「ちょっ、ちょっと待ちなさい!? それは……!!」
ヘファイストスの目はその鎚に釘付けになった。先程見た【きせきのつるぎ】と同等、もしくはそれ以上のオーラを纏っていたからだ。それは鍛冶鎚の魔剣と言っても過言ではなかった。
「このハンマーのことですよね。これは【光の鍛冶ハンマー】っていう鎚です。これはその中でも★3っていう最高品質のやつです。本当なら、ボクかボクの仲間たちのための武器じゃないと使わない、って決めてるくらいのとっておきなんです。」
「もしかして、それもベルっていう子の……」
「ええ、アイツのお手製です。本当に、言葉じゃ言い表せないくらいに凄い職人ですよ、アイツは。しかも、ただ凄いだけじゃなくて冒険者と二足のわらじで職人をやってるボクなんかの為に、こんな職人道具を作ってくれる仲間想いなヤツなんですよ。」
ハンマーを掲げながら、エックスはこの道具を作った親友の顔を思い浮かべるように誇らしげに語った。
「……はあ、あなたといると驚いてばかりね。」
「いえ、ここからです。この鎚を使う以上、もっと驚いてもらいます。」
彼はそう言うと、一旦ハンマーを手から離し、袋から蜂蜜に似た色の鉱石に蒼い水滴のような鉱石、鏡のようなテカリを持つ石、翡翠色の鉱石に複数の色を内包した炎が灯る燭台などを取り出していく。
「さて……この難易度帯の武器を作るのは久々だから、緊張するなぁ。」
彼はそう言うと、先程と同じように坩堝の中に素材を次々と入れていって、最後に燭台に灯る火種をその上に垂らしてそれを炉の中に入れた。坩堝の中の鉱石は火種と共にみるみる溶けていき、液体の合金へと姿を変える。
「……行きます。」
彼は覚悟を決めたように静かに告げると、これまた先程と同じように鍛冶台の上にその金属をぶちまける。先程よりも大量の素材を溶かしているはずなのに、やはり合金が台から溢れるようなことは無かった。
「せりゃあっ!!!」
そして、エックスは威勢よく鎚を合金に振り下ろす。掛け声も、先ほどの【きせきのつるぎ】のときよりも熱が入っていた。ヘファイストスはその様子を声一つ挙げずジッと見据えていた。
「これで……どうだっ!」
幾度となく叩き上げた後、エックスは仕上げとばかりに鋭く鎚を振り下ろすと、その合金を水桶に沈める。ジューッという音と共に桶から湯気が立ち上る。暫くして、彼はそれを水の中から取り出した。
「よしっ!! ★3の出来映えが来た!!」
会心の出来映えとばかりに笑顔を浮かべると、その短剣に装飾を施して仕上げていく。
「これが、今のボクと手持ちの材料で作れる一番強い短剣、【ヴェーレダガー】です。お納めください。」
そう言ってエックスは、ヘファイストスに1本の短剣を差し出した。それは、先端に斧のような弧を描いたような大きな刃が付いた紫色の短剣だった。
ヘファイストスはそれを受け取ると、穴が開くほどに注意深く観察した。エックスはその様子を静かに、しかしながら自信有りげに見守った。
「これは……毒ね。それも毒液を刃に塗ったり刃の中に仕込んだりしてるわけじゃなく、刃そのものが毒を生成している。言うなれば、毒の魔剣ね。」
「はい。それは毒に特化した短剣です。相手を毒状態にできるのはもちろん、毒状態に対する相手への特効能力もあります。」
「相手を毒で苦しめつつ、その毒で動きが鈍った相手に更に深い痛手を負わせるというわけね。能力が無駄なく一貫してる良い武器じゃない。」
エックスの説明を受けつつ、短剣を見つめるヘファイストスだったが、ここである点に気づきエックスに尋ねた。
「ねえ、この短剣ってもしかしてステイタスに補正をかける機能が備わってないかしら?」
「ステイタス? 能力のことですか? それなら、ヴェーレダガーに関しては装備しているだけで素早さと攻撃魔力に上昇補正がかかるようになってます。」
エックスがさらっと言ってのけた情報に、"ああ、またかよ"と、驚きよりも呆れが先行するようになってきた自分に気づいて悲しくなるヘファイストスであった。
「本当にめちゃくちゃな一品ね……。毒を付与する、毒に蝕まれた相手に対する特効、素早さ、つまり敏捷に上昇補正と魔力への上昇補正。どれか択一で付いてておかしくない能力よ。しかも、見る限り普通の短剣としてみても遜色ない、というより一級品の斬れ味を帯びてるみたいだし。……って、質問なのだけど、貴方はこれを扱えるの?」
「いや、ボクは無理です。」
「そうでしょうね。これも【きせきのつるぎ】のように持ち手を選ぶような武器みたいだけど、パッと見でも推定でレベル7以上は必要な代物みたいだしね。流石にあなたも無理みたいね。」
「そうですね。それが装備できるのは、自分の知り合いだとベルくらいですかね? 後は大体剣とか杖とか──」
「待ちなさい。これが装備できる人が居るっていうの?」
自分の常識を飛び越えていく情報に晒され続けたヘファイストスも、ここで思わず待ったをかけた。彼女は自身の耳を疑った。嘗てオラリオに存在した2大巨頭無き今、【学区】に存在するただ1人を除けばレベル7以上の人間はいずれも消息不明とされる者たちしか居なかったからだ。
「はい、ベルは装備できます。もっと言うなら、ベルのためにヴェーレダガーを作ったこともありますよ?」
「嘘でしょ……。って確かそのベルって子、そのハンマーを作った職人なんでしょ? 冒険者と職人の二足のわらじで両方ともそんな高みにいるってこと?」
「ヘファイストス様もベルの凄さが分かりましたか? ボクにとって最高の相棒で戦友なんですよ、アイツは。」
「それだけの子がこの下界にいて、なんで噂に上がってない………まさかとは思うけどあなた、今でも彼と一緒に冒険してるの?」
「もちろんですよ。アイツとはランガーオ村、えーっと、ボクの故郷の街ですね。そこから旅立って、レンドアっていう港町に来たときに出会ってから一緒に旅を続けてるくらい付き合いは長いですよ。今はボクだけ
「そう、なるほどね。……ねえ、今あなたが着ているその装備、冒険に着ていく装備とは別物の装備よね?」
「あっ、これですか? はい、ベルが普段着に着ていくやつってことで、ボクが着られるように手配してくれたやつなんですよ。"たまには鎧じゃなくって、普通の服も着てください"って。」
彼はそういって、自身が身に着けている黒と赤を基調としたコートのことを紹介する。それはアストルティアでは【トレジャーコートセット】と呼ばれる一式防具であった。
「そのコート、なんというか鎧のような気配もするのだけど……いや、もうそれはこの際いいわ。貴方が普段冒険の第一線で使っている装備を見せてもらうことって出来るかしら?」
鍛冶神の目と勘がコートの違和感を感じ取ったが、彼女はこれ以上の情報の洪水に晒されたくないとばかりに態とスルーして、エックスの本当の装備に探りをいれることにした。
エックスは、自身の装備袋から装備一式を取り出す。それは、彼がオラリオに転移したときから身につけていたものであった。
「この片手剣は【コメットソード】、この大きな盾は【守護神の大盾】、この鎧一式は【魔衛隊士の鎧セット】とそれぞれ呼ばれているものです。他にも幾つか装備の手持ちはありますけど、現状の最高装備はこの一式です。」
ああ、分かっていたけどまたこのパターンだ、とヘファイストスは乾いた笑みを浮かべていた。もし先にあの武器を見ていなかったら、または彼が最初からこの装備を身に着けて対面してたら、自分は体面もなく叫んでいたであろう嫌な信頼感が彼女の頭をよぎった。
彼が見せた装備は、ヴェーレダガーと似たような性質を帯びている、言うなれば、これを身に纏える人物は推定でもレベル7以上の存在であることを示唆していた。
「うん……。この装備、明らかに装備そのものに由来しない力が込められてるわね。コーティング、といえば良いのかしら? 鍛冶に由来しないのは分かるのだけど。」
「えーっと、もしかして、錬金強化のことですかね? あっ、錬金強化っていうのは──」
「待ちなさい。鍛冶に直接関係は無いのでしょ? だったら、聞くのはまたの機会にするわ。情報量で潰れ死ぬのは御免被るわ。」
ヘファイストスは
「もう……なんて言うか、魔王様の鍛冶の腕前拝見と軽々しく考えてた過去の私を金槌で叩きたくなってきたわ……。」
「あ、あの。ボクも当面の生活費を稼ぐために来たつもりだったんですけど……。」
「生活費…… ああ、そうね。食い扶持を賄うために来てたのよね。……なんか色々あって正直金額の算出もしたくないくらいには疲れてるのだけど。」
エックスの申し出に、今日の目的を思い出したヘファイストスはぐったりした声色でそれに答える。
「で、金額の話の前に相談があるのだけれど……【光の鍛冶ハンマー】って他に予備があったりしないかしら?」
「あのハンマーのことですか? ……うーん。一応、★2以下のものであれば……でも、ベルが作ってくれたものだしなぁ。」
「そこを何とか曲げてもらうことはできないかしら? あなたの友人の力作であるのも分かるし、それを安易に手放したくないことも理解できるわ。でも、私にとって一番興味が湧いたのがその鎚なの。お願いできないかしら?」
ヘファイストスの懇願にエックスはうんうん唸って考え込む。
「………ではボクから。その鎚の製作者をベル以外の人物だと偽らないこと、他者の手に渡らせないこと、それを条件に認めてもらってよろしいでしょうか?」
「いいわよ。ここで誓約書を一筆認したためても構わないわ。」
「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、お渡しいたします。」
エックスはふくろの中から予備の【光のハンマー】を取り出し、それを彼女に手渡す。ヘファイストスはそれを力強く握りしめて受け取った。
「ありがとう、エックス。……さて、後は報酬の受け渡しになるわけだけど、ちょっとそこで待っててちょうだい。」
彼女はそう言うと、一旦部屋を出ていった。暫くすると、丸めた羊皮紙のようなものを持って部屋に戻ってきた。
「ごめんなさい。まさか、ここまでの書類が必要になるとは思ってなかったから準備に手間取っちゃって。はい、これが証書よ。」
ヘファイストスはそう言って、エックスに羊皮紙を手渡した。
「これは?」
「覚書のようなものよ。簡単に言えばギルドの換金所に持っていけばヴァリスを引き出せるわ。」
「ああ、そういう………あれっ? この紙、何処にも金額らしい数値が書いてないように見えるんですけど。」
ヘファイストスの説明を受けながら証書を確認していたエックスであったが、肝心の金額の表記が見られない点を疑問視した。
「ああ、金額なら書いてないわよ?」
「えっ? それってどういう………」
「必要無いからよ。それは文字通り、無尽蔵にお金を引き出せるわ。」
「えっ………ってええええええっ!!?」
彼女のとんでもないカミングアウトに今度はエックスの方が驚きの声を挙げる。そんな彼の様子を見て、ヘファイストスは手で制すジェスチャーを示した。
「色々言われる前に先に言せてもらうわ。貴方が差し出した【きせきのつるぎ】に【ヴェーレダガー】、それに【光の鍛冶ハンマー】だけど、これらはそれ相応の価値が伴うものよ。これは鍛冶の神である私、女神ヘファイストスの名の下に宣言させてもらうわ。」
「えーっと、つまりお金を無尽蔵に支払っても手に入る価値があるってことで合ってますか?」
「察しがよくて助かるわ。……それとも、鍛冶の神である私の目が節穴だとでも言いたいのかしら?」
いい加減に納得しておけ、と言わんばかりに圧を発するヘファイストスに対して、エックスは困惑の表情を見せながらも言葉を飲み込むしかなかった。
「あと、念のために言っておくけど、その武具含めて手持ちの素材を外部に流出させるのは絶対にやめなさい。貴方が勝手に騒ぎを起こすのは勝手、とも言えないのは闇派閥が暗躍している現状を見たあなたも理解してるでしょ?」
「は、はい。肝に銘じます。」
「ふう……。さて、最初のうちは私の
「………暗に危険物扱いされてるような気がするんですが。」
「ええ。魔王様が危険なのは当たり前でしょ?」
「まだそのネタ擦るつもりですか!? だから、ボクは魔王じゃないんですってば!」
こうしたやり取りが多少行われたが、結局エックスは宿泊している部屋に寄り道せず戻って、大人しくしているのであった。なお、覚書のことを相談されたギルド職員が、その内容を確認して思わず吹き出すのは別の話である。
「まさか、ここまでの品を手掛けてくるとはね。念のために
エックスが【ヘファイストス・ファミリア】から去った後、ヘファイストスは自らの執務室で静かに思考に耽っていた。武器のこととなれば、自分かそれ以上に見境がなくなるであろう椿・コルブランドの顔を思い浮かべながら彼女はジッと【ヴェーレダガー】を見つめていた。
「【きせきのつるぎ】くらいなら、まだ道具と素材の良さで済ませることも出来た。だけど、この短剣は絶対にそれだけでどうこう出来る代物ではないわ。もし、彼がウチの
手に持った紫の短剣を見ながら彼女は呟く。下手な大剣程は有ろうという重量感はこの武器の密度の高さ、そしてそれだけの素材をこのサイズに収めた鍛冶師の力量を示すものであった。
「……けど、もっと問題なのはコレよね。」
彼女はそう言って机の上に置かれた【光の鍛冶ハンマー】に目を落とした。造形だけではない、手に持たなくても分かるその機能性。鍛冶の神である彼女にとって、優れた金槌は武具以上にこだわりを求める。そういった意味では彼女にとって、このハンマーはヴェーレダガーより価値ある逸品と言えた。
「彼は、このハンマーを作ったのはベルっていう人間だって言っていた。そう、もう一人いる。彼と同じ程の強さを持ち、この鎚を打てるほどの腕前を持つ職人が。」
彼女が最も注目した点は武器を目の前で打ったエックスでもなく、この金槌を作り上げたというベルでもなく、その2人の関係性であった。
「冒険者としての強さと職人の腕前を両立していること自体は問題じゃない。問題の本質はそれだけのことが出来る人間が一人だけじゃなかったということ、そして共に長らく冒険していたこと。」
彼女はそう独り言を呟きながら、手に持った短剣と机に置かれた鎚を交互に見る。
「1人だけなら例外も偶然もあり得るわ。だけど、2人も存在するのならそれは意図的。つまり、偶々その存在の情報がオラリオに届かなかったというのはあり得ない。」
もう一人の存在から、彼女はこの一件に何か大きな
「……諜報なんて柄じゃない、なんて言ってる場合じゃないわね。彼の存在が知られていなかった理由、そしていきなりオラリオに姿を現した理由。……そこにはオラリオに留まらず、下界を揺るがすほどの何かがあるはず。」
──その情報を掴む必要がある。ヘファイストスはそう決心すると、エックスから引き渡された品々を丁寧に箱に収め、部屋に備え付けの彼女専用の金庫の奥に仕舞い込んだ。そして、そういった情報に詳しいであろう顔ぶれを思い浮かべながら、今日の執務の続きに取り掛かるのであった