「女性」の法的定義めぐるイギリス最高裁判決 識者からの警鐘

伊木緑

 イギリスの最高裁判所が16日、同国の平等法が保護対象とする「女性」は「生物学上の女性だ」とする判断を下した。その上で、同法がトランスジェンダーの人々に対する差別や嫌がらせを禁じていることを強調した。家族法やトランスジェンダー関連の制度について研究するドイツのゲーテ大学の石嶋舞さんに判決の持つ意味を聞いた。

定義された「女性」 法律内の統一はかるため

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 まず言えるのは、これは「女性とは常に生物学的女性を意味する」とする判決ではないということです。

 2010年に制定された英国の平等法には差別を禁じる「保護特性」として9項目があり、年齢、人種、障害、性的指向などと並んで、「性別」「性別移行」があります。

 今回の判決は平等法の「性別」の定義における女性に、法的に性別を女性に変更した人を含むか否かの判断を下すものでした。

 判決はまず、ある人がジェンダー認定法(GRA)に基づいて性別変更した後に法律上の性別で扱われるかは、各法律の文脈や目的に照らして決まるとしています。

 また平等法の中での「女性」や「性別」の定義は統一されているべきだとしています。その上で、平等法の中の、授乳や妊娠に基づく差別についての規定で、妊娠可能なトランスの男性に配慮した「授乳する人」「出産する人」などの表現ではなく、単に「女性」と書いていることから、「女性」という言葉が生物学的な女性を指して使われているのは明らかだ、という判断をしました。

 英国で法律上の性別の変更をするにはジェンダー認定証明書(GRC)の取得が必要です。ただ、機密文書であるGRCを持っているか否かを確認するのは、平等法に基づいて差別防止の義務を負うサービス提供者、雇用主、その他の組織などにとって容易ではありません。

トランスジェンダーの人々は平等法の保護対象

 こういった理由から、平等法での「性別」の解釈において、GRCの有無で「女性」「男性」のどちらに該当するかを区別するのは不合理だと判断されました。

 このように、今回の判断は英国の平等法やジェンダー認定法における細かい事情に特化していて、判決も述べているように、この解釈がほかの法律や社会における「性別」の解釈に当てはめられるわけではありません。

 平等法が差別を禁じる「性別移行」の保護特性を持つ人とは、GRCを取得している人に限らず、出生時に割り当てられた性別から他の性別へと移行した人、その過程にある人、またはその意図がある人すべてを指します。

 平等法の中で「性別」が生物学的なものに限られると明示されたとはいえ、「性別移行」の特性を持つ人に対するあらゆる差別は、引き続き同法で禁止されています。

安易な非難に注意

 また判決によれば、トランスの女性が、たとえば就職時などに女性だと認識されて、女性であることに関連して不平等な取り扱いを受けた場合は、本人がいわゆる生物学的な女性であるかどうかに関わらず、それは平等法の禁止する「性別」に基づく直接差別にあたります。性別に基づく間接差別、ハラスメントに関しても同じ形で、平等法は今後もトランスジェンダーの人々を保護します。

 今回の訴訟はスコットランドの女性団体とスコットランド政府の間で起こったもので、訴訟の当事者にトランスジェンダーはいませんでした。

 判断の背景事情や法解釈などの詳細が省かれて、単に「女性は生物学的な女性」とするような記事の見出しが一人歩きすればトランスジェンダーの人々に強い弊害をもたらし得る事例であったにもかかわらず、トランスジェンダーの声は聞かれていません。また女性に対する差別や不利な待遇は、女性としての体の特徴に起因するものだけではありません。

 英国は世界の中でもトランスジェンダーに対するバッシングが強いことで知られ、トランスジェンダーに対して排除的ととられる発言を繰り返している人気小説「ハリー・ポッター」シリーズの作家、J・K・ローリング氏という象徴的な存在もいます。

 今回の判決が、トランスジェンダーの生活実態や法解釈の詳細を無視して、安易にトランスジェンダーを非難する材料にされたり、女性の定義を身体的な特徴に矮小(わいしょう)化したりすることに使われないよう、注意しなければならないと思います。

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 いしじま・まい 1988年生まれ。早稲田大で博士号(法学)を取得後、ドイツに渡り、現在はゲーテ大で日独の家族法やトランスジェンダーに関する法律の比較研究をしている。

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この記事を書いた人
伊木緑
東京社会部
専門・関心分野
ジェンダー、メディア、スポーツ