リリルカ・アーデ救出から数週間経ち、ジャックはまた一人、ダンジョンに長期間潜っていた。
そして帰ってきた途端彼は眉を顰める。
【ヘスティア・ファミリア】のホームが篝火を残してそこは教会ではなく倒壊した建物のど真ん中だったのだ。
適当に人を捕まえ聞くと
「【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】が戦争遊戯をしてるんだよ。お前さん知らなかったのかい?」
と答えられた。
「知っていることを詳しく教えてくれ」
と、くまなく聞き終えると。
「ありがとう」
と言い残しその場を『跳んだ』
そして根掘り葉掘り聞かれた男はその場にへたり込んだ。
何か一つでも話し忘れがあれば
自らの首が飛んでいたという錯覚があったからだ。
戦争遊戯が始まって少し時間が経ち、
リュー・リオンが敵の大半を引き付けている主戦場でそれは起こった。
ザンッ
と上空からリューより遥かに全長がある大剣が降ってきたのだ。
全員が上を見上げると誰かが落下してきている。
『それ』は信じられないくらい静かに、素早く巨大な剣の前に着地する。
いつもと違う黒色の鎧にファーとマント、そして今オラリオで多少情報に富んでいれば誰もが見間違えない煤色の兜
「貴様ら」
魔力で拡声しているのか、オラリオで観戦している神々や別の場所から城に侵入しているベル達にもはっきりと聞こえた。
その声は憤怒そのものであると言わんばかりに怒気をはらんでいた。
「俺がいない間に随分と好き勝手をしてくれたようだな。もはや、情けも、容赦もせん」
リューは降りてきた男をじっと見つめ動かないでいる。
否―動けなかった。
「皆殺しだ」
男は剣を抜き放しながら鈴を鳴らす。
「『絶頂』」
放たれた闇の凶弾はリューと対峙していたリッソスに直撃する。
次の瞬間。
リッソスが呻き声一つ上げずに肉塊になって辺りに四散した。
鈴が手から『消えた』と思うと手の甲に火が宿る。
「『封じられた太陽』」
人ひとり分ほどの火球がとんでもない速度で射出され、爆ぜる。
大爆発により7人ほどが黒焦げになる。
「『炎の鎚』」
今度は空間が歪み、火花が出たと思うと2人ほどが爆発に巻き込まれて上半身が吹き飛ぶ。
「う、うろたえるな!やれ!やれえええ!」
誰かの号令で5人ほどが騎士に同時に襲い掛かる。
騎士の左手に黒いボロボロの大剣がいつの間にか握られている。
次の瞬間、5人はそれぞれ空中に打ち上げられると共にその勢いのまま騎士は飛び上がり、重量と重力に任せて叩き斬る。
50人いた冒険者がたったの一瞬で15人『殺された』
その事実に残りの35人が後ずさる。
「い、一旦撤退だ!態勢を立て直すぞ!」
と、それぞれが慌てて逃げ出す。
その逃げていく者達に向かって彼は杖を取り出し、その先を向ける。
「『闇の飛沫』」
勢いよく飛び出した闇の散弾が逃げる冒険者を襲う。
5人ほどに当たりそのまま『絶頂』を貰ったエルフのように肉塊になり果て、絶命する。
そしてそのまま逃げる彼らより遥かに速いスピードで追いかける。
地面を蹴り、まるで隕石のように逃げる冒険者の背中を串刺しにし、そのまま死体を逃げている相手にぶつけ、転倒させる。
次に特大剣を霧散させたと思うとクロスボウを取り出した。
が、ただのクロスボウではなく、工芸品のような美しい造りをしていて、3本ボルトが据え付けられている。
引き金を引き、3発連続で発射し、素早く装填し、再び発射。
一人、また一人とボルトの餌食になっていく。
「『封じられた太陽』」
さらに、とんでもない威力の火球がボルトに交じって飛んでくる。
彼らにその攻撃1つすら避けることができなかった。
最後の一人を殺しきると彼は本丸に向けて走り出した。
リューにはその背中がとても人間には見えなかった。
一人、震える身体を両手でかき抱いた。
観戦していた神々は絶句していた。
彼が撃っている黒色の弾は着弾した者の魂を粉々に粉砕したのだ。
「あれは・・・『なんだ』?」
静まり返ったバベルでヘルメスが恐怖に満ちた目でおそらくこの戦場を見ているヘスティアと交流がある神以外の神が思っていることを呟いた。
特に最初に『絶頂』と唱えた魔法は跡形もなく魂を消し飛ばした。
魂魄を破壊する魔法なんて聞いたこともない。
「おい、ヘスティア。あいつは何者だ!?おい・・・!?」
アポロンが顔を真っ青にしてヘスティアに詰め寄る。が。
彼は気づいた。ヘスティアが先程無表情で観戦しているのと打って変わって顔を真っ青にしているのを。
「いけない・・・」
「落ち着くんだヘスティア。あと、これだけは聞かせてくれ、彼は確かレベル3だろう。どうみてもレベルに見合った強さじゃない。彼はなんだ?」
ヘルメスがヘスティアの肩を掴み、向きなおらせて、落ち着かせる。
「・・・別の世界から来た、『不死』と名乗っていたよ」
しばらく沈黙した後、ヘスティアはぽつぽつとジャックのことをヘルメスにだけ聞こえるように語った。
この世界の出自ではないこと
ステータスが特殊であること
「ステータスの項目が多く、ステータスがオール99?どうみても99の膂力じゃあないぞ、ヘスティア」
「そうだね」
短く言いながらヘスティアは状況が配信されている鏡へ再び顔を向けている。
「でも、その数字は『こちらの世界』では、どの程度の数字なのか彼からは聞いてない」
本当に、小さな小声で言ったその言葉をヘルメスは聞き、顔を真っ青にしながら鏡を見る。
「おい、なんだよ。あれ」
ベート・ローガは顔を歪ませ狼狽える。
自分が受けた魔法の上位互換的な存在を食らった冒険者達の末路を見て己の身を抱く。
観戦している【ロキ・ファミリア】の面々も同様に戦慄していた。
「実際に目の当たりにするととんでもないな」
と、フィンは小さく零した。
「ちょ、ベートをボコボコにした時と比べ物にならないくらい強いじゃんあいつ!?」
「あれ本当にレベル3?虚偽報告じゃない?」
と、アマゾネス姉妹は食い入るように配信を見ている。
冒険者達から見ても彼の剣技と術はとんでもないものだった。
どう見てもレベル3そこらが出せるような膂力ではない。
今、オラリオ全土が戦争遊戯の熱狂から一転して、暗く、恐怖でざわついていた。
「ま、まってくれ!?俺は降参だ!?」
一人の男が剣を離し両手を上にあげる。それに続き、他の何人かも降伏の姿勢をとる。
が、ジャックは構わず大剣を横薙ぎに切り払う。
成す術もなく男が真っ二つに両断される。
「くっくそおおお!」
アマゾネスだろうか、褐色の女性が降伏すら聞く耳持たず襲い掛かる鬼に悪態をつきながら飛びかかる。
ジャックが突きの構えを取ったと思うと大剣が青く淡く光る。
突くモーションが一切見えないまま気づいたら女性は串刺しにされていた。
そのまま上に剣を持ち上げると、女性は忽ちミイラのように干からびた。
ミイラをそのまま壁に打ち付けると、ボロボロと灰になるように身体が崩れ落ちる。
「か、かこめ!全方位から攻撃しろ!」
もはややけくそになった冒険者たちが四方八方から飛びかかる。
ジャックは剣を大きく構え、ぐるりと回転をするように剣を薙ぐ。
飛びかかった冒険者が全て肉塊になったのを確認すると、一歩、また一歩と指揮していた男に近づく。
腰を抜かした男は尻餅をつき、恐怖のあまり床に水溜りを作っていた。
「た、たすけて・・・これは『戦争遊戯』だろう!?これじゃただの殺し合ガッ」
喉を左手の黒い大剣『栄華の大剣』で貫かれ絶命したのを確認する。
「遊びでやる『戦争』などない」
そう静かに吐き捨てると
次の獲物を探しに駆けだした。
鍛冶師―ヴェルフはベルを先に進ませた後、交戦している女性―ダフネを筆頭とした一団と激しい戦いを繰り広げていた。
魔導士達の詠唱を逆手に取り、ヴェルフが対魔力魔法で応戦し、弓兵の大半と魔導士の全てを戦闘不能に追い込んだのが功を奏し、大分有利な状況を生んでいたが、時間が経つにつれて不利になっていた。
対魔力魔法で吹き飛ばされた衝撃からようやく復帰した弓兵などが取り囲もうとしている中、獅子奮迅の働きを見せていた。
なんとしても少しでもベルの負担を軽くしなければ勝機が無い【ヘスティア・ファミリア】のためにも。
が、異変が訪れる。
「お前ら!逃げろ!!逃げろおおおおおおおお!!!」
と、半狂乱になりながら男が走ってくる。
「今度はなに!?」
と、ヴェルフとの交戦の手を止めず、ダフネが聞き返す。
「早く逃げろ!殺される!!下の奴らはみんな殺された!!!」
「は!?ど、どういうこと!?」
「『
と、再び走り去ろうとする。
が
その身体が、『特大の杭のようなもの』に穿たれた。
悲鳴を上げる時間もなく勢いよく穿たれたまま吹き飛ばされ、着弾した勢いで四肢がバラバラになる。
弓兵達が『杭』が飛んできた方向に構えた。
が、すでにその時には彼らの目の前に黒い騎士がいた。
「どこを見ている」
死の宣告のようにそれを吐き捨て、大剣二振りが容赦なく、白と黒の閃光になり弓兵達を真っ二つにする。
ダフネとヴェルフは思わず手を止めて絶句した。
両人共に、ここまで何の躊躇いもなく殺人を行う者を見たことがなかった。
ゆっくりと、弓兵を始末したジャックが振り向く。
「赤髪、お前は確か、18階層の時以来だ」
そう短く挨拶のように確認すると、特大の剣を霧散させ、高く跳躍し、ダフネに『栄華の大剣』を上段から両腕で撃ち降ろす。
ダフネはあまりの速さに転げまわるように回避する。
だが、衝撃によって吹き飛ばされ、脚が変な方向に折れた。
ダフネが必死に自分がいた方向へ顔を向けると、既に目の前で大剣を振りかぶる騎士の姿が見える。
「ちょっと待った!!もう戦闘不能だ!片足が折れてる!」
と、ヴェルフが咄嗟に制止する。
その声を受けてピタリと、ジャックの動きが止まる。
「こいつらは。俺達のホームを襲撃するばかりか、ベルを『景品』としてこんな馬鹿げた争いを起こしたのだろう。人の人生を物のように扱い、戦争を遊戯と称して始めるような奴の下っ端など、生かしておく価値など無い」
と、構えをときながらも、いつでも斬殺せるように、顔をダフネから動かさずにジャックは淡々と告げる。
「あ・・・ああ・・・・・・」
もはやダフネは言葉を発することができずにいた。
Lv2の冒険者として、【アポロン・ファミリア】と遠征に行った経験もある。
が、こんな化け物を相手にしたことが無かった。
見に受けたこともない殺気を当て続けられる。
―気を失えば殺される。
そんな確信があり、全身から汗や液体を垂れ流しながら必死に意識をしがみつかせる。
ヴェルフも、自分に向けられていないので、多少マシなものの、その場を動けずにいた。それでも必死に声を貼り続ける。
「今、ベルを大将のところまで送ったし、後は時間を稼ぐだけだ!あんたは無益な殺生は望むところではないだろう!この前言ってた『血の同胞』とやらではないんだろう!?」
しばらくジャックは黙考する。
そして不意に殺気が消える。
「・・・」
その短い言葉と共に剣を降ろし、身を翻し来た道を戻りはじめる。
ダフネはそのまま安心したのか気絶する。
「ど、どこに行くんだ?」
問いかけるヴェルフに首をわずかに向けて
「外で帰りを待つ。死体も処理しておく。凱旋中に死体の山など、見たくあるまい?」
と言い、そのままゆっくりと帰って行った。
『戦争遊戯』は、ベルが見事、【アポロン・ファミリア】大将、ヒュアキントスを打倒し、勝利を収めた。
オラリオは歓声に包まれる影、身震いしているものがいる。
歓声に包まれているのは一重に、司会等を担当した【ガネーシャ・ファミリア】の機転により、途中から対外用の中継はベル達にのみスポットライトがあてられていたからだ。
身震いしている者は主に魔術師などである。
遠見の魔術で続きを見てしまったのだ。
ベル達がオラリオに帰還した後、ベル達はもてはやされたが、その裏でジャックは恐怖の代名詞として伝わった。
【アポロン・ファミリア】は財産没収後、ファミリアを解散、アポロンはオラリオから追放。というヘスティアからの通達を受け、それに従う形となって霧散した。
だが、生き残りは少ない。
ベルが玉座の間で相手をした者とダフネを除いて皆殺しにされていたのだから。
「じゃーん!どーだ、これが今日からボクたちのホームだ!」
と賑わうヘスティア達を遠巻きに見守るジャック。
そして視線をはずし、空を見上げる。
そして、小さく、誰にも聞こえないような声で
「ここは、安穏すぎる」
と呟いた。
今回のヴェルフ・クロッゾの言葉と、18階層でヘスティアに言われた言葉を思い出しながら瞑目する。
「ジャック!」
ヘスティアに呼び掛けられ、ジャックがそちらを向くと、
見ると同僚たちが部屋割りがどうと言って入っていくのが見える。
ジャックと向き合うヘスティアは神妙な面持ちをしている。
「・・・ごめんね」
と頭を下げられた。
「何に対してだ?」
とジャックは問うた。
「僕達が弱いせいで、君は大量の人を手にかけてしまった。君は間違っていなかった。どうやら、ベル君の情報を、18階層でベル君を襲っていた連中の一部が、どこから仕入れたのか分からないけど、情報を横流しにして、アポロンに目を付けられた。あそこで君を止めていなければ、こんなことにはならなかった。それと、ありがとう。君がリリ・・・リリルカ・アーデに色々してくれたのは本人から聞いた。君がいなければ僕達は今頃どうなっていたか分からない。多くの人は君を恐れるだろう。でも、僕だけは君に感謝をする。僕だけは、たとえ最後の一人になろうとも君を信じる。それだけは、覚えておいておくれ」
一息にそう言うと顔を真っ赤にし、ベル達のほうへと走る。
ベル達に合流するとこちらを振り向き、
「さあ!早く入ろう!部屋割りを決めないといけないからね!」
と満面の笑みでジャックを誘う。
「ああ。分かった」
そう、短く返した彼は早足でベル達のほうへと歩き出した。