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テレビ局や出版社のアニメ・マンガへの取り組みが急激に拡大している現実には改めて驚いた

篠田博之月刊『創』編集長
AnimeJapan2025会場(筆者撮影)

「激変」というべきマンガ・アニメ市場の拡大

 3月22・23日に東京ビッグサイトで開催された「AnimeJapan2025」の会場に足を運んだ。会場はもちろんものすごい人の波だったが、外国からの客も多く、日本のマンガやアニメの人気が世界中を席巻している現実を映し出していた。

 この「AnimeJapan2025」取材を始め、この3月はテレビ局や出版社をひたすら取材に回った。4月発売の月刊『創』(つくる)のマンガ・アニメ特集のためで、短期間に数十社の取材は大変だったが、日本のエンタメ界にいま大きな変化が起きていることがわかった。「変貌」どころかまさに「激変」だ。

 激変ぶりが最も目立ったのがテレビ局のアニメ事業だ。民放各局が23時台に全国ネットのアニメ枠を続々と新設するという、テレビ界にとっては大きな変化が生じつつある。テレビ朝日など1年間にアニメ枠を2つも新設という大きな改編だ。

 そのほかにもショートアニメのキャラクターを駆使した新しいビジネスを民放各局が展開し始めたのも最近の特徴だ。フジテレビの『ちいかわ』が成功例となったのだが、今後、このビジネスは急拡大していく可能性がある。

 もうひとつ、中堅出版社が次々とマンガ市場に参入しているのも目を見張る動きだ。この1年間でも早川書房や朝日新聞出版など、次々とデジタルコミックのサイトを立ち上げている。

 なぜそうなっているかというと、日本発のアニメやマンガが世界市場を席巻する勢いで拡大しているからだ。日本のマンガ原作の買い付けのためにトルコなど中東の国や南米の国からエージェントが新潮社などマンガを手掛けている出版社を訪れているという。

一般社団法人日本動画協会の『アニメ産業レポート2024』より作成
一般社団法人日本動画協会の『アニメ産業レポート2024』より作成

 折れ線グラフは一般社団法人日本動画協会の『アニメ産業レポート2024』から流用したものだが、2023年の時点で既に日本と海外のアニメ市場は逆転している。24年のデータはまだ発表されていないが、この傾向は強まる一方だ。

出版科学研究所のデータをもとに作成
出版科学研究所のデータをもとに作成

 

 こちらの棒グラフは出版科学研究所のデータによるものだが、マンガ市場におけるデジタルコミックの割合が急激に拡大しているのがわかる。コミック市場の大半は既にデジタルなのだ。ただこれには注釈が必要で、集英社など大手出版社の場合は、デジタルの比率はこれほど大きくない。市場全体がなぜそうなっているかと言えば、後発の中堅出版社や出版社以外の会社がデジタルでどんどん参入しているからだ。

 もともとマンガ市場は寡占化が進行しており、従来は集英社、講談社、小学館の大手3社で6割を占めると言われてきた。紙のマンガは薄利多売のビジネスだったので、一度市場を大手が押さえてしまうと新規参入が難しかった。文藝春秋やマガジンハウスなどは、かつて一度、マンガ雑誌を創刊して参入を図って撤退した歴史がある。

 それがなぜこの何年かで再び本格参入を図っているかというと、紙の雑誌発行というリスクがなくなり、デジタルで連載して当たったものを紙の単行本にするという低リスクのビジネスモデルが出現したためだ。そのデジタルコミックもシステムを1から開発するのではなく、業界全体で使えるフォーマットを提供する会社が現れた。

 日本のマンガやアニメは世界中で認知度を上げており、『ジャンプ』ブランドのような大きな作品でなくても海外への版権ビジネスが急激に拡大しているという。この環境は、紙の雑誌や書籍が売れなくなって頭を痛めている出版各社には新たな活路と映っているようで、続々とマンガ市場への参入が続いている。日本の中堅出版社の大半がマンガに参入するということになりかねない勢いだ。

 ここではその特集から、民放各局の取り組みの現状とマンガ市場に参入した出版社の例を紹介しよう。

 

c:日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会
c:日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

日本テレビは『薬屋のひとりごと』のヒットに続いて…

 この何年か、アニメ事業に大きな取り組みを始めたのが日本テレビとTBSだ。日本テレビは2023年10月、金曜夜23時台にアニメ枠「FRIDAY ANIME NIGHT」、通称「フラアニ」を新設。この1月からは、以前は土曜深夜枠で放送していた『薬屋のひとりごと』の第2期を放送している。同局のアニメの現状を、日本テレビコンテンツ戦略本部コンテンツビジネス局次長の佐藤貴博スタジオセンター長がこう語る。

「『薬屋のひとりごと』は、今期地上波で放送されている全アニメの中で到達率がトップです(最も多くの人数が視聴している)。配信についてもほぼ全てのプラットフォームで1位をとっており、アニメだけでなく全てのコンテンツの中で1位も獲得しています。

 土曜深夜で昨年秋から放送している『Aランクパーティを離脱した俺は、元教え子たちと迷宮深部を目指す。』という異世界ものも、視聴率も配信数においても堅調です。土曜深夜枠も『ザ・ファブル』『らんま1/2』とそして今作と連続してヒットを産み出せています」

 この4月からはさらに新たな取り組みを行っている。

「今年1月から『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス) -Beginning-』という映画が大ヒット公開中です。これは『連続テレビアニメの劇場先行版』で、その本丸であるテレビアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』を4月8日から日テレ系全国30局ネットで放送しています。『ドラマDEEP』というドラマを放送していた枠を、この『ガンダム ジークアクス』のために特別編成としてこじ開け、ネットワーク各局も合意して全国ネットでの放送となりました。社会現象的大ヒットを目指したいと思っています」

「いま『薬屋のひとりごと』を放送している『フラアニ』枠としては、7月から初めてバトルアクションを中心としたアニメとなる『桃源暗鬼』を放送します。電通・ポニーキャニオン共同幹事作品に日本テレビとして参加しますが、バトルアクションアニメは北米を中心とした海外でも人気あるジャンルですので、海外での大ヒットも目指しています。

「テレビアニメの市場というか製作体制はテレビ局が中心だった以前とはかなり変化していて、アニプレックス、TOHOアニメーション、バンダイナムコフィルムワークス、KADOKAWAなど多メディア企業に加えて、広告会社も多数製作参加しています。海外戦略的にもアニメは重要で、コンテンツにおいてはアニメが現在においては最大の輸出産業ですので、日本テレビとしても様々な形で海外展開を拡大していきたいと思っています」

 3月22・23日に開催されたアニメジャパン2025で、絶大な人気を誇る『葬送のフリーレン』の第2期が2026年1月期に日本テレビ系放送という発表が行われた。日本テレビはアニメ放送枠各枠の特性を活かしながら、グローバルに大ヒットする作品を常時ラインナップすることを目指している。

c:ギンビス c:劇場版「たべっ子どうぶつ」製作委員会
c:ギンビス c:劇場版「たべっ子どうぶつ」製作委員会

キャラクターアニメでTBSが大きな取り組み

 この数年、日本テレビとともにアニメ事業に大きく取り組み始めたのがTBSだ。2023年10月に日曜の夕方4時半に全国ネットのアニメ枠を新設。『七つの大罪 黙示録の四騎士』を皮切りに人気作を編成し、この1月期はスクウェア・エニックスの人気マンガを原作とした『地縛少年花子くん2』を放送した。アニメイベント事業局の渡辺信也アニメ事業部長に話を聞いた。

「『地縛少年花子くん』は2020年に深夜枠で放送した第1期の好評を受け、第2期を日曜夕方4時半の全国ネット枠でやることにしました。若年層の女性にファンが多く、この時間帯の放送に良い反響をいただけたようです。この枠で初めてのTBS幹事作品でしたので、電波や屋外広告など幅広く宣伝も行いました。今年7月クールでも第2期の続編を放送しますので、夏休みにまた楽しんでいただけたらと思っています。第1期から北米でも人気が高く、現地でもたくさん関連商品が製作されています。北米のメーカーが商品を作り小売店に並べてくれるのは、超ビッグタイトルを除くと日本のアニメでは珍しいことだと聞いており、それも人気の証かと思います」

 この枠で4月から放送されているのは『ウマ娘 シンデレラグレイ』。『ウマ娘』の過去のアニメシリーズは他局で放送されて高い人気を誇ってきたがTBSで取り組むのは初めてだ。

 今TBSの取り組みで注目されているのが人気キャラクターをアニメ化した5月1日公開の劇場アニメ『たべっ子どうぶつ THE MOVIE』だ。

「私たちのこの春最大の注力作品です。ギンビスさんの国民的お菓子は長い間愛されてきましたが、パッケージに描かれた動物のキャラクターたちもすごい人気で、関連グッズの売れ行きも活況だとお聞きしています。3年前にキャリア採用で入社したプロデューサーがこのキャラクターたちに設定と物語をつけてアニメ映画にするというオリジナリティ溢れる企画を成立させてくれました。一見、子ども向けの作品に思われがちなんですが、大人の視聴にも耐えうる王道のエンターテイメントになっていて、全編3DCGで制作された本編は見応え十分です。キャストも松田元太さん、水上恒司さん、髙石あかりさん他、豪華な面々が揃い反響をいただいてます。GWに全国320館超えの規模で公開します」(渡辺部長)

 今年はそのほかにもアニメ映画の公開が続くという。

c:臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2025
c:臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2025

テレビ朝日は水曜と土曜の23時台にアニメ枠新設

 もともと『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』のテレビアニメで知られるテレビ朝日だが、このキッズアニメのほかに、2020年に「ヌマニメーション」という土曜深夜1時30分のアニメ枠を新設。この1年間でさらに、水曜と土曜の23時台に「イマニメーション」「イマニメーションW」という新たな2枠を設け、この4月に全国ネットの5枠体制となった。アニメ・IP推進部の小野仁部長に話を聞いた。

「この1年間に立て続けに2枠開きましたので、本当に大変でした。23時台というファンの方々に見ていただきやすい放送枠となりますが、『ヌマニメーション』から数えると4年経っていろいろな作品と、パートナーの皆様にめぐりあえて、やっとここまで来たかという感じですね。

『イマニメーション』については、昨年10月の『ブルーロック』第2期から始まる土曜の23時30分の枠と、今年4月から水曜23時45分(一部地域を除く)に『W』という新たな枠が始まりました。4月クールの作品は土曜枠が『片田舎のおっさん、剣聖になる』というシリーズ累計700万部売れているメガヒット作品のアニメ化。水曜枠は電撃小説大賞を受賞した、電撃文庫の大人気小説『ユア・フォルマ』のアニメ化となります。

 7月クールは土曜枠が『月刊少年マガジン』で連載中の『フェルマーの料理』。そして水曜枠が『週刊少年ジャンプ』で連載をしていた『地獄先生ぬ~べ~』の新アニメ化になります」

 今年も3月7日に『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』が公開され、大ヒットとなっているが、『クレヨンしんちゃん』も8月8日に『映画クレヨンしんちゃん?超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』の公開が決まっている。さらに、10月にはインド国内での上映も発表されている。

「クレヨンしんちゃんはインドでテレビ放送を通じて非常に高い人気を博しており、映画興行にも、長らく挑戦したいという想いがありました。そのなか、数年がかりで構想を練り、今年の映画はインドを舞台とした内容の作品としました。インドでロケをし、制作過程においてもインドの方々に入っていただいております。日本での公開は8月ですが、インドでは現地のお祭りの時期の10月に全国公開を予定しています。

 日本とは異なり、インドではキッズアニメを劇場で観たり、キャラクター商品を購入する習慣が根付いていませんが、しっかりとプロモーションをして、その先駆けになればと思っています」(同)

 今年は4月から『コウペンちゃん』というショートアニメも日曜朝に放送を行っている。深夜枠の新設やショートアニメへの取り組みなど、テレビ朝日は、アニメ事業を一気に拡大しつつある。

フジテレビ「ノイタミナ」が23時台に進出し全国ネットに

 フジテレビは『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』『ワンピース』などのファミリーアニメ、「ノイタミナ」「+Ultra」などの深夜アニメ枠のほかアニメ映画、ミニアニメ、配信アニメなど様々な取り組みをしており、担当部署が多岐にわたっている。そしてこの4月、大きな枠移動があった。これまで日曜午前に放送されていた『ワンピース』が日曜23時台に移動、また木曜24時55分に放送されていた「ノイタミナ」が金曜23時30分に移動し、全国ネットとなった。水曜24時55分に放送している「+Ultra」はネット局が一部変更、10分放送時間が早くなった。

「ノイタミナ」が23時台に移り全国ネットになったことは業界でも話題になっているが、それについて、アニメ事業局の高瀬透子局次長兼アニメ制作部長に聞いた。

「各局が全国ネットの23時台や24時台の浅い深夜にアニメ枠を新設されている中で、フジテレビは後塵を拝していましたが『ノイタミナ』では初めて23時台の全国ネットのレギュラー枠を開けることになりました。

『ノイタミナ』は今年で20周年になりますけれど、もともと立ち上げた時から、月9ドラマのように見ていただけるアニメをという位置づけでスタートし、深夜枠としては異例の16局以上のネットで長い間放送してきました。作品も『のだめカンタービレ』や『ハチミツとクローバー』といった、ゴールデン・プライム帯のドラマと連動したような作品も多かったです。今回、23時台全国ネットとなることで、よりマスに訴求する作品を意識していくことになると思います」

c:東川篤哉/小学館/「謎解きはディナーのあとで」製作委員会
c:東川篤哉/小学館/「謎解きはディナーのあとで」製作委員会

 

 その新たな「ノイタミナ」で4月4日から始まった作品が『謎解きはディナーのあとで』だ。原作は小学館のベストセラー小説だが、アニメ化は初めてだという。

「『謎解きはディナーのあとで』はドラマ、映画、舞台、コミックスと多くのメディア化をされてきましたが、アニメだけはやっていないということで、小学館と弊社のプロデューサーが4年ほど前に企画させていただきました。ちょうど原作の小説も新作の『新 謎解きはディナーのあとで』が連載されていますので、過去の作品も含めていろんな形で盛り上げていければと思っています」(高瀬次長)

 7月クールは、以前放送した『よふかしのうた』の第2期を放送することも既に発表されている。

 一方、水曜24時45分からの「+Ultra」では4月クールに『最強の王様、二度目の人生は何をする?』が始まっている。

 フジテレビは、深夜アニメについては以前から海外展開を意識してきた。「+Ultra」は特にそうだが、そのほか2023年から「B8Station」という、中国のプラットフォーム「bilibili」と協同するアニメ枠を設けている。

「フジテレビの中長期計画でアニメ戦略、海外戦略が大きな柱になっています。アニメ事業局は今42名という大きな部署になりましたが、海外ビジネスとマーケティングについては、特に今回全国ネットワークもできたので、しっかり注力していきたいと思っています。海外は非常に重要なファクターですね」(同)

 そのほか『ちいかわ』など、キャラクターアニメにも力を入れている。

「朝の情報番組『めざましテレビ』で放送している『ちいかわ』や、昨年10月からお昼のバラエティ番組『ぽかぽか』で放送している『ねこに転生したおじさん』など、ミニアニメに各局とも力を入れるようになっていますが、弊社も新作企画も含め継続的に取り組んでいくつもりです」

テレビ東京も広い層に向けて多彩なアニメを展開

 テレビ東京は、他局に先駆けてアニメ事業に力を入れてきたことで知られている。アニメについては定評があるだけに、昨年も『SPY×FAMILY』『怪獣8号』といった人気作品を放送してきた。アニメ局アニメ制作部の紅谷佳和部長に最近の状況を聞いた。

「2025年度については幹事作品の『ホテル・インヒューマンズ』が7月に始まりますし、『怪獣8号』も2期が予定されています。そのほか『週刊少年ジャンプ』の人気作品『SAKAMOTO DAYS』も3月まで放送され、これも7月から第2クールが予定されています。

 昨年は日曜の深夜にもアニメ枠を新設しましたが、強力なラインナップを並べたこともありますけれども、しっかり見られています。

 4月から土曜の23時で『九龍ジェネリックロマンス』という『週刊ヤングジャンプ』の連載作品が始まりましたが、夏には実写映画の公開が決まっています。4月クールでアニメで盛り上げて、実写映画と両面で展開していく予定です。

 日曜夜23時45分からは『LAZARUS(ラザロ)』というアニメが放送されていますが、国内外のクリエイターが結集したクオリティの高い作品です」

 テレビ東京も土日の午前にはキッズアニメを編成しているが、全体としてどういう方針なのか。

「例えば金曜日の18時台から19時台には『バウ・パトロール』『ポケットモンスター』など比較的年齢の低い層プラスファミリー向けですね。リアルタイムでアニメを楽しむ層を狙って金曜夕方は編成していますし、あと土日の朝はしっかり子ども向けの企画を編成しています。23時台に関しては結果的にお子さんが起きていればお子さんも観るかもしれない想定で、基本的にリアルタイムで見てもらうという考え方で全年齢向けの話題作を編成しています」(紅谷部長)

 フジテレビの『ちいかわ』が成功して以降、各局が続々参入しているショートアニメについてもいろいろな取り組みを行っている。

「『ちいかわ』みたいなファミリー向けもあれば、深夜の時間帯でチャレンジするケースなど、ショートアニメは今、各局が取り組んでいます。テレビ東京もこの4月から、『えぶりでいホスト』という3分半のショートアニメを、金曜の深夜1時13分という枠で放送します。ホスト業界に生きる人々を描いたギャグコメディです。短いアニメでも、固定ファンがつくことがあります。さらに配信とか商品化でビジネスチャンスの拡大につながるケースもあるので、視聴率だけではなく総合的な判断で取り組んでいます」(同)

 『創』の特集では民放だけでなくNHKのアニメについても取り上げているがここでは割愛する。次に新たにマンガ市場に参入した中堅出版社の幾つかを紹介しよう。

朝日新聞出版が『アサコミ』オープン

 朝日新聞出版がコミックサイト『アサコミ』をオープンしたのは1月30日のことだった。もともと同社は、14年前に朝日ソノラマのコミック事業を引き継いだ。現在、紙のコミック誌も『HONKOWA』『Nemuki+』と2誌を発行している。ちなみに『HONKOWA』とは「ほんとにあった怖い話」の略で、『Nemuki+』とは「眠れぬ夜の奇妙なコミック誌」だという。『HONKOWA』は、実話をもとにしたホラーマンガというのが基本コンセプトだ。その他、世界的に有名なホラーマンガ家・伊藤潤二さんの作品を含む数々の単行本も刊行してきた。

 出版界でマンガが拡大しているのを受けて、朝日新聞出版では、デジタルコミックをベースにしたマンガ事業への本格的な取り組みを2年前から準備していたという。もともとマンガは書籍編集部の一部で扱っており、6人の編集者が関わっていたのだが、それを『アサコミ』立ち上げにあわせて徐々に人数を増やし、この4月には13人の体制にした。畑中雄介コミック編集長は、もともとリイド社から転職した編集者でマンガ編集の経験を持っている。今回、朝日新聞出版の新たな事業を託されることになった。

「この何年か、紙の雑誌が売れなくなってどうしようかという話をしていたのですが、他社さんにいろいろお話を聞いてみると、もう電子に移行して紙の雑誌は出さない方針になっているという。

 我が社は他社に遅れをとっていたのですが、とにかくデジタル最優先ということで『アサコミ』を立ち上げたのです。今まさに『元年』で、去年から作家さんに仕事の依頼を始めて、作品ができ始めたのがまさに今年という感じです。

『アサコミ』には今、3つのレーベルがありまして、1つ目はホラー&サスペンスマンガの『コミックZOTTO』、2つ目が大人の女性の恋愛模様を描いた『Melty Night』、そして3つ目が主にファンタジーを扱った『ソノラマ+』です。『Melty Night』は昨年10月30日に4タイトルでローンチしました。『アサコミ』オープン時には既存の人気作品が10タイトル、アサコミオリジナルは9タイトルです。まだまだこれからですが、2025年度中に50タイトルの新連載を考えています。

マンガは紙と電子で売るだけじゃなくて、やはりIP(知的財産)としてアニメ化・ドラマ化を絡めていかないと大きなヒットは難しいので、それをかなり意識しながら作品を作っています。3年後に黒字化するように事業を進めています」(畑中編集長)

 取材に同席していた市村友一社長が言葉をはさんだ。

「コミックは朝日新聞出版の次の事業の柱ですから。今はとりあえず投資フェーズで、作品を量産できる体制作りに取り組んでいます。作品数を増やしてヒット作品が生まれる環境を整えています」

 今、日本のマンガやアニメはグローバル展開が基本で海外翻訳も伸びているが、そこも意識していきたいという。

「例えばフランスや北米など海外にもマンガは浸透していて、日本で紙の初版が1万の作品が、フランスだと2万部スタートとか、そういう状況です。日本は電子がかなり伸びていますが、海外ではまだ紙が主流です」(畑中編集長)

 コミックを中心にしたIPビジネスヘの取り組みについては、親会社の朝日新聞社も注目しており、今後協力してマンガ事業を進めることになっているという。

『同志少女よ、敵を撃て』のコミカライズ(筆者撮影)
『同志少女よ、敵を撃て』のコミカライズ(筆者撮影)

早川書房『ハヤコミ』と海外への出版展開

 2024年7月にデジタルコミックサイト『ハヤコミ』をスタートさせて話題になったのは早川書房だ。SFやミステリー作品を出版しているから、コミカライズのコンテンツとして向いているという判断もあったのかもしれない。デジタル連載から既にアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』や、逢坂冬馬さんのベストセラー『同志少女よ、敵を撃て』のコミカライズなど同社らしい作品がコミックス単行本として出版されている。吉田智宏ハヤコミ編集長に話を聞いた。

「もともと早川書房としてIP開発といったことを5年以上前から検討していたのですが、最初はむしろコミックよりもTシャツなどのグッズを作ることに力を入れていました。また一方で早川書房はたくさんの海外の作品に関わっているので、それを生かしたIP開発というのも別の部署で検討していたのですね。その頃は私は中心的に関わってはいなかったのですが、コミック事業への取り組みが具体的に動き出して、一昨年の終わりに私に声がかかったのです。私は元々、早川書房に入社した頃からコミックに関心を持っていて、『ミステリマガジン』や『SFマガジン』で連載マンガを担当していました。

 以前は、自社でウェブのオウンドメディアを開発してコミックサイトをと考えていたようなのですが、先行出版社の例を見て、コミチさんというシステム開発会社のプラットフォームを使った方がよいだろうという判断がなされました。短期間にコミックサイトを立ち上げることができたのはそれも大きかったですね」

 現在、デジタルコミックに参入する会社にシステムを提供している会社としては、コミチとハテナという2つが業界で知られている。システムを提供するだけでなく、マーケティングなどのサポートもしてくれるとあって、中堅出版社のデジタルコミックサイト立ち上げにはかなり活用されている。

「早川書房の場合は、海外翻訳ものなどを長年続けているので、それを十全に活用した新たな事業をというのは以前から考えられていました。その中で日本のコミックについては、海外でも認識が高まっていたので、権利関係の交渉においても比較的スムーズに話が進みました。その結果、早い時期から取り組んだ作品が、『ハヤコミ』発で最初に単行本になった『そして誰もいなくなった』や『ソラリス』だったのですね。『同志少女よ、敵を撃て』については著者の逢坂さんと話を進め、鎌谷悠希さんによるコミカライズというのは逢坂さんの希望でもありました」(吉田編集長)

 現在、『ハヤコミ』で連載されているタイトルは16作品。もともと早川書房でマンガになっていたものも含まれている。

「海外の読者にも読んでもらえるものをという考え方は早い時期からあって、例えばアガサ・クリスティーの作品をコミカライズしたものについては、既に十数カ国で翻訳出版が決まっています。いわば加工貿易というか、海外の作品を日本でコミカライズして輸出という形ですが、海外翻訳ものを手掛けてきた早川書房にとっては理想的な流れですね。そのほか『同志少女よ、敵を撃て』のような日本の作品も積極的にコミックを海外に出していければと考えています。ちなみに同書原作は既に韓国と台湾で発売されています。ハヤコミ連載は電子ですが、海外での出版は基本的に紙の本です。海外ではコミックを紙で読むのが多いですね」

 今後は年間10冊以上のペースで紙の単行本も刊行していきたいという。

文藝春秋コミック編集部が『Seasons』立ち上げ

 2019年7月にコミック編集部を立ち上げ、20年9月にそれをコミック編集局に昇格させ、作品のラインナップを拡大するなど、順調な取り組みを行っているのが文藝春秋だ。取締役を兼務する島田真コミック編集局長と菅原明子編集部長に話を聞いた。

 この1年の大きな動きと言えば、それまで作品を掲載してきた「文春オンライン」内にある『BUNCOMI』とは別に、昨年11月に新コミックサイト『Seasons』を立ち上げたことだ。菅原編集部長がこう語る。

「『BUNCOMI』は救急隊員のリアルを描く『イチイチキュ!!!』など、社会性の高いテーマの作品との相性が良く、恋愛ものや、ファンタジー作品は読まれにくい傾向がありました。それらの作品のためのサイトを別に作ろうと、 いわゆる女性向けの『Seasons』を新たに立ち上げ、2つ媒体を持つことにしました。

『Seasons』の作品では文春文庫原作のコミカライズ『人魚のあわ恋』(原作:顎木あくみ/漫画:タムラ圭)が『めちゃコミ』で独占先行配信され、急上昇ランキングの1位になるなど、配信開始時から良い反響がありました。『わたしの幸せな結婚』原作の顎木さんの新作ということもあり、他の電子書店さんからの引きもたくさんありました。6月に紙の単行本発売も決まっています。

『竜馬がゆく』(筆者撮影)
『竜馬がゆく』(筆者撮影)

 

 男性向け作品では、『俺、勇者じゃないですから。』の人気が引き続き高く、『週刊文春』で連載している『竜馬がゆく』も、ストーリーが大きく動き始め、勝海舟が表紙の最新11巻は、前巻と比べても初速がよかったのが印象的でした」

 文藝春秋原作のコミカライズが多いのが特徴かもしれない。島田編集局長がこう語る。

「近刊では、芥川賞候補作にもなった『小隊』のコミックが好調な売れ行きで、版を重ねています。文藝春秋にはコミックの原作たりうる作品はまだまだあると思いますが、文庫編集部には、作品作りの段階でコミックを意識してくれる流れもあり、心強く思っています」

 タイトル数も増え、編集部員もこの1年で9人から11人に増えた。

「11人という部員数は、文藝春秋でも比較的大きな部署になっています。売り上げが伸びるのと比例して人を増やしているわけです」(島田局長)

 タイトル数は順調に増えているが、アニメ化や映像化などのメディア展開がこれからの課題だろう。すでにドラマ化の企画が1本進んでおり、年内にも実現しそうだという。

そのほか特集ではマガジンハウスや光文社、主婦と生活社などの現状をレポートしているが長くなるので割愛して、最後に新潮社について取り上げよう。

『成瀬は天下を取りにいく』コミカライズ(筆者撮影)
『成瀬は天下を取りにいく』コミカライズ(筆者撮影)

新潮社コミック事業が経営の柱のひとつに

 新潮社も集英社や講談社に比べれば後発なのだが、コミック部門は20年以上の歴史を持つ。マンガ雑誌を最初に立ち上げたのは2001年。『週刊少年ジャンプ』元編集長の堀江信彦さんを代表とする「コアミックス」という会社を立ち上げ、『週刊コミックバンチ』を創刊した。その後2010年、同誌は休刊、新潮社は翌年にマンガ部門を内製化する方針のもとに、『月刊コミック@バンチ』を創刊した。

 同誌は後に『月刊コミックバンチ』と改題して編集発行を続けてきたが、2024年4月、紙の雑誌としては休刊し、作品はその時に創刊されたデジタルコミックサイト『コミックバンチKai』に移行した。これによって新潮社のコミックサイトは、従来からあった『くらげバンチ』と『コミックバンチKai』の2つになった。後者はストーリー性の高い作品を中心にという方針で、棲み分けがなされている。

 デジタル化の推進もあって連載タイトルは増えたし、映像化の影響もあって売り上げも拡大しており、マンガ部門はいまや新潮社の大きな柱のひとつになりつつある。後発出版社群の中では他社より頭一つ抜け出ていると言ってよいだろう。

 里西哲哉コミック事業本部長に話を聞いた。里西さんは「コアミックス」の時代から新潮社のマンガ部門に関わってきた人だ。

「今、多くの出版社がマンガに関わり、IP開発をと取り組んでいます。新潮社では今年の年始の挨拶で社長が、新潮文庫などの文芸と、『週刊新潮』などのジャーナルと、そのほかコミックも会社の柱として取り上げました。今まで2本柱だったところへ、IP開発としてコミックもしっかりやっていくと話していました。コミックの編集部はこれまで、社外からの中途採用や契約社員という形が多かったのですが、これからは社内からも若い人が異動してくることになるかもしれません。

 社内でも昨年、IP事業本部というのが社長直轄で立ちあがりまして、今後はマンガに対する取り組みもさらに強化されていくと思います」

 以前から新潮社の文芸などのコンテンツをマンガにどう連動させていくかという話は出ていたが、それも強化されつつあるようだ。

「新潮社の文芸とコミックをどう融合させていくかというのは『週刊コミックバンチ』の時代から言われてきたのですが、新潮文庫nexというライトノベルに近いレーベルとの連動プロジェクトが今年中に形になりそうです。小説家とマンガ家と編集者が最初から連携して同時に小説にもマンガにもしつつ、できればIP事業本部と一緒にアニメ化も目指してセールスをかけていこうという取り組みですね。これまでアニメになりやすい作品が少なかったこともあってなかなか実現しなかったのですが、その第1弾が今年中に出てくるかもしれません」(里西事業本部長)

 大ベストセラー小説『成瀬は天下を取りにいく』は、ある意味で新潮社のIPともいえるが、以前から社内プロジェクトが動いており、コミカライズやオーディオブックが既に発売されている。

「コロナ以降、世界中の出版社が日本のマンガを出版しようとしています。先週トルコの出版社が弊社を訪ねてきていましたが、買い付けに来て出版社を回っているのでしょうね。最近は南米からロシアから、本当に世界中の国から来ます。契約は紙と電子とセットでやることが多いですが、韓国など東アジア圏以外は基本的に紙の方がメインですね。

 新潮社もマンガは海外での売り上げが大きいです。『極主夫道』など突出していて、作家さんにも印税だけで大きな支払いができたと思います」(同)

 出版社のマンガ市場への参入と、テレビ局のアニメ事業の強化は、これからしばらくは加速の一途をたどりそうだ。

https://www.tsukuru.co.jp/

 

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ありがとうございます。
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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