仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

118 / 123
第七十五話 悪食の始まり

Side =雀=

 

それから時は流れ、仮想世界に囚われていた三百人が解放されて十数日が経った。

この知らせによりトラウマをほじくり返された者も少なくは無かったが、そこは人間の専売特許ですぐに話は仮想世界の「か」すら出ない様な雰囲気に包まれた。

そうして訪れた玲さんとの再会。

加えて《黄金》こと《暁 白》と《黒の剣士》こと《桐ヶ谷 和人》、《閃光》こと《結城 明日奈》の姿も見ることが出来た。

半ば脅しの様な形で玲さんの正体を知る私はその権限を利用して事件の概要を断片的に聞いたが、やはり私の出る幕ではなかった。

ナーブギアも回収され、代わりに後継機であるアミュスフィアが渡され、データを引き継いでいる為フレンド表示には《Gula》という名も残っている。

だが、私はあの世界に戻るべきなのだろうか。

玲さんにはそれを聞くことが出来なかった。

答えをくれるとは思えなかったし、寧ろ玲さんに頼むってことは何らかの未練を残してるってことになる。

それはお門違いって奴だろう。

未練と言うか、現在の悩みの種を作ったのは向こうの世界であるってだけだ。

言わずもがな、その原因は《魅焔 哀都》にある訳だが……。

「でも、これはどうするべきか……」

数年ぶりに手にした薄く、水色のカバーの付いた四角形の箱型機械を手にした私は溜息を吐く。

「携帯、買っちゃったな」

嬉しさと落胆を二等分した感じだ。

私が向こうの世界に居る間に携帯は既に解約されていて、両親のお陰でまた携帯を持つことが出来るようになったのだが、数十日前に私は「携帯を持ってない」と明言しているのだ。

いや、今更嘘を吐いたからなんだというのだが、本当に何なのだろう。

手持無沙汰になりメニュー画面を只管に弄っていると休日のショッピングモール前のベンチに座っている私の下に待ち合わせをしていた人物が近付いてきた。

 

――当然彼ではない。

 

魅焔も私にべたべたする事も無く顔を会わせれば挨拶くらいはして、帰りも彼の気が向いた時は追いかけてきて適当に話をしながら帰るくらいだ。

そう言う訳で休日にわざわざ出会おうとなんて私が考える訳も無いのだ。

では、その呼び出した人物とは……。

 

「雀ちゃーん!!」

 

手を大きく振りながら私の方にその人物が一気に接近してきた。

その後ろで飛びだした人物を見て微笑む者が一人。

「ごめんなさいね」

「いえ、お構いなく」

クリーム色の短髪を振り回す彼女を回避して苦笑いを浮かべる。

そう、待ち合わせの相手は嘗ての《JtR》の一員。

 

――《シグマ》、《アシュレイ》と呼ばれていた二人のプレイヤーだ。

 

再開したのは学校に通うようになってすぐの事だ。

情報提供の交換条件に《JtR》全員の住所とかは知っていたので、皆と一度顔合わせをしたくなった私は真っ先に会いに言ったのがこの二人だ。

《オーカス》とも既に出会っていて残るは《ロム》と《ロクオウ》なんだけど、まだ時間が空かないらしい。

代わりに二人とは休日になるとこうして買い物をする仲になっていた。

まあ、でもね……。

初対面で改めて自己紹介した時には驚かされたモノだ。

 

「《榎本(えのもと) 息吹(いぶき)》でーす。今年で二十八になるのかな?」

 

「《榎本 |足立(あだち)》です。同じく二十八になります」

 

歳の差が十二も有りました。

それなのに向こうの世界での事で身近な友達と言う感じしか無く、ショッピング中も友達感覚で話しこんでしまうのも無意識下だ。

二人も私も気にしていないので問題は無いと思うが、今の私達は周りにはどう見えているのかも少しだけ気になっていた。

そんな意識を刈り取る様に活発なシグ……息吹と、時折息吹の様に盛り上げる足立がいる。

これも本物なのだろう。

 

「で、どうなの?」

「まさか《グーラ》とはね~」

 

これさえなければ本当に良き友達のはずなんだけど……。

いや、私が嫌がっているだけで気が置けないと言えばそう言う付き合いにはなることは否定できない。

「だって態々アミュスフィア被って連絡してるんでしょ?」

「相当御執心みたいね。流石、敵の一番槍である雀に告白した男は違うわね」

「うぅ……」

手を口元に持ってきてニヤニヤとした視線を向けるアシュレイの左手に光る者を視ると反論など出来る訳が無い。

「正直なところ彼の事は好きなのー?」

買ったお菓子を口に放り込みながらシグマが呟く。

「数日前に同じことを聞いた時は逃げものね」

両側から挟まれる形で問い詰められ、追い打ちも有った。

人間と言うモノが異性と付き合いたいと思う時、理由は様々だが互いの垣根を取り払うのは気持ちよりも、共に居る時間だと私は思う。

魅焔と再会し、距離もちぐはぐなままのこの状態で過ごした十数日と言う時間が無意識的に私を惹きつけていたんだ。

知らぬうちにフードコートの卓を囲むように座る様に誘導され、まるで自分達の過去の姿を映すような視線を向けている二人に、溜息を吐く。

手渡された大きな紙コップに入れられたストローで中の炭酸飲料を少し吸い上げると口の中に冷たい感覚が走るのと対照的に火照る頬を隠すために視線を斜めに下げ、言った。

 

「そりゃ、嫌い……ではないよ」

 

「「かわいーねー」」

全く同じタイミングでそう呟いた双子の所為で噎せ返り、コップを強めにテーブルに叩きつける。

「可愛くなんかないよ!」

「だって、雀ちゃんも好きなところを見付けたってことでしょ?」

「前は告白された事をあんなに嬉しがってたのにねー」

「あの言葉に嘘は感じられなかっただけだし……」

飲み干したカップの中の小さな氷をストローで音を立てながらかき混ぜる。

そう、向こうでもこっちでも彼の私を思う気持ちに嘘は無かった。

流石にここまで一直線な攻撃をされると躱すだの捌くだの、緊急回避ですら構わず飛んできた追撃に私が折れてしまったのだ。

「まあ写真で見る限りハーフで金髪、顔も良いしまさに優良物件じゃない。学校でも人気あるでしょ?」

「なんでそんな事知ってるのよ」

「ウチにも優秀な情報屋がいるじゃない」

あの新聞記者ァ……。

今度会ったら生身版十六夜をぶち当ててやる。

「じゃあさじゃあさ、告白はいつするの?」

「別に好きってことじゃ……」

 

「「自分に嘘を吐かない」」

 

また、打ち合わせをした訳でもないのにそうやって言葉を合わせるんだ、この二人は。

「あたしたちもおせっかいを掛け過ぎる訳にもいかないから現状報告を聞くくらいにするけど、そろそろ携帯の連絡先くらい交換すれば?」

帰り道、アシュレイがそう言った。

「結局、決めるのは自分だしねー」

アシュレイが私を見たことと逆に、シグマは少し顔を上げる。

そう、偵察隊が全滅した第七十五層ボス攻略。

正確には半壊だ。

二十人の内先行した十人が死亡、後攻部隊を率いるとその時選択した息吹は生き残ったのだ。

少しだけ、ほんの少しだけだけど、その日の彼女は気付いたのだ。

 

――『死』と言うモノに。

 

――同時に、それを司る殺人鬼に。

 

「解ったよ」

こう、返すしかなかった。

視線を落として二人から目を離した刹那。髪と肩を同時に掴まれた。

「えっ!?」

手慣れた動きで行動を終えると手鏡で私を移した。

前にも似たようなことがあったっけ。

その時につけていた一つ眼の仮面は無く、二つの眼で私は私を見る。

水色の髪の毛を黄色のシュシュで括ったサイドテールに銀のペンダント。

「恋せし乙女はお洒落しなきゃね!」

「似合ってるわよ」

要するに、この格好で彼に会って来いってことかな。

もう夕暮れだっているのに今から会う訳でもないってのにね。

ふと顔を海の方に向ける。

水平線を鏡にして二つの日の丸が眼を刺激し、思わず視線を逸らす。

 

――その時だった。

 

金が靡いた。

 

――彼が、そこにはいた。

 

Side =哀都=

 

「何が嬉しくって休日に男とカフェで二人お茶しなくちゃならないんだよ」

「お茶じゃない、コーヒーだ」

そう言うことを言ってるんじゃない。

声には出さずに視線を向けるが目の前のこの男はメモ帳に目を向けるだけで返事などする気が無いのがすぐに解った。

「良いじゃないか、未だに返事が貰えてない残念な男を励ましに来たんだぞ、俺は」

「嘲笑うの間違いじゃないか?もう一度日本語を勉強して来いよ敗北者が」

互いに罵り合うと自然と無言の圧力を向け会う。

黒髪に黒の瞳のこいつに出会ったのはつい先日の事だ。

まさか向こうから接近してくるなんて思わなかったし、何より向こうでは《鼠》とコイツから自分は逃げ遂せた経験のある、情報戦においては勝者なのだ。

「全く、その得意の日本語で窮地に立たされてるのは自分だというのにな」

 

「何とでも言え、《寺原(てらはら) 五十樹(いつき)》」

 

「これでもお前より年上で仕事も持ってるんだが、敬うことを知らないのか」

「敬われたいのかよ」

「有る訳無いだろう、何を勘違いしているんだ」

「黙れよ《オーカス》」

「お前こそ随分言うじゃないか《グーラ》」

まあ、そう言う訳で《JtR》情報収集を担う《オーカス》と名乗っていたモノに出くわした自分の不幸を呪うだけだ。

おまけに現在の自分と雀の事を知っている様で、こうして自分が此処に居るのはヤツに呼び出されたからだ。

「それに、彼も来た事だしな」

「は?」

その声と同時に一つの気配が接近してきた。

感じたことのあるそれに、懐かしさもあった。

「まさか、アイツが来るのかよ」

「何だ、不満か?」

「お前はどうなんだよ」

「グロリアの事を語らうのであれば彼もいた方が面白いはずだがな」

扉が開き、店員に案内されてやって来た彼は腕を組みながら自分達の前に姿を現した。

 

「我を忘れたではあるまいな、《グーラ》」

 

「……《六王》じゃ無いのかよ」

「それが全然連絡が取れなくてね、《JtR》メンバーでも誰もコンタクトを取って無いんだよな」

馬鹿を無視して寺原と会話を続行する。

期待ハズレと言うか、予想出来てたけど……。

「お、おい。無視とは何事だ」

「取り敢えず座れよ」

「注文。さっさと決めろ」

「あ、ああ」

ちょろいのは健在。間違いなく鍛冶屋《ロム》だ。

寺原に目を向けるとロムに気付かれない範囲で頷いたのだ。

いや、本当にこいつがあのロムだって事が初対面では解らなかった。

自分が言うのもなんだが、顔中の髭を生やしまくっていた姿など微塵も無く、腕も毛一つ生えていない訳だ。

嘗て自分が影で《毛玉》と称していたあの頃の姿が嘘にしか見えなくなっていた。

「これは一体どういう事だ」

話の意図を理解していないロムを余所に寺原に問う。

「お前、ロムが元ベータテスターだったってことは知ってたのか」

「……知らなかったな」

「俺も帰って来てから知ったんだがな。コイツ、重度のゲーマーで大学の単位を調整してベータテスト開始日から正式サービス開始まで一度も部屋を出なかったみたいでな」

その言葉を聞いて自分は信じられないと言った表情で隣に座る他称大学生を見た。

納得はしたが、まさかと言った感情が残ったままだ。

「そう言う訳だ。ロム、一応自己紹介しろ」

「すまん、何を頼もうか考えていて忘れていた」

 

「《ロム》改め、名を《天静(てんせい) 竜我(りょうが)》と言う」

 

「あーはいはい宜しくお願いしますね天静さん」

「うむ、さん付けとは良い心がけだ」

「黙れ天静」

自分の言葉に明らかなショックを受けた天静は呼んだ店員に覇気のない声でそれでいて伝わる様に商品名を伝えてぐったりとテーブルに伏せた。

「要は、それだけ仲良くなりたいってことじゃないのか?」

「なるほど、そう言うことなら先に言えばよかろうに」

寺原のフォローで即座に復活した男を見て溜息を吐く。

相変わらず弄ると面白い奴だ。

天静の頼んだ飲み物が来たところで寺原が咳払いをする。

「じゃ、本題に入るか」

「あの魅焔が天野と恋仲になりたいというヤツか?」

彼の自重しない言葉に思わず噎せ返りそうになる。

「……にしてもお前らで役に立つのかよ」

「何を言うか、我らは《JtR》の初期メンバーに外ならない」

「俺の場合は《ジル》の頃から知ってたしな」

 

――こいつらがちゃんと考えていた事に少し驚いた。

 

「でも、自分を手助けすることも無いと思うけど」

「馬鹿言え、天野の為に決まってる」

天静に即答され、自惚れていた自分をみて吹き出した寺原を睨みつけた。

「お前の良く知る二人も今頃仲良く買い物でもしてるぜ。協力者は何も俺達だけじゃないさ」

「……そこまで仲間意識強かったとは聞いて無いんだが」

「そうだ。天野だけに限った話だから俺も皆も動いてるんだよ」

言葉を返すことは無く、情報と状況から予測する。

「なるほどな……」

 

「アイツばっか、損な役回りをしてたんだよ」

 

「ユニークスキルを背負いながら、ロクオウと共に主を引き入れたのも他ならぬ天野だ」

「そんなヤツに宿敵ながら告白する様な馬鹿が居れば、接触するのも当然だろう」

自己満足だ。

こいつらはそうやって自分だけを満たそうとしているだけ。

だが、悪くない。

「で、その初期メンバーさん達が何のアドバイスをしてくれるんですかね」

「は?そんなモノがあると思ってんのかよ」

明らかな罵倒をされ、自分の額に浮かぶ血管がピクリと動いたのを感じ取った。

「お前らみたいな恋愛経験の無いヤツは正面からぶつかってくのが一番だろ」

「それで上手くいって無いんだけど」

「貴様、脈なしなのか?」

「それ自分に聞く?寧ろ二人が雀に会って自分の事を聞いてるもんだと思ってたよ」

「我はまだ会って無いな」

「俺はこの前会ったな」

「会ってんじゃねーかよ寺原ァ……」

無表情で自分を弄りに来る男を睨みつけると口元を釣り上げた。

「聞きたいか?」

「ああ」

即答すると隣から若干引き気味に「本気だな」と聞こえたが無視する。

「向こうでお前と何があったかはある程度の察しがついていたが、再開してから諦めてなかったことが少し意外でな。それとなく現状を聞いた訳だ」

 

「天野は、全部話してくれたよ」

 

「勿論、自分の気持ちじゃなくて何があったかだけな」

寺原は頬杖を付きながら息を吐いた。

「それ、もう答えを言ってるみたいだけど」

「違ったか?」

「ん……?どういうことだ」

「すぐにお前でも解る様になるよ、天静」

「ならば良い」

そう言うと天静は立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ往こうではないか」

「え、何処に?」

「時間潰しだよ」

次いで寺原も立ち上がった。

「だから理由を聞いてるんだよ」

「察しろ」

結局、その言葉を言い放つと腕を天静に掴まれ、会計を寺原が済ませて自分は引き摺られる形で街へと放り出された。

察しろ、何て言われたってなあ……。

あれだけヒントをくれといて良く言うよ。

垢抜けるモノなんだな、自分とは違って世界に何の不安も抱いて居ないと見える。

まあ職を見付けたことで適合しているのだから自分のいうそれを気にかけることが間違っていることは明白だ。

だから、それに自分はなることが出来ない。

お前らとは違って自分は棺桶を切り出した人物の一人だ。

その恩返しをするはずの人物を連れて戻ることだって考えられない訳ではない。

オーカスなる男がそれに気付けていない訳が無いんだ。

なら、こいつらに見える自己満足以外のその正体は何だよ。

浮かぶ疑心暗鬼。

これを生み出したのは結局のところ自分の未熟さが原因だけど……。

瞳を閉じればあの時の雀の顔が浮かぶ。

人生の汚点に数えるべき告白の時だ。

 

――やっぱ、惚れてんだよな……。

 

自己嫌悪からの自問自答で再認識、前二人の催促でゲームセンターに足を踏み入れシューティングゲームの前に立たされた。

さっきの割り勘で手持ちは少ないが、クリアしてしまえば問題は無い。

それから、気が付くと夕日が見えるまでに時間が経っていた。

 

「じゃあ、行くぞー」

 

呑気な声で言う黒髪の青年を追う。

首に巻いていたネックウォーマーも、あまりの暑さに外してしまう。

始まりを、迎えるために。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
JtR再集結!

シグマは初期設定通り生きるって言うことで。
名前考えるのに一苦労ですよ…。

哀都くんサイドではオーカスとロムが!
ちゃっかりロムの髭の真実が明かされましたね。
書いてみて思いましたがこの三人の絡みは結構好きなシーンです。
情報屋とちょろい奴は会話のバランスがとり易いのでね。

流石《毛玉》さんですね。

さて、いよいよですか。

【次回予告】

「此処からどうすればいいか解らない。でしょ?」

――つまり、それは私であった訳でして。

「実は、ある人と付き合うことになって……」

――夢は叶わないから抱くモノだと思っていた。

次回をお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。