俺の事務所のインターホンが鳴る。
来客を知らせる軽快な音だ。
クソ、今飯作ってたってのに。仕事か?
ってアキラ君じゃねーか。
「おはよう、朝風君」
「おはようございます、アキラさん。朝ご飯作っていたんですが、食べていきますか?」
「お構いなく。そんなに時間がかかる要件でもないからね」
「まあまあ、どうぞどうぞ」
事務所にアキラ君を招いて、オムライスを出す。
まあ普通レベルだ、俺の作る飯は。
強いて言うならケチャップ一切使ってなくて、ライスはコショウを利かせたチキンライス、卵の上に味を調整したデミグラスソースが乗ってることくらいか。
「腕上がったんじゃないか、朝風君。美味しいよ」
世辞でも嬉しいぞアキラ君!
「しかしなんでこんなに卵パックが積み上がってるんだ?」
「造形の練習材料に使おうと思いまして」
「透明な卵パックを?」
「ウルトラマンの故郷の、M78星雲の光の国ってあるじゃないですか」
「うん」
「昭和の時代の光の国って、卵パックやヤクルトの空容器で作ってたんですよね」
「えっ」
「卵パックって昔は特撮素材の王道でもあったんですよ。
透明で不思議な凸凹感が出せますから。さよならジュピター*1にも使われてましたね」
さよならジュピターは「要素を詰め込みすぎて破裂した」と言われる特撮屋の反面教師映画。
非常に高い技術を使って撮影されたが、億単位の莫大な赤字を生んでしまい、『高い技術と大きなこだわりがあっても売れるわけじゃない』ということを後世の俺達に教えてくれた。
当時の日本SF界の総力を挙げて作って全力でコケた悪夢だ。
まあ、キネマ公式調べで「配給収入は三億円」、スタッフ曰く「配給収入は八億円だったが数億円レベルの大幅赤字だった」だとか。
この影響で、その後日本では宇宙を舞台にしたSF映画にスポンサーが集まりにくくなった、とか言われるレベルのやべーやつ。
黒山墨字監督作品を真似ました! とか才能が無いやつがやろうとすると多分さよならジュピターと同じ方向に行く気がする。
「卵パックで光の国かぁ……」
昭和の時代のウルトラマンの防衛隊基地の上の方見てみろアキラ君。
雰囲気出すために透明な卵パックがズラッと並べて貼られてるから。
造形屋の視点からあの辺見ると楽しいぞ。
「それに卵はたんぱく質、脂質、ミネラル、ビタミン等々を含む完全栄養食ですからね」
「卵は栄養満点だから健康と美容のため食べている人も多いんだっけ*2」
「ジョッキに卵割って溜めて一気飲みすれば、忙しい時の食事はそれで済ませられるんですよ」
「やめないか!」
「え、生卵だけの食事って味に目を瞑れば楽なんですけど……」
たまに醤油垂らすと味がいいんだこれが。
食事時間一分切るし、カロリーメイトやウィダーインゼリー感覚でやるといいぞ。
「それで、アキラさんは今日は何の用ですか?」
「君が卵だけ食生活なんてものをもうしないと約束するなら話す」
「……分かりました、約束しますから。何用ですか?」
「母さんが君を日本アカデミー賞の最優秀美術賞に推してきたいんだそうだ」
「えっ」
えー?
「過分すぎませんかね?」
「僕は妥当だと思ってるけどね」
日本アカデミー賞と言えば、海外のアカデミー賞を真似して作られた40年以上の歴史がある、日本でも有名な映画賞だ。
美術賞はその中でも美術担当の人が貰う奴だな。
去年の2017年度受賞は、確かシン・ゴジラが最優秀作品賞で、最優秀撮影・最優秀照明・最優秀美術・最優秀録音・最優秀編集もシン・ゴジラだった。
シンゴジすげえな!
最優秀脚本と最優秀音楽は君の名は。だったっけかな。
アリサさんが俺を推して、根回しして、俺が名作に美術監督クラスで関わって、日本アカデミー賞協会会員が各々の判断で投票して、そんで一番になったらたぶん表彰される。
受賞資格は、授賞式の前々年12月初から、前年11月末までの1年間に東京都内で公開された映画……だったっけか。
いやあ。
十代で取れるもんじゃねーから。
第41回が今年の3月に終わったから……アリサさんは今から仕込みを始めて、2020年の受賞を狙う感じだろうか。
俺の成長も見込みで計算してんのか?
少なくとも俺が見る限り、現段階の俺の能力は日本アカデミー受賞級じゃねえ。
仕事を速く終わらせるのと、仕事を上手く仕上げる能力はまた別の能力だしな。
「アリサさんは何か見返りを求めていましたか?」
「よ、よく分かったね。これから伝えようと思ってたんだけど」
「合理ってやつです。多分スターズに籍だけでも置けとかじゃないですか」
「その通りだ。母さんは、君を懐に入れたいらしい」
「そうしたら俺は衣装作成の方に注力することが多くなりそうですね」
スターズ専属の何でも屋がいるのは便利だ。
スターズ出演中の番組のどこにも援軍を派遣できるしな。
俺を新人俳優とセットで貸し出すとか、セット販売みたいなやり方もできる。
それにスタントマンが自分の着てるスーツの手入れをしてる内に、怪人の造形をやるようになった*3という仕事の転向はそんなに変なことでもねえ。
スターズという枠の中で俳優と裏方の距離を近づけるつもりなのかもな。
あとあれだ、色んな映画のスタッフロールや番組のクレジットに書かれるのが『造形 朝風英二』から『造形 朝風英二(スターズ)』とかの表記に変わる。
良い宣伝にもなるんだよなこれが。
仮面ライダーのOPとか目を凝らして見てると、俳優とかは基本的に所属事務所の名前クレジットされてねえけど、他の撮影スタッフの人は所属の名前を()で載せてたりすんだ。
恩を売りに来るなあ、あの人は。
アキラ君を使いに出してきたのも地味に計算尽くな気がする。
つーか、俳優を売っていくための道具の一つとして俺の能力を認めてくれてるんだろう。
俺がこれでスターズに行かないとしても、恩を売れるならいつかは自分の手元に引き込めると、そう判断してんのかもな。
俳優を思うように育てたいあの人からすりゃ、そのために使える駒が欲しいんだろう。
「もし仮にそれが成功したら業界内の俺の評価はまあ、ぐーんと上がりそうですね」
「一般の評価もぐーんと上がるんじゃないかな?」
「いえ、日本だと
『日本アカデミー賞の優秀美術賞取った人の映画だ、見に行こう』
ってなる人はあんまりいないんじゃないかなと思うんですよね」
「む」
「海外と日本は美術にかける金額も違いますから、美術そのものの評価も違いますよ」
一般的な映画見てる人って、そんな賞取ってる人とか気にしてねえぞ。
日本アカデミー最優秀美術賞取った人! って宣伝より、ツイッターでバズったツイートの「この映画が面白い!」の方がよっぽど宣伝効果あると思う。
日本アカデミー賞受賞者の名前みんな覚えてるような人に対してだけ宣伝になるようなのって、あんま意味ねえんだよなあ。
映画見てる人の中心ってのは詳しいマニアじゃなくて、大衆なんだからさ。
この時代、SNSで話題になるってことこそが最強の賞にあたるのかもしれん。
「とりあえず保留でお願いします。
あ、でも感謝の意を伝えておいてください。日を改めて俺も挨拶に行きます」
「分かった。君は今日も仕事かい?」
「受注してた造形を今日中に全部完成させようと考えてます。
ただその前に美術監督協会絡みで少し行くところがあるので、帰ってからですね」
アキラ君が食い終わった食器を片付けて、俺の分の朝飯を飲む。
……飲もうと、したんだが。アキラ君にガシッと腕を掴まれた。アキラ君腕の力強っ!
「生卵ジョッキは、やめよう」
ちぇー。せっかく作った朝飯が。
映職連、ってやつがある。
日本の映画関連の職能連合だ。
映画に関わる各部門ごとに別々の協会があって、それぞれに所属してる奴は所属してるし、所属してない奴はしてない。
映画監督協会、撮影監督協会、照明協会、録音協会、編集協会、スクリプター協会、プロデューサー協会、シナリオ協会、んで俺が所属してる美術監督協会。
これを全部まとめてんのが映職連、ってわけだ。
それぞれの協会は技術研究とか新人の育成とか、テレビ局との契約条件の改正行動とか、不当な処置への抗議とか色々やってる。
ああ、あと勉強会とかもやってんな。
著作権とかの法問題を周知させてんだ。
『映画監督に著作権はない』*4とかな。
美術監督協会の所属は、正会員が70人くらいで全部合わせて100人くらいだ。
賛助会員*5が30社くらい。
……まあ少ねえよな。
仮面ライダー撮影時の仕事っぷりとか、犬神家の一族*6美術チームを紹介してたりとか、色々やってるとこなんだがな。
親父の義理で入ってたけど、なんかあったら俺も抜けるかもしれん。
出資金1万円で年会費3万6000円は結構高いんじゃねえかと最近思ってきた。
照明協会が年会費2万くらいで録音協会が年会費1万くらいだしな……まあこんくらいの金で苦しくなるような生活は流石にしてねえけど。
あ、黒さんだ。って、その横のは美術監督協会でよく会う人。
こっち見た。
待て、なんだその顔。
なんでこっちに寄ってくるんだ二人共。
「妥当な奴が来たな。おい、こいつにでも頼んでおけよ」
「えっ……うーん、そうですね……朝風さんなら、まあ……」
「黒さん、黒さん、超高速で話を進めないでください。俺ついていけてないです」
何事!?
「最近病院から出られなくなった美術監督がいるらしいんだよ」
「そうなんですか。それが俺や黒さんに何の関係が……?」
「そんで、映画美術スタッフ塾の講師が一人足りなくなったんだとよ」
あれか。
文化庁と美術監督協会が主催で、数日間映画美術を教えてもらえるってあれだ。
講師は美術監督で、一般人からプロまで自由に参加できる。
基本的にはプロからセミプロが多いんだったっけか。
文化庁の事業名は……『時代の文化を創造する新進芸術家育成事業』だった気がする。
……そういうあれか。
「というわけだ、お前がやれ。
俺も頼まれたがやる気しねえ。
クソ真面目なお前には妥当な仕事だろ」
「えっ、俺が代理の講師ですか?」
「真面目だなって褒めてんじゃねえんだぞ、クソ真面目って言ってんだからな」
「うっ」
素直に人を褒めたりできねえのかあんたは!
「黒山さんにも朝風さんにも特に言うことはありません。
こちらは無理を言って頼んでいる側ですから。
今回はかなり自由にやっていいことになっていますので、節度を守ってくだされば」
出たよ節度。
自由にやれ、でも節度は守れ、って要求は難しい事案No.1を争えるやつだ。
自由にやって失敗すると「節度を守ってなかった」って怒られるやつ。
責任取る偉い人からすりゃ、自由にやってもらって全然構わねえのに、問題起こった時に自分が責任全部おっかぶるのが嫌だから、「自由にやれ、責任は取る」って言えねえやつ!
「日程確認してもいいですか?」
「どうぞ」
ふむ……いや結構近いな。
マジでギリギリの差し替えか。
こういうの準備期間があった方が楽なんだよなあ。
講義だろ? 今からパワーポイントとか弄ってる余裕ねえよな。
こういう時ちょっとズルい経験豊富なオッサンは、昔の講義に使ったデータをそのまま使ったりツギハギにしたりして使うらしいが、俺そういうのもねえし。
講義経験は0じゃねえから、まあやれと言うならやってみせるが。
「分かりました。引き受けます」
「おお、ありがとう!」
協会の人から仕事の資料を貰ってしまった。
どうすっかな。
期間的にスライドとか使えないんだが。
……ああでも待てよ、スタッフ塾はパワポ使えないおじいちゃんとかはホワイトボード使ってやってたんだっけか。
仕事のプレゼンほどガチガチに考えなくてもいいかもな。
「やりたくない仕事は断わりゃいいと思うんだが」
黒さんがヒゲをさすってる。うるせえヒゲ引っこ抜くぞ。
「色々仕事やってれば、スキルの上昇にも繋がりますから。
俺はまだ技術を磨いて成長していかないといけない段階ですよ」
「よく言う。千世子主演の試写見たぞ。十分な出来だったじゃねえか」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
この人に言われるならちょっとは腕も上がったと思えるな。
「あの怪獣、黒一色なのにディテールがよく見えてたな。どうやったんだ?」
お、目の付け所が違うな。
黒は光を吸収する物質だ。
光を反射しねえから、表面のデコボコが見えにくいんだよな。
だから体の表面にデコボコとか、段差とかのディティール作っても分かり辛えんだ。
「あれ、黒に見えますけど、実は濃い黒と薄い黒と青い黒の三種類で分けてあるんです。
でもそれだけでもディティールは分からないので、要所要所にシルバーを薄く吹いてあります」
「ほう、シルバーか」
「黒の表面に薄くシルバーを吹いても、黒一色にしか見えません。
でも太陽光や照明の光を受けた時、黒い体表に光の反射率の差ができます。
これで黒一色であるにもかかわらず、体のディティールがしっかりと分かるんです」
近年で言うと、仮面ライダービルド・ラビットタンクハザードフォーム*7なんかがこの手の黒一色造形の傑作だな。
黒一色はなあ。
クソ難関なんだよなあ。
黒一色がかっこいいのは分かる。
漫画とかだと黒一色でも体の線は分かりやすい。
だけどスーツ作ると、アップ以外ではアクション時とか黒一色の潰れた塊に見えるし、体が一色だから凝った体表デザインしても、テレビだと見にくいんだよな。
ハザードフォームはその点、実に高い技術が使われてやがった。
布の黒とウレタンの黒、マスクのみFRP(繊維強化プラスチック)の黒で造形。
"素材の黒を使い分けた"んだな。
そこにシルバー吹いてアクセントを付けたんだ。
アップ用とアクション用を兼用で作ったため、転ぶと頭のパーツとかバキバキにぶっ壊れるかもしれないやっべースーツだが、その分美しい。
俺もその技術は吸収してる。
まあ硬質な黒一色のハザードフォームと違って、軟質な黒一色の怪獣にアクセントを付けるのはまたちょっと別の技術だったけどさ。
「黒さん、次に撮りたい映画とか決まりました?」
「役者が見つかってねえんだよ」
「黒さんのお眼鏡に叶う俳優となると、中々見つからなそうですね」
天才監督なこの人に必要なのは役者だ。
つまり『映画の顔』だ。
どんな人なら合格なのか、この人は役者に何を求めてんのか、俺にはさっぱり分からん。
アラヤさんとか菅口将暉*8さんみたいな憑依型か、それとも百城さんみたいなタイプで個性的な何かを持ってるタイプか……どうなんだろうな。
「とりあえず、スターズの俳優発掘オーディションの審査員やってやることにした」
「あ、それはいいですね」
ほー、考えたな。
スターズの俳優発掘オーディションは例年通りなら、女優部門だけで三万人が集まるっつーとんでもねえレベルだ。
そっから一人選ばれるってんだから、合格倍率は三万倍。
全体の0.003%しか受からねえ計算だな。東大に入るのより一万倍くらい難しい。
これに受かるなら間違いなく有能……いや、待てよ。
スターズのオーディションに受かったらスターズ専属になるよな。
すると黒さんがあんま好きじゃねえスターズメソッドに沿う俳優になる。
スターズメソッドに沿う俳優になってからじゃねえと、黒さんが俳優貸してくれと言っても、貸してくれるわけがねえ。
じゃあオーディションに落ちた奴を黒さんが拾う、って方法しか無いよな?
スターズのオーディションに来るくらいに意欲があって、スターズのオーディションに受からないくらいには無能で、黒さんの目に留まるくらいには有能。
……黒さん!
そんな奴は流石にいねえと思うな!
「あーあぁ、全盛期のジュニーズと同じくらい人が集まってるオーディションねえかな。
ついでに俺の代わりに俺の目に適うような人材をそこから見つけてくるやつも欲しいわ」
「全盛期のジュニーズって応募人数150万人採用1人のオーディションやったところですよ!?」
倍率150万倍だぞ!
東大に入るのより50万倍難しいんだぞ!
0.00006パーセントだぞ! 分かってんのか!?
とりあえずスタッフ塾が慣例的に使っている東京都調布市小島町に向かう。
まあ挨拶だけでもしておこう。
移動の間、頭の中でアイデアを色々とまとめておく。
「あー!」
その途中で、顔を覚えているが知り合いではない少女が俺を見て叫んだ。
「見つけた! あんたでしょ!」
「はい? って、あなたは……」
「あの撮影に参加してた人!」
桃野さんだ。
雑誌CamCamの専属モデルだって人。
あの監督がオーディションだかで顔だけで選んだモデル! 演技力クソの人!
「私がオーディションで選ばれたのに撮影で呼ばれるの中止ってどういうことよー!?」
「ああ、そういえば」
この人は監督が顔だけで選んだんだな……って俺が思ってたら、結局呼ばれなかったんだ。
予算がねえから。
まだ撮影に一回も呼ばれてねえ俳優を出演カットして予算を確保してたんだった。
だからこの子はあの映画に出てねえんだったな。
撮影見に来たことはあったんだっけか。
なんだっけ、俳優をオーディションで選んで、選ばれたことを通知した段階では、まだ出演契約したことにならねえんだっけ?
俳優と映画の契約の種類は今の日本映画だと大体三種。
プロデューサーと俳優、プロデューサーと俳優の所属会社、プロデューサーと代理人で締結するやつだ。
雑誌専属モデルだと微妙だよなそこらへん。個人付きの代理人がいる人もいるけど。
こんなだから俳優がスケジュール調整しようと思ってたところに、やっぱ出演なかったことにするわー、って電話が来て、俳優のスケジュールが意味もなく空っぽになったりするんだよな。
だってまだ契約してねえんだから。
しょーがねえ。
そういうもんだ。
じゃねえと、プロデューサーは複数人に一気に
「それにしても、裏方の俺の顔をよく覚えてましたね」
「なんかホラ、秋に飛んでるトンボの羽みたいな速さで手を動かしてる人がいたから」
失敬な覚え方してんなこいつ。
「なんで私の出演がなかったことになってんの!?」
「予算が足りなかったんですよ。
桃野さんを撮影に呼んでギャラを支払うだけの余裕がなくなってしまったんです」
「え、そうなの?
なるほど、私のギャラを高く見積もりすぎたのかしら。
ねえ、あなたから見ても私ってそんなギャラ高そうなくらい可愛く見える」
「え? あ、はい。可愛いですね」
「うんうん、そうでしょ? それなら次の機会に期待かな」
まあ可愛いけどツラの良さだけで何もかも上手くいくことはねーよ。
ええいこれだから面倒臭えタイプのモデルは困る。
時々特撮にモデルしかやってこなかった人が来ると、たまーにクソ面倒臭いことになる。
業界の慣例とか常識とか全く知らねえ上に、顔やスタイルがいいモデルは褒められ慣れててプライドが高いことがたまーにあるんだ。
昔、あるモデル女優が泥に突っ込むシーンを拒否し、監督の指示を突っぱねた。
当時中学一年生だった俺は自ら泥に突っ込み、「一緒にやりましょ?」と女優に請い、女優さんは子供だった俺がやったんだからと自分を鼓舞して、泥に突っ込んだ。
今思えばあのモデルの人は子供に優しい分扱いやすかった気がする。
一部のモデルは清廉で清潔なイメージのため、汚れは絶対やらねえからなあ。
「というか、よく受かりましたね、オーディション。桃野さんは正式には出演なしとはいえ」
「アクションが求められてたでしょ?」
「はい。オーディションはそれを求められていたはずです」
「アクションを周りが見せてて、私の順番が来たの。
アクションができますか? って私言われたのね。私は微笑んだわ」
「……何故?」
「オーディションで自分の心証を悪くすること言うわけないじゃない。
そうしたらね、アクション監督が何か勘違いしたの。
『ああ桃野さん。何か引っかかってたんですけどようやく思い出しました』って」
「ん?」
「私と同じ名字で、別の映画で良いアクションを評価された人がいたんだって。
だから名前だけうろ覚えしてたアクション監督は勘違いしたの。
まあいいかと思って私は微笑み継続。監督達は私のアクションを見ないでくれて、採用!」
「アクション撮る能力全振りのアクション監督って時々居ますけど……居ますけど……!」
お前は小森豊*9か……?
あの悪夢*10は他のところでも起きてたっていうのかよ……!
「特撮にモデルが出て大成功して人気の女優に、ってルートがあるんでしょ?」
「まあ、それは、ありますが」
「私もそういうので楽に上に行きたかったなー」
最近の若い奴はこれだから! 楽ってなんだ楽って!
……いや、この子、15歳だっけ。俺より三つ下なだけか。
最近の俺より若い奴はこれだから! 楽ってなんだ楽って!
そうだ、雑誌『Cawaii!』の読者モデルから芸能界に入った山木梓*11さんがいた。
あの人は主役級の正義の女忍者のオーディションを受けに行き、何故か闇落ちクノイチな宇宙コギャルの『フラビージョ』というキャラに採用され、正義にぶっ飛ばされた女性!
あの人を引き合いに出してたしなめてやろう。
世の中は甘くねえんだぜ。
ところで山木さんが演じたフラビージョ資料漁ってた時に「ミニモニ。をデザインの参考にした」とか書いてあったんだがミニモニってなんだ?
今度検索にかけて調べておこう。
「桃野さん、ハリケンジャーを見たことありますか?」
「え? ハリーポッターと賢者の石? 見たことあるわよ」
「ハリとケンジャしか合ってないんですけど!?」
あ、やべえ!
今気付いたけどこの子15歳ってことは忍風戦隊ハリケンジャーの最終回の年に生まれた子だ!
分かるわけねえわ!
「私が子供の頃ちょっと見てた戦隊、AV女優が出てたって後から知ったの」
「桃野さんの年齢なら……ゴーオンジャーのケガレシア*12でしょうか」
「AV女優出すくらいなら、私を出したりした方が数字取れそうだって、あなたは思わない?」
……ううむ。こんくらいの自分のツラに自信があると人生楽しいだろうな。
つかなんだ、俺に番組に推薦とかしてもらえないかとか思ってんだろうか。
「AV女優が出れるなら私もそういう番組出れるんじゃないの?」
「そういうことはあまり公に言わない方がいいですよ」
「そうなの?」
「そうです。少なくとも俺は、同じシリーズに先に携わった先人の悪口に、いい気はしません」
俺からすれば皆、尊敬すべき偉大な先人だ。
あんたにそう面と向かって言う気はないがな。
俺は尊敬してる人間の悪口が言われてたら、ずっと忘れねえタイプだぞ。
元AV女優とかを子供番組に出すな、ってナチュラルに見下してる親御さんの声には頷けないのが俺だ。
「変なの。私にイラっとしたなら、怒ったり怒鳴ったりすればいいのに」
……。
いいんだよ、別に。
無知ってのは怒鳴られるほどの罪じゃあねえと思うしよ。
「でも、ごめんね。怒らせちゃったなら謝るわ」
「いえ、お気になさらず。ただ、気を付けてくださいね」
……そこで謝れるなら、あんたは多分大丈夫だよ。
今回の映画に出られなくたって対した痛手にはならねえさ。
モデルやってても、俳優になっても。
「俺の個人的な意見で申し訳ありませんが……
『こっち』に来るなら、桃野さんは振る舞いを少し直した方がいいかもしれませんね」
「えー、そんなにグチグチ言ってきそう?」
「今の業界の偉い人達は結構厳しいですから。ちょっとでも隙を見せたらガンガン来ますよ」
「先送りにしたーい……」
「業界のご老人などは、顔が良くて華やかな子より、地味でも礼儀正しい子が好きですから」
「問題は先送りにしておけば私より先に口煩い業界のジジイとババアは死ぬんじゃない?」
「ざ、斬新!」
"私若いもん"って顔に書いてある!
「嫌味で言ってるわけじゃないです。忠告ですよ」
「あんたが言ってることが必ず正しいって保証もないでしょ?」
「む」
確かに、それもそうだな。
俺も所詮は18歳の若造。撮影所に15年程度出入りしてるだけの若造だ。
50歳になっても元気にアクションしてる低岩さん*13や、53歳になっても若々しく特撮部門を取り仕切る黒倉さん*14みたいなこの業界に三十年いる人達と比べりゃ、その半分くらいしか経験を積んでねえ。
「私が女優として大成功しなかったら、顔が存在意義の私はどうなるの?」
「あなたの存在意義はあなたの母親が生んだという事実だけでいいんじゃないですか?」
「褒められたいじゃない」
「いや、あの、その……そうですね。その原動力は間違ってはないです」
承認欲求。
誰の中にもあるもので、日本人の美徳では"ないほうがいい"とされるもの。
こいつから膨大なエネルギーを得て、凡人には絶対にできないような努力と研鑽を重ね、誰も真似できないような能力を身に着けて成功した人を何人も見てきた。
この人もそうなるかもしれない。
そうなったら、楽しそうだ。
「近日俺講義するんですが、それに来ませんか? 参加費は代わりに払っておきます」
「講義ー?」
「百城千世子が成功した理由を、ちょっとだけ講義内容に加えておきます。
ですから真面目に聞いてくださいよ。真面目にこの業界でやっていきたいのなら、ですが」
「『チヨコ』の? へー、いついつ?」
どうせ真面目な講義やるにゃあ準備が足りねえ。ちょっとためになる講義を聞かせてやるよ。
「ところで、今の子供がスマホを欲しがる理由と……
昔の特撮番組で、携帯電話型の玩具が売れた理由の共通点をご存知ですか?」
子供が買いたくなる玩具って、なんだと思う?
モデル以外の経験がほぼない人など、演技やアクションが駄目な人を小道具大道具のギミックで補助する仕事もまた、英二君のお仕事
具体的に言うとその人用に調整したトランポリンで跳ね上げ、上からワイヤーで吊り、回転縛帯という専門用具でバック宙させたりするのである