仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第七十三話 悪食賛歌

Side =?=

 

世界の終焉は突然に、とはよく言ったモノだ。

停滞を極め、日常を享受していた自分にとってそれは余りに唐突で抗いようのない通達だった。

流れる自然の音楽が不協和音を奏で、視界に映る仮想体の自分が機能停止を起こす。

耳から脳幹を刺激する機械音と一昔前のテレビのスイッチを切った様な音と共に目を開いたまま世界は黒に染まった。

 

「えっ?」

 

それが精一杯。

気が付くと自分の周りで慌ただしく白衣の女性が動くのを反射的に目で追っていた。

腕に痛みを感じながらも重くなった体を動かせずに自分は再び意識を失った。

再び目覚めた時、意識のあった頃に確認した日付が四つ程進んでいた。

体に力を込めると手元にスイッチ付きの何かが握られ、ボタンを押すと背中が持ち上がる。

激痛を伴いながらも何とか自分の体を起こすと垂れた前髪を左右に分ける。

次に入って来たのは病院特有の白とは対照的な黒に身を包んだ眼鏡の男性だった。

寝惚け眼になっていることと首が上手く上がらず下から顔だけを向けてい所為で男からはドスを効かせて睨んでいるのだと誤解されてしまう。

此処がもうあの世界ではないことは初めて目を覚ました時にはもう解っていた。

だから先程再び目を開いたところで結論は付いている。

同時にこの男が自分の事を知っているのだと、睨むことを止めなければならない事を理解した。

両手でシーツを掴んで自分の身体を背凭れの様に上がったベッドの壁に体を預けた途端に男は口を開いた。

「そんなに怖い顔はしなくても、楽にしていて下さい」

とか言う奴に限ってそう言うところを神経質に根に持つんだよな……。

こんな事態になることは自分が彼女に逃げられた時には予想出来ていた。

自分は首を縦に振ると鞄の中からカルテとかそう言った者とは全く関係の無い顔写真付きの資料を眼前に出した。

 

「敢えて光栄ですよ。《悪食》の《グーラ》さん」

 

「今は、そんな名前じゃ、ありませんよ」

まだ喉が渇いているのか途切れ途切れに出る声を紡ぐ。

 

「自分には、《魅焔(みほむら)哀都(あいと)》って名前があるんですよ」

 

男は愛想笑いを浮かべると自分の心を見透かそうとする様な目の奥には闇が宿っていた。

「じゃあ、魅焔さん。お話を聞かせてもらいますよ」

「……はい」

彼が連ねた言葉に自分は心揺れることなくただただ平常心で無表情を貫き続けた。

ベッドに体を預けて疲れているのを装いながら、問いかけには嘘半分真実半分の割合で自分だけを護る。

こういうのは提示された数多の選択肢の中から一つだけを選ぶ形式のゲームに過ぎない。

至極単純で簡単なそれを乗り越えられない道理など無かった。

四面楚歌なら既に味わっている。

『普通』の中でも取り分け性質の悪い連中と自分から見ても《異常》に感じる者達からこうして逃げ遂せたのだから。

だが男が紡ぐ旋律の中には自分が想定した最悪の波長に一致するモノが見受けられない事だけが気がかりだった。

電流が走るかのように選択肢の中に答えが付与される。

 

――恐怖は継続する。

 

自分がそうであるように、嘗て体の一部を食い千切られ、詰られ、脅された連中はその感覚を覚えているのだ。

故に男は自分が何を積み上げ、何を成したのかを知らない。

無知とは罪だ。

罪を見逃し、罪を作り続ける製造機にしかならないそれを見た自分は新たな欲を生んだ。

一通り質疑応答を終えた所で備え付けの時計に目を向け、差し出されたペットボトルの天然水を一杯口に含む。

潤った喉から未だ掠れた声で立ち上がろうとする男を引き止めた。

 

「ところで、自分の事はどれだけ知ってるのですか?」

 

「どうしてその質問を、僕に?」

彼は眼鏡を指で上げ、顔半分だけを自分に向けた。

「ささやかな見返りのつもりでしたが、ダメでしたか?」

少しくらい欲を見せておかないと、これではあまりにも普通すぎて更に疑われるのが関の山だ。

男は自分に見えない様に口元を釣り上げ、正面を向いた。

「そうですね……」

 

「名を《魅焔 哀都》」

 

「性別は男。歳は今年で16歳」

 

「誕生日は五月五日。家族構成は三つ年上の兄が一人」

 

「髪の色が金色なのは出身地がロシアであり父がロシア人で母が日本人のハーフだから」

 

「生まれてからすぐ日本へ移住し、特に問題を起こすこと無く都内の中学校に通っていた」

 

「因みに、ロシアでの名前は……」

「あ、そこまでで十分です」

まあ、当事者に語れるとしたら基本事項だしね、時間の無駄だ。

「そうですか、では僕も最後に一つだけ聞きたい事があります」

 

「《ジャック=ガンドーラ》について知っている事を教えてください」

 

あれ?何も聞かないと思っていたらやっぱりか。

欲と言うモノはその者の来たない部分を露出させる。

今が好機だとでも思ったのだろう。

「事件後、大分時も経ちましたが、《黒の剣士》にはもう会ったんですか?」

男の目元が動く。

「確かに僕は情報屋でしたが、所詮それは人伝で聞いたモノ。特に《殺人鬼》に関しては奴の方がよく知っているはずだけど……」

「それが答えで良いんですか」

「寧ろ具体的なモノか何かあればお答え出来ましたが……」

視線を向けると彼は数秒の思考の後で立ち上がる。

「貴重な話を聞かせてくれて有難う御座います。では……」

カーテンの先で二度開閉音が聞こえた所で息を吐いた。

「さっさと退院してえな」

思い浮かんだのは朱色の空では想像も付かない水色。

「やっぱりそっちの方を聞いておくべきだったか?いや、もしかすると向こうから調べてくれる可能性も無いとは言い難い」

歯止めが聞かないと言うのが心中の世界であり、募るそれに殴られる。

ベッドを水平に戻して目元に手を置いた。

「会いてぇな」

 

「グロリア……」

 

==========

 

それから一か月の時が経ち、リハビリや学習指導、カウンセリングを終え、晴れて退院を果たした。

迎えに来てくれた兄の車に乗って家へと帰り、母方の実家に挨拶をして自分は新設された専用の学校へと向かうことになった。

それにしても皆一様に驚いていたっけな。

記念にと撮った写真を眺めながら溜息を吐いた。

いや、寧ろ喜ぶべきモノなのだが、いざ自分がそう言う立場に立たされると言葉に出来なくなるな。

元は彼女と同じ位の身長だったはずなのに、見える景色は変わってしまっていた。

身長を測ったところ、二年前より12cmも伸びていたことが解った。

明らかな成長。年毎に伸びる慎重に両親も驚きを隠せなかったという。

髪の毛も規則正しく整っていたモノが少しだけ攻撃的と言えばいいのだろうか。

街を歩いていると乱反射する金色とそれが組み合わさり、街往く人の眼を惹いた。

スカウトマンからも声を掛けられるまでそれは絶大な威力を誇り、またそれを断り続けて今ここに居る。

これで彼女を自分のモノに出来るのならばこの姿になって良かったと素直に喜べるのだが……。

あと役立ったことと言えばグーラだとバレなくなったことだろうか。

やはりあの低身長は被害者達の印象に非常によく残っているのだ。

顔を隠し続けていたが故の情報源と言ったところで、まさか現実では十センチ以上もそれが違っているとは到底思うまい。

自分を見抜けるとすれば《異常》の連中か髪の色を知っているPoHか……。

 

「出来れば、彼女に見付けて貰いたいな」

 

そんなを言葉口にできる訳も無く、この世界に戻って来てから四十五日。

国道を歩き、制服に身を包んだ自分は学校へと歩みを進めていた。

刺さる視線を余所に指定された教室へと向かい、自己紹介を終えて席に着く。

向こうでの経験を生かして周りの話を聞いていたが此処でSAOでの話は原則禁句らしい。

言うまでも無く《殺人鬼》によって受け付けられたトラウマや羨望が刺激されるからだろう。

こちらから話しかけていけばそこそこに応対してくれる連中の事を向こうでの情報と照合しながら時を経る。

そう言えば《異常》共は此処にはいないのだろうか。

もしかするとまだ目覚めていない三百人のプレイヤーたちの件に巻き込まれている可能性がある。

此処に来て身に覚えのある気配の様なモノを全く感じないのだ。

授業を終え、渡された部活の入部届けを鞄にしまいこみながら部活見学と称して一人校舎を歩いていた。

彼女の身長から考えるに自分と同年代であることは明白。

年上であるとは想定しにくく、最低でも一学年下のはずだ。

それに現時点で高校一年生となるクラスは二つだけ。

すぐにもう一つのクラスへと向かい、扉に付けられた硝子を通り過ぎながら一瞬で教室の中を把握する。

 

――その中に、一つだけ存在していたそれは……。

 

足を交差させる速度を変えることなく下駄箱から靴の交換を素早く行い、校舎を抜け出した。

自分たちよりも早く授業の終わった中等部の者達の視線を多少なりとも浴びるが、我関せずと見える影を追った。

空と同じその色。

自分とは違い、変わることの無い後ろ姿。

その空席には、確かに人の気配があった。

そして、SAOでの彼女の心を予測した結果がこれだ。

追う者がいれば逃げる者がいる。

どちらが勝つのかは、当事者たちの経験からくる策略のみ。

だとすれば、自分の方がそれに勝っていると自負できる!

校門を抜け、しばらく進んだところで駆け足になる。

彼女は、自分に気付いているのだろうか。

手を伸ばす。

 

――今までこれほどまでに積極的に誰かに触れたいと思った事は無かった。

 

――精々食べる時か、寝る時位の感覚に近いそれ。

 

――人間とは、実に慾深い生き物だ。

 

そして――

 

 

――欲が、嘘を捉えた。

 

 

Side =雀=

 

不貞腐れて寝ていた私が目覚めたそこに見慣れた木造の家では無く独特の匂いを持った純白の箱の中だった。

 

「え?」

 

驚きよりもまず疑問が私の脳内を埋め尽くした。

取り敢えず息を吸おうとしたのだが、乾いた喉がそれを良しとせず、噎せ返って咳を起こすが関節部に杭でも打ちこまれたかのように体が悲鳴を上げていた。

そこで痛みが私の意識をこの世界へと固着させた。

取り敢えず辺りを見渡してから視界に映る水色を首を動かして避ける。

 

「あー、死にそう」

 

それだけを呟いて瞼を閉じた。

体の動かせないならまた眠りに着くのも悪くないと思っていたのだが、生憎と眠り過ぎていた身体は睡眠を受け付けなかった。

それが解るとこちらに向かってくる足跡を感知した私はすぐに嘘で自分を塗り固めて寝たフリをする。

随分と慌ただしい足音が聞こえたかと思えばこの部屋に人が入って来たのは寝たフリを始めて二時間後のことだった。

やって来た医師と看護師は電源の落ちたナーヴギアを私の頭から外すと計器のチェックをしてから別の部屋へと向かった。

やっぱり、此処は現実の世界なんだ。

日付を見ると予想通り攻略組が第七十五層に踏み込んだあの日だった。

ってことは誰かがゲームをクリアまで導いたと言う事に外ならない。

誰か、ジャック様ではないだろうとその時の私は確信していた。

ジャック様なら、世界の終焉を目にしたところで最後まで他を嘲笑い続けると、その姿が目に浮かんだからだ。

そして、同時に瞳の中に浮かんだ世界に見えたのは夜闇に浮かぶ月を私の上でそれを覆い隠した彼の姿。

気付いた途端に首を振って掻き消すと再び襲いかかる激痛に身悶えしながら床に伏せる。

会いたいのか会いたくないのか自分でも判らなかった。

その答えを知るのは自分だけであり、私にはそれを吐露できる人物など一人だっていないのだから。

自傷する様に笑みを浮かべていると、此処に向かってくる気配を感じた。

乱雑にドアを開け、私の前に姿を見せた人物を見て体は硬直した。

途端に、嘘が怖くなった。

往くも地獄、往かぬも地獄。

目を開けた私の姿を見て逆に目を閉じたその者はゆっくりと口を開いた。

 

「お帰り、雀」

 

「母……さん……」

 

瞳の色も、髪の色も違う母親と呼ばれた女性が、そこには立っていた。

 

==========

 

「名は《天野 雀》」

 

「性別は女。歳は今年で16歳になる」

 

「誕生日は五月二十八日。家族構成は……」

 

「いや、最初から話そうか」

そう言って彼は紙を捲る。

私の反応を見るつもりなのだろう。

そうして人の底を測るのは私でも思い付く手段だ。

「構いませんよ」

「そうですか……」

 

「四歳の頃、両親の離婚に伴い孤児院に預けられ、六歳の時に今の天野家に引き取られる」

 

「学校では何事にも一生懸命な学生として日々を謳歌していた」

 

「恩返しを、したかったのですか?」

「関係無いでしょう、そんなことは」

それが全ての真実だ。

絶望した私が最初に頼ることにしたモノとは『偽る』事。

自分に嘘を吐くことが下手な人間は居ない。

私は、それを使うタイミングをより的確に判断することが出来るだけで、ジャック様の様な人間では決してない。

故に、目の前で私の事をつらつらと語りやがったこいつは気付かない。

「貴重な情報を有難う御座います。何か聞きたい事はありますか?」

だから、問うてみても大丈夫だろうか。

「貴女から貰った情報を下に《Jesus to Rippers》全員を把握することが出来ます。その見返りに全員の情報を提供はしましたが、他には……」

「《悪食》……いえ、《グーラ》と呼ばれた者についてです」

明らかな反応を見せ、探る様な視線を私に向けながらその者は口を開いた。

「それを知って、どうするつもりですか」

「別に荒事を起こそうって訳ではありません。ただ、彼を見る限り私と近い年齢の者でしたので、会ってみたいと思っただけです」

「……名前くらいなら、手元に情報があります」

「十分です」

それにしても、今も割り切れないってことはまだ長く続きそうだな、私のコレは。

偽りですら偽りきれないモノなのだろう。

目の前の者が資料に目を通している内に顔を窓の外に向け、口元が緩む。

 

「彼の名は……」

 

それは、私があの方と再会する数日前の事だった。

 

==========

 

それから数十日の時が経った。

長いリハビリ生活を終え、晴れて退院を果たした私は最後にジャックさm……玲さんとの別れもすることなく早急に両親の元へと送られることになった。

私の様な危険人物を監視する体制でも出来たのだろうかと思えば人の気配は無く、別段気になる点は見つからなかった。

ジャック様の手掛かりは《黒の剣士》、さらに注視すべきは《笑う棺桶》だとでも言うことか。

まあ、一応手にかけたプレイヤーは皆ジャック様の邪魔になるプレイヤー、言わば犯罪者に関わりのある者たちだったからだろう。

大量殺人鬼と揶揄されるジャック様だが、蓋を開けてみるとその殺人は実に定期的で不規則。

善人だろうと悪人だろうと凡人だろうと容赦なく惨殺する。

そう言う時人は《殺人鬼》という固定概念からその者の善悪の判別の為に作り出す境界が曖昧になる。

結果は二分だ。

それを善だと思う者がいれば悪だと思う者がいる。

果てに、迷った彼らは目先の腫瘍だけを切り落としにかかる訳だ。

つまり、それが《笑う棺桶》の連中であって私達の開放が早まったってことかな。

如何に向こうでの生活が刺激的で《異常》だったのかが良く解った。

私にすら予測できてしまう世界だったのだ。

 

――人間心理は常に自分を中心にして動く。

 

私もそうだ。

だから、苦労をして見ようと思う。

嘘の道を選び続けるのならば閉口するだけで良い。

口は災いの元。

もしも、分かれ道があるとしてその選択肢を選んだ結果私がどうなってしまうのか。

ジャック様が此処に居れば、間違い無く今の私を嗤うだろう。

それで良い。

扉を開いて一つのテーブルに対面する二人の人物が私を見る。

 

「話があるの、義父さん、義母さん」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
エピローグは勿論グーラグロリアコンビです!
あ、哀都くんと雀さんでしたか。
名前を考えるのは非常に時間がかかりましたね。
どれも意味を考えてやってることですから。

設定の軸もパパパッと明かして往きます。
考えるのに時間がかかるのに書くのは楽しいんですよねコレ。

玲と白も含めて四人分ばらばらに組み立てたかったって言うのが一番ですし、何よりも雀さんの場合は本質にかなり関与していますので……。

ただ、やはり設定だけで書きづらいですね。

【次回予告】

――信じられる嘘こそ真実なのだ。

「始めまして、だな」

「自分も雀も、『普通』じゃないだろ」

――自分は、躊躇なく飛びこむだろう。

次回もお楽しみに!それでは。
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