仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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あとがきでお話があります。


第六十六話 殺人鬼は人と為る

Side =ジャック=

 

彼が剣を持って走り出した瞬間にオレとシンディアは消え往く未来の世界を垣間見た。

敵のいなくなった空間で剣を抜く彼にそれを知らぬ者達は皆驚愕した。

何故なら、その太刀筋は、その眼は先程殺し合いを繰り広げていた骸骨の化け物に向けていたモノなのだから。

煌めく先行に次いで弾ける快音に広がる紫の障壁。

オレ達はそれを知っている。

キリトの方を見て目を見開いた男はオレの方を見た。

馬鹿か、オレは嘘は吐かねぇ主義だってのを忘れたのか?

男はそれを感じ取ったのか解らなかったが、取り返しのつかなくなったこの空間を再度見渡してからキリトを見た。

だから言ったじゃねぇかよ。

 

『理解不能な力を見た人間は、それを『神』と暫定付ける』

 

今、その感覚を此処に居る全員が共有した。

「……茅場晶彦」

キリトの看破を決定づける一言の後で誰かがそう口にした。

言わば、『神』の真名と言う奴だ。

つらつらと無意味になった『神』の預言書の内容を語ると、茅場はオレとシンディアにもキリトと同じ事を問う。

シンディアは適当な嘘を吐く。

オレも此処までくれば無意味でしかない証拠について全てを語った。

 

「まあ、楽しかったぜ茅場晶彦」

 

オレがそう言うと茅場は微笑みながら言った。

「全十種類存在するユニークスキルのうち、《二刀流》は全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つキリト君。このSAOで最初の複数人の殺害を自らの手で行った者に与えられる《濃霧》。攻略組には私を含めて三人しかユニークスキル使いがいなかったが、もう一つのユニークスキルだけ無事に渡っていることも確認出来た。想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな」

その言葉にオレは今まで積み上げて来た《ユニークスキル》解明の思考が崩されそうになった。

三人目は恐らく《英雄》だろう、討伐隊の記憶の喪失具合からそれが解るはずだ。

だが、残る《解除》とグーラのモノを除いたところで現存するユニークスキルは四種類。

あれ程まで特異な能力を持つ人間を今の今までオレとシンディアでさえ感知することが出来なかったという事だ。

自らの不覚ではあるが、そう断定付けるしかなかった。

それにしても《麻痺》を喰らったが、案外動きの阻害も少なく感じている。

オレは《鎖》で身体を固定し、シンディアは武器を地面に付いて立ち上がっている。

一応鎖の一本に掴まれるようにし、キリト達の方を見ていた。

どうやらキリトへの褒美として《不死属性》を解除して一対一の戦いをするとのことだ。

アスナはどうにか制止しようと声を張り上げるも動かぬ体では人は止まらない。

寧ろ、不安定なヤツに不用意な感情を持ちこませるのは……なぁ?

キリトもその可能性を覚悟しているのか、世話になった仲間たちへ遺言にも似た一言を述べる。

勿論。オレにも、シンディアにも。

 

――甘ぇ。

 

==========

 

案の定キリトは《普通》になりきれなかった。

此処でオレが割って入ってさっさと茅場晶彦を殺すのも厭わないのだが、生憎オレは《勇者》になるつもりでこの世界に居る訳じゃない。

視界の端で栗色の髪が動いた時、どれほど歓喜したことか。

その真っ直ぐな瞳を見て、凶刃がその身体を薙ぐのを見て、どれほど歓喜したことか。

現実を否定しようともがきながら華を咲かせた彼にどれほど歓喜したことか。

 

――「『殺す』」

 

キリトは左手に残っていたアスナの細剣で茅場晶彦の身体を貫いた。

互いのHPが急速に減少し、茅場はキリトの姿に自分の死を悟る。

「ははっ……」

思わず漏れた声。

二人の姿を見つめる他の連中は気付かなかった。

今まで聞いたどの音よりも大きな音を立てて破砕音が響く。

身体から重荷にもならない束縛の種が消えゆくのが解った。

それを期に、高らかに叫んだ。

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

――嘲笑え。

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ゲームクリアのアナウンスなど誰の耳にも入らない。

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

この場に居る全員が意識を失うまで最後に聞いていたのは《殺人鬼》の咆哮。

心を切り裂かれたまま世界の終幕を迎えたのだった。

 

==========

 

「って感じで華麗に幕を閉じると思ったんだけど、なんでこんなことになってるの?」

「そうだね。もしここが現実だったらどうする?」

「本当にボク達の手で破壊するかな」

ボクの言葉に隣に居る彼女は目の前に浮かぶ崩壊のカウントを見ながら答えた。

「いいよ、時間ならまだまだありそうだしね」

「それは是非遠慮してもらいたいモノだな」

夕焼け色に浮かぶ空間で透明な硝子の様な地面の上に立っていたボク達の背後から声がした。

振り向くと、そこにはテレビでも見たことがある白衣姿の男性の姿。

「始めまして、茅場晶彦」

「登場御苦労様、とでも言いたいところだが、何でボクの姿が元に戻ってるのか説明を求む」

そう、今のボクの姿はアインクラッド中を恐怖のどん底に陥れた金髪の《殺人鬼》ではなく黒髪に白いメッシュの少年だ。

身長だって縮んでるから姿を把握するまでに歩こうとして転びかけていたのだ。

「それが本来の君の姿だろう。この世界の終焉を迎えると言うのに偽りの姿で居させる訳にはいかなかったのだが……」

「どうせキリト達もここに来るんでしょ?ボクの姿を見られる訳にはいかないじゃないか」

「それにしても外見が違うとこうも口調が変わるのだな君は……シンディア君にはその姿を見られてもやはり平気だったか」

「勘付いてるのなら今更わたしたちがとやかく言うことはないかな」

「兎に角、ウィンドウが開けない以上何か出してもらわないと困るんだけど」

ボクがそう言うと茅場は左手でウィンドウを操作するとボクの身体を光が包み、地面に映る自分の姿を見るとそこには《LGL》に似た装備を纏ったボクの姿。

「《LGL》初期案のモノだ。これなら全身を覆い隠せるだろう」

「問題無しだ」

親指を立てると茅場は少しだけ微笑んだ顔で自分たちを見ていた。

「で、態々ボクたちを残したってことは話したい事がたくさんあるんでしょう?」

「そうだな」

「二人は何時目覚めるの?」

「目が覚め次第此処とは別の場所に転送されることになっている。まだ世界の崩壊も始まって間もない」

「ゆっくり話そうってことね」

シンディアの言葉に茅場は頷いた。

「私も君達と話すことをとても楽しみにしていたよ。《霧崎 玲》君、《暁 白》君」

「わたし達の事は名前くらいなんだ」

「それだけで君達は理解することが出来るのか」

「そりゃあ声色と表情でヒースクリフの時の貴方を見ていれば造作も無いです」

「……全く。人類に君達の様な人間が居るってことに気付けなかったことが脅威でしかないな」

「まあわたしも玲以外に同類を見たことは無いけどね」

「君達は自分たちの事をどう思っているんだい?」

 

「《異常》者。」

 

「それも、『普通』の人間の尺度では測りきれない程の《異常》者だ」

 

ボクと白は間髪いれずにそう答えた。

「それは生まれつきなのか?」

「わたしは小学校の時それを自覚したね」

「ボクの場合は生まれつきだ。父と祖父の方はその特性を濃く受け継がなかったみたいだけど、曾祖父はボクと同じくらいの《異常》者だったみたいだね」

「その《異常》と言うのは遺伝するモノか」

「白と出会うまではそう思ってたよ」

此処まで自分たちの事を誰かに話すことはこれが初めてだ。

それは、『死』に価値を見出さないボク達だからこそ言える事。

これからその情報は全ての価値を失うのだから、ボク達は語り続けた。

「ならば、キリト君たちを気にかけていたのは白君の様な素質があったかもしれないからなのか」

「ちょっと違うね。《異常》だったらわたし達は一発で解る。キリトは『普通』の中でも特にわたし達に近い分類の人間の素質を持ってたんだ」

「偏に『異常』と括ることのできない『普通』の人間。《普通》の人間って事でボク達はそれを位置付けた」

「なるほど、キリト君の他にも……例えばクライン君もそうなのか?」

「当たり」

「それに関してボクは聞きたい事があるんだけど」

そう、時間が来る前にこれだけは聞いておきたかった。

「何かね」

「《ユニークスキル》について知ってる事を全部教えてもらう」

「……先ず、君達の考察を聞かせてもらっても良いかな?」

 

「《ユニークスキル》ってのは所有者の特性を最大に引き出すための鍵だ」

 

「ほう……」

ボクの言葉に次いで白も口を開く。

「言わば『神』の与えた役割ってヤツだね」

「流石だな、二人とも」

「御託は良い。把握しているのは三人って言ったけど、それは《濃霧》と《二刀流》と《英雄》の事を指しているのは間違いは……」

「無い。君の言う通りだよ」

「つまりユニークスキルは渡ったってことだけで誰に何が与えられたのかは解っていないってことね」

「ボクが確認した限りだけど《解除》と剣を食い千切るスキルは把握してる」

「やはり《笑う棺桶》討伐に顔を出しておくべきだったか……それは《牙》と名付けたスキルだ」

「ってことで残るは四種類」

「ユニークスキルの取得条件を推測するにキリトクラスのプレイヤーが後四人も居たことになるけど。ボク達でもその存在に気がつかなかった」

「……」

「取得条件、《二刀流》が反応速度と言ったけど、他の能力の殆どは精神的な条件が多いはずだ。お陰でわたし達は酷く驚くことになったよ。それまで考えてた事を壊されそうになるくらいにね」

「だから聞かせて欲しい」

言わば現実世界での保険だった。

出会って無かったからこそ気にかけることも無かったと説明することも出来るが、可能性は極限まで減らしておきたいんだ。

「……私も有意義な話を聞けたからな」

一息ついて茅場は言った。

「《二刀流》と《神聖剣》は言わずもがなだ。じゃあ、玲君の《濃霧》の取得条件」

 

「それはゲーム開始から最も早く複数人の殺害を行う事だ」

 

「本来ならばこの能力は《笑う棺桶》の様な第三勢力に渡るモノかと思っていたが、『神出鬼没で正体不明』としては目覚ましい程の活躍ぶりだったな」

「それが確定したのが第二層だったからボクに他のユニークスキルは芽生えなかったってことだね」

「ああ。《解除》は『嘘から出た真』、《牙》は『不可能を可能に』を体現させた」

「それの査定を行う為に作ったのが二十五層ごとのクオーターポイントって訳だ」

「その通り。《二刀流》の査定は厳しかったからかなりの時間を要すことになったが。私としては『勇者』と為る最高の人物が手にしたと思っている」

「なら《英雄》は『最終戦力』ってことかよ」

「そう言えば《英雄》って誰が持ってたの?」

「白君は知らなかったみたいだな。《英雄》は人類の『最終戦力』であり私の『最後の試練』として作ったスキルだ」

「能力としてギルドメンバー以外と戦闘を行った者にしか記憶をとどめておくことが出来ないんだ」

「そんな奴がいたんだ……」

「《解除》が《JtR》に引き込んだんだよ」

「確かに、その二つの能力なら《解除》の使い方次第で渡り合えるはずだ」

「で、二十五層の査定で《ユニークスキル》を手に入れた奴らは五十層解放で能力の拡張が行われたってことだね」

「一定の条件下ではあるが、全員がそれを満たしているのは確認済みだ」

「じゃあ、残りの能力に隠蔽に特化した能力があったの?」

「存在している」

茅場は首を縦に振って肯定した。

「……《ユニークスキル》には仮定ではあるが十種類全てに序列が付けられていた」

顎に手を当てながら茅場は左手でウィンドウを動かしながら言った。

「勿論使い手によってその強さは格段に変わる。どちらかと言うと使い易さの序列と言った方が最も正しいだろう」

 

「頂点に位置するスキル。それならば君達の眼を掻い潜ることも可能だろう」

 

「《英雄》じゃないんだ……」

「あのスキルは非常に使い手の資質に作用される。私も対策となるスキルを《神聖剣》に搭載しているが。その能力を持った者がこの世界でどのように生きるのかを見てみたかっただけだ」

「でも、そのプレイヤーは結局姿を見せなかった……」

「そう言うことになる。次は《英雄》、《解除》と並び、《――》が来てから《神聖剣》と《二刀流》となる。次いで《――》、玲君の《濃霧》。最後に《――》、《牙》だ」

「……他のスキルにはそんな芸当が出来るのか」

「この時点ではないはずだ」

その上で一人のプレイヤーに複数のユニークスキルが渡っていないとすればその四人が隠れ切れたのは恐らく……

「さて、そろそろ時間だ。玲君、白君」

茅場の言葉に振り返る。

崩壊は既に三割まで及んでいた。

恐らく、内装の殆どは消滅していると見える。

「まだ言っていなかったが、ゲームクリアおめでとう」

「随分と遅れた祝福だ」

「……済まない」

「冗談ですよ」

ボクの代わりに白がそう答えた。

「そして、私の正体を逸早く看破した君達にキリト君と同じように報酬を与えよう」

「それ、わたしは頼んでも良い?」

「勿論だ」

「《LGL》クエストの開発者。刃さんで間違いないの?」

「刃……霧崎先生だね。君の言う通り、《LGL》のクエストは全て先生が監修したモノだ。その完成度と難易度の高さをそのままプログラミングしたが、君達の為にあったのだな」

「有難う御座います。それだけで十分です」

白は満足した顔でボクの方を見た。

ボクは彼女の方を見ることなく茅場の方を見ていた。

「玲君についてだが、《濃霧》を手にしてプレイヤーには少し特別な恩恵も手に入れられる事を離しておく。それとは別に報酬もあげよう」

茅場はウィンドウを可視化するとこちらに向ける。

そこにはヒースクリフのサブアカウントとして登録されている《Jack=Gundora》と言う名前と別のアカウントが表示されていた。

「正体不明を確立させる手段だ。君のID情報は今ジャック君では無く、このアカウントとなっている」

「要するに、ボクは現実でこのアカウントとして振る舞えってことですね」

「話が早くて助かる。現実でナーヴギアやSAOのサーバがどうなるかは解らないが、もしもまた《殺人鬼》になりたければこのIDとパスワードでログインすると良い」

そう言って表示された文字列を記憶すると景色が切り替わった。

視界の先に二つの黒い影が見える。

「じゃあ、ボクの報酬は《濃霧》の継承かな」

「と、言うと?」

「もしも、またこの世界に降り立つ時、ボクは再び《濃霧》を纏いたいんだ」

「了解した」

ウィンドウが消滅すると、ボク達は彼らの下に歩き出す。

視界の端で、鋼鉄の城が崩壊を始めていた。

 

==========

 

キリト達と最後の会話を終わらせ、ボク達は別の空間へと移動した。

もうじきボク達の転送も完了するらしいが、彼らには最後の一時を二人で居させてやりたいと言う茅場の意思なのだろう。

「そう言えば、キリト達は結局どうなるんだ?」

「あの二人は無事現実に還るだろう」

「それが二人へのLAボーナスってことね」

白が笑いながら三人で適当に何もない空間を歩いていた。

「気になっていたのだが、二人は恋仲なのか?」

茅場の突然一言にボク達は互いに頬を掻く。

「あー、やっぱりそう見えますよね」

「違うんだよね、これがさ」

「《異常》が故に、と言うヤツか」

「そう言うことだね。気付いたのは十二歳の時」

「私がこの世界に思いを馳せていた頃だな……」

 

「夢が叶った感想はどうだ?」

 

ボクは、敢えてジャックの口調で言った。

「そうだな……」

世界が閃光に包まれる。

 

 

「                  」

 

 

その言葉にボク達は目を見開いた。

そして、瞼を開ける感覚も無く、目の前に飛び込んだ景色。

こちらを見て真顔のまま口を開いている眼鏡の男性の姿がそこにあった。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
SAO完結!!
本当にようやくって感じですね。

でもって今回ですが、前書きに書いてあったことも踏まえてお話させてもらいます。


内容からわかる通りこれからの展開に関するフラグをガンガン立てて行きましたが、正直言って彼らがこの作品に登場するかは僕も分かっていません。

今回紹介した彼らは《マザーズ・ロザリオ》後のオリジナルストーリーで登場させるのが当初の予定でした。
ですが、この作品。プロットが出来てるのは《マザーズ・ロザリオ》までなんですよね。

お蔵入りの危険があるということです。

まあ、フラグを無視して害もなく登場させてもいいとも思いましたが……


なんですけどですね。
現在大学受験真っ盛りの僕の予定を考えると究明編完結。つまりALO完結までしか書くことが出来ないのが現状です。

八月九月までが限度ですかね。

その後の投稿についてまだ細かいことはなにも考えていません。
ただ、今まで通りの定期更新は間違いなく出来ません。
だからこそ此処までペースをほとんど変えずに頑張ってきたんですけどね。

ぼちぼち投稿するのか、まとまったところで投稿していくのか。
そんな感じですが現在プロットが出来てるところまでは書きます。はい。


まあ、ALO編もよろしくお願いしまっすってことで。


【次回予告】

――《異常》はまだ、この世界には居ない。

「あっ、こんばんわです。霧崎さん」

「生きてますよ。彼女は」

「あげゃ」

次回をお楽しみに!それでは。
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