仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第六十三話 嘘吐きは躊躇う

Side =グロリア=

 

――は?

 

今、こいつなんて言った?

その言葉の意味を理解した時にはすぐそこまで来ていた死の感覚を恐れ、なけなしの《体術》スキルを放とうとしていた腕すらも氷の様に固まってしまった。

一瞬、空間に何もかもが動くことの出来ない思考をするためだけの時間が生まれた。

そして、理解の方向は「何故」ではなくその言葉の本質に切り替わる。

 

『俺の女になれ』

 

今まで、誰かに好意を向けられたことなんて一度も無かった。

それは私が生きて来たこの十五年余りはとても普通とは呼び難い生活をしていた訳で、色恋沙汰に発展するような人付き合いもした事がなかったからだ。

なのに、この男は。

敵であり、剰え今戦っている女性に対してこんな口説き方をするモノなのか。

だが、呆れと言う虚構と建前を意図も容易くすり抜けていた何かに私は顔が火照るのを先程からずっと感じていた。

SAOのシステムの一つで感情をより表に出すアレだ。

嘘も吐けなくなったか……。

どうすればいいかと混濁する意識で改めて視界に映るモノを見た。

 

――あ。

 

目の前には月明かりに照らされた彼の姿が私の真上にあった。

影でこれほどの至近距離で無ければ顔を完全に把握することは出来なかっただろう。

日本人とは思えない様な、ジャック様とは違った光沢を放つ金髪。

今だこちらを捉えて離さない双眸はアッシュに染まり、あの時の黄緑の髪が全く似合わなかった訳が理解出来た。

そして、彼の顔が私のすぐ近くにあったことも。

よくよく考えればこの体制は押し倒されていると言うことだ。

両手も私の顔の隣に付いていてこのまま腕を曲げれば……その……。

そ、そんなこと言わせるな!

もう一度赤面状態で何を冷静になるんだか解らないが、兎に角自分を落ち着かせた。

そこで彼の顔を見直した。

クラスメイトの女の子たちが話している様な格好の良い、とは言うのだろうか?

前述もしたが誰かに好意を向けられることは無かったんだ。

私にはまだそういうモノは訪れないのだと思っていたし何よりこの状況でそれを言われたことが一番効果があった。

まさかとは思うがグーラはこの為だけに私と戦いを挑んだのだろうか。

だとすれば、私を殺さない様に立ち回っていた……?

 

――そこまでして、私を……。

 

みるみる体温が上昇して往くのが自分だからこそ解る。

でも、だからってこんなこと一つで人を好きになることが出来る訳じゃない。

赤面しているのは一度も得たことの無い体験と所謂吊り橋効果の様なモノだ。

ただ、一つだけ……。

恋愛対象として見てくれていたことだけは嘘ではないことだ。

私に見抜けない嘘は無い。

グーラの、私に向ける気持ちは嘘ではなかった。

 

==========

 

さて、それじゃあこの状況を何とかしよう。

にしても何故グーラは固まったまま動かないんだろう?

まあ、この状況ならもしかすると……。

ポーチに手を伸ばしてあるモノを二つ掴む。

此処まで動いているのに、意識すら無いかのようにグーラは私の顔を見ていた。

「……っ!!」

また赤面しそうになるのを抑えて手に取ったモノでグーラの頭を横から殴り付けた。

そこで向こうも意識が戻ったようで私の上から転げ落ちると私はすぐに立ちあがって鎌を引き抜き叉刃拐を一本手にとって逃げ出そうと敏捷値全快で走り出した。

「これで逃げ切れっ……」

しかし、その言葉は最後まで続かなかった。

全身。とりわけ頭に強い衝撃を受け、何とか踏みとどまる。

よく見るとそこには虹色に光る薄い膜の様なモノが出来上がっていた。

そこで思い出す。

私達は今《完全決着モード》でのデュエルをしていたのだと。

ゆっくり振り返ってグーラの方を向く。

そこには焦った私を見て、まるで可愛いモノを見るかのような視線を向けて来た。

 

「うぅぅ……」

 

漏れる声とより一層紅くなる顔。

「降参だっ!!」

瞬間、消え去った障壁と勝利表示を見る暇も無く全力でこの場から離れた。

回復結晶も使用して腕を元通りにし、砂漠を今まで自分でも感じたことの無い風を感じながら街へと戻って往く。

道中。転移結晶を使っておけばよかったと後悔した。

 

Side =グーラ=

 

自分のしでかしてしまった事にしばらくの間思考が全停止していたことに気付いたのは側頭部を硬い何かで殴られた時だった。

地面を転げ回りグロリアの上から無理矢理に退かされる。

急いで彼女の姿を探すと視界の先に凄まじい速さで駆け抜ける後ろ姿が眼に映った。

立ちあがろうと地面に手を付くと手の近くに何かが転がっており、それを手に取りながら聞こえた音に再びグロリアの方に顔を向ける。

すると、そこには戦闘区域を覆う障壁に跳ね返された彼女の姿があった。

グロリアはこちらを向くと顔を林檎の様に真っ赤にして「降参だっ!!」と叫ぶと壁が消えた瞬間に主街区へと向けて駆け出した。

 

【WINNER/Gula 試合時間/40分22秒】

 

――こ、これは脈アリか?

 

こみ上げてくる達成感にガッツポーズを決めた。

手に握られたそれは回復結晶で、記憶をたどればそれに殴られたことが解った。

グロリアが、自分にくれた初めてのプレゼント。と言うことだろう。

そう思うと自分も急に恥ずかしくなってその回復結晶とは別の回復結晶を取り出して自分に使った。

「こいつは、とっとくか」

アイテムの回復の欄ではなく作り出したポーチ内にある別のアイテム欄に回復結晶を入れる。

首の感覚が完全に元通りになるのを感じ、乱雑に引き抜かれたクルトゥエスを手に取った。

それを地面と近くの柱に立てかけてその隣に力無く座った。

瞬間鳴りを潜めていた倦怠感が身体を容赦なく襲った。

慣れないことをした代償だ。

それでも得たモノは人生最大級のお宝だけどな。

ふっ、と一息虚空に投げ捨てればそんなものではないと風が吹き荒れた。

瓦礫だらけでそれを防ぐ術のない自分は関することなくクルトゥエスに腕を掛けた。

砂まで飛んできてちりちりと受ける煩わしい感触の中で、ふと空を見上げた。

十六夜の月。

そこから連想される旋棍を握る彼女の姿。

月に手は届かねぇが、彼女になら人の手で事足りる。

まだ障害を突破できた訳じゃねぇが、生き延びるしかないだろう。

恐らくは、この世界が終わるまで自分は一生狙われ続けることになる。

グロリアが《JtR》の連中に自分の顔だのなんだのを伝えれば延長戦。

何度だって戦い続けてやるよ。

そして、絶対に手に入れてやるよ。

手を伸ばし、視界の中に月が見えなくなる様に手を握った。

 

Side =ジャック=

 

収穫はあった見てぇだな。

《JtR》のリビングにあるソファーで時間を潰していると突如玄関のドアが開いて全員が注目する中、入ってきたグロリアは片手て目のあたりを隠しながらオレの方を見て一礼すると自室へと駆け出した。

その光景に唖然とする一同。

「何が、あったんですかね……」

オーカスの言葉に答える者は居なかった。

彼らもオレもあの状態のグロリアを見ることは初めてで、此処に居る全員が顔を抑えた手の隙間から見える紅くなった彼女の顔を目にしただろう。

「まあ、でも……」

「可愛かったねー、グロリア」

あくどい笑みを浮かべる姉妹に、ロクオウはグロリアが去った方向を見つめていた。

「何かあったのだろうな」

「ロムが気にかけるのは珍しいわね」

「体のバランスが僅かにズレていたのを我は見た。つまり……」

 

「腕を吹き飛ばされる程の戦いをしてたってことか」

 

アシュレイとロムの会話を纏めたのはオーカスだった。

「でもそれならあんなに真っ赤になって帰ってくる理由があったのかなー?」

「あたしの勘が男の影を見たんだけど」

「互いに戦って恋に落ちたとでも言うのか貴様は」

「それも、グロリアが腕をふっ飛ばされる程の相手とね」

四者四様と言った感じで進んで往く話にオレは四人に気付かれない様にロクオウに言う。

「娘でも見てるって目をしてるな」

「あっ、はい……。いつか現実に戻って娘の成長を見るのだと思うと、ですね」

此処が偽りで、しかもオレに対してそんな事を言う辺り、心ここにあらずってとこか。

《英雄》とは過ちに溺れがちなモノだ。

ましてオレに敗北した訳もこいつが理解してるとは思えねぇ。

ただ単純に強さの問題だっていう訳なのにな。

「取り敢えず、明日に聞きだすしかないか」

結局はオーカスがそう纏めて各々が自由に行動する。

オレもソファーに横になって両手を頭の後ろで組んだ。

あの時グロリアが押さえていた目の奥をオレは捉えていた。

気付くことに気付くこと。

察しの良い人間程厄介なモノは無く、処世術に長ける。

そういう分野に特化した人間の中でも最高峰に位置するモノが彼女だと言うのなら、オレの実験はまたも成功したことになる。

 

――それは恐らく、グーラにも……。

 

兎角《JtR》と言う一組織は《笑う棺桶》と言う最大の目標を失い、これから停滞の一途をたどるだろう。

なぜならそう仕組んだのは他でもないオレでありそれを誰にも気づかせないようにするためだ。

それに此処に居る意味もだんだんと無くなってきた訳だしな。

今後の指針を自らに問い、《英雄》を蹴散らし、成長を見守るだけ。

そんな奴らのどこに、オレの興味を引く奴がいるのかねぇ?

頬杖を付き、肘をソファーの上に乗せる。

オレの視線はグロリアの消えて行った方の一点に集中していた。

 

==========

 

それから大分時が経つ。

現在の最前線は第七十四層。

《JtR》は思い通りに活動らしい活動をすること無く殺人も行わなくなった。

そりゃそうだ。

一番槍であるグロリアはあれから表に出てくる回数が極端に減ったと言うし、リーダーにして最強と呼べるほどの実力者、ロクオウに関しても同じだ。

理由は違えど、この二人を動けなくしたことが何よりも大きかった。

オレがあの時はなった言葉を受け入れたアシュレイ、シグマ、ロムの三人は周りと関係を持ったことにより殺人をして《JtR》ということを隠すことが困難になった。

オーカスは依然として二人の行方を追っているが共々情報は無くグロリアとロクオウの応援無しでは半ば手詰まりと言った状態。

今ではオーカスも新たな道を模索しているようで、攻略組にも大した事件は起きていない。

 

「平和になったもんだなぁ……」

 

「退屈だよね、わたしたちにとってはさ」

 

オレの隣でそう答えたのは金色の鎧を纏い、同じ色の武器を握る女性プレイヤーだ。

因みにクラインのことだが、確認を取ると肯定で返された。

「随分楽しいことをしてるじゃねぇか」

「ふふっ」

困った様な笑みを浮かべながら、嬉しそうに答える。

彼女がそれを見付けるのも時間の問題か。

オレの目的も一つに残った。

「残り、二十六」

晴天を見上げて天井に向けて指を差す。

二人同時に人差し指で二十六回、数えた。

「まあ、でも……」

 

「そろそろ何か起きてもおかしくねぇな」

「そろそろ何か起きてもおかしくないね」

 

「その時が来たら、お前はどうするつもりだ?」

「どうもしないよ。《異常》は気付かれちゃいけないんだから」

手に抱えた兜を頭に被せる。

「それに、『普通』が起こした事件は何時の世だって《普通》が収束させるのが普通でしょ?」

「ああ」

短い言葉。

それにどれほどの意味が込められているのかはオレ達しか解らない。

「じゃあさ、今日は《風林火山》のところに行くことになってるんだけど」

 

「行くよ」

 

「うん」

こうして話すようになったのもつい最近のことだ。

最初は何を血迷ったかとシンディアを止める者達もいたが、彼女が「克服するためだ」と口にすると彼らは押し黙った。

代わりにオレに強い視線を向けようとしたので笑顔を向けてやると総じて目を逸らした。

そう言う訳でシンディアとは仲良くやっている。

クラインとも仲が悪い訳じゃねぇからギルドに二回ほど足を運んでたりもしていた。

しかしこの行動はオレにとっては少し意外でだった。

「型にハマってちゃダメなんだよね。今のわたしは」

そう言われた手前、オレは断ることはしなかった。

どうせ連中はオレ達二人が共に居た所で美女と野獣程度にしか思ってねぇだろうしそれでもオレは十分だった。

シンディアは、白は今を生きようとしている。

だから、今のオレは攻略だけに全てを向けることが出来ている。

時期にこの世界は終局を迎える。

『神』は人間を見くびり過ぎたってことだ。

「それにね、わたしはあの二人がどうなるかも見ておきたいし」

「キリトとアスナか」

「そうそう」

「オレ達とは違う形をしてるな」

「うん」

「『普通』が恋しいか?」

少し挑発気味に言う。

「可能性は極限まで追い込む。それがわたし達のやり方でしょ?」

「違いない」

「現実に戻らなきゃね」

「ああ」

オレを置いて黄金の騎士は去って往く。

心地のいい時間だ。

実に、心地良い。

 

「また、後でな」

 

==========

 

それから第五十層でキリト達と会い、翌日のことだ。

最前線にソロで潜り込んでいたオレはボス部屋を発見し、それが開け放たれていたことから先客がいることを察し、しばらくその方を見ていたのだが、悲鳴と共に中から飛び出して来た二人組の滑稽な姿にニヤリと笑って一息ついてその後を追いかけた。

オレの姿に気付いた二人に先のことでからかいながら昼食を取っていると昨夜顔を合わせた風林火山の連中とシンディアが現れた。

その時のクラインはキリトやオレから見ても以前と変わらない雰囲気を纏っていたが、よく見ると綻びの先に芽吹くモノが垣間見える。

現在の成長具合だけを確認していると外にもここに向かってくる足音を聞き、シンディアと足音で気付かないふりをすることを決め、そこで談笑しているキリト達を見ていた。

それからしばらくしてやってきた《軍》の連中とのいざこざでキリトがマッピングデータを渡す結果になった。

中佐とか名乗ってたし、随分と世界に浸透しきった奴みてぇだしな。

じゃあ、世界の理に則って死んでくれ。

オレやシンディアが制止すれば曲がりなりにもアインクラッドで最強閣の言葉には逆らうことはないはずだった。

その価値があればだがな。

結局心配に思ったキリトの後を追い、軍の連中を探しに行くが道中で大量のモンスター群に襲われ、タイムロス。

最上階に到達した時に聞こえた着たそれは悲鳴に相違なかった。

隊長格のプレイヤーを合わせて三人が死亡、唖然とするアスナを刺激してやればその二つ名にそぐわぬ速度でフロアボス《グリームアイズ》に飛び出し、他の連中もそれを皮切りに続々と剣を抜く。

オレはと言うと鎖を取り出して《死刀》で短剣を取り付けていた。

空中を移動しながらオレとシンディアに危険が及ばない様に立ちまわっていた。

いつもは攻撃に重点を置くモノを回避と防御に向けて攻撃をキリトに任せた。

キリトに第五十五層あたりから腕の動かした跡が両手にあったのを思い出していたのだ。

つまり、こいつも力を手にしていたと言う訳だ。

それを発揮するのにはちょうどいい舞台だろ?

 

――テメェの両隣りには強固な盾が二つも付いてんだからよ。

 

「アスナ!クライン!ジャック!十秒持ちこたえてくれ!」

その言葉に口元が歪む。

連携を繰り返しキリトがスイッチ出来るタイミングを見極めてグリームアイズの剣を弾き返した。

そこに脇から両手に剣を握ったキリトが一直線に飛び出した。

激しい剣の応酬。

そこにシンディアが混じって絶妙の防御を繰り返しキリトへの斬撃を逸らす。

最高の壇上で十六回の舞を舞ったキリトはグリームアイズが消滅すると同時にその場に倒れ込んだ。

心配してアスナがキリトに駆け寄りオレは息を一つ吐いて短剣をしまうと周りを見た。

オレの視線に当てられた軍の連中は後ずさりをするが別に殺すつもりは無い。

お前らを殺したところで無駄なことは解ってるしな。

 

――ただ、頭を潰すことに限るよなぁ……。

 

今回は邪魔になることは無かったが、邪魔になってたら直々にオレが二回目の訪問をする事になっていただろう。

それから数分して目を覚ましたキリトの《二刀流》の説明が終わるとオレはポーションを投げ、次の階層のアクティベートを済ませると言ったクラインの後を追った。

シンディアは二人の下で数回言葉を交わすとこちらに走ってきた。

その話の内容は聞こえていたし何故彼女がそれを彼らに行ったのかも大体の見当は付く。

だが、キリトはともかくアスナはどうするのかねぇ……。

少なくともオレが手を加えることは無い。

いや、『普通』と《普通》がどうなるのかを見るのも面白いのかもしれない。

シンディアの方を見ると「ガンドーラ」と名を呼ばれた。

少しだけ緩みかけた口元を手で覆い隠し、夕方の草原を駆け抜けた。

 

==========

 

その翌日にキリトとヒースクリフとの決闘があると聞く。

 

――いよいよ、世界の心臓が剥き出しになって来た。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
いやー、グロリアさん可愛いです。

ちょろいけど落ち切っていないところとか、グッときます。
と、いうことはもう一回グーラ君の落とし文句が聞けるんですよ!

でもって急ピッチで進む本編。
こっから駆け足で行きますよ!

【次回予告】

――人は、何時死ぬか解らないと。

「生憎、テメェらがオレにかけてるのは信頼だろうが」

「寝言は起きてから言え」

「テメェは、『神』を信じたことはあんのか?」

次回をお楽しみに!それでは。
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