「ふむ。随分と長い間潜ったな」
とジャックは独り言ちる。
50階層(セーフティポイント)にて『篝火』の前で荷物を整理しながら彼は思考していた。
同僚、ベル・クラネルのことだ。
ミノタウロスを見事討伐し、彼はレベルが2に昇格、『未完の少年(リトル・ルーキー)』という二つ名を貰い、巷で有名になっていた。
例外として元々とんでもない来歴を持つジャックを除けば「世界最速」のレベルアップである。
そこで彼は何か祝いの品でも一つ送ろうかと考え、製作のための素材取りにダンジョンに潜っているのだが。
彼は―よく考えればベル・クラネルとは最初の案内以降、そこまで交流をしていないことに気付いた。
送ろうにも何がいいかと思案すること1日。『とりあえず素材や武器を粗方作れるように』と、長期間のダンジョン攻略をしているのだ。
既にダンジョンに潜って1月は経過していた。
『篝火』のある場所はモンスターの素材などを加工して作られた小屋になっており、彼がどれだけダンジョンに駐屯しているかが伺える。
食料や加工道具などは『篝火』を通して『リヴェラの街』で購入し、生活をしていた。
「む、食料が切れたか・・・」
そう呟くと『篝火』に手を触れてリヴェラの街近郊の『篝火』へ転移する。
景色が流転する。見晴らしのいい崖の横穴に作成した『篝火』の前に転移を終え、リヴェラの街へ向かおうとする。が
「なんだあれは?ベルか?」
見ると少し下の高台にベルが『誰か』とやりあっている。
敵の姿は見えない。
周りは仲間であろう連中が取り囲んでいる。脱出が不可能。
状況を確認すると彼はすぐさま全身を黒い甲冑を纏う。
過去相対した『煙の騎士』と呼ばれた者が身に着けていた装備。
彼が携えていた大剣『煙の特大剣』と、左手に黒い大剣『栄華の大剣』を握りしめ、一気にその場へ跳躍する。
落下中、一団が走ってきているのが見えたが構わず取り囲んでいる連中の崖から降りるための唯一の坂道付近に突っ込んだ。
取り囲んでいた者達からすれば何が起こっているのか皆目見当がつかなかった。
煙が晴れるとそこには
黒い大剣と『身の丈以上に大きい剣のようなもの』で一人を串刺しというよりは押しつぶしている騎士の姿。
「貴様ら、私の同僚に何をしている?」
そう静かに切っ先を肉塊から引き抜き虚空に向けて問いかける。
その先には姿が消えているはずの男―モルドがいた。
「ああ、自身の姿が消えているからといって油断はしないほうがいい。姿が見えない敵と殺しあうのは初めてじゃない」
と、殺気を当てながら一歩、また一歩と前に進む。
その場の全員がその殺気を浴びて一歩も動けなかった。
ベルも、初めて会ったミノタウロスを瞬殺した時とは全く違う異質な殺意に全身から汗を拭き出している。
その姿は嘗て数多の不死を屠り、数多のデーモンや、神、巨人を狩り
人の理を完全に外れた不死ならではのものであった。
「大人しく斬られるのなら良し。まぁ、逃げても私の同類のように『ズレ』を利用しない限り逃がさんが」
そう言いながら間合いを一歩、また一歩とつめる騎士の姿は
その場の全員が死神に見えた。
「ま、待ってくれ!?分かった!手は引く!だから命は「貴様らの命は」・・・!」
殺される―
培ってきた冒険者としての経験がそう告げている。
そう感じ、咄嗟に命乞いをするモルドを遮るように騎士は小さい声ながらその場の全員に聞こえるような重い声でつぶやいた。
「私にとって、ベルと、―私の同僚と等価値だとでも思っているのか?『手を引く』?此方からすれば今『見逃した』ところで貴様らがまた襲ってこないという確証もなく、逃がしたところでメリットが無い。」
いつの間にか左手には大きな身の丈ある杖が握られている。
「『追う者達』」
そう短く告げると彼の周りに『黒い玉』のようなものが浮遊する。
「『ソウルの大剣』」
無造作に振り向き、取り巻きに向けて杖を一閃したかと思うと、
その杖から光が迸り後方の取り巻き、約半数が文字通り『真っ二つ』になった。
ドチャア。と崩れゆく死体の山の奥から赤毛の男性と犬人の少女を筆頭とする一団と、崖下から駆け上がってきたばかりのエルフが青い顔で此方が見ているのを視認する。
「加えて、ここで逃がしてしまえばより大きなファミリアは『下しやすい』と判断する。生かして帰すわけにはいかない。」
「ち、ちくしょう!」
取り巻きのうち数人が、たまらず剣で襲い掛かる。
が、『黒い玉』が幽霊のような形を取って反撃するような形で数人に襲い掛かった。
襲い掛かってきた全員に着弾する。
衝撃は無かったのか、吹き飛ばされることなく『着弾した全員の動きが止まった』
次の瞬間。
「あ、あああああAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHH」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
「あがが・・・おぼえええええええええ」
それぞれが喉を掻き毟り、こめかみをえぐり、目を潰し、悶え苦しみ、穴という穴から血を吹き出す。
そしてしばらくした後ピクリとも動かなくなった。
誰もがそれで終わりだと思ったが、急に動かなくなった者達の身体がボコボコと膨張する。
ある者は頭が膨張し、あるものは腕の間接が真逆に作り替えられ伸びる。
そしてあろうことかその『死体のようななにか』は他の取り巻きを襲い始めた。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「た、助けて!助けてええええ!」
その光景が幸いしたのか、我を取り戻した取り巻きが我先にと逃げ出す。
中には崖を飛び降りるように逃げるものまでいる。
逃げ出した取り巻きを追うように走り出した異形達をすれ違いざまに『煙の特大剣』で一閃し、一太刀ですべて斬り伏せる。
次に逃げ出した冒険者達の一団を、とんでもない速度で追いかけ、杖を振るおうとする。が、
「やめるんだ!!!!!!」
逃げ出した冒険者たちの方向からヘスティアが走ってきた。
大声でヘスティアが制止するのに合わせて、杖の動きがピタリ。と止まった。
「見逃すのか?」
そう、恐ろしいほど何も感情の乗っていない声でヘスティアのほうを見ずにジャックは問うた。
「ここまでする必要はない!」
と、力強くヘスティアは『神威』開放し、ジャックに言い放つ。
が、足がガクガクと震えている。恐怖からか、ジャックのほうを見て声を上げるのが精一杯だった。
「やり過ぎだと?敵に容赦をする必要はない。味方を作るにしても。『これ』が【ロキ・ファミリア】の連中のような殊勝な奴とでも?笑わせるな。」
「だとしてもだ!ここは君がいた『世界』とは違う!理が違えば人も違う!それに今は君一人じゃないんだ!ここで彼らを皆殺しにしても、どのみち目を付けられる!君が抑止力になるとは限らないんだ!!同じ冒険者である以上!手心は加えてくれ!」
悲鳴を上げるように。彼女は言葉を叫ぶ。
「・・・了解した」
そう答えると武器を霧散させ、モルドがいる場所へしっかりと顔を向け、
「二度は言わん。失せろ」
と、言った。
「ああ・・・ああああああ」
絶叫しながらモルドが走り去ったのを気配で確認する。
そのあと、ゆっくりとベルのほうへ振り向く。
ベルは思わず身構えた。が、
「無事か?ベル」
そこにいたのはときたま会い、一言二言かわすだけではあるが、温厚な同僚だった。
緊張の糸が解け、へなへなと座り込むベルにヘスティアが飛び込むように抱き付く。
「ベル君!ほんとに、本当に無事でよかった!ごめんよ!僕のせいでボコボコにされてしまって・・・!」
「うわっぷ!あ・・・いえ・・・僕のほうこそ守ってあげられなくてごめんなさい・・・」
ジャックはしばらくやり取りを静観していると、急に辺りを見渡し、『煙の特大剣』を取り出し、構える。
「ジャック!何を・・・!?」
ヘスティアが声をかけた瞬間、ダンジョンが大きく揺れる。
ダンジョンの天井が割れたと思えば、階層主『ゴライアス』が降ってきた。
「まさか・・・!?」
見下ろすと先程逃げた冒険者達が突如現れた魔物達に襲われている。
「早く助けないと・・・!」
ベルは向かおうとする。
「待ちなさい」
フードを被ったエルフが制止する。
「本当に助けに行くつもりですか。このパーティーで」
「・・・助けましょう」
全員の顔を見て最後にエルフの顔を見据え、ベルははっきりと答える。
「貴方はリーダー失格だ。だが、間違ってはいない」
そう言って崖を飛び降り、救援に向かった。
ジャックは、階層主とは別の方向へ歩き出す。
「ジャックさん!」
ベルが制止する。立ち止まり、首だけをベルの方向へ動かす。
「勘違いするんじゃない。・・・どうやら、来たのはあれだけじゃない」
「え?」
全員が怪訝な表情を浮かべた後、左手から二つ物を取り出した。
一つは大きな白色の石。
もう一つは赤色の欠片。
どちらもただの石にしか見えない。
「白いのは私の世界では、助けの手を差し伸べるときに、赤いのは他者の『世界』に侵入する時に使う。こいつらは使えないときは本来の魔力の輝きが無くなる。こいつらが使えない時はな」
一拍置いて静かに彼は告げる。
「『私がいる世界』に私と同じ『不死』が、この赤いオーブの欠片を使って私を殺しに『闇霊』として世界のズレを越えて侵入してきた時だけだ。」
全員が息を飲む。
「でも話せば「無理だ」・・・なんでですか」
ベルが言わんとたことを遮りながら彼は白い石をしまい、赤いオーブ欠片のみを見せる。
「こいつを主に使う連中はな、【血の同胞】と言って、欲望の赴くままに、他の世界を屠る連中の集まりが使う奴らだ。話が通じるような相手じゃない。」
「・・・そんな・・・」
消沈するベルとは別に赤毛の青年が前に出る。
「ちょっと待て、じゃあなんであんたが『それ』を持っている?」
そう、当たり前の疑問である。
全員が身を強張らせる。そんなものを持っている。ということは彼が本来どこに属していたかが想像できる。
「そこの誓約を取り仕切っているやつにたまたま押し付けられただけだ。勘違いをするな」
そう言うとベルを見て、階層主を顎でしゃくる。
「ベル。あれは『任せた』。これを嵌めていけ。」
とベルに薄紫色の石がはめ込まれている指輪を投げ渡す。
そして彼は勢いよく崖を飛び降り、森の中へ消えていった。
ベルはしばらくその指輪を見つめ、指に嵌め皆に号令をかける。
「千草さん。神様をお願いします。皆、いこう!」
薄暗い森で、ジャックは一人駆ける。
確かに感じる自分と同じ気配。
向こうも真っすぐとこちらへ向かっている。
しばらくすると自分と同じ不死がこちらに向かって走ってきている。
お互いを視認するや否や、立ち止まる。
不死は指を此方に指した後、そのまま親指で首を掻っ切るジェスチャーをする。
「随分変なところに出たものだ。まぁ、元々自らがいるはずのない時代からの侵入だ。こんなこともあるだろう。やることは変わらないがね。」
不死が口を開く。
その見た目はコートのようなものを羽織っており、シルクハットに仮面を着け、顔を覆っている。
「【血の同胞】に侵入されるのも久しぶりだな。随分昔からぱったりと侵入されなくなったのだがな」
と遠い昔を思い出すようにジャックは肩を竦める
。
「ふむ・・・まぁ言葉を介する時間が惜しい。早々に狩らせてもらうとしよう。」
と、背負っている特大のクロスボウを此方に構える。
ジャックも『煙の特大剣』を肩に乗せるように、腰を落とす。
先に動いたのはジャックだ。木々を縫うように動き、不死に向かって接近する。
動かずそれを静かに首を動かしながら静観する不死に飛び上がり上段から剣を叩き付ける。
不死は難なくそれを躱すと、クロスボウをジャックに向け放つ。
ジャックはローリングでそれを躱し、再び迫り、横薙ぎに剣を振り抜く。
それを不死は器用に飛び越え、勢いを回転をつけ増し『何か』を投擲してきた。
直撃するもののみを空いている腕で掴み、一旦後退し、確認する。
木陰に身を隠しながら確認すると薔薇だった。
「洒落た真似をする」
そう言ってジャックは杖を取り出す。
「『追う者達』」
再び黒い斑点が彼の周りを纏う。
そして再び不死に肉薄する。
不死はクロスボウを撃ちながらとんでもない速度で次弾を装填し、連射する。
そのクロスボウは大きさや機構からして連射をするようなものでも白兵戦を仕掛けるときに使うようなものではないのは明白だ。
それをこうして巧みに使いこなして連射までこなす不死の技量は相当なものだろう。
接近すると『追う者達』が反応して、不死を喰い尽さんと追尾を始める。
不死は背を向けて一気に走り出すと木などを盾にして『追う者達』から身を護る。
ジャックは隠れている木ごと切り飛ばすが、斬れたのは木だけだった。
ひらりと身を躱した不死はそのままクロスボウの引き金を引く。
特大剣を盾にしてそれを受け、そのまま肉薄し、斬りかかる。
今度は当たる。が、巧みにクロスボウを使っていなされる。
その際に少しだけ、視線がジャックから逸れた。
彼はそれを見逃さず、左手に杖を瞬時に構え、思いっきり振り抜く。
「『ソウルの大剣』」
蒼い魔力の塊で構成された大剣は不死を捉える。
不死は咄嗟に身をよじるが、まともにもらい胸元がパックリと割れる。
本来ならば即死してもおかしくない傷にもかかわらず、不死はそれをものともせずジャックにクロスボウを向ける。
が、それを向けた頃にはジャックの特大剣が目の前に迫っていた。
常人ならば勝負が決まったと思うだろうが、ジャックは違ったのだ。
数多の不死と戦い、デーモンを殺してきた彼は『トドメを刺すまで』止まらない。
グシャリ、と肉の潰れる音と共に文字通り不死が叩き潰される。
「は・・・ようやく。『終わり』か。呆気ないものだ。」
と、短く不死は呟き、その身が崩れていく。
その身体から漏れ出したソウルがジャックに流れ込んでいく。
不死は基本的に不滅だが、限界がある。
死ねば死ぬほど魂が摩耗し、すり減っていく。
最終的に魂が空になった不死は、『亡者』となり、空になった器に注ぐ水を求めるように他者を襲い出す。
そうなったら個人としては『終わる』のだ。
おそらく、今ので不死は『終わった』のだろう。
次どこかに現れるときは、思考できない、魂の無い、獣のような『亡者』となっているのだろう。
ジャックはいずれ自分にもと、考えたところで頭を振り考えを霧散させる。
「ベルはどうなった」
ジャックはそう呟き、急いで来た道を行きと同じ速度で戻る。
見晴らしのいい崖まで戻り、同僚の姿を探す。
そして彼は目にした。
一人の『小さな勇者』が全身に神秘の力を纏い、
黒いゴライアスの核である魔石にトドメを刺すその瞬間を。
「やったか」
ジャックはまるで自分のことのように頬を緩ませ喜んだ。
が、すぐに表情を戻し、人が扱うには余りにも大きい大弓を取り出す。
「忠告だ」
そう呟くとそれに見合った矢を一本つがえ大樹のとある場所に放った。
着弾音は、ベル達の勝鬨の喧騒に掻き消され。
彼は静かにベル達のほうに向かった。
「ベル」
ジャックは短くそう呼び止めるとベルが気づき、駆け寄ってくる。
「ジャックさん!その・・・無事だったんですね!」
「ああ・・・こちらはもう大丈夫だ。指輪は役に立ったか?」
ヘルムを霧散させ、ニヤリとした笑顔をベルに向ける。
ベルはそれを見て気まずそうな顔でもじもじとする。
「あ・・・あの・・・本当に申し訳ないんですけど・・・指輪・・・壊れちゃいました!」
と、綺麗さっぱり宝石が跡形もなく砕け散った指輪を頭を下げると共に返される。
「役に立ったようだな」
「え?」
怒るわけでもなく、残念がるわけでもなく、指輪を受け取り、そう呟いたことが不思議に思ったベルは顔を上げ首を傾げる。
「この指輪はな、『装備者が死んだ際、死を肩代わりし砕ける』指輪なのさ。こいつが砕けているということは役に立ったということだ」
その説明に、ヘスティアや赤毛の青年は信じられない物を見るような目で指輪を見つめる。
「ちょ、ちょっと待って!?それって因果を無理やり捻じ曲げてるってことじゃないかい!?出鱈目にもほどがあるし、マジックアイテムとしても最高クラスじゃないか!?」
慌てるヘスティアにジャックは肩を竦めながら
「予備はまだある上にこれは『私の世界』のマジックアイテムだ。お前達が気にすることではないさ」
「だとしても随分太っ腹だな。あんた」
赤毛の青年はしげしげとジャックの手に収まっている指輪を見つめている。
「そんなことより、地上に戻ったらベル達のパーティーと飲もう。なに、それなりに長く潜っていたんだ。祝勝祝いに私が出そう。無論、君の好きな人を誰でも巻き込んでもいい」
その言葉に喧騒はより一層大きくなる。
ジャックはそれを懐かしいものを見るかのような目で見つめていた。
「ああ、ああ、見たぞ!このヘルメスがしかと見たぞ!素質が無い?馬鹿を言うなゼウス!貴方の孫は、置き土産は本物だ!貴方のファミリアが残した、ラストヒーローだ!動くぞ!時代が動く!必ずやこの目で見届けよう、この場所で、このオラリオの地で起こる、歴史に刻まれる大事を!英雄達の行く末を、その生と死を!親愛なる彼らが紡ぐ、眷属の物語、ファミリアミィスを!」
興奮しながら神ヘルメスが大樹の上で興奮する。が、急にその身を正し、見下ろす。
「しかし、『あれ』はなんだ?」
恐ろしいものを見る目で彼はジャックを見ていた。
「神の加護による力じゃない。あれは、個人で万能の神を抹殺しうる力を持っている。一体、どれほどの年月をかければあのような化け物になるのだ?あの力、あれではまるで―」
デーモンの様ではないか。
最後まで言いきらず、彼は傍に突き刺さった、大矢に視線を移した。