくですね。
百城さんは今のデスアイランドでは自他共に認めるNo.1です。
変なこと言ってないで胸張りましょう。
明後日から再開でしょうから、明日はゆっくり休んでおいてください」
英二君に言われたことも忘れない。
英二君が夜凪さんに言ったことも忘れない。
だから分かることもある。
今日まで頭の中でこっそり取っていた統計で、今、私への称賛の言葉の数が、夜凪さんへの称賛の言葉の数を超えた。
統計は嘘をつかない。
純然たる数字だから。
その結果は粛々と受け止めればいい。
今まで飲み込んでいなかった気持ちを、今まで飲み込めていなかった気持ちを、今なら少しずつでも、飲み込める気がした。
「したかった話なんだけど、撮影の方針でちょっと話したいことがあって」
「俺で話し相手になれるのなら、喜んで」
「クライマックスはカットして、全体を調整して別のクライマックス考えた方がいいかもね」
「え」
「私と夜凪さんのクライマックスが要らないかなって話だよ。分かってるよね」
あ、ちょっと意表を突かれて驚いた顔した。可愛い。
「今日、露呈したよね。
夜凪さんに『ケイコ』は完全には演じられない。
私を友達だと思えないから、途中で演技すら辞めてしまう。
台風で予定日数が削れた今、夜凪さんのために余分に使ってあげられる時間はないんだよ」
私は売れる作品を完成させないといけない。
台風が来た以上、これまで予定されてた撮影全てをキャンセルして、無理して撮影スケジュールを詰めないといけない。
どこかのシーンを削らないと、撮影がギチギチになってしまう。
一度の失敗すら許されない撮影スケジュールは、俳優にもスタッフにも緊張感を与えてしまうために、最悪の場合緊張のせいで連鎖的に撮影が失敗する可能性もある。
そもそも、撮影期間を無駄に長引かせたい人なんてほとんどいない。
だからほぼ全ての撮影現場でのスケジュールは、最適なスケジュール配分で最高効率の時間の使い方をして、極力最短で撮影を終わらせるようになってるんだよね。
短縮の余地はほとんど無い。
だって、スケジュール組み上げた時点で無駄は極限まで省いてるんだもんね。
ならそれ以上に無駄を削るなら、余裕を極限まで切り詰めて、休む時間も減らして、失敗してやり直す余裕が無い中、他のスタッフや俳優が絶対に失敗しないと信用して撮影する必要がある。
そこに、あのアクシデントの塊みたいな夜凪さんが加わる。
夜凪さんが加わると、作品のバランスが非常に崩れやすい。
作品のまとまりが悪くなると、夜凪さんの演技の良さと作品全体の出来の悪さが両方目に付きやすくなってしまう。
夜凪さんが作品の出来を犠牲にして自分らしい芝居を完遂してしまう。
映画が、
「彼女の演技は良かったが作品の出来は良くない」と評論されかねない。
私は、それが怖い。
しかも夜凪さんは、撮影の2/3が終わりそうなこのタイミングでも自分を制御できていない。
私との共演中に、それも本番撮影中に勝手に芝居をやめたばかりだ。
なら、もう。
私と夜凪さんによるクライマックスの撮影は、極大のリスクでしかない。
夜凪さんは、どう頑張っても私を『友達』だと思えないからだ。
私のことを好きになれていないからだ。
であれば、『カレンとケイコ』を演じることは絶対にできない。
……傷付かないわけじゃないけど、私が顔に出さなければいいだけのこと。
百城千世子は、夜凪景に何を言われても、表情を動かすこともない鉄面皮。
そう振る舞わないと。
第一、先に夜凪さんの演技を否定したのは私だ。
撮影のことを考えれば言わなければ良かったのに、言わずにはいられなかった。
我慢、できなかった。
だからこれは、きっと私の自業自得なんだと思う。
そう思ってもやっぱり、私と夜凪さんのクライマックスはカットしないと、と思う。
「三幕構成*3が成立しませんよ」
「大丈夫じゃない? 英二君だって分かってるよね」
「……」
「ケイコはただの映画オリジナルキャラクター。
特に何の活躍もせず、次々起こる理不尽に翻弄されるばかりの脇役。
そんな脇役の唯一の見せ場が、クライマックスで"カレンを庇って死ぬ"こと。
じゃあそれカットしても何も問題無いんだよね。
三幕構成なら『ケイコ』は別に要らない。
だって第一幕と第二幕で全然目立たず、何もしてないんだから。
三幕でだけ目立たせる必要性はないよ。
第一原作にいないオリキャラでクライマックスって、それだけでファンの心証悪くなるよね?」
クソっメチャクチャ正論吐きやがって、みたいなこと考えてそう。
作品の良さを損なうことも言いたくない、でも夜凪さんの味方もしたい、けれど私のことも大好きだからその意見を否定したくない……英二君の思考は、読むのに慣れれば凄く分かりやすい。
「手塚監督の妙な采配は、ここに来て裏目に出たのかもね」
「……確かに、景さんの役は、ここまで大きな役目は何も果たしてませんが……」
「じゃ、除外しちゃってもいいよね。
クライマックスって極論私だけでも成立するんだよ。
原作ではカレン一人でやってたシーンだから、ケイコがいなくても問題なし。
クライマックスごと削除しても、夜凪さんの役割だけ削除したっていい」
「うっ」
「私は作品をより良く、絶対に完成させたいんだ。知ってるよね」
そう、英二君は知ってるはず。
私の望むものを。
その上で作品のため、夜凪さんのため、作品に参加した皆のため、私のため、英二君はできる限り全員が納得する結末を模索する。
だいたいこういう時は、私が譲るか英二君が譲るかして、譲った方が相手に合わせてなんやかんや力合わせて……って感じになる。
さてさて。今度はどっちが譲るかな。
私に譲る気は全く無いけれど。
やっぱりこの作品をより良くするなら、夜凪さんもオリキャラも削って台風に奪われた日程を取り戻すしかないと思うんだよね、私は。
「一つ、百城さんに確認なんですが」
「なーに?」
「景さんとの共演自体をやりたくない、ってわけではないんですよね」
「そうだね。私の今の提案は、作品の質を上げるための改良案でしかないかな」
「共演自体はやってくださると思っていいんですよね。無理強いはしたくないです」
「その方が作品の質が上がるならそれでいいよ。
私は夜凪さんとの共演もしっかりやる。頭もちゃんと冷やしてきたからもう大丈夫」
「ああ、良かった。一つ懸念が消えました」
そう、私はプロだ。
熱くなっても、ちゃんと頭冷やして、ほんの僅かにでも撮影に悪影響を与えないようにする。
嫌いな人と共演ができないようじゃ、女優はやれない。
個人的私情で撮影現場に悪影響を与えることは許されない。
許せない芝居とも共存しないといけない。
私達は、役者だから。
それでも私と夜凪さんがどっちも譲らなかったら、私は作品のために夜凪さんの芝居を加工しようとして、夜凪さんはそれが間違ってないと信じて私の仮面を砕きに来るだろう。
だから、クライマックスはできない。
できないはず。
なんで、英二君はそんなに夜凪さんを信じられるんだろう?
なんで、いい結果になるはずだと信じてるんだろう?
そんなに……夜凪さんのことが好き?
「景さんは、友情と友達を代用してまで、百城さんを友達だと思おうとし、失敗しました」
「結構ナチュラルにとんでもないことするよね、夜凪さん。あれあんまり好きじゃないかな」
「友情というものを、心ごと玩具にしてるように見えましたか」
「その解釈で合ってるでしょう?」
「景さんは百城さんと同じだったんですよ。
今日の夕方の共演、あの瞬間、景さんと百城さんの心は一つだったんです」
「……?」
心が一つだった?
私と夜凪さんが?
どこが?
何が?
「百城さんはあのカットの撮影、作品の完成のため、真摯で誠実でした」
「うん」
英二君は私のことをよく見てくれている。
「景さんもまた、作品のために真摯で誠実でした。
あの人が百城さんを好きになれないまま友達だと思える自分になろうとしたのは……
作品を完成させたかったからです。
周りに迷惑をかけたくなかったからです。
百城さんに迷惑をかけないようにして、一緒に台本通りのものを作り上げたかったからです」
「え」
……そして、夜凪さんのこともよく見ている。
「あの人は自分勝手ゆえに失敗したんじゃないんです。
作品と百城さんにしっかり向き合おうとした結果、失敗しただけなんです。
夜凪さんはさっき、台本通りに演じられなかったことを悔いていたみたいですよ」
「台本通りに演じられなかったことを悔いていた? 夜凪さんが?」
「はい」
私に対する『可哀想』ばかりが印象に残っていたけど、そんな気持ちもあったんだ。
……そっか。だから、夜凪さんは、私に。
「景さんはまだ付け焼き刃の心でないと百城さんを友達だと思えないんだと思います。
そんな状態で、心を造ってでも、友情を代用してでも撮影を成功させようとしたんです。
本気だったんです、あの人は。
真摯で誠実だったんです、あの人は。
百城さんを不快にさせたことはきっと良くなかったんでしょうけども、俺は肯定してあげたい」
「ああ、そういう思考で動いてるんだ、あの人……私全然理解してなかったんだね」
「友情というものに対して誠実だったのではなく、作品と百城さんに対し誠実だったんです」
あーもう。
英二君は本当にもう。
他人の良いところを理解できる言葉に言語化して好感度上げるの、やめてほしい。
夜凪さんの色んなこと許して、私まで好ましく思ってしまいそうになる。
「それは百城さんが何よりも望み、何よりも尊んだものじゃないですか」
「……うん、そうだね」
私を好きな人は大勢いる。
そういう風になるように、私はこの仮面を作った。
ファンという存在が私を好きな人だと定義するならば、私はとても多くの人に好かれているんだと思う。
でも、私を好きな人はいても、私に対して誠実な人はあまり多くない。
お金を稼ぐために私と契約したり仕事したりする人達の中にすら、私に誠実でない人はそこかしこに結構多いから。
ううむ。
悔しく思いつつも、納得しちゃう。
英二君が夜凪さんに惚れ込んでる理由が分かってしまうのが悔しい。
「景さんの心を信じられないと考えるか。
景さんの能力が最高の映画に相応しいと信じるか。
この問題はその二つの選択肢があるからこそであると思います」
「そうだね」
「俺としては、助け合い、信じ合い、最高の共演と最高の結果が見たいところなんですが……」
「じゃあ、私に『お願い』しないといけないんじゃないかな」
「今、ちょっと迷ってます」
「?」
「俺がお願いしたら、百城さんは頑張ってそれに応えようとしてくれてしまう気がして」
うん、よく分かってるね。
私達がぶつかってるの見たせいで、君はそのお願い言えなくなっちゃったわけだ。
分かりやすい生き方してるなあ、私の友達は。
「台風でスケジュールがギチギチになる可能性が高いです。
となると、百城さんの負担も一気に増します。
プロデューサーも監督も、百城さんの出番を減らすことはしないでしょう。
俺としては百城さんの負担を減らしたいんです。そう思うと、やっぱり……」
本当に分かりやすい。
「英二君は、このクライマックスを予定通りにした方が良いと思ってるんだよね」
「ぶっちゃけ、ここ原作では漫画だからカレン一人でも映えたんですよ。
主人公が敵本拠に向けて一人走るシーンですから。
でも映画だと、ここで一人死ぬくらいじゃないと展開がのっぺりしそうというか。
典型的な"そのまま実写にしてはいけないところ"なんだと思うんですよね。俺の私見ですけど」
「……うん、それはそんな間違ってないかな」
「となると、映像として映えさせるにはまた百城さんに負担がかかりそうです。
百城さん一人のクライマックスやるにしても、別のクライマックスでっち上げるにしても」
「私なら大丈夫だよ?」
「……それなら俺は。
このクライマックスという重荷を、景さんと百城さんで半分こしてほしいわけです」
なんだかなぁ、もう。
想われてるなぁ、私。
夜凪さんもこの一連の台詞聞いてたら、また何か違うかもしれないのに。
英二君に信じられて、信じられた上で予定外の何かをして信頼を裏切って、でも英二君が裏切られたと微塵も思ってなくて、夜凪さんは今も信じられてる。
今もまだ、英二君は夜凪さんがクライマックスで最高の芝居を見せられると信じてる。
数時間前、本番中に勝手に芝居を止めて泣き出した人を、信じてる。
私はプロ。
私は百城千世子。
頭を冷やせば、冷静にメリットとデメリットを計算できる。
夜凪さんはもう、使うにしても使わないにしても大きなデメリットを伴う人だ。
だから、私の判断基準にするべきことはシンプルだ。
夜凪景を信じられるか、信じられないか。
その心を信じないか、その能力を信じるか。
私が一度決めたことを信じるか、英二君を信じるか。
可能性を信じるか、リスクを避けるか。
台風が日程を削った以上、何かを選ばないといけない。
「夜凪さんが暴走してまた日程を潰す可能性を英二君が考えてないわけないと思うけど……
そこんところどうなの? 怖くないの? どう思ってるのか、ちょっと聞きたいかな」
「今日、芝居を途中で止めた景さんですら扱いきってみせたじゃないですか。信じてます」
「―――」
あー、もう。
私を全力で助ける気満々のくせに、そういうところは全部私任せなんだから、もう。
裏方の英二君はどうしてもそうするしかないから、歯がゆく思ってそうな気がする。
信じてる、か。
確かに今日、私は夜凪さんの予想外の動きも何とか加工できた……それをクライマックスでも同じようにできるかどうかは、私にも分からない。
……ああ。
そうか、私は、不安だったんだ。
夜凪さんの芝居を全部加工してしまうことができるか、少し不安だったんだ。
夜凪景というかなり大きなリスクを選ぶか、クライマックスの消滅か大幅改変というそこそこ大きなリスクを選ぶかという選択で、夜凪景というリスクを選びたくなかったんだ。
「俺に百城千世子を信じさせてるのは、今日までのあなたが積み重ねてきたもの、全てです」
だから英二君が後押ししてくれて初めて、一つ覚悟を決めることができた。
冷静に。
冷静に、リスクとメリットを天秤にかける。
夜凪さんとのクライマックスを残すデメリットだけじゃなく、メリットも冷静に比較する。
目の前の人を信じられるか、信じられないか。それだけ。
私は夜凪景を信じられるか? その心の在り方を、その能力を。
心はいらない。私は彼女にそう言った。
心を制御できない、心がなければ芝居ができない、そんな欠点さえなければ、きっと彼女は女優の理想像の一つだろう。
私じゃなれない、理想的な女優の形を体現できるだろう。
けれどその心は本当に不安定で、信頼なんてできたものじゃない。
その心に関する部分さえなければ、と惜しく思う。
能力だけなら、信じられる。その能力の高さにはもう疑いようがない。
なら、私は、夜凪さんを―――
枕投げを抜けて、千世子ちゃんの部屋に向かった。
夜凪さっさと戻ってこいよ、という声を背中に受けて、一直線に千世子ちゃんの部屋に行く。
「……」
ノックしても、返事がない。
「部屋にいない……?」
千世子ちゃん、なんて言ってたっけ?
―――ごめんね、今日疲れちゃった。部屋戻るね
部屋に戻る、って確かに言ってたはず。
千世子ちゃんの部屋じゃない?
じゃあ誰の部屋?
困った。
千世子ちゃんの部屋じゃないなら、誰の部屋に戻ったのか分からないわ。
「ふぅ」
自動販売機の横のベンチに腰を下ろす。
近くの窓を見ると、台風の豪雨が窓を叩いていて、静かな廊下では雨音しか聞こえなかった。
少し、自問自答を始める。
千世子ちゃんに会う前に、何を話すか考えておかないと。
手塚監督は言っていた。
千世子ちゃんはスタッフの想い、大衆の期待、費やされた時間・労力・金額の全てを背負って、そのために天使になったって。
英二くんは、まるで千世子ちゃんを理解するための参考書みたい。
撮影のたびに起こるトラブルに対応して、撮影に間に合わせるために超特急で仕事をしてる内に英二くんは、ああいう速くて汎用性のある腕を手に入れたんだと思う。
なんとなく、見てて分かった。
千世子ちゃんも同じだ。
英二くんと同じ。
環境が、今の千世子ちゃんを作った。
今もみんな、千世子ちゃんが『天使』であることに感謝して、その力に助けられてる。
千世子ちゃんの仮面の奥に、仮面が見えた。
カレンの仮面の下には百城千世子っていう仮面があって、その奥に……その奥に、素顔はちゃんとあるの?
全部仮面だったら、って考えると。
私は怖くてたまらない。
千世子ちゃんが椅子で仮眠を取っているのを見たことがある。
仮眠から目覚めた千世子ちゃんは、いつも通りの千世子ちゃんだった。
でも、あれが仮面だと分かった今、私にはそれが怖くてたまらない。
"百城千世子"の仮面を付けたまま寝て、"百城千世子"の仮面を付けた状態で起床する癖を付けるまで……どのくらい、練習したんだろう。
"百城千世子らしい寝ぼけまなこの演技で起きる"癖が付くまで、どのくらいやったんだろう。
私には分からない。
ああはなりたくない。
なれって言われてもきっと無理。
あんな千世子ちゃんを、どう思えば良いのか分からない。
でも何故か、千世子ちゃんに対して私が一番強く抱いた想いは、『可哀想』だった。
ねえ。
あんな風にならないと、撮影を支えられないのに。
あんな風にならないと、出演作品全てを売れる作品にできないのに。
一番身軽に飛び回ってるように見えた天使が、一番多くの重荷を持ってるのに。
なんで周りの人は、可哀想だと思わないの?
私は思う。
仮面が、顔が、あんな風になってしまうまで千世子ちゃんが頑張らないといけないことを、可哀想だと思う。
何かしてあげたいと、そう思う。
せめて、重荷を代わってあげられたら。
せめて、仮面を外して素の千世子ちゃんで休める時間も作ってあげられたら。
せめて、仮面じゃなくて、その奥の本当の千世子ちゃんが皆に褒められるようにできたら。
でも、私は不器用だから。
千世子ちゃんの仮面を壊してしまうくらいの気概で、思いっきりぶつかって行くしかない。
あの心さえ隠してしまう仮面は、まかり間違えてしまえば、千世子ちゃんを一人にしてしまう。
そんな、気がした。
勘だけど。
仮面を壊したいっていう手塚監督の願いに、ようやく共感できるようになったわ。
今になって思う。
あの人が本当に壊したかったもの、本当に見たかったものは、なんだったのかしら。
「あ……英二くん」
私が気付くと、彼も気付く。
台風の中ずっと片付けしていた英二くんが、いつの間にか帰って来てたみたい。
ベンチに座ったまま、私は彼が歩み寄って来るのを待った。
「どうも、景さん。雨で体は冷やしませんでしたか?」
「大丈夫。さっきまで体動かしてたから。英二君もお疲れ様」
「ありがとうございます」
台風の中、俳優を先に帰してずっとお片付けしていた英二くん。
本音を言えば、お疲れ様と伝えて早く休ませてあげたい。
でも今の私は、今日千世子ちゃんと初めて一対一で共演した私は、英二くんに聞きたいことがたくさんある。
「英二くん、聞きたいことがあって―――」
あの仮面があまり好きになれなかったこと。
千世子ちゃんを可哀想だと思った理由。
仮面の上に仮面を重ねて、本当の自分をどんどん孤独にしていってしまいそうな千世子ちゃんに不安を覚えたこと。
色んなことを話した。
胸の内にある気持ちを全部片っ端から言った。
英二くんはその全部を受け止めて、彼らしく応対してくれた。
「英二くんは、辛いことも苦労することも背負わされてる人を、可哀想だと……」
「思いません」
……そうなの?
「俺はあの人の戦友だからです。
あの人の重荷は俺の重荷です。
俺はあの人の重荷であり、あの人は俺の重荷です。
互いに対して寄りかかりあっているから、そうなるんです。
可哀想だと思ったことはありません。誇らしく思ったことは、何度もあります」
戦友。
「もちろん景さんとも戦友です。
どんなに厳しい状況も、力を合わせて乗り越えていく戦友です。
いつでも寄りかかってきてくださいね。俺はその重みを喜びますから」
「ええ。気が向いたらそうすることにするわ」
胸を叩く英二くんに、とても、とても頼り甲斐を感じる。
「でも、よかった」
「何が?」
「本当に良かったです。
景さんのその選択はきっと正しいと思います。
初めてじゃないですか?
景さんが百城さんのことを理解するために知っていこうとしたのは」
「え」
「最初は百城さんと共演しよう、って気持ちだけだったんですよね。
そして途中から、『ケイコ』を演じるために友達になろう、って思ったんですよね。
景さんはそうして今、百城さん個人のことを知ろうと、そう思い始めたわけです」
「……うん、そう。私は、気付いたの」
「百城さんのことを全然知らないということに、ですよね」
こくりと、私は頷く。
「黒さんはあれで有能な人です。
本当に大事なことは断片的にでも教えてるはずです。
知らないものを知ろうとし、知ることで喜びを得て、役を富ます。それは……」
「……『不知の知』?」
「そう、それです。流石ですね、自分で気付きましたか、景さん」
時代劇のエキストラで撮影をやった日に、ちょっとだけ柊さんと黒山さんが言っていた、あの時の私が感覚的にしか分かってなかったもの。
不知の知。
私は今日、千世子ちゃんのことを全然知らないということを知った。
私の知らない私がいるように。
私の知らない千世子ちゃんもいる。
人間の内側にはたくさんの側面があって、私のことすら全部は知らない私が、千世子ちゃんの全てを知っているわけがないんだわ。
「百城さんの仮面と重荷を理解し、それを当然のものだと思わず……
優しい心で、自分らしい結論を出す。そんな景さんと友人であることが、少し誇らしいです」
「……大袈裟だわ」
「大袈裟なものですか」
いや絶対大袈裟だわ。
だって私、こんなに恥ずかしいもの。
頭の中を、私の心を、感情を、カチカチと切り替えて照れそうになる私をどこかにやる。
「嫌いな相手の苦労を見た時の感想は『ざまぁみろ』。
どんな形でも好ましい相手の苦労を見た時が『可哀想』でしょう。
悪人の苦労にざまぁみろ、子供の苦労に可哀想、と言うように。
百城さんの仮面の一端を見た時から、多少ではあっても、景さん好意的じゃないですか?」
「―――あ」
「可哀想、って言葉には多少なりと対象の未来の幸を願う気持ちが入りますからね。
同情ってそういうもんです。
百城さんを絶対に好きになれないと思ってた時と、今の景さんは違うように思えます」
私は私自身が気付かない内に、千世子ちゃんに対する感情を変化させていたらしい。
英二くんがそれを教えてくれる。
「『可哀想』は……
『好きになれる』と『好きになれない』なら、『好きになれる』寄りの感情だと思いますよ」
―――私、千世子ちゃんのこと好きじゃないんだと思う
手塚監督にああ言ったのは私なのに。
あれは、間違いなくあの時の私の本音だったのに。
いつの間に私は、千世子ちゃんに対して持っていた感情を変えてしまったんだろう?
「あまり時間は取らせません。少しお話しましょうか」
英二くんが、ベンチで私の隣に座る。
「千世子ちゃんのこと、教えてくれるの?」
「はい。百城さんのことが知りたいなら、俺が知る範囲で簡潔にお教えしますよ。
今なら以前の景さんとは違う受け止め方もできると思います。そうですね、まずは……」
英二くんはとても誇らしそうに、"最高の戦友"について語り始める。
この人に、こんな顔で語られる人間になってみたいと、ふと思った。
「出来れば仲良くしてほしいですけど……
それができないなら、せめて仲間として、同じ場所を目指してほしいです」
英二君/英二くんにそう言われた。
だから、自分にできる範囲でそうしてあげようかと、ちょっと思った。
でもあの人が私を嫌うなら、少し難しいかもしれない。
英二君と別れた後、外の雨足を確認してから、室内に戻った。
もうそろそろ英二君達がロビーで話し合いを始める時間で、気が早いプロデューサーは英二君が行く前にはもう話を始めているかもしれない。
少し早めに、ロビーに向かう。
「脚本変えるしかないですね。
クライマックスのこのシーン。
夜凪さんだっけ? この子との共演なくせば?
元々原作にもなかったシーンでしょ、これ変えちゃいましょう」
「! ……あはは」
プロデューサーの声が聞こえる。
相手は手塚監督かな。
外で台風が暴れてるせいで、雨音と風音が少しうるさく、遠くから聞こえてくる声が少し聞き取りにくい。
声がする方向へ、私は進む。
「何言ってるの、ダメですよプロデューサー。クライマックスなくしちゃうなんて」
「そもそも原作にない展開をクライマックスにってファンからの印象悪いですし。
これ以外方法な―――」
「駄目だ!」
わっ、
手塚監督の怒鳴り声だ。
初めて聞いたかな、手塚監督の怒鳴り声。
昔は"そういう監督"だったらしいけど、もうずっと熱の無い監督でやってたらしいのに。
沈黙が広がる。
誰も言葉を発しない時間が流れる。
ロビーに足を踏み入れるのは、ちょっとやめておこう。
少し様子を見てからの方がいいかも。
私の視点からも、手塚監督の地金と思惑を見ておきたい。
「だってほら! ここ感動的なシーンじゃない? 僕気に入……」
「監督」
監督が並べようとした与太を、プロデューサーが途中で遮る。
「らしくないですよ。
急に脚本変えたり、夜凪さんをキャスティングしたり、何考えてたのか知りませんが。
あなたの仕事は拘りを追求することじゃない。
売れる作品を完成させることです。
そんなの釈迦に説法でしょう。どうしてしまったんですか監督」
「……そうですね」
監督は納得する様子を見せて……あ。夜凪さん?
「私と千世子ちゃんのシーンなくなっちゃうんですか」
プロデューサーが、なだめるような口調で語りかける。
「……ああ。見せ場削られるの悔しいのは分かるけど、こればっかりはね」
「違う。まだ私、何も出来てない」
―――何もできてない。そうだよね。ここでクライマックスまで削られたら、夜凪さんがそう思うのは当然だよね。
ああ。
もう。
なんで。
初めての映画の時の私と同じ気持ちまで、なんで。
私が初めての映画の撮影に臨んだ時、撮影が終わったところで私も同じことを思ったよ。
何かしようとして。
沢山プランを立てて、やりたいことをリストアップして。
でもしようとしたことは何もできなくて、私は"何もできなかった"って少し悔しい思いをしながら、オールアップを迎えちゃった。
そうだ。
そこで、悔しい思いをした私が漏らした言葉を英二君が聞いてて。
―――何もできてない? あなたは頑張って、俺は見てました。ちゃんとできてたじゃないですか
そうだ。英二君はそう言って……思い出しながら、つい笑っちゃう。
英二君、そういうところは全然変わってないんだなあ。何年経っても。
夜凪さんも同じこと言われそうだね。
何もできなかったって夜凪さんが落ち込んでたら、英二君はすぐ励ましに行きそうだ。
でも、分かるよ。
その悔しさは分かる。
だから。
「よくあることなんだ。天気には勝てない」
「……監督。私、千世子ちゃんと演じたい。今度は必ず―――」
「だめだよ」
夜凪さんの援護をするような言葉を、夜凪さんを援護するようなタイミングで言いながら、私もここで皆の会話に加わった。
「最小限のリスクで最大限の利益を……でしょ? 余計なリスク背負えないよ」
夜凪さんの言葉を否定するような紛らわしいタイミングで言ったのは、ちょっとした意地悪。
このくらいのいじわるは、この妬ましい気持ちに免じて許してほしい。
「主演が一番分かってるね。
そうだよ、僕達の仕事は売れる映画を撮ること。時には諦めることも必要」
「うん。台風だろうと何だろうと、このシーンは撮らないとダメだよね」
「え……」
ごめんねプロデューサー。
プロデューサーが言ってることの方が正しいよ。
このクライマックスはカットした方がリスクは減らせると思う。
でも、もしも、夜凪さんが、私が思う以上に、英二君が思ってる通りに、結果を出せたなら。
これまでのどの芝居をも超える会心の演技を見せられたなら。
デスアイランドを、傑作にできるかもしれない。
「後2日早ければ改稿のしようもあったかもだけど、もう遅いよね」
「いや……」
「三幕構成くらい守らないと流石にお客さん騙せないよ」
「でも、千世子ちゃ……」
詭弁使ってる自覚はあるよ。
だからプロデューサーは私の主張に一理あるとすら思ってないし、全く納得してないしね。
でも納得してね。
スポンサーが私をお気に入りにしてるから、私の意見はあんまり無碍にはできないでしょ?
私はもう一度、私がなれない形の女優としての芝居を見せるこの人を……ほんの少しだけ、この撮影の間だけ、信じてみたいと、そう思ったんだ。
私にできない芝居は、私には生み出せないもの。
私にできないことを夜凪さんがやって、夜凪さんにできないことを私がやる。
それは夢物語みたいな理想論だけど、それができたら、きっと一番理想的だから。
「私なら巻けるよ。全然間に合うよ。撮ろうよ」
英二君がいる。
私も覚悟を決めた。
なら、大丈夫。
台風で潰れた日程の分の遅れは、私が取り戻す。
「……」
不思議そうな顔で、夜凪さんが私を見ている。
「誤解してるよ夜凪さん。
私は売れる作品を作るためなら何だってする覚悟があるだけ。この場の誰よりも」
さ、夜凪さん。
「嫌だって言っても最後まで付き合って貰うよ、夜凪さん」
どう答える?
「……うん!」
この問いを投げかけて、夜凪さんが肯定の返事を返した時点で、私も腹を決めた。
夜凪さんの目を見る。
嫌だ、なんて気持ちは欠片もない。
私との共演を嫌がる気持ちもなく。
私への敵意もなく。
何故か夕方にはあったはずの、私を可哀想と思う気持ちも薄れていて。
私に対する敬意と、私と共に作品を完成させようとする決意が見て取れた。
私は夜凪さんを誤解してたのかもしれない。
この目ができるなら、もうちょっとだけ強く、夜凪さんを信用できるかも。
"好きになれない人とも頑張って共演してみせる"と夜凪さんが頑張ろうとしているのなら。
私も一人の女優として、あなたと同じ頑張りをしてみせる。
あなたと同じように、"好きになれない人と友達であるかのように"手を取り合う努力をしよう。
好き嫌いが基準でなく、信用できるかどうかを基準に考えて、相手に合わせる。
どうしても合わない相手でも、自分から合わせていこうと努力する。
英二君が0円で怪獣スーツを作らなければならなかった時の撮影で、やり方が全然合わない監督に合わせて、最後にはあの監督の信用を得たように。
私も、頑張ろう。
最悪、私があなたを好きになれないまま、あなたが私を好きになれないままで構わない。
私達は、同じものを好ましく思い、同じ作品を完成させようとする、戦友だから。
夜凪景さん。
あなたが作品作りに真摯に、誠実に在ろうとしていることを知った今。
私はきっと、あなたのことがまだ好きになれないけれど、嫌いじゃない。
英二は作中で撮影仲間をちょくちょく『戦友』と言っています。
それは友情がなくても、恋愛感情があってもなくても、生理的に無理ってところがあっても、戦友とは信頼し合い互いの命運を預け合えるものだからです。
友情が無くてもなれる友を戦友と言います。
友情が無くても信頼できる友を戦友と言います。
それは台風とか、トラブルとか、困難とか、そういった『敵』に対して一緒に立ち向かってくれる友であります。