仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第六十四話 殺人鬼の御伽噺

Side =ジャック=

 

「無様に負けたな」

言葉通りキリトとヒースクリフの勝負の結果はキリトの惨敗に終わった。

このオレがわざわざ鎖を使って観客席の上にあるコロシアムの外壁の上で立って見てたのにな。

まあ、通常のキリトの実力ならあの程度が精々だ。

気付ける人間には気付かせられる程にな。

それが出来たのはあの場に居たキリトとクラインだけだ。

キリトの方はまだ確信を得ていないだけで奴の纏う衣の断片を見たって感じだ。

クラインは性質的に行動を起こすことは無いだろう。

だが、間違いなくヒースクリフに関しての不信感は高まったはずだ。

そっからどう動いて往くか……。

キリトには一つのヒントを与えて早急にその場を去った。

どうやら、動き出した世界は一つや二つじゃないそうでな。

扉の外でアスナとすれ違い、エギルの店から出ると扉のすぐ横にシンディアの姿があった。

「どうだ」

「次で終わりに一票」

「オレもだ」

三回目の節目となる第七十五層攻略。

 

最初は何も変わらなかった。

 

二回目で分断され。

 

三回目で終焉を迎える。

 

オレが描いたシナリオの一つにはそれは確かに存在していた。

何時だって望んだ方向にいかないモノがこの世の中に存在していると言うのなら有り得ない事ではなかった。

それでも、少し残念に思えてきてしまうのはこの偽りの世界で垣間見た多くのモノ。

彼女と交わす言葉もそれだけにしてポケットに手を突っ込むと歩きだした。

下手にシンディアと交流を持ち過ぎるのもオレ達の事をクラインに気付かれる可能性がある。

シンディアも警戒をしているらしいが、一概に心配ではないとはとても言い難い。

……兎に角だ。

第七十五層ボス攻略は早急に進めるに限る。

オレ自身本来は二年間も待たせる訳にはいかなかったはずだった。

表情に出したくなる自分を制止してオレの姿を見て避けて往く人の道を通る。

こういう時に限って悪い考えばかり浮かんでしまうモノだ。

前にもオレは言った。

 

――人は、何時死ぬか解らないと。

 

こうして思考をしている間にも現実のオレの体が突然の心臓発作で死ぬかもしれない。

そんな数の数だけ可能性のある世界の中から自分にとっての最善を引かなければならない。

オレ達にはそれが出来るはずなんだ。

だから、だからこそだ。

 

『待っていてくれ』

 

人間の耳では捉えきれない程のハイトーンで告げた。

そうすれば届くかもしれないと言う、オレの浅はかな期待だったんだ。

 

==========

 

それに気付いたのは翌日の事だ。

いや、元々気付いてはいたが敢えて野放しにさせていたと言った方が正しいだろう。

その方が『神』様に手遅れを気付かせるための火種の代わりだった。

でなければオレもシンディアも、ましてや《JtR》が解りやすい餌を泳がせておく訳が無かったからだ。

「案外早い帰還だったな」

呟きながら表れたのは第五十五層主街区《グランザム》。

そこにある現最強ギルドとして名を馳せる《血盟騎士団》本部の門の前にオレは居た。

門番として立っている二人はオレの姿を見た途端に小さく悲鳴を上げた。

「ここの団長に話を通せ。オレが来たと伝えればすぐに許可も下りるだろうよ」

オレの言葉に二人は顔を見合わせると同時に駆け出した。

余程オレと接触するのが嫌なのがよく解る。

門番の役目まで放棄して本当に統率のとれていないギルドだと吐き捨てる。

所詮目的が違えばこうはなるか。

《軍》や《聖竜連合》の連中にも同じことが言えるが『神』様部隊の《血盟騎士団》では訳が違う。

二分ほどで入口から人影が見えたかと思えば先程とは鎧の装飾具合が違う三人組だった。

全く、オレがここに来ることもこれが初めてじゃないはずだが、面倒で仕方がない。

「おやおや?いつもは四人で来るはずなのに、今回はどんな風の吹きまわしだ?」

なので早速痛いところを突いてやる頃にした。

その四人と言うのはヒースクリフの周りに付いている所謂権力をもったプレイヤーだ。

参謀と名乗り攻略会議で意見だけ出して自分達はこの砦に引き籠っている。

だからオレが来ることを誰よりも恐れている奴らがこいつらだ。

「……団長に何の要件だ」

「クラディール、ゴドフリー、後もう一人は知らねぇなァ」

態とらしく額を指差して考える様なふりをしながらそう言うと顔を青褪めさせた三人は踵を返した。

「許可しよう……」

三人の後を追ってオレは砦の中へと足を踏み入れた。

オレの姿を見たいろんな人間の様々な部分を見ながら歩いていると、キリト達と出会った。

二人の顔とアスナがキリトの服の端っこを握るのを見て僅かな頬の赤みも見たオレは送られた来た情報の裏付けが取れたと嗤った。

 

【《黒の剣士》が新生《笑う棺桶》クラディールに襲われました。】

 

【その過程でゴドフリー以下一名が死亡。もうじき《閃光》が到着すると思われます。】

 

【戦闘終了。《黒の剣士》がクラディールを葬りました。】

 

【戦闘後、二人が……】

 

メッセージは此処で途切れていた。

オーカスには前々からクラディール()を見張る様に頼んでおいたのだ。

流石にPoHの現在位置やグーラの関係性を掴むことが出来なかったがな……

にしても途切れてるってことは、な……。

仕方のないことだろうとオーカスも時期に割り切るだろう。

心の中でオーカスに合掌しつつキリト達と軽い会話を終えて歩くこと十数秒。

一際大きな扉の前に立ち、三人のうち一人がノックをするとヒースクリフからメッセージとして指示が送られて来たようだ。

それを見た三人はオレの方を見てからもう一度メッセージに目を戻して再度オレの方を見た。

可視化された状態では当然オレの方からもその内容が把握できたので迷ってるうちに三人を退かして先に行こうとした。

だが、肩に乗せた手をその男は掴んだ。

「我々は、勿論団長の事も信用しているが……」

「お前の事も信用していることも忘れるな。《殺人鬼》」

 

「生憎、テメェらがオレにかけてるのは信頼だろうが」

 

「そこんとこ間違えるなよ」

特に納得出来るような言葉でも無かったので一蹴して扉を開けた。

信用ってのは頼ってる奴に使う言葉じゃねぇ。

日本語から勉強してやり直して来いよ。

扉が閉まり、目の前で半円形の机に両肘を乗せ、窺うような視線を向ける男がそこには居た。

「よぉ、ヒースクリフ」

「やあ、ジャック君」

顎を下げ、口の端を釣り上げて見ていると、先ずは何時もの様な軽口で言い放った。

「それで、此処に来てくれたと言うことはギルドへの加入を考えてくれたのかい?」

「よくもまあそんな戯言が言えたなァ」

オレは奴の方に近寄ると机の端に座って身体を奴の方に向けた。

「今回の件。あれ程『異常』な奴がいて何故オレ達が放って置いたか解ってんのか?」

 

「テメェの目的がオレの目的と一致しねぇってことを示すため」

 

「テメェのリーダーとしての無能さを示すため」

 

オレはそう言いながら両手を上げた。

「さて、どっちだと思う?」

そして、大きな音を立てながら手を合わせた。

 

「どっちもに決まってんだろうが」

 

ヒースクリフは何も答えない。

オレは立ちあがって扉の方に向かって歩き出す。

「こんな統率の取れてない集団で?更に敵の混じった集団で?オレが加入すればどうなると思ってんだよ」

 

「ぶっ壊すぞ。オレ一人で。このギルド程度ならな」

 

「んじゃ、今回はオレから聞かせてもらおう」

出口とヒースクリフとの中間に立ち、言った。

 

「テメェの目的は《最強》か?《帰還》か?」

 

「オレは《帰還》を選ぶことは言わずもがなだ。じゃなきゃ攻略組なんかには居ねぇ」

今のところは気付いていない体で話を進める。

じゃないと面白味も何もねぇからだ。

「次、クラディールの蛮行に何も対処をしなかった事だ」

奴はただただ黙ってオレを見ていた。

「キリトとのデュエル後の行動も合わされば問題行動を起こすことは誰の目から見ても明白だったはずだ。まさか業務の所為で聞いていなかったとか言うのかァ?」

 

「さっさと切り捨ててりゃオレが殺してやったのになァ……」

 

「仲間全員の心の内も知らねェでのさばらせるなって事だ。管理が行き届いてねェなら切り捨てろ」

オレは奴に背を向けると扉に向かって歩き出した。

「徒に数を増やすくらいで《最強》誇ってんじゃねェよ」

 

「オレに恐怖を抱いてる奴らがなァ!!」

 

扉に蹴りを入れると向こう側から悲鳴が聞こえた。

「こういうところがテメェの無能さをよく現してんぜ」

振り返り、再び歩む。

「テメェの目的は中途半端。そんなんでオレを引き込もうなんてよ」

 

「寝言は起きてから言え」

 

「……ならば」

「あァ?」

「私と勝負しよう」

これだけ罵声を浴びせようとも男は余裕と言った笑みを崩さずにオレの方を見て言った。

「君は嘘を吐かないのだろう?ずっと、君は私と戦うことを拒んでいなかったではないか」

ああ、そう来たか。

「そう言えばよぉ、ヒースクリフ」

 

「テメェは、『神』を信じたことはあんのか?」

 

「先に話していたのは私だが」

「勿論オレはそんな大層な存在を信じたことは一度だってねぇ。何故だか解るか?」

無視してオレが言葉を続けるとヒースクリフは黙った。

 

「それは全ての神が人の姿をしてるからだ」

 

「別に宗教に喧嘩を売る訳じゃないが、『神』と言うのは遥か昔から災厄や病の原因を押し付けられ、偶像として確定させられた存在だ」

「何が言いたいんだ」

「つまりだ、ヒースクリフ」

そして、オレは奴の疑問の全てを確信に変える一言を放った。

 

「理解不能な力を見た人間は、それを『神』と暫定付ける」

 

SAOの感情におけるシステムの動作が現れたのか、オレは僅かに動くヒースクリフの指の一本を見逃しはしなかった。

「おっと、ここでオレを殺そうとしても無駄……って言う必要もねぇか」

そこまで愚かではなかったようだ。

「君の様なプレイヤーが私にそれを告げると言うことは、前々から気付いていたと言うことだろう」

「ああ」

「恐らく、君がここで死ねばシンディア君が私を陥れようと動く。そう言いたいんだな」

「察しが良いじゃねぇか。確証を得るのが遅すぎんだよ」

ここで千切れた緊張感にヒースクリフ、いや茅場晶彦は組んでいた指を解き、背凭れの長い椅子に寄り掛かった。

「お前はどこまでオレ達の事を知っている」

「何、君の危惧するようなことは調べていないよ。その力もね」

「テメェもテメェでこの世界を満喫してたわけか」

「当然。ここは私の世界だ」

きっぱりと言い放った茅場にオレは笑みを浮かべた。

「まあ安心しろよ。オレもシンディアもこの世界を壊すようなことはしねぇ」

「そうしてくれると助かるな」

「自惚れんな。無能『神』が」

笑顔のままそう告げると用件も済み、踵を返して歩きだした。

すると、扉から五歩ほどの距離で茅場に声を掛けられた。

「そう言えば、あれも君の策略か?」

「キリトとアスナか?」

「そうだ」

オレは顔だけで振り返る。

「馬鹿言え」

 

「オレはそいつの理解に失敗してんだ」

 

顔に手を置いて背を曲げて含み笑いをすると少し意外そうな表情を浮かべる男がいた。

まだオレ達は極限への到達を捉え損ねているんだ。

「そうそう、オレも言い忘れてた」

 

「世界を終わらせるのは《普通》の奴らなんだぜ?」

 

==========

 

それからオレは最前線へと出向き、適度にモンスター達を屠って先に進んでいた。

時刻も夜になり、休憩エリアに入ってウィンドウを開いているとキリトから【結婚した】とのメッセージと写真が送られてきていた。

その微笑ましく少し妬いてしまったオレはからかいの気持ちでメッセージを打ちこんだ。

 

【結婚おめでとう。 しばらく新婚生活に惚けてやがれ 《Jack=Gundora》】

 

柄にでもない言葉を打ちこみ、再び短剣を引き抜くと走り出した。

身体の疲労もそこそこに最前線の宿に帰り意識を飛ばして翌日。

四回ほど同じ事を繰り返し、そろそろキリトのところに会いに行くかとシンディア達に様子を聞くと目も当てられないと聞き、シンディアにだけ見えるように苦笑いを浮かべて第二十二層へと向かった。

主街区の雰囲気からしてのどかなこの町に真昼間から《殺人鬼》が赴くのも大事件なのだが、人の数も少なく《隠蔽》を使えばオレの存在に気付く者は居なかった。

こそこそと主街区を抜けた所で急加速しキリト達のいるログハウスを目指した。

木でできた道を走り抜け、驚かせるためにアポもとっていなかったが扉が《フレンド解錠可》に設定されていたので何食わぬ顔でドアノブに手を掛けた。

 

「ここに来るのは初めてだな、元気してるか?」

 

そこで見た光景に思わず首を傾けた。

現実だったら首の中でゴキッと言う効果音が鳴るくらいの勢いで。

なぜならそこに居たのは真っ黒な服装をしたキリトと対照的な白の服を着たアスナともう一人。

 

――齢十歳以下の白いワンピースの少女だったのだから。

 

「あ?」

 

――……思考開始。

 

解ってはいるがこの女の子がキリトとアスナの子供で無いことは明確だ。

骨格的に二人の年齢を推測したが流石に結婚一日目でそこまで関係が発展するとは到底思い難い。

思い難いだけであって《普通》のキリトの行動の全てを予測できた訳ではないが、可能性の大きいのは前者と見て間違いない。

二人の顔が妙に焦っていることからは後者の方を想像してしまいがちだがここで別の可能性も強くなってきた。

一昔前にPKの方法として流行った『気絶させて誘拐』と言う可能性だ。

にしてもナーヴギアの対象年齢からしてあの価格のモノを親が買うとも思えないが誘拐されてこんなに落ち着いている子供がオレ達以外に居るのか。

否、子供の様子から考えるにこの状況に対して不快感を感じていることはなさそうだが……

「パパ、ママ。このヒトは?」

少女の一言で廻らせていた思考が一つに纏まった。

 

――いや、本当はまだ可能性があったけど面白いから……。

 

と、選択した答えは。

 

「いや~まさか誘拐まで手を出すとは……しかも『パパ』とか呼ばせるなんて。こりゃ《殺人鬼》のオレも一本取られたぜ」

 

『誘拐』及び『洗脳』

《殺人鬼》でもし得ない事をやってきたキリトを称賛した。

苦笑いのおまけつきで。

 

==========

 

キリトから事の顛末を聞きながらオレは腰を落としてユイと呼ばれた少女の前に右手を差し出すと手首を振って一瞬のうちに小さな花束を出現させた。

二人が驚く中、ユイに向かって花束を投げた。

現実で培ってきた技術だ。あの孤児院で子供の心を掴むには固定された世界観を壊す必要がある。

《異常》のポテンシャルもあって習得も早く質もかなり高いモノになっているのだが、二人に見せるのは不味かっただろうか。

予想通りキリトに疑問をぶつけられ、嘘でも真実でもない答えを返した。

しかし情報が足りなさすぎると思っていると花束を抱えたユイがオレの服の端を引っ張った。

 

「ありがとう……お兄ちゃん」

 

幾度となく告げられた言葉のハズなのに、これに慣れたことは一度もない。

それはまだオレの家族と言うモノに対する観念が崩れていないからか……。

「お兄ちゃんだってさ……どうするジャック……」

「キリトが親父とか死んでもいやだな」

冗談交じりにそう返してしばらくユイの方を見ていたが、キリトの指摘で左手を振るったところ出現したウィンドウを見たオレは先程の可能性でユイの正体を確定させた。

《MHCP》の言葉から即座に連想できたのは医者の息子故とも言えるが、やはりこんな幼い少女がここまで生きていられるとは思えなかった。

そして、彼女がその役割を無意識的に全うしているのならば、オレがここまで現実に固執することも無かったのだろう。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
駆け足で進んでくとどこで切っていいか分からなくなりますね…。

捜索編でのフラグ回収ですね。
僕の固定観念も合わせて二人には存分に話し合ってもらいました。
会話ばかりになるのもつらいので少しづつジャックの位置を調整したり、うわ大変。

もうそろそろSAO編も終わりですかね。

【次回予告】

「誇れよ、テメェはオレに一太刀浴びせたんだぜ?」

「上出来だ」

「お前ら皆情報バラ撒くからナ!!」

「乾杯っ!」

次回をお楽しみに!それでは。
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