「さて、そろそろ帰るか」
ある日のダンジョン。ジャックは天を仰ぎながらそう呟く
「本格的な竜と戦うのは久しぶりだったがなかなかいい経験だった」
周りには大量のドラゴンの死骸から生じた魔石がゴロゴロと落ちている。
それをひとつひとつ丁寧に回収しながら鱗や牙、皮などをソウル化していく。
全て回収し終え、地上への帰路へ。
58階層
わずか1週間程で通称『竜の壺』を我が物顔で踏破し、さらに1週間後には50階層に設置した篝火を拠点に乱獲を始めるその姿はまさしく『英雄』と呼べるものだった。
「今帰った」
「ひゃあああああああああああああああ」
ヘスティアはいきなり後ろから声をかけられて振り向いたら3週間ほど会わなかった自分のファミリアに素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「い、いきなり生えないでおくれ!!心臓に悪い!あと、ロキから大量の献金があって事情を聞いてみたらなんてことをしてるんだい!?あまり勝手なことはしないでおくれよ!」
と、ぷんぷんと怒りだす。
「む、すまん。それより換金の前にステイタス更新をしようと思ってな。手早く頼む」
そういい、ベッドにうつ伏せになる。
ぶつぶつとヘスティアは文句を言いながらも手早くステータス更新を終わらせる。
「終わったよ・・・っては?」
ヘスティアが驚くのは無理はない。
冒険者レベルが3になっていたのだ。
「ねぇ、篝火とやらの最大作成数上がってない?」
「ん?ああ、狩りの途中で上昇したようだな」
ジャックは己の篝火最大作成数が5になっていることを確認し、そう答えた。
「というかどこまで潜ったらこんな超スピードでレベルアップできるんだい!?」
「58階層まで潜ってきた。50階層と18階層に篝火を分からんように作成してきたからこれで何時でも行ける。それではギルドに更新報告と換金に行ってくる。」
「・・・は?」
ヘスティアはなんでもないように答えるジャックを口をあんぐりと開けて凝視している。
そんなヘスティアを尻目にジャックはギルドに更新報告に向かう。受付のエルフ娘にヘスティアと同じような反応をされて苦笑するのはまた別の話。
ジャックが街の中を歩いていると視線を頻繁に向けられる。
「おい、あれって」
「間違いない」
「あれが・・・」
など、通り過ぎる度に振り向かれる。
それもそのはず、【ロキ・ファミリア】の団長フィンと一級冒険者のベートを鎧袖一触した一件を他のファミリアの冒険者も見ていたのだ。
曰く、神が命乞いをするほどの実力を持つ規格外。
曰く、最強の冒険者『猛者』オッタルを遥かに凌ぐ剣技を持つ。
曰く、ルーキーにしては強すぎる。
そんな彼が向かうのは一つの屋台。
「いらっしゃい!何にいたしますか?」
「ジャガ丸君小豆クリーム味これで支払える分入れてくれ」
と、1000ヴァリスほどを手渡す。
「あーこの分だと今の出せる分全部出しても余ってしまいますけど・・・」
「構わん」
しばらくすると大袋に入ったジャガ丸くんを2つ手渡される。
「あの・・・ジャガ丸君小豆クリーム味を一つ」
「あーごめんね。そこのお兄さんが今日の分買い占めていっちゃったんだよ」
ジャックは去ろうとしたが後ろの会話が気になり足を止める。
見ると、金髪の女性がこちらを恨めしそうに見ている。
が、女性が此方の顔を確認するなり、驚いたような顔をする。
ひとり歩きしている『噂』を知っている人物だろう。
ジャックは近寄り、大袋の一つを押し付ける。
「持っていくといい」
そう短くいい、踵を返し、早足にその場を去る。
「ま、待って!」
声がかかるが立ち止まるのは格好が悪い。と思いあえて無視して次の目的地へ急いだ。
「アイズ!こんなところにいた!フィンが次の遠征の目途が立ったから集まれって!・・・アイズ?」
アイズと呼ばれたジャガ丸くんを押し付けられた少女は何とも言えない表情でジャックが去った方向を見つめ続けていた。
ジャックが次に訪れたのは【ヘファイストス・ファミリア】
鍛冶を生業とするファミリアに彼が武器を求めてやってきた・・・というわけではない。
「すまない。素材の買取をしていただきたいのだが」
「あら。じゃあ見せてもらおうかしら」
赤毛の眼帯をつけた女性が声をかけられて反応する。
周りの鍛冶師がざわついているのを無視し、アイテムを並べていく。
ひとつ、またひとつと取り出され並べられるたびに女性の顔が驚愕に染まっていく。
「これ、貴方が取ったのかしら?」
「ああ、なんなら証拠が欲しいというなら次に行くときはそちらのファミリアの人間を随伴させてやろうか?」
「・・・ちょっと奥に持ってきて頂戴。これらはここで見せるような代物ではないわ」
女性の言葉に従い、ついていく。一番奥の部屋であろう場所に招かれたジャックは女性の次の言葉を待つ。
「さて、改めて自己紹介をするわ。【ヘファイストス・ファミリア】の主神。ヘファイストスよ。この素材をここまで良質なままこの数を剥ぎ取った貴方は何者?」
と、降ろした素材の山を指さす。
そう、ジャックが買い取りを希望した素材はどれも50階層以降でドロップする素材である。とてもじゃないが最大勢力の一つである【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】ですらもなかなか持ってこれないようなものが多い。
「ジャック。【ヘスティア・ファミリア】のジャックだ。で、これらはいくらになる」
「・・・ざっと数えて2億は下らないわ。ってことは貴方ね。最近噂になってる『怪物』は」
まじまじとジャックの顔を一瞥する彼女にジャックは肩を竦める。
「失礼なあだ名が付いたものだ。では買い取っていただけるかな?」
「・・・いくらうちでも急にそんな大金をポンと出せないわ。ただ、貴方のところの主神がこっちに借金をしてるのだけど、それをチャラにするっていうのはどうかしら?」
「む?借金をしているのか」
そんな様子は見受けられなかったから怪訝な表情をするジャック。
知らなかったというのが見て取れたヘファイストスは続ける。
「ええ。2億ほど。貴方のところの同じくルーキーの子に武器を作ってほしいってね」
「なるほど。あい分かった。一応領収書を書いてくれ。我が主神の無理を聞いてくれて感謝する」
ジャックが去った後ヘファイストスは一人部屋でじっと、彼がおいていった素材の山を見つめている。
2週間だ。ヘスティアから聞いた限りで入団時期を考えればたった2週間で50階層を踏破している。
異常だ。
「あの子・・・力を使ったりとかしてないわよね・・・」
と、最も心配していることを独り言ちる。
「それにしても・・・」
彼女は彼のことを思い出す。
彼が帰る際に気付いたのだが、腰に刺さっていた護身用のダガー。
「あんなものを作った人に会ってみたいわね。というか通りで素材を売るだけ売って帰る。なんてことをするわけよ」
一見普通のダガーに見えるものだが、ヘファイストスの目は誤魔化せない。
ジャックが護身用に身に着けていたのは彼が不死の呪いの解呪を求め、かつてたどり着いた地でその旅路の最後まで彼を支えていたダガーであった。
限界まで強化され、数多の化け物や巨人を屠ってきたその刃は神殺しも可能だろう。
「さて、この素材を奥のほうにしまっておかなきゃ」
これ以上は考えても無駄と判断したのか、首を振り、いそいそと素材を大事そうに運び出すのだった。
ジャックは【ヘファイストス・ファミリア】の根城を出た後、『豊穣の女主人』を訪れていた。
「今日は前回のような騒ぎは勘弁しとくれよ」
と、入るなり女将に釘を刺される。
「あんな喧嘩の売られ方を毎度されるような店ではないだろう?これとこれを頼む」
と肩をすくめる。と同時にメニューを指さして注文する。
しばらく待つとシチューとステーキとパンが運ばれてくる。
食事を楽しんでいると新しい客が来店してくる。
「あ!あいつ!」
「こら、不用意に刺激するんじゃない」
見ると昼頃ジャガ丸くんの屋台にいた少女と、褐色の少女が二人、金髪の小人族がいた。小人族がいることから【ロキ・ファミリア】であることが伺える。
(ああ、なるほど)
昼の妙な視線の理由に納得がいった。団長とメンバーを殺す一歩手前まで追い詰めた相手だ。恨みもあるだろう。
ジャックは再び料理に集中することにした。釘を刺された手前、また絡まれても困ると判断したからだ。
「すまない。相席いいだろうか」
見ると金髪の小人族がこちらを見ている。
周りを見渡すと、人で賑わっており座るところはなさそうだった。
「好きにするといい」
「助かる」
短くやり取りし、小人族が座ったのを見て他の3人も椅子に座る。
「ここ最近見なかったけどダンジョンに行っていたのかい?」
小人族が臆面もなく此方に話しかけてくる。
「ああ。58階層まで」
食事をしながらジャックが短く答える。
4人全員が口をあんぐり開けてこちらを見ている。
「・・・君、冒険者レベルはいくつだい?」
「潜る前は1、潜った後は3だな」
もはや女性3人は開いた口が塞がっていない。
「まぁ、瞬殺された身としては君の強さは痛いほどわかっている。でも分からないのが、どうして君はそんなに強いんだい?まるで『加護』を受ける前から強かったように見受けられる」
唯一、復帰したフィンが続けて聞く。
そこでジャックは食事の手を止め、ぽつぽつと自分のことを話す。
自らが呪われた不死であること
元々自分が住んでいた世界とはここは大きく理が違うこと
大まかにこの二つのことをだ
話し終え、見るとフィンは驚きを隠せないようだ。
「と、ということはあれかい?君は、古い神や、巨人と戦って、果ては王の選定を受けた後、玉座に座った後気づいたらここにいたと?」
「そういうことになるな」
「・・・それが本当なら正真正銘の大英雄じゃないか」
と、フィンは興奮する。
おとぎ話のような話を大真面目に語る目の前の人物は嘘を言っていない。
直感でそう感じたフィンはもう少しこの男と話したいと思った。
「そちらの世界をもう少し詳しく聞かせてくれるかい?」
「酒の肴にしては暗い話になるぞ?」
「構わない」
そうして夜が明けるまで根掘り葉掘り聞かれつくしたころには夜が明けた。
フィンは今まで存在する冒険譚で一番聞く価値のあるものだと後に語る。
それは英雄の華々しさなどなく。
ただひたすらに泥臭く、血生臭く
必死に己の救いを求めて戦った自分達に最も近い男の英雄譚である。と。
「こんなところか。さて、そろそろ帰る。勘定を」
話し終わったころには酒場は静まり返っていた。
「待ってくれ!君は、ここでどうするんだい?なにをするつもりなんだい?」
フィンが呼び止め、問う
「ここに来た目的ならさっきも話した通り気が付いたらここにいた。何をするというものも自らの不死の呪いを何とかしようとした時期もあったが、聞いての通りどうにもならん。なら、私が私でなくなるその時まで。精一杯生きるのみだ」
そう言い、ジャックは店を後にした。
「使命を全うしたというのに、救いが無さ過ぎる」
誰かの呟きにフィンは心の底から同意すると共に、彼が出て行った出口をしばらく見つめ続けていた。
ジャックがしばらく通りを歩いた後、不意に立ち止まる。
「出て来い」
現れたのは頭に猪のような耳を生やした大男だった。
「何の用だ?」
「・・・一戦、交えていただきたい」
「何故だ」
問うと、男は夜空を仰ぎ呟く
「並び立つ者がいない」
と、ぽつぽつと語り出す。
「冒険者の頂に立ってしまったのだ。いや、そこに文句はない。が、並び立つ者が存在しなくなった。俺には――競う相手がいなくなってしまったのだ」
男は絞り出すように続ける。
「現状に不満など無い。主神に仕えることにも、自らに与えられた栄誉にも。だが、並び立つ者が―競う相手がいないのが俺にとって耐えがたい地獄なのだ。お前は―」
目の前に男が迫り大剣を撃ち降ろす
「俺の渇きを癒せるか!?」
慟哭のような問いと共に迫る大剣をジャックは腰のダガーで受けたと思いきや、力を流すように弾く。
「―な!?」
大男は意図せぬ方向に力を流されると共に大剣を弾かれ、尻餅をつく。
「勝負あり」
ハッキリと、ジャックは男を見据え言い放った。
その右手にはいつの間にか氷で出来たと見間違うほどの青い歪な大槍が携えられ、男に穂先を向けている。
「・・・なぜ殺さない」
そう男は此方を見据え問う。
「それなりに付き合ってやる。ということだ」
槍を霧のように霧散させながら、ダガーを腰に戻し踵を返す。
「互いに暇な時でよければいつでも相手をしよう。競うことはできんが、暇は潰してやれる」
そういい、ジャックはその場を去った。
男はその背中をそのまま見続けていたが、急に大声で笑う
「ははは・・・はははははは!ああ、ああ!また頼もう!こんな気持ちは久しぶりだ!」
そう言い、しばらくそのまま大声で笑い続けた。
翌日、民宿の一室で目を覚ましたジャックはその足でダンジョンに向かう。
そんな彼は民宿の入口に立つ人影に気付いた。
昨日の大男だった。
「今度なんだ?生憎今から出稼ぎだ」
「ベル・クラネル。お前のところの冒険者だ。近々ミノタウロスに挑むと聞いて我が主がより困難な試練を望みになった」
それを聞いたジャックは自分の同僚を嵌めようとしている者を斬る―のではなく頭を下げた。
「頼む。今の彼には必要だろう。主命なら抜かりはないだろうが」
それを聞いた大男は驚いたようで目を見開く
「・・・止めないのか?」
顔を上げたジャックは笑みを浮かべながら
「止める?これはベル―彼の試練であり、物語だろう。既に物語が『終わっている』俺が口を出すようなことじゃない。それに、俺と違って彼には実績が無い。ならお前に『鍛えられた』ミノタウルスなら誇れる実績に十分値するだろう」
彼を横切り、民宿を出る。
「ああ。任された」
後ろから落ち着いた返事が返ってきた。
ふと思い出したようにジャックは振り返る。
「そうだ。お前の名前を聞くのを忘れていた」
男は一瞬、きょとんとした顔をしたがすぐに仏頂面に戻り
「オッタル」
そう短く自己紹介をしたのだった。
ダンジョン51階層
『カドモスの泉』でジャックは泉水を汲んでいた。
ダンジョンのこういった泉の水は特殊な効能があり、ポーションの素材になるという情報を得て、彼は大量のボトルを携えて水汲みをしている。
そのボトルの中身一つ一つが一人ならば3ヵ月ほど遊んで暮せる値段をしていることを彼は後に知る。
「さて、帰るか」
持って来ていたボトル全てに泉水を汲み終える。
その数99本
普段不死特有の『ソウルの業』でアイテムなどをストックしているのだが、それにも限界がある。その数99、つまり彼は限界までボトルを持って来ていたのだ。
もちろん、道中のモンスターの魔石もストックしてある。
意気揚々と彼は地上へ戻ったのであった。
地上に戻りギルドに換金と報告に向かう。
「貴方、どこのファミリアから奪ってきたんですか?」
とエルフのギルド職員が半目で此方を睨む。
「人聞きが悪いな」
肩を竦めるジャック。
ギルドに魔石の換金に来て開口一番そう言われて心外だ、とでも言わんばかりに嘆息する。
「『深層』の魔石なんてこんな短期間にこの数を集められるわけがないでしょう!?最低50階層まで行くのにあの【ロキ・ファミリア】ですら5日はかかるんですよ!?」
バンッと受付のデスクを叩きながらエルフは憤慨する。
「50階層に転移、駐屯用の『篝火』を作成してきたからな」
「『篝火』?」
首を傾げる彼女にジャックは詳しく説明する。
説明を聞き終わったエルフはにわかに信じられないと言った顔をしながら
「・・・まぁ、不正があったら主神は強制送還されているでしょうし信じましょう。で・す・が!無用ないざこざが無いように控えめにお願いしますよ!『深淵歩き』さん!」
そう言って書類を纏め、奥に引きこもってしまった。
「換金するのも、大変だ」
と、彼は天を仰ぎながら独り言ちた。
『深淵歩き(アビスウォーカー)』
ここ一月で彼の実績は主に【ロキ・ファミリア】から広がり、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
そんな彼の冒険者レベルが2になった時に授かった時の二つ名も共に先の異名と共に知れ渡っている。
レベル2が貰うにしては異常な物々しさを放つ二つ名だが、
レベル3までの『最速記録保持者』として威厳のあるものだった。
『原罪の探究者(scholar of the first sin)』
と。