Side =雀=
何もかもを話すと言うモノは、その時の状況だけではなく要所要所で自分が思った周りの人物の心理状態まで話すことを言うのではないかと思う。
でなければ全てを語った後に言葉など出ないはずだ。
私が何を思い、何を成して来たと言う問いをする時点で全てには当てはならない。
この世界に絶対という言葉がこれほどまでに信用出来なくなる訳だ。
現に三回程絶体絶命を味わいながらも生還したのが私なのだからということもある。
長い長い話を終えた。
二年と言う時間が一人の人間の口で語りきれる程に薄っぺらいモノだったのだと語り手が一番解っていた。
誰かの下にいなければ簡単に飛ばされてしまうんだ。
予想通りの静寂に私は身を委ねるだけだった。
座る位置を変え、前に座る男女二人は《殺人鬼》に憧れ、自らの手を汚した偽りの娘をその眼に収めた。
所詮偽りの人生だ。壊れるのも容易く、呆気ない幕引きになるはずだ。
それでも、感謝の気持ちだけは本物だろう。
選んでくれたのだ。
二律背反の真偽とは違う。そのどちらも合わせて一つの答えになるそれをだ。
当時から嘘に塗れて生きてきてた訳ではない。
確かに模範生徒を演じるには多少なりとも自分を隠す必要があったが、そんなモノは『普通』の人間だっていくらでもする自然な行為だ。
――嘘を吐かない人間の方がよっぽど嘘を吐く。
――信じられる嘘こそ真実なのだ。
さて、二人はそんな私にどんな判決を言い渡すのだろうか。
犯罪者の親と言う者はどういう気持ちになるのか、私には理解することが出来ない。
いくら人生経験を積もうがやはり人間と言う者は痛みを知り、それが真なのだと知る。
そして、私の気持ちを理解できるのも彼らが同じ立場に立っていればの話だけだ。
「……急な話で、まだ現実を受け止めきれない」
男がそう言った。
そうだろうね。被害者達の親権を持つ人物はSAO内での功績については一切語られてはいない。
ただ一言「精一杯生き抜きました」と言っているのをリハビリに向かう最中で聞いたことがある。
無責任に尽きる言葉だろう。
当然彼らがそう言う選択肢しか持ち合わせていないと言うことは解っている。
無力なモノだ。
けど、そんな状況でも私は答えを求めた。
背筋を伸ばしたまま顎を引き、二人を一点に見つめる。
すると、二人は顔を見合わせることなく同時に頷いた。
私の思考が停止する。
人間の死を感じても得ることが出来なかった奇妙な感覚だ。
女が立ち上がり、男が再び口を開いた。
「君は、《天野 雀》」
「私達の子供なの。貴女が親と思い続けてくれている限りは……」
その選択肢を、私に委ねるって……。
背後に重なった体温を感じ、私は抱かれた腕を取った。
「はい……お願いします……」
二人が微笑むのを感じる。
その景色が潤んだ瞳で見えなくとも、頬を伝うそれを拭う手があるとしてもそれだけは私の芯が感知していた。
偽りの関係を嘘の私が理解する。
それこそが真実なのだと私は思う。
ならば、私と彼の関係は嘘か、誠か。
神のみぞ知るなんて安い言葉では説明が付けられないかな。
――私の事だ、私が決める。
==========
同級生達とは少し遅めの入学となったが、持ち前の嘘と二年前の経験で一日でクラスに馴染んだ。
しかし、ジャック様の姿も《黄金》の姿も見えないってことはまだ事件が終わっていないと言う事。
けど、私が介入するべき事ではないだろう。
聞いた話ではALOなる世界に飛び込んだと、今の私が向こう側の良く世界に行く必要があるとは思えない。
寧ろジャック様の邪魔になってしまうのではないだろうかという不安さえあるのだ。
廻る思考を抑えつけて授業をやり過ごし、放課後を迎えると一目散に外へと飛び出した。
意識が戻ってくると彼の気配が私を刺激した。
此処に残る私を追い詰める為の牙が……。
でも、彼の姿を目にすることは出来なかったのだが、何かあったのだろうか。
いや、気にかける暇があったら動かす足だけに意識を集中させるべきだ。
玄関から靴を取り出し、タイルに足がついたところで響いた音に私の耳が何かを感知していた。
明らかにに自分を付けて来る人影。
どんどん私に接近している事を考えて身長は私よりも上。男性と見て間違いない。
もしや彼なのかという思いもあったが、向こうの世界で確認する限り向こうとの身長差は数センチしかなかったはずだ。
何にしても此処まで早めに玄関を抜ける程の人物が私の他に居ると言うのは予想外だった。
もしかすると本質に気付いたモノが新たに表れたとd……。
――そこで私に疑問が生まれた。
待て。体格、正体云々を後にして此処までの接近を許す相手なんて私の事を知りつくした者しかいないはずだ。
それがジャック様でも《黄金》でも無ければ可能性を追求し、予測できる相手は一人だけ。
首元に巻いたマフラーを鼻に掛ける。
人間の体組織に関する知識を持っている訳でもないからその可能性は否定し切ることなんて出来やしない。
校門を抜けると、その者が生み出す音が近付いてきた。
その予測が期待だったのか、それともただ心理を探求したいがためだったのか。
――答えは、後に痛い程解った。
人間が手を出す時、人は自然と足を踏み出すタイミングに合わせて手を伸ばす。
つまり、歩幅の違う相手との距離を測り、手を出すであろう瞬間に合わせる。
空気を裂き、肩付近に気配を感じた刹那。
膝を落として右肩を一気に下げ、右膝を曲げて体を捻る。
反動で左足を一気に上げ、左頬付近を踵で狙った。
此処がまだ人通りの無い時間帯で良かった。
ローファーなんて生温いモノではなくピタリとフィットしたスポーツシューズが背後の人物の顔面を蹴り抜くかと思ったが、すんでのところでそいつは両手で私の足を弾いた。
その力を利用してその者と距離を取る。
ようやく男の姿を目に焼き付けるのだが、思考が停止する。
横に薙いだ金髪には見覚えがあった。
当たってほしい予測だったのかどうか。
その時になって理解したんだ。
視線を合わせるには少し上を向かなければならなくなっていて、大人びた風貌に整った金髪は前とは少しだけ変わっていた。
まるで彼の成長を具現化したようなモノなのだろうか。
「始めまして、だな」
蹴り抜かれたことなど最初からなかったかのように首元に手を当てて彼はそう言った。
私は目を見開いたまま、口を動かそうか、必死に何を言うべきかを考えていた。
「自己紹介がまだだったな……」
思考の整わぬうちに彼は我先にと逸る衝動のままに言った。
「《
「あ…《
思わず自己紹介の適切な対応を取ってしまった。
今の状態を危機だと悟った私は闘争本能に従い自己を塗り固める。
平静を作り出したところで警戒も解いた。
何時までも此処で問答をするのは得策ではない。
他の視線を向けられるのを避けたいがために急ぎ足だった事を忘れてはならないのだ。
それに魅焔も気付いたようで私が再び歩き出すと隣を歩き始めた。
「せめて半歩下がって歩いて欲しいんだけど」
「じゃあ、あの時の返事を聞かせてよ」
皮肉を込めたその言葉に少しだけ波打つ速度が上がる。
「生憎、貴方の様な人に知り合いはいません」
「さっきは蹴りを喰らわせたっていうのにか?」
「誰だって見知らぬ男性が寄ってくれば警戒位するでしょう」
「それに、人の足に喰らい付こうとする奴なら尚更知り合いとは言えないわ」
魅焔は虚を付かれ、口元を手で押さえる。
習慣と言うモノは簡単には抜け落ちない。
人間環境の変化に適応しきったとしてもやはり反射的なそれをまだ残してしまっているのだ。
魅焔は私の蹴りが顔に向かってきた事で一度口を開けようとした後、それに気付いて両手を前に出すことで足を弾くしかなかったのだ。
「あと、スカートの中覗いたでしょ」
顔を上げ、横に向けると顔ではなく耳を真っ赤にしている魅焔の姿。
ある種質問になるこれの策略に彼は気付いたのだろう。
予想では防御に集中したのと私の配慮によってそんな事を気にかける暇は無かったはずだ。
しかし、仮に人の視線が無いとしても私が公衆の面前でスカートを履いたまま蹴りをする様な女子ではない。
――寧ろ、そう思われているのならば今度こそ、その頬骨を蹴り砕く。
つまり現在履いている黒タイツの下にも何かを仕込んでいると言う事だ。
そこで彼は無意識的に記憶を思い返し、答えを探ってしまう。
男の性と言う奴なのだろう。
すると、今まで培った反射速度で見えてしまった一瞬の出来事をコマ送りにして答えに辿り着くはずだ。
そうでなければ《暴食》ではない。
さて、彼はこの状況で何と答えるのだろうか?
どちらにしても、私には嘘も誠も見抜くことが出来るのだから、隠すのは無駄だと思うけどね。
そして、こんなことを口走り、更に此処まで思考を完了させた私も大概で、嘘で塗り固めた外壁が今にも崩れそうだ。
「……ッツ」
ここで質問の過ちに気付く。
逆の立場でものを考えた時に選ぶ最善策が解ったのだ。
しかし、時すでに遅し。
「タイツの中、スパッツだろ。……少し紺色の」
「見た」、「見ない」と言う答えではなく抽象的なそれは口に出すにも恥ずかしいはずの一言だ。
同時に聞く側、と言うより被害者側にも強烈な刃となる。
おまけに詳細までこの野郎は言い放ちやがった。
痛み分けだ。
だが、はち切れた羞恥心に耐え切れずに顔が真っ赤にになるのを感じていると相対的に魅焔が落ち着きを取り戻していた。
口を動かすことが出来ず俯く私に彼は近くのファストフード店を指差して誘導する。
意も返さずに後ろを歩いて自動ドアの開く音が耳に入る。
その時ばかりはどうしようもなく無力な私だったのだ。
Side =哀都=
ノーガードと言うか、互いに防御力の低い耐久戦に勝利した自分は彼女を引き連れて最寄りの店へと駆け込んだ。
とても他の人と顔を合わせることの出来ない状態の彼女に二人用の席を取るように伝えて何が欲しいかを聞くと首を振られたので二人でも食べれる様な量のある商品を一つ購入して向かい側に座った。
因みに向こうの世界で築く上げた食欲は今では殆どを鳴りを潜めている。
本能的に肥満体型になる事を欲として認められなかったということだろう。
代わりに舌が肥えてしまったと言うこともあるが、二年間で変わった町並みに立ち並ぶ店はどれも新感覚でまだ飽きはしていない。
此処まで来たがいいが、予想出来ていない展開に動揺と言うか入り乱れる感情を整理できずにいた。
まさか《JtR》の一番槍である彼女が此処まで可憐な少女であるとは思えなかった訳だ。
今ではそこも魅力として受け止めているけどね。
手を膝辺りで忙しく動かしながら視線を自分との間にあるテーブルの上に向けて自分が商品を取ろうと手を伸ばすとそれをちらちらと見ては取り切れていない顔の赤みに被りを振る。
こういうところが男心擽るっていうか……なあ……?
何時までも愛でたいという野心を抑えて口を開く。
「で、何時までそうしてるの?」
まだ向こうの世界だったら時間と言う概念を誤魔化すことが出来た。
肉体が成長もしなければ来るべき昼夜に従って行動を強制されることも無い。
けど、ここじゃその道理は通用しない。
時間の有限性の価値観が違う。
「さっきも言ったけど、自分は答えが欲しいんだよ」
人生で初めてぶち当たった難題だ。
国際結婚をした自分の親達の愛物語を聞いたことは無い。
それ故にこの思いが本物なのかも正直言ってまだ天秤の上で揺れ動いているのだ。
目の前の彼女、雀はどう思っているのだろうか。
「自分も雀も、『普通』じゃないだろ」
そこで彼女は漸く顔を上げた。
映っていたのは真っ赤な嘘。
時間稼ぎだったのが今になって初めて理解出来た。
「当たり前だよ。ここは向こうとは違うんだから。向こうの世界で育まれた私達の感性がここに適合できる訳無い」
奪い取る様に食べ物を手に取って口の中に放り込んでそっぽを向く。
答えられる質問だったから答えたってところかな。
苦し紛れに言い放つその姿が可愛らしく、それだけで欲が見たされるのが自分だからこそ解った。
急がば回れなんて、今までやったことなんて無いけど……。
席を立つと驚いた表情の彼女が少し惚けた感情も含めて自分を見つめてくる。
「今日はこのくらいで良いかな。どうせ明日もまた会える事だしね」
「えっ?」
既に周りの眼が無いことは既に把握済みなのもあり、虚構が剥がれた彼女に素早く肉薄して左手で右手首を掴んだ。
自分でやっておいて流石に恥ずかしさを持たざるを追えない状況だが、それを持ち堪えて言う。
「でも、連絡先くらいは交換してくれないか」
どちらかと言うとこっちの方に良くが回ったってことだ。
話の内容の理解にタイムラグの生じた雀は意識を取り戻し、自分の方を見る。
そこに映っていた彼女の顔に嘘は無く、寧ろ別の感情が……。
「ごめん……」
「契約が切れて今携帯持ってない」
「……」
これは恥ずかしい。
我ながらなんとも無様な光景である。
焦る思考の中雀は握った手とは逆の手で備え付けられた紙を取ると何かの番号を書いて自分の手を振り払い、右手でそれを差しだした。
「ナーブギアの番号……」
「これなら、一応メール機能は使える訳だし……ね……」
なんだその防御不可の絶対攻撃は……。
無意識の反撃の直撃弾を喰らった自分は声にならない叫びを抑えて紙を受け取ると店の外へと歩き出す。
帰り道が早歩きになってしまった事は言うまでも無い。
==========
家に帰ると早速ナーブギアを被って番号を打ち込むと《Inanis=Gloria》と言う白文字が出現し、表示のがすぐにオレンジ色に切り替わる。
オンラインを示している訳だ。
さて、晴れてまたこんなものを被ることになってしまった訳だが、仮想世界に往く為のカギはもう一つだって持ってはいない。
未だ未解決の目覚めない三百人の事を考えれば仮想世界が関わっていることは間違いないのだが、それだけでは自分が返り咲く理由は無かった。
この姿になったお陰でグーラだとバレることも無くなったし、今は雀がいる。
でも、もし彼女があの世界に戻ることを望んだら?
――自分は、躊躇なく飛びこむだろう。
超えるべきは《殺人鬼》。
仮想世界、いや人類最強と謳われた人間を喰らうことが、今の自分が踏破すべき試練になる。
それも、彼女の事を好きになってしまったが故だと言うのならば甘んじて受け入れるしかない。
自分の欲の終着点には実に相応し過ぎる舞台だ。
オレンジ色の表示が灰色に戻ったところでナーヴギアを外す。
次いで起動したパソコンのメモ帳を開く。
二年の記憶を只管に綴ったそれは自分がこの世界で初めて作り上げた作品だ。
《殺人鬼究明録》とでも名付けるべきだろう。
恐らく、今事件の渦中には《殺人鬼》が居るはずだ。
それを自分が確認する術は無いのだから、蓄えるべき知識はこれだけに限る。
一人の人間の二年と言う時間を文字に著すことはそれほど難しい事ではなかった。
記憶には鮮明に幾多の出来事が焼き付いていたし、情報屋の性と言うヤツだ。
その果てが『今』と言うことになる。
取り敢えず、この物語だけは集結させておかなければならない。
手がディスプレイに触れ、文字列をなぞる。
――不意に彼女の偽りの名が、煌めいて見えたのは何故だろうか。
欲は、留まる事を知らず。
その原点は、喰らうことにあった。
==========
はい、どーも竜尾です。
スケジュールカツカツデス。
前回に続いて雀ちゃん視点ですね。
本当に親の気持ちとか僕には理解できません。
だからこそこうやって書くのであるのかもしれませんね。
そんなわけで二人が出会いました。
ラッキースケベなど無いのですよ。
なので哀都くんにも恥をかいてもらいました。
どや!
マジで恋愛描写むずいです、はい。
究明編でも行った中間記録ですが、どちらかと言うとこう、哀都君が書く感じでやりましたね。
四人の中で一番主人公っぽいの彼ですから。
【次回予告】
「雀ちゃーん!!」
「「自分に嘘を吐かない」」
「我を忘れたではあるまいな、《グーラ》」
――やっぱ、惚れてんだよな……。
次回をお楽しみに!それでは。