仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第六十八話 殺人鬼と無知

Side =白=

 

訪れた感覚に目を覚ます前の時点でわたしには強い動揺が生まれていた。

肌に感じる風が此処が室内ではない事を示し、瞼を開けば病室ならではの白はどこにもなく、金や茶、緑がそこには映っていた。

本来なら筋肉の硬直等で起き上がることのできない身体を悠々と起こす。

コツリと地面と足が触れる時に音が鳴ったと言おうことは踵の高い靴を履いていると言うことになる。

すぐそばにあった姿見の前に立つと、その姿がわたしの眼に飛び込んできた。

髪の毛は元の鎖骨までの長さに戻り、色は灰色。

服装も《LGL》などと言うごつごつとしたモノとは無縁の胸元が開けた白いワンピースに黄色のリボンがついている。

全身を見ようと背中を向けると、そこには半透明の白い棒の様なモノが肩甲骨辺りから伸びていた。

試しに力を入れて見ると少しだけ羽根が開いて身体が浮遊感に包まれた。

もしやとイメージを膨らませると身体は空中を制止した。

この体制のままわたしは思考する。

何故わたしがここに居るのか。

見るからに此処はSAOではない。

と、言うことは脱出の際に電子の情報体となっていた身体の情報をこっちの世界に持っていかれたとするのが妥当だ。

そいつの野望を考えると出てくる答えは簡単だった。

髪を少し掻きながら再度天井に目を向ける。

 

「これはまた……厄介なことになりそうだね」

 

主に玲が。

いや、ガンドーラって言えば良いかな?

なんか茅場と会話してるうちにすっかり元に戻っちゃったから玲って呼んでたけど……。

ふと、向けた視線の先。小さな籠の形状をしているこの空間。

空を飛んでその頂点に達すると先端に付けられた輪っかには鎖が取り付けられ、その上にある木の枝先に滑車の様なモノがついていた。

その存在に気付くと籠の格子に指で音を鳴らして周りを確認すると随分と下方に新たな空間を発見した。

此処にも閉じられた入口の様な場所から木の幹の部分に枝が伸びているが、大きさを確認すると小部屋と言えるこの場所よりずっと大きな部屋がある。

更に、部屋には二人。一人は男でもう一人は……。

そう思った瞬間に体が再び浮遊感に包まれる。

恐らく羽根で跳べる限界時間が来てしまったのだろう。

そう思い着地を試みるが、すると今度はガコンと言う野太い音と共に地面も下がった。

上を向くと鎖が急速に伸び、この籠自体が下降していることを示している。

周りに掴まるモノも無く視界にあの籠が見えた瞬間に身構える。

ガチャリと音を立てて籠が止まったのを確認するとすぐに身体に強い衝撃が襲うも着地成功。

両足で地面に付いた瞬間に膝で衝撃を受け流して片膝を付く。

「シンディア!?」

その声に顔を上げると先程まで一緒だった栗色の長い髪の毛が眼に映る。

 

――どうやら、世界はまだ終わっていないらしい。

 

「アスナ……?」

その後ろで君の悪い笑みを浮かべながらこちらを見る男が得意げに口を開いた。

「流石に僕も悪党じゃない。シンディア君とは向こうで随分中が宜しかったんだってね。一日に決められた時間だけ彼女と会話できるようにしておいた。寛大な僕に感謝するんだね、ティターニア」

その単語にこの世界がどのようなモノかは把握。

アスナは男を睨みつけてからわたしの方に近づいてきた。

「シンディア……」

さてさて、わたしはどう立ち回ろうか。

生憎ウィンドウが出るのかとかは試してないし、閉じ込められている以上システム権限は向こう側にありその力にプレイヤーであるわたし達は逆らうことが出来ない。

取り敢えず、男の思うシナリオ通りに動くのが何よりだろう。

「この世界は……一体どういうこと?」

「ごめん……ごめんね……」

動揺したように少し周りを見回す素振りをするとアスナは格子に掴まって涙声のままそう言った。

わたしとアスナの居る籠の距離はほぼ接触しているのと同じでそこに近づき震える手に手を重ねた。

はっとするアスナに首を振る。

すると彼女は力なく格子を握りながら崩れ落ち、顔を両手で覆った。

泣くまいとしているのだ。

わたしはアスナに目を向けるふりをして男の方を見る。

その愉悦に浸る顔。

わたしはあの一言で無知をさらけ出した。

以前にも語ったが、無知と言うモノは罪だ。

だからこそ人はそいう言う者に対して滑稽さを見出す。

 

――それが自分が強者であるという錯覚を簡単に生み出してくれる。

 

わたしに対しては知の面で、アスナには全てにおいて上手に居る優越感。

それで出来るだけこの男の欲を満たす。

玲は茅場のIDを使っていると言う事だから確実に現実に戻っているに違いない。

リハビリと子供たちとの関係の修復と学業と此処に辿り着くまでの事を考えると二ヶ月はかかるだろうか。

いや、もっと時間がかかるだろうな。

結局アスナはとても話せる状況ではなく、男の方に目を向けると楽しそうに嗤いながら近づいてきた。

「そう負の感情を表に出すことも無いじゃないか。君だって、孤独であんな場所に捕えられるのは望まないだろう?」

わたしは口を開こうとして閉じ、頷いた。

到底演技だとは見抜けるはずがない。

時間はまだまだあるんだ。

なにも焦ることなくアスナにもゆっくりと説明していこう。

ただ、彼女に《普通》の素質が見受けられないから下手に喋り過ぎで男に感づかれるのも避けたいな……。

「おっと、自己紹介が遅れていたね。私の名は妖精王《オベイロン》。この世界の『王』でありティターニアの夫になる者だ」

堂々とよくもまあこんなことが言えるとある種関心する。

けど、その一言でこの男の心の底も知れた。

情報を与え過ぎだ。

わたし達と会うくらいなら全身を隠しながら人伝で会話しない限り全部見破れるんだよね。

そこで足場が動き始めた。

時間一杯と言うことなのだろう。

顔を上げたアスナに頬笑みを返すと急速に籠が上昇した。

置かれている姿見やベッドはきっちりと固定されて動かないのが救いだろうか。

まあ、本命がアスナだからわたしに対してはぞんざいな扱いになるのは解っている。

ただ、度が過ぎない様に立ち回らないとね。

上昇が終わると一息吐いてベッドに寝転がる。

取り敢えず、こうしてやることも無くなったからあとは睡眠でも取って居ればいい。

そうして、ベッドの隣にある時計の日付が一周半した後、世界に霧が現れた事を察知した。

 

「けど、まだなんだよね。これ」

 

頬杖を突きながらわたしは溜息を吐いた。

 

Side =玲=

 

翌日、ネット上では《殺人鬼》復活の記事がポツリポツリと上がっているのを見た。

それほどの騒ぎにならなかったのはやはり蔓延った偽物が原因だろう。

その中に一人だけ猛威をふるったプレイヤーが存在していたとも聞く。

正体はそのゲームの頂点に立つ者で全プレイヤーの質の向上を狙って行った事らしく、数の暴力に押しつぶされるまでそのプレイヤーは一度も死ぬこと無く屍を積み上げた功績が今も称えられている。

偽物であると公開すると、その者の現実での姿を知る者が続々と名乗り出た事でそれは証明された。

その時に放った一言が、《殺人鬼》の意識を変えることになった。

 

『私にも此処まで立ちまわれたのなら、《殺人鬼》を殺すことは私達には出来ない』

 

確信を得たようなその一言に多くの者が驚愕したのだ。

故に、これはまだ駆け出しの段階でありさらに多くの屍を積み上げると共に証明しなければならない。

 

――《殺人鬼》は殺せねぇってことをだ。

 

雀のヤツはボクの復活を聞かされていたようで向こうには知らないと答え、ボクは彼女に全てを話した。

こうしておけば事件が終わるまで雀がこちらの世界に来ることはまず無くなる。

兎に角、ボクが今やることはALO中に本物の《殺人鬼》である事を知らしめることだ。

 

「さっさと気付いてくれよ?《勇者》サマ」

 

ジャック・ナイフをくるりと回して中立の森林エリアを駆け出す。

出会ったプレイヤーは手当たり次第に殺して周る。

そんな行動を繰り返している内にALO内でも波紋が生まれ始めていた。

全領主にもその話が行きわたったらしく、特にインプの領主は時期に行動を起こすとも聞く。

寧ろそろそろ来てくれないと困るんだけどな。

「ってか、あの高笑いでまだオレだってことが確定しないんだな」

そう言いながら洞窟内を歩いていると目の前に複数の光が生まれた。

「お出ましか」

勿論気付いていたが。

現れたのは二十人近くのプレイヤー群。

三列横隊に並んで一番奥に居るプレイヤーが杖を振り上げる。

姿を見るからにインプ領主の派遣した部隊だろう。

「じゃあ、全員死んでくれ」

オレがそう言うのとリーダー格のプレイヤーが支持を出すのはほぼ同時で、オレの声は魔法の発動音に掻き消される。

飛んできた光を全て躱しつつ魔法発動為の詠唱を開始する。

その姿に向こう側の半数が驚いているが、不思議がることは何もねぇ。

 

――たかが二十数個の言葉を連ねるだけだろ?

 

詠唱が終わると発動したのはインプの高等魔法。

インプのイメージカラーである紫の光が両手両足首を包むと出現したのは鎖だった。

SAOのサーバーをそのまま使っているからこそなのだろう。

システムはSAOの者と殆ど変らない。

《固定》と《伸縮》は出来るが、武器を取りつけられなくなっただけだ。

「行くぜぇ?」

返事などは聞く必要も無い。

洞窟内を断末魔が響く。

 

『《ジャック=ガンドーラ》の復活である』。

 

その記事が大々的にALOを出回ったのはオレがこの世界に来てから十日目の事だった。

 

==========

 

音を立てながらコンクリート製の階段を上がって往く。

でなければ彼の存在を正確に把握することが出来なくなってしまうから。

VRMMO界に仕掛けた爆弾の導火線に火を点け、爆発を待っている間にボクは別の行動を開始した。

インターホンを鳴らすと部屋の中の構造を確認、他の人間がいないことは確認済みだ。

どたどたとあわただしい音が聞こえたかと思うと扉が開いた。

「どちら様ですか?」

多少寝癖の残る赤髪と無精髭で彼はボクの前に姿を見せた。

「お久しぶりです壺井さん」

「霧崎、さん……どうしてこの場所が」

僅かに目を細めたその姿。

やはり内面が残っているとこういうことも《普通》は出来るんだな。

「ボクのしている仕事の報酬みたいなものですね」

 

――勿論嘘だ。

 

あの後遼太郎が徒歩で帰るのを見たボクはすぐに後を追跡してどのアパートのどこに住んでいるかまでつきとめたのだ。

こいつの特性的に多少の苦労は被ったが、無事成功だ。

「暁さんの事で話があります」

遼太郎は顔を顰めたが、ボクの顔が《笑う棺桶》とかそう言った連中のなかには居なかったことを確認すると中へ入れてくれた。

流石に政府から支給された場所であって一人暮らしするにはちょっとだけ豪華な部屋だ。

遼太郎はボクを適当な椅子に座らせると何か出しに行くと言うから止めた。

仲良くお茶しようとか、関係無いんでね。

椅子に肘を掛け、頬に手を乗せると足を交差させる。

不敵な笑みを浮かべると、それをみた遼太郎は目を見開いた。

 

「よくこれだけで勘付いたなァ。クライン」

 

「ジャック……」

言葉に疑問は無く、遼太郎は思わず立ち上がった。

「じゃなきゃテメェの前に何か現れねぇよ」

彼は未だ信じられないと言った様子でボクを見る。

ボクについての情報が頭の中でごちゃ混ぜになっているのだろう。

だって、彼にとっての《殺人鬼》と言う男を想像すればこんなに呆気なく終わるような者ではないとされているのだから。

「テメェの困惑が解らねぇわけじゃねぇが、こっちも時間が惜しいからさっさと納得しろ」

「で、でもよお……」

「言っただろ。シンディアの事で話があるってな」

これでボクと白の間に関係が合った事は一目瞭然。

もしかして、と考えたことを遼太郎は全て飲み込んで座る。

目の前の男が、自らがいた世界で三ケタ以上の人間を殺している《殺人鬼》として……。

「シンディア含む三百人が閉じ込められてるのはSAOのサーバを丸ごと使ってる《アルフヘイム・オンライン》だ」

「もうその世界には入ってるのか?」

「ああ、偽物が多発してた所為で中々話題にはならなかったがそろそろお前のところにも話が来るだろうな」

現に雀の方にはもう来てたみたいだし、《殺人鬼》には常に目を光らせてるってことかな。

「でもSAOのサーバがそのまま使われてるからってシンディアがいるとは限らねぇんじゃねぇのか?」

「良い質問だ」

こいつの特性的に理解しきれるとは思わない。

ただ、自覚させるだけで十分だ。

 

「オレと白は限りなく同類だ。だから解る」

 

「これで満足か?」

両手を開くとクラインはオレに対して目を鋭くさせた。

「テメェにもいい加減説明しなくちゃならなくなった訳だ。何故オレがキリトと居たのかをな」

「理由なんてモノが必要だったのかよ」

「当たり前だ。オレの目的は最初からシンディアとオレ自身の生還。それ以外の存在は利用するしか考えてないだろ」

「まさか、あのクリスマスの時も……」

「せいかーい。寧ろ褒めて欲しいモノだな。あそこでキリトの本質に気付かなければ殺してたんだぜ?」

憎悪が色濃く見え始める。

「恨むのも良いが、じゃあ何故態々オレがこんな場所に出向いてこんなことをぺらぺらと語ったと思ってんだ?」

色が変わった。

 

「お前は人を殺した時何を思ったよ?」

 

「その時の感情が。テメェの本質だ」

 

「とても『普通』じゃねぇ《普通》をお前は持ってんだよ」

 

「だから、オレはここに来た」

 

 

「お前の本質は《無知》なんだよ」

 

 

「《無知》……?」

「それも飛びっきり異質な奴だ」

無知と言う者は強者と弱者を分けるための上から押し付けられた烙印。

それに異質も何もないと思うのが『普通』だろう。

オレもそう思っていたから気付けなかった。

「お前は、自分について何も理解してねぇんだよ」

「は……?」

「それに気付いた時からじっくりと観察したが、結論から言おう」

 

「お前、後悔したことねぇだろ」

 

「そんなこと……」

「自分を顧みたことがねぇ奴にこの質問は酷だったか。まあ、その分証明してやれば理解するのも速いだろ?」

クラインは力なく頷いた。

「さて、自覚もしたところで本題に入る」

立ち直る時間などいくらでもある。

ボクは持ってきた袋から一つの箱を取り出した。

その正体に気がついた遼太郎ははっとなって顔を上げる。

「お前には、オレと共にこの世界に入って貰う」

「《アルフヘイム・オンライン》じゃねえか……」

「二つあったからな」

「ジャック、お前の家って……」

「一応言っておくが、下手な詮索もオレの正体を語るようなことがあればこの場で記憶が無くなるまで気絶しててもらうから。現実だからってオレは手を抜かねぇからな」

これは紛れもない事実だ。

人間の脳のどこを刺激すれば記憶障害が起こるのかも判っているし、今の遼太郎程度なら捻り潰すことは簡単だ。

ただ、変に音を立てたりして後処理をするのが面倒だが……

それに、彼ならボクの正体を知っても他人には話すことは無いだろうと言うある種の信頼がある。

《無知》だからかな。

「お、おう。シンディアの事を教えてくれたし、約束は守るけど。でも、どうして俺なんだ?」

「キリトはオレが声をかけるまでも無く追ってくる。それにお前の方が会い易かったってだけだ」

「あいつとは会ったのか?」

「いや」

その言葉に遼太郎は相槌を打つと手を伸ばしてソフトを手に取る。

正直言って滑稽だ。

こんな箱の中にある更に小さなソフトの中に三百人が閉じ込められているのだ。

 

――人の命を何だと思ってんのやら。

 

「そこでお前をオレが鍛え上げる。良いな?」

「でも、良いのかよ。ジャックはPKもしてたんだろ?」

「それを言うならお前の方が迷惑を被るだろうが。存在が認識されたところで気にすることはねぇ。シンディアを助け出すまでの協力関係だ」

「解った」

深くは聞かない。

やはり理解と想像力に長けてきていると言うことなのだろう。

白が開花させた目をボクが育てるんだ。

所謂《普通》のハイブリッド。

ボクがキリトを選ばなかった理由の一つにもあたるこの実験。

利用されてる事にこいつは気付いているのか……。

特にボクの事に付いて釘をさすことも無く彼の家を去る。

《殺人鬼》と言う存在の影響力に気付いていても、浅い所で立ち止まる。

 

「ある種、《普通》の中で最強はお前なのかもしれねぇなァ」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
捜索編では語られることのなかったシンディアさんがなぜアスナの近くにいたか、ですね。
流石に脳みそむき出しをシンディアさんでやるのは気が引けますよ。

ジャックのほうはついにクラインへと暴露!
捜索編での伏線はこの辺でガンガン回収していきます。

無知とか天然って本当に恐ろしいですよね。
理屈が通じないんですから。

でそれを指摘されようが分かることなく繰り返す。
だからある種最強なんですよね。

【次回予告】

「本当に、此処まで解ってて何でボクは何もしないんだろう……」

――手がない訳じゃねぇんだがな。

――《異常》の為の世界に適合する為だったんだ。

「私も、殺しなら既に経験しているさ」

次回をお楽しみに!それでは。
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