「フッフッフ……。【
魔王を自称する謎の男の急な変貌に、周囲の人々は皆唖然とするが、1人の闇派閥の男がハッとして叫ぶ。
「ひ、怯むな! 大方魔道具か何かで変装しただけ──」
「なんだと……?」
──ゴオォッ……!!
闇派閥の男の声を否定するかのように、魔王から凄まじい覇気が迸った。我は人間を超越するものである、と言わんばかりに周囲を威圧する。ヒイッ、っとその威容にあてられて誰かが声を漏らした。
「ふぅ………これで理解したか? 我が真なる力の一端を。」
「───!!!」
彼の言葉に闇派閥たちは誰も返答を返せなかった。その強烈な覇気によって格が違うことを突きつけられた彼らの顔は恐怖に歪んでいた。
「さて……お前たちが我を貶した罪であるが、我へ贄を捧げることでこれを不問としよう。光栄に思うがいい。」
「に、贄です……いや、贄でございますか?」
「そうだ。早くするがいい。それとも、我が恩赦を不要とし、その身をもって罪を償うが貴様らの望みか?」
既に場の空気は魔王が掌握していた。闇派閥の信徒たちも先程までの威勢は何処へやら、既に魔王に媚びへつらう態度を見せていた。
「!! そ、そうだ! おい、その人質のガキを渡せ、じゃなくてお渡ししろ!」
「えっ……そ、そうか! 魔王様、どうか我らの成果をお受け取りください。」
「ひ、あ、ああ……。」
「うああ、や、あ、……。」
闇派閥の信徒の1人が発したその1言により、彼らは拘束していた子供たちを魔王に差し出した。生贄とばかりに魔王の前に差し出された子供たちはこの世の終わりのような表情で魔王の顔を見上げているのだった。
(ごめん……。でも、子供たちは引き離せた。後はこの子たちを冒険者たちに引き渡して……駄目だ。それじゃ生贄にするっていう名目が崩れちゃう。)
「へ、へへ……。ま、魔王様。これでよろしいでしょうか?」
ここからどうするか、とエックスは考える中、闇派閥の信徒は顔色をうかがうように魔王に媚びへつらう態度を隠そうとしなかった。彼らにとっては考え事をしている魔王の姿は子供たちが贄に相応しいか品定めしているように見えたのだ。
(この感じ、闇派閥はこっちに歯向かう感じはないかな? でも、こちらから手を下手に出せば切羽詰まって何をするか分からな……いや、寧ろ堂々とやれば? 例えば粛清するみたいに………よし!!)
1つの案を思いついたエックスは頭の中でセリフを纏めると、神妙な表情で闇派閥たちの顔に目線を向けた。
「──なぜ、貴様ら自身がその身を贄に捧げようとしないのだ。」
「……へっ?」
「滅びが望みなのだろう? ならば、滅びそのものである我にその身を捧げるべきでだとは、思わないのか?」
「えっ……!?」
助かった、と思っていた闇派閥たちにとって思いもよらぬ言葉であった。その様子を見た魔王はその表情に怒気を滲ませ始めた。
「……まさかとは思うが、希望や創生などを望んでいるのか? それが我に対する背信を意味することだと、理解しておらぬとは言わせぬぞ?」
「い、いや、そののののそのですね、俺、俺たちは……」
「……いや、もういい。口を開くな、背徳者どもが。」
魔王は右手に魔力を込める。魔力は光の属性を帯びてその手は輝きに包まれた。
「我の目を誤魔化せると思ったか? 貴様らの聞くに能わぬ弁明を聞くつもりは無い。貴様らが隠れて敬う光になぞらえて、我が破滅の光で葬ってくれるわっ!!」
闇派閥たちの悲鳴にも近い制止を無視して、エックスは拳を地面に振り下ろす。
「【ブラスターフィスト】ォッ!!」
彼が勢いのままに光を貯めた拳を地面に叩きつけると、その拳を中心として地面から光のエネルギーが迸り闇派閥を襲った。
「「「「ぐわああああっ!!?」」」」
「うわぁ!」
「きゃあっ!?」
光の衝撃波を喰らった闇派閥の暴徒たちは吹き飛ばされ、そのままの勢いで地面に叩きつけられる。魔王のそばにいた子供たちも彼の迫力に思わず退き尻もちをついた。
(起き上がる気配は……よし、やっつけたか。)
闇派閥の集団が沈黙したのを確認したエックスは未だに呆然としている聴衆を気にすることなく、腹部を刺されている男性の元へ向かう。
「まだ息は……あるみたいですね。ナイフが刺さったままなのが幸いだったかな。」
「ぐっ……どう、か、どうか子どもたち、だけは──」
「喋らないでください。いいですか?グッと歯を強く噛み締めてください。舌を噛みますよ。」
エックスの口調が明らかに崩れているのに何人かは疑問を抱いていたが、それを指摘できる者はその場には居なかった。
「いいですか? 行きますよ。……フッ!!【ベホイム】!!」
「〜〜〜!?!?」
エックスは男性の腹部に刺さっていたナイフを引き抜くと、間を置かずに彼に呪文を唱えた。すると、男性は優しい緑色の光に包まれた。男性はナイフを引き抜かれた瞬間こそ顔を強張らせたものの、次第にその表情は和らいでいった。
「具合はどうですか?」
「具合……? いや、痛みはもう……って傷が……?」
男性は先程までナイフが刺さっていた箇所を撫で回す。深々と突き刺されたはずなのにその箇所には掠り傷すらなかった。
「──!! 下手人の捕縛と要救護者の確保ォ!」
ここまで呆気に取られていた冒険者たちであったが、ハッと我に返ったアリーゼの一喝によって一斉に動き出した。闇派閥の者たちも彼らによって連行されていった。
(もう大丈夫かな? いやー、ユシュカたちと一緒になって考えた大魔王の演技、こんなところで役立つ日が来るとはな~。"神殺しの心気"を大魔王ごっこに使っちゃったけど皆許してくれるよね、多分。)
「あ、あの〜。魔王、様? そちらの男性の容体を我々で確認したいのですが……。」
「へっ? あっ、そうか。うん、お願いします。後はそちらにお任せします。」
象らしき仮面を被った冒険者たちにそう尋ねられたエックスは、男性を気兼ねなく彼らに委ねた。彼らは男性を抱え上げるとそそくさとその場を立ち去っていった。
「……ってそうだ。まだこっちの姿のままじゃん。戻ったほうがいいよね?」
魔王は先程の姿見を再び覗き込むと、たちまちヒューマンであるエックスの姿に戻った。一仕事終えたとばかりにスッキリしている彼であったが、ふと目線を移すとこちらをジッと見る少女たちの姿に気がついた。
「あっ、アリーゼさんにリューさん。お仕事のほうは大丈夫ですか?」
「あら、お仕事ならやってるわよ? 魔王様という特大の不確定要素の監視を、ね。」
「……意図はどうあれ闇派閥の鎮圧に人質の救出、負傷者の救護などは感謝いたします。ですが、それとこれとは話は別です。」
【アストレア・ファミリア】の2人は現場の後始末を他の冒険者たちに任せ、自分たちだけでエックスの監視にあたっていた。戦力的に見れば足りないのは分かっているが、下手な冒険者を割り当てても一蹴されるのが見えているので少数精鋭で当たらざるを得なかった。
姿を変貌させる魔道具に短文の治癒魔法、光を放つ技に戦わずして相手の心を折る覇気など個として突出しすぎている目の前の人物エックスに対して2人は警戒を切らさなかった。
「いや、ボクは怪しい人間じゃ……いや、もしかして怪しい?」
「私の知る限り、人質をとった賊の目の前で大魔王を自称して、自らの姿を人ならざる姿に変えて、よく分からない力で賊を威圧して、よく分からない技で賊を一網打尽にして、挙句の果てに魔王を名乗りながら怪我をした民間人を魔法で治療するヒューマンなど怪しいを10回重ねるほど怪しいかと思いますが。」
「エックス、貴方凄いわね。リューをここまで饒舌にさせるって偉業ものよ。"ステイタス"を更新したらレベルが上がってるんじゃないかしら?」
傍から見ればメチャクチャなことをサラッと流そうとしているエックスを、何言ってんだコイツ、と言わんばかりにリューは冷ややかな目を向ける。これには真面目モードなアリーゼもリューに続くように冗談を合わせる他無かった。
「えーっと、この後ボクってどうなりますか?」
「確かあなたは冒険者でしたよね? それなら、一時的にギルドで身柄を預かって主神を招集して……と、そういえば貴方は主神の存在を煙に巻いていましたね。」
「ルティアナ様とかダーマ様とか言ってたアレね。もうこっちで判断するから貴方の考える主神の元へ可能な限り案内してもらえないかしら?」
「案内……は無理ですね。ルティアナ様は永き眠りについてしまってますし、ダーマ様に至っては直接対面したことも無いですし。」
「……アリーゼ、私はこのヒューマンのことをもう闇の領域から蘇った魔王として報告書を書いて終わりにしたいのですが。」
「諦めないで、リオン。あなたがボケに回ったら私のボケと合わせて二人分を背負うことになる輝夜やライラが可哀想よ。」
──どうしよう、この人。それが2人が抱いた感想だった。言葉も会話も通じているのに常識が通用しない。狂人として放置しようにも実力が未知数過ぎて目が離せない。万が一神々の玩具になろうものなら【闇派閥】以上の脅威に成りかねない可能性を秘めた謎の冒険者の扱いに2人は頭を悩ませた。
「………やむを得ないわね。こうなったらアストレア様と直接対面させて指示を仰ぎましょう。人質を保護しながら闇派閥の撃退を出来るだけの善性があるなら、いきなり喧嘩を売るような性格じゃないでしょうし。」
「アストレア様に……いえ、他に案が無いのも事実ですね。分かりました、それで行きましょう。」
話を纏めた2人はエックスを連れて一時的な保留地であるギルドへと向かうのだった。
──時刻は深夜、舞台はエックスが目覚めた廃教会。この辺りは日中ですら人が寄り付かぬが、この夜はそこに人の姿があった。
「ちょっと待ってくれ、だと? 俺たちをここオラリオまで引きずり出しておいてか?」
「ここぞに及んで、まさか貴様の方が怖じ気づいたとでもいうつもりか、エレボス?」
全身に鎧をまとった大男と黒のドレスをまとった長髪の女性が、その場に一緒にいる1人の青年に詰め寄る。両者ともその言葉からは強い不快感が見て取れた
「悪い、お前たちの怒りはごもっともだ。だが、きな臭い感じがどうも消えなくてな。」
エレボスと呼ばれたスーツを着崩したような格好の男が2人に対して弁明する。軽薄そうな立ち姿に似合わず、彼は至極真面目な空気を漂わせていた。
「さて、事情説明の前に改めて確認だ。俺たち3人は終末の未来を避けるために次代の英雄たちの"踏み台"になる。ここまでは今でも変わってない。だが、言葉には出来ない不穏な気配がどうにも拭えなくてだな。」
「不穏な気配、だと? お前の立てた計画を嗅ぎつけた奴でもいるってことか?」
「いや、そうじゃない。上手くは言えないんだが、なにかヤバい気配がする感じがある、って言ったほうが近いな。」
「ならば、尚更なぜ止める? 不確定要素に恐れをなして何が冒険者だ。その程度に躓くならどちらにせよ終末なぞ越えられん。」
女性はくだらんとばかりにエレボスの弁明を切り捨てた。対するエレボスは頭をボリボリ掻きながら話を続ける。
「あーっ、言いたいことは分かるぜ? だが、今回はそのラインを越えてる可能性があるってことだ。壁を乗り越えさせる前に、壁ごと木っ端微塵にされて一緒に奈落へ突き落とされるって言えばいいのか?」
「話にならんな。そもそも、貴様のやり方でも奴らがしくじれば世界は混沌の時代に逆戻りするのだろう? 奈落に落ちるのはどちらにしろ変わりないことだ。」
「いい加減にしろ、エレボス。さっきも言ったが、隠棲していた俺たちを呼び出したのはお前だ。それをお前の都合でひっくり返そうとしてるんだぞ? お前、自分が神様だからって俺たちの覚悟をナメてんじゃねえだろうなぁ?」
2人の怒りは収まらなかった。両者とも歴史に消えることのない汚名を残す覚悟を抱いて、様々な思い出が残るオラリオへと戻ってきたのだ。それをやっぱり無しで、と言われて納得出来るはずがなかった。
「そうだよな。状況を立証できるような確たる証拠は無い。どこまでいっても俺の根拠のない勘だけだ。だからザルド、アルフィア。」
「「!!」」
エレボスがとった行為、それは土下座だった。ザルドとアルフィアは驚いた。神々が下界の人間たちにここまで謝意を示すことはない。それほどに神々の地位は高いのが慣例なのだ。
「……エレボス、膝をつくほど大層な予感なのか?」
「ああ、正直何回も否定しようとしたさ。だが、拭えねえんだ。俺と同じような"邪神"の気配がな。」
「邪神、だと? なぜそう言いきれる? 【闇派閥】に隠れて良からぬことを考えるなどを邪神・悪神に留まらず愉快神まで多岐にわたるだろうに。」
「俺と同類、いや同格といった方がいいか。そんな感覚が消えねぇんだ。何回も言ってるが、俺も勘違いだと思ってやり過ごそうとしたさ。だが、気配が薄まらねぇんだ。気のせいだと思いたいが、気のせいにできない嫌な感覚、それがずっと続いてるんだ。……悪いな、さっきから感覚的なことしか言えなくて。」
具体性が無く未だに歯切れの悪いことしか言わないエレボスであったが、流石に膝をついてまで懇願したためか、ザルドとアルフィアの2人もエレボスの発言を精査するかのような様子に変わっていた。
「……アルフィア、お前はエレボスの言い分をどう思う?」
「世迷い言、と言ってしまえばそれで終わりだ。だが私が嘗て一介の冒険者であった頃に、説明できない不吉な予感を味わった経験はある。その感覚に命を救われたこともな。」
「そうか……冒険者の勘ってやつか。そう言われると信憑性が出てくるってのが困りどころだが。」
2人がそう言い終えると先ほどまでとは打って変わって、3人の間に沈黙が訪れる。そして、何かを決めたかのようにアルフィアは教会の出口に向かって歩き出した。
「……まあ、いいだろう。今回は貴様の計画に下調べもせずに賛同したこちらの落ち度という意味も含めて、貴様の話は甘んじて受け入れてやろう。ただ、ここまで来て貴様の話を鵜呑みにしてただ潜伏など出来ん。多少は好きにやらせてもらうぞ。」
「……!! 恩に着るぜ。ただ、多少の小競り合い程度なら構わない。ただ、オラリオ連合との決定的な対立は避けてくれよ? 万が一のときはアイツらとの連携まであり得るかもしれないからな。」
「それは奴らの出方次第だ。」
彼女はエレボスの言葉にそう返すとそのまま教会を去っていった。
「じゃあ、俺も自由行動させてもらうぞ。一応、お前の顔を立てて穏便に動くつもりではあるが、あんまりノロノロしてるようならお前の話を一切合切忘れてメチャクチャに動くからな?」
ザルドはそう言い残すと、アルフィアの後を追うように教会を後にするのだった。
「……さて、俺も行くか。この纏わりつくような嫌な気配の元を探りに、いや、この感覚が勘違いであることを確かめるためにな。」
まるで自分の直感が外れていてほしい、とばかりにエレボスはそう言うと2人の後を追うように教会を出ていった。そして、再び教会には沈黙が訪れた。
「あはは♪ ボクに勘づくなんて鼻が利く奴も居るみたいだねー。さあ、ショーの開演前にボクの元にまで辿り着けるかな〜? あはは! あははははは!」
──嘲弄が夜闇に一瞬だけ浮かび、そして消えていった。