「お前!!!」
ジャックが往来を歩いていると不意に後ろから声をかけられる。
見ると、【ロキ・ファミリア】のベート・ローガがそこにいた。
「何か用か?」
ジャックが面倒くさそうに問いかける。
「・・・あの兎に伝えとけ。『悔しかったら、強くなりやがれ』ってな」
そう短く言うとそのまますれ違い、去ろうとする。
「待て」
ジャックはそう短く彼を引き留める。
「・・・なんだよ」
今度はベートが先程のジャックのような態度で振り向く。
振り向いたのを確認すると、ジャックは何かを放り投げる。
見ると、獅子を象った指輪だった。
「貴様は少しゴリ押しが過ぎる。贈り物で気を引く、などといった搦め手も必要だろう。単に振るうだけなら力はただの暴力だ。それくらいは分かるだろう。少しは頭を捻れ」
そう言い、肩を竦め踵を返し、移動を再開した。
しばらくポカンとしていたベートだったが、急に顔を羞恥で真っ赤にし、地団駄を踏みながら
「余計なお世話だこのクソ野郎おおおおおお!!!!!!」
としばらく当たり散らした。
後日、何度もまごまごしながら『指輪』が入った小包を後ろに隠しながらアイズ・ヴァレンシュタインに話しかけるアマゾネスの姉妹に心底気持ち悪がられるベートがいたとかいないとか。
【ミアハ・ファミリア】主神、ミアハは頭を抱えている。
今目の前にアイテムの売却に来た男がいる。
いつも通りの風景だ。
だが、売りに来た代物が問題なのだ。
『カドモスの泉』で汲まれた泉水―――ポーションの材料としては最高級クラスの触媒の一つである。
それをワインボトルいっぱいに汲まれたものが目の前に数え切れないほど並んでいる。
その数99
「確かに簡単なものなら買い取ると言ったが、これは無理だ」
と、苦しげに彼は言った。
「何故だ?」
売却に来た男―ジャックはまるで分らないといった風に首を傾げる。
「『カドモスの泉水』はポーションの材料としては最高級の物の一つだ。そんなものを僕のような多額の借金を抱えてる零細ファミリアが買い取れるわけがない。ただ、この数だ。おそらくどこに持って行っても買い取りを拒否されるだろうさ。この量は。それこそ【ロキ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】などのオラリオ中のファミリアの金庫を空にするようなものだ」
と、肩を竦める。
「・・・借金をしているのか。そこまで金遣いが荒そうにも見えないが。」
「・・・人助けをしてね。まぁ君には関係が無い」
するとジャックは指を一つ立て
「この泉水は貴方に預けよう。これで作ったポーションの売り上げの幾何かをこちらに機を見て渡してくれればいい。私が材料を持ってきて、貴公らが薬を作り、販売する。一種の専属契約のようなものだ。どうだ?」
と、提案する。
ミアハはとんでもないものを見るような目でジャックを見る。
「願ってもない話だが、何故?」
「うちの主神とは仲がいいのだろう?借金で困っているのならばお互い様だ。私にとってはいつでも取ってこれるようなものだからな。こんなものでよければ契約していただけると助かる」
と、温和な笑顔で答えるジャックにミアハは大笑いする。
「底抜けのお人好しだね。君は」
「貴公も人助けで借金を抱えたんだ。言えた義理でもあるまい」
その後、しばらく談笑した後、改めて契約を結ぶという形でジャックは荷物を一つ降ろしたのだった。
ジャックは今、【ヘファイストス・ファミリア】に来ている。
自身が製作した武器を売りに来ているのだ。
鍛冶の工程などは元の世界で散々と見せられているので自然と武器が打てるようになっていた。
最後の周回では鍛冶師に渡すはずだった種火を渡さずに、鍛冶道具一式を道具を取り扱っている老婆から買い取り、自分で修理などを行っていた。
ベルへのレベルアップ祝いに鍛えてみたのだが、自分はもう武器はあり、普段世話になっているので十分と断られたのでこうして売りに来たのであった。
武器の鑑定はヘファイストス自らが行っている。
最初にあれだけのレアアイテムを換金に持ち込んだ『怪物』が武器を打ってきたというのだ。興味がないわけがない。
鑑定を進める度にヘファイストスの全身から汗が噴き出ている。
鑑定が終わったころにはいつも上に着ているシャツが汗でびっしりと纏わりつき、肌が透けて見えていた。
「で、どうだ」
「これ、貴方が鍛えたのよね?」
と厄介者を見るような目で確認する。
「ああ、何か武器として問題があったか?一応、カドモスくらいなら叩き切れることは確認したが」
なんてものを相手に試し斬り感覚で切り伏せているんだと心中で毒づきつつ、相手を見据え、鑑定結果を言う。
「これは買い取れないわ」
「何故?」
「ふざけんじゃないわよ。こんなもの見たらうちの鍛冶師全員が自信と熱意を消し飛ばされるわよ。あなた冒険者なのよね?試しに一本鍛えてみたから鑑定して買い取ってくれ?そんな軽い気持ちで第一等級武装が泣いて逃げ出すような出来の物を持ってこられたら商売あがったりよ!」
と普段の冷静な彼女はどこにいったのか、頭をガシガシとかきながら青筋を立てて叫ぶ。
一見ただの全長120c、刃渡り87cの野太刀である。
その刃が深層のみで取れる最上質のアダマンタイトと呼ばれる特殊な鉱石をふんだんに使い、鍛える際、決して衰えることが無く、消えることもない特殊な種火―『鈍い種火』と、不死の鍛冶師から受け継いだ、もはや一つの神秘が宿っているといえるような鍛冶槌を使用しているのだ。
そんな太古の生ける伝説のようなマジックアイテムで最上級の金属を嘗てジャックを長く支えてきた鍛冶師の技術を再現して作っているのだ。
その出来は作ったのが見習いと言えば見習い全員が熱意を闇に葬るレベルと言っていい。
「むう、困ったな。俺は間に合っているから使うことはないのだが」
「自分で生んだ子供くらい自分でなんとかしなさい。ともかく、私は買い取らないわよ。下手したら全力の神ですら切り伏せかねない代物なんて扱いたくないわ」
そう言って彼を追い返そうとする。
「なら、せめて素材は買い取ってくれ」
ジャックは早々に大太刀を回収し、次に使用したものの残りであろう。数は常人が見れば卒倒する量のアダマンタイトのインゴットを置かれる。
キリキリ鳴る胃のあたりを手で抑えながらそろそろこいつを出禁にしようかとヘファイストスは青筋の数を増やしていくのだった。
【ヘファイストス・ファミリア】から出る途中、新参者が作成した武器を売るエリアを通る際、気になる者を見つけた。
確か、ベルが階層主と戦った際にパーティーを組んでいた犬人の少女であった。
何やら思いつめたような顔をしている。
「おい」
声をかけると犬人はこちらに気付いた後、顔を見るなり顔を青くしたあと、何とか平静を保って挨拶をする。
「あ、ベル様の同僚の『深淵歩き』様ですね。何か御用でしょうか?」
足が震えている。
「いや、武器を見ているのか?」
「え、あ、はい。私はサポーターなんですけど、少しでもベル様のお役に立ちたくて」
と、答える犬人にふと疑問が湧く。
「お前はファミリアの新入りか?」
「いえ、所属は【ソーマ・ファミリア】です」
「所属『は』ときたか。・・・事情を聞きたい。人に話せば楽になるというものだ。立ち話もなんだ。ついて来い」
と、ジャックにしては珍しく、何かを感じ取ったのか積極的に手を引く。
「え、あ、ちょ」
犬人は抵抗できるはずもなく、そのままずるずると手を引かれるのであった。
『豊穣の女主人』、その隅で彼女からファミリアの事情を聞く。
ベルに救われたことや、ファミリアのこと。
主神ソーマは酒造りに夢中でろくにファミリアを管理していない。
そのせいか地獄のような日々を送る彼女のことなど気に留めるはずもなく、
ファミリアを脱退、鞍替えをしようにも莫大な手切れ金が要る。
自分の内の黒いものを何故か彼女は目の前の男に自然と吐き出すことができていた。
「ふむ。それなら力になれる。」
全てを聞き終えた後、彼はそう言った。
「いえ、これは私の問題ですので」
「やめた後、うちに来ないか?」
「え?」
断ろうとする彼女を遮った問いに彼女はポカンとする。
「まぁ、うちに鞍替えをしたほうが、少数なのでステータス更新もしっかりできるし、今いるファミリアにいるよりは確実に望みはあるだろう。自らが非才と思っているだけで、大器晩成の者が潰れていくのは少しばかりもったいない」
と、ジャックは肩を竦めながら言う。
「わ、私はそんな大層なものではありません」
恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く彼女の頭をポンポンと手を置きながら席を立つ。
「まぁ、私としても今の話を聞いて、少しばかり憤りを感じたのでな。少し手と口を出させてもらうぞ」
「え?」
顔を上げたときにはもう遅く。
ジャックは彼女を片腕で持ち上げ、勘定を済ませて店を出た。
【ソーマ・ファミリア】本拠地は冒険者達で賑わっていた。
神酒の醸造の過程で作られた失敗作の酒などを嗜みながら、それぞれが謳歌している。
突如、そんな酒場に地獄が訪れた。
勢いよく入口が爆炎と共に壁が吹き飛んだ。
煙が晴れた後、爆炎の中から現れたのは
全身黒い甲冑を着て、自らの体躯よりもはるかに大きい剣のようなものを片手に携え、犬人を空いた手で持ち上げている騎士だった。
その姿は今やオラリオ中で知らぬものはいないとされている。
曰く、同僚の危機に現れ、数十人の同業者を何の躊躇もなく瞬殺する悪魔。
曰く、あのオラリオ最強の男『猛者』オッタルと早朝広場でもはや傍から見たら殺しあいとしか思えない剣戟をしている。
曰く、本来の実力を開放した神を殺すことを可能とする実力を持っている。
爆発で警戒のために椅子から立ち上がり、武器を構えた元たちの手が目に見えて震えだす。
誰かが呟く。
「ア・・・『
全員が自分達が彼あるいは彼の仲間や大切なモノに手を出したかどうかを記憶を辿るが皆自分達が関係がないと何度も胸中で確認している中、ジャックが口を開く。
「団長と、主神、ソーマはいるか?」
と。
「お、俺が団長のザニスだ。そ、そこにいるのはうちのリリルカ・アーデか?そいつが何かしたのなら、謝罪しよう。主神は酒蔵の奥だが、いつも通り忙しい。呼び出すのは難しいだろう」
と、ザニスと名乗った団長が抱えられている少女を見抜いて答える。
「いや、うちの同僚が世話になっているリリルカが、こちらのファミリアの実態を話してな。なんでも、改宗も、脱退も手切れ金を要求しておきながらろくにステータス更新もしないゴミの掃き溜めと聞いてな。こんなところに置いておくには勿体ないと思ったので、手切れ金を支払いに来た」
とジャックは答える。
「あ、あんたがそいつの手切れ金を肩代わりする。ということか?」
ザニスは震える手でリリルカを指さす。
「ああ、ついでに主神に釘を刺しておこうと思ってな。手切れ金は先に渡そう」
と、ジャックはどこからともなく麻袋を取り出し、団長に放り投げる。
中にはヴァリスがこれでもかと言うほど敷き詰められている。
「それで足りるか?足りるのなら主神のところまで案内をしろ」
「あ、ああ。こっちだ」
その後ジャックと抱えられたリリルカは主神にいくつか、釘を刺し、改宗の手続きを済ませ【ヘスティア・ファミリア】のホームへの帰路につく。
主神ソーマに釘を刺したことは至ってシンプルだった。
ファミリアを名乗っておきながらろくに管理しないこと
伸びが悪い程度で人を腐らせるような者を団長に据えていること
入団の際、ろくにファミリアを管理していないことから人を選んでいないこと。
この3つを改めなければ文字通りこの酒蔵を墓場にしてやる。と彼は一方的に言いつけた。
その時の彼の殺気は、ヴィリエの街での一騒動と同等のものだった。
間近でその殺気を浴び続けたリリルカはよく粗相をしなかったと胸中で悲鳴を上げていた。
教会につき、ジャックが扉をくぐろうとした時
「・・・なぜですか?」
とリリルカが問うた。
「何故、とは?」
ジャックが聞き返すとリリルカは抱えられたまま答える。
「何故、私なんかを助けたんですか。話したでしょう。そうするしかなかったとはいえ、盗みを働き、悪事に加担していました。そんな私なんかを何故助けてくれたのですか」
と彼女は問う。
ジャックは無言で抱えていた彼女を降ろして、立たせ向きなおり、
「お前を見ていると昔の知り合いを思い出してな。全てを諦めた男だ。あんな風になって欲しくないと。思っただけだ。なに、ただのおせっかいだ」
と肩を竦める。
「まぁ、お前がよければベルを支えてやってほしい。あいつは俺より随分と聞こえのいい英雄となりえるだろう。その背中をお前が守ってほしい。ささやかな願いだ」
そう言ったあと、短く入るぞ。と言って教会に入る。
「・・・血も涙もないと思えば、これ以上ないくらいおせっかい焼き。極端にもほどがあります。言われなくてもそうしますよ。ほんと」
リリルカはそう呟き、その背中についていったのだった。