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そういった知識の中の1つが魔物の危険性だ。例えば【ウォーシャドウ】。6階層辺りから出没するようになるそれは、黒色の体でヒト型の2腕2足、頭部に相当する部分には円形のパーツが顔代わりとばかりに付いているそのモンスターの危険性はその爪だ。長く発達した両腕の先端に備わる指代わりの3本の爪は研がれた刃のように鋭く、新人冒険者程度ならば容易く切り裂いてしまう。その危険性から"新米殺し"の異名を持っている。
「はっ!」
「ガアッ!?」
しかし、此度は相手が悪すぎた。竜や巨獣、果ては神に届き得る存在たちの爪や牙を越えてきたその男にとって、その程度の鋭さは恐怖でも驚異でもない。彼の手に持った【コメットソード】の一太刀にてウォーシャドウは呆気なく剣の錆びとなった。
だが、迷宮のもたらす驚異はそれだけではない。例えば【キラーアント】。蟻をそのまま巨大化させたような容姿をしているそのモンスターは、虫らしい外骨格を纏うために刃を入れるのは容易ではない。更に命の危機が迫れば特殊なフェロモンを放ち、周囲の同種をかき集めるという厄介な性質を持つため、そうなれば数の暴力とばかりに冒険者たちを攻め立てる恐ろしい存在である。
「せいっ!」
「ガギャッ!?」
しかし、此度は相手が悪過ぎた。その男は未知の金属で構成された外殻を持つものや流体金属のように硬いだけではなく滑らかさまで持つものを相手取ってきたのだ。多少硬いだけで彼の一撃を耐えるなど出来はしない。
だが、下に降りれば今度は迷宮そのものが牙を剥き始める。10階層は立ち込める霧が冒険者たちの視界を遮る。そのため、ここではこれまで以上に魔物との急な鉢合わせや奇襲などにも警戒を配らなければならない。
そして、ここで出没する魔物も粒揃いだ。力とタフネスさに秀でた豚頭人型の魔物【オーク】、同じく人型ながら痩せ細った体に小柄さを活かした奇襲を得意とする人型の魔物【インプ】、空を飛び回り怪音波で獲物の動きを封じるコウモリ型の魔物【バットバット】。それらが同種異種関わらず群れを成して襲いかかる。ここでは、多様な戦法を用いる魔物たちの群れを捌く力が求められるのだ。
「【ブラスターフィスト】!」
「「「「「「ギャアアアッ!?」」」」」」
しかし、此度は相手が悪過ぎた。男は囲まれたり横に回り込まれたりするような状況下に適した攻撃手段を持っていた。そのうちの1つが闇派閥を蹴散らした【ブラスターフィスト】である。光の力を込めた拳を地面に叩きつければ、地面伝いに衝撃波となり群がる魔物たちを蹴散らすのであった。
【迷宮地下12階層】
「ふんっ!」
「ゴハァッ!?」
エックスの剣の一振りで白い体毛を帯びたゴリラのような魔物が力尽きて地に伏せた。【シルバーバック】と呼ばれるその魔物は本来であればその巨体と膂力で冒険者たちを亡き者にする危険な魔物であるが、これもまたエックスの敵ではなかった。
「ふぅ……。」
「お疲れさまっす、エックスさん。しかし凄いっすね。迷宮初日にここまで来られる冒険者ってそうそう居ないっすよ?」
脅威がいなくなったことを確認して剣を収めたエックスにラウルは称賛の言葉をかけた。
「ええ。正直想定以上ですね。彼の実力だけを見るなら正直このまま下へ降りても良いのでしょうが……」
「こればかりは致し方ないかと。この踏破速度を予測して中層の装備を手配しておけ、という方が普通はおかしいはずなので。」
ラウルの言葉に続くように、アスフィはそう言いながら、迷宮のある方角を見つめる。その視線は地下13階層へと降りる階段がある場所を指していた。彼女の言わんとしたことを察したリューはそれに補足するような形で話を合わせた。
「今の私たちが【
「ええ。エックス氏なら得体の知れないスキルなどでどうにかするかもしれませんが、私たちはそういった誤魔化しが効きませんからね。」
「え、えーっとアスフィさん? ボクって何か気に障るようなことしちゃいました?」
「いえ、あなたを罵倒するつもりはありません。ただ、あなたなら無理を通してしまうだろうというある種の信頼感を言葉にしただけです。」
「……まあ、無理を通すというか、今までの冒険の中で無茶をしてきた自覚はありますけど。」
その好青年ぶりとは打って変わってあまりにも底が読めない強さを持つエックスに対して微妙に辛口であたるアスフィと、自分のしてきたことを振り返って強く否定できずに微妙な返事を返すエックスであった。
「いやいや、エックスさんは今の時点で充分無理してるっすよ。何度でも言わせてもらうっすけど、今日始めて迷宮に入った人が12階層まで来て、さらに後方でサポーターとかじゃなくって先頭きって戦うなんて普通は無茶なことっす。」
「まあ……提案した私が言うのもなんですが、それは認めざるを得ませんね。ここまでスムーズに来られるとは私も思っていませんでしたし。」
「それは【万能者】の見通しが足りないせいではないだろう。オラリオの外で【
アスフィの感想にリューも同意する。基本的に冒険者というものは座学を軽んじる者や、蓄えが無いため日銭を稼ぐために一銭の得にもならない講習等を受けてる暇がないという者たちは少なくないからだ。
「ボクの場合、飲食も寝泊まりも保証してもらってたんで、その間にゆっくり書物を読む暇があったんです。それに関しては本当に幸運でした。」
「勉強熱心っすね、エックスさんって。」
「いや、ボクなんて割とズボラですよ? 本を読む量だったらベルの方が何倍も読んでたし、勉強熱心って意味ならテン、あっ、ボクの妹なんですけど、錬金術やってたから色々勉強してましたし。」
「れ、錬金術……!? まさか、魔術的要素を用いて物体を合成させたり、物体を関連性のない物体に変化させるあの錬金術ですか!」
【万能者】と呼ばれるほどに"
「ええ、テンは昔から錬金術が得意なんですよ。例えばボクが持ってる【錬金釜】っていう、テンが作ったアイテムがあるんですけど、錬金術が使えないボクでもアイテムを適当に入れれば簡単にアイテムが作れるんです。」
「……………は?」
アスフィは耳を疑った。誰でも錬金術が可能なアイテム? それを彼の妹が作った? しかも、そんな奇跡的な代物を兄弟とはいえ他人に渡した? 彼女の思考は思わずフリーズした。
「あ、あのー。テンが凄いのは確かですけど、そこまで固まるようなことなんですか?」
「……いえ、ヘルメス様からの頼まれごとをいつも通りに請け負った過去の自分をちょっとぶん殴りたくなったといいますか……って何ですか、その顔は。」
「いや、それっぽい言葉、この間ヘファイストス様からもお聞きしたな、と思いまして。」
ああ、あの鍛冶神もとんでもないものをお出しされたんだな、ということを察してかの女神に同情心を寄せるアスフィであった。
「……なんか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするっす。」
「……【万能者】、確認ですがこの一件は他言無用で合ってますね?」
「お願いします……。エックス氏の戦闘能力の調査が今回の目的ですので、頭痛のタネを増やすべきではないですね、ええ。」
まるで自らに言い聞かせるようにアスフィはエックス含めて、この場の3人にそう言い渡した。
「──で、話は変わりますけど、今日はこれ以上先に進まないということに関してで、この後はこのまま帰るってことで合ってますか?」
「そうですね……。まだ地上に戻るには時間がありますし、この階層で──」
──バギィッ!!
「「「「!」」」」
アスフィがこの後のことについて話そうとした、そのときであった。壁に亀裂が走った。迷宮特有の魔物が現れる前触れの現象だが、今回はその規模が違った。天井から床まで届くほどの巨大な亀裂だった。そして、その亀裂から魔物の頭部が姿を晒した。
「あ、あれは……!!」
続いて胴体部分が姿を現す。橙色の体色に長い首、短い四肢には分厚い爪が生え、後頭部からは角のようにも見える細い突起がいくつも伸びていた。その威容は明らかに上層の魔物とは一線を画すものであった。
「イ、【インファント・ドラゴン】……!」
ラウルが恐怖に怯えた顔でそのモンスターの名前を言葉にする。
──インファント・ドラゴン。迷宮内に稀に産まれることがある稀少種の1体である。空を飛んだり炎を吐くといったドラゴンらしい行動こそしてこないが、竜種とだけあってその実力は上層でも圧倒的な強さを誇る存在であった。
「……やむを得ませんね。【万能者】、私が殿を務めますので、あなたはエックスを先頭に──」
「【天光の護り】。」
リューがアスフィに撤退の指示を出そうとしたときであった。エックスは片膝をつき、手を組むと何かに祈りを捧げるように目を閉じた。すると何処からともなく光が降り注ぎ、エックスたちのみならず、周囲の3人も包み込んだ。
「な、ななな何すかこの光!?」
「まさか無詠唱の魔法……!?」
「エックス氏、これは一体──」
「すいません、終わったら話します。【活性の祈り】。」
エックスの左手に優しい緑色の光が集まると、それは一旦彼の手から離れ宙に浮かび、再び彼の方へ戻ってそのまま体に吸い込まれていった。
「準備万端! 行ってきます!」
「エ、エックスさん!?」
エックスはそう言うと周囲の制止を聞かず、剣を抜いてインファント・ドラゴンへ向かって駆け出した。
「ガアアアアッ!!!」
こちらに向かって突っ込んでくる人間を見たドラゴンは、死にに来たか、とばかりに大口を開けて咆哮を挙げる。普通の冒険者であればそれだけで心折れ臆し、我先にと逃げ出すであろう。
「くらえぇぇっ!!」
「グワアアアァァッ!」
しかし、エックスはそれを意に介さない。そのままドラゴンに駆け寄ると勢いのままに跳躍してドラゴンの顔あたりまで飛び上がった。そして、いつの間にか炎を纏っていた剣を高々と振り上げる。
それを見たインファント・ドラゴンは獲物が自ら飛び込んできたとばかりに大口を開けてエックスを待ち構える。
「【ドラゴン斬り】っ!!」
そして、彼が炎を纏った剣を斜めに力いっぱい振りおろした。その太刀筋は大口を開けて待ち構えていたインファント・ドラゴンの頭部を口の部分を境に両断した。上顎から上を切り落とされたインファント・ドラゴンはその場に力無く倒れ動かなくなった。
「よしっ、と。あっ、すいませーん。魔石取り出すの手伝ってくださーい。」
「いや、なにサラッと一仕事しました、みたいな空気出してるんすか!? そんなにサクッと倒して済ますような相手じゃないっすよ!!?」
「………【疾風】、あなたはあんな感じにインファント・ドラゴンを倒せますか?」
「一対一であれば倒せなくもないが、あのように一撃で倒せと言われれば流石に無理だ。今の状況で分かるのは真正面から彼とぶつかり合った場合、私に勝てる見込みは無いということだ。」
インファント・ドラゴンを倒したときの気迫は何処へやら、いつも通りの人の良さそうな笑みに戻って後始末を始めようとするエックスの姿にラウルはツッコミを入れ、アスフィは目頭を押さえながらリューに問いかけをし、リューは暗にアイツは想像以上にヤバいとそれに答えるのだった。
「いや、コイツ体が大きいから解体するのも難しくて……。これ剣でザクッてやったほうが早いですかね?」
「ああっ、駄目っすエックスさん! 自分も手伝うから無理にやろうとしないで! 魔石割っちゃうっす!」
無理やりドラゴンの体内から魔石を取り出そうとするエックスの姿を見たラウルが、慌てて助けに向かった。
「で、エックス氏。先ほど使った魔法について話していただけますか?」
インファント・ドラゴンの解体及び魔石の回収を終えた一行は、比較的安全とされる地下12階の入口辺りまで戻ってエックスが使った魔法らしきなにかについて問いただしていた。
「魔法……? あっ、もしかして【天光の護り】と【活性の祈り】のことですか? それなら、どっちも魔法じゃないです。あれはスキルのほうです。」
「えっ、あれ魔法じゃないんすか?」
「はい。魔力は使いますけど魔法じゃなくてスキルなんです。括りとしては【ブラスターフィスト】と一緒です。あっ、あの治療のときに使った【ベホイム】は魔法です。」
「……なんでしょう。もう既に頭が痛くなりそうな気配がするんですけど。」
「諦めろ、【万能者】。戦いにまつわることである以上、聞き質さないわけにはいかないだろう。」
「えーっと、続き説明しますね? まず【天光の護り】簡単にいうと、自分と自分の周囲の味方の受けるダメージを軽減する効果です。次に【活性の祈り】ですけど、これは自分にしか使えませんが、最大体力を増やしながらついでに体力を回復できます。」
「「「………。」」」
「えっ? いやっ、あの、嘘じゃないですよ? なんなら、【活性の祈り】はまだしも【天光の護り】は皆さんにも効果があるので、地上近くに出てくるゴブリンやコボルドで試してますか?」
──無詠唱の術で耐久を上昇させる? しかもそれを周囲にも纏めて付与? 最大体力を増加させるってなに? しかも体力回復って序でにやっていいの?
出自もファミリアも違う3人であったが、短い発言にギッシリと敷き詰められた情報の暴力に耐えきれず、頭にハテナの行列を並べることとなった。
「………【疾風】、報告する情報の範囲について話し合いませんか? 信じてもらえる云々の前に情報の土石流で収拾がつかなくなるのが見えるんですが。」
「……私としては、アストルティアと呼称される遺跡辺りから目覚めた魔王である、と報告すれば充分ではないかと。もし躊躇われるのでしたら、私主導で纏めあげても構いませんので。」
「いや、だからボクは魔王じゃないんですって。どうしてもそういう報告をするっていうならせめて"大"魔王にしてください。そっちならまだ折り合いがつきますんで。」
「いや、そのこだわりの方が意味わかんなくって混乱を招くと思うすっよエックスさん。」
今回の調査の監督として報告内容に頭を抱えるアスフィ、そういったツッコミをもう放棄したいリュー、バカみたいな力を持ってるくせに妙に細かい点にこだわるエックスにそのこだわりが理解できないラウル。
世界の秘境である迷宮の片隅で、迷宮に劣らない非常識を抱えるアストルティアの冒険者相手に頭を抱える3人のオラリオの冒険者の姿がそこにはあった。
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