──【バベル前・広場】
エックスの朝は早い。別に朝に強い体質とかいう話ではない。冒険者として活動する中で、夜間の行動を避けるために朝早くに宿屋を発つような暮らしが珍しくなかったために朝から動けるというだけである。
「リオンさん、お久しぶりです。今日からまたお世話になります。」
「おはようございます、エックスさん。お早い到着ですね。」
そんな朝早く、エックスとリュー・リオンの2人はバベル前の広場で久方ぶりの顔合わせを行っていた。2人の装備も初対面時と同様、戦いに備えたものを身にまとっていた。
「それはそうですよ! やっと冒険に繰り出せるんですから!」
そう、エックスはこれから迷宮攻略に繰り出すのだ。名目上、検問を受けずにオラリオに入場したということでギルド内での待機が続いていた彼であったが、遂に制限付きとは言え冒険に繰り出すことが出来る日が今日であった。そんな彼の様子は、まるで遠足を待ち望む子供のようであった。
「やる気があるのは結構ですが、ダンジョン内では浮かれないようにしてください。あそこは観光しに行くような場所ではない。」
「あっ……ご、ごめんなさい。」
迷宮の危険性を知る者としてそれを咎めるかのようなリューの警告に、エックスは頭を下げつつ謝罪の言葉を述べた。
「……で、そういえば今回の冒険ってボクとリオンさんだけじゃなかったですよね?」
「ええ。後もう2名、同伴する冒険者が──」
「おや、噂の冒険者はもうご到着でしたか。」
「えっ!? イルーシャ………?」
エックスが驚きと共に顔をそちらに向けると、そこに居たのは水色の髪に同じく水色の瞳をした女性の
「……? 誰かと勘違いされているんですか? 先に申し上げておきますが、私の親族にイルーシャなどという人物は存在しませんが。」
「あっ、その、ごめんなさい。ボクの知り合いの人声が本当に似てて。」
「あなたは私にもそういう声かけをしていませんでしたか? まさか……」
「いや、本当なんですよ! この人の声もイルーシャっていうボクの知り合いにそっくりで、リオンさんの声だって驚くくらいアンルシアにそっくりだったんですよ!」
そうやって女性に軽々しく声をかけているのでは、という疑いの目を向けるリューに対してエックスは必死で弁明する。リューはその弁明を疑惑が晴れるのかの言わんばかりの目で睨み、女性の人間は何をやってるんだか、とばかりに呆れた表情で眺めるのだった。
「お、遅れて申し訳ないっすー!」
3人がそのような騒々しい会話をしている最中、彼らに駆け寄ってきたのは男の
「いえ、我々が早いだけで時間に遅れているわけではないので、深く気にすることではないかと。」
「そ、そうなんすか? いやーっ、もう皆さん揃ってたみたいなんで………って自分の顔に何か付いてるんすか?」
リューの説明を受けてホッと一息ついている中、エックスが呆然とした表情でこちらを見ていることに気づいたその若き冒険者はその理由を尋ねた。
「いや、そのなんていうか、声が……」
「また聞いた事がある声だとか言い出すつもりですか?」
「うーんと、聞いたことがあるような無いような、これから聞くことになりそうな声というか……」
「いや、いきなり褒められてるのか貶されてるのか分からない評価をされても困るっす……。」
リューの疑惑の目に対して何とも歯切れの悪い回答をするエックスに対して、初対面の相手によく分からない評価をされた若い冒険者はただただ困惑する他無かった。
「……オホン。さて、これで全員集まりましたね。見知った顔も居るでしょうが、改めて自己紹介からいきましょう。私は【ヘルメス・ファミリア】のアスフィ・アル・アンドロメダ。Lv.2で【
「では次は私が。【アストレア・ファミリア】所属のリュー・リオン。Lv.3で二つ名は【疾風】。主神であるアストレア様の命に従って此度は参上しました。」
「じゃ、じゃあ自分が。【ロキ・ファミリア】所属のラウル・ノールドっす。Lv.1の新米冒険者っすが、皆さんの足を引っ張らないように頑張るっす!」
場の空気を見かねた女性の
「最後はボクですね。名前はエックスと言います。皆さんの言い方に揃えるなら、【ルティアナ・ファミリア】に所属してます。レベルは諸事情につき明かせませんが、全力を尽くして取り組みますのでどうかよろしくお願いします。」
そして最後に挨拶するのはエックスだ。事前にアストレアと打ち合わせておいた対外的な肩書きを用いて同行する3人に深々と頭を下げた。
「さて、全員の自己紹介が終わったところで今日の目的について共有しましょう。今回の目的は、簡潔に言えばそちらのエックス氏の実力調査です。これより迷宮に降りて彼がどの程度戦えるかの調査となっています。」
「調査っすか? 迷宮探索のために実力調査なんて聞いたことないっすよ。」
アスフィの告げた内容にラウルは疑問を投げかける。彼の疑問は当然であった。基本的には迷宮攻略に資格などは必要ない。強いて言うならギルドに冒険者登録が必要であったが、それによってギルド側が迷宮攻略に制限をかけることなどはない。もし、身の丈に余る挑戦をしようとすれば、その代償は命をもって償われるだけだからだ。
「ええ、普段なら勝手に入ればいいし、無茶をしても自己責任で終わりです。ですが、エックスに関しては彼も言っていた通り自身のレベルを開示していません。」
「確かに。オラリオで冒険者として活動する以上、レベルの開示を拒否するというのは見過ごせない状態ですね。」
「はい。【疾風】の言った通り、普通ならそんなことは認められていません。ですが、今回はオラリオの一部の神々の連名によって一定の条件のもとにそれが免除されることになりました。」
「それが今回の合同の迷宮探索ってことっすか?」
ええ、とラウルの疑問にアスフィは答えた。基本的に冒険者のステイタス等に関しては、守秘義務が認められているがレベルに関しては別である。これは、オラリオに在籍する冒険者はこのレベルを基準にそのファミリアのランクを定め、それによるギルドへの納税額の調整や"
迷宮の完全攻略を掲げるギルドにとって、ファミリアに望むのは向上心を持った迷宮への挑戦である。そのため、このような形でファミリア側に圧力をかけて迷宮踏破を促しているのだ。
もっとも、エックスに関しては冒険者の成り立ちが根本的に異なるのでレベルやファミリアと言われても答えようがないのであるが、そこはアストレアが根回しを行って今回のような形に落ち着いたのだ。
「さて、エックス氏。改めて伝えておきます。」
「なんでしょうか?」
今回の調査内容とその目的を伝え終えたアスフィはエックスの方に体を向けて彼に話しかけた。
「改めて言っておきます。先程も神々の連名と言いましたが、それはここに集った3つのファミリアの主神に加えて神ガネーシャと女神フレイヤの計5柱の神々によるものです。その意味を理解できていますか?」
「はい。このような素性の知れない僕に、このような機会を下さった神々の皆様に恥をかかせないためにも誠心誠意をもって全力で取り組みます。」
「分かっているなら結構です。後は行動で示してください。念のために申し上げておきますが、私たちの目を盗もうなどとは思わないでくださいね?」
「はい。よろしくお願いします。」
虎の威を借る狐は許さない、とばかりに釘を刺すアスフィに対して、エックスはは彼女の顔を見据えてそれに応えた。
「では、これから迷宮に入りますがその前に質問や意見のある方はいますか?」
「じゃあ、ボクから。これからの探索なんですけど、ボクが前衛を務めるので大丈夫ですか?」
「えっ? いや、エックスさん迷宮初心者どころか初探索っすよね? 先頭に立って前衛やるつもりっすか?」
「でも皆さんの装備を見る限り、前衛に立つって感じの装備には思えません。ボクはこれでも前衛で壁役をやってた経験が長いので最悪皆さんの盾代わりにはなれるかと。」
エックスが指摘したのは探索する際の各々の立ち位置であった。元々エックスは前衛で壁役ないしは敵の
「【万能者】、彼は自身のことを冒険者でガーディアンだと名乗っていました。その言葉を信じるなら身の守りには一定の自信があるのでしょう。それに冒険者だとしたら初見の遺跡や洞窟などの探索の心得もあるはず。彼の意見を採用して動き方を見てもよいかと。」
「……ふむ、いいでしょう。では彼を先頭として私とラウルでそのサポート、あなたは最後方で奇襲等の警戒をお願いします。」
リューは初対面の際にエックスが話していたことを思い出し、アスフィにそのことを伝えつつ、彼の意見を後押しする。アスフィもまた、彼の力量を見定められると判断してその意見を認めるのであった。
「さて他に発言したいことがある方は……いないようですね。では、これより迷宮探索を開始します。各員、自らの肩にこの4人全員の命がかかっていると思って臨んでください。」
「「「はい(っす)。」」」
こうして話が纏まった4人は、アスフィの号令を合図にバベル内部にある迷宮へと続く階段を降りていくのであった。
「ヘディン様、監視対象の一団が迷宮に進入しました。」
4人が迷宮へと入っていくのを遠目から眺めていた冒険者の1人が、物陰に潜んでいた1人の男エルフにその旨を報告した。
「よし。では改めて今回の任務を復唱する。今回の任務は第1にエックスと呼ばれる男の行動の調査。第2にあの一団を偵察する他集団の調査並びにそれが闇派閥だった場合の対処だ。なお、あの一団に対しての介入はエックスが明確に故意にパーティーへ危害を加えた場合を除き一切禁止だ。たとえ
「「「「はっ。」」」」
「では出立する。」
長い金髪にワインのような暗い赤色の瞳の風貌をしたそのエルフは周囲の冒険者にそう命令を言い放つ。そして、周囲の冒険者が統率された軍隊のように命令に応じるのを確認すると、ヘディンと呼ばれたエルフは一団を率いて迷宮へと進入するのであった。
──【迷宮地下1階】
「話には聞いてたけど、この辺りはまだまだ普通の洞窟って感じだね。」
「エックスさんってオラリオの外で冒険者やってたのは聞いてるっすけど、洞窟に行ったこともあるんすか?」
「うん。それこそ、始めての冒険も清き水の洞くつってところにテンスの花を取りに行ったのだし、その次はロンダの氷穴ってところでこっちも氷に覆われてたとはいえ洞窟だから洞窟とは縁が深いのかな?」
アスフィの指示のもと、メンバーの先頭を進むエックスはラウルと会話をしていた。リューとアスフィもまだ地下1階という比較的安全な地帯であることと、彼の素性を調査したいという思惑があったため、それを咎めず静観していた。
「へぇ~。ずいぶんあっちこっち冒険に行ってるみたいっすね。」
「そうですね、思い返すと本当にボクってあっちこっち行ってたんだな、って思いますね。エテーネの村で──」
──ピキッ…
「! 壁が……!」
突如、通路の前方の壁にヒビが入った。エックスは即座に腰の剣を抜いて臨戦態勢を取る。迷宮の壁や天井が何の前触れもなくひび割れるという状況が何を示すかを彼は事前に学んでいたからだ。
「「ギャッギャッギャッ……」」
程なくして、壁の亀裂は巨大化しそこから2体の人型のナニかが現れた。緑の体色にエルフのような長い耳、醜悪な笑みを浮かべたその魔物の名は【ゴブリン】。この迷宮に足を踏み入れた冒険者たちが最初に対峙することになるであろう魔物であった。
「ちょうどいいですね。では、あのゴブリンの討伐をお願いします。あなたの要請がない限り我々は手を出さないので自由に戦ってください。」
「分かりました。行ってきます。」
アスフィの指令にエックスは応えると、地面を力強く蹴ってゴブリンたちの元へ接近する。
『この装備も持ち手をえらぶ装備のようだけど、パッと見でも最低でもLv.7以上の──』
(【ヴェーレダガー】も今身に付けてる装備も装備レベルは対して違わなかったはず。つまり、ボクの強さもその辺り。それなら、この辺りのモンスターに手間取っていられない。)
ヘファイストスとの会話を思い出し、この世界における自分の強さを大まかに把握していたエックスはゴブリンたちに臆することなく攻めかかる。
「はあっ!」
「グギャ!?」
「ふんっ!」
「ゴバァッ!?」
片方のゴブリンを手にした片手剣で袈裟斬りにすると、もう片方のゴブリンを盾で力強く振りかぶった。大盾の重い一撃を受けたゴブリンは、グシャッという嫌な音と共に吹き飛ばされて動かなくなった。
「おおーっ! カッコいいっすよエックスさん!」
「冒険者を自称するだけあって戦い慣れてますね。戦闘面だけを見る限り、少なくとも上層であれば問題なさそうですね。」
「得体のしれない装備を身に付けているのでどうなるかと思いましたが、それに頼りきりな戦い方というわけではないようですね。」
新人冒険者であるゆえに素直にエックスのことを称賛するラウル、体の動かし方を見て熟練度を測るリュー、自身の持つ能力ゆえに彼が纏う装備の部分から戦いぶりにコメントするアスフィと各々が反応を示す。
「すいませーん、モンスターから魔石取り出すの手伝ってもらっていいですかー?」
「じゃあ、自分がそっち行くっすよー。」
エックスの呼びかけにラウルが応じ、2人はゴブリンの死骸から魔石取りを始めた。
それを見届けたリューは、アスフィを手招きし自身の方へ引き寄せる。
「【
「一見すれば冒険者としては珍しいくらいの好青年、ただしあの纏う装備を除けばですが。」
「そうか。私も初対面のとき、一冒険者が身につけるものにしては、と思って声をかけたのだが、そちらの目で見ても異質となると私の勘が外れていたわけではなさそうか。」
「ええ。装備そのものもですが、装備にかかっている力もそうです。魔法かそれとは異なる類いの術かまでは分かりませんが、少なくともオラリオでお目にかかったことは1度もないのは確かですね。」
ラウルがエックス側に行った後、女性陣はエックスについての情報交換を密かに行った。両者とも、エックスの身に着けている装備に気になる点があるという部分に関しては一致していた。
「そうか……。それで、これからどう動くつもりだ?」
「思った以上にあのエックス氏は戦える様子ですので、想定より予定を早めてこのまま下に潜ろうかと思います。私としては10〜12階層辺りまで降りて問題ないかと。」
「……ええ、私としても異論はありません。それに今回の目的はあの男の実力調査なのだから、その方が都合がいい。【闇派閥】がどう動くか分からない現状、仕事はなるべく早く済ませることに越したことはないでしょう。」
「お待たせしました。ただいま戻りました。」
2人が今後の予定を小声で議論していると、魔石の回収を終えたエックスとラウルが戻ってきたのでそこで話を一旦打ち切った。
「ではお二人とも、今後の方針についてですがですがこのまま階層を降ります。目標としましては、ひとまず10階層を目標にします。」
「じゅ、10階層っすか!? エックスさん、今日迷宮に入ったばっかりっすよ!」
アスフィの提案にラウルは思わず驚きの声をあげた。
「いえ、私も専門家ではありませんが、彼の戦い方を見るに実戦経験は少なからず積んでいると見受けられます。今回の目的はあくまでエックス氏の実力調査であり、迷宮攻略のための講習などではありません。」
「ってことは……エックスさんは10階層辺りまでなら戦えるってことっすか?」
「はい。こちらの【疾風】とも相談のうえで判断しました。それで合っていますよね?」
「ええ。先ほどの戦いぶりから見て彼の強さは10階層程度でも問題なく戦えるものかと。」
ラウルの心配を他所に、事前の打ち合わせ通りにリューはアスフィの問いに肯定した。
「で、でも、仮に戦える力が有ったとしても初日も初日っすよ? 今日慌てて──」
「いえ、ボクなら大丈夫です。」
「エ、エックスさん!?」
「心配してくれてありがとうございます、ラウルさん。でも、アスフィさんやリューさんがここまで言い切ってもらった以上、ボクはやらなくちゃならないんだと思います。今回はボクの実力調査、でしたよね?」
戸惑うラウルに対して、当のエックスは冷静だった。元々お人好しの気があるに加えて、よく分からない地域で他人の指示に従うという経験を多く積み重ねてきているので今回もそれに倣っただけである。
「……いえ、理解が早くてこちらとしても助かります。では、本人からの了承も得られましたし、これより階層を降ります。エックス氏、戦いぶりは常に見張っていますので手を抜くなど無いようお願いします。」
「はい。」
あまりの素直さに、逆に心配になりそうな気持ちを抑えてアスフィは号令をかける。こうして彼ら4人は迷宮の奥深くへと足を踏み入れていくのであった。
.