シズル感。
広告業界における"購買意欲を煽る要素"であり、現代日本だと大体の場合"食べ物をめっちゃ美味しそうに見せる"もの。
こいつが出来るとフードコーディネーターでもやっていける……らしい。
『夕方の飯時ゴールデンタイムに見せつけるように美味い飯屋の紹介してるTV番組』の撮影に参加した時、ちょっとそういう話を聞いたってだけだが。
このシズル感を強調した仮面ライダー群がいる。
そう、仮面ライダー鎧武*1の新世代アーマードライダーだ。
鎧武は最初期の仮面ライダー達が果実をモチーフにし、その必殺技などで果汁をモチーフにしたが、新世代アーマードライダーはそこに『炭酸を加える』という共通のモチーフによってそのデザインを完成させている。
なのでよく見ると、目の部分や透明装甲部分に透明な泡が見えるんだな。
一定以上のレベルの造形プロならこれを作るのはわけねえことだ。
たとえば肩なら、着る人間の肩のラインを想定し、複数の人が着回せる内側のラインを意識し、外から見たフォルムが綺麗になるよう外側のラインも設計する。
んで、装甲部分は反射シートを敷き、その上に内側に小さな半球突起を付けた色付き透明樹脂のカバーを付ける。
すると、反射シートが色付き樹脂カバーの色を反射し、更にカバー内側の小さな半球突起も反射し、肩装甲は『まるで炭酸の泡が入っている』ように見えるわけだ。
突起を泡に見せかける、ってわけだな。
しかもこれ、装甲の中に気泡が入ってねえんでクソ劣化に強い。
気泡が入ってねえことで強度低下もねえ。
決められた形状の透明素材の中に気泡を均等間隔で入れるのって結構難儀する上、製造コストも上がりやすいくせに狙った形にもし難いんだが、この方式だと炭酸の表現がめっちゃ安く高質に仕上がるってわけだ。
鎧武の撮影において、この炭酸にこそシズル感が求められた。
『美味しそうな泡』は『綺麗な泡』と表裏一体だ。
清涼飲料水のCMにおいては、コップや缶の表面に綺麗な水滴を付けること、飲み物の中で綺麗な気泡を動かすことで、購買意欲を増させることができるとされる。
綺麗で、リアルで、だからこそ美味しく見える。
シズル感がある気泡ってのは、食事CM以外に使っても案外上手く行くもんだ。
俺も親父に、透明素材の中の泡の作り方は、散々叩き込まれた。
気泡を操れる、透明板に気泡を仕込める、ってことは、水中撮影に色々仕込めるってことだ。
たとえば止め絵の連続みたいな演出をするところなら、カメラの前に気泡を仕込んだ透明な板を置いておくだけで、海中の水泡位置まで完璧に調整できるってことだ。
また、この泡入りの板は合成素材にするとクソ便利になる。
ブルーバックを背景に気泡入りの透明板の写真を撮っておけば、編集担当がこの合成素材を少し震わせながら上昇させていくだけで、かなりリアルな水中の泡表現の出来上がりだ。
しかも水中撮影時に何度も試行錯誤しなくちゃならねえリアルの泡と違い、こっちの合成の泡は発生場所も、水の中を上がっていく軌道も、全て計算通りにできる。
これは他にも複合できるぜ。
ブルーバックの前に水槽を置いて、その中を作り物の魚を泳がせ、撮影して合成素材を獲得し、海中に見えるセットでの撮影に合成する。
こういう合成素材と泡入り透明板の合成素材組み合わせりゃ、水中で撮影した映像にいくらでも魚や泡を自由自在に付け足せるってわけだ。
この技術で、『水中に落ちた茜さんが海中で目覚めて、海の底から海面を見上げ、景さんと一緒に必死に海岸に這い上がる』シーンを撮る。
海中で目覚めた茜さんの目に映る魚、水泡、海面越しの太陽がここのシーンの肝だ。
最高に出来がいいシーンにしねえとな。
更にデスアイランド撮影では手塚監督の発案で、海中で目覚めた茜さんの目覚めの表現で、多少海中での視界がぼやけるように表現されるらしい。
良かった!
『合成のアラとか絶対出ないくらい徹底的に君達頑張ってね』とか言われなくて!
主観視点が多少でもぼやけてんなら、合成しまくりでも多分クソリアルに見えるぞ!
サンキュー手塚!
「海中撮影終了でーす!」
「お疲れ様です!」
お、海中撮影が一区切り付いたか。
後は海岸線での撮影をいくつかやって、午前の撮影は終了だな。
俳優さんにはゆっくり休んでもらって、俺達はパパっと飯食いつつ海撮影セットの撤去と、午後からの撮影の準備を昼休み中に終わらせねえとな。
本日四日目。
スターズが全員揃ってる今日中に、撮りてえ画を一気に片付けねえと。
「英二君、本当に水泡表現のシズル感出す腕上がってたね」
「でしょう? 百城さんにああいう仕事の腕を見せる機会中々無かったんですよね、最近」
海を見てると一回くらい水着デザインしてみたくなるな。
百城さんとかモデル体型だし花っぽい水着とか着せてみてえな、フリルとか付けて。
決していやらしい気持ちはねえ。
決して。
不純な気持ちは一切ねえ。
純粋な気持ちで綺麗な人の水着姿を見たいと思っているだけのことだ。
「英二君やらしいこと考えてない?」
「……いえ、服の造形について考えてただけですよ」
「嘘はついてないけど私の指摘も当たってるやつだよねそれ」
なんで分かるんだテメー。
「翔馬君の靴、あれ大丈夫かな」
「若狭さんの靴ですか?」
俺が話を逸らす方法を色々考えてると、百城さんから話を逸らしてくれた。
ありがとう。それとマジでごめん。余計なこと考えないよう気を付けます。
しかし若狭さんか。
スターズ男優にして、この撮影に二人しかいねえメガネ俳優……というかデスアイランドは俳優24人も出てんのに原作の関係で、男優二人しかメガネかけてねえから俺のメガネ小細工の余地がねえ……ってのは一旦置いといて。
あれ、なんだあの靴。ああいうの履いてたっけか。
今日までの撮影のカメラ角度的に、若狭さんの靴は一度も映ってなかったはずだから、靴履き替えるのは撮影的には別に良いとは思うが。
「あ、俺が渡した靴と別の靴使ってますね」
「あれ見覚えあるよ。翔馬君と契約してるスポンサーのスニーカーだ」
「あー、スポンサー絡みですか。なら仕方ないですね」
スポンサーが金を出すのは、何か自分が得してえからだ。
デスアイランドに出演した俳優が履いてた靴ともなれば、そこそこ宣伝効果はあるだろうし、雑誌が映画ファッションチェック特集とかしたり、インタビューの時の全身写真とかでもその靴履いてたりすりゃ、宣伝効果は更に上がる。
俳優と大手企業の契約ってその辺色々あんだよなあ。
CMに積極的に出てれば後は自由、とかいうのもある。
この期間内はうちの作品の宣伝積極的にしてくださいね、って契約もある。
若狭さんの独断じゃできねえし、靴の履き替えは監督やプロデューサーも知ってると見ていいだろうな。
「確かに俺製の靴ではないですね、あれ。
あの靴を履いたままだとアクションで靴ズレしてしまうかもしれません。
よく気付きましたね百城さん、大金星ですよ。ありがとうございます、助かります」
「ほら、英二君が本気で演者の足に合わせた靴って、何より足に優しいから」
違和感見える時はかなりはっきり見えるんだよ、と百城さんは微笑んで言った。
百城さんから離れ、彼女に促されるまま、若狭さんに歩み寄る。
撮影全体を調整してる彼女の手足にされてる感はあるが悪い気はしねえな。
「若狭さん、その靴ですけど」
「う」
「大丈夫です、大まかな事情は推測してます。
靴を貸してください。
中敷きを靴の形に調整するのに少し時間を頂きますが、靴はすぐにフィットさせてみます」
「……すまない」
「いえいえ、こういうのも俺の仕事ですから。
そしてそれが若狭さんの仕事だということも分かっています」
気にすんな。
俺達ゃ技はあってもデカいこと出来るだけの金がねえ、金だけ持ってる会社の命令にはあんま逆らえねえ者同士だ。
悪意があってやってたってわけじゃねえのは分かってる。
靴を履き替えるくらいなら、と判断したのも分かってる。
けれども申し訳ねえ気持ちになって俺に言い出せなかったってのも分かってる。
仕事の思考だ、そういうこともあるさ。
だからこうして心の中で「これだから現場を分かってねえ金だけ持ってるクソジジイどもは!」と憎むだけで声には出さず、精神の安定を保つのが吉なんだ。
「はい、調整したインソール入れて調整しました。
動き回っても靴ズレが起きる可能性は無いと思います」
「ありがとう」
「お礼なら百城さんに言ってあげてください。
あの人が普段してる沢山の気遣いが礼を言われる機会って、ほぼ無いんですから」
「……ああ」
若狭さんが俺と百城さんを交互に見て、何故か一瞬呆れた顔をした気がした。
なんじゃその表情。
変に深読みすんなよ。
「見てましたが、朝風さんと百城さんもすごいですね……」
「木梨さん」
「夜凪さんはすごすぎてよく分かんないくらいなんですが、百城さんも同じなんでしょうか」
「木梨さんは同じに見えますか?」
「違うように見えるんですけど、同じようにすごく感じて、ええと、言語化できない……」
違いが分かるのは良いことだ。
そういう人はよく伸びる。
さて、言語化が苦手な人にこういうのを説明するにはどうするか。
「あそこに景さんがいらっしゃいますね、木梨さん。
そこには百城さんが座ってらっしゃいます。
お二人とも、撮影を見ながら、カチンコの度に集中して撮影を見つめています」
「みたいですね。すごく集中してるのが見てても伝わってきます」
「自分が参加する時の本撮影とは違う心持ちで、外側から眺めてるんでしょう。
ああやって自分が演技する時のことを考えてるんだと思います。
……考えてる内容は真逆の方向だったりするかもしれませんが。さて」
シンプルに、わかりやすく、現役高校生演劇部の人に、小難しい理屈抜きで感覚的にあの二人の違いを理解させるには、どういう形がいいか。
こうすんのがいいかな。
カチンコが鳴るのを待って、撮影を外野から眺めてる景さんに呼びかける。
「景さん」
景さんは反応しない。
木梨さんが首を傾げた。
俺はもう一度景さんに呼びかける。
「ケイコさん」
「はい、何?」
「お茶の差し入れです。どうぞ」
「ありがとう」
木梨さんがぎょっとしたのが見えた。
続き、百城さんにも呼びかける。
「カレンさん」
「役の名前で呼ばれても、私の方は困るかな」
「紅茶の差し入れです。どうぞ」
「ありがとう」
木梨さんの顔を見ると、心底納得した顔をしていた。
「ほら、なんとなく分かるでしょう?」
「私には理解できても実践できない感じですね……」
全くもってその通りだ。
「木梨」
「あ、烏山さん!」
「お疲れ様です、烏山さん。次のカットで出番ですよね、頑張ってください」
「ありがとうございます、朝風先生。
木梨、確かお前バッグに原作の単行本を入れていたな。
ちょっと撮影が始まるまでの間でいいから貸してもらえないか」
「はい、いいですよ。今取ってきますね」
木梨さんがとてとてと走り去って行った。
はて、烏山さんが原作を改めて読み込もうとしてる?
烏山さんの演技面での精神的傾向は、原作に芝居が引っ張られることや原作に媚びることを嫌いがちな、脚本と演技指導にのみ忠実にやる、自分の実力で勝負する派のそれだったはずだが。
「原作をここから読み込むんですか?」
「原作をちゃんと読め読めとうるさい奴がいますからね」
源さんか。
烏山さんは、朗らかに笑う。
「夜凪ですら頑張って周りに合わせてるので、俺も少し見習おうかと」
「―――」
景さんの影響は、周囲に伝わる。
良い影響も、悪い影響も。
俺はその影響を抑えて、撮影を安全に運ぶ百城さんの補助に尽力してるが。
こうしていい影響が伝わってるのを見ると、やっぱり心が踊っちまう。
「持ってきました! どうぞ、烏山さん」
木梨さんが持って来たコミックスを、烏山さんが読み始める。
「……朝風先生。演出予定にない、原作通りの演出というのはできますか」
「できますよ。俺も原作読み込んできましたから、いくつからなら今からでも」
流石にネズミとかは準備してなかったけどな。他なら、いくつかは、なんとかできる。
「このシーンなんですが」
開かれたページは原作のワンシーン。
烏山さん演じてる役の漫画のキャラが、地面に落ちてる刀を踏むように蹴り上げ、跳ね上がった刀を握って若狭さんが演じるキャラに斬りかかるシーンだ。
ほほう。
ここをやりてえと。
オーディション組が演じる役のキャラの見せ場は、この映画の方針的には削られがちで、演出予定表ではカットされてたシーンだな。
「たまには夜凪のように、良い意味で周りをギャフンと言わせてみたいじゃないですか」
「源さんをギャフンと言わせたいんですか?」
「驚かせられれば、それで満足です」
こいつめ。
「できますか?」
「できますよ。ちょっと待っててください、ちょっと相談してきます」
こっちを見てた監督を横目で見る。
いーよいーよ、とばかりに笑ってこっちに手を振っている。
演出と助監督にはこれで話が通るな。
まず百城さんに話通して、次に助監督呼んで全体に話し通すか。
百城さん呼んでかくかくしかじか。
「これなら安全だし、映画の質をより上げられそうだね。
良いと思う。でも英二君、ちょっとうっかりしてないかな」
「なんですか?」
「これやるならあの刀の重量が最適、というかあれがないと辛そうだけど。
英二君が皆に助け舟出す時に、あの刀蹴り飛ばしちゃったんじゃなかったかな」
「……あー」
しまった。時間見つけて探そうと思ってたけど、あの刀今は無いんだった。
こういう、武器を踏んで跳ね上げて眼前で掴むとか、武器を蹴り上げて眼前で掴むとか、そういうクソかっこいいシーンは様々な技術で撮ることが可能だ。
有名なのは平成ライダーの始祖・仮面ライダークウガの28話か。
海岸線波打ち際での戦いで、クウガが足元の枝を蹴り上げてキャッチしつつ、敵の攻撃を前転跳びで避けながら強化変身、立ち上がると同時に強化変身完了・手に持った武器が金色の槍に変化、敵にその切っ先が突きつけられるってシーンだな。
金色の刃が生えたロッドがとても印象的で、アクションの見事な魅せ方にめまいがしそうなレベルの名シーンだ。
この28話シーンはよく見ると、背景の光量がかなり増してあり、光量を調整して背景が一切映らねえようにしてるシーンと、光量が多いが海がちゃんと見えるシーンを織り交ぜ、『光量を増して色々見えなくしている』ということを気付かせねえようにしてる。
これによって例えば、鞭の先を透明な紐で操作したりしても、棒を紐で引っ張り上げたりしても、棒を砂中の装置で跳ね上げても、画面の多くが光でぼやけてるんで見えねえ。
実際、放送されたこのシーンでは飛び上がるCGのクウガが背景の光で誤魔化され、かなりリアル寄りに見えてんのが肉眼でも見て取れる。
更に、棒を足で蹴る瞬間・棒が跳ね上がっていく瞬間・クウガが目の前の棒を掴む瞬間を別々のカットにしておくことで、撮影難易度を著しく低下させてるんだよなこれ。
クウガが棒を蹴り上げるカット。
紐で上から引くか、下から装置で跳ね上げるかで棒が跳ね上がる瞬間を撮るカット。
カメラに映らねえよう足元に寝転がった人が、棒をリアルな速度で持ち上げて行って、クウガの上半身だけしか映らないほどに近付いたカメラの前で、クウガが棒をキャッチするカット。
そして、三つの映像を連続させ接合する。
こんな感じに三カットを分けて撮れば、一定以上の力量があるプロなら誰でも、『棒を蹴り上げてかっこよく目の前でキャッチするシーン』っていう、様々な漫画や特撮で多用されるかっこいいシーンを真似して撮影できるって寸法よ。
他の撮影でも使えるぞこれ。
こういう『撮影難度を下げる撮影構成の工夫』を上の人間がやってくれると、実際に現場で撮る人間はすっげー楽で助かるんだわ。
背景光量が増してるから、多少の変なとこは肉眼じゃ分かんなくなってるしな。
撮影背景の光量を増してくれる映像編集のテクニックが、CG班や特撮班の撮影を、めっちゃくちゃに楽にしてくれてるってわけだ。
さて。
んで、烏山さんの撮影にこれを使えるかっていうと、かなり微妙だ。
烏山さんの撮影をカットで分割する予定はねえ。
刀を踏むように蹴り上げる漫画っぽいこのカットは、ひと繋がりの流れで撮らなくちゃならねえ……となると、相当に誤魔化しが利かん。
ただまあできないわけじゃねえ。
海岸線の、あの辺りの草地の地面の中に刀跳ね上げ装置を仕込めばいい。
どの角度から撮影しても、草の上の刀は見えても、草に隠された地面に仕込まれた装置は肉眼で見えるわけがねえからな。
跳ね上げ装置は即席で組み上げて、シンプルな木製デコピン式にする。
木製のちょっとパワーに差を付けた複数のデコピン装置が、複数同時にデコピン時の指の如く動いて、刀をそこそこの勢いで叩き跳ね上げる仕組みだ。
凝った操作システム作んのは時間的にも面倒臭いんで、遠隔操作可能なモーター複数を使って離れた場所からモーター操作できるようにしとく。
TVシリーズ・ウルトラマンティガに登場する戦闘機・ガッツウイングの飛行シーンを魅せる時と俺が操作ですることは基本的には同じだな。
あれもリモコン操作できるモーターにピアノ線を結んで、そのピアノ線に戦闘機を繋げて、モーターを動かすことで戦闘機の飛行描写をしたりしてたんだ。
俺がリモコンを操作すれば、モーターが動いてぐぐぐっと木製デコピン装置に力が溜まり、力が解放されて刀が上にぶっ飛ぶ。
が。
俺の仕事を理解してる百城さんはここまで瞬時に読んでたわけだが、俺がさっくりやろうとしてたこの仕込みは、刀が重いと成立しねえ。
んでもって、和歌月さんに渡してた刀は俺の傑作で、一番軽いやつ。
あれを使うことを前提にして、今一瞬だけうっかり計算してたわけだ。
危ねえ危ねえ。
じゃあもうちょっと重い予備の刀を跳ね上げる前提で、全く別の機構を組み上げるとなると……ちょっと時間が要るな、そいつは困った。
木製デコピン装置とモーターだけなら、木を切ってありもの組み合わせるだけだから、本当にすぐ出来るんだが、こいつは困った。
「お困りのようですね、朝風さん」
「あれ、和歌月さん……どうしたんですか、そういう撮影もないのに髪が濡れてますが」
「手の空いているスタッフさんに付き添ってもらって、朝の内に見つけてきました」
「! 海に消えた刀じゃないですか!」
水流に流されて見つからねえと諦めてたのに!
無茶すんなお前!
「海に潜って探してきたんですか……無茶しないでください」
「私は夜凪さんと違って、自分がした失敗を挽回する気があります」
「……うん?」
「朝風さんが全力で作ってくれた傑作。
それを取り戻そうとする分だけ、少しは夜凪さんに勝っているはずです」
「……あ、そ、そうですね。ありがとうございます。
でもこれからは危険があるかもしれないことは、極力避けてくださいね」
「刀の回収の際にはスタッフの方に見張ってもらい、万全の安全を期しました」
どうすっかなー。
ちょっとくらい無茶して周囲のプロの仕事を無駄にしねえのがプロ意識なのか、徹底してリスクを回避すんのがプロ意識なのか。
いや、和歌月さん視点だとスタッフ巻き込んでまで安全確保してたんで、海に潜って刀探してたのは主観的にはリスク0だったのか?
だとすると心配しまくっちまった俺のことを気遣って、俺を安心させるために普段以上に安全対策を考えて行動してくれたのか?
いや、そうかもしれん。
今、和歌月さんは刀を探して海に潜ったと言うよりも先に、手の空いてるスタッフに付き添ってもらったと言ってた。
自分が何したかを言う前に、自分が安全を確保してたことを言った。
それは、俺とかを安心させつつ事実を告げるためか。
あーもう強く言えねえじゃねえか。
ありがとう。
……マジでありがとうな。
俺が全力で作った物を大切にしてもらえんのは、素直に嬉しい。
海水濡れの刀を和歌月さんから受け取り、握り締める。
「本当に助かります。ありがとうございます、和歌月さん」
「……そうまっすぐにお礼を言われると照れますね」
「海で刀を探して、海の撮影にスムーズに合流してくださったのは、狙ってですか?」
「ここの撮影でこの刀かその予備を使うことは、演出予定表に書いてありましたから」
海辺での撮影だということを把握して、海で刀を探して、超速でここまで来てくれたんだな。
もーなんか、海に潜って探してくれたことは、バカかよとか、真面目すぎかよとか、ありがとう誠実な人! とか色々言いたいことあったんだが。
頭の中に撮影に必要なことを全部叩き込んでるところは、本当にスターズ感あるな。
「じゃ、やりましょうか。
百城さん。ちょっと助監督や監督への伝言役と、俺の意図の伝達お願いできますか」
「うん、いいよ」
「烏山さん。地面から仕込みでオートで刀を跳ね上げます。
刀はほんの僅かに回転しながら跳ね上げますので、テスト一回で軌道を覚えてください。
跳ね上げた刀の軌道はテストと本番でズレを1cm以内に抑えます。
烏山さんの優れた運動神経の数値はもう動きを見て把握してます。
この仕込みで跳ね上がった刀を烏山さんが掴むのは、初見でも九割成功するはずです」
「承知しました!」
ありがとう和歌月さん。やや重い予備刀使わなくて良いのはマジで助かる。
さあ、本番だ!
このシーンで動く人は二人。
声がデカい烏山さんと、メガネ男の若狭さん。
このシーンに使われるカメラは三つ。
一つは真横からのアングル。
草地で対峙する二人を真横から撮る。
一つは斜め前から烏山さんを撮るアングル。
刀を跳ね上げ掴み、切迫した様子での烏山さんを斜め前正面から撮り、烏山さんが若狭さんに切りかかっていく流れで、固定位置からカメラを回して烏山さんを追い、最終的には若狭さんの腕を切る烏山さんの後ろ姿を撮る。
一つは斜め前から若狭さんを撮るアングル。
刀を持つ烏山さんを恐れる若狭さんの表情と演技を撮りつつ、カメラクレーンで上に移動し、上から見下ろすアングルを撮影する。
この三つで撮影した映像を切り貼りし、最高のワンカットを完成させる、ってわけだ。
まず烏山さんの正面を映すアングルから。
これが撮り、烏山さんが友達を切るほどに正気でないことを示す表情の演技をし、同時に足元の草地に刀が落ちている事実を画面に映す。
次に真横。
真横から撮影するアングルだと、靴や刀が草地の草に飲まれて消えるんで、烏山さんが本当は足で刀に触れてねえことも、仕込みで刀が跳ね上がってることも肉眼じゃ分からねえ。
ここで、跳ね上がった刀を烏山さんがキャッチする。
刀を眼前で掴んだ瞬間、烏山さんを正面から撮るカメラの画も使う。
刀を握った烏山さんを見てビビる若狭さんを斜め前から撮り、烏山さんが一気に斬りかかるのを三カメラから撮って……って感じだな。
「俺は生き残りたいんだ!」
「お、落ち着け!」
「デスアイランドの指令に逆らって俺が死ぬか、俺がお前を殺すか、二つに一つ!」
あーいい。
いい感じ。
演劇畑の人の剣殺陣はやっぱいいな。
元アクションクラブの和歌月さんみてえなテレビ映えする動きとはまた違う、舞台映えする印象的な動きだ。
昨日和歌月さんの人斬りを見た後だから、余計烏山さんの人斬りが映えるな。
つか、うん。
やっぱ『地面に落ちてる刀を立ったまま足で跳ね上げて手でキャッチ、敵を切る』ってのはかっけえな!
好きだ!
これだから撮影の裏方ってのはやめられねえな!
「はいカット!」
「OK。良かったよ若狭君、烏山君。
テスト一回本番一回で終わったし、映像の出来も予定より良くなったね」
「監督、次の撮影に移ります」
「うん、お願いね」
監督はニコニコしていつも通りのOK。
若狭さんもいい演技見せつつも、烏山さんの演技といい感じに引き立てあい、切られ役の名演を見せてくれたな。
さてさて次の撮影に……ん?
若狭さんが何か烏山さんに耳打ちしてる。
なんだろうあれ。
聞いてみっか。オラ教えろ烏山!
「烏山さん、若狭さんに何か言われましたか?」
「あ、いえ、大したことでは。
『朝風さんの不思議マシンによく合わせて、いい動きしてた』
と褒められましたな。朝風先生の仕込みに初見で合わせられると思われてなかったようで」
「ええ……でも良かったじゃないですか。
これからの撮影でもいい協力できるかもですよ。何か学べましたか?」
「はい。一流と呼ばれるスターズの上澄みの演技、見ていい勉強になりました。」
そりゃよかった。
そんじゃま、次の撮影の準備準備。
「……」
「あれ、源さん。撮影の準備はもういいんですか?」
「あ、ああ、そっすね」
「源さんは次の連続カットの次ですよ。どうか準備は万全に。けれど肩の力は抜いて、です」
「うス」
次は爆発シーンだ。
この撮影俳優の中で最年長、20歳の石垣さんがなんやかんやあって爆死する。
デスゲームの華らしいな。爆死。
「フフフ、朝風君。できるだけ派手にね」
「石垣さん、派手具合によってはギャグになっちゃいますよ。
派手すぎなくてもギャグになるので、ほどよくします。
死体が残らない爆発規模で、グロ要素は排除し、かつ派手に、ですね」
「僕の腕も吹っ飛ぶんだろう?」
「はい、こちらです。
前に型取りさせて頂いた石垣さんの腕の型を元にリアルな腕を作り上げました」
「うわぁ、凄い本物感」
「まず、爆死直前までの怯えた石垣さんを撮ります。
そして、石垣さんがどいたその場所で火薬を爆発させます。
死体なんて残らないと思えるくらいの規模の爆発を、火薬とガソリンで表現します。
そして爆発の表現で飛んで来る腕(偽)。
吹っ飛んでいった腕が、生きたいという執念の賜物か、町田さんの服を掴む……という流れ」
「怖いよねえ。どんだけ死にたくなかったんだろうね、原作のキャラ」
「執念で死後に腕が生者の服を掴むくらいですからね。
そりゃもうヤバい、って度合いだと思いますよ。
だからこそ名演と造形の両方が必要です。
石垣さんは死の瞬間に、強烈な妄執を見せる。
そして俺は、本物にしか見えない腕を作る。石垣さんの腕にメイクをしてでも、です」
「何度聞いても仕組みがあんまよく分かんないよねえ。
こっちの生身の腕をわざと血や泥で汚す。
作り物の腕の方も、1mmのズレも無く同じ形に汚す。
すると、完成した映画で偽物の腕が本物っぽく見えるときた。フフフ」
「人間は"分かりやすい目印のマーク"で物を見てるんです。
脳が勝手に誤解してくれるなら、そうなるよう仕向けるだけですよ」
仮面ライダーオーズにおける主人公の相棒、腕だけの赤き怪人アンク*3。
腕だけのアンクは、人間と一体化し、その人間の体を乗っ取ることで動く。
よって体のほとんどが人間だが右腕だけが怪人、というのが、この番組における相棒・アンクの描写の仕方だった。
実際の撮影では、俳優の腕にアンクの腕セットを装着し、右腕だけ怪人の人間という風に見せている。
が。
このアンクの腕セット、実は二種類ある。
片方はグローブのようなフル造形。
怪人の腕そのものなグローブ状のセットであり、付けるだけで間近で撮影しても何ら問題のない腕となる。
ま、アップ用だな。
アクション用はもう片方の方だ。
そのもう片方のものには、『
放映中、視聴者の多くは気付かなかったが、アンクの手は『変身用のメダルを投げるアクションをする』という関係上、指周りを器用に動かす必要があった。
それこそ、グローブ状の生地越しじゃ駄目なくらいにな。
だから、人差し指と中指の部分は造形せず、そのまま露出してる指につけ爪と指輪装着と特殊メイクを施した。
で、アップ用の方の人差し指と中指の部分も、この指に合わせて造形したってわけだ。
指が露出してるんで、カメラ越しだと怪人の分厚い腕グローブ付けてるように見えんのに、すっげー細かな動きができてるように見える。
オーズのアンクにおいては、この特殊メイクも造形の仕事の一端って言っても良いのかもしれねえな。
んで。
これこそが、『腕』を映画で魅せる最高の錯覚テク、ってやつだ。
当時仮面ライダーオーズの視聴者はほぼ誰も気付かなかった。
指が覆われてる時と、覆われてねえ時があるなんてな。
これもまた、錯覚と思い込み。
人差し指と中指が微妙に違っていたとしても、それ以外の部位が全部同じデザインだったから、この二本の指が同じであるように見えた。
同じに見えるよう、ほんの僅かな違和感も脳が勝手に補正した。
俺が今、石垣さんの腕にメイクを施してしてんのもそれだ。
本物の指と作り物の指を見分けられねえよう、視聴者の脳を騙したように。
本物の腕と作り物の腕を見分けられねえよう、メイクを調整する。
「フフフ。不思議な気分だねぇ。僕の腕が沢山あるみたいだよ」
メイクを施すのは三つ。
石垣さんの生身腕と、爆発シーンで飛んで来るところで使う手が開いた腕と、町田さんの服をギュッと掴む手が握り締められた腕だ。
作業中に、作り物の開かれた手の指紋が、僅かなミスで石垣さんの指紋のそれと違う指紋になってることに気が付く。
素早く針先で彫って修正。
そして、本物一つと偽物二つを、"今日の"石垣さんの腕を基準に、寸分違わねえ造形にして揃えていく。最終調整だな。
「朝風君の腕の動きは、まるで機械だ。ほんの少しのズレもなさそうだねえ」
「大事なのは計算です。計算ほど大切なものはありませんよ」
計算して、計算通りに手を動かす。
仕組みは機械と同じだが、機械にできねえ作業を機械のように素早くできるからこそ俺のこの仕事に意味はある。
単純に布を服にするだけなら、俺の手よりミシンの方が速えだろうしな。
俺の横に、お茶と紅茶のペットボトルが落ちた。
あれ、これ景さんと百城さんにやったやつ。
と思って、顔を上げると。
「え……? 私が一番大切……?」
「へぇ」
「この流れ前もやりましたよ! 天丼! 天丼です! 誤解です!」
黒い髪を揺らした景さんと、白い髪を揺らした百城さんがいた。
黒っぽい天才も白っぽい天才も間が悪ぃんだよ!
このカットに映る俳優は四人。
爆死する石垣さんと、飛んできた腕に掴まれる町田さんと、その後ろに二人。
町田さんの後ろの二人は、デブキャラにキャスティングされたデブの小西透さんと、背が高くて坊主頭で坊主頭キャラにキャスティングされた小寺童子さん。
オーディションで坊主頭のキャラで受かりたいがために坊主頭にしてきたとかいう噂は、果たして本当だろうか。
いやそういう俳優は時々マジでいるけどな。
ファンがかなり離れるから売れた俳優は坊主頭にし難えんだ、これが。
石垣さんが、迫真の演技を見せる。
「い……嫌だ、死にたくないっ!」
景さんほどじゃねえが……いやこの考え方は駄目だな。
それでも、十分に感情が伝わってくる演技。
「カット!」
「はい、OK。じゃ、爆発シーン行くよ。皆そのままそこで動かないでね」
石垣さんがどいて、火薬の扱いにも長けた俺が火薬を仕込む。
火薬をどのくらいの量にするか?
ガソリンをどのくらいの量にするか?
火柱はどの方向に伸ばすか?
着火時の閃光はどのくらいの大きさにするのか?
ほんの一瞬だけだが、カメラに爆発の瞬間、そこに石垣さんがいないと映るかもしれねえ問題はどうするのか?
その辺を、知識と感覚で処理する。
とりあえずガソリンは辞めた。
万が一くらいの確率で怪我しそうな距離だと俺の勘が判断したからだ。
なのでガスナパームを使う。
プロパンガスと空気を混ぜて、高い圧力をかけて吹き出させ、これに火を点けるのだ。
ガスはどこまでも広がるから危ねえと一見思えるが、これがガソリンナパーム爆発より安全だってんだから世の中は不思議なもんだ。
ガソリンは近くの人に意外と引火しやすいからな。
そしてマグネシウム。
火をつけるとごわっ、と光が拡散するマグネシウムの塊を仕込む。
こいつがめっちゃ光を出すと、光でカメラがハレーションを起こし、強い光を中心に画がややぼやける。
これで爆発の瞬間石垣さんがいねえことには肉眼じゃ気付けねえはずだ。
あとは12日目まで使うつもりなかった大型扇風機をセット。
なんか思ったより距離の関係で皆の服が揺れねえ。
だから爆発と同時に町田さん達三人に扇風機の風を一秒ほど当て、あたかも爆風で服が揺れたかのように見せかける。
"爆発の際にはピカッと光が出る"みたいなイメージを持ってる人は、だいたいどっかの番組でこのマグネシウムフラッシュを見たことがある人だろう。
燃えるガスとマグネシウムのピカッ。大型扇風機ゴワッ。
よし、上手い感じに爆発が撮れた。
爆発の瞬間の光と、発生した少しの爆風(扇風機)が、カメラが撮っている三人の姿をより臨場感あるものへと仕立て上げる。
目の前で人が爆死したことで、三人の顔には演技の驚愕が浮かんでいた。
「カット!」
「OK。じゃ、後でこの爆焔に吹っ飛ぶ腕合成するとして、次」
さーて更にもっかいカットだ。
今度は爆発で飛んだ腕が、空中を飛んでいって町田さんの服を掴むまでだな。
しっかしこういう一連の流れを次々撮っていく撮影はテンポよくて楽しくなる。
それまで背景は森だったが、巨大な青い布が数人がかりで広げられ、背景が真っ青に染まる。
そして全身青タイツを着たスタントマンさんが、石垣さんの腕を拳の先に装着した。
うーむ何度見てもすげえ。
仮面ライダーオーズのアンクの、『怪人の腕が飛んで行く』合成と同じことやってるだけなんだが……絵面の破壊力強え。
ブルーバックの上で青タイツを装着した人間が動くと、透過処理の時に人間も完全に消える。
青タイツは撮影形式によっちゃ全身でもいいし、腕だけでもいい。
ともかく、青タイツを装着した人間が石垣さんの腕を持って走れば、石垣さんの腕がすっ飛んでるように見えるってわけだ。
けど、手を持って走ってるだけじゃ、爆死者の腕は情けねえ速度しか出せねえ。
だから加速させる。
仮面ライダーカブトのクロックアップ形式*4でな。
ちょっとばかり、カメラマンさんに聞く。
「レート*5どんくらいにしてますか?」
「監督が同じアングルでいいって言ってるからカメラごとに変えて撮ってみてるよ。
カメラ1が20コマ。カメラ2が16コマ。カメラ3が12コマ。取り直しもあるかも」
1秒間に、何コマ撮影するのか?
これが、時間を加速させるライダーである仮面ライダーカブト達の能力『クロックアップ』の撮影形式の一つだ。
たとえば、映画では、通常慣例的に1秒間に24コマ撮影している。
つまり普通の映画は、映像を1秒間に24コマ流して映す速度でフィルムを回している。
ここで1秒12コマで撮影し、映画で流せばどうなるか?
1秒24コマのペースで流しているため、12コマは0.5秒しか流れない映像となり、1秒の映像は0.5秒に圧縮される。
そして、戦闘は超高速になる。
これがカブトの敵味方が持つ加速能力『クロックアップ』の見せ方だ。
通常映像の撮影が1秒間に24コマ。
加速能力・クロックアップ発動時が1秒間に18コマ。
で、クロックアップを超える超加速・ハイパークロックアップの場合、1秒間に4コマ。
この疑似加速撮影状態の中、スーツアクター達は少しゆっくり目に動き、撮影に臨んでいたっつー話だ。
つまり仮面ライダーカブトにおける『残像を目で追うのがやっと』という速度、及びクロックアップの基準速度が、だいたい約1.3倍速。
ハイパークロックアップで約6倍速ってことだな。
俺の場合、カブトのこういう数字を映像の加速の物差しに使うことが多い。
カメラ1が1秒20コマ。大体1.2倍速。
カメラ2が1秒16コマ。大体1.5倍速。
カメラ3が1秒12コマ。大体2倍速。
カメラを見てる感じ、1.2倍速がほどほどにリアルな感じするわ。
そうして、加速される予定の腕の飛来シーンが撮影完了し。
青タイツのスタントマンが作り物の腕を操作して、町田さんの服をガシッと掴ませた。
よし、このカットはここまでだな。
「カット!」
「OK。順調だね。それじゃ最後のカット行こうか。リカちゃん、いけるね?」
「はい!」
で、最後のカット。
「キャアアアアアアアアッ!!」
服を死体の腕/作り物の腕に掴まれた町田さんが、混乱と狂乱を感じさせる叫び声を上げた。
町田さんの後ろにいた小西さんと小寺さんが、役を演じて「落ち着け」と呼びかけつつ、町田さんに寄り添っていった。
友達を励まし、慰め、落ち着けようとするクラスメイトの友情描写。
まあこの三人も後で全員死ぬんだけどな。
デスゲームだし。
本当に酷えなデスゲーム!
「カット、OK! いいよいいよ、皆スムーズに行けたね」
「監督、次ラストです」
「はい皆、次のカットで今日の撮影は終わりみたいだよ。気合い入れようね」
カット一つ目で石垣さんの演技を見せ。
カット二つ目で石垣さんの爆死を見せ。
カット三つ目で飛ぶ腕を見せ。
カット四つ目で死体の腕に掴まれるとかいうホラー展開に、町田さんの感情がこもった最高の悲鳴が添えられた。
このカットを繋げることで、石垣さんが死んでその腕がすっ飛んで、原作の人気ヒロインの一人を演じる町田さんがホラー展開にビビる映像が完成する。
なんかここで町田さん担当の原作キャラが泣いて悲鳴上げるところが人気らしい。
原作ファンってサド多いんだろうか。
涙目に興奮する人って多いんかね?
四日目も終わりが見えてきたな。
スケジュール4/30消化、撮影予定カット数は大体15/100完了。
あんま早くねえな。
もうちょっと巻いていきてえ。
「英二君」
「あ、百城さん」
「カメラマンさんの方をずっと手伝ってたんだけどね。
次の撮影を撮るためにカメラの三脚を立てる適度な台が要るんだって」
「台ですか? ……ああ、あそこのカメラマンさんですか。
必要な高さは……なるほど、分かりました。
半年くらい前に食品のCMで百城さんのために作ったやつが車の中にありますよ」
「ああ。あれなら大丈夫そうだね」
「10分ください。パーツにバラしてあるんで組み立てます」
「お願いね」
百城さんの口元が、俺の耳元に寄る。
「英二君のかっこいいところ、もっと皆に見せてあげたら?」
「……からかわないでください」
「英二君ってこの手の台詞にいつまで経っても慣れないね。冗談でもそうじゃなくても」
「百城さんの冗談は心臓に悪いんですよ……」
「じゃ、半年前のあの台をお願いね」
せかせか台を組み上げる。
三分で出来ちまった。
カメラマンと百城さんに渡して、俺も次の撮影の準備を開始する。
さーて本日ラストだ!
あれ、源さん。何か用?
「英二さん。その……ああいう会話、いつもしてるんスかね」
「源さん? 何がですか?」
「何年前とか、あの時の仕事がどうとか」
「五年以上付き合いある人とは時々する会話ですね。
アキラさんとすることが一番多いと思いますが……」
「あれなんですけど、ほら、あんたと夜凪とか付き合い浅くて、夜凪はその……」
「?」
「……やっぱ辞めました。俺がやるようなことじゃないっすわ、これ」
「ええ……」
「俺が言えるのは、百城千世子ってかなりの腹黒なんで気を付けてってことです」
「俺百城さんの悪口言われると結構怒りますよ」
「も、もう怒ってるじゃねっすか!」
なんだかなーもう。
まあ行動が大体打算と計算によって成り立ってるって意味じゃ、打算抜きの行動がほぼねえ百城さんは腹黒なのかもしれん。
だがそうだとしても俺は「その腹いい黒が出てますね」とその色を褒めるんだぞ。
言う相手を間違えたな。
「次が本日ラスト、四日目最後のカットです。何か要望はありますか?」
「……要望は、ありますけど」
?
歯切れが悪ぃな。
「かっこよく魅せてえんスよ、この原作、好きになっちまったんで」
「物作りで俺にできることならなんなりと言ってください。原作愛を形にしてみますよ」
「あざす。……本当に、思いつきなんですが。
烏山みたいに、尺の都合でカットされてる原作のワンシーン、やれますかね」
「できますけど……源さんのキャラでねじ込めるの何かありましたっけ」
「七巻のあれです」
「!」
「そうです。今の脚本だとバッサリカットされた原作エピソードです。
この脚本だと俺は原作よりもずいぶん早くに死にます。
カットされた部分の見せ場を、無理矢理に序盤のシーンにねじ込めば……」
「どこにねじ込むつもりですか?
ここだけの話ですけど、この映画の脚本はあまり腕が良い人じゃないです。
要望出しても綺麗なねじ込み方をしてくれるとは……ああ、今から撮るカットにですか?」
「どう思いますか、英二さん」
「言われてみるとかなり綺麗に入るかもしれませんね。
この脚本、『ケイコ』が入った分のズレがあるんです。
そのズレを、源さんのこのねじ込みで修正できるかも……」
「ですよね!」
「流石は源さん。原作読み込んで、原作愛で、脚本の改良案を持ってくるとは」
「へへっ」
「でも、原作通りの話からまた離れそうですね。いいんですか」
「原作そのまんまやるのが原作愛ってわけじゃねえと、ちょっと思ったんです」
まさか、源さんが原作に忠実な演出を変更してもらおうとしてくるたぁな。
源さんの演技面での精神的傾向は、原作付き作品の場合原作を徹底して読み込み原作のファンになり、その原作を極力改変しないで最高の再現を魅せるってタイプだったはずだが。
「原作通りにするのはやめたんですか?」
「原作に引っ張られず自分の最善探せとか、実力で勝負しろとかうるさい奴がいるんですよ」
烏山さんか。
源さんは、溜め息を吐く。
「夜凪ですら頑張って周りに合わせてたんで、俺も少しはそうしてやろうかと」
「―――」
景さんの影響は、周囲に伝わる。
良い影響も、悪い影響も。
俺はその影響を抑えて、撮影を安全に運ぶ百城さんの補助に尽力してるが。
こうしていい影響が伝わってるのを見ると、やっぱり心が踊っちまう。
「たまには夜凪のように、良い意味で周りをギャフンと言わせてみたいっすからね」
「烏山さんをギャフンと言わせたいんですか?」
「別にあいつがどうとかいう話でなく、高い評価を得て次の仕事に繋げたいだけですよ」
こいつめ。
「できますか?」
「できますよ。ちょっと待っててください、ちょっと相談してきます」
百城さんと話してた監督に相談に行く。
「いーよいーよ、やっちゃって」
よし、これで助監督以下全体に話が通るな。
ぶっちゃけ源さんの要望聞いて、実質仕事増えんの監督と俺だけだしなぁ!
「百城さん、それでこれなんですけど……」
「分かってるよ。カット減らせるって話だよね」
この人の把握力凄えなあマジで。
「真咲君のこの要望聞けば、真咲君の長台詞がいくつか入る。
そうすると、真咲君と会話するスターズの皆の台詞も増える。
結果的にここのカット繋げたシーンが長くなる。
映画の時間は決められてるからね。
真咲君達が明日撮る予定だった、このカットの次のカットをいくつか省ける。
上手くやれば撮影数回分の尺をこの撮影一回で撮り終われるかもね」
「そこまで見抜かれてると、俺に言うことは無いですね」
「あるでしょ」
「?」
「『俳優の立ち位置とカメラの位置調整したいので手伝ってモモちゃん』、とか」
「あなたの能力を信頼してます、どうか力を貸してください、百城さん」
「ひねくれ屋ー」
てめえもな。
「私次の撮影に入る人達に声かけてくるね」
「じゃあ俺、ちょっと源さんと話してきます」
百城さんのフィールドを俺が手助けし。
俺のフィールドを百城さんが手助けする。
調整利かねえ時なんてねえ。
俳優の要望も。
景さんの暴走も。
俺達は全部ひっくるめて受け止めて、加工して、この映画に取り込める。
「源さん! ……何してるんですか?」
「いや、ほら。
原作のシーンだとちゃんと巻いてたネクタイしゅっと外すじゃないですか。
なんかこのネクタイ固くて。
というか普通のネクタイで練習もしてみたんスけど、すっと抜けなくて」
「そりゃ漫画みたいにはいきませんよ。
引っ張ればするする抜けると思いますが、一瞬で全部抜くのは無理です。
油塗ってるわけじゃないんですから、ネクタイとシャツの摩擦ですっとは抜けませんよ」
「ど……どうしろと! そうだ、英二さんが最適なネクタイをササっと作れば!」
「造形でなんでもできると思ったら大間違いですよ?」
「そんな……英二さんでもできないなんて……」
「いやまあできるんですけどね」
「紛らわしい反応してんじゃねえぞオラァ!」
「小粋なジョークでも入れたら緊張取れるかなと思いまして」
「無粋なジョークだったんですけど!」
「まあこの会話は実は時間稼ぎです。
源さんに話しかけてた時点で俺の手の中で縫ってたこれ、見えてますよね。
というわけで完成です。引っ張るとヤクルトの蓋のようにすっと抜けるネクタイ、どうぞ」
「……???」
「ネクタイは芯地、表地、裏地で出来ています。
このネクタイは襟の中を通る部分の表地だけ、別の生地に変えてあります。
合成繊維低摩擦化処理剤を含めた、低摩擦のフッ素合成繊維シートです。
摩擦を減らす表面処理もしてあります。
あ、数分そのシャツの襟もいじらせてください。
襟の内側の摩擦少し減らして、繊維の向きも整えます。すっと抜けるはずですよ」
「あ、はい、そっすね」
「それとこのネクタイ、襟を通す部分だけ芯地を柔らかくしてあります。
もちろん接着剤も使ってません。
相当柔軟になってるので、襟からかっこよく抜く時も、紐の感覚で抜けますよ」
「……原作通りできますね!」
「できますね!」
源さんの見せ場はこうだ。
武器を持って迫るクラスメイト。
源さんが長台詞をいくつか吐いて、啖呵を切る。
その台詞のラストで、それまでキリッと締められてた源さんのネクタイを、源さんがしゅっと抜いて横に振る……原作コミックでは見開き2ページ使ってクソかっこよかったシーンだった。
あれを源さんが全力で演じてくれんなら、手伝った甲斐があるってもんだ。
源さんはこの先三人くらい一気に殺して、百城さんとタイマンで対峙するシーンがある。
源さんの存在感を増しておくのは悪手じゃねえ。
全ては、最後に『
監督もその認識を持ってっから、ここで許可を出した面もあるはずだ。
しっかし、源さんは原作を読み込んで、どこが盛り上がるかを分かってんな。
意外といるんだよなぁ。
原作読んでも、原作ファンと同じ視点と感覚が持てねえせいで、いまいち原作ファンを喜ばせられるシーンが分かってねえオッサンとか。
その点、源さんは
そこが感覚的に分かるから、こういう撮影改善案を出せるわけだな。
分かってない人は、こう。
"大コマ使ってんだからここでファン盛り上がったんだろ?"くらいの浅慮で作品撮ってんじゃねえかと思えるやべー撮り方してたりすんだよな。
しかもこの手の失敗作は、大炎上もせずひっそり興行収入爆死したりしてる。
ちょっと前に俺や百城さんやスターズ入る前の和歌月さんで撮った、セカイ系怪獣映画とかその気配がしてたんだよな所々。
いや、あの映画はそこそこの出来にはなったとは思うが。
源さんには、熱意がある。
景さんの影響で出て来た熱意かは分からんし、烏山さんの影響で出て来た熱意かもしれん。
この熱意が演技に、ある程度でも反映されれば。
「原作通りにはいきませんよ、源さん。
あるべきでない場所にあるべきでない台詞入れるわけですからね。
源さんの役者としての解釈が問われ、その表現力が試されると思います」
「承知の上です。やってやりますよ」
「気合いが入ってますね。いいことです」
「原作に媚びてるだけとか言われたくねえんスよ。原作愛の欠片もないバカには!」
源さんがずんずんと進み、カメラの前に立つ。
百城さんが助監督と相談しながら、そんな源さんに立ち位置と動きの指示を出している。
お? 烏山さんじゃないか。
そこの木陰にずっといたのか。
じゃあ今の話全部聞いてたんだな。
「あいつ、バカですね。朝風先生」
「烏山さんにそう言われてると知ったら憤死しそうですから言わないでくださいよ……」
烏山さんはさあ、自分が言ったこと全く気にしてねえんだろうけど。
源さんは『原作に媚びるな、実力で勝負しろ』って言われたらずっと覚えてる性格の人なんじゃねえかなあ、アレ。
その後源さんが見せた演技は、俺が今日まで見てきた源さんの演技の中で、最高のものだった。
「ほら、源さんが自分の演技力で、高い実力を見せてますよ」
「? 真咲には原作に媚びず実力で勝負しろと言ってましたが……
真咲のやつに実力がないと思ったことは一度もありませんよ、朝風先生」
「……なんだかなーって感じです」
源さんは『実力で勝負しろ』と言われるだけで、実力が低いだとか実力を誤魔化してるだとか言われてると、そう思ってるわけで。
その上で、源さんは烏山さんが嫌いでなく、烏山さんは源さんが嫌いでないわけで。
もうお前らずっと喧嘩してろ。
四日目撮影終了。
片付け中、座って荷物をまとめてる俺の横に、景さんが座ってきた。
なんぞ。
もう休んどけよ。
「英二くん、今日の武光君と真咲君の演技、よくなってなかった?」
ああ、そういうことか。
「間違いなく良くなってましたね。自分以外の俳優の良さってやつを取り込んでました」
「やっぱり」
「アレもライバルって言うんでしょうね」
「ライバル?」
「敵ではありませんよ。
競い合う同業、ゆえにライバルです。
俳優は皆ライバル同士みたいなものでもあります。
助け合い、競い合い、時には蹴落とすことすら求められます。
俳優は『同じ作品を撮る仲間』と『負けられない相手』が両立することもありますから」
「負けられない相手……」
景さんが思案する。
誰かの顔でも思い浮かべてんのかな。
「勝ちたい人がいたら言ってください。
俺も助力すれば、あるいはそのライバルに勝てることもあるでしょうから」
「―――!」
「ひゃっ」
て、手を握られた! 景さんに! 不意打ちで!
しまった不意打ちだ!
不意打ちは強え!
とにかく強え!
俺のメンタルが奇襲されたモンゴル軍のごとく混乱の極みに!
綺麗な手だ!
色んなバイトしてきたことで手の皮の一部が厚くて、傷もあって、でも綺麗な手!
落ち着け!
ただのタンパク質だ! いや、手の中には骨がある、カルシウムがある!
ただのタンパク質じゃねえ! じゃあ落ち着けねえじゃねえか!
落ち着け、落ち着け。
こんなことで一秒以上思考を混乱させるな。
もう一秒経ったがまだ二秒目がある。
二秒に到達する前に落ち着け、落ち着け。
100%思いつきで行動すんな景さん!
動きが読めなくなるだろ!
こえーよこの子。
「英二くん、ふつふつとやる気が湧いてきたわ。明日は私をかっこよくお願い!」
「え、あ、いや、俺明日と明後日は島出てますからいませんよ」
「えっ」
「えっ、じゃないですよ。スケジュール表に……
あ、俺美術監督だから俳優さんに配られた方の予定表には書いてなかったんでしたっけ」
「そ、そんな。ドラ英二もんがいないの……?」
「俺がいなくなってもジャイアンに勝てるくらい頑張るんですよのび太君」
「せ、せめて何か英二くんの秘密道具を置いてって……」
「えー……今手元にあるのって無病息災のお守りくらいですけど、どうぞ」
「わぁ、これで病気にならなくて済む……撮影の役には立たなそう」
「俺も今渡してから思いました」
あ、これ俺がおふくろに渡そうとしたけど受け取ってもらえなかったやつだ。
まあいいか。
今は俺よりおふくろより、この人に無傷無病でいてほしい。
ちょっと、危なっかしすぎるからな。
天才、無才。
有能、無能。
そこそこの期間監督をやってきた僕は、色んなものを見てきた。
だから知っている。
感覚やセンスは努力では手に入らない。
でも、計算や戦略は努力しないと身に付かない。
そして、理性面における怪物が努力で身に付けたものは、凡人には達成不可能な努力量が必要であるがために、凡人には決して身に付けられないものだ。
だからこそ。
僕は知っている。
天性のものを多く持つ夜凪景と、努力と膨大な時間で身に付けたものを多く持つ百城千世子は、等しく天才であることを。
何故ならば。
『努力しないで成長する』のが天才じゃない。
『他の人にできないことができる』のが天才だからだ。
「天才だから努力しないでも成長してるんだ」という凡才のやっかみで、どうにもずっと天才というものが誤解されがちだと、僕は思う。
「手塚監督、朝風君の報告メモです」
「ありがとね。彼はもう本土に行った?」
「はい」
情熱と結果は比例しない。
あれはもう、何年も前のことだったか。
僕は初監督作でNGを繰り返し、女優を泣かせたことがあった。
おかげで最高の演技が撮れたが、後日女優の事務所から入ったクレームで、僕は五年間干され……アリサさんのスターズに拾われるまで、何の仕事もできなかった。
映画を撮りたくて入った世界で。
より良い映画を撮ろうと尽力して。
結果、僕は何の映画も撮ることができなくなった五年間があった。
今の僕にある価値は……スターズが、アリサさんが指示した映画を作ることだけだったりするのかもしれない。
後になって、程よく手を抜いた僕の監督映画が大ヒットした。
売れる要素をよく分析して、あてがわれた有名原作と、用意された俳優、用意された脚本に見慣れたプロデューサー、それらを采配して、大成功した。
映画誌が皆して僕を「原作愛と情熱のある監督」と持て囃した。
同じ雑誌で、僕とは違ってちゃんと原作が好きな監督が、ストーリーの破綻やしょぼくれた演出で、原作愛の無い世紀の駄作と叩かれていた。
ファンの反応も、軒並み同じ。
君達の言う情熱はテクニックで代用できるのかな、と、ふと思ってしまった。
その翌年、多くの俳優やプロデューサーがスターズ俳優を使って、結構な大規模映画企画が動き出した。
プロデューサーは熱意で人を集め。
俳優もやる気があり。
監督も脚本も演出も全力だった。
けれども、信じられないくらいの酷評がされ、興行収入も極めて低く終わった。
何故か関わりのない僕が苦々しい想いを覚えたことを、覚えている。
現実を見れば分かる。
情熱なんてものは、面と向かって相手に話しても伝わらないことすらある。
観客は情熱で映画を評価しない。
素晴らしい映画か、面白い映画だけしか、評価しないのが当たり前なのさ。
情熱と結果は比例しない。
千世子ちゃんはクールな子だ。
周囲の過剰な熱意を不確定要素と取り、それが度が過ぎないよう抑え込む。
夜凪ちゃんは無表情が多いが、芝居にかける情熱はとても熱い。
その熱が、僕にも予想できないものをカメラの前で見せてくれる。
けれどもきっと、安全な撮影と安定した映画の作成を徹底するなら、きっと情熱というものは無い方がいいんだろう。
制御できない感情は、いつだって想定外の事故の原因になるから。
千世子ちゃんが映画にかける想いを絶対に揺らがず壊れない『冷たい鋼鉄』と喩えるなら、夜凪ちゃんは周囲を熱で変形させていく『燃えるマグマ』だろうか。
朝風二代目なら、また別の解釈をするのかな。
あの二人に対する彼の評価を、少し聞いてみたいとも思う。
ま、それはいつでもできることか。
「こりゃまいった。嬉しい誤算と言っていいのやら。
夜凪ちゃんが全力で暴れ続けても、最終日まで危険のきの字もない撮影になりそうだ」
「いいことじゃないですか、監督」
「かもしれないけどね」
30日の間に夜凪ちゃんが千世子ちゃんと共演することは何度かある。
ただ、なんとなく、感覚的に予想できた。
朝風英二と、百城千世子が揃っている限り。
大暴れする夜凪景を、監督である僕が最大限に後押ししていても。
最大のクライマックスの最終日まで、夜凪ちゃんは千世子ちゃんには敵わない。
「……二人揃ってると監督でもどうにもできない裏方と俳優のコンビって、凄いねえ」
「は? 何言ってるんですか監督」
「僕が存外、二代目と千世子ちゃんを好きだったって話だよ」
「はぁ」
参ったなあ。
千世子ちゃんの仮面を愛してる子がいる、っていうのがもうねえ。
……。
ちょっと楽しくなってきた。
意外と、千世子ちゃんが二代目の力を借りて夜凪ちゃんを飼いならすなんてことも、あったりするんだろうか。
「カントク」
「あれ、千世子ちゃんどうしたの」
「ロビー大騒ぎだよ。荷物運搬の業者が荷物全部ぶちまけたって」
「ありゃりゃ、そりゃ大変だ」
「で、これ誰の持ち物か分からない?
誰のか分からない持ち物がいっぱい出てて、私達で持ち主探してるんだ」
「ちょっと待って、持ち物は島に来た時に紙に各々書いてもらってあるから。
ええとそれは……花の指輪、お守り代わりだって書いてあるね。夜凪ちゃんのだ」
「……そっか。じゃ、届けてくるね」
リストをチェックしつつ、千世子ちゃんの方を見ないまま僕は答えた。
気遣いもするしマメだなあ。百城千世子らしい。
「監督、英二くんどこ行ったか知ってませんか」
「何? 夜凪ちゃんも荷物ぶちまけ事件で人探してる系?」
「あ、そうです。英二くんなら、この青い花の髪飾り、誰のか分かると思って」
「あー、それは千世子ちゃんのだね。付けてるの見たことあるよ」
「……え、あ、そうですか」
「英二くんは二日ほど島には帰ってこないよ。東京の方で沢山仕事してもらうからね」
「そうですか……」
念の為リストをチェックしつつ、夜凪ちゃんの方を見ないまま僕は答えた。
そうだ、別の話でも、と思って顔を上げると、千世子ちゃんも夜凪ちゃんもいない。
オッサンは若い女の子と話すことでエネルギー貰ってるんだぞー、と心の中だけで呟く。
こんなの口に出したら懲戒免職だ。
セクハラは許されない。
「あー、安定を吹っ飛ばす嵐とか来ないかな」
「やめてくださいよ監督。今普通に台風シーズンなんですから、来たらヤバいですよ」
大丈夫大丈夫、プロデューサーが台風一回来たくらいじゃビクともしないスケジュール組んでるらしいから。
大型台風が狙ったように調整と挽回の利かない撮影終盤になって、二個以上連続で来るとかいうミラクルでもない限り大丈夫らしいから!
町田リカ「朝風君が二日も現場離れるなんて不安だねえ」
アキラ「……不安ですよね」
真咲「何やってんスか」
茜「移動中の英ちゃんとLINEでずっと話しとる」
堂上「見ろ、英二の置き土産フルーツ盛り合わせ……まるで宝石箱だ……食うの躊躇うぜ」
和歌月「いや食わなきゃ腐りますよ」