『エックス……私の声が届いているか?』
『突然、このような形で貴方を巻き込むことを心苦しく思う。しかし、他の手立てでは時間が足りないのだ。』
『かの忌まわしき魔瘴の残渣が、"あちら"の世界を塗りつぶそうとしている。しかし、その悪意がまだ顕在化していない今、私には貴方を送り出すことしか出来ない……。』
『ですが、恐れないで。貴方の意思と決意は、どこの世界でも変わりなく人々の希望となるだろう……。』
『私の祈りを託します、エックス。どうか、嘗てのように滅びを打ち破り、遠きあの世界の未来を────』
───
──
─
「……ハッ!? 今の夢って……!!」
1人の青年が長椅子の上で目を覚ます。濃い茶髪で額を露にした髪型で黒目のその青年はハッと体を起こすと慌てて周囲を見渡す。
「あれっ? 教会……? ボクは確か自分の家でご飯を食べて椅子にくつろいでその後……その後は……。」
部屋の奥には教壇らしきものがあり、その手前側には複数の長椅子が並んでいる。しかし、調度品などは古ぼけていて地面にはホコリが溜まり、長らく人の手が入っていないのは明確だった。
「!」
少年は自身の近くに落ちていた鞄や革袋を掴み取るとその中身を確認し始めた。明らかにそれらの容量に見合わない大きさの武具や大量の道具が出てくるが、少年はそれを気にすることなく中身を物色する。
「……うん。多分、中身は揃ってる。少なくとも大事なものは無事かな?」
彼はひとしきり確認を終えると、椅子から立ち上がり、体に付いたホコリを叩く。そして自身が纏っていた鎧──緑の布地に白銀の胸当てや肩当てなどが付いた鎧の留め具が緩んでいないかなどを確かめる。
「そうだ! ルーラストーンなら……反応しない? ここはアストルティアじゃない?」
青年はハッと思いついたように懐から淡い青緑色の結晶体を取り出して反応を確かめるも、その結晶が何かしらの反応を示すことはなかった。青年にとって、それはここが勝手知らぬ世界であることを示していた。
「また違う世界に飛ばされたのかなー。ならやることは1つだね。どっちにしろ、ここでジッとしてても人とは会えないだろうし。」
彼はそう呟きながら、袋の中から一本の剣を取り出す。刀身の中央部から六方向に小さな刃が突き出たその剣を腰に差し、円形の周りに飛膜のような飾りが付いた盾を腕に装備した。
「さて、冒険だ!」
青年は自らを奮い立たせると教壇の反対側に存在する扉を開き、教会の外へと足を踏み出した。
「この落書きって……まさか
教会を後にした少年は、道なりに路地を進む中で1つの落書きに目が止まった。それは何の変哲もない落書きのようであるが、その文字が彼にとって特徴的なものだった。
そこに書いてあった文字は、彼が元居た世界では如何なる学者も賢人も知り得ない文字であり、とある親友たった1人だけが扱うことが出来たものだった。
「もしかして……アイツの生まれ故郷なのか、ここ? でも山奥にある名前も無いような小さな村に住んでたって言ってたしなぁ。」
そう呟きながら、青年は更なる情報を求めて路地を進んでいく。暫く進むと、彼は路地を抜けて大通りにたどり着いた。
「凄い広さだ。下手したらグランゼドーラよりも大きいかもしれないぞ。でも、皆暗そうな雰囲気出してるし、強張った感じの冒険者も多いし、厄介な魔物でも出没してるのかな?」
彼が真っ先に気になったのは街の規模に対しての人々から漂う空気であった。そこには大きな街ならではの活気あふれるものではなく、彼が言う通り何処か暗い感情を帯びていた。
「そこのヒューマン、止まりなさい。」
「!! アンルシア!…………?」
彼が周囲の人に話を聞こうとしたその時であった。背後からかけられた声色は青年にとって聞き覚えのあるものであった。そして思わず後ろを振り向くと、そこには一組の女性のエルフとヒューマンが立っているのだった。
「アンルシア……? 何を勘違いしているかは知りませんが、私はそのような人物とは一切関係はありません。」
「あっ……その、すいません。声がその人のとそっくりだったんで。あっ、でも金色の長髪で碧眼なのはそっくりですよ。ただ、その人は髪はストレートじゃなくてウェーブがかかってますし、エルフじゃなくてヒューマン──」
「話を逸らそうとしないで下さい。今はそのアンルシアという女性ではなく、貴方の話をしてるんです。」
「まあまあ。そんなに威圧しないの、リュー・アンルシア。」
「アリーゼ、彼の話に便乗しようとしないで下さい。私の名前はリュー・リオンです。」
微妙に噛み合っていない2人の会話に、エルフと同行していたであろう赤髪でオリーブのような緑眼のヒューマンがボケを交えつつフォローを入れる。一方のエルフはそのジョークに対して几帳面な返答を返した。青年はそんな2人のやりとりからエルフからは生真面目な印象が、ヒューマンからは気さくな雰囲気を感じ取った。
「えーっと、リューさんにアリーゼさん、でいいんですよね? それで、ボクに何か用ですか?」
「むっ、この美少女たる私たちに対するその反応の薄さ。もしかして貴方はオラリオの外から来た冒険者ね?」
「ここってオラリオって街なんですね。 ……そういえばアイツが言ってたな。確か冒険に富に名誉に可愛い女の子まで揃ってる都市、だっけ。」
「……貴方は何を言っているんですか? もしかして、ここをオラリオだと知らなかったのですか? ならば寧ろここを何処だと思っていたんですか? そもそも、あなたは何処から来たのですか?」
アリーゼという少女の問いかけに対するエックスの返答に、リューと名乗るエルフの少女は首を傾げた。オラリオとはこの世界有数の大都市であり、その知名度も知れ渡っている。加えて、街は高い擁壁に囲われており、街に入る際には検問も゙存在する。つまり、何も知らずに偶々足を踏み入れてしまった、というシチュエーションはあり得ないのだ。
「リュー、ちょっと私が変わるわ。改めまして、私はアリーゼ・ローヴェル。清く正しく美しいLv.3にしてオラリオに輝く【アストレア・ファミリア】の団長よ。こっちはリュー・リオン。同じくLv.3でオラリオでは皆の妹系冒険者として有名よ。」
「!? だ、誰が妹ですか!? というか勝手な二つ名を付けないで下さい!!」
(……この妙に真面目で空回りする感じもアンルシアに似てるなぁ。)
アリーゼの謎の発言に思わずツッコミを入れるリューの姿を見て、彼は声のよく似た戦友との記憶を思い出すのであった。
「さて、私たちの自己紹介も済んだところで貴方のことについても教えてもらえないかしら?」
「あっ、はい。名前はエックス。今はグレン城下町の住宅村の草原地区に住んでます。職業は……ガーディアン、でいいのかな? あっ、冒険者もやってます。」
「エックス、ね。グレン城下町ってのは何処にあるか分からないけど、ガーディアンってことは偉い人の護衛といったところかしら? でも近くに偉そうな人の姿は見えないし──」
「待ってください、アリーゼ。このヒューマンは冒険者をやってるとも言いました。つまり何処かのファミリアに所属もしくは"恩恵"を受けているはず。さあ、答えなさい。貴方の主神の名前は?」
「しゅ、主神? えっと自分が敬う神様ってことでいいんですよね? それなら……女神ルティアナ様でいいのかな? あっ、ダーマ様も尊敬してますね。何といっても──」
「ふざけたことをぬかすな。主神が2人もいるはずが無い。アリーゼ、やはりこのヒューマンは何処か変だ。【
(うーん、この調子だとアストルティアっていう異世界から来ましたって言っても言い逃れするな、って言われるだけだろうし……)
エックスは答えに窮する他無かった。目の前に立つ2人の少女がこの世界の治安維持組織に関わる可能性がある以上、下手な返答で不信感を煽るわけにはいかないのは理解している。しかし、この生真面目を通り越して堅物に足を踏み入れているであろうエルフを説得できそうな回答が思い浮かばず考えを巡らせるしか出来なかった。
「【
「「「!!」」」
そのときであった。遠方から切羽詰まったような声が響き渡った。周囲はたちまち騒然となり、声が挙がった方向から逃げるように多数の人々が駆け出した。一方で装備を整えてそちら側に向かう兵士や冒険者の姿も見られた。
「リオン、気になることはあるけどその人のことは後回し。現場に急ぐわよ。」
「分かりました、アリーゼ。それとエックスさん、でしたね? 冒険者でしたら可能な範囲で民間人の安全確保をお願いします。では。」
リューはエックスという青年が多少なりとも戦えるだろうとの判断の上で、彼にそう伝えるとアリーゼと共に騒ぎが起こっているであろう方向に駆け出して行った。
(ここで逃げるのは無し……だよね。)
エックスはそう自分の中で結論づけると2人の後を追うように走り出した。
2人の後を追って走るエックスの先に待っていたのは人集りだった。エックスは近場にいた市民の1人に状況を尋ねた。
「すいません。今どうなってますか?」
「闇派閥だ! あいつらが近くの人間を……!!」
市民の指差す方向に目を向けると白い外套に身を包んだ集団が武器などを振りかざし、周囲を囲む兵士や冒険者たちを威嚇しているのが見えた。
(あれが闇派閥……。破滅だとか終焉だとかジャゴヌバの手下の邪神みたいなことを言いやがって。)
彼らの発言から、嘗ての忌々しい怨敵を思い出しつつもエックスは現場を更に注視する。まず目についたのは闇派閥の集団の近くで倒れている1人の男性の姿だった。まだ意識はあるようだが、顔色などから状況は芳しくないのは見て取れた。
また、彼らが子供たちを人質としているのも見てとれた。そのせいで、闇派閥を取り囲むように構えている冒険者たちは彼らに迂闊に近づけずにいるようであった。
「奥さん! 駄目! あそこへ行っては!」
「離してッ!! 子どもたちが!! それに旦那があのままじゃあ! 」
「奥方、私たちが必ず助けます! だから抑えてください!」
また、人集りの最前列にはリューとアリーゼが女性を留めている様子が確認できた。どうやら、負傷している男性や人質とされている子供たちは女性の家族のようであった。
(闇派閥の連中の強さは……奥の手を隠してないなら荒くれに毛が生えた程度くらいかな? 質的にも量的にも周りの冒険者たちのほうが有利なはずだ。)
周囲の喧騒に動じず冷静に現場を分析して、人質をどうにかする手段さえあれば助けられるのに、と首を捻っていたエックスであったが、ふと何かを閃いたかのように辺りを見渡した。
(そういえば、これだけ広い街なのに何処にもオーガらしい種族はいなかった。認知されてないのか排斥されてるのか分からないけど、それなら動揺を誘うことは出来るはずだ。)
人質から意識が逸らせれば、という課題の中で彼は闇派閥から人質を引き剥がす作戦もといシチュエーションを思い浮かべていく。
(こんなことなら、アイツに話芸のコツでも学んでおけば良かったな〜。まあ、いざとなったら勢いでゴリ押すか。人質が即死される事態さえ防げばボクの回復魔法でいけるはずだ。それに早くしないとあのナイフに刺された人の命が危ない。)
不安を感じつつも、地面に倒れている男性の容体を案じたエックスは袋の中身を改めて確認すると意を決して歩き出す。闇派閥を刺激しないように腰の剣は抜刀せず人込みをかき分け最前列へ、そして冒険者たちの防衛線を押しのけ更に近づく。
「あの冒険者、何を……!?」
「おい、テメェ! このガキどもが見えてねぇのか!?」
周囲のざわめきを他所に、エックスは闇派閥たちと冒険者たちの中間辺りまで進むと足を止めた。
「ほう、我が永き封印から目覚めたかと思ったが貴様らのような者たちが活動を広げていたか。我への奉公、誠に大義だ。」
闇派閥を前にエックスはまるで王侯貴族のように尊大な言葉を投げかける。その第一声に誰もがポカンとした。
「我が無念は時代を経ても消えることはない。お前たちのような者たち──」
「ハァ? なんだテメェ? 頭イカれてんのか? お遊戯会なら他所でやっとけや。」
「……我が言葉を遮るか。まあ、よい。このような戯れもまた一興よ。」
そのまま喋り続けようとするエックスに対して闇派閥の1人が狂人を見るような目でその話を遮る。エックスは話を遮られたことに溜息をつきながらも、不敵な笑みを浮かべ周囲に堂々と宣言する。
「我は魔王。魔王"トンヌラ"、それが我が名だ。人々の苦しみに舌鼓をうち、人々の悲しみに喉を潤す者にして破滅そのものだ。」
「ププッ、魔王、だと? ハーッハッハ! 馬鹿だ、本物の馬鹿が来やがったぞ!」
「あの冒険者、とうとう暗黒期に耐えきれなくなって頭がおかしくなったみたいぜ!」
「ククッ……で魔王様はなにができるんですかねぇ〜? やっぱり世界とか闇に包めちゃったりするんですかー?」
エックスに対して一斉に闇派閥が笑い者にする。魔王を自称する謎の冒険者崩れが出てきやがった、と。周囲の冒険者や兵士、市民たちもいきなり現れた様子のおかしい人物に視線を注いだ。
「……はぁ、やはりこの姿を解かねば分からぬか。」
エックスはそんな周囲のアレコレに動じることなく、卓上サイズの姿見を取り出すとそれを覗き込んだ。
「では、見せてやろう……。我が真の姿を。」
──それはあまりにも一瞬だった。
「………へっ?」
どこからともなく、そんな気の抜けた声が聞こえた。誰もが目の前の光景に言葉を失った。
そこに立っていた青年の姿が一瞬にして変わっていたのだった。彼の体躯は一回り大きくなり、肌は薄い紫色に小豆色の帯状の模様が入っていた。そして白目の部分が黒色に変わっていてで瞳は血のように赤色になっていた。そして、生え際辺りから一対の角が生え、肩からも大きな棘のような突起が飛び出ていたのだった。
「ふふ……。この姿を晒すも久しいな。人の皮を被るのは全くもって窮屈だ、そうは思わないか?」
魔王は不敵に笑った。