仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第七十話 濃霧を纏う殺人鬼

Side =白=

 

キリトが来た反応も感じたし、そろそろここでの生活も終わりかな。

余りに小さなそれに最初は本当に彼かと疑っていたが、少しだけ波立つ起伏に確信する。

そんな《勇者》様の助けを待つお姫様は須郷とか言った黒幕さんと今日も宜しくやっている。

絶対的優位に立つ彼はアスナにちょっかいを出しては愉悦に浸って去って往く。

わたしの方には直接接触されると言うことは今のところ一度も無いからいいんだけど。

一応世界樹から伸びる枝の道は籠に繋がり入口も存在しているが、向こうの狙いは結局のところアスナ一人なのだろう。

わたしに求められているのは感情の変化。

こちらには二人の会話が聞こえるように配備され、それに気づいたわたしはアスナの悲鳴が聞こえる度に怯えたり僅かな怒りの感情を出していた。

 

――こういう表の使い方は慣れてるからね。

 

こんなの玲以外に解る訳が無いんだよ。

だからアスナの邪魔をしちゃってるってこともあるんだけど……うん。

須郷の隙をついて籠の内側に取り付けられている鍵の暗証番号に気付いたと言うのに、アスナはわたしを気にしてリスクを冒すことをしない。

わたしなら別に気にしないしこちらとしては寧ろこっちに来てもらって心を砕く方が楽なんだけど、それをアスナにどうやって伝えるかを考えている。

彼女には《普通》としての素質を垣間見たことが無い。

 

――人間は人を殺した時にその本質を表に出す。

 

わたし達はそれを隠して殺すんだ。

まあ、でもキリトも玲もクラインも来たしこのままにしていた方が良いね。

なら、わたしは時間まで考えなければならないことがある。

途中で投げ出した形になって居た命題。

二ヶ月の時間があっても一度も考えることなく、向こうの世界で一年近く探し続けた答え。

それは単に誰かの為に生きると言うことらしい。

でも、それを同時に愛と言うのならば、愛無き人間は全て死人なのだろうか。

なぜ愛し合って生まれたはずの夫婦が離婚するのか、わたしの両親には無いそれを考えたことがある。

結論はもう出ている。

だから、それを生む為の一時の感情を残りの人生に当て嵌めてもいいモノだろうか。

こういう時ばっかり、わたし達は『普通』になりたがるんだよね。

玲の感情を見ていたけど、まだ現実で会うことを避けている。

どうしようもなく不器用だよね。

結論は出てるハズなのにさ。

 

――生きる、意味……。

 

こんなことを言う柄じゃないけどさ。

早く来て、待ってるから。

 

Side =玲=

 

仕事をそこそこ早めに切り上げてナーヴギアを被る為の部屋に向かう。

雀にも聞かれ、事件の概要をある程度伝えると納得したように頷いた。

恐らくついてくる気だったのだろう。

ナーヴギアに送られたクラインのログイン記録を見てから目を閉じる。

宿屋から出てグランドクエストのある大扉の前に行くと道中でクラインと合流し走っている内に扉の中からキリトの反応を確認した。

そして、その結果を肌で感じてしまった。

「悪ぃな、遅れた遅れた」

「おーい、キリト~」

 

「死んだのか」

 

「ま、しゃーねぇか」

なんてことの無い一言を放っているが立ち上がったとみられるキリトはこの場で切り捨てても良かった。

だが、そんな事お構いなしにこいつは新たなトラブルを引き寄せていた。

無理をしたキリトを止めるリーファに対して世界樹の上をみて放った言葉。

 

「もう一度……アスナに」

 

「……お兄ちゃん……なの……?」

 

それを聞いた彼女の一言。

芽が揺らいだ。

ログアウトしたリーファを追ってキリトもログアウトする。

状況は理解できたものの、半ば強引に残った身体の見張りをさせられたオレ達だが、クラインは不満一つ言わずに近くの段差に腰を下ろす。

SAOでキリトのトラブルには慣れたのだろう。

かく言うオレはこれから起こる出来事を想定し、世界樹を見上げていた。

「なあ、ジャック」

「あ?」

彼の方を向く。

「……いや、何でも無い。俺も少し現実に戻るから」

「りょーかい」

クラインの考えていることはそれなりに想像できる。

壁に寄り掛かって彼の身体がぐったりとしたところで息を吐いた。

他人の人間関係に入って往くことは何時だって面倒だ。

結びつけたり切り離したりするのは結局は当事者だけ。

オレが今していることに意味があるのかとさえ疑ってしまうほどだ。

本来オレ達が気にかけるべきはオレと白だけだった。

他は《異常》に感づいている親父と白の両親くらいのモノでそうやって閉鎖的な世界に居るだけでも満足していたんだ。

 

「欲を出しちまったってことか」

 

極限空間だからこそ生みだされた《普通》と言う概念。

不安定ながらも安定させた奴らはオレ達に対しても牙を向く力を持つ。

それを脅威だと認識してしまったのだろう。

同時に生きる意味にしたのかもしれない。

自分の世界を広げる一つの手段としてだ。

利用できる者を利用する。

考えている内にキリトが目覚めた為、思考を止める。

キリトが無言のまま隣に座った。

どうせ現実でオレの事をかぎ回っている事を知っているから気まずいのだろう。

オレの方から声をかけるとキリトは実直に思いを口にする。

まだ明かしていなかった《濃霧》を発動した。

キリトの疑問に答えていると、残る疑問を口にする前にリーファが戻ってきた。

そこからはオレの入るべき領域外だ。

二人に任せてクラインの元へと移動する。

「『お前は、俺が――』か……」

 

「続くのは『忘れてしまった事を知っているか?』だ」

 

《普通》らしい良い答えだ。

剣閃を奔らせる二人を見ながら短剣を一つ、回した。

 

==========

 

クラインが目覚め、兄妹仲良く戻ってきた二人と近くで隠れていたリーファの知り合いと言うプレイヤーを引き連れて扉の前に立つ。

レコンとか言ったそのプレイヤーはよくオレの事について調べているようで怯える瞳の中に僅かな憧れを感じていた。

ガーディアンの情報を適当に聞きながら思考を吐き捨てて戦闘態勢に入る。

オレとクラインとキリトが前でガーディアンを倒しつつ前進する。

此処でオレが全快で戦えば三人くらいなら通し切れるが、折角キリトが《殺意》を思い出したってんのなら、それを見て置くことも悪くは無い。

すると、停滞し始めたオレ達をレコンが追い越した。

心の内を見るまでも無く、表にはそれが張り付いていたのだ。

数十匹の白騎士を巻き込んで爆散した戦士の残り火を一瞥して前だけを見る。

不要な犠牲だ。

お前みたいな連中は駒にしか使われねぇ訳だ。

嘗てキリトにも言った言葉が蘇る。

 

――役に立ってから死ね。

 

刹那、接近してくる反応を確認してオレは《異常》の雰囲気を極限まで弱めた。

現実では何度も使っていた事だ。

二年のブランクがあったが、二ヶ月でそれも十分に取り戻せていた。

案の定やってきたのはシルフ・ケットシー連合の最終兵器、強固な鎧と武器に身を包んだ連中と飛竜に跨る部隊。

キリトのトラブルの産物ってヤツだ。

こいつがもしかするとキリトの本質なのかもしれねぇな。

トラブルに巻き込まれるくせに対価が勝手に落ちてきやがるんだよ。

領主二人に顔を見せていないからオレの存在には気付いていない。

どうせキリトの仲間だと思われてるだろうからな。

二度に渡る大集団の粉砕により、ガーディアンの壁の中央部分は流石に落ち窪み、オレ達は弾丸宜しく飛びだした。

リーファから剣がキリトの下に投擲され、空いた左手に収まったところで方向を上げて更に速度を上げた。

「う……おおおおおおーーーーー!!」

大剣と長剣が織りなした一つの剣が天井までの道を作り出した。

 

――だが。

 

待ち構えていたガーディアンを蹴散らしたキリトとクラインを追跡するのを諦めたガーディアンの群れは続々とオレに標的を定めた。

人海戦術言わんばかりに首を切り離しても奴らはオレに群がって無理矢理に後退を強いられる。

仕方ないと一息吐いてキリト達を先に行かせてその場を離れる。

まあ、これくらいがちょうど良いって言うのか?

 

「《濃霧》」

 

下に居る連中は見るに違いない。

夥しい白騎士の残り火を包むように降ってくる濃霧を。

ガーディアンを倒しつつ壁に移動すると羽根を休める為に一度羽根を完全に閉じた瞬間に足で壁を蹴った。

そこから高等魔法の詠唱を開始。

ガーディアンの武器や肩や頭。使えるモノは全て使いながら上を目指し、飛ぶと同時にガーディアンの首を分離させる。

詠唱終了と同時に鎖を四方に飛ばしてガーディアンの動きを阻害。

止まった瞬間にルートを計算して羽根を広げて一気に飛んだ。

ガーディアンの攻撃をかわしつつ切り裂いて飛ぶ。

白騎士の壁を抜けるとそこには光を放つキリトがいた。

 

「悪ぃ、遅れた」

 

これじゃまるで《英雄》じゃねぇかよ。

《殺人鬼》は常に最初に現れるんだがなァ……。

 

「ホント、その遅刻癖もどうにかならないのか」

 

呆れるキリトの声に重なる様にユイの合図で視界が白に染まる。

「どうやら、外見以外はまだ作られてねぇ見てぇだな」

見えて来た景色に予想通りと呟いて歩きだす。

さっきキリトの手元にはカードキーが握られてたが、オレの見込んだ通りだな。

アスナを捜索キリトと分かれてオレ達は更に上を目指した。

白のいた場所はアスナのいる場所よりもより上部だ。

残り二百九十八人は此処の構造から考えるに実体化されているとは思え難い。

須郷の声色から底を測ったが、所詮は『普通』のヤツが考えることだろうな。

オレ達以外の生物の気配は無く、途中で木の枝ではなく中央に位置する部屋を見付けたが、何があるか容易に解り開けるのはやめにしておいた。

ここであれを使うのも惜しい。

それに、この部屋で行われている事をオレが知ってしまったら、どうなってしまうのかオレ自身も解らなかった。

まだ、成長すると言うのだろうか。

「ところでジャック」

「どうした」

「キリト達からあのカードキーを貰わなくて良かったのか?」

「ああ」

そう言うと、クラインは何も言わずに足を速めた。

一分ほどで螺旋状に広がる通路は終点を迎え、先程キリト達が入ったのと同じ形状の扉があった。

「ジャック!」

「解ってらァ!!」

こいつに気付いたのはここに降り立ち、継承された《濃霧》を確認した時だ。

思い返せばオレはその可能性も考えてこいつを残させたんだっけか。

「《濃霧》」

炭酸飲料水の入った缶でも開けるかのように快音を立てて全身至るところの隙間から白く冷たい煙が洩れる。

クラインは速度を落としてオレの後ろへと移動する。

何となく意図を掴んだろう。

オレの手に握られた、《ジャック・ナイフ》を見て……。

 

 

 

「《纏》」

 

 

 

オレの言葉に霧は拡がる動きを止め、蛇のように一点がジャック・ナイフの先端に固定され、渦を描く様に霧が棚引く。

次の瞬間、先端部以外動きを止めていた霧が刃の僅か上に凝縮され、透明な膜を作り出した。

頭の中でカウントを開始し、オレは扉にナイフを突き立てた。

抵抗力も無く横に線を二本入れられた扉は呆気なく消滅し、枝の上へと足を運ぶ。

目一杯に踏み込んで走るとものの数歩で目的の場所に到着した。

鳥籠の中心には、彼女がこちらに背を向けながら佇んでいる。

柵を切り裂いて硝子片へと姿を変えると同時に白いドレスに身を包む彼女が振り返った。

 

「ガンドーラ」

 

「……ガンドーラ」

 

投げかけられた言葉をそのまま返す。

本来こういう使い方をずっと望んでいた。

オレ達だけの合言葉。

境目に居た時のオレ達が勝手気ままに作り出したその言葉。

この名前はその繋がりを、《霧崎 玲》の唯一無二の親友である《暁 白》の存在を感じて居たいがためだった。

互いに歩き出し、目を見て情報交換。

右手を上げて腕と腕を軽くぶつければ存在を調律しているをことを明確に感じられた。

そして、残されたタイムリミット的にもこれが限界だ。

遅れたやってきたクラインが白の格好を見て固まるのを横目に籠を飛びだした。

「クライン、白を頼む」

声だけは聞いていたようで、頷くのは確認できていた。

そう言う訳で轟音を立てながら壁を蹴って移動しているオレが最後に切り裂いたのは先程開けるのを止めようとした部屋だ。

その気持ちはまだ変わっていないが、上って行く途中に他の部屋が見当たらなかったモノだから仕方がない。

此処に白とアスナを現実世界に戻すためのシステムコンソールが配置されているはずだ。

扉を裁断すると刃から膜が消滅し、時間切れを告げた。

「何とか、目的は達成できたな」

 

《濃霧》第二の拡張能力《纏》。

 

第七十五層突破の恩恵だ。

濃霧の効果を全て刃に凝縮させることによってシステムの壁を超えて破壊不能物体ですら両断する剣と化す技だ。

危惧していた通り、制限時間が三十秒に設定されていることに加え、次の発動には百六十八時間の猶予がある。

燃費も影響も最悪の一撃必殺だ。

部屋の中は螺旋通路を上っている時に計算していた空間を丸ごと使う広々とした空間だった。

そして、地面から延びる二百九十八の棒状のそれをオレはぼんやりとした眼で見ていた。

空間に足を踏み入れる事すら躊躇ってしまいそうだった。

 

――此処から先は《異常》の為の空間だ。

 

本能が警鐘を鳴らす。

事実、既に現実に体を慣らしたオレはこの姿に戻る事すら曖昧なのだ。

二年前はあの殺人がきっかけで向こうの世界に存在を同調させた。

元からオレ達はそういうことをしていたから生きていた。

今の白は勿論クラインが影響を受けることは無い。

だからこそこれはオレだけの問題なのだ。

それに、何より視界の端に映る文字列がオレを空間内へと誘った。

歩みを進め、一つずつ浮かびあがるそれに目を向けて往く。

人間の脳を電子体として取りだし、モノの様に扱う実験。

刺激を与えることにより引き起こされる感情を断続的に行う事で二百九十八パターンの計測を可能にしている訳だ。

紛れも無く立派な人体実験だ。後遺症なんて考えていないのがよく解る。

文字列なんか見なくても、聞こえてきやがるモノがある。

それは何も此処に居る連中の声だけではない。

 

――オレ自身を「殺せ」と叫ぶ声だ。

 

態々数えるまでも無く聞こえるのは百を超える罵声。

殺意だ。

耳をふさぐことなどしない。

どちらにしたって此処に入った時点で手遅れだ。

オレも人体実験の様なことはキリトで行っていた。

今も彼はそれに気付かずに芽を開かせている訳だが、それも全て想定と経験を元に作られた仮定のカルテだ。

そう、オレ達は今まで設計図を描いたことなんて一度だってなかった。

それが《異常》だという考えを何よりも持っていたし、その方が《異常》だけに伝えることが簡単だったからだ。

だからこそ、こうして文字として、文として、数値として人間を測ってしまえば気付いてしまうのだ。

今までオレが考えて来たモノも、引き起こされるすべてのモノも。

システムコンソールに触れる。

此処でその結論を出すのにはまだ早い。

時期に白もここに来る。

彼女だってまだ答えを見つけ出した訳ではない。

オレ自身、生きる目的の半分は達成できた訳ではないのだから。

白の事ではなく、もう一つの事。

故に、と言うヤツだ。

浮かびあがる殺意は何時だって白と黒で表されているんだ。

それが何よりも証明なのだろう……。

帰還のウィンドウを表示させると、アスナの方だけが灰色に染まっている。

「向こうに知られたみたいだな」

「ジャック!!」「玲!!」

聞こえた声に振り返る。

やってきた二人はオレから周りに視線を移し、特に白の方は気付いたらしい。

「悪ぃ。オレはキリトの方を見に行く。先に戻っとけ」

「うん」

クラインが言葉を返す暇も無く、白だけがそう言い手を伸ばす。

その手で大きな音を鳴らして駆け出した。

 

「待ってやがれ、《妖精王》さんよぉ……」

 

《殺人鬼》は時に《処刑人》となり《英雄》と呼ばれ得る存在だと言う事をどこかで聞いたことがある。

「んな訳あるかよ」

纏った殺意は一つになってオレに手を伸ばす。

その姿はまさに鏡映し。

彼の名を、人々はこう呼んで居たはずだ。

 

「《Jack=the=Ripper》」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
白視点ですがイベントは特にないですね。
最初は何かイベントを起こすか考えましたが、下手を打つとジャックさん飛んでくるのでね。

ジャックのレコンに対して思ったモノはSAO内で彼を崇拝していた者全てに送る言葉ですね。
《JtR》も例外ではありません。
彼には本当に白以外は必要なかったのですから。

来ました、《濃霧》第二拡張能力。
やはりただの目くらましでは終われないですよ。

もうそろそろALOも終了ですね。

【次回予告】

「その名前を、懐かしみのある声で呼んでよ」

「解ってるんだよ。馬鹿……」

――でも、オレも白も何一つ達成できていない。

「病状は、《脳震盪》って所だ」

「玲、どうした?」

次回もお楽しみに!それでは。

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