『史上最強の哲学入門』から「バキ消せ」と言われた話~板垣先生との誓い
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「飲茶さん、すみません! コンビニで哲学入門書を売る話、なくなりました!」
「ええええええ! なくなったって、どういうことですか!?」
担当編集の発言に、私は言葉を失った。
え? つい先日まで「出版不況を乗り越えるため、コンビニ本で一発逆転!」とか言ってたのに???
「実は、先行して出してた教養本が全然売れなくて……。結構有名な心理学の先生だったんですが……。まあ、それで、コンビニから撤退という感じですね。あ、でも安心してください。せっかく書き上げていただきましたし、ちゃんと出版はしますよ!」
「そうすると、本は……?」
「はい、コンビニじゃなくて、普通に書店で売ります!」
(なーんだ、そういうことか)
突然のことで驚いたが、むしろこれは好都合かもしれない。
はっきり言って、今回書き上げた『史上最強の哲学入門』には絶対の自信があった。板垣先生に表紙を描いてもらえた感動を文章にぶつけ、その勢いのまま仕上げた渾身の一作だ。実際、誰が読んでも最後まで楽しめる、まさに革命的な哲学入門書になっていると思う。だからこそ、コンビニで短期間だけ並ぶよりは、書店でじっくりと売ってもらえた方がありがたい。
だが、話はそれだけでは終わらなかった。
「それで、実はもうひとつお願いが……。冒頭の哲学者入場シーン、カットしてもらってもいいでしょうか?」
「は?」
「えっと……だから、『全哲学者入場!! 超人ニーチェだぁぁぁッッ!』のやつです」
「いやいやいやいや、あの入場シーンこそ、この本の見せ場だって、編集さんも言ってたじゃないですか!」
「……それがですね……本にするなら『バキ色を出すのは無しで』と営業に言われてしまいまして……」
「営業に?」
「はい。あと、タイトルも『今度こそわかる哲学入門』に変えさせてほしいと……」
「えええええええええええーーーー!?!?」
話がまったく違う! バキ色を全面に出す、そういうコンセプトで書くと打ち合わせで決めたじゃないか!
「どういうことですか!? なんで急にそんな話になるんですか!?」
「えっとですね……うちの営業が言うには……」
編集者は紙を取り出し、ふたつの大きな丸を描いた。
「左側の丸を『哲学好きの集まり』だとします。そして、右側の丸が『バキ好きの集まり』です。この二つの丸、ぜんぜん重なってないですよね?」
「…………!!」
は?
哲学好きと……バキ好きが……重なっていない??
そんなわけないだろッッ!!
――とは言えなかった。いや、冷静に考えれば、たしかにそんな気もする。もちろん、今の自分なら「逆だよ! 逆! バキ好きだからこそ、哲学に興味を持つんだろがッッ!」と強弁しただろうが、当時の私にはそこまでの自信も実績もなかった。
なにより営業は「本を売るプロ」だ。自分よりも読者の市場を理解している。そのプロが言うのだから、マーケティングとして正しいのだろう。
「そう……かもしれません……」
力なくそう答えると、編集者は諭すようにこう言った。
「飲茶さんの原稿、哲学入門書としてすごくよく書けていると思います。ですが、バキを全面に出し過ぎると間口を狭めることになり、それはもったいない、という意見が営業部からでました。だから、間口を広げるためにもタイトルを『今度こそわかる哲学入門』に変えさせてほしいんです」
■「作家→編集部→営業部」という罠
編集者との打合せで決めた通りに書いたのに、突然の方針転換。あまりに理不尽で、あまりにひどすぎる話。そう聞こえるかもしれない。
だが、これは「作家あるある」で、実はよくあることなのだ。
そもそも、作家が打ち合せをするのは基本的に編集者だけである。どんなに大御所作家でも、営業と直接やり取りすることはほぼない。
そのため、作家から見えるのは「編集者の顔」だけであり、「編集がOKを出せば、それは決定事項だ」と思いがちである。しかし、実際には、編集部の奥には営業部がいる。そして、本の初版部数を決めたり、販売戦略を立てたり、書店に営業をかけたりするのは彼らなのだ。
だから、原稿が完成し、形が見えた段階で、編集部と営業部で「販売戦略会議」が行われる。そこで営業部が「この本、売れないわー」と判断すると、
・初版の部数を減らされる
・表紙のテイストを変えさせられる
・売れそうなタイトルを無理やりつけさせられる
といった「営業のテコ入れ」が入ることになる。
もちろん、営業に悪気はない。彼らだって必死に売れる本を作ろうとしているだけなのだ。
その視点で見れば、「バキの入場シーンのパロディから始まる哲学入門書」なんて、どう考えてもリスクの塊でしかない。少しでもリスクを減らそうと営業がそう判断したのも不思議なことではないだろう。
(でも……でもだからって……さすがにこれは……)
とはいえ、編集者もこのテコ入れに納得しているわけではないようだった。
「飲茶さんの気持ちはわかります。今さら何言ってんだ、って話ですよね? もちろん、一緒に企画した私も同じ気持ちです。なので、ちゃんと交渉しました」
「交渉?」
「ええ。タイトルの『史上最強』という文言だけは絶対に残すよう、営業に強く言いました! あの板垣先生に表紙を描いてもらったわけですから、そのテイストを消すのは、やっぱりありえないですよね!」
「そ、それじゃあ……」
「はい、ですので、タイトルは
『今度こそわかる史上最強の哲学入門』でどうでしょう?」
「え…………
……………………
今度こそわかる……史上最強の……哲学入門???」
「はい、『今度こそわかる史上最強の哲学入門』です」
冗談みたいな話だが、これは実話である!
「表紙のここ! ここに『今度こそわかる』って文字を入れるだけですから! ただ入れるだけですから!」ってめちゃくちゃ説得されたのを今でも覚えている。
もちろん、編集に悪気はない。彼だって「作家と営業の間の立場」として、落としどころを提案してくれているだけなのだ。が……、だからって、さすがにこれはないだろう……。
私は眩暈をこらえつつ、板垣先生に表紙を描いてもらったときのことを思い出していた。
■板垣先生との誓い
「で、最後はどうするんだッ?」
表紙を描き終えた板垣先生は、帰り際、私と固く握手を交わしながら、そう問いかけてきた。
「最後?」
「本の結論だよッ。真理は結局、何だったことにするんだッ?」
「え……いや、それはまだ現代の哲学者が考えている途中で……」
そのときの私は、板垣先生が何を言っているのか、まったく理解できていなかった。
だって、「真理とは何か」の結論だよ?
そんなもの、あるわけがない。
それに、これから自分が書くのは、あくまでも入門書だ。そして、だいたいどの哲学入門書も、最後のページは、一番新しそうな哲学者(デリダとかフーコーとか)の説を軽く紹介して、「哲学の旅はこれからも続く」 みたいな感じで適当に終わらせている。そうするのが、定番というやつだ。
実際、自分もそうするつもりだった。
「これからも真理を求める戦いは続く!」
そんな言葉で、さらりと締めくくる予定だったのだ。
だが――
「それじゃあ、ダメだろッ!!」
「痛っ……」
板垣先生は、まるで握り潰さんばかりに握手の圧を強め、そのまま真正面から私を見据えて言った。
「哲学っていうのは、過去の哲学者を叩き潰して、新しい真理を次々生み出していく戦いなんだろッ? だったら、今生きてる飲茶さんが、それをやらなくてどうするッ!」
「いやいや、僕なんかがそんなこと書いても、誰も納得しないですよ。すぐ反論されるでしょうし……」
「反論されたっていいッ! そんなのは誰が言ったって、言った瞬間に、必ず反論が現れるんだろッ?
大事なのは……
何年何月何日何時何分何秒、この瞬間、これが史上最強の真理だ!!
と思ったことを書く、その覚悟だッ!!」
雷に打たれたような衝撃が走った。
たしかに、そうだ。
『史上最強の哲学入門』のコンセプトとは何か?
それは、過去の偉大な哲学者たちの説を、新しい哲学者が叩き潰し、次々と真理を更新していく――その戦いの歴史を物語として描くことだ。
ならば――その歴史の「最後」を飾るのは、誰か?
それは、歴史を受け継いで今まさに語っている人間……つまり、執筆している私自身じゃないのか!?
もちろん、私は、ただの雑学ブロガーにすぎない。そんな自分が、歴史上の哲学者たちを押しのけて「これが真理だ!」なんて書いたら、読者に「は? こんなの、違うだろ」と思われるに決まっている。だが――それこそが、この本のコンセプトそのものではないか!
誰かの論を読み、反論した者も、また新たな反論に晒される。
そうして「史上最強」の論を目指す哲学の歴史は続いていく。
そんな「史上最強を目指す哲学」の歴史を語る者が、史上最強を目指さなくてどうする!? 反論を恐れてどうする!?
そうだ。そうだった。自分が書こうとしているのは、
哲学という「史上最強を求める戦い」に入門するための書!
――『史上最強の哲学・入門』なのだ。
たしかに、私には何の実績もない。
いや、能力だってないかもしれない。
それでも……! ありったけを……!
今、この瞬間に出せる最大の力を込めて――
私は、板垣先生の手を握り返した。
「わかりました! 書きます!」
そうだ……帰り際に、私は板垣先生と、そういう約束をしたのだ。
だから、私は各章の最後に、つたないながらも、
「真理とはこれこれである」
「存在とはこれこれである」
と、自分なりの想いを――「史上最強の哲学」を書いたのだ。
それなのに……。それなのに……!
「ここに、ちょっと小さく、『今度こそわかる』って入れるだけですから、ね? ね?」
今度こそわかる史上最強の哲学入門だと??
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!
「いやです……」
私は震える声で、はっきりと拒絶の意志を示した。
これはマーケティングがどうとか、そういう問題ではない。
もはや魂の、尊厳の問題だ!
「冒頭の入場シーンは削除します。それに合わせて、『はじめに』と『あとがき』もバキの話を消して書き直します。
でも……!
タイトルだけは変えません! そこだけは絶対に譲れません!」
「わかりました……もう一度、営業と掛け合ってみます……」
■地獄の日々と、さらなる衝撃の展開
そんな感じで、一応、その場は押し返した――が、ここから地獄の日々が始まることになる。完璧に出来上がったと思った原稿を修正するほどツラいものはない。しかも、それが 「バキ分(バキ成分)」を削ぎ落とす作業だとしたら、なおさらだ。
なんだよ、これ……。
「はじめに」で
「今までの哲学入門にはバキ分が足りない!」
と豪語していたはずなのに、
そのバキ分を、なぜ俺は今、消しているんだ……!?
ため息しか出ない。
そんなとき、編集から電話が鳴った。
開口一番、彼は謝罪した。
「すみません! めちゃくちゃ怒られましたぁ!
バキを全面に出していきます~(涙)!」
「ウソでしょーーーーーーーーッッ!!??」
(続く)



コメント
1「いやです」
人の気持ちを感じると、言えないんだよなあ(*´Д`*)
「いやです」
よく言い申した!!
・:*+.\(( °ω° ))/.:+