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既存メディアの体質改善と信頼回復に向けて:NHKクロ現で捏造され2年経って思うこと

2023年4月19日、NHKクローズアップ現代で5分程度のVTRに出演したところ、ほぼ丸ごと捏造・歪曲された。

それから2年がたち、今日から3年目に入る。


捏造被害体験から生まれた問題意識の現在地

最近はこのnoteでもTwitterでも、捏造報道やNHKの不祥事を直接的に取り上げることは少なくなった。より広い視座でメディアの問題を考えたいからだ。捏造被害体験は出発点ではあるけれど、いまの私にとってフォーカスすべき論点というよりは、メディアの問題を構成する数ある要素の一つという位置づけになっている。
 
だからといってクロ現の捏造を忘れたわけではない。捏造に関わった人間とNHKを許す気にもなれない。同じような捏造事件を見聞きすると強い憤りを感じる。


繰り返される捏造の原因は業界の”体質”

クロ現の類似事例として、直近では日テレの「夜ふかし」などが該当する。

テレビ局の捏造事案はどれも似通っている。特定の局だけの問題ではないということだ。これはテレビ業界の体質に関わる根深い問題であり、体質改善に取り組まなければどんな再発防止策も効を奏さない。虚偽捏造が表面化してBPOで審議入りするほど大ごとになった場合でも、しばらくするとまた同じようなことをやらかすのがその証拠である。NHKは2年おきくらいに重大な捏造事件や人権侵害を起こし、BPO案件化している。

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BPO公式サイトの放送倫理検証委員会ならびに放送人権委員会の「委員会決定一覧」をもとに筆者が作成した

そういった状況を見ていると、何をしても無駄ではないかという気がしてくる。既存メディアに対する世間の風当たりは年々強まっているようだが、変わりたくても自力では変われないほど弱体化しているのだろうか。


“マスゴミ叩き” の増幅

私がクロ現で捏造された2023年当時から、マスコミへの風当たりは強かった。放送から約4か月後に番組内でお詫びと訂正があり、それが全国紙で報道されると、ネット上では「またNHKがやらかしたのか」というような批判的な意見が聞かれた。

どういう反応が返ってくるか怖かったし、私のことを中傷したり誤解したりする人もいたが、NHKを非難する声の方がずっと多くて拍子抜けしたのを覚えている。同時期にNHKは「ニュースウオッチ9」コロナ関連報道の件で世間を騒がせていたので、その影響があったのかもしれない。

2023年頃のネット上の ”マスゴミ” 叩きにはまだ余裕があり、揶揄するニュアンスが主流だった。2024年の兵庫県知事選挙を境に、憎悪をはらんだ強い調子に変わっていく。この選挙では有力な二人の候補者の対立軸が、いつの間にか「オールドメディアVSネットメディア」という図式に入れ替わっていた。

既存メディアに対する批判的な態度は憎悪の域に達し、暗くて激しい情動がネットの世界を席巻した。多くの人が「マスゴミ叩き」に加わった。オールドメディアはネットメディアに敗北したと盛んに言われた。当の “オールドメディア” もそのような論調だったのは不可解なことである。

選挙が終わってもしばらくは「マスゴミ叩き」がやまず、私は嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

マスコミはネットに負けたのか?

私がしたいのは「マスゴミ叩き」ではない。批判するのは改善を求めるためであって、破壊のためではない。NHKに捏造されてからメディアの社会的機能について考えるようになったが、マスメディアは社会にとって必要な存在だと思っている。
 
マスメディアがニュースを大衆マスに届けることで、社会全体で問題意識を共有することができる。質の高い情報をわかりやすく伝えることを通じて、市民の知的水準を一定のレベルで維持する効果もある。権力者の監視や社会問題の指摘なども重要な役割である。こういった機能は社会の紐帯を保つために必要であり、情報を大衆マスに効率よく届ける特性をもつ既存メディアがかつてはその役割を担ってきた(この特性を悪用したものがプロパガンダである)。

ネットメディアで同じことをしようとしても、うまくいかないだろう。そもそもマスに向けて一斉に情報を届ける仕組みになっていないのに加えて、昨今のネットメディアやSNSは分派を促進し、小集団の中でそれぞれに固有のナラティブを共有・強化していくカルト化傾向が強い。ネットメディアは既存のマスメディアの上位変換にはなり得ないのである。ネットがマスコミに勝ったとか、マスコミはネットに負けたとか、そういう議論は本質をついておらず建設的でもない。それぞれの特性を活かせばいいだけの話だ。


無法地帯と化すSNSと自滅する既存メディア

兵庫県知事選を巡っては、選挙制度を「ハックする」動きがあったり、複数名の関係者が自死したりなど、不穏な出来事が次々と起こった。ほぼ同時期に米大統領選でトランプ氏が再選し、言論の自由や学問の自由を抑圧する政策を打ち出した。Metaをはじめプラットフォーム事業者各社も従来の方針を大幅に転換し、これに追随した。

ネットの世界に暗雲が垂れ込め、Twitterから離脱して新興のSNSに移行したり、SNSそのものをやめたりする人たちも出てきた。
 
既存メディアにとって、強力なライバルであるSNSが不穏な状況に陥っているのは絶好のチャンスであるはずだが、そういう流れにはなっていない。むしろ既存メディアがオウンゴールを決めてしまっている。中居氏による性加害に端を発する「フジテレビ問題」はその一例だ。第三者委員会が報告書を通じて白日の下にさらけ出したフジテレビの悪弊と悪行は、業界のみならず日本社会の矛盾と悪を煮詰めたかのようである。長年隠し通してきたものが積み重なり、大きく膨れ上がって漏れ出し、すさまじい腐臭を放っている。

この問題を直視しなければフジテレビの未来はない。他局もテレビ以外の既存メディアも同様である。業界全体がこれを機にどう変わっていくのか、あるいは変わらないのかを、見届けたいと思う。根本的な改善に取り組む姿勢が見られなければ、世間から完全に見放されてしまうだろう。人々の信頼を裏切り続けてきた上に、信頼回復の努力を怠っていることになるのだから。


常識と人権意識の欠如の裏にある特権意識

NHKのような大手マスコミが発信した情報が意図的に改ざん・捏造されたものであったり、自社の従業員や取引先や視聴者に対する倫理違反ないし人権侵害に相当する行為があったりすることは、今に始まったことではなく “通常営業” の範囲内であるようだが、SNSの普及によって可視化されやすくなった。昔のように何か問題が起こったら関係者に口封じをして隠蔽、ではすまされない。
 
大手マスコミだから安心です、NHKだから信頼できます、というのはもう通用しないので、信頼関係を築く努力をしなければならない。「透明性の確保」とか「説明責任」といった言葉で既存メディアに求められているのは、嘘をつかない、隠し事をしない、何か問題があったらきちんと説明するなど、ごく当たり前のことばかりである。ただ、そういう世間一般の常識が業界内では通じないから、まずは世間の常識をマスターすることから始めてもらいたい。
 
「人権」などという ”高尚な概念” には、業界人の理解が遠く及ばないのだろう。テレビの世界では、「人権」を番組制作上の妨げと見なす意見もあるようだ。人権を尊重しすぎると面白い番組が作れないのだという。不思議な理屈があるものだ(注1)。人権尊重とか差別反対とかジェンダー平等といった基本的な考え方を、業界内に浸透させるのは容易ではなさそうである。
 
なぜメディアの人間が業界独自の “常識” に固執したり、人権を無視したり、ジェンダー不平等を放置しているかといえば、特権意識があるからだ。特権意識を取り去らない限り一般社会との溝は埋まらない。世間一般の常識とか道徳、倫理に照らして間違っていることをしても、それが過ちだと彼らが自覚しなければ意味がなく、同じ過ちが永遠に繰り返される。


信頼関係を再構築するには

マスメディアが信頼関係を結び直すにあたって最優先すべき相手は視聴者・読者・市民であるはずだが、多くの場合は後回しにされる。監督省庁や政治家や広告主や上司の意向が優先されるからだ。後回しにされるならまだいい方で、取材に協力した一般人が制作側の勝手な都合によって多大な不利益を被るという事態はたびたび起こっている。私のクロ現のケースや日テレ「夜ふかし」がそうだし、表に出ていない事例はたくさんある。
 
NHKにいたっては、ラジオ国際放送ジャック事件のように国際問題に発展しかねない事態を引き起こした時ですら、会長はじめ幹部らは政治家や与党へのお詫び行脚に汲々とし、視聴者への説明と謝罪はアナウンサーに代弁させた。受信料収入で成り立っているNHKにとって視聴者は最大のスポンサーなのに、その程度の扱いなのである(注2)

そこまで重大な不祥事でない場合にも、制作現場の責任者であるプロデューサーや編集統括などは表に出てこない。アナウンサーが頭を下げて終わりである。これでは誠意を感じられず、不信感を払しょくすることはできないだろう。 

フジテレビが一回目の記者会見で過剰な制約を設けて非難を浴びたように、保身と隠蔽に走るのはさらなる不信を招き、事態を悪化させる。不祥事を起こした時には責任ある立場の人間が表に出て、視聴者・読者・市民の方をしっかり向いて説明してほしい。「マス・コミュニケーション」の性質からして、発信側から見ると受信側は漠然とした “顔のない大衆” なのだろうが、大衆のひとり一人に尊厳があり人権があるということをどうか忘れないでいただきたい。

おわりに

NHKクロ現で捏造されて2年経って思うことを書き綴っていたら、例によってマスコミ批判になった。1年後にもまた「周年記事」を書くつもりだが、その頃には少しでも事態が改善していることを願う。


(注1)2024年1月10日に開かれたフジテレビ第533回 番組審議会の審議テーマは「テレビと人権」。

議事録概要には委員からの意見として、人権を軽視するような内容が書かれている。

「テレビが行儀の良いことを目指しすぎる動きの中で、テレビ以外の媒体の方が真実だったり、面白いと思われないか、危険性を感じる」
「人権はもちろん大切だが、人権をうたえばうたう程、テレビだけが宙に浮いてしまって堅苦しい箱になってしまう」
「人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、テレビ局の挑戦も締め付けられ、番組がつまらなくなり、世の中から見捨てられてしまうのではないか」

(注2)NHKの放送のうち国際放送だけは、視聴者からの受信料ではなく国からの交付金で賄われている。国はお金だけでなく口も出す。国際放送に関しては国からの要請が毎年出される。それでも編集権は確保されているという点に矛盾を感じる。


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