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「私の中の西鉄ライオンズが終わった」 基満男さん、中西太さんしのぶ

 西鉄ライオンズの3年連続日本一の立役者で「怪童」と呼ばれた中西太さんが亡くなった。90歳だった。西鉄の選手兼任監督だった1967年に入団し、薫陶を受けた基満男さん(76)=もとい・みつお、元西日本スポーツ評論家=は「球界のおやじだった」としのんだ。

 私は66年秋に西鉄の入団テストを受けた。大学を中退し、おふくろに「3年間好きにさせてくれ」と伝えていた。神風が吹いたのか、平和台球場のスタンドで柵越えを連発。中西さんに手招きされて「髪の毛、切ってこい!」。続けて「合格!」と言われた。

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