頼りになる監督、頼りになる演出、頼りになる俳優ってのはいる。
同様に、頼りになる会社ってのもある。
例えば、ウルトラマンの棘谷。
例えば、ゴジラの西宝。
例えば、仮面ライダーや戦隊の西映。
この辺はかなり人材揃ってるし、よそからの人材集めも手早く秀逸、無名の人でも有名監督の助監督経験がある人だったりする。
特に特撮分野・演出分野では、これらの会社の人は相当に強え。
あとあれだ、西映とかは早稲田とか東大とかの出身の人が結構多いのも強い。
やっぱ学生の頃からちゃんと勉強してたタイプの人は良いな。
地頭が良い。
理解力が良い。
学歴が全てじゃねえけど、学生の頃から努力の癖が付いてる人達は、やっぱ能力の平均値と仕事の姿勢の平均値が高え。
俺は中卒だしな。
素直に尊敬する。
好きなことだけやってきた俺より、好きじゃねえことも頑張って学んできた人達だろうし。
生まれつき理解力が低い人だと頑張っても有名な大学には入れないとかあるんだろうか。
その辺は調べたことねえから知らねえなあ。
かといって、学歴主義な会社ってわけでもねえんだよな。
西映とかは映画全盛期に素早く実力主義の非大卒者採用を進めて、そのアドバンテージを以後も保ったタイプのとこで、他もそれ真似したんだし。
娯楽の世界って実力のある製作者が面白えもん作るって構図が成立してねえと、長い目で見りゃ必ず死ぬからな。
やっぱ長くヒット作を出し続けてる会社ってのはいい人材が揃ってるもんだ。
が。
スターズ主宰の映画となると、やっぱ特撮面・演出面の人材が少し弱くなっちまう。
俳優管理、スケジュール管理、契約交渉とかの部分は強いんだけどな。
特にデスアイランド企画なんざ、『撮影不可能』を『ギチギチスケジュールなら可能』まで持って来てんだし、スケジュール調整能力は頭一つ抜けてる。
ただなあ。
やっぱ特撮畑の俺からすると一長も一短もよく見える。
特に、スポンサーやら、プロデューサーやら、企画レベルでの関係者やらからの要望が来て、その要望にスタッフが応えられねえと悲惨なことになる。
この手の事案で、現場をよく知らん偉い人が時々言う台詞があって、そういうのが出てくると俺は全てを察するんだ。
「うちのCMやってる俳優にこういうのやらせて」とか、「私が好きな映画のこれやって」とか、「あのヒット映画みたいなの作って。真似すればいいよね、できるよね」とか!
色々と、色々な方向から色んなのが来る!
無茶振りを断れねえプロデューサーは無能!
でも無茶振り断るプロデューサーがイコール有能ってわけじゃねえのが面倒臭え!
無茶振り断らず実現するプロデューサーは上司やスポンサーからの信頼が増して、引っ張れる予算や企画実現力が跳ね上がるからな!
無茶振りの中でできそうなものを選んで受けるテクとかも要る!
だから俺にプロデューサーは無理だ。
あっちは交渉と計画と調整の世界だからな。
なんで無茶振りパターンは割と殺意が湧く。
クソがぁ……八つ裂きにしてやろうか……って気分になる時もある。
今がまさにそれだった。
朝の内に始めた演出責任者のオッサンとの会話中に、そいつは首をもたげてきたのだ。
「ネズミが思うように動かせない、ですか」
「そうなんですよ。
ほら、撮影の最初にねじ込まれた展開あるじゃないですか。
企画段階でやらないって決めてた、原作のネズミ大行進シーンです。
学生達がネズミの登場で怯え逃げる不気味な校舎のシーンですね。
企画でやらないって決めてたのに結局ねじ込まれるなんて……いえ、愚痴は置いときます」
「ですね。お疲れ様です。問題はどこですか?」
「ネズミが思ったように走ってくれないんです。
想定されたルートを想定した感じに走ってくれなくて。
やっぱ生き物ですね。難しいです。
事前に想定してたネズミのコントロール法は全滅してしまいました」
「やっぱりそうですか……ネズミですかぁ……」
「えっ、なんですかその反応。
いや私達もネズミが予想以上に扱いにくいことは理解しましたけど、何かあるんですか」
「大群獣ネズラ*1の再来をここで味わうとは思いませんでした……」
「最強獣誕生ネズラ*2?」
「それは世界的に酷評されてる方です」
ネズラ……そいつは、呪われた名だ。
俺はその名前を聞いただけで身構える。
つーか後年出た方はなんでこの名前付けたんだ。
「大群獣ネズラは、ヒッチコック*3の『鳥』*4を参考にしています」
「ああ、あの歴史的名作のグロいやつですか」
「ただ、ネズラの対抗馬想定だったのはゴジラだったんですよね。
小映は西宝のゴジラ大ヒットに便乗し、かつそれを超えようとしていました。
そのために企画されたのが1965年公開のガメラで、1964年公開予定のネズラでした」
「ガメラなら知ってますけど……大群獣ネズラ……?」
「七木一族*5の正夫さんがガメラの方に行っちゃったんですよ。
同時期の製作の弊害ですね。
ゴジラとその後追い映画を見て、製作にも少しの焦りがあったのかもしれません。
ネズミ怪獣の着ぐるみが作れなくなったので、逆転の発想で企画にテコ入れが入りました」
「やめてくださいよテコ入れ。
朝風さんは平気かもしれませんけど、俺達はテコ入れとか聞きたくもない単語ですよ」
やめろよいい歳したオッサンだろあんた。
「テコ入れによって、ネズミの着ぐるみの代わりに、生きたネズミを使うことになりました」
「うわぁ」
ここで引いてるとついてこれねえぞ。
「後の時代でも主流にはなれなかった、生きた動物を演出の核にする手法。
低予算でリアル、ゆえに撮影前は映像手法の革命だと思われたそうです。
実在の生物を使う撮影はヒッチコックの『鳥』のイエロー合成*6の影響かもですね」
「そういえば、生きた動物をそのまんま撮影に使うっていうのはあんま見ませんね」
「小映は撮影準備に先駆け、ネズミを一般の人に募集しました。
映画館で一匹50円で買い取ることを始めたんです。
更にはトラックで各地を周り、宣伝しながらネズミを引き取っていきました。
駆除技術が発達していなかった当時のネズミの総数は、そりゃもう凄かったとか。
野山にも家にもわんさかいたらしいですね。
これらの小映の活動は、大群獣ネズラの宣伝としては、最高の効果を得ていたと思います」
「現代だと保健所が色々言いそうですな」
まったくだよ。
「そして問題が連続発生します。
まず、ノミやダニなど大量の害虫が発生しました。
ネズミですからね。皮膚もフンもヤバい虫だらけです。
撮影現場の地獄はまず第一段階へと到達しました」
「うわぁ」
「ダニによって美術担当の三下陸男*7さんはアレルギーで緊急入院。
凸山亨*8さん曰く、ガチで三下さん死の直前まで行ったそうです。
三下さんは特に怒ってる発言を公的には残してませんけどね……凸山さんが、その」
「うわぁ」
「だからなんですよ。
1971年の初代仮面ライダーにネズミの怪人がいないの。
三下さんはネズミにトラウマ持っちゃったんです。
なので別のデザイナーさんが来るまで、ネズミ怪人作れなかったんですね」
「うわぁ」
「殺虫剤を撒きましたが、そのせいで撮影場所は殺虫剤だらけに。
病原体の媒介の虫。
吸ったら死ぬ濃度の殺虫剤。
撮影スタッフは皆、ガスマスクを装着して撮影に臨んだと聞きます」
「うわぁ」
「大量のネズミはフンの処理もままならず、病気になって死に。
殺虫剤の影響で弱ったネズミも死に。
死体は病気の感染源や、虫が湧く苗床になっていきます。
更には餌管理も適当で、ネズミの餓死と共食いが多発していきました」
「うわぁ」
「そして始まります、脱走です。
管理が適当だったネズミが逃げ出したのです。
一匹50円で買い取りしてた映画館からも。
映画館から集積してた撮影所からも。
ドッ、とネズミが逃げ出しました
その被害はモロに撮影所と映画館の周辺住民の民家が喰らいました」
「うわぁ」
「当然、苦情の嵐です。
近所が動いて、保健所も動きました。
クソ撮影のせいで労働組合も動いて内部崩壊です。
保健所がネズミの全処分を命じ、諸説ありますが焼却処分されたとか。
あんまりにもいっぱい殺してしまったので、寺で供養したそうですよ*9」
「うわぁ」
「ともかく、これでネズラの企画は死にました。
多くの人材はガメラ撮影に行ったそうです。
だから基本ガメラ関連のインタビューでしか語られないんですよねこの映画。
頓挫の結果、助監督さん達は責任取って辞めて他の会社に移りました。
監督やP相当の人は普通にそのまま会社残って映画撮り続けたんですけども……」
「えっ」
おふくろが言ってたことがよく分かる。
責任取って潔く辞めるやつより、しぶとく意地汚くしがみつけるやつの方が、末永く作品を作っていける。
心の足が強いやつは、めげねえわけだ。
まー辞めた人も辞めた人で、テレビ業界に行って成功したりしたんだが。
「撮影中止に至るまでも、撮影はロクにできてなかったそうですよ。
ネズミがあっちこっち行ったり。
ドブネズミは薄明薄暮の薄暮性*10です。
ノネズミは夜行性です。
小動物は他の動物に食われる生物ですから、見つかりやすい昼間は動かないんですよ。
でも撮影には照明が必須です。
なので、照明をつけると四方八方に逃げてしまい……
しかも逃げる距離や逃げる方向もバラバラになっちゃうんですよ。
加え、ノネズミとドブネズミが一緒くたに送られて来たので、光からの逃げ度合いにも差が」
「ああ、なるほど」
「ネズラは当初、プレートに電気を流してネズミを誘導するつもりだったようです。
動物は、電気が流れるものに触れると逃げ、触れないようにします。
小動物だと電気が体に流れることで狂乱に近い状態にもなります。
これでネズミを暴れさせ、指定ラインを走らせようとしたようですが……
ネズミは体が小さく動けなくなった上に、そのまま感電死してしまったようです」
「あ、それはうちもやりました」
やったのかよ!
流石に50年以上前のことになると、大失敗した反面教師としての記憶も、そこから得られた教訓も、業界全体から消えてくもんだな。
悲しみ。
「備品リストも今チェックしました。
とりあえず殺虫剤と虫除けを衣装の予備から回しておきます。
多分この数だと心もとないので、俳優さん用のを使いましょう。使用前には俺に連絡を」
「ああ、そういえば千世子ちゃんに虫除け吹き付けてましたね」
「ペットショップで買ってきたネズミなんですよね?
種は同じだと思います。後で種類チェックしますので、場所教えてください」
「はい。紙に書いときます」
「ああ、そうです。ブロア*11ってありましたっけ?」
「いえ、ないです。買ってきましょうか?」
「できればありもので片付けたいですね。二日目から予定外の予算は使いたくないです」
とりあえず備品リストとにらめっこだ。
あるものでどうにかしよう。
どうにかならなかったら何か俺がありものを改造すりゃいい。
準備期間が慣例通りの分しか無かった上に、やる予定なかったからなあ、このシーン。
『ウイラード』*12みたいにはいかねえや。
「ああ、そうです。ネズミ、絶対に脱走させないでくださいね。
俺がそっちにも関わる以上、毎日終わりにネズミの数をカウントします。
一匹でも数が変わっていたら、俺は即座にそれを大問題にします。
島外から持ち込んだ、下手したら外来種のネズミが、島で繁殖する危険は分かりますよね?」
「りょ、了解です」
「いいですか。
ネズミ一匹でも逃がせば、俺が上に報告すると思ってください。
その覚悟でやってください。
自分の将来賭ける覚悟で慎重に扱ってください。
俺と皆さんで連日連夜島中を休みなく回り、ネズミを駆逐するくらいじゃ済みませんよ」
「皆に肝に銘じさせときます。文字通り、ネズミ一匹逃しませんよ」
オッケー。
信じるぞ。
そんなこんなで数時間後。
午前の撮影が終わらない内に、昼飯前最後の休憩時間に、俳優の皆に聞いてみることにした。
「ところで皆さん、ネズミ大丈夫ですか?」
俺が質問の意図を説明するまでもなく、皆が答えてくれる。
「うちはちょっと、そういうのは」
「私は大丈夫……だと思う」
「私はダメです!」
「俺は平気だな」
「ハムスターみたいなもんだろ?」
「僕は……撮影なら我慢しますが」
「私は絶対無理!」
スターズ12人は以前からそうだったが、オーディション組12人からも少しずつ信用してもらえてるみてえだ、俺。
まだ二日目なことを考えれば好調だな。
あるいは、察しのいい俳優は俺の振った話の意図を察してたりすんのかね。
各々の反応を見て、俺は監督に話を振る。
「監督」
「うん、分かったよ。ネズミのシーンの登場人物、少し脚本に手を加えて調整しておく」
「ありがとうございます」
よし。ネズミが苦手な人はこれで撮影から除外してもらえるかな。
あ、石垣さんがこっち来た。
スターズ男性、20歳。高校生やるにはギリギリの年齢。
デスアイランド原作のやや老け顔の高校生を演じている人だ。
「どういうことかな、朝風君。ネズミの好き嫌いなんて聞いて」
「それなんですけど……」
「そこからは私が説明します」
あ、演出部の人だ。説明ってなんだよ。
「え、俺何も聞いてないんですけど」
「朝風さん、本土から資料が送られてきて、演出は皆気合いを入れてます。
我々も知恵を絞って、朝風さんが全力を出せるプランニングを進めてるんですよ」
資料が送られてきたのか。
それで演出の仕方を、皆頭捻って考えてくれたってことだな。
これで俳優、美術、演出の足並みが綺麗に揃うか? いやまだ分かんねえな。
「原作のネズミに追い立てられるシーンですが……
2カメラ分の演出が考えられます。
まず、我々が廃墟の廊下をネズミ一匹漏らさない一本道に加工します。
そこで、走るネズミをカメラが追う追い視点。
逃げる俳優をネズミが追いカメラが撮る追われ視点。
この二つなら、我々がある程度ものを作ればどうにかできると思うのです」
「ほー」
「具体的に言いますと。
ネズミに香りの強いピーナッツバターを与えます。
ネズミがピーナッツバターの香りを覚えます。
靴にピーナッツバターをたっぷり塗って俳優が走ります。
ネズミが追いかけます。俳優が逃げます。撮影します。以上です」
「ほおっ!?」
ぴ、ピーナッツバター!
ダヌエル・マン監督*13が使ってたネズミ操作術じゃねえか!
良い資料送ってもらったみたいじゃねえか。
俳優がかじられる危険性を度外視すれば。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺聞いてませんよ!」
「大丈夫です。スターズの俳優の肌をネズミになんてかじらせません。
ですが念の為、ズボンの下のプロテクターなどを朝風さんに用意していただきたく……」
「……ああ、なるほど。確かにそれなら俺の得意分野です」
ネズミの歯が立たねえ長靴下とかなら、俺にも作れる。
「アキラさんがいない日で良かったです。
あの人は安請け合いしそうですし。
ネズミ撮影は予定上三日目でしたね、確か。
それまでにそのシーンに使う人を選別して……」
「おい英二! アキラはダメで俺達はいいってのか! 贔屓だ贔屓!」
「堂上さん。
"人が嫌がることを進んでやる"人は、いい人だと思いますが……
たまにはそういう人が背負うものを、他の人がやってもいいんじゃないでしょうか」
「いい子ちゃんが進んでやるなら任せといていいんじゃねえかな……」
ダメに決まってんだろダボが。
俺は割と私情塗れの人間だからな。
ネズミにかじられる可能性が0.00001%でもあればアキラ君以外に回すぞ。
その上で、他の誰かが怪我する可能性も、手を尽くして0%にする。
そう決めてんだ。
あーもう演出め、ほんの僅かでも怪我人出そうな演出考えやがって。
それとも、俺が信頼されてんのか?
俺がいる限り、ズボン・靴下・靴の防御をネズミが抜ける可能性は0だと認識されてんのか……そこんとこどうなんだろうか。
「英二くん」
「景さん?」
「私、脚力には自信があるわ。走る身体測定の時はいつもいい成績出してたの。だから」
「ダメです」
「え、なんで?」
「映画撮影経験の無い人に任せる気はありません。これでいいですか?」
「む」
景さんほど、先が読めねえ女優もねえ。
そんな人に、ほんの僅かでも危険性があることさせる気はねえよ。
多少なりとも動ける人で、意識的に自分を制御できてる人がいい。
あと、そういうの抜きにしてもネズミの群れの中に景さん放り込むのは何故か気が引ける。
「英二君。主人公だし、私がやろうか?」
「論外ですよ百城さん。
主役だからこそ、カメラに映る回数も多いんです。
万が一にもあなたに傷はつけられません。
時系列順に撮ってないんですよ、俺達。
三日目のネズミの撮影であなたが傷ついたとします。
四日目以降に、映画内時系列における、ネズミに出会う前の撮影をします。
ネズミに出会う前から、ネズミにかじられた傷があることになってしまいますよ」
「だね」
「あなたの綺麗な肌は、終盤まで傷一つもつかない。それがこの映画では良いんです」
百城さんは微笑み、退いてくれた。
よかった。
周りの人は今、俺が語った理屈に百城さんが納得して、百城さんが立候補を取り下げたと思ってんだろうな。
だが、違う。
ネズミの歯の大きさを考えりゃ、噛まれてもその傷は小せえ。
メイクで隠せなくもねえし、ソックスもあるから隠せなくもねえ。
挽回不可能ってわけじゃねえんだ。
それは、俺と百城さんの間に当然のようにある共通認識でもある。
百城さんはごまかせることを知ってるし、俺がごまかせることを知った上で百城さんの立候補を止めたことを知っている。
俺が個人的私情で、百城千世子の危険を排除したことに気付いてる。
つーか。
こうなると分かってて今立候補したんじゃねえのこの人。
クソ、俺の心を弄ぶひでえ人だ。
俺の心を振り回してそんなに楽しいか?
そんなことを考えてたら、"しょうがねえな"と言わんばかりの顔で、堂上さんが俺の肩に手を回してきた。
「はっ、まあ俺に任せとけって」
「堂上さん。お願いできますか?」
「俺は夜凪とか千世子とかより頼りになるもんな?」
「はいはい。そういうことにしておきますから、頑張ってください」
ったく、こういう性格だから憎めねえんだよなこの人。
この人がピーナッツバターを塗った靴でネズミ引きつけながら走る。
俺は、万が一にもこの人が怪我しねえよう、最強の衣装と、アクシデントが起きた場合にこの人を無傷のまま助けるための……そうだな、ネズミ避けの強ライトの準備しておくか。
勝負は明日、三日目だ。
午後の撮影の仕事と並行し、明日のための準備と手配を始める。
「夜凪さんができなくても、私ならどうでしょうか」
「和歌月さん?」
「私が元アクション倶楽部のアクション俳優だということをお忘れですか?
単純にアクションだけなら、私はこの中の誰よりも上だという自負があります」
「ああ、それは一理あるかもしれません」
「竜吾さんでいいなら、私でも……」
「ダメです」
「っ」
俺の人生18年。
撮影の現場にいた時だけなら15年。
仕事上での対抗心ならいくらでも見てきた。
だから、分かる。
オーディションで景さんに対し"敗北を確信してしまった"劣等感を拭いてえなら、また別の機会にしてくれ、和歌月さん。
「和歌月さぁ。お前原作通りにしてたら、足首すら露出してるショートソックスだろ。
足が丸々露出してるスカートとショートソックスで、英二がお前にOK出すと思うか?」
「……う」
「そこは私が行きたいです、じゃなくて、堂上竜吾さん頑張れーって言うとこだろ」
「すみません和歌月さん。これに限っては堂上さんが正しいです」
「ま、俺に任せとけって。こういうのは男の仕事、男性俳優の見せ場ってやつだ」
「そういうことはないと分かってるんですが……
こういう時は、自分が男だったら選ばれていたのか、なんて思ってしまいますね」
「えーそりゃあもったいないだろう。鏡見ろよ」
「それは流石にもったいないですよ。鏡見てくださいませ」
「なんで全然違う台詞言ってるのに二人してハモるんですか!? どうやったんです!?」
なんかそうなった。
「ネズミはチェックしてきました。
実験動物の医療実験用無菌ネズミと同じやつですね。
噛まれても病気にはならないと思いますが、細心の注意を払ってください。
俺も最大限に気を遣って準備をしますので、堂上さんも明日はご注意を」
「おう、とりあえず信じといてやるよ」
こいつめ。
このだらけたツラ、俺が作るものを信用しきって完全に油断したツラだ。
適当にやっても怪我しないと思ってやがるな、こいつめ。
ん?
なんだ景さん、俺の服引っ張って。
「英二くん、トキソプラズマ*14に感染してない?」
「えっ……景さんそういうのよく知ってますね」
「黒山さんが言ってたの。
昔、英二くんと組んでネズミを撮影に使った時、うるさいくらい注意されたって」
……そういやそんなこともあったな。
「トキソプラズマってそんなに怖いのかしら」
「トキソプラズマは一説には感染した人間やネズミの脳を操る寄生虫ですからね」
「え」
「男性は反社会的になったり、女性に嫌われる性格になったり。
女性は社交的になったり、惚れっぽくなったり。
ネズミの場合はネコに食われやすくなり、ネコに寄生虫が移りやすくなるそうです。
妊娠中の母親が感染すると、子供に障害が出たり、流産や死産もしやすくなるとか」
「黒山さん笑って話してたんだけど……」
「未だ色々研究中の寄生虫ですけど、結構怖いネズミの寄生虫です。
一説には全人類の5割が感染していて、フランス人の8割は感染済みだとか。
人格に影響が出るとも言われてますが、今回のネズミに限ってはその心配は皆無で……」
「あ、でも、英二くんはそういう風に変わってるように見えないわ。安心ね」
「あ、はい、そうですね」
「私もそんな社交的じゃないし、きっと安心だわ」
「男性に媚びを売るのがトキソプラズマの女性症状らしいです。
景さんはそういうところが全く無いので、安心していいと思いますよ」
「え……じゃあ社交的な性格をしてる千世子ちゃんは……」
「いやあの人は……映画評論家とかに、
『演技が観客に媚びている』
とか言われてるだけですからね!
黒山さんあたりの言動真に受けちゃダメですよ。
というか百城さん実はあれで寄生虫に詳しいんですから、そういうこと言っちゃダメです」
「そうなの? 意外」
「世間一般的には、寄生虫が寄生してるみたいな性格とか言ったら、気分害しますよ」
「それは……私も言われたら、きっとムカッとしてしまうと思うわ」
「でしょう? そのつもりがなくても、そう思われるような言動は控えましょう」
いつの間にやら和歌月さんと話していた堂上さん、考え事を始めた景さんから離れて、ふぅと一息つく。
誰かが俺の肩を叩いた。
あれ、百城さん?
「百城さん、どうかしましたか?」
「私以外と寄生虫の話してる英二君、初めて見たよ」
「ああ、確かに。百城さんとだけする特別な話題、みたいな感じでしたね、これまでは」
「……そうだね」
百城さんは柔らかく微笑んでいた。
また虫の面白い知識溜めとくから、楽しみに待ってろよ。百城さん。
百城さんの好きな話題のために、普段興味持ってねえ分野の知識集めんのは、不思議と苦じゃねえんだ。
と、その時。
「あ、茜ちゃん……」
「……」
景さんが話しかけて、茜さんが無視して、二人が離れていった。
オーディションの時の確執、まだ残ってんのか。
話す機会すら貰えてねえっぽいな。
頑張れ景さん。
こっから応援してるぞ。
優しくしてやれ茜さん。
茜さんが優しい人だと知ってるから俺は信じて待つだけに徹するぞ。
現状、この撮影における最も警戒すべき危険な女性の対立関係は、景さんと茜さんのこれだろうな。
この二人の間に散ってる火花こそが、唯一にして最大の爆弾。
今日の撮影の最後には景さんと茜さんが共演する。
なんとかしてえところだが……クソ、どうする?
駄目だ、思いつかん。
いい策が思いつかなくて、自分自身をぶっ殺してやりてえ気分だ。
デスアイランド撮影二日目
現在時刻12:20
応用力、それは主人公の証
百城さんと会話するためだけに再度集め直していた虫の知識がこんなところで活きるとはなー!
百城さんの前でその知識を夜凪との会話のため使うとはなー!
それで夜凪との会話が盛り上がるなんてなー!
かーっ!
これは主人公!