別に俺は卵が格別好きってわけでもねーんだよ。
卵パックを素材としてゲットする時に、結構卵が余っちまっただけだ。
あとほら、食事が楽だし?
準備の時間も食う時間も大してない食事っていいじゃねえか、な。
卵は食うけど時間は食わない。
理想的だぜ。
ところがアキラ君に禁止されてしまった。
一回の食事でゴリゴリ卵を消費する方法がなくなっちまった。
こいつは困る。かなり困る。
なので仕方なく、ケーキを焼くことにした。
堅苦しい並びの席や机の並びは取っ払って、座った受講者が円形に、かつそれぞれの距離がそんな離れてない感じにする。
まあこれで真面目に受講する感じじゃないのは分かってもらえんだろう。
受講者が揃ったところで、ケーキを振る舞った。
まあ食え食え。
ためになる話はしてやるから。
その上で、肩の力を抜いて楽しんでくれ。
木村桂さん、って作家がいる。
日曜朝の連続ドラマや映画の原作になった小説を書いたりした人で、この人が書いた小説は200万部以上売れたとかいうすげー人だ。
ケーキカフェ開いたり、絵を描いて絵画展を開いたりと多才な人でもある。
この人は学生時代演劇部で、俳優の漫画が好きだった。
その例として上がるのが、『ガラスの仮面』*1という漫画だ。
この木村さんのケーキカフェに、ガラスの仮面の作者がやってきた。
その時に振る舞ったオリジナルケーキが、俺が皆に振る舞ったこれである。
ふわっふわのパウンドの上に、赤ザラメを入れて煮た甘々のリンゴを並べ、浅間ぶどうのジャムを散らす。
するとジャムがリンゴにすうっと吸収されて、透明になって輝き、まるでガラスの仮面のように見えるのだ。
木村さんはこいつを、シンデレラがガラスの靴を履いてお姫様に変わるように変わる、ガラスの仮面の役者のイメージで作ったという。
ケーキをカットする時には変身したい役をイメージして、とか言ってるくらいだ。
こいつほど、『女優』を形にしたケーキもねえ。
「この講義ではあまりメモを取る必要はありません。
ケーキでも食べながら、知識として血肉にするイメージではなく、心にふんわり留めて下さい」
まあ女優にこれ食わせたことねえんだけどな。
子役で売れてた頃のアキラ君に食わせたことがあるくらいで。
……アキラ君にゃオムライスで腕上げたって言ってもらえたし、あの頃よりは味が良くなってると信じよう。
「それともう一つ。
この講義では、"恥"はありません。
"正解"もありません。
発言を恐れず、俺に質問されて正解できなかったことを恥じないでください。
何故なら俺もまた、皆さんに教えられるような"業界の正解"を知ってはいないからです」
ケーキを食べてる人達の内何人かが、怪訝な顔をする。
おお、そうだ、その顔が正しいぞ。
講習会で見たもんを絶対の正解だと思うようなやつはこの業界では生き残れんぞ。
しかし、地味に高校の演劇部部長とか、大学のプロ志望演劇サークルとか多いな。
あ、黒さん監督でドラマのピンチヒッターやった時の大学生バイトもいる。
今回のスタッフ塾は気楽な感じにしてるってのは本当だったんだな。
これなら、俺みたいな若造でもやりやすい。
"ものを教える"って意外と年齢重要だからな!
年下が年上にものを教えようとするとイラッとされるのが普通だからな!
学校の先生が年食った先生の方が有利なのがよーく分かるわ。
「皆さんは美術を学びに来たのだと思います。
ですがその前に、俺は皆さんに一つ前提として認識しておいてほしいことがあります。
俳優です。
役者です。
演者です。
我々が作るものは、俳優を時に引き立て、時にぶつかり、彼ら『人』を輝かせるもの」
そう、まずはそこだ。
「そのために一つ、今の時代の演劇の源流の一つを解説したいと思います。
二十世紀のフランスの表現者、エチェンヌ・ドゥクルー*2の『コーポラルマイム』です」
さーて、資料準備の時間はなかった。
俺の地金の知識だけでどこまで行けっかな。
「皆さん、パントマイムは知っていると思います。
ピエロとセットのイメージも多いのではないでしょうか?
無いものを有ると見せかける身体表現法の一つです。
コーポラルマイムはここから派生したものの一つです。例えば……こう」
ちょっと、ギターを弾く真似をしてみせる。
俺の演技力なんてたかが知れてるがな。
「皆さんの席に最初から置いてあるファイルに、紙が入っていると思います。
そこに、今俺が何をしていたかを想像して書いてみてください。間違ってもいいです」
紙に書かせて、回収する。
……ふむ。
50人中45人正解か。まあギターならこんなもんだな。
「正解は、ギターの演奏です。
45人の方が正解されましたね。
あ、正解できなかった人も大丈夫です。これは俺の演技が下手なだけだからですからね!」
くすっ、とちょっと笑いが漏れる。
おおよかった笑いが取れた。
こう自分でやってみると、タレントとかはトークで笑い取るの相当勇気使ってんなこれ。お笑い芸人の勇気には俺はとても敵いそうにねえ。
「皆さんは、俺がギターを弾く真似をしていると分かりました。
それは皆さんの中に、『ギターを弾いている人を見た記憶』があるからです。
少しばかり抽象的な言い方をすると、『ギターを弾いている人を見た感覚』があったからです」
皆の中にあるギターの記憶が想起されたってことだが、ここは感覚と言っておこう。
多分、その方が最終的に正しい表現になる。
「ですが、ギターが無い国なら?
ギターが全く普及してない国で、今の俺の演技は伝わったと思いますか?」
何人か目の色が変わったな。将来有望だ。はよプロの世界で活躍しろよ、待ってるぞ。
「皆さんの中には、ギターを弾く人を見た時の感覚がありました。
俺がギターを弾く真似をした時、その感覚が蘇ったのです。
だから俺がギターを持っていなくても、感覚で分かったんですね。
これがパントマイムであり、現在の演技の基本技術の中にあるものです」
経験を元にした、意図的な感覚の共感。
コップを持ったことがある俺が、コップを持ったことがあるお前達の前で、コップを持つような真似をすりゃ、お前達全員に分かってもらえるだろ?
「ギターの演技が、皆さんの内にギターの感覚を呼び起こしました。
友と笑い合う時の俳優の笑顔の演技は、皆さんの内に親しみを。
恋人が死んだ時の俳優の号泣する演技は、皆さんの内に悲しみを。
裏切られた時の俳優の激怒の演技は、皆さんの内に怒りを呼び起こすと思います」
よしよし、理解できた人が増えてきたな。
悲しむ演技が、観客に登場人物の悲しみを想像させ、悲しみを感じさせる。
色恋の演技が、観客に恋の想いを想像させ、色恋のもどかしさを感じさせる。
俳優が悲しんでねえのに、恋してねえのに、観客は俳優に共感する。
そこにそんな感情はねえのに。
"無いはずものが有る"と勘違いして、それに共感する。
何故なら人間には読心能力がなくて、共感能力があるからだ。
相手の気持ちを想像する能力こそが、人間を人間たらしめるからだ。
監督や俳優はこういう展開で、こういう話を見せて、こういう演技を見せれば、観客はこういう感情を抱く……そんな計算の元に演技を構築する。
演技で、観客の心が見ているものをコントロールする。
マイムと同じように。
見たことがないはずのものが、感じたことのはずのない感情が、観客の頭と胸の内にしっかりと出来上がる。
それを誘発させる、俳優の技術。
「エチェンヌ・ドゥクルーの『コーポラルマイム』。
俺が先程話に出したそれは、そういった心理的な動きを体で表す試みでした。
エチェンヌは体の動きと心の動きを直結させようとしたのです。
ならばそれは、現代の演劇にも継承された、観客の感覚を制御する『感覚の芸術』です」
"怪獣を見上げて怯える女優のリアルな演技"なんて、エチェンヌがいなかったなら生まれるのがどんくらい遅れてたのか分からねえ。
「この『感覚の芸術』こそが、演劇の本質だと自分は考えます」
まずここを掴んでおいて、そこから俳優さん達のために物を作ると、なんか上手く行く。
「パントマイムから生まれ、後のパントマイムの始祖となったコーポラルマイム。
コップを持った時の体の動きを再現し、それだけでコップを幻視させる。
コップを手に持ってもいないのに、です。
それはとても凄いことなんですよ。
ここを源流に持つ演技と、俺達のようにセットや背景を作る人間には共通点があります」
パントマイムが、ギターの演技をしても。
美術が、悲しみに満ちた背景を描いても。
俳優が、怒りの演技をしても。
観客の想像力がそいつを正確に分かってくれねえなら、全部無価値だ。
「それは、『観客の想像力を利用する』ということです」
俺がギターを弾く真似をする。
今度はちゃんと、50人全員が分かってくれたみてえだ。
事前の説明ってやつは強いな。
観客の想像力を利用する本番の映像作りじゃ、こういう説明できねえってのが難儀だ。
これが俺じゃなくて立派な俳優なら、はっきりギターの形まで皆に見えてたかもな。
「観客の想像力利用は、とても強いものです」
こいつを念頭に置いておくことで、大きな感動を呼ぶ一流の創作者ってやつはいる。
「人間の脳は、自分で考えて至った事柄に強い感動を覚えます。
『アハ体験』*3などもこれにあたりますね。
『彼は悲しんでいる』という説明文を読んでも悲しくなることはあるでしょう。
ですが、説明文抜きに表情などから『彼は悲しんでいる』と、自分で気付いた時……」
"人に教えてもらった"より、"自分で考えて気付いた"だ。
「……人の心は、大きく揺れます。想像力が、対象の悲しみを想像させるからです」
クイズの難問は他人に答えを教えてもらうのと、自分で考えて解くのじゃ、全然違うだろ?
「コーポラルマイムとはすなわち、技術的に想像力を利用するものでした。
天才のものだった演技の武器を、技術的に天才以外の武器にする……
それこそがマイムであり、現在の演技メソッドの基本にあるものです。
そして技術的に成されたその演技を、俺達は技術的に引き立て、輝かせる必要があります」
そうそう、姿勢正すのは好印象だぜ、お前ら。
何も考えず俳優と仕事すんじゃねえぞ。
俺達は造形・美術・衣装何やるにしても、俳優と共闘して最後まで一緒に戦い抜く、最高の仲間じゃねえといけねえんだぜ。
「エチェンヌのコーポラルマイムは、当時の名演出家に『系統的』と讃えられました。
天才的、ではありません。
この技術はとても良く体系的に整理されていたからです。
つまり、後世の人間に伝えやすい、継承と改善がとてもやりやすいものだったんですね」
なんて言えば良いんだろうな。
『暴力』を『柔道』にした人って言えば、エチェンヌ・ドゥクルーの功績も伝わるかね。
「そのため、エチェンヌの指導を受けた者達は次代のマイムの中心になっていきました。
天才が次代を作ったのではなく、技術の継承と指導が次世代を作ったのです。
他の分野の技術と同じですね。
総体の進歩は、自分だけのやり方で偉業を成す天才でなく、大衆でも使える技術が成します」
自分一人で完結する怪物みたいな天才もいりゃ、全体の技術レベルを引き上げるタイプの天才だっているさ。エチェンヌはまさにそれだった。
「もちろん、最高の演技、最高のマイムは凡庸な人にはできません。
技術とはあくまで、底上げです。
生まれつき名演が出来る天才と同じことを、努力する者に実演させる技術とも言えます」
後ろの方の席でケーキを食ってる桃野さんに視線をやる。
「個人的な話になりますが、百城千世子さんなどは、こうした技術を磨き上げた人ですね」
分かったか、モデル上がり。
百城さんとかは、大衆の反応と理想を常に想像して、そいつを現実にすり合わせてる人だ。
んでもってそいつは、積み重ねた技術の塊だ。
努力は避けられないもんだぞ。
そもそも演技ってのはなんだ?
『演じる技』だろ。
技ってのはかけた時間とかけた労力に比例して伸びるもんだろ。
積み重ねは前提だ。
誰かに教わるのも前提だ。
自分の外側から何かを学ぶのも前提だ。
モデル出身とか、時々容姿だけで女優もイケると思ってる奴いるけどさ。
過去に俳優になるための専門訓練一切受けてねえのに、それでいきなり俳優として何かしら最強クラスの能力を発揮するとか。
そんなことが出来るやつがいたら、そいつは本気でバケモノだと、俺は思う。
そんな奴がいたら、誰もがそいつの舞台を見に行くだろう。
他の奴が出る映画も後回しにして、見ないで、そいつが出る映画を見に行くだろう。
そいつが出るテレビドラマにこそ価値があり、他に価値はなくなるだろう。
だってそうだろ。
天才が作る面白い作品だけ見てたいってのが、観客の本音のはずだ。
スピルハンバーグとかの天才巨匠の映画だけ見てる、って人は少なくねえと思うぜ。
本当に化物みたいな天才俳優が出てきたら、業界まるごと大変なことになるだろうな。
『いるはずのない本物』ってのはそういうもんだ。
そんな奴が現れたなら。
きっと、俺も目を奪われる。
その人に心奪われるかもしれねえ。
かつて一度、限界を超えて分不相応なほどの名演を魅せたおふくろに、心のどっかを持っていかれた親父のように。
だから、そんな奴は現実にはいやしねえんだ。
そんな奴がいねえからこそ、今のこの業界は成り立っている。
「さて、話を一度まとめましょう。
俳優も美術も同じく、観客の想像力を利用する者。
無いものを有ると魅せる、想像力を利用する者。
そしてその始祖の一つにあたるコーポラルマイムは、整理された技術の体系です」
さて、ここまでの流れの総決算だ。
芝居のシチュエーションを一つ、たとえに出してみるか。
「俺がこれから、情景の説明をします。
皆さん、ちょっとそれを想像してみてください。
三人家族がいます。
父、母、娘です。
ですが父は浮気をして家を出ていってしまいました。
母は寝床から出てきません。
娘は一人居間のテーブルに食器を並べます。
つい、三人分の食器を並べてしまう娘。
父はもう帰ってこないのに。
暗い居間が悲しみと絶望を煽る。
歯を食いしばり、目を瞑る娘。
娘は父の食器を衝動的に叩き落とします。
落ちた食器が割れ、音が鳴り、娘はその場に泣き崩れます……」
ドラマなら、よくありそうなシチュエーションだ。
「この間、画面には喋るキャラというものが存在しません。
状況の説明も、心情も、誰も説明してはくれません。
ですが俺達は観客に全てを想像させ、全てを理解させないといけません。
役者の演技と、我々美術の舞台セットに物作り。そこに全てがかかっていると言えます」
撮影セットをどう作る?
どんな家具を作って置く?
娘にはどんな服が良い?
部屋の雰囲気は暗い方がいいか?
食器は割るんだから作らなくちゃならない、ならどういうデザインにする?
考えることは無限大、選択肢も無限大だ。俺達は物を作る立場なんだからな。
俺達はここで何が何でも、『娘の悲しみ』を観客全員に想像させなきゃならねえんだ。
「俳優は名演を。
美術は悲しみを伝える雰囲気の撮影セットを。
小道具は良い割れ方と良い音を生む食器を。
大道具はムードを壊さない家具の自作が必要となります。一つ欠ければ、台無しです」
皆でやってる撮影に気は抜けねえ。
分かるだろ? こういう講習に来てんだからよ。
「いいですか?
観客の想像力をかき立てるんです。
見ている人の感覚をコントロールするんです。
悲しみに満ちたこのシーンで、間違っても観客を笑わせてはいけません」
この娘の俳優が悲しんでなくても、その悲しみを全員に共感させる。
そいつが演技。
そいつが演劇だ。
想像力で無いものを有るように感じさせねえと、な。
時々、役が悲しみの底にある時、自己催眠じみた技で自分も悲しみの底に行く俳優もいる。
けどこいつは例外だ。
極端なやつだと、役に引っ張られて心が戻って来なくなる。
底の底にまで沈んで戻って来なかった女優とか、俺は何人も見てきた。
流石にああいうタイプの俳優は、今の業界だと矯正される……と、思う。
「さて、想像力の話が終わったところで、ここで話をガラっと変えましょうか」
よし。
話も一段落したし、次の話だ。
「いいですか。
今俺がしたのは、作品のこだわり部分の話です。
ですが映画にしろTVにしろ、こだわってるだけだと売れません。
売れないと偉い人からかなりボロクソ言われます。売れないことは死ぬことです」
えっ、と漏れた声が聞こえる。
そりゃそーよ。
俺は今回講義する側だからな。
講義すべきことは、ちゃんと講義していくぞ。
「一例を出したいと思います。特撮ヒーローの、『腕時計』と『携帯電話』についてです」
ちゃんと聞いておけよー。
どの界隈でも物を売るテクニックはあって損しないからな。
「スーパー戦隊は昔、猫も杓子も『変身ブレス』でした。
ブレスというのはブレスレットの略……ですが、戦隊は違います。
戦隊が変身に使うブレスというのは、腕時計がモデルだったんです。
当時、子供達にとって腕時計というのはかっこいいもの、大人の象徴であり憧れの物でした」
俺も小さい時ちょっと腕時計に憧れてたなー。
「スマホの流行の前、ガラケーが普及していた時代。
子供達にとって、『携帯電話』は憧れでした。
今でこそやや古い印象を受けるガラケーですが、当時は最先端で憧れの的だったのです。
ガラケーの携帯電話を変身ツールにした仮面ライダーやスーパー戦隊は、大成功を納めました」
電磁戦隊メガレンジャー*4とか、仮面ライダー555*5とか、魔法戦隊マジレンジャー*6とかな。
「当時、これらのデザインに関わっていた野上*7さんは言いました。
これらの子供向けオモチャでもっとも有効なものは、『大人だけが持っているもの』だと」
子供達にとって、それは自分が持ってない、大人が持っている、どんなものなのか想像するしかなかったもんなのさ。
「子供は憧れ、想像します。
自分が持っていないものを。
大人が持っているものを。
実際に手に入れてしまえば、想像以上のものではなかったりもします。
それでも、憧れたそれを手に入れた自分を想像して、親に買ってとねだるのです」
どんなのものなのか?
何ができるのか?
大人が皆持ってるくらいすごいものなのか?
子供の想像は期待に、期待は欲求に変わっていく。
だから欲しがる。
想像力に引っ張られるわけだ。
「想像力は、作品の質の向上、グッズの売上の上昇のどちらにも使えます。
仕事の時に、気が向いた時にでも観客の想像力のことを意識してみてください。
何の情報も出されていない本。
気になる情報だけ出されていて、肝心な部分は買わないと読めない本。
消費者というものは想像力を働かせるため、後者の方を買いたくなるそうですから」
何をすりゃ評論家に受ける作品になんのか。
何をすりゃ売れる作品になんのか。
正直、これだけしておけばいい、っていう完全無欠の正答はねえ。
だから、俺が知る限りの"成功の傾向"を教えておく。
俺にできることなんてそんなもんだ。
「では、最後に」
ぼちぼち時間だ。
時間配分的に、俺の講義はもうおしまい。
「19世紀のイタリアの天才彫刻家。
ジョヴァンニ・ストラッツァの『ヴェールの乙女』の写真で、締めさせていただきます」
一枚の写真を、高解像度でプリントしたもんを、皆の前に広げた。
お、結構初見な感じの反応があるな。
プリントしてきた甲斐があった。
ヴェールの乙女は、透明感のある石の彫刻だ。
石を彫っただけの彫刻であるのに、透明なヴェールとそれを被った女性が見事に表現されているっていう、とんでもねえ芸術だ。
石は透けない。
なのに透けている。
存在が矛盾そのもので、まるで魔法がかけられてるみてえだ。
見ているとワクワクして、見ていて『楽しい』と『美しい』が両立してる。
「皆さんがこっちの世界に入ると、映画は芸術だ、映画は娯楽だ、と色々知るでしょうが」
良いよな、物作りって。
「見た人をワクワクさせる芸術が理想的だと、俺は考えます」
ヴェールの乙女を見てると、まだ"魅せ方"ってものに限界はないって感じる。
俺達創作に携わる人間は、まだまだ上を目指して行くべきだと思える。
21世紀の人間が、19世紀の人間に負けてられるか。
「こっちの世界には、『正解』はありませんが、『合格』はあります。
そして厳密に言えば『不正解』もなく、『不合格』だけがあります。
予算、監督の好み、プロデューサーの意向、スポンサーの要求……
多くの要素があり、俺達にとっての駄作が採用、最高傑作が不採用になることもあります」
ボツは結構心に来るが、それでへこたれてたら仕事はできねえ。
「俺の講習はここで終わりですが、皆さんはここからがスタートです。
ですので、俺から言えるのは一つだけ。『不合格』でめげないでください」
今の俺はプロじゃねえ人に"頑張れ"としか言えねえが。
いつか"一緒に頑張ろう"って言えたら、それはそれで最高だよな。
「作品の不合格にしろ、オーディションの落選にしろ、それで全てが終わるわけではありません」
本当は、観客の想像力を利用することを意識するやり方とか、売上を出すための考え方なんかよりも、へこたれないハートの方が大事なんだぜ。
「どうか、そこから再起することを忘れずに。
本日はスタッフ塾にご参加いただき、ありがとうございました」
あー終わった終わった。
準備期間短い割にはそこそこの出来だった気がする。
今度はちゃんとしっかり準備してからの造形講座とかやりてえな。
講師の仕事の質なんてほとんど準備期間で決まるようなもんだよなあ。
あ、即興のトークが上手い人はそうでもないか。
部屋から出てきた桃野さんはこっちに来て、何やら難しい顔をしていた。
俺の講義を咀嚼しきれてないのがひと目で分かる。
おい大丈夫か。
無理して理解しようとしなくていいんだぞ。
「どうでしたか? 俺が言いたかったこと、伝わりましたか?」
「よく分からないことが分かったわ」
「……そうですか」
だろうな。
「ああでも、あなたが真面目で色々頑張って勉強してることだけは分かった」
「そうですか。それは光栄です」
桃野さんがうんうん頷いている。
理解できない話をする人間に出会ったら、とりあえず"なんか真面目に勉強してそう"で一旦カテゴライズしておくその思考、ちょっと面白いな。
「あまり俺の話は役に立たなかったみたいですね」
「え? ああ、ええと、そうでもないんじゃない?」
「お気遣いありがとうございます。それで、お詫びと言うほどのものではないですが」
ほら、どうぞ。
各事務所とかにはもう回ってるが、まだ一般の方には出てないやつ。
「スターズのオーディションの募集チラシ? ……あっ、ふーん」
「挑戦するには高い壁だとは思いますが、挑戦する価値がある壁でもありますよ」
オーディションは優れた人を選ぶ場じゃなく、的確な人間を選ぶ場。
優秀な人間が勝つとは限らねえし、事務所が取り掛かろうとしてる事業次第で、目に見えて他の候補者より能力で劣る奴が選ばれることもある。
だが。
優秀な人間、頑張ってきた人間が、比較的受かりやすいってのもまた事実だ。
「これに受かったら大スター?」
「になれるかもしれませんね」
「これで選ばれたら大女優?」
「になれるかもしれませんね」
「お祝いの準備しないと……」
「気が早くないですかね?」
三万人集まる奴だぞと言っておくべくなんだろうか。
「今日はありがとね。ケーキ美味しかったわ」
「それだけでも喜んでいただけたなら嬉しいです」
「もし受かったら、私の女優としてのファン一号にしてあげよっか?」
ったく。
こんなのがあの映画に居たなら、さぞかし楽しく面倒臭えことになってたに違いない。
「いつかどこかで大女優のファン一号ってことで紹介してあげるから、誇っていいわよ?」
そんなことを言って、桃野さんは去っていった。
「勝利のイマジネーションが全く伝わらなかったな……」
まあ想像力とかそういうこと考えなくても成功する人はいるし。
後はあの人の自己責任だろう。
頑張れ。
顔面偏差値でも演技力でも、自分に自信持ってる奴は強いぞ。
業界で必要なのはタフさだからな。
「ん?」
帰り道、ドーナツ屋が視界に入る。
ドーナツは卵を使う。
生卵一気飲み禁止令が出て卵の使い途に困っていた俺にとって、それはもはや天啓だった。
「卵の消費……ドーナツか」
作ってみるか、来客用に。
「作るか……プレーンシュガー!」
仮面ライダーウィザードにおいて、主人公・操真晴人が好むプレーンシュガーは、晴人にとって親から愛されていた証。愛の証明。
親を失った息子が、親との愛を再確認する愛の味なのだ。
よし。
アキラ君が次に来るまでに食える味で作れるようになっておくか!
芸能界に無自覚なゴジラがそろそろやって来ます
途中で出て来たガラスの仮面ケーキは「女の子(女優)がお姫様(役)になりきるケーキ」というのが面白そうだと思って、新装版新録巻末解説の作者さんレシピの通りに作ってみましたが、焼き上げ温度と焼き上げ時間が書かれてなくて頑張ってもどうにもなりませんでした。