水田はあるのに「主食のコメ」を作らせない…「コメの値段を下げたくない」農水省がこっそり続ける減反の実態
■減反は「コメの高価格維持」政策 最初は、減反に価格維持という役割はなかった。 価格は食糧管理制度の下で政府が決めていたからである。しかし、食糧管理制度が廃止されて以降、減反が価格支持の役割を果たすことになった。農家に補助金を出して供給量を削減すれば、米価は市場で決定される以上の水準となる。JA農協は、食糧管理制度の時には、政府への販売量を増やすため減反反対を唱えていたが、同制度廃止後は米価維持の唯一の手段となった減反政策の積極的な支持へ立場を変更した。 なぜ巨額の補助金(60キログラム当たり主食用米価格1万5000円とエサ米価格1500円の差を補う金額)を払ってエサ用などのコメへ誘導しなければならないのか? 900億円程度の財政負担で生産しているエサ米は約74万トンである。この金で250万〜400万トンのトウモロコシを輸入できる。わざわざ巨額の財政負担をしてまでエサ米を作らせているのは、主食用のコメの供給量を減らしてその価格を高くするためである。 ■国民全体を救うコメ政策をしてほしい 「消えたコメ」だけでなく減反政策までも農水省は隠そうとしている。高い米価を維持するのが同省の目的となってしまった。 私の農水省の最初の先輩である柳田國男は、農民を貧困から救うために活動した。しかし、米価を上げて農家所得を増やすことは貧しい国民消費者を苦しめるので、柳田が断固として拒否したことだった。かれは米価を上げようとする地主階級と対決した。彼の影響を受けた後輩で『貧乏物語』の著者として有名な河上肇は、「一国の農産物価格を人為的に騰貴せしめ、之によりて農民の衰頽を防がんとするが如きは、最も不健全なる思想」と主張した。 農民を救うために柳田は規模拡大、生産性向上によるコストダウンを主張する。価格を上げなくてもコストを下げれば所得は増加するからだ。柳田の頭の中には常に国民全体のための“経世済民”があった。 戦前農林省の減反案を葬ったのは陸軍省だった。減反は安全保障と正反対の政策だ。主食の生産を減らすような国家はない。我が国は減反で生産できる量を半分に減らしているので、今輸入食料が途絶すると国民は全員半年も経たずに餓死する。農水省が食料安全保障とか食料自給率向上を叫ぶのは、農業予算を増やしたいためだけだ。国民や消費者のことは少しも考えていない。それは、今回のコメ騒動でよくわかったはずだ。 今の農水省には高米価を求める既得権者の利益しか頭にない。 ---------- 山下 一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。 ----------
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁