──エックスがオラリオに来てから数日
「鍛冶場を借りられそうな場所を教えて欲しい、ですか?」
「はい、自分の食い扶持くらいは稼ぎたいな、と思いまして。」
「金銭面のことを気にしているのですか? それならば、気になさらないでください。オラリオと無関係な立場でありながら、オラリオの安全のために活躍してくださったことへの報酬となっていますので。」
ギルドの面談室で、エックスはギルド職員とそのような会話をしていた。アストルティアから来たばかりのエックスは、当然ながらこの世界の通貨であるヴァリスの持ち合わせなどあるはずも無く、アストレアからの助言もあり、ギルドが当面の飲食と宿舎を支給する形で話がついていたのだ。
「ありがとうございます。でも、今のオラリオは治安が乱れていて、事態の収拾のために皆が頑張っているのは同じではないですか? なら、ボクだけご厚意に甘えるわけにはいきません。」
本当に真面目だなぁ、と思うギルド職員であった。巷では早速、一部の愉快神たちによってあらぬ噂を立てられている彼だが、ギルド内では既に勤勉で礼節ある冒険者である、という認識が広まりつつあった。
末端とはいえ闇派閥の集団を一網打尽にする謎のスキルを持ち、短文詠唱の治癒呪文が使えるというのにそれらをひけらかすような素振りを見せるようなこともなく、ギルドに所蔵されている様々な書物を真剣に読み込む姿は、粗暴な性格が多い冒険者としては特異なものといえるものであった。
「しかし、鍛冶場ということはエックスさんは
「正確には武器鍛冶職人です。ボクの地元のアストルティアでは職人たちのギルド、こっちでいうところのファミリアに近いんですけど、そこの武器鍛冶のギルドに所属してました。」
「なるほど。しかし、武器鍛冶とは珍しいですね。鍛冶師なら武器も防具も隔たり無く作るものだと思ってました。」
「……そう言われればそうですよね。もしかして職人ギルド間の取り決めでもあったのかな?」
ギルド職員の何気ない疑問にエックスもハッとした。しかし、職員もエックス本人が特別な存在であったこともあり、何らかの事情があるのかと思い深く追及することはしなかった。エックスもその疑問に少し考えを巡らせつつも、何かしらの理由があったのかな程度で片付けて、本題の件に話を戻すことにした。
「ひとまず、事情は理解できました。そういうことでしたら、私が上層部に掛け合って協力していただけそうなファミリアを探してもらいます。」
「いえ、交渉は自分でやります。言い出したのは自分ですし、そこまでお手を煩わせるのも申し訳ないと思いますので。場所さえ教えていただければ、後は自分で向かいます。」
(いやいや、どんだけ真面目なんだよ、この人。……もしかして、ギルドを疑ってる? でも、この人を自由にしたら絶対に問題が起こるだろうしなぁ。)
ギルド職員は、エックスがギルドに対して嫌疑の目をこっそり向けているのではないかと推測した。ギルドの保護下にいるといえば聞こえはいいが、今のエックスの境遇は半分軟禁に近いものであった。エックスが宿泊している部屋もギルドの空き部屋に家具などを臨時的に運び入れた部屋だし、外出を試みようとしたら、"主神不在時の審査が終わっていないので外出許可が降りない、と適当な言い訳をしてギルドに押し止めろ"という通達が回っている始末であった。
しかし、職員の混乱を招く懸念も正しいものであった。エックスの噂は既に町中に広がっていて、多くの神々がエックスの情報ないしは彼本人との直接の面会を求めてギルドを度々訪れていた。このような状態でエックスが外に出ればどうなるかは火を見るよりを明らかであった。ギルドもそれゆえに、全体に通達を出して彼を外に出さないようにしていたのだ。
(うーん、そんなに手厚くしてもらわなくてもいいのになー。もしかして、援助をしなくなったらすぐに手助けしなくなるって思われてる? やっぱり、あの魔王の演技って勘違いさせてるのかな……。)
なお、エックス本人は特にあれこれ考えているわけではなかった。彼にとって見知らぬ世界に放り込まれるのは幾度となく経験済みだった。そして、その地域の大小様々な事件に巻き込まれてはそれを乗り超えていくのも慣れたものだった。
つまり、彼にとっては騒動に巻き込まれたら自力で突破口を切り開くのはいつもやってることであり、このオラリオでもそれを実践しているだけのことであった。
──さらにそこから数日後
街の中心に位置し、オラリオの名物ともいえるバベル。
「急なお願いに対応してくださり、ありがとうございます。」
「気にしないで。寧ろ噂の魔王様の鍛冶を拝見できるのなら、これくらい安いものよ。」
エックスは、赤い短髪に片目に眼帯をかけた女性の案内のもと、施設の中を歩いていた。彼女の名前はヘファイストス。オラリオでも1、2を争う鍛冶系ファミリアである【ヘファイストス・ファミリア】の主神だ。
これはエックスが知る由もないことであるが、ギルドでも"【闇派閥】を牽制するために、オラリオ側についていることをアピールしたほうがいいのでは?"という意見が出てきて、そこに彼の鍛冶の仕事がしたいという意見が届いたことにより、"じゃあ、信頼のおける鍛冶系ギルドにエックスを送り込もう"という議論が纏まったのだ。
その後、ギルドは幾つかの候補にそれを打診し、その中で【ヘファイストス・ファミリア】に決まった、というのが事の経緯である。
「アハハ……魔王ですか。ボクとしては、人質から目を逸らさせるためにやっただけですよ。」
「あら、その呼ばれ方はお気に召さないかしら? 悪役とはいえ、凄い力を持つことを示す二つ名は冒険者としては誇りに思うことだと思ったのだけれど。」
「ああ、確かにそういう見方も………いや、ダメです。ボクが"魔王"って呼ばれるのはちょっと。信じてもらえないかとは思うんですけど、友人に3人ほど"魔王"って肩書き持ちがいて、混合されると多分アレなんです。」
「いや、私たち神々は下界の子供たちの嘘を見抜けるからそこは心配しなくてもいいわ。まあ、魔王呼ばわりされるあなたの知り合いも気にはなるけど……っと着いたわ。」
そう言うとヘファイストスは、自身の目の前のドアを開けてエックスを中に案内する。その部屋は地金を溶かす炉と作業台に作業道具が一式置かれている実にシンプルな鍛冶場であった。
「鍛冶に必要になるであろう道具はこちらで揃えたつもりよ。もし、必要なものや足りないものがあるなら言ってくれないかしら?」
「少々お待ちを………。はい、大丈夫です。これだけの道具があれば武器を作れます。」
「分かったわ。それと、武器鍛冶の材料はそっちで揃えるって話は聞いてるけど、こちらでもいくらかの用意はあるわ。もし必要だったら言いなさい。」
「何から何までありがとうございます。とりあえず、手持ちの素材で作ってみようと思います。」
エックスはそう言うと、自身の道具袋の中から鍛冶に使うであろう素材を物色し始めた。彼が袋から取り出したのは白銀色の鉱石に青い球体状の鉱石、綺麗な水が入った小瓶に赤い炎が灯る燭台であった。
「あら、その金鎚どこで手に入れたの?」
その中でもヘファイストスの目に止まったのは、1つの鎚であった。それはエックスが自身の荷物から鍛冶に使うであろう素材と一緒に取り出したものであった。
「あっ、この【プラチナ鍛冶ハンマ】ですか?」
「ええ。造形そのものは簡素だけど、やる気や熱意が込められている丁寧な作りをしてるのは分かるわ。それも貴方が作った……いや、あなたは武器鍛冶専門だったわね。」
「はい。これはベル、あっ、ボクの仲間のベル・クラネルが作ってくれたんです。アイツは道具鍛冶職人なんです。それで、アイツと一緒に冒険を始めた頃からずっとアイツが手がけた道具を使ってるんです。自分はこれがいい道具なのは知ってますけど、鍛冶の神様に認めてもらえるのはやっぱり嬉しいですね。」
ヘファイストスの問いかけに、エックスはまるで自分のことのように嬉々として答えた。
「ベル・クラネルね。さっきの話に出てきた3人の魔王といい、あなたの交友関係ってだいぶ変わってるわね。」
「……ええ。言われていれば変わってる人たちばっかりですね。でも、皆素敵な人たちなんです。一生の宝って胸張って言えるくらい、ボクの大切な仲間なんです。」
「……そう。いい巡り合わせに出会えたのね。」
数多くの思い出を懐かしむような彼の顔を見て、ヘファイストスは多くは語らぬが吉と、静かに相槌を打つに留めた。
「さて、思い出話も気になるところだけど、これからは本題の鍛冶に集中してもらえないかしら? 言っておくけど、手を抜いた雑な物を作ったら容赦なく突っぱねるわよ?」
「はい。……では、始めます。」
彼はそう言うと、大きめの坩堝に鉱石と青いオーブ、それに小瓶の水を入れるとその上から火種を流し入れて、それを炉に入れた。すると、炉の熱に呼応するかのように火種が燃え上がり、素材がみるみるうちに混ざり合って合金になっていった。
(鉱石を取り出すからまさかとは思ったけど、材料となるの合金から作り出すとはね。合金を作り置きしてないのは素材の特性なのかしら?)
作業の様子を見ながら考察を重ねるヘファイストスをよそに、エックスは溶けている金属を睨みつけるようにジッと注視する。
「よし、行きます。」
「!! ちょ、ちょっと………!?」
ヘファイストスはその光景に2度驚愕した。1度目は、エックスが溶けた合金を鍛冶台の上にぶちまけたこと。2度目はその合金が台の上から溢れたり溢れたりせずに台の上に留まったことだ。
「ふんっ! はっ! せいやっ!」
驚き冷めやらぬ鍛冶神を他所に、エックスは鍛冶台の合金をハンマーで叩いていく。台の上の金属を凝視しながら、あるときは複数回叩き、あるときは何かに狙いを定めたかのように鋭く叩いていった。
(これは……剣身と持ち手が一体型の剣?)
「後は……そこっ!!」
鍛冶の様子を注視していたヘファイストスは、彼が叩く合金の形が剣に近づきつつあることに気づいた。また、その剣も両刃でガードが付いた、片手剣の形であることも分かってきた。
一方のエックスは、作業も大詰めを迎えたのか、今までのような大胆な叩き方から狙い定めたかのように慎重な叩き方へとシフトしていった。その後、何回か打った後に剣の形をした合金を水桶に沈めた。
「よし……後はこれで………ああっ、これは★2だ……。」
水によって十分に冷やされた剣を桶から取り出して、それを見た彼は残念そうな顔を浮かべた。その後は気を取り直したのか、再び真剣な表情に戻って剣の装飾を施していった。
「こちら、【きせきのつるぎ】です。お納めください。」
「分かったわ。じゃあ、品定めさせてもらうわね。」
そして、エックスはヘファイストスに1本の剣を差し出した。その剣は金色の刀身に剣の先端近くとガード近くにそれぞれ宝玉のような装飾を施されていた。また、ガードも左右長めに突き出ていて、持ち手も両手で握れる程度には長さがあった。
剣を渡されたヘファイストスはその剣を食い入るように見つめていたが、徐々にその表情に困惑の色が浮かぶようになっていった。エックスはその顔色を見て不安になりながらも彼女の言葉を待った。
「……ねえ、この剣って持ち手を選ぶ剣?」
「持ち手を選ぶ? いえ、別に一定の力量があれば誰でも持てますよ?」
「いや、私が聞いているのはそれよ。」
「……もしかして、オラリオだとそういう制限が付いた武器は売れないんですか?」
「いや、それは大丈夫よ。私の見た感じ、大体レベル2前後あれば持てるであろう剣だから、買い手が居なくて売れないってことはないわ。」
その言葉を聞いて、不安に刈られたエックスは安堵の表情を浮かべた。あくまでも日銭稼ぎに来た彼にとって、作った武器が売れないというのは最悪の想定だったからだ。一方のヘファイストスは、未だ浮かない表情を続けていた。
「それより気になることがあるのだけど、これって……もしかして魔剣?」
「魔剣? ああ、特別な力を宿しているってことですか? それなら回復能力のことですかね?」
「回復? この剣には自動修復機能が備わってるってこと?」
「いや、違いますよ。回復するのは使い手です。その剣は相手に与えた手傷に応じて使い手の傷を癒す能力があるんですよ。」
「………はっ?」
「あっ、でも傷を癒すっていっても微々たるものですよ? 確か、前に又聞きで聞いた話だと──」
「いやいや、待ちなさい。回復量の大小は重要な話じゃないわ。あなた、コレ相当な品物なの理解してるの?」
ヘファイストスは目眩がしそうになった。目の前の男はさも大したことなさそうにその効力を流そうとしたのだ。彼女の反応を見たエックスは違和感を覚え、それを問いただす。
「えっ、じゃあ、ちなみにそれってどれくらいの値段になるとかって分かりますか?」
「質問を質問で返して悪いけど、逆にあなたはこれにいくらの値をつけたいの?」
「ボクがですか? でしたら、それは★2の等級だから大体4〜6万
「私はGゴールドっていう通貨に心当たりはないけれど、最低でも1ヴァリスで100Gくらいはないと釣り合わないわね。」
「えーっと………って4〜600万ヴァリス!!? 物価おかしくないですか!?」
「流石に聞き捨てならないわよ!? おかしいのはあなたの過小評価よ!」
エックスのあまりにも常識知らずの発言に、ヘファイストスは面目もなく大声を張り上げた。
「いや、それでも加減して作った剣なんですよ!? それよりもっと強い剣作ったらボク1日にして大金持ちになっちゃいますよ!」
「だから!……待ちなさい。あなた、まだ本気を出してないってこと?」
「いえ、その剣に関しては多少の失敗はありましたけど、手を抜かずに打ちました。もっと武器を作れるか、って意味なら本気を出してません。それだと流石に貴重な素材を使いすぎてしまうので。」
今のエックスは、今回の鍛冶で大金を稼ぐつもりはなかった。手持ちに余裕のある素材を使ってオラリオ現地の通貨であるヴァリスを稼ぎ、ここでの生活をしていく基盤を整えようとしていただけだったのだ。
それを知った彼女は本日何度目かの驚愕を覚えた。目の前の男は、とりあえずダブついてた素材で作りました、と言う感覚でとんでもない剣を作ってきたが判明したからだ。
「これで小銭稼ぎのつもりって………あなたの故郷どんな武器を作ってるの? ラキアやアルテナ辺りがこれを嗅ぎつけたら最悪侵略戦争を仕掛けられるわよ?」
「し、侵略……!?」
「落ち着きなさい、ものの例えよ。これだけの武器が作れる地域の話はオラリオにも挙がってきてないってことは、そこら辺の国も到底情報が掴めないような場所にあるってことだから。」
侵略や戦争などという物騒な単語に、思わず狼狽えるエックスに対してヘファイストスはフォローをいれる。彼女のその言葉にエックスはホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても、もっと強い武器が作れる、ね……。あなた、武器専門の鍛冶師よね? 言える範囲で構わないから、作れる武器を具体的に挙げなさい。」
「えーっと、片手剣、両手剣、短剣、槍、斧、ツメ、ムチ、ブーメラン、ハンマー、鎌辺りの金属系の武器ですね。杖系とか棍とか弓、後は扇なんかは木材が中心になるんで木工職人じゃないと無理です。」
「ブーメランに扇……? まあ、今はいいわ。その中なら……短剣ね。今手持ちの素材で作れる中で1番強いのをを作ってもらえないかしら。」
「短剣ですね、分かりました。じゃあ、自分の手持ちで作れる中で作ります。」
彼はそう言うと、先程と同様に道具袋から素材を取り出し始めた。
(しかしさっきも思ったけれど、あの袋の中ってどうなってるのかしら? 明らかに容積に見合わない量の素材を……!!!)
袋のことに疑問を抱いていたヘファイストスだったが、袋から出てきたソレを見た瞬間、それらの考えが全て頭の中から吹き飛んだ。ソレは先程まで使っていたプラチナの鍛冶ハンマを仕舞った後に取り出した別の鎚だった。
銀もしくは白金をベースに金の紋様が入ったその鎚は、職人の道具というよりも神事の儀式に用いられる道具ではないかと思う程のオーラを纏っていた