紙にハンコ、飲み会で上司の自慢話、専門性を無視した部署異動――。この10年で労働環境は激変したが、一方で、いまだ昭和の昔から変わらない職場は少なくない。元日本経済新聞編集委員の大橋牧人氏が、100年にわたる昭和の呪縛について警鐘を鳴らし、転換の糸口を考える日経プレミアシリーズ『それでも昭和なニッポン』から抜粋する。
昭和のやり方が変わらないJTC
JTCと呼ばれる企業群がある。ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー。直訳すれば、伝統的な日本企業という意味だ。
試しに、チャットGPTに聞いてみたら、生真面目なAI(人工知能)君の回答は――
「JTCについてお話しする際、日本の伝統的な企業とその歴史的な背景、長い伝統を持つ企業が存在しており、その中には創業が数百年前に遡る企業も含まれます。以下にいくつかの具体例を挙げて説明します」
とのこと。実例として、「髙島屋 1831年に京都で創業された髙島屋は、現在では国内外に多くの百貨店を展開する大手企業です……白鶴酒造 1743年創業の白鶴酒造は、日本を代表する酒造会社の一つです……」などを挙げ、「それぞれが持つ独自の製品やサービスは、日本国内外で高く評価されており、日本の経済と文化に大きく貢献しています」と結論づけた。
うーむ、それなら大変結構なのだが、今、若い世代を中心に流布しているJTCとは、意味がだいぶ違う。もし、欧米で、そのように理解してくれているのなら、そのままにしておいてもいいような気もするが……。
もちろん、そうはいかない。この場合のJTCとは、上意下達の企業風土や硬直的な組織運営など昭和の体質を色濃く残す企業のことだ。「うちの会社はJTCだから……」などと皮肉を込めて呼ぶ。当初は、ネット上の一種のスラングだったが、最近では、マスメディアにもしばしば登場するようになった。
時代の流れが大きく変わったにもかかわらず、昭和式のやり方を改めない。ネット上には、こうした時代錯誤とも言えるJTCの実態と、そこで働く若い会社員の悲痛な声があふれている。
いくつか例を挙げれば……、
・何かと紙の稟議(りんぎ)書を書かされ、ハンコを取りに走り回らされる
・何でもかんでも確認、確認。上司の口癖は、とにかく報・連・相
・専門性を無視した部署間異動が常態化している
・やたらと飲み会が多く、参加はほぼ強制。上司の話題は昔の自慢話
・誰がみても理不尽なパワハラ体質の社風が厳然と残っている
・給料も福利厚生も悪くないが、そのせいか、あまり働かない中高年社員が多い
・出る杭は打たれる。多くの社員は、なまじ目立つよりごますりに励む
うちの会社にもあるなあと思った方、誰かの顔を思い浮かべた方も、少なくないのではないか。昭和が終わって35年もたっているのに、日本の企業では、まだまだ、外国人からみれば奇妙な「昭和の風習」が残っている。
朝礼だけで年間20時間、その意味は?
こんなことも……。
今でも、毎朝、朝礼で何千人もの社員の仕事をストップして、社訓を唱えさせる大企業が多い。
8月上旬のある平日。某有名メーカーの全国の事業所では、午前8時半の始業時刻、いつものように、朝礼が行われていた。フロアの端に立ち、マイクを持った当番の社員が、総員起立している数十人の社員たちの前で、本日の主な予定に加え、社訓の一部を読み上げる。
すると、社員たちが同じ文句を唱和する。
5分ほどの短いものだが、終業時刻には、終礼も行われる。これを一年中、繰り返す。昭和の昔から続く〝儀式〞である。就業日数を年250日とすると、朝礼だけで年間20時間にも上る。若い社員の中からは、「ネット上の掲示板もメールもあるのに、あまり意味があるとは思えない」という声も出ている。
だが、会社がこの習慣を変える動きは、全くないという。
こうした朝礼や朝会を行っている企業は、まだまだ多いようだ。2020年に実施された、朝礼に関する会社員の全国意識調査によると、「朝礼、朝会がある」という回答が約半数を占め、その半数以上が「毎日実施」と答えた。
朝礼の効用としては、「情報の共有」のほか、「社員の一体感を保ち、目的を共有する」などが挙げられたが、実態は、決められた出勤時刻に出社を促すため、といったところだろう。それでも、朝礼、朝会は、今日も明日も行われる。
しばらく前に話題になった、クラウド型経費精算システムのテレビCMでは、テレワーク全盛の中、出社させられた経理部の女性社員が「紙でやり取りしてる経理部だけ出社って…昭和かよ!」と嘆く。その上、大量の紙の資料を整理するよう上司に命じられ、「いまだに紙とか…わけワカメ!」と叫ぶ。
昭和フレーズ連発のコミカルなCMだが、昔ながらのアナログなやり方から抜け出せない日本企業の現状を鋭くえぐっている。
JTC、稟議書とハンコ必須、なくならない朝礼、しぶといアナログ手法――。これらは結局、昭和時代、戦後高度成長期の成功体験から抜け出せず、昨日も今日も同じことを繰り返すことで過ごしてきた日本の企業社会の失われた30年余りを象徴している。長い間、居心地のいいぬるま湯につかってきた先に待っているのは、ゆでガエルになった企業群の哀れな姿かもしれない。
『 それでも昭和なニッポン 100年の呪縛が衰退を加速する 』
30年にわたる日本の停滞の原因は、今も残る昭和型の社会構造にある――。元日本経済新聞編集委員が、大企業不祥事からエンタメ業界の闇まで時事ニュースを取り上げながら100年にわたる昭和の呪縛について警鐘を鳴らし、転換の糸口を考える。
大橋牧人著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)