仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

120 / 123
第七十七話 とある異常の御茶会議

No side

 

(何なんだこの状況……)

金髪の少年は二人の男女によって次々と運ばれてくるマカロンだのやけに小ぶりのケーキだのを眼にしながら呆然となって錆び付いたロボットの様に顔を動かして自身の彼女の姿を見た。

だが、水色のサイドテールを揺らして笑みを浮かべる少女はSOSに気付くことも無く、少年《魅焔 哀都》の味方はこの場に存在していなかった。

成す術も無く哀都は背凭れに体を預けると、軋んだ木製の椅子の音に溜息を零した。

哀都と水色髪の少女《天野 雀》が交際をするようになってから二ヶ月と言う時間が経過していた。

彼らの通う学校も新学期が始まり、二人の所属する高等部以下の生徒は遅れを取り戻す為、そして同じ空間に居る二人の人間の内一人は高校卒業認定試験に向け、もう一人は一年を謳歌する為、各々の《欲》を持ちながら日々を過ごしていた。

「よーし!終わったぁ~」

両手を上げ、万歳のポーズのまま掲げたお菓子をテーブルの上に乗せ、灰色の髪を持つ少女には見えない女性の品格を持つ者が席に着いた。

先に座っていた二人はその姿に因縁を覚えている為、多少怪訝な面持で彼女の事を見ていたが、それを歯牙にもかけず待ちきれないと言った様子でカップに口を付けた。

デスゲームと化したSAOの世界で《LGL》と呼ばれた武器を持ち、《黄金》と呼ばれたプレイヤー。

《シンディア》こと《暁 白》だ。

そんな彼女と溝が最も深いのは一度彼女に殺意を抱いていた雀であるが、その溝を埋めるべき存在がこの場には居た。

「終わった?二人とも待ってるよ~」

「もう少しで終わるから」

沈黙の中で流れる水の音がキュッと言う音で掻き消され、使用済みの料理器具の接触音も無くなると足音も無くその人物が三人の前に姿を現した。

黒髪に藍色の双眸を持つ彼こそ、哀都が密かに試練の対象とするべき人物であり、百人以上の殺人をSAOで行い《殺人鬼》の肩書で鋼鉄城全域を恐怖に陥れ、挙句の果てにその正体すら目の前に居る人物しか知ることの無い正体不明と言う言葉こそ相応しい人物。

神出鬼没、用意周到、百戦錬磨。

全てを成し遂げ、事件を迷宮入りさせた眼鏡の少年。

 

《ジャック=ガンドーラ》。元い《霧崎 玲》。

 

四人の『普通』とは到底言うことの出来ない少年少女が、一つの卓を囲んで座っている。

しかし、一悶着あるかと思えば警戒をしているのは哀都だけであり、他三人は揃えられた本格的なアフタヌーン・ティーに野暮な感情は持ち合わせていなかった。

それに、此処へ哀都を連れてくるきっかけを作ったのはこの三人であったのだ。

時間を少し遡る。

玲と白はアフタヌーン・ティーの為の材料を買いにショッピングモールに足を運んでいたのだが、そこで哀都と雀の反応をキャッチ。

現実世界に戻って来てから手を拱いていた哀都の接触の好機が此処だと二人は思ったのだった。

哀都と雀は二人でのお出かけを楽しんでいた訳だが、雀だけが玲と白の存在に気付くとそちらへと誘導するように哀都と店を回っていたのだ。

彼女にとっては白と顔を合わせることは余り好ましくない事態ではあったが、隣に居る恋人の哀都と自分の理想である玲の存在に妥協した。

目論見通りはち合わせる形で出会った四人は動揺する哀都を余所に皆を玲の家に招待してアフタヌーン・ティーを開くということだった。

哀都は雀も向かうということと目の前に居る人物が《殺人鬼》で有ると知り、納得はいかないながらも三人の姿を追った。

(それにしても、自分は《殺人鬼》の正体を知らないってのに、よくもまあ向こうから明かしてくれたモノだな……)

みすみすアドバンテージを逃した事だけが哀都を此処に縛り付けていた。

「じゃあ、好きなの取ってって良いよ」

「はーい」

「了解です」

玲の合図で各々が自由にスコーンやサンドイッチを手に取り、口に運んでは笑みを浮かべる。

哀都には目の前の光景に慣れず、手を伸ばせずにいると視界につままれた碧色のマカロンが差し出される。

いくらなんでも違い過ぎだと彼は思った。

優しげで無機質な口調と人畜無害な白衣を纏っている彼があの《殺人鬼》である事を確信することが出来ずにいた。

寧ろそういう人物こそ裏の顔があるのだと思うべきだったと言い聞かせる哀都だが、過去の経験が彼の頭の中で鬩ぎ合い、玲は息を吐いた。

「やっぱ、この喋り方じゃねぇと違和感があんのか?」

玲が振り返ると口を動かしながら頷く白とジト目で彼氏の姿を見る雀。

「お前も平和ボケしてんのか、グーラ」

「生憎と、慣れない土俵で戦う主義じゃないんで」

「それだけ言えりゃ十分だな」

差しだしたマカロンを玲は自身の口に運ぶ。

哀都は吹っ切れた様にケーキを鷲掴みにすると一口でそれを口に含んだ。

「……そう言えば《悪食》っていう二つ名だったね」

「伊達に大食い大会の覇者じゃねぇってことだろ」

「でも良いんですか、玲さん。哀都に正体を明かしちゃっても……」

「構わねぇよ。テメェも解ってんだろ?」

ゴクリと大きな音を立ててケーキを呑みこんだ哀都は口元のクリームを舐め取った。

「自分が独りでに気付くより先に正体を明かす事で直に牽制できるし、雀に監視されることもできる。それにあんたら《異常》は運動神経までケタ違いだろ?」

「まあ、学校でのわたしを見てたら容易に解るよね」

そう、もはや《黄金》として学園中に知れ渡っている白はその身体能力を授業の中でも披露し、またしても人を惹き付ける要因を作り出していたのだ。

「でも、今更私達に接触する目的って、哀都に玲さんの事を知らせることだけじゃありませんよね」

「そうだな」

「ただ《普通》の人間同士のカップルってどんな感じなのか知りたかったって感じかな」

白の言葉に哀都は口元を釣り上げた。

彼はスコーンを快音を立てながら飲み込んだ。

「そう言う暁さんだってクラインとか言うプレイヤーと深く交流していた筈では?」

「実はそこがわたしにもよく解って無いんだよね。二人は気付いてるか解らないけどクラインも君達と同じ《普通》の人間だよ?」

「「え!?」」

二人は思わず目を見開いた。

「そりゃ本質が《無知》だからな。オレ自身アイツに近付いてようやく気付けたくらいだ」

「そういうことだね」

「全然気付かなかったし、眼中にも入れてなかった……」

「……要は、霧崎さんも暁さんも自分達に聞きたい事があるんですね」

玲は腕を脚を組みながら椅子に凭れかかり、不敵な笑みを浮かべ肯定する。

「じゃあ、最初は私から質問しても良いですか?」

いの一番に口を開く雀に白は手を組んでテーブルの上に置く。

哀都はそれを横目に見ながらマカロンの入ったバスケットを手元に手繰り寄せた。

 

「《異常》と《普通》の違いって何ですか?」

 

「……雀は何処でその存在に気付いたの?」

「玲さんと戦って殺されかけた所ですかね」

「哀都は?」

「貴女と出会った時ですよ」

「ありゃ、哀都の方もわたしが原因なの?」

少し意外そうに声を上げ、白は玲の方を向く。

「《普通》ってのはデスゲームの《異常》な極限状態下でオレ達、《異常》と接触することによって自分の本質に気付く事が出来た人間の事だ」

「逆に、《異常》は先天的か後天的に一人でに発現する頭二つ抜けた感覚みたいなモノだね」

「先天的と後天的が?」

「わたしが後者で玲が前者ってこと」

「お前ら、突然視界が切り替わった事はねぇか」

玲の言葉に二人は殺し合った時のあの光景を思い出した。

雀にとっては色だけの世界、哀都にも確かに覚えがあった。

「それが《異常》と《普通》の最大の特徴であり違いになる訳だ」

「わたし達はその光景が常に見えてるんだよ。本質を使う時だけ覚醒する訳でも無く……ね」

「でも、あの時私には哀都の輪郭がはっきり見えていましたが」

「つまり、同類が一瞬で解る訳だ」

「《異常》にとっては《異常》が『普通』になるからね。《普通》の君達は少し例外だから視えないことは無いけど他の子たちの顔とか普段は認識すらしてないよ」

余りに突飛な話を、《普通》と格付けされた二人は真摯に受け止めていた。

彼ら、特に哀都の方はその《異常》性を逸早く脅威だと認識していたからこそSAO内で生き延びれたと言っても過言ではない。

だが本質を引き出したのも同時にこの二人だという事実に、哀都は舌を巻いていた。

「洒落にもならない感じだなァ」

「それを気付いていながら『普通』の生活をしてる事にな」

「こっちも昔はそれなりに苦労はあったけどね」

ここで、今まで黙っていた質問者である雀が口を開いた。

 

「ってことは、玲さんは私や《黒の剣士》を使ったのですか?」

 

「ああ、《普通》なんて存在はオレ達にとって危険視せざるを得ないからな」

「そうですか、私からは以上ですね」

彼女は残酷に言い放った玲の言葉に動じることなく、淡々とお菓子を口に運んでいた。

何故なら雀は玲が、《殺人鬼》がこういう人物だという事をよく知っていた。

目的のために自分を護る防護壁を完成させてから手段を選ばず行動する人物なのだ。

そんな彼に惹かれたのであり共に居る事を選んだのは自分だと、彼女にとって先程の彼の言葉はSAOで過ごした二年の総括になっただけだ。

「わたしはさっきも言った通り、今の二人がどんな感じなのか聞いてみたいな」

「今は何事も無く今日みたいに時折一緒に出かけるくらいですかね」

「学校では?」

「まあ、勘付かれて聞かれた時に正直に答えたから高等部二年は皆自分達の関係は知ってる事になるか……」

「ふーん」

「それが聞きたい訳じゃないでしょう」

「うん。じゃあねぇ」

 

「もう一回、今の自分たちをどう思ってるの?」

 

この質問に二人は顔を見合わせた。

つまり、先程の答えはこの《暁 白》と言う少女の欲した回答では無かったという事。

もしくは二度目の質問と言う事でより認識を深めさせたかったのかを二人は推測する。

(この人、クラインと関係があるのかも聞き出せてなかったな……)

(玲さんも私達の方を見てる?)

哀都と雀は互いに顔を一瞬だけ視ると机の下で手を取り合った。

 

「「此処に居るって感じがします」」

 

「言葉では説明し辛いくらい最高ですよ」

「私も同じです」

その言葉を聞いた白は顎に手を置いて数秒考え事をすると納得した様子で前を向く。

 

「それが、《普通》同士の愛の形ってヤツで良いのかな」

 

いや、彼女は納得の行っていないことを自分で解っている。

それは、回答を求めていた玲も同じだ。

停滞した《異常》達は自分の抱いた気持ちの裏付けをしようとしてしまったのだ。

相応しくないその行動の果ては期待の裏切りに終わる。

雀はその様子に気付きさえしたモノの、決して声にすること無くその後再開されたアフタヌーンティーは一時間で収束し、片付けをすると残った白を置いて雀と哀都は帰路に着いた。

時刻は六時を過ぎていたが、季節も過ぎた事で少しずつ明るくなりつつある道を歩きながら、彼らは思いを馳せた。

それは、紛れも無く彼ら自身の為の事であり、これからの二人の為になると解っていたからだ。

「「ねえ」」

声が被る。

しかし、驚いた様子も無く少女は口を開いた。

 

「哀都は……哀都は玲さんを超えるつもりなの?」

 

二度名を呼んだのは、躊躇ったからでは決してない。

顔を向けた時の彼の眼が、見たことのあるあの日のモノだった事に気付き、もう一度彼の事を解ろうとしたからに決まっていると彼女は自分に言い聞かせた。

雀の本質ですら捉えきれないモノを認識した。

そう言うのは酷い矛盾だと、彼女はその《異常》を確かに感じていたのだ。

哀都が雀の眼を見た。

 

「勿論。その時は、必ず来る」

 

彼は、忘れていたモノを思い返していた。

一度は抱き、恐怖と自己保身の為に手放した欲が、自分の欲溜りの中で根を張っていた事に彼らが気付かせてくれたのだ。

本質は《欲》だと言っていたが、その原点は『食』に通じていた。

初心忘れるべからず。哀都にとって雀ほど他人に干渉する程の力は無く、今の《異常》共がどうなっているかなど知りもしなければ何一つ関係など無かった。

それが、『寝』でも『色』でも無い彼だけの《欲》を加速させる。

SAOの世界で喰らってきた肉と武具の数は優に五百を超える。

その哀都が求むる次の食材。

 

――《異常》の肉は、本当に異常なのかってな。

 

その時までまだ時間がかかるのは確かだが、夢にも近くそれでいて欲の範囲に収まるモノに高揚感が渦を巻き、哀都の体を包み込んだ。

当然、そんな彼の様子を察せない雀ではなく、苦笑いを浮かべながらも口を挟むことはせず、彼の隣を歩くだけだった。

「あと、私が気付いた事でちょっと話したい事があるんだけど」

「……何?」

先程の雰囲気が四散し、哀都は携帯を手に持った。

 

 

「玲さんとか、誰かを恨んだことってあるのかな……」

 

 

メモに記録しようと準備していた哀都の指がピタリと止まった。

即座に再度指を動かして新規作成を取り消して別のメモを開き、スクロールしながら記憶を蘇らせていた。

 

――《殺人鬼》の被害者はどれもソロや他パイプの少ないプレイヤーだ。それ以外には犯罪者プレイヤーが大半。

 

――そこに規則性は一切無い。

 

ならば、《シンディア》が死亡した時はどうなった?

哀都は思考する。

第五十層ボス攻略の翌日に第五十三層までが解放されていた。

その後の《殺人鬼》の証言で彼の単独犯であるということが確定されているが、これには哀都自身も強く同意することが出来る。

 

――この事から考えるに、彼は茅場晶彦を恨んでいたというのだろうか。

 

――確信は出来ない。

 

「玲さん達、《異常》はほぼ完璧な人間だと思ってたけど、それが欠点だとしたら?」

雀の助言は的確に哀都に衝撃を与えていた。

彼は躊躇うことなく雀の頭に手を乗せ、彼女もそれを受け入れた。

 

――自分の憎むべき相手。

 

――居ない訳が無いんだ。

 

何故なら……。

 

 

 

――その相手こそ、自分自身なのだから。

 

 

 

それから、《欲》は牙を研ぐ事だけに意識を向けた。

《感知》は満たす欲も無く、虚を飾って明日も生きる。

 

――物語はまだ、終わらない。

 

==========

 

 

それからまた時が経った。

 

再開の時は、何の前触れも無く、突如として現れる。

 

人々が嘗て彼をこう称した様に、彼はその期待に答えたのだ。

 

『神』出《鬼》没。

 

彼の姿を見た者は皆一様に驚愕の色を表した。

 

「何だ、まるでこのオレが死んだ見てぇな口振りじゃねぇかよ」

 

変わらない口調、変わらない外見、変わらない雰囲気、変わらない力。

 

全てを持って帰って来た。

 

故に、彼は嗤う。

 

自らも、他者も、世界も、認識する何もかもを。

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!!!」

 

その声が轟く何処までも、彼は現れる。

 

 

「I am Jack=Gundora」

 

 

驚嘆と殺戮を巻き込みながら、《殺人鬼》が復活した。

 

――仮想世界に、不穏な霧が棚引いていた。

 

 

==========




はい、どーも竜尾です。
今回のタイトル。元ネタ知ってる人は居ますかね?
実は捜索編のSAO編終了の時も【世界寿命と最後の一日】とかつけるのを自重しました。
なので今回は自重しません。

三人称で六千文字書き上げるのはなかなか難しいモノでした。
でも、特に今回は究明編のまとめであり、僕の書きたいことをよく書けていたと思います。


自分の嫌いなモノは自分であり、好きなモノも自分。


あくまでも持論ですがこれに気付いた時の僕の気持と言ったらっそりゃあもう文字じゃ表せませんよ。

物語はまだまだ終わりません。
次回予告は既に済ませてありますから。


そういう訳で究明編終了!
じゃ、ありませんね。

次回は《究明記録完成版》です。
ですが、めちゃくちゃ時間がかかることは明白ですね。
全話見返してきます。
時間の無い中の作業でまだ一文字もかけていないのでいつ完成するのやら、僕も分かっていないです。

けど、一応8/10のこの小説が始まった日には投稿できるように頑張ります。
まだ、書きたいことも少しは残っていますので。
それでは、次回をお楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。