13日目撮影終了。
百城さんと茜さんの真っ向共演があった昨日とは違って、今日はかなりサクッと終わった。
朝九条さんが最後にちょこっと撮影を終えてオールアップ。
そして13日目夕方。
石垣丈さんと小澤牡丹さんが、オールアップを迎えた。
「石垣さん、小澤さん、オールアップです!」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー!」
亜門姉弟、九条さん、石垣さんに小澤さんと、これでスターズの半分弱、24人俳優の5/24が島を離脱することになる。
撮影日数も13/30を消化したんだから、まあ妥当か。
石垣さんとはいい仕事ができたが、小澤さんとは結局あんま話できなかったな。
……あれ? ってかこの撮影の俺、一番優秀で一番責任と苦労抱えてる百城さんと、一番スケジュール破綻させそうな景さんとその周りに、費やしてる労力が多いな……?
「お疲れ様です、石垣さん」
「ありがとう朝風君。後は任せて、先に行くよ」
「はい、後は任せてください」
「君、この撮影が終わったらウチの専属になるんだろう? 楽しみにしてるよ」
「え、もうご存知なんですか。耳が早いですね」
「フフフ。プロデューサーから聞いてね。
秘密の話ってやつさ。
あ、そうそう、プロデューサーも後半に島に来て、こっちに集中するらしいよ」
「え、そうなんですか? 初耳です」
「プロデューサーを巻き込めば君も撮影をコントロールしやすいかもね。
ほら、手塚監督が今回少し変だから。君が変えたい部分もあるんじゃないかな」
「!」
気付いてたのか。
流石この撮影の俳優最年長。
俺より二年長く生きてんのは伊達じゃねえな。
あ、そういや。
石垣さんって手塚監督の作品に出た回数も結構多かったんだっけな。それでか?
「そうですね。
手塚監督が何か危なそうなこと考えていたら、プロデューサー巻き込むのもいいかもです」
「ちょっとカマかけてみたらどうかな。例えば―――」
ほう。
……それが手塚監督の?
うーん、マジかよ。カマかけてみて、確認すんのが一番かね。
そうでないことを祈っとくか。
「お疲れ様です、小澤さん」
「ありがとう。英二さんも頑張って。……結局大して絡まず終わっちゃったなあ」
小澤牡丹さん。
スターズ組で地味に景さんと同い年だったが、誰ともぶつからず、特に何か問題や危急の事態を引き起こすこともなく、普通に撮影を終わらせていってくれた。
もちろん、撮影の演技のクオリティにも言うことはねえ。
問題起こさねえなら造形屋としての俺、美術監督としての俺、どっちも必要としねえわけだから絡みがねえのも当然だ。
「いえ、それが助かりました。
今回はスターズの皆さんも、全員予定通りに演じてくれたわけではないですし……」
「ああ、和歌月とか。大変そうだね、融通が利いちゃう裏方ってのは」
マジでそう思うぞ俺は。
俳優24人全員が景さんだったら、もうとっくに修正不可能になってる。
何事もねえ人がいるってことが。
俺の補助が全く必要じゃねえ人がいるってことが。
本当に助けになる、ってことはあんだ。
"手のかからない俳優"がインタビューに監督で褒められてるのとか、ちょくちょく見るしな。
「小澤さんにも遠回りにですけど、助けられました。
何事も無いことが助かりました。
俺の手が全く必要ないことが助かりました。
平穏無事が一番ですよ、どんな撮影でもそうです。今回は特にそう思います」
しみじみ言う俺を見て、小澤さんが苦笑する。
「ああ、うん、頑張って。今は台風シーズンだから、ちょっと嫌な予感がする」
「……そうなんですよね」
そう、その通りだ。
ボチボチ島に台風が来んのが怖くなってきた。
スケジュールはギチギチだ。
一回台風が来るともう日数がキツくなる。
となると、30日の間に一回も台風が来ねえことを祈るしかねえ。
何面サイコロかはともかくとして、サイコロの出てほしくねえ面が一度も出ねえことを祈りながら30回サイコロを振る……みてえなもんだな。
出てほしくねえ面(台風)が複数回出たら俺はもう笑うしかねえが。
超大手事務所のスターズで大人気若手俳優やってる12人を同時投入、なんていう無理無茶無謀を実現させた対価として、台風シーズンにしか撮影ねじ込めなかったのは分かってたが。
いざこうなってくると、撮影中止が怖くてたまらねえ。
石垣さんと小澤さんが島を離れていく。
さらば最年長。
さらば四人しかいねえ景さんの同い年組。
あ。
そういや、和歌月さんも景さんと同い年組だったっけか?
「英二くん」
「あ、景さん。どうしました? 今日の撮影は終わりましたけど、何か壊しましたか?」
「え゛……わ、私、そんなイメージで固定されてる!?」
「撮影が間に合わなくなるとかでもない限り、俺が何度でも直しますよ。
だから俺が治せない体の怪我だけは避けてください。
撮影のために、綺麗なあなたのままでいるのも仕事ですよ、景さん」
「……ん、そうね。私何か壊したわけじゃないけど、英二くんにお願いがあるの」
「なんでしょうか? 俺にできることならなんでもしますよ」
「特訓したいの。『ケイコ』を演じるために」
特訓? 烏山さんと海でコツコツやってたあれと同じか。
「どういう技能を習得したいんですか?」
「私、どうしても千世子ちゃんを好きになれない。
だからお友達だと思えないの。
このままじゃ、
……結構致命的なこと言ってんな。
それはイコールで、"この作品のクライマックスにあたる部分を絶対に演じられない"ってことだぞ。作品にとっての致命傷になりかねねえ。
「特訓、ということは、打開策は見えてるとお見受けしますが」
「私は千世子ちゃんを好きになれない。
でも他の人なら好きになれる。
他の人なら、友達だと思うことができる。
体験を代用して千世子ちゃん/カレンを、私の友達と思うことができるんじゃないかと思って」
好きな女優二人が仲良くなれねえのは見ててクッソ辛えが、その気持ちは脇に置いといて。
「ああ、なるほど。
自分の中にある要素をパズルみたいに組み替えて新しい自分を作るんですね。
"友達が好きな夜凪景"。
"過去の自分を抽出して作ったケイコ"。
二つを一度バラバラにして組み合わせて、理想的な『ケイコ』という人格を作ると」
「うん、そういう感じで」
代用。
代用か。
もう気持ち単位での組み換えができるようになったんだな、景さん。
成長が速え。
好きになれねえものを好きになれねえまま、それを好きになれる人格を創造して、その人を嫌いなまま"私はこの友達が好きだ"と思い込み、そう振る舞おうとするところまで来たか。
しかし今の景さんのスキルでできるか?
できねえ気がするが、景さんだしな。
俺の予想を超えてなんぼの人だ。
どうなるかはさっぱり分からん。
『どうしても好きになれないし友達だと思えない』人間に対し、『好きになれるし友達になれた人への感情』を利用し、『好きになって友達になる』。
演技に必要だからその人を好きになろう、を技術的に実現させようとすんのは、冷静に考えりゃイカれてるんだがかなり妥当な思考でもあるわな。
「間違ってるかしら。私、私じゃない私になるみたいだけど……」
「いいえ、間違ってませんよ。
四浦雅士さん*1曰く、
『人間とは他人になることを覚えた動物』
『自分になることと他人になることとは、一つのことであって二つのことではない』
だそうです。
同族の気持ちを考えることは、同族の他人になりきるということ。
他人の気持ちが分かるようになったことが、猿と人の最大の違いなんだとか。
景さんは他人の気持ちが分かる人です。
なら、他人になれる人です。
自分になれる景さんなら、そうして他人になることもできると思います。きっと」
「ごめんなさい、話が小難しくてちょっと」
「……きっと成功しますよ!」
「ありがとう」
こいつ本当に今の話分かってなかったのか?
からかってるとかねえよな。
真顔でジョーク言いそうなとこあるからなこの人。
しかし特訓って何すんだ?
「うーっす」
「あ、真咲くん。遅いわ」
「どうも源さん。今日の撮影もお疲れ様です」
「うっせ夜凪。悪かったよ、約束の時間に遅れて。英二さんもお疲れ様です」
源さん?
……ああ、『代用』か。
「二人共、そこに立っててね」
「源さんはともかく、俺はいいんですか?」
「英二くんは確かに千世子ちゃんとは似てないけど……
こう、千世子ちゃんっぽさを成分として一番沢山含んでるのは、英二くんだと思うの。
千世子ちゃん一人に含まれる千世子ちゃんっぽさは、英二くん千人分くらい?」
「百城さんっぽさはビタミンCか何かなんですか?」
「沢山、千世子ちゃんっぽくなくてもいいの。千世子ちゃんの代わりになれば」
「まあいいですけど」
言いたいことは分かるけどな。
え、ってか、俺のどこに百城さんっぽさを……え、どこだ?
車で跳ねたらへし折れそうな体格とか?
源さんはどう思ってんだこの展開。
つか特訓の協力頼まれてOKしたのかお前。
人の良さは烏山さんと同じくらいなんじゃねえの?
「源さん、どう思います? これ」
「俺を英二さんだと、英二さんを俺だと思うんだって言ってましたよ。
意味分かんねっスよね……ん? あれ? もしかして、英二さん分かるんですか?」
「まあ大体は」
「えええぇ……変人コンビ……」
誰が変人コンビだ。
そういやこの前バラエティでやってた『変人二人』を咄嗟に見て『恋人二人』に見える確率とかいうの面白かったな。
「俺と源さんだと……ほら、景さんとの関係とかが違うじゃないですか。だからですよ」
「更によく分かんなくなったんスが」
ごめんな。
「えーと、俺を英二さんと、英二さんを俺だと本心から思おうとしてるってことスかね」
「そう、その通りです」
そうそう、そういうこと。理解力あんじゃねえか!
「俺はどうしても俳優になれない以上、源さんほどにはなれないですから」
「え?」
「え?」
「……ううん、それはそれ、これはこれ、ってことでいいのかもしれねっすけど」
変な空気になったが理解してくれたみたいでよかった。
景さんがこっちを見て、源さんと俺を見る。
「真咲くん」
「ん? なんだ」
「英二くん」
「はい、なんでしょう」
俺達の名前を呼んで、"入って"いた景さんがハッとして、"戻って"来る。
そしてまた、自分の内側に潜っていった。
駄目だな。
今の感じだと、景さんがコツを掴むのはそこそこ先になりそうだ。
「英二さん、夜凪ってこれでいいんスか?」
「急場しのぎならこれでいいと思いますよ」
「はー、これが何になるんだか……よく分かんないっつーか」
「なんて言えば良いんでしょうね。
普通の人は地道に鍛錬して能力や経験を積んでいくと思うんですよ。
年単位に技術を積み上げる、みたいな感じで。
ただ、それが万人に最適なやり方ってわけでもないわけです。景さんのように」
「こいつが普通じゃないってのは、良くも悪くも最初からずっと思ってましたよ」
「あはは……
景さんに必要なのはきっかけなんです。
『一年努力を続けたからできる』じゃないんですよ、景さんは。
『上手い俳優を見たり話したりしてコツを掴んだ』でサクサク上行く人なんです」
「……これ、コツを掴もうとしてるってことなんスか?」
「その通りです。例えばですけど……」
俺はオフィス華野に所属する、茜さんを除いた源さん達数人の、俳優をやってる年月を『何年目か』っていう大雑把な推測で、言ってみた。
お。
当たりか。良かった、七割くらいしか当たんねえからなこれ。
「どうですか?
当たってますか?
オフィス華野で子役時期から一緒に仕事してるの、茜さんしかいませんからね俺。
動きと演技を見て判断するしかないので、実は今ちょっと博打でした」
「……マジかよ」
「積み上げた年月は樹木の年輪みたいなものです。
見れば見るほど分かるものってのもあります。
源さんに関してはデスアイランドでよく見てたので、ちょっとズルしたようなものですね」
「なんじゃそりゃ……」
「でもですね、俺は多分、景さんみたいな人に『これ』やっても絶対成功しないんですよ。
景さんの成長速度は著しいです。
俯瞰視点という超絶技巧を、百城さんの使ってる形式で、一晩で習得。
一度誰かと共演すれば、技術の言語化もしないまま基礎技術も盗む。
そんな人が何年俳優やってるかなんて、どこをどう見たって読み間違えるに決まってます」
「……!」
「俺だって分からない時があるんです。
景さんが何やってるのか分からない時は、分からないなりに付き合ってやってください。
色々試行錯誤してるんですよ、この人なりに。
そしてカメラ視点の獲得同様、技の習得のために特訓する人でもあるんです。
……何よりですね。意外と寂しがり屋なこの人の周りには、人が居た方がいいと思うんです」
源さんは目を丸くして、吹き出した。なんで?
「あんた、こいつの兄かなんかかよ」
「兄貴分気取ったことはありません。友達ですよ、友達」
「いいんじゃないスかね。
夜凪の近くに、夜凪の周りには人が居た方がいいって真顔で言う人、必要だと思いますよ」
それはまあ分かる。
ただそれは、俺じゃなくてもいいんだよ。
源さんでも、茜さんでもいい。
黒さんでも、柊さんでもいい。
とにかく誰かいてくれと、俺はそう思うわけだ。
お前は結構優しいナイスガイだと俺は見てる。頑張ってくれ頼れる男。
景さん見てるとこう、なんでか色々思い出して、人間は簡単に事故死するんだってこと思い出して妙に不安になるんだこれが。
「茜さんは夜凪の姉貴分みたいなとこあるんスけどね」
「ああ、ありますね……」
「夜凪の茜さんへの接し方って、"なついてる"って表現が一番近い気がしません?」
「確かに」
あの人は母力も姉力も高えからな。
「改めて。あん時は茜さん元気付けに来てくれて、ありがとうございました」
源さんが俺に頭を下げてきた。
えー。
俺は茜さんに何も言ってねえぞ。
茜さんが自分で見つけた答え、自分で見つけた道を、その道を行くっていう覚悟を、友達として聞いて受け止めただけだ。
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました。
俺の友達が元気を取り戻してくれたのは、源さんのおかげでもあります」
俺も頭を下げる。
なんでそこできょとんとした顔をすんだコラ、源真咲。
「え、いや、俺は何も」
「俺どうにもトークが下手なので。
源さんが先に話してくれてたのがいい感じに作用したんじゃないですかね」
「ええぇー……」
「源さんが茜さんを励まそうとしてたことは茜さんにも伝わってたと思いますよ」
源さんが頬を掻く。
素直に湯島茜友人代表として礼を言う俺の感謝を受け止めろよ。
いいかー、お前なー、同事務所の後輩が気遣ってくれることがどんだけ励ましになるんのか分かってねえのか?
同事務所の俳優仲間がいねえ景さんにはねえんだぞ、ああいうの。
いつか景さんに同事務所の後輩ができるとしても、今はいねえんだからな。
「あの」
「はい?」
「前にゴキブリとか失礼な言って、すんませんっした!」
ん?
んんん?
……あー、なんかそんなこと言われた気がする。
何だお前、そんなこと気にしてたのか。
気にすんなよそんなこと。
「お気になさらないでください。俺は気にしてませんから」
「本っ当に、すみません!」
まいったな。
ゴキブリみたいな動きって言われたからって、ずっと気にするわけもねえんだが。
と、その時。
景さんが顔を上げて、俺達の名前を呼んだ。
「真咲くん」
「ん? なんだまたかよ」
「英二くん」
「はい、なんでしょう」
俺達の名前を呼んで、"入って"いた景さんがハッとして、"戻って"来る。
そしてまた、自分の内側に潜っていった。
もうちょっとか?
「夜凪、こいつラリってんじゃないですよね」
「同じ映画撮ってる仲間になんてこと言うんですか!?」
聞いてた第三者の俺がびっくりするわ!
「いや、映画俳優にはそういうやつもいるって聞いたことが……」
「日本でやったら違法なんですよああいうのは!」
夜凪さんの演技を麻薬で再現すんのは……いや可能性レベルで言やぁできなくもねえのかもしんねえけど、日本じゃ違法だろが!
「景さんは、こう、自分が夜凪景であることも忘れようとしてるんですよ、今」
「ラリってんじゃないですかねやっぱり」
「これがラリってるならサラリーマンは名前からしてラリってると言ってもいいですよ」
ラリってるの適用範囲を広げんじゃねーぞ。
「こういうとこ見てると、夜凪に影響受けてる茜さんが心配になるんスよ」
オフィス華野の後輩は大変だな。
俺とは違う位置からの視点で心配続けてて。
「なんだかんだと言っても、最終的には落ち着くところに落ち着くと思うんですよね。
アキラさんが百城さんを見る目と、茜さんが景さんを見る目は似てる気がしますから」
「へ?」
「どこか割り切って。
どこか開き直って。
こうはなれないな、とどこか諦めていて。
でも、嫉妬よりも親愛の情の方が大きい。
憎しみが湧くよりも先に、友情を強く感じる。
そしてアキラさんは景さんに、茜さんは百城さんに対抗心を強く持つわけです」
「……英二さんの目に何が見えてんのか、俺にはさっぱり分かんないんスよ」
「感覚的な話、それも俺の個人的な感覚の話ですからね。
アキラさんは百城さんみたいになろうとはせず、景さんを目標とする。
茜さんは景さんのようになろうとしつつ、共演では百城さんと競おうとする……」
「ああ、分かります。
親しい気持ちが湧きすぎて、追い越そうとか競おうとか思えなくなるヤツ」
「それが近いですね」
景さんと険悪だった頃も仲良くなった後も本気で競わねえで、百城さんに本気でぶつかって行った茜さん見てると分かる。
周囲をコントロールする百城さんと、周囲に変化と成長をもたらす景さんは完全な別カテゴリだが、そこにアキラ君と茜さんを加えると連立的な対構造になる。
仲良くなれねえってことはねえと思うんだがな、なんかこじれてる。
「英二さんって星アキラのこと認めてたんスね。
お二人のこと深くは知らなかったんで、あんま仲良くないもんかと」
「なんでそう思ったんですか?」
「ああいう小奇麗でそんな魅力無い芝居って、英二さんからも受け悪いと思ってたので」
うるせーな。
正しい指摘すんじゃねえ。
何も言い返せねえし、つい"こいつ宣伝に流されねえ良い目してんな"って思っちまうだろ。
ぶっ殺すぞ。
でも良い目してんなお前。
「明日もありますが、今日はアキラさんの良いアクションありましたよね。見てましたか?」
「あー、あいつアクションは結構いいんスよね」
「あれ、単純にセンスじゃなくて練習量の賜物なんですよ。
アキラさんが何度も繰り返し練習して習得した動きなんです。
だから安定して成功し、イケメン俳優としてもアクション俳優としても売れるんです」
「へぇ……」
「そりゃ、天才じみた人は凄いですよ。
ルパパト*2のノエル役、元本聖也は日本で七人しかできない空中技が使える人です。
仮面ライダー鎧武の葛葉紘汰役、佐原岳さんは、大会で優勝し俳優最高跳躍記録を持つ人です。
他にも挙げようとすれば、日曜朝には超人じみた人達が沢山います。
その全てがキラキラと輝く、主役の演技ができる人達です。
そういう人達と日曜朝に並べられ、子供達を夢中にさせてるんです。
これ、凄いことじゃないですか?
アキラさんがそのために積み上げている努力の量は、もうこれでもかってほどですよ」
「言われてみれば、って感じですね」
そうだよ。
"言われてみれば"だよ。
本当に耳に痛え良いこと言ってんなお前。
言われなきゃ気にしねえんだよ、そんな努力なんて。
お前が思った"魅力無い芝居"って評価は、別にそこまで間違ってるわけじゃねえよ。
俺が「なんとかその主張変えさせねえと」ってこんな風にムキになるくらいで、お前と同じ評価してる人も少なくはねえ。
観客は、俳優の努力じゃなくて、演技の質で評価すっからな。
だからさ。
源さんの口から、アキラ君の演技の悪口そんな言わねえでくれよ。
アキラ君は成功しちまったことに苦しむ茜さんみてえなもんで、茜さんは成功できなかったことに苦しむアキラ君みてえなもんだろ。
"演技の魅力"ってやつには、あの二人はどっちも辛い思いをさせられてきたんだ。
随分違えのは分かってるし、俺の心の持ち様の問題だってのは分かってる。
だけどな、身内だから茜さん応援してるだけです、みたいに感じられちまって、なんかちっと辛いもんがあんだよ。
「てっきり英二さんが、アキラに対する情で評価を上方修正してんのかと思ってました」
「心だけでそんな評価してるわけでもないんですよ」
心。
心、な。
大事なもんではあるさ、それは。
茜さんがそうだったように。
そして、景さんがまた、顔を上げる。
「真咲くん」
「はい、なんでしょう」
「英二くん」
「え……夜凪?」
景さんが俺を見て源さんの名を自然に呼び、源さんを見て俺の名を呼ぶ。
よし。
特訓、ひとまず完了、だな。
心。
心ってなんだろう。
私にとって、心とはなんだろう。
私以外にとって、心とはなんだろう。
英二君にとって、心とはなんだろう。
撮影14日目が、終わろうとしている。
「千世子君、ぼーっとしてどうかしたのかい」
「なんでもないよ、アキラ君。この先の撮影のことを考えてただけ」
「そうか」
「アキラさん、百城さん、お疲れ様です。どうぞ、お茶持ってきました」
「ありがと」
「ありがとう」
あ、私の好きなお茶。
英二君は技をささっと盗んでしまうから年上に嫌われる……ように見えて、いつもこうやって下働きがすることを率先してやって、敬意を持って周りに接する。
だから、年上の受けはいい。
子供の頃からずっと現場にいて顔見知りも多いから、デスアイランドの監督や助監督、お歳を召した編集の人達にも信頼され、可愛がられてる。
おじさん達が英二君を好ましく思っていることを、私は英二君以上に理解している。
でも、少し、思うところがないでもないかな。
アキラ君。
百城さん。
ずっとそうだ、この呼び名は。
敬意を持って接されても、こういうところでちょっと引っかかってしまう。
それは英二君の気遣い不足というより、私が気にし過ぎなせいだろう。
一緒に居た時間は、私よりアキラ君の方が長い。
最初に会った日から数えた年月なら……どうだろう? そっちなら、私が勝って……
分かってる。
そんなところで比べて勝っても、意味はないんだって。
でも、英二君とアキラ君。
アキラ君にとっての一番の親友、英二君にとっての一番の親友が、いつの間にかこの二人の相互関係になっていて、もうそこは私にもどうしようもない。
英二君より早くアキラ君に私が会っていたとしても、アキラ君より早く英二君に私が出会っていたとしても、この二人にとっての一番の親友は、この二人だから。
この二人が仕事終わりにハイタッチしているのを見ていると、なんだかもう……私が女の子な時点で、この二人の間には入れないような気がしてきてしまう。
だから英二君の"アキラさん"は許す。
私が"百城さん"でも許す。
アキラ君だし、しょうがない。
そもそも私に、英二君の他人への呼称を強制する権利はない。
だから何も言わない。
何も言えない。
ただ、寂しくて。
悔しくて。
悲しいだけだ。
それは私の仮面で隠して、無かったことにすることができる感情でしかない。
私は、"百城さん"で十分だ。
「さっき烏山君と話していたみたいだけど、何を話していたんだい?」
「演技の心、みたいな話をしました。
もっとも烏山さんの話は、演技の心構えみたいな話で……
俺はどちらかというと、好感が持てる俳優の精神性みたいな話でしたけど」
「それは……僕には同じもののように見えるが」
「ええと、例えばですね。
俺は烏山さんの演技に自分の全てでぶつかる心構えは好ましく思います。
でも、オーディションに原作読まないで行く精神性はどうかな、って思うんです。
百城さんはごく自然な状態でも、俳優として理想的な精神性です。
逆にアキラさんなどは、撮影前に徐々に理想的な精神状態に持っていってますよね。
特定のルーチンで体を動かし、徐々に精神を集中させ……いい心構えで臨んでいると思います」
「そう言われると少し照れるよ、僕も」
あ、嬉しい。
「景さんなどはまた特異ですよね。
自分の心ごと入れ替えるような演技です。
心を加工し、自分を別人だと思い込み、過去の自分の記憶から引き出した感情を貼る……
心構えとか精神性とかいうレベルじゃないですよね。
もう心に関する全てを一から創るレベルと言うか。あれはもう、本当に凄いと思います」
……あーあ。なんだかな。気分良くない。顔に出さないようにしないと。
「心で演じるからこそ心に響く。理想的なメソッド俳優でしょうね、景さんは」
気持ち悪い。
「英二君は、俳優の心が好きだよね」
「そうですね。
その人だけの心が好きです。
アキラさんのそれも、茜さんのそれも。
その人の心があるからこそ出来る演技、ってのはあると思っています」
「でも、夜凪さんは今苦戦してるんじゃない? 私の友達になろうとして」
「……それは、確かに」
「つまりそれは、心が無いとできない演技の弊害だよね。
夜凪さんは心で演技をしてるから、できないことが多くある。
でも撮影はスケジュールの通りに進めないといけないから、これって厄介じゃない?」
「おっしゃる通りです」
英二君は私の仮面が好きだよね。
仮面って、心が無くても価値があるものなんじゃないの?
心が無くても、英二君は"これ"をとても素晴らしいと思ってくれたんじゃないの?
思うんだけどさ。
役に入り込んだ天然の芸術の心と、心に被せる演者の仮面。
心を加工した女優と、加工したものを心に被せる女優。
英二君はどっちの方がより素晴らしいと思ってるの?
ねえ。
「演技には役者の心なんて不確定なものを使わない方がいいんだよ。
台本を読んで、監督の指示した通りの性格と心を"演じ"ればいい。
演じる技、だから演技なんだよ。
演じてる自覚すらなくなるなら、演じる技じゃないよね。
第一、そこまでなりきる必要はある?
なりきっちゃったせいで起きたトラブルだらけだよ、デスアイランド」
「……」
「お芝居に、心はいらないんだよ」
英二君が瞳を閉じて、考え込む。
夜凪さんは芝居に心を必要とする。
英二君は俳優が芝居の中で見せる心の輝きを見る。
私は、芝居の不確定要素として、自分の心を徹底的に排除してきた。
だから。
私は。
私は。
私は多くの技術を習得して、多彩な表現ができるようになった。
色んな感情を私は多様に表現できる。
でも、私は"一般大衆が求める理想的な少女"の像としての『百城千世子』を作って、それを磨き上げすぎた。
私は、私以外になれない。
夜凪さんとは違う意味で、私以外になれない。
英二君が誰かの『心』に惚れ込んでしまったら、私はその『心』を真似できない。
夜凪さんは、真似できるかもしれないけど。
だから。
私は。
私は。
だから。
私と同じように、お芝居に心はいらないって、言ってほしい。
お芝居に心はいらないと信じて、『百城千世子の心』を削り落として、理想的な演技に最適化してきた私の人生を……全否定なんて、しないで。
「あ、そうだ。そういえば」
……アキラ君はさぁ。
「朝風君、夕食もう食べた?」
「いえ、まだですね。アキラさんも百城さんも、撮影出ずっぱりでまだだと思いますが」
「そっか。じゃあ三人で食べに行こう、そうしよう」
アキラ君は幸せになれると思うよ、うん。
人が良いもん。
アキラ君が不幸になりそうになったら、周りがほっとかないよ。
私が、英二君が、きっとほっとかない。
しょうがないなぁ。
ここは幼馴染の下手な演技に乗ってあげよう。
頑張ってるのに頑張った量ほど上達しないアキラ君には本当に困る。
下手な演技に、私に向けられた気遣いに、ちょっと癒やされた気持ちになっちゃった。
さて、また英二君をからかっちゃおうか、それとも、どうしようかな?
「英二くん、昨日約束した……あ」
「あ、景さん。今日も撮影お疲れ様です」
「―――」
夜凪さん。
声がして、英二君が私を見るのをやめて、そっちを向いて。
私が夜凪さんの方を見ると、夜凪さんがビクっとした。
なんだろう?
島に来る前、スターズが誰も来なかった顔合わせの時、初めて顔を合わせた時からずっと、夜凪さんは私を見ると時々怯えたような顔をする。
「お、おつかれさまっしたぁー!?」
夜凪さんが自分でも何を言ってるのか分からない様子で、英二君の手を引っ掴み、強引に英二君を体ごと引っ張っていく。
……あ。
「え、ちょ、景さん!?」
英二君の体格、身長、体重じゃ、不意打ち気味に夜凪さんに引っ張られたら抵抗できない。
夜凪さんは身長高いし、身体能力も高い人だったから。
私と違って。
……あーあ。
あー、あ。
なんだかな。
気分悪い。
小柄な私にはああいうこと、できないんだよね。どんなに頑張っても。
「……千世子君?」
「どうしたのアキラ君?
しょうがないよね。
私達二人だけでご飯食べに行こっか」
「……………………………………………………………そうだね」
心という芸術よりも綺麗なものは、あるんだろうか。
あるとして、それは私に作れるんだろうか。
作れたとして、それは夜凪さんの心ごと自分を加工する芸術に敵うんだろうか。
ねえ、英二君。
心って、そんなに俳優にとって大事なもの?
相手を好きになれないと友達の演技ができず、本人曰く台詞をまともに言うこともできなくなるので、相手を好きな人格を新しく一から組み上げようとする夜凪。
相手を好きになれなくても友達の演技ができる、心の入ってない演技を綺麗に仕上げる千世子。
英二は内心で「あー両方共いいぞこれ!」と惚れ込み。
千世子ちゃんは「じゃあどっちが上?」と内心にて思う。
夜凪は千世子ちゃんが怖いので、英二とどうしても話す必要が出た時、英二と千世子ちゃんが話してる場合、英二をなんとかして千世子ちゃんから引き離しにかかります。