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──エックスが元気に鎚を振るっている頃
「まず初めに、各々忙しい中で私の招集に応じてくれたことを感謝するわ。」
ギルドの一角に存在する会議室。そこには同室の数柱の神々に礼を述べるアストレアの姿があった。
「礼など不要だ! このガネーシャ、民衆の安寧を守護する同志の頼みとあれば、如何なるときでも駆けつけようぞ!! そう、俺がガネーシャである限り!!」
「俺もだよ、アストレア。なんだったら、次は俺だけ呼んでもらって2人きりでも構わないんぜ?」
彼女の言葉に象を模した仮面を被った薄い褐色肌の神ガネーシャと向日葵色の髪に中折れ帽、旅装束を纏った神ヘルメスは明るい返事を返した。
「うちもアストレアに呼ばれるのは構わんけど、このメンツの集まりってのが正直嫌な予感がするなー。」
「私もロキに同感ね。現状のオラリオ派閥の主要ファミリアの主神を揃えるなんて穏やかじゃないわね。」
赤い髪を引っ詰め髪に纏めた細目の女神ロキと銀の長髪で黒いドレスを纏い絵画のような美貌を誇る女神フレイヤは集まった顔ぶれを見て、今後の動乱を予期していた。
「さて、皆の貴重な時間をこれ以上取るわけにもいかないから話を始めるわ。いきなりだけど、結論から言うわ。先日からオラリオで話題に挙がっているエックスという
「「「「!!!!」」」」
アストレアのいきなりの告白にそれを聞いた4柱の神々は驚愕を隠せなかった。
「なんと……!!」
「貴女がこんな嘘をつく神では無いのは知っているけれど……それでも疑いたくなるわね。」
「うわ~っ、マジかいな………。」
「異世界に通ずる明瞭な証拠を、まさか下界で見ることになろうとはね……。」
「皆が驚くのも無理はないわ。だけど、彼との対話を通じて私なりに精査してみたけれど、これ以上の答えは導けなかったわ。」
「かあ〜っ、それが本当なら間違いなく厄ネタ確定やん。今だけアストレアの権能が"嘘"になっててほしい気分や。」
アストレアの駄目押しの言葉に、ロキは首を横に振りながら冗談混じりに愚痴を吐いた。天界のトリックスターとも評される程に頭の回転が速い彼女は、その事実から良からぬ現状が見えてしまっていた。
「ロキよ、厄ネタ扱いとはこのガネーシャ聞き捨てならんな。そのエックスという人間はただ闇派閥の鎮圧をするだけではなく、人質の救出や怪我人の治療も平行して行ったと聞いている。魔王を自称したという話もあるが、それだけの理由で彼を厄と決めつけるのは暴論だと言わせてもらうぞ。」
「ちゃうわ。重要なのはそこじゃあらへん。人間がそのまんまの形で下界に飛ばされて来とるのが問題なんねん。」
「【
「そうや、ヘルメス。」
ロキの発言に憤ったガネーシャを彼女が諌めていると、その発言の意図を理解したヘルメスがフォローを入れた。
「下界の
「ええ。さらに言うなら誰もそのときの予兆を感じ取っていないのも問題ね。世界を跨ぐという無茶をするのであれば、その余波が何かしらに波及するはずよ。彼はオラリオの地上にある廃教会で目覚めたと言っていたわ。そこに直接跳ばされたと仮定するなら、その転移に伴う不審な現象がオラリオ内で1つも報告が上がってないのは不自然よ。」
ロキから話を受け継ぐ形で、ヘルメスはエックスという存在があの形で転移してきたことに関する異常さの説明をし、アストレアはそれに追従する形で、逆にオラリオで異常が観測されなかったことに関する不審さを指摘した。
「そのエックスという人間の転移に関する異常性の話は分かったわ。そして、それを可能にした存在がその厄に繋がると、そういうことでいいのね?」
「そうさ、フレイヤ。これだけ高度で緻密な転移を可能とする存在となれば、実行者は神や大精霊、それもうちらのゼウスやそっちのオーディンみたいなの大神クラスの超大物だ。」
「つまり、異世界の管理者に匹敵する存在が動いたということか。ロキが言ってた厄ネタとはそういうことだったのか。」
「せや。ゼウスやオーディンのジジィ、ガネーシャのところならシヴァか。そいつらが権能全開で他所様に手を出したのと同じくらい異常なことが起こった結果がそのエックスっちゅう存在の転移や。」
こちらの世界における最高位の神格が直接アクションを起こし、こちらの世界に接触した可能性が高いという推測の共有は、ここに集う神々に、事の重大性を強く知らしめた。
「ただ、問題の核心はそこだけじゃあらへん。如何に大神クラスっちゅうても、世界の壁を超えて五体満足の人間を送り込むなんていう荒業は半端なことじゃ出来へん。それをするに値する原因こそが厄ネタの本体や。」
「そうだな。こちらの世界に何らかの厄が侵入して、それに気づいた向こう側の大神もしくはそれに相当する管理者が対策札としてエックスを送り出した。こう考えるのが一番自然だな。」
「そういえばアストレア、あなたはそのエックスっていう人間から、彼をこの世界に送り届けた存在の名前や手がかりになりそうな情報は聞いていないの?」
ロキとヘルメスが、エックスが転移する要因となった事象について考えを纏めているなかで、フレイヤは彼を転移させた存在に関しての話を切り出した。
「ええ。その点については彼に聞いているわ。彼曰く、転移する直前の夢でルティアナ、彼がいた世界の女神らしい声を聞いた、と。ただ、会話の内容はよく覚えていないとも言ってるわ。」
「ふむ、女神ルティアナか。向こう側の神かそれに近しい存在が動いたのは事実なようだが、それはさっき出た推測の中でも出てたし、さほど新しい情報とは言えないな。」
アストレアの答えにヘルメスは残念そうな反応を示した。今のところ、異世界の神が何かしらの異変を感知して、その解消のためにエックスをこちらの世界に送り出した以上の推測がここに集まった神々の限界であった。
「………なあ、そもそもの話、そのエックスを厄を祓いに来たっちゅう扱いすること自体正しいんか?」
「おいおい、最初の方まで話を戻そうとするなよロキ。仮にエックスそのものがお前のいうところの厄だとするなら、聴取してたアストレアが最初にそれに触れないはずがないだろ?」
「権能が全力で使える天界ならともかく、ここは下界や。やりようはあるはずや。」
「待ちなさい、ロキ。権能など使わなくても、神々が下界の子の嘘を見抜けるのは私たちの常識でしょ。その部分から違うという考えもあるけど、それなら尚更アストレアがその例外を提示してないのがおかしいくらい、あなたでも分かるはずでしょ?」
"異世界から流れてきた厄に対抗するためにエックスが来た"という前提条件からひっくり返そうとするロキに対して、ヘルメスとフレイヤはその発言に待ったをかける。しかし、ロキは難しい表情を崩そうとせず、更に自分の推測を展開しようとした。
「確かにウチら神々は下界の子らの嘘を見抜けるようになっとる。せやけど、それは嘘が嘘っちゅう自覚が必要や。例えば、催眠や暗示を受け取った場合はどうや?」
「おいおい、確かに世界を跨いだ転移を可能とする存在ならそういうことも可能だろうが、それを言い出したら何でもありだぜ? 議論も何もあったもんじゃなくなるぞ。」
「その何でもありを考えにゃあかんとちゃうか? 相手は権能全開で来とる大神格っちゅうことを──」
「待て、ロキ! お前の疑心はお前の
ヘルメスの"これ以上議論を混ぜっ返すな"、と言わんばかりの反論を受けてもなお、疑心の目を緩めようとしないロキの言動をガネーシャが戒める。民間の治安維持に努めるかれにとって、仮に近い未来に彼と敵対するとしても、彼が成した功績を無視して懐疑的に見るのは黙って見過ごせないことであった。
「……ねえ、アストレア。結局のところ、あなたはエックスという冒険者に対してどういうアプローチをするつもりなの? まさか、それもまとまってないのに私たちを呼び出したつもりじゃないでしょうね。」
「それは大丈夫よ、フレイヤ。実は、案は1つ考えてきたの。これは、私の
「その案ってのは?」
「一緒に冒険をしてもらうのよ。厄の中身がどうあれ、エックスとその厄の衝突はほぼ確実にオラリオを巻き込むわ。なら、先に
ヘルメスの問いかけにアストレアははっきりと答えた。
「冒険……。ウチらの
「ええ、彼は自身のことを冒険者だと名乗ってたわ。ならば、最前線に送り込むのが1番シンプルで確実な手段だと思ってね。」
「なるほどね。未知や窮地に置かれてこそ、その人間の本性が分かるっていうしな。いい考えじゃないか?」
「ふむ、このガネーシャも異論はないぞ。」
「うちも右に同じくってやつやな。」
「私も構わないと思うわ。」
ヘルメスの同意に続くように周囲の神々も肯定の意で返した。
「じゃあ、ここに居る皆が各々の
「俺はもちろん
「いや、俺は見送らせてもらおう。先程も言ったが、俺はあのエックスという人間を信頼しているからな。それに、こういったものは同伴する者たちの数が多ければ良いと言うものでもなかろう。少なくともアストレアの
異世界からの存在に強い興味を示すヘルメスは即座に賛成の意向を見せた。逆にガネーシャはエックスに対する厚い信頼ゆえにそれを見送った。
「ウチは参加させてもらうつもりでいるで。せやけど、
「私は……そうね、持ち帰って考えさせてもらうわ。」
ロキとフレイヤは程度は違えど、検討に時間が欲しいと訴え出た。アストレアもそれに関しては拒まなかった。
「ええ。大事な話だし、各々の
こうして、ひとまずのエックスに対する扱いに関して話がまとまったことで、会話は彼の近況の様子についてにシフトしていった。
「で、当のエックスは何してるんや? いや、引き抜き合戦を起こさんように、ギルドが実質的な保護してるのは知ってるけど。」
「彼なら今、ヘファイストスのところにいるはずよ。何でも武器を打ちたいから、だそうよ。」
「武器を打つ? 鍛冶師の中には並の冒険者よりも高い実力を持つ子がいるのは分からなくもないけれど。」
「何でも、自分の生活費くらい自分で稼ぎたいからっていう理由で自分からギルド側に打診したそうよ。」
「なんと! 彼にとってはここは見知らぬ地のはず。それにも関わらず、自らの生きる道を自ら定めて切り開くというのか! その積極性と自立性はまさにガネーシャだっ!!」
「おいおい、随分とアグレッシブな奴だな……。冒険者としては悪くない素行だが、ロイマンとは絶対合わないタイプだな。」
ガネーシャがエックスの行いに感激する横で、ヘルメスはその情報からギルドの長であるロイマンとの相性の悪さを懸念していた。彼は決して悪人というわけではないが、所謂お役所的な性格の人間であり、基本的に冒険者とは反りが合わない人物だという評価が一般的だった。
「ロイマンのことを横に置くとしても、中立を謳うギルドが戦力を、それも周囲が無視できないほどのものを抱え込んだままなのもいただけないわね。」
「ならば、ここに居る誰かのファミリアで預かるか?」
「預かるにしても、俺のところは無理だな。知名度はともかく実力とか規模とかは皆のところに劣るからな。アストレアくらい少数精鋭なら別になるかもしれないけど。」
フレイヤの懸念に対するガネーシャの提案に対して、ヘルメスは残念そうにそう答えた。
「いやいや待てぃ。アストレアんところ言うたら
「あなたはいつからあの子たちの父親になったのよ、ロキ。」
「ただ、現実的に考えてファミリアに所属させるならあなたかガネーシャのところなのよね。私やロキのところに入れたら、力の均衡の点からして納得しない勢力が出てくるでしょうし。」
アストレアがロキの冗談にツッコミを入れる横で、フレイヤがそれらのエックスの所属先について指摘をした。今でこそ、【闇派閥】というオラリオ共通の敵の存在のために共闘関係を組んでいるが、一般的なファミリアの関係性はそこまで友好的なものではない。ファミリアという組織が、自分よがりで享楽を第一とする神々がトップを務める以上、足並みを揃えるというのが難しい現状があった。
「俺のファミリアか。確かに、かの冒険者を招き入れること自体はやぶさかではない。しかし、俺の神の勘が告げているのだ。彼はもう1人の"
「長々と力説した割には結局拒否んのかい! 自分、あの人間を認めてんのか認めてへんのかどっちなんや?」
「それに関しては是だ。何度も言っているが、俺は彼の善性を疑ってはいない。俺が"
「……あなたも何だかんだ言って
傍から見ると正直理解に苦しむ理論を力説するガネーシャを横目に、アストレアはそう呟くのであった。
「で、話が全く進んでないがどうすんだ? いっそのこと、ギルドに全てを押し付けるか? まあ、俺の予感が正しければギルドの担当者とロイマンは胃痛を抱えることになるだろうがな。」
「ねえ、さっきヘファイストスの所に行ってるって言ってたわよね? なら、彼女のところの用心棒という形で雇ってもらうのはどうかしら? 闇派閥を除けば【ヘファイストス・ファミリア】に喧嘩を売るような神々は居ないでしょうし。」
「うーん、それなら【デメテル・ファミリア】に預けるのはどうや? ヘファイストスの所はまだ戦える
ここでロキが語った【デメテル・ファミリア】というのは、農業などの食材生産を中心に担うファミリアのことだ。その生産規模の大きさから、"デメテルを怒らせた者は飢餓に苦しむことになる"などと語られるほどにオラリオの台所事情を支えていた。
逆に世界の破滅を望む闇派閥の視点で見れば、そこはオラリオの急所の1つであった。同じ生産系ファミリアである【ヘファイストス・ファミリア】は、迷宮における長期滞在の際に発生する武具の手入れ等で迷宮攻略に付き合うこともあり、戦闘能力を保持する者は少なからず居た。一方のこちらは、農業系ファミリアであるため戦闘能力に長ける団員は殆んど居らず、常に他のファミリアから護衛の協力を仰いでいる状態であった。
「おお、デメテルのところか。それはいい案だな。」
「そうね。だけど、あなたが言うような彼が厄という懸念が当たってた場合、裏目になるのだけどそれを分かって言ってるのよね、ロキ?」
「ああ、ウチが挙げた催眠や暗示の線で仮定するなら、エックス側からは行動を起こせへんから黒幕側の接触が不可欠や。なら、なるべく人目につくところに置くのが安牌や。後はヤツだけに護衛を任せるわけでもないし、アイツが暴れたとしても他の護衛が時間稼ぎくらいは出来るやろ。」
「なるほど。ならば更に踏み込んで、1つのファミリアに留まらずに様々な生産ファミリアに不定期で守りにつかせるのはどうだ? そうすれば、闇派閥に読まれる確率も低くなるはずだ。」
「いや、そこまでやるんならいっそのこと──」
こうして各員が意見を出しあった結果、オラリオ全域を対象とする護衛任務として彼を雇用すること、雇用等にかかる金額はここに集まった主神たちのファミリアの活動資金から捻出するという形で話が纏まった。
「話は纏まったとみていいかしら? じゃあ、彼への護衛の交渉は私が行うわ。それと迷宮への共同の冒険のお誘いもね。」
「ああ、頼むよアストレア。さて、当面の彼へのつきあい方が決まったことでこの会合の目的も達成したから、ここいらでお開きってことでいいかな?」
「ええ。私からはこれで以上よ。皆の中からこの機会に挙げておきたい議案が無いのならここで解散とするわ。」
そう言ってアストレアは周囲に提議の有無を促すが、反応を示すものは居なかった。
「………居ないようね。なら、この会合を終了するわ。忙しい中、集まってくれたことに改めて感謝するわ。」
アストレアが最後の挨拶で締めくくった後、各々がそれぞれで雑談を交わし、それが済むと各自の本拠へと帰るのであった。
(ここから先は彼のターン。彼の内に秘める"正義"を見定めなくてはね。)
(恐れるな、冒険者エックスよ! 願わくば、お前がこのガネーシャと共に下界の未来を切り拓く先駆者であることを!)
(天界では遂に手が届かなかった異世界へ旅立つ扉、その鍵を下界で見つけられるとはな。まったく、面白くなってきたじゃないか!)
(こんなご時世に異世界からの来訪者、まったく面倒臭さの2倍どころか2乗や。とにかく、あの人間に纏わりつくであろう"ナニか"を見つけ出すんが最優先やな。)
(……彼は闇派閥を倒すときに眩い光を纏った拳を用いた、という話だったわね。ふふっ、あなたの輝きはその光のように輝いているのかしらね?)
痛みと悲しみが世に響く時代に現れた未知。様々な正義と悪、創生と滅亡、光と闇が交錯する中で神々の思惑は巡るのだった。