言い訳をしたらだめだよ。
あらゆる年齢を言い訳に使ったらだめだよ。まだ◯◯歳だからとか、もう◯◯歳だからとか、年齢を言い訳に使うとだめになるよ。自分が好きなことをやって生きていないのに、誰かに好きなことをやって生きるように期待をしたらだめだよ。まずは自分が生きるんだよ。誰かに期待したらだめだよ。期待は、自分自身に寄せるものなんだよ。誰かに期待をすることは、甘えていることと同じなんだよ。甘えることは悪いことじゃないよ。ただ、砂糖を摂り過ぎると太るってことなんだよ。脂肪の塊になって、自分の好きを見失うんだよ。
経験は大事だけど、経験よりも心を尽くすことが大事なんだよ。たくさんの人に会ったから人の気持ちがわかるようになるのではなくて、一人の人間と心を尽くして交わるから、人の気持ちがわかるようになるんだよ。心を尽くした瞬間が、一番の経験になるんだよ。だから、経験の少ない高校生の言葉にも、胸を打たれることがあるんだよ。生みの親は両親だけど、育ての親は違うんだよ。自分が好きになったものが、育ての親になるんだよ。だから、面白いと思った瞬間を覚えておくんだよ。かっこいいと思った瞬間を覚えておくんだよ。美しいと思った瞬間を覚えておくんだよ。自分が好きになったものが、自分を育てたんだよ。
毒親だったとか、親ガチャに外れたとか、そんなことばかり言っていたらだめになるよ。今後一切そういうことは言わない方がいいよ。そういうことを言う人に出会ったら、距離を置いた方がいいよ。毒親とか、親ガチャとか、言い訳なんだよ。楽しく生きている人たちは、自分の幸福も自分の不幸も人のせいにしないよ。全部自分なんだよ。言い訳することばかりうまくなりたいなら、そう言う人たちと一緒にいればいいよ。楽しむことをうまくなりたいなら、俺みたいな人たちと一緒にいればいいよ。言い訳をしたらだめだよ。弁解とか、弁明とか、聞きたくないんだよ。自分を守ってばかりいる人は、まったく楽しくないんだよ。
ちゃんとやる必要はないよ。うまくやる必要はないよ。言っていることとやっていることを一致させるんだよ。一致させるからすごいとかないよ。一致していないから、苦しくなるんだよ。言いたいだけの人と、実際にやる人がいるよね。言いたいだけの人は、それを言うだけで褒めてもらえると思っているから、言うだけなんだよ。言いたいだけの人の言葉は、実際にやる人の心には、届かないんだよ。何かをやりたいと思いますって話がつまらないのは、やってないからだよ。学校の先生や、職場の上司だったら、反省している態度を示したり、改善する意思を見せるだけで、褒めてもらえるかもしれないね。だけど、先生や上司の仕事は人間を家畜に変えることだから、そんな人たちに褒められることに何の意味もないんだよ。
自分の都合ばかりを考えて、相手の都合を考えられない人間になるなよ。もっともらしい言葉を盾にして、自分を守ってばかりの人間になるなよ。嫌われたくないとか、傷つきたくないとか、そんなことばかり言っていたら、いよいよ誰も愛せなくなる。罪悪感を植え付けて、人間をコントロールしようとする人たちがいるよね。ああしなさいとかこうしなさいとか、あれはだめとかこれはだめとか。罪悪感をベースに生きている人たちは、反省してますとか、改善しますとか、ポーズを見せるだけで満足する。反省とか、改善とか、口先だけの意気込みなんて、何の役にも立たないんだよ。やっていることが全部なんだよ。罪悪感ではなく、愛をベースに生きるんだよ。愛することに罪悪感は要らないんだよ。言い訳をしたらだめだよ。あらゆる年齢を言い訳に使ったらだめだよ。
坂爪さん
本日もありがとうございました。
坂爪さんとお会いすると、
自分にとても惚れたくなります。
己を、美しくて超面白い奴と認識している人は、めちゃくちゃかっこいいと私は思うのです。憧れです。
そして自分も本当は自分のことを、かっこいいと思っちゃっているのです。面白い奴だなと思っちゃっているのです。けれども、なぜか、その認識をコソコソと心の奥底でしか感じられないようにしているものの正体が、「罪悪感」ってやつな気がします。
「罪悪感循環型社会」的なものが、やっぱりあるのかもしれませんね。罪悪感を「支払ったり」、「受け取ったり」して、エネルギー循環していく世界の感覚、すごくよく分かるんです。
全く居心地はよくないので、今すぐ抜け出したいですが、それと同時に「罪悪感」ってちょっと味わいもあるなぁと思って。
話は逸れるのですが、私はオペラやバレエの作品の中で、「自己犠牲」による「悲劇」のロマンチックさが大好物なのです。
でもよく考えてみたら、「自己犠牲」ってある意味「罪悪感」からきているなと気づき、ってことは、「罪悪感」ってちょっとロマンがあるんだな、なんて思ってきました。
また「罪悪感」って「甘えたい」欲求でもあるのかなって思います。私は「分かってよ!」「理解してよ!」の甘えたい欲求を「罪悪感」の裏に隠れる「悲しみの捏造」によって、チラ見せしているような……
「罪悪感」は今まで、自分に全く必要のない感情で取り除くべき!と思っていましたが、もしかしたら考察しがいのある面白い代物なのかもしれない、と坂爪さんに大共感です。
とにかく私は自分に惚れたくて、甘えん坊になりたい、つくづくしつこくて、変な人間なのだなということに今日気づくことができました。
またお会いしましょう!
39!!サンキュー!!!
おおまかな予定
4月20日(日)高知県高知市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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