「だからミノタウロスだよ!?あの化け物がこの上層をうろついていやがったんだ!白髪のガキが襲われてるのを見て、俺達はとにかく逃げるのに必死で…!!」
遠征を始めたばかりのロキファミリアの前にレベル1だと思われる冒険者が必死の形相で走ってくると自分たちの見てきた現実という名の残酷な事実を口にする。
本来、ミノタウロスが上層に現れることはない。前回とあるレベル1冒険者が遭遇したのは、何を隠そうロキファミリアの失態である。
レベル2以上での戦闘が推奨されるミノタウロスが上層に現れるだけでいつかの彼のように逃げることはおろか、現実を理解しないうちにその命を散らす冒険者は数多く存在する。
「そのミノタウロスを見たのはどこですか!?冒険者が襲われている階層は!?」
「きゅっ、九階層だ…」
過去の清算からか、オラリオで一二を争うファミリアとしての責務か、はたまたミノタウロスに襲われている白髪の少年、ベル・クラネルを幻視したのか。
場所を聞き出した途端に仲間の制止の声も聞かずに走り出したのはアイズ・ヴァレンシュタイン。数日前にレベル6になったとギルドで発表された彼女に追いつける者は片手の指で数えられるほどしかいない。
ロキファミリアでは団長のフィンぐらいなものだろう。しかし彼には他の仲間達を率いる責任があるため動けずにその後ろ姿を見届けるしか選択肢はなかった。
「(猛牛の鳴き声…戦闘音…!かすかだけど聞こえる。この階層にいる!でも音が反響して場所が…)」
5分もかからずに単身で九階層へと降りてきたアイズは耳を澄ませるが存在を確認できるだけで、下層などに比べると狭い洞窟になっている上層では特定の位置を探し当てることは難しく、せめて方向だけでもと感覚を研ぎ澄ませていると背後の方から気配を感じとり、振り返る。
「冒険者…さま…どうかっ、お…助けください…!!」
そう言って力尽きたように倒れかけたフードを被った小柄な少女を支える。
「あの人を…ベル様を助けてください……!!」
「場所は?」
「正規ルート…E-16の
少女は縋るようにボロボロの体から声を出して、鉛より重く感じている腕を上げて指を指す。
指したその先にいる男の存在を認識した瞬間であった。
「【剣姫】手合わせ願おう」
どうして。そう考えるのが普通だ。なぜならその男はオラリオ最強にして唯一のレベル7冒険者と…
理由、原因、根拠…それらを思案する…はずであった。
「そこを…どいてっ!」
アイズは相手の思惑を探ることなんて考えずに、目の前の男が敵であると一瞬のうちに断定し、その刃を振り下ろす。
その速度はレベル6冒険者であるフィンであろうと追いつけはしない。先ほどとは違い、直線で何も邪魔となる障害物がない場所でカクレオンのスカーフでの強化により、レベル6になったばかりの彼女は今までの経験値の蓄積も相まった速度は例え誰であっても完全に見切ることはできない。そう考えていた。
「その動き──そうか。お前も新たな高みに至ったか」
剣すら構えずに片手でアイズが見せた神速の剣舞を全て防いだオッタルは腰につけていた背丈よりも少し小さい大剣を容赦なく、振り下ろす。
もちろんレベルが一つも離れているのだ。アイズの細剣とオッタルの大剣を比べてもオッタルの方が圧倒的に速い。それでもなんとか追いつけるほどの力量差だった。
「──っ!」
防御の構えを取る時間すら与えられずに頭部から胸部、腹部にかけて、強烈な衝撃が発生した。アイズの体は数メートルもの距離を軽々と移動し、ダンジョンの壁に叩きつけられる。
「(強い…!これがレベル7…!?)」
アイズは何か違和感を感じていた。何がとは言えない。戦いの中で感じ取ったわずかな違和感を。
しかしそれを考えている時間などない。
「【
吹き荒れる暴風。ダンジョンという閉鎖空間で風という暴力が澱んだ空気を力づくで入れ替える。
剣にその風をエンチャントしたまま、壁を踏み台にした超高速の刺突。まさに必殺技と言っても過言ではないだろう。──この男の前以外では。
「対人戦において、隙を見せる大技は考えて使うものだ」
冷静に、そして的確にする必要のないアドバイスを口にしながら吹き荒れる嵐を片手で握った剣で完膚なきまでに粉砕した。
「…止められた…」
アイズはそう呟きながら理解していた。殺さないように加減していたが、本気でやっていたとしてもオッタルは魔法やスキルを使うことすらなく、純粋な力のみで止めてしまうことに。
絶対的で圧倒的で絶望的。なりたてのレベル6と熟練のレベル7。側から見たらそう思えるが、アイズからして見ればそんなものではなかった。
「(さっきの発言…この実力…まさか)」
「3人か…」
「ッ!」
その疑惑の答え合わせをするかのようにアイズの背後から追いついたロキファミリアの幹部である【
しかしそれをわざわざ見逃すような真似はしない。2人のレベル5冒険者の攻撃を軽くいなし、大剣を水平を向けたまま振った。
強引に進もうとしているのだ。剣でガードできる姿勢や体の向きではない。まともに食らうしかない状況で1人の男が叫んだ。
「そのまま進めアイズ!」
【
「──っ!」
その投げつけられた小さな何かを手の甲で弾き飛ばそうとすると、オッタルの肉体は数千キロの錘を着けられたかのように足から動くだけの力を全て消してしまった。
「これはやつの!」
「カクレオンから買った不思議なタネの1つ…と君の反応を見る限り、説明の必要もなさそうだね。やあオッタル」
「…フィンか」
「3人とも。アイズを追いかけてくれ。リヴェリアは小人族の女の子を任せた」
団長として全体に指示を飛ばし、少し後ろにオラリオで屈指の近接職であるガレスがいつでも自分を助けに入れるようにした状態でフィンは『しばられのタネ』をベートにぶつけられたことで動けなくなったオッタルの正面に立ちながら尋問という名の撤退に追い込むための口撃を開始する。
「この戦いは派閥の総意。ひいては君の主の神意と受け取っていいのかな?女神フレイヤは全面戦争をお望みで?」
「……俺の独断だ」
「なら僕の質問に一つだけ答えてくれるだけでこの件は無かったことにしようじゃないか」
「……」
返事も返さず、フィンの質問とやらを待つオッタルにフィンは問うた。
「君はすでに
「……ああ」
その返事にその場にいたガレス、リヴェリアは自身の耳を疑う。なにせ今の世界にレベル7の冒険者はオッタル1人しか存在しなかった現状が覆され、レベル8というゼウス、ヘラファミリアがいた時代の最強格達に並んだのだから。
「【
「やつ…とはいったい誰のこと言っているんだい?」
「目が違っていた。俺より強いものを知っている目だ」
フィンはそのやつとやらに心当たりしか存在しないがわざとわからないふりをする。関係性を計ろうとしたからだ。しかしそんなことは知ったものではないとばかりに足が動くようになったオッタルはフィンの横を通っていく。
「自分の無力を棚に上げて言おう。【剣姫】と【
一拍を置いて、振り返ることすらしないまま。
「やつに挑め。やつはそれを肯定も否定もしない。客として、敵として、相手をするだけだ」
そう言い残して姿を消した。
「やつ…と言うと」
「ああ。カクレオンのことだろう。反応やオッタルよりも強い存在となると確定と見てもいい」
この言葉を伝えるべきか3人は悩む。ロキから喧嘩を売るなと言われている。しかしそんな言葉に従う2人でないことは確かだ。
特にあの2人なのだから伝えた場合の結果は目に見えている。
しかしオッタルの言うことも確かである。一撃で伸されたベートが負けてから肉体的にも精神的にも一皮剥けて強くなったと全員が実感するほどの成長を遂げた。オッタルがレベルアップした要因もそれだとすれば、それだけカクレオンとの戦闘では得られるものが多い。
「とりあえずこの件は後で考えよう。今はアイズ達を追いかけるのが先だ」
フィンは未だに疼いている親指から警戒を解かずにアイズ達を追いかけた。
一方その頃オッタルをレベル8に到達させてしまった商人は。
「ようこそ。モンスターの商人。いや、カクレオンと呼ぶべきか」
「どっちでもいいよ〜」
「そうか。君の話はフェルズからよく聞いている。だからこそ多少の危険を冒してでもこの場に来てもらう必要があった」
オラリオの都市運営、ダンジョンの管理を行う管理機関『ギルド』の主神。神時代が始まる千年前、下界に降臨した最初の神の一柱。人類に初めて『神の恩恵』を授け、オラリオを創設した最初の神で『都市の創設神』と呼ばれる大神ウラノスはその目でカクレオンを見た。
「近頃はオラリオには何か異常なことが起きている。それも重なったかのように複数個。そしてそのうちの一つであり、目下最大の異常は君だ。カクレオン」
もしここでカクレオンがウラノスを殺しに出れば、誰も止めることができない。それをウラノスは理解していながら言葉を続けた。
「人智を超えた魔道具。現在のオラリオで最も強い冒険者を難なく破る戦闘能力。それらを有して行う冒険者、異端児達への商売。私たちが君に対して理解していることは絶対的中立であり、人類ではなく商売客の味方であると言う点のみ。だからこそここで問おう。君は何者だ?」
「……?」
「ダンジョンに挑む冒険者ではない。本能に従い、爪や牙で襲いかかるモンスターでもない。ダンジョン内の輪廻転生によって産まれた異端児でもない。もちろん数日前にロキファミリアとヘルメスファミリアが確認した魔石を吸収するモンスターのような人間…怪人でもない。もう一度問おう。君は何者だ?」
「カクレオンの商人だよ〜」
カクレオンは「そろそろゼノスのみんなとの約束の時間だから〜」と言って透明化してダンジョンの入り口へと向かった。赤いギザギザが見えてしまうが神の恩恵を授かっていないギルド職員に気づかれるほど通常の隠密が下手というわけでもない。
「ハハ、私の言った通りだろう」
そんなカクレオンが去った祈祷の間で豆鉄砲を食らった鳩のようになっていたウラノスに先ほどの会話を少し後ろで全て聞いていたフェルズはどこか楽しそうな声色をしていた。
「少なくとも私たちの敵になることはない。むしろ商人として利用する気ならば喜んで利用されてくれる。そんな私の友人へと対処はどうする?」
「……ギルドでは存在を公に認め、すでにオラリオで知らぬ者はいない。強さから排除することもできない。しかし嫌悪を示す神や眷属もいるので表だった支援することも不可能。今までと同じ、現状維持しかあるまい」
ウラノスが異常渦巻くオラリオで最も自由な存在を自分の目で、耳で、言葉で判断した結果だった。