「ここにインファント・ドラゴンが来るッッ!俺が魔法を当ててしまって、随分と頭に
インファント・ドラゴン
小竜とも呼ばれるそのモンスターは、数いる上層のモンスターの中でも最強の部類に入る。
長い首に、その大きな体躯と鋭い尻尾。
他のモンスター達が持ち得ない、圧倒的な威圧感。
当然────つい一ヵ月前に冒険者になったばかりの少年と、そんな少年に出会ったばかりのエルフの男が勝てる道理はない。
今此処から逃げる事にのみ全力を尽くすこと────それこそが、この状況から生き延びる唯一の方法であった。
それはあり得ない光景だった。
この世のどんな事よりも信じられない。
自分にとって悪魔とも言える存在、何度も苦痛を与えた種族。
そのはず、なのに、────何故なんだ?
何故、
あの苦痛を、痛みを、絶望を────忘れたくても忘れられない。
そんな存在が……何故!?
「聞いているのか!?同胞の子供……」
「うるさい」
「────ッッッな、にぃ……!?」
見れば、男の足はガクガクとふるえている。
自分では勝てないと分かっているのだろう、ここまで逃げて来た事が何よりの証拠だ。
勝てないと分かっているのに、この男は立ち向かおうとしている。
何のために?
────後ろにいる、
短剣を、構え直す。
「な、何を!?子供が戦って勝てる相手じゃない…ここは先に地上に帰ってギルドに報告を────」
分からない、分からない、分からない。
エルフがこんなに良い奴な筈がない。
僕を何度も殺した癖に、子供のために命を投げ出す筈がない。
噛み合わない。
イメージが、体験が、何もかも────分からないから。
「それだと、あなたが死ぬ」
「……だが、じゃあどうするんだ!?」
「────あなたが魔法を撃って、僕が斬るから……それに────」
「グガアアアアアアアァァァ!!!」
「…もう待ってくれないみたいだから……」
「う〜〜ん、ようやく終わったぁ……」
女神ハルティアは、ちょうどその日のバイトを終えたところであった。
特に生活が苦しい訳では無かった。
むしろその逆、家賃は充分に払えているし、生活にも苦労していない。
その理由はひとえに眷属であるシア君の存在である。
たった一ヵ月前に冒険者になったとは思えないほど大量に稼いでくるシア君。
そんなシア君の頑張りに応えるために────自らも下界での仕事に精を出すのだ。
「おや?綺麗な夕焼け」
気が付けば、日が傾いて街を紅く染めていた。
普段はあまり良く見ていなかった、冒険都市オラリオの一面、いつの間にか、この街に住んでいる事が日常になって、こんな身近な一面に気付かなかった。
夕焼けによって、紅く、それでいて、反射光でキラキラと光る街並み──。
「綺麗だなぁ……」
シア君にも見せてやりたい、美しい光景
「…会いたいなぁ……シア君……」
何故か無性に、シア君に会いたくなったのだった。
「グァァァァ!!」
「ちぃ!!」
「コイツ……!こんなデカい体躯なのに、なんて素早い動きだ!?」
小竜の素早い動きを、中々捉える事ができない。
短剣による攻撃は入っているが、何度も急所を避けられる。
急所を避けられるのならば致命的なダメージを与える事はできない。
せいぜいが小竜の外皮を少し裂くだけ。
そうこうしている内に、小竜が攻撃体制に入る。
"そろそろ邪魔な羽虫達を殺す"そう言うかの様な、大きく振りかぶった尻尾の一撃が、シアの小さな身体を貫いた。
「がぁ!?はぐぅぅぅ!?────」
「同胞!?」
目の前が光ったかの様な感覚。
直後、今まで感じた事のない様な、強烈な一撃。
まるで腹が爆発した様な、そう錯覚するほどの痛み。
そのまま地面に叩きつけられ、シアの身体がボールのように跳ねた。
痛い────苦しい────
気が狂いそうな痛みと胃そのものがグチャグチャにされた様な痛みの中、ゆっくりと立ち上がり、前を見据える。
「ぐ、がぼぉ……フー……フー!!」
「ど、同胞、口から、血がぁ……」
ドボドボと、蛇口を捻ったかの様に血反吐が零れ落ちる。
(…スキル……使わなきゃ、勝てない…)
本当は、使いたくない。
また、悍ましく見られるかもしれない。
でも、そうしなきゃ、此処で全滅だ────
「あの……約束、して下さい……」
「……ハァ…ハァ…何をだ…」
「魔法を撃ち続けてください、出来れば
「…生きて帰れたらな……ここまで来れば、同胞の言うことを、最後まで聞くつもりだ」
ずん、とシアの迫力が増した。
「……良かった、じゃあ使える……【
瞬間、何本も伸びる、無数の腕。
腕の複製を途中で変更、腕の先を骨にして
「ぐうぅぅぅ、あああァァ!?」
生やした腕を骨が貫通する事に、即座に治っていく。
感じる苦痛も痛みも、何もかもが慣れない────
(やっぱりそう直ぐには好きになれないや……ハルティア様)
でも、これで良い。
これでようやく、────全力だ。
「ガァァアアアアアアア!!!!」
変化していくシアの姿に危機感をあおられたのか、咆哮を上げ、全速力で駆け出す小竜、それに対して瞬時に空中へと飛び上がる。
通常、空中に飛び上がるのは悪手だ。
空中では身体を捻り方向転換するのも難しく、着地際の隙もある。
そんな事はシアも百も承知だった。
空中に飛び上がったシアを食いちぎろうと大口を開ける小竜。
「ジャアアアアア!!」
そんな事は百も承知だ────だから。
それが、それが
「ギャ!?ガァガァァァァ!?」
「やはり掛かった、お前も僕らと同じ様に焦っていたんだ」
尖った骨で、小竜の両目を突き刺し、潰した。
その痛みに悶え苦しむ様に絶叫を上げた────
僕らが小竜に致命傷を与えられなかった様に、小竜も僕らを仕留め切れる程の攻撃を当てる事ができなかったのだ。
しかもその片割れの僕は
「うらぁぁぁぁぁあ!!」
そのまま握っている短剣を突き刺し続ける。
両目の見えない小竜はまともな反撃もできない。
だが、このまま黙ってやられ続けるわけはない、目が見えないのなら、やれる事はただ一つ。
「ガァァ!?ギャオオオ!!」
それは暴れ回ること、その巨大な体躯を生かし、両脚を、首を、尻尾を、
めちゃくちゃに振り回し、ダンジョンの壁を破壊していく。
側から見れば随分と滑稽な戦い方だが、やられている側からしたらたまったものではない。
無数に伸ばした骨で両脚を突き刺すが、それでもなお止まらない。
それなら────
「今だ、撃てぇぇぇ!!」
「『突き進め、空を切り裂き、矢よりも速く、我が難敵を討ち滅ぼせ、ヒュストルカ・ファイズ────!!』」
エルフの男が使用する、雷の魔法。
その雷は空を切り裂きながら進んで、小竜のちょうど頭に激突した。
「ガグガアアアアアアア!?!!」
今までで一番大きな絶叫が、その大きな口から飛び出した。
短文詠唱ながら、その威力は凄まじく、小竜の頭の一部は炭化さえしていた。
それでもなお動こうとする小竜の身体を骨で押さえつけて、その首に銀の閃光を走らせた────
「す、すごい──
「ガ、ガァ………」
シアの人生史上最大の難敵は、その暴れようからは想像できないほど呆気ない
最後で、その生の幕を下ろした────
「なぁ!名前、同胞の名前を教えてくれよ!!」
あの後ダンジョンを後にし、シア達は帰路についた。
長い長い一日がようやっと終わりそうだというのに、エルフの男は元気そうにそう口にした。
「な、なんで?」
「なんでって────同胞がすごい奴だからだよ!!インファント・ドラゴンを倒しちまうなんて」
「あ、あれはあなたの魔法があったから……」
「いいや!俺だけじゃこうはいかなかった、そもそも死んでたかも……」
インファント・ドラゴンとの戦いが終わった後も、ずっとこうして話しかけて来るのだ。
何なんだと、シアは思っていた。
こんなエルフは見た事がなかった、陽気で、自分を嫌わないエルフなど。
「……!!そうだ、先に名乗るべきだったな!俺の名前はケイン・ケルパルト────ルーキス森林の誇り高きエルフだ!」
名乗るべきなのだろうか。
うんうんと唸った末に、結局名乗る事にした。
「う、う〜ん……僕は────シア、ただのシアだ」
「シアだな………じゃあ、これからもよろしくなシア!!」
「へ?」
予想外な言葉が返って来た。
シアにとってはこの関係、この一件のみで終わるつもりだったのだ。
「いいだろ〜一緒にドラゴン退治した仲じゃないか〜あ、何なら打ち上げ行くか!美味い店知ってるんだ」
そう言われると、断れなくなってしまう。
確かにインファント・ドラゴンの退治はケインの魔法がなければ成し得なかった。
「…分かった……行くよ、でも僕の主神様も連れていって良い、かな?」
「もちろん大丈夫だぜ!!そうと決まればさあ行こう────目的地は『豊穣の女主人』だぁ────!!」
こうして、意図せずパーティーを組む事になった二人の冒険者は、オラリオの人混みに紛れていくのだった…………
天高くから、此方を見下ろす視線に気付く事なく。
────バベル最上階。
天を穿つほど高いバベルの塔の最上階に、その女神はいた。
長く、美しい銀髪に、陶器の様に白く、それでいて柔い肌。
見る者の欲情を掻き立てる扇状的、しかし神聖さすら感じる極上の女体。
────全ての美をかき集めたかの様な存在。
────女神フレイヤが、その瞳を妖しく光らせていた。
その目線の先にいるのは、一人のエルフの少年、もう片方には目もくれず、ただその一人だけを食い入る様に見つめていた。
フレイヤにとって、この出会いは単なる偶然だった。
普段なら朝方に一瞥するオラリオの子供達、しかし今日この日に限っては、夕方の子供達の姿も見る事にしたのだ。
夕焼けが美しかったからか、何か良い予感がしたからか、どんな理由であれ、
目を引いたのは、やはり魂。
────あんな魂は初めてだった、あんなに傷だらけで、暗い色をした魂は。
触れればボロボロと崩れてしまいそうな儚さ、反面────どんな苦難にも屈しないと言わんばかりの魂の奥の眩い光。
その魂の矛盾、脆い様で硬く、硬い様で脆い────
彼の魂を構成する全てが
「あの子……
美を司る女神は静かに、そう呟いた。