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立ち読みの歴史は読書の歴史。かつてない読書史! 小林昌樹『立ち読みの歴史』まえがき・目次【4月23日発売】


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『立ち読みの歴史』

「立ち読み」という営みは、いつどのようにして始まったのか? 私たちにとって当たり前の「本」や「読書環境」のあり方が、いかにして形作られていったのかを調べた『立ち読みの歴史』(小林昌樹、ハヤカワ新書)が2025年4月23日についに発売。この記事では本書のまえがき、そして目次を公開します。

まえがき

もし、あなたがいま、この本を書店の店頭で立ち読みしているのなら、本書のもくろみのいくらかはすでに達成されたということになる。(だが、いまあなたはこの試し読み記事をウェブ上で見ているはずだ。これが「立ち読み」とは言えないことは、この本を読めば明らかになるだろう)

『立ち読みの歴史』を立ち読みする人がいる、こんなに愉快なことがあるだろうか?

筆者のもくろみの片棒を担いでくれたあなたに、まずは感謝したい。

そのうえで、本書がどのような性質の書物であるのか、以下簡単に紹介しておきたい。

この本からなにがわかるのか

そもそも、近代出版史は謎が多く、未解明の問題が数多くある研究分野である。

例えば、書店に入ったら本が本棚に並んでいるだろう。それを自由に手に取って選ぶ楽しみが我々、顧客にある。けれども江戸時代の本屋では、基本的に本は蔵にしまってあり、店員に出してもらって買うことになっていた。では、本屋の本棚はいつ、どのようにして日本で広まったのだろうか? 明治時代なのか大正時代なのか? そもそも入店するには履物を脱がないといけないのが江戸時代のお店だった。では、土足で入れるようになったのはいつ頃か?

あるいは、現在の書店でコミックはシュリンクパックされていることが多い。これは立ち読み対策だろうということはなんとなくわかるが、では誰がいつ導入して、どのように広まっていったのだろうか?

こういった当たり前すぎることに疑問を立てて解き明かそうとしたのが本書である。

「調べる技術」を実践したら……

筆者は国立国会図書館で15年にわたりレファレンス(調べ物相談)を担当していたが、利用者からは実にさまざまな質問が寄せられた。そして、そのほとんど全部が、東ローマ帝国史という私の旧専攻と無関係の事柄で、自分の知らないことばかり調べる技術が身についた。そして、この何でも調べられるという特技を『調べる技術』(皓星社、二〇二二)という本にまとめたところ、3万部を超すヒットになり、自分でも驚いた。

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『調べる技術』

本書は、その「調べ方」を自分が調べたいことに使った成果であり、その意味で『調べる技術』の姉妹編、実践編と言えるだろう。

私の現在の専門は、日本近代の読書史、出版史、古本屋史、古本受容史、愛書趣味史、図書館のリスク管理史、蔵書構成史、レファレンス・サービス史、国立図書館史、プラモデルの受容史……こう書き出してみると、「専門」どころでなく、なかなかとっ散らかっているのだが、これらの端々はしばし に登場する「立ち読み」という営みについて、その誕生から
現在までを追ったのが本書ということになる。模型店店頭でプラモのパッケージを眺めるのも、ある種の立ち読みなのだ。

読書の近代は意外と最近

立ち読みの歴史を語る上で最大の問題は、いつ頃、どのようにしてこの習慣が始まったのか、ということがわからないことである。この問題を明らかにするためには、今現在に残されている資料(証拠)から、仮説と検証を繰り返して探っていくことになる。

例えば、江戸時代の人たちは本を読む場合、音読がデフォルトだったことがわかっている(前田愛『近代読者の成立』岩波書店、二〇〇一)。特に庶民はそうだったはずで、黙読を基本とする現在の立ち読みスタイルは成立しづらいことが想定できる。

また江戸時代、都市の庶民は読み書きができたが、農村の農民はまだだった。女性も含め、みんなが読み書きできるようになったのは明治の末である。書物の文明開化が一般大衆に及ぶのに半世紀が必要だったわけである。

だから大正期のある漁村で、小卒の子どもが村内いちばんのリテラシーとなり、本持ちの物語好きおばあさんに、本を代読してあげる、などという今では考えられない現象もあった(川島秀一『「本読み」の民俗誌:交叉する文字と語り』勉誠出版、二〇二〇)。

また、江戸時代はおろか明治に入ってからも、書店の販売方式は現在のような陳列販売(開架)ではなく「座売り」(閉架)だった。立ち読みは物理的にできないのである。

そもそも、和本(和装本)は平積みにするもので、縦に置けないことは「|帙
《 ちつ》」(和本用のケース)の存在からも明らかである。棚に差してある冊子1冊をアトランダムに出し入れする、という行為を和本は想定していない。新刊本の大半が今の形(いわゆる「洋装本」ないし「洋本」)になったのが明治一九(一八八六)年頃だが、洋装本も初期は平置きにしていた。1冊を手軽に出し入れできるタテ置きは、どうやら明治三〇年代に始まった
習慣らしい(書物蔵「近代日本〈本棚〉史:本箱発、円本経由、スチール行き、そしてみかん箱」『文献継承』二〇一七・一〇)。この頃、ようやく多くの本に背文字がつくようになっている(図pre-1)。

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図pre-1 和本用の本箱に洋装本をタテ置きした例(一八九八年)。
手前に和本がヒラで置かれている。(出典:『少年倶楽部』一八九八・二、裏表紙より部分。永嶺重敏 『雑誌と読者の近代』日本エディタースクール出版部、一九九七、 p.4)


本書では、このような事実を積み上げて、「立ち読み」の誕生に迫る。

が、勘のいい読者はすでにお気づきだろう。

「立ち読みの歴史」を考えることは、現代の私たちにとっては当たり前の「本」や「読書環境」のあり方が、いかにして誕生したのかを問うていくことにもなるのだ。

立ち読みの歴史は読者の歴史

出版史の資料は、どうしても有名出版人の回顧録や版元・取次の社史、書店経営論などに偏ってしまう。

これは致し方のない面もあるが、いずれも「生産者」「売る側」から描かれるため、時代ごとの多様な受け手・「読者」のありようが捨象されてしまう傾向にある。

しかし、立ち読みをする主体は(買うかどうかもわからない)「読者」である。それも江戸時代と異なり、他の本でない、まさにその本を選んで手に取り、まわりを気にせず没入する主体的「個人」だ。ゆえに本書は、日本近代に誕生し、いま書店にいて、この本を手に取っているあなた、つまり読者の歴史でもあるのだ。

立ち読みを切り口に、あなたのご先祖、「読者」がどんな姿で本を読んでいたのか、楽しんでもらえれば幸いである。

(小林昌樹『立ち読みの歴史』まえがき 了)

『立ち読みの歴史』目次

まえがき
この本からなにがわかるのか
「調べる技術」を実践したら……
読書の近代は意外と最近
立ち読みの歴史は読者の歴史
零.立ち読みは日本だけ?!──「出版七つの大罪」の筆頭
洋行した知識人「海外に立ち読みなし」
「出版七つの大罪」の双璧は立ち
読みと万引き──先行文献
一.江戸時代の読書──立ち読み前史
都市で読書が盛んになった江戸時代
読者は誰だったか
「本」は高いものだった
庶民は本を貸本で読む
江戸時代の「本屋」
庶民は「地本」を買う
絵草紙屋の例
二.立ち読みが成立する条件
明治のニューメディア──新聞紙、洋装本、雑誌
リテラシーが全国民に普及
本屋も明治初めはまだ江戸式だった
座売りから「開架」へ
戦前の書店員用マニュアル
三.大正七年、宮武外骨の証言
万引き犯へのリンチ
立ち読みは明治二〇年代、雑誌屋で始まった──宮武の観察
四.書店でない「雑誌屋」
雑誌屋とはどんな場所か
雑誌部数の増大
「開架」だった雑誌屋
絵草紙屋が雑誌屋になった
帝国万歳! 絵草紙屋万歳!
雑誌屋の店頭で
五.「立ち読み」の意味を整理する
立ち読みはホントに海外にないの?
「逆欠如」という考え方
「立ち読み」の一般的な定義
立ち、座りといった姿勢はコアの要素でない
顧客になるポテンシャルがあること
ハタキは……?
何を「立ち読み」していたのか
制限時間は30分?──昭和一〇年頃、神保町で
browse は「立ち読み」か?
欧米書店には雑誌がない?
習俗としての「立ち読み」
「立ち読み」とは──本書における定義
六.「立ち読み」という言葉はいつからあったのか
「立ち読み」という言葉
江戸の露店
立ち見か、立ち読みか
上位語「冷やかし」と「ヤホン」
音読がデフォルトだった
雑誌の発行部数という条件
冷やかし、タダ見、立ち見、立ち読み
七.江戸の「立ち見」から「立ち読み」の発生まで──立ち読み通史1
絵草紙屋における「立ち見」──「立ち読み」前史
「立ち見」は明確に客でない
「立ち読み」は本質的に近代的な行為
明治二〇年代半ば──雑誌屋における「立ち読み」の発生
新潮社は立ち読みから始まった?──明治三〇年代の立ち読み実践例
明治三〇年代後半──雑誌が立ち読み癖のついた庶民を書店に引き入れた
万引きの摘発と立ち読みの黙認
八.書店が「開架」したいきさつ──立ち読み通史2
明治二五年頃──中西屋(丸善)、東京堂、三省堂
有斐閣は大正元年に遅れて開架になったが……
大正初年──がらりと変わった中型店・地方書店
半開架──地方大型店の陳列形態
東京市区改正事業で陳列販売法が広がる
小書店の店内
勧工場の「みせだな」
野生の(?)開架
露店の古本屋
古本市場における雑誌
九.「雑誌の時代」とその終わり──立ち読み通史3
明治後半から雑誌が普及する
大正期、地方書店でも立ち読みが広がる
高度成長期に規定された昭和像
万引きで閉店した店?!
立ち読み防止機(シュリンクパック)の登場──昭和五四年
万引き防止機の登場──一九九〇年代
新古書店で立ち読みが広がった30年
十.「立ち読み」に似て非なるもの
カルチェラタンにつながっていた「丸善の二階」──特定階層がする立ち読み
一九九〇年代の新サービス「座り読み」
ネット書店──店頭「立ち読み」に似ているが……
まとめ
立ち読み年表
あとがき
もっと読書史を読みたい読者に
図版出典

【著者略歴】 小林昌樹(こばやし・まさき)
1967年東京生まれ。図書館情報学を研究するかたわら近代出版研究所を主宰し、年刊誌『近代出版研究』編集長を務める。慶應義塾大学文学部卒。国立国会図書館で15年にわたりレファレンス業務に従事、その経験を活かした『調べる技術』が3万部を超えるヒット作となる。その他の著書に『もっと調べる技術』(以上皓星社)、編著『雑誌新聞発行部数事典』(金沢文圃閣)、共著『公共図書館の冒険』(みすず書房)など。コミケにも精力的に出店している。

小林昌樹『立ち読みの歴史』はハヤカワ新書より4月23日発売です(電子書籍も同時発売)。


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