ライガーファングの出現に心臓が早鐘を打つようにうるさく響く
迷宮のモンスターについて何も知らないサウィルでも明らかにわかったからだ
この怪物は本来ここにいていい存在ではない
(…どうするどうするどうする!)
頭を必死に回して取れる手段を模索する
(殺るか逃げるか!二つに一つだ)
しかし逃げようとして無事に逃げれる未来がサウィルには想像できなかった。ましてや戦って勝つなど夢のまた夢だ
詰み、迷宮の悪意に歯噛みする。
ライガーファングはそんな俺の苦悩など待つことなく襲いかかってくる。鋭い爪での攻撃を身をそらして辛うじて避けるが息つく暇なく繰り出された突進をまともにくらって吹き飛ばされる
浮遊感の後激しく地面に激突した。受け身も取れず肺から空気を吐き出す。
追撃を仕掛けようとするライガーファングにショートソードを投擲し牽制することで難をのがれる
(どちらも絶望的なら…回避に専念して時間を稼ぐ)
(戦いながら他の冒険者の助けを待つ…!)
マントラで身体能力を底上げしている状態ならば回避に専念すればなんとか攻撃を避け続けることが出来る。
人の往来が多い一層ならば他の冒険者と遭遇する可能性も高いだろう
希望が芽生えはじめたその時
「は?」
迷宮で壁が自然とひび割れた
その後に起きる結果は一つだ
壁から十体前後のコボルドとゴブリンが産み落とされる。
あまりに唐突で絶望的な展開に思考と体の動きが鈍る。
ライガーファングの一撃を避けきれず肩から首にかけての肉を食いちぎられる。
左手の自由が利かなくなり半身が血で染まっていく。
心臓の音がうるさい。
「ははっ」
ライガーファングの急襲を身を伏せてかわす。棍棒で打ちかかってきたコボルドと組み合いライガーファングに投げることで追撃の機先を制する、が背後からゴブリンにナイフで太ももを突き刺される。痛みをこらえ振り向き様に拳を見舞わせ殺す。
危機的な状況だ。
「なのになんでこんなに心が沸き立つんだ!!」
この状況に笑みがこぼれる。絶望的な状況の筈なのに晴れやかで浮き立つような気持ちに心が踊る!
動かぬ肉体を心で鞭打ちライガーファングの突進を避け、コボルドの武器を奪い、ゴブリンを撲殺する。
俺はおかしくなってしまったのか?死を免れない状況に心が耐えきれず壊れてしまった?
ライガーファングの爪が脇腹を捉え切り裂く
しかしこの情動には覚えがある。
リオンと共に逃げたあの夜、貨物船に忍び込んで息を潜めたあの時間。俺は同じように心が沸き立った。
コボルドの首を蹴折りその体を盾にしてライガーファングへ突貫する。
共通点はある。
それは自分の意思で危険を冒していることだ。
つまるところ、『冒険』だ
「ははは…やっぱり天職じゃないか」
俺はバロールに恩恵を刻んで貰う前から、この迷宮都市にくる前からずっと冒険をしていた
あの夜星空の下でリオンの手を取ったあの日から俺はとっくに冒険者だった。
今だってそうだ。
俺は自分の意思で迷宮に踏み入り、自分の意思で逃げずに戦い続けている。
助けを待つなんて言ったが俺は本当に他の冒険者が偶然通りかかり、ご親切にも助太刀してくれるなんて信じているのだろうか。
否だ
反撃の爪はコボルドを切り裂いたものの俺の肩を半ばで止まった。
動きが止まった隙を突いてサウィルは渾身の拳を顔面に叩きこんだ。
ライガーファングはもんどりうって暗がりに転がる
「ハアッ!ハアッ…!!殺ったか…?」
意識を保つのもやっとの中でライガーファングの生死を探る
これでなお立つようなら本当に打つ手がない。
気づけばゴブリンやコボルドは全て魔石に変わっていた。
座り込んで止血と回復に専念しようとした刹那暗がりに一粒の光が浮かんだ。
「ハハハ…死んどけよ、化け物…」
その光はライガーファングの眼だった。
片目は潰れているものの残った隻眼からうかがえる殺意に翳りはない。
もはや立ち上がる気力もなくサウィルは迫る爪牙を前に目を閉じた
「━━何をっ、しているんですか!サウィル!!」
しかしライガーファングの爪は俺に届くことなくその体は真横に吹っ飛ばされていった。
代わりに人影が目の前に現れる
その人影を俺はよく知っている
「リオン…?どうして」
「あなたの帰りが遅いので嫌な予感がしたんです。まさか本当に迷宮に潜っているなんて!自分の命をなんだと思っているんですか!」
「ごめん、リュー姉さん」
「説教は後でします。だから死ぬことは許しません。」
「ああ」
ライガーファングの唸り声が迷宮にこだまする。
狩りに横槍を入れられ獲物が二人に増えた怒りが滲んでいた。
その毛皮が多少汚れているもののライガーファングさしたるダメージを受けていないようだ。
「サウィル、時間を稼ぐことは出来ますか」
「何か手があるのか?」
「私はアストレア様の恩恵を授かったことで魔法を得ました。それはライガーファングを倒すに足る。しかし…」
リオンが心配そうに見る。サウィルの体は無事なところを探すのが難しいほど傷だらけで立っているのが奇跡のように思える有り様だった
「問題ない。俺がお前の盾になって詠唱の時間を稼ごう」
「・・・信じています。」
「ああ」
リオンに助けられたことで熱くなって破滅的な思考に走っていいた心が戦意を残して冷静さを取り戻す。
呼吸を整えリオンとライガーファングの前に立ちはだかる
『今は遠き森の空』『無窮の夜天に
詠唱が始まる。朗々とはいかない。なぜなら彼女はまだ歌い慣れてなどいないから。しかし一節一節集中力を乱さずに唱えていく。
それをただ待っているライガーファングではない。魔力の高まりを察知しリオンへ躍りかかろうとする。
が、サウィルのタックルを食らい諸共に地面を転がる
「ここまで殺しあった仲だろう?今さら目移りするなんて寂しいじゃないか…!!」
笑みを浮かべ意地を張る
『愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。』『汝を見捨てし者に光の慈悲を。』
詠唱は乱れなく止まらない。
その信頼に胸を踊らせる。体に力が漲る。
ライガーファングの両前足を掴んで動きを止める。
深く息を吸い、止めて決して離さず自由にさせないよう全身に力を込める。
ライガーファングは今まで痛ぶっていた人間が急に振りほどけなくなったことに戸惑っていた。
背中を鉤爪で切り裂くが拘束は緩まない。
『来れ、さすらう風、流浪の
噛み付きを避けてのけぞり体勢を崩す。
拘束が弛み振りほどかれる。再度噛み付きに飛びかかってきたライガーファングを咄嗟に巴投げの要領で投げ上げる
「やれ!!リオン!!」
『——星屑の光を宿し敵を討て!!』
詠唱を終えた刹那リオンの周囲に3つの翠玉が現われ、暴風の光線が放たれた。
ライガーファングは空中で身をよじって一つを交わしたものの残りの2つが直撃し胴体と顔半分を消し飛ばされた。
怪物らうめき声をあげると着地と同時に崩れ落ちて、魔石へと変わった。
今までの激闘が嘘のような静寂
こうしてサウィルは冒険者としての一歩を踏み出した。