仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第六十一話 悪色欲

Side =グーラ=

 

「あれから一週間か……PoHはどうしてるのかねぇ」

 

決別したギルドのリーダーを思い返して嘲るように呟いた。

彼のことなら死ぬことは無いだろうが、生きていたところでまた《笑う棺桶》程のギルドを再興出来るとは到底思えない。

自分やザザやジョニーが居てそれぞれが役割を全うしていたからこそ成り立っていたギルドだ。

それが全部欠けてしまえば支柱の無い家を立てるのと同じこと。

なら自分がいる必要もないってことになる訳で契約違反をしたのはPoHの方なのだから自分の行動は正当なモノに値する。

つまり晴れて自分は自由の身となったのだ。

まあ《JtR》と討伐隊の一部には追われ、アインクラッド全域に知れ渡った指名手配犯ではあるけどね。

そう言う訳で今は染めていた髪の毛を全て落として目立ち過ぎない様に少しだけ金色に染めて光沢を落とした感じの髪の毛で顔には何もつけずに行動している。

裏カジノの目ぼしい所は全て潰され、残ったところも討伐隊が出入りしているだろうからな……。

何にしても情報源が足りない。

新聞にも《笑う棺桶》に関する情報は殆ど載せられることなく、ただグーラとPoHの二人が生存していることだけが知られている。

そんな四面楚歌の状況で自分は行動に大きく制限が掛った。

ついでに今まで足を運んだ飯屋も張り込みが行われているらしい。

そんな困窮する中、自分は生きるために全ての行動を一新した。

まず食料についてだがなけなしの《料理》スキルを只管に鍛え上げた。

幸い金はたんまりあったので様々な階層で食事を買っては作ってを繰り返して食欲を賄える分の技量は手にすることが出来ていた。

情報収集には食材集めの際に街の声一つ一つに集中してNPC、プレイヤーに関係なく耳に入ってきたことを記憶しては隠れ家に戻って記録する日々。

そうして自分はこうして一週間の間逃げ伸びていたのだ。

 

――いや、それは大きな間違いだ。

 

行動をしなかったのではない。

 

――行動出来なかったのだ。

 

そう思った瞬間にまた頬が熱を帯び始めた。

気がつけば耳まで真っ赤になっている。

これがSAOの感情をより表に出させるシステムだとしたら今すぐにも喰らい尽くしてやりたいがそうもいかないのが現実だ。

なぜなら自分もその答えにもう気付いているのだから仕方がない。

目を閉じればぼんやりとだが浮かんでくるその輪郭。

気を抜いた瞬間に鮮明に映る碧色の瞳と赤茶色の髪。

真っ直ぐ自分を捉えるその姿を何度見たことか。

そして、何度情けない姿をさらしたことか……。

 

――これが恋で、しかも一目惚れと言うヤツなのだろうか。

 

この歳で随分ませた考えをしているとPoH以上に自分を嘲笑したくなるがそれはもう抗うことのできない事実だった。

現実の親父と母さんも仕事で出会ったとか言っていたがこんな出会いがあって良いモノか。

だがロミオとジュリエットばりの絶望的な恋であることは百も招致。

現に絶望なら既にシミュレーション上で何度もしている。

もう何も言うまい。

す、好きになった以上は仕方のない事なんだよと自分に言い聞かせてまた不貞寝の体勢に入る。

それでも寝付けなくなるのももう慣れた。

 

――仮に告白をしたとしよう。

 

どこで告白をするかはこの際考える事ではない。

 

素直に気持ちを伝えたとする。

 

先ず第一に考えたのは「私の心はジャック様の為にあるので」と一蹴されるオチ。

 

ついでに喉元を掻き斬られるところまで想像がついた。

 

この時頭を下げようものなら首元を切り落とされることも予測済みだ。

 

次にもう付き合っている奴がいるパターンだ。

 

これは振られて呆然としてる時にオーカス辺りにロム特性の麻痺毒を打ちこまれるところまで想像した。

 

三つ目にそんなことする暇もなく《殺人鬼》と《化け物》に気絶させられ《黒鉄宮の牢獄》ルートだ。

 

 

「逆チェックメイト決めて何が楽しいんだ俺は……」

 

 

溜息を零して瞼を強く閉じた。

けど、きっとチャンスがあると言う希望を自分はまだ捨てきれずにいた。

そして、それが叶う日がもうすぐ来ることを、自分は想像も出来なかった。

 

===========

 

「そう言えば、三人もいたんだっけ」

新聞を手にとってココアを啜りながらぽつりと呟いた。

ここまで一度もその記事を見ていなかったのと……まあ、諸事情で気にかけることが出来無かった《ユニークスキル保持者》についてだ。

《解除》や《牙》の概要を知っているのは自分と《JtR》と《殺人鬼》だけだと見て間違いない。

だが、あの《化け物》の力が追及されなかったことが疑問だった。

あれだけ派手に暴れ回って《殺人鬼》顔負けの身体能力を持っていたと言うのに……。

ここは奴のスキル技に因んで《六王》と呼ばせてもらおうか。

今までの経験からしての勘と奴の姿を見たときの確信めいた既視感から一つの結論を導き出した。

それはこのユニークスキルという理不尽な力だからこそ出来ると前提を置いている。

 

――奴のスキルは何らかの方法で記憶を消しているのだろう。

 

もしくは情報に残らないようにする。

その両方と言う可能性も捨て難い……。

一度情報を掴んでいたような気がするんだ。

それに姿だって実は目にしてるのかもしれない。

だからこそ疑問が残る。

 

「何故俺は覚えていられたのか……」

 

結果としては覚えていられたのだから良好としておこう。

だが何か理由があるのは確かだ。

見られていたことはあっても接触されたことは一度も無かった……。

断言はできないが、もしそうなら自分は既に死んでいたはずだ。

それも解明しなければならないか……。

一人になっても生きることには常に障害が立ち並ぶ。

それを見ても尚生きる道を諦めないのは退屈を恐れているからだろうか。

 

――それとも、まだ好奇心の抜けきらない子供だからか。

 

適当な服に着替えて食材探しに街へと繰り出す。

まだ、その欲は尽きず。

 

Side =グロリア=

 

転移門から帰って来て視線を浴びながら《索敵》で周りを確認してギルドホームの扉を開く。

「おかえり」と聞こえた声に聞こえるかどうかの小さな声で返事をしてソファーに倒れ込みながら半回転して背中を包む力に顔を綻ばせていた。

あれからの私達だが、ジャック様が来る前に戻ったような感じだ。

ロムは相変わらず、シグマとアシュレイは他人と関わる様になったらしい。

オーカス同様、全てはグーラを探すためだ。

情報戦では勝ち目はないだろうとプライドごと割り切って言い放ったオーカスの提案に私達は彼一人に任せるのではなく多方面で活躍する人物にも協力を仄めかせている。

だからこそ《JtR》と知られていないシグマとアシュレイが今回の作戦の要となっている訳だ。

一応オーカスは前々から続けている情報収集を行っているらしいが如何せん結果が出てきていない。

一週間と言う時間が経ってもちっとも進展しないことは予想出来ていたのだが、あの戦い以降大きく変わった人物がいた。

 

「ロクオウはまた寝てるの?」

 

「うーん……そうだと思うよー」

私の問いに多少呆れた口調でシグマが返事をする

それが《六王拳》の反動かと疑われていたのが終わったのが四日前だ。

私も出掛けなくてはならないときもあるがこの一週間彼の姿を見たことは無い。

起きたときは大抵寝て居て帰って来たときにも夕飯を食べずにずっと寝ているらしい。

結論から言えば睡眠欲に歯止めが利かなくなったと言うところだ。

あの戦いのときに《六王拳》を二回使った事により発生し、抑えつけた膨大な睡眠欲を発散したことでタガが外れてしまったのだ。

お陰で駄目な親を見ている娘の気分になっていたりする。

それでも一応ノルマをこなしているのだから文句は言えないんだけどね……。

ロクオウは自慢の速さをフル活用して今までグーラが行きつけていた店を片っ端から回っているらしい。

まあ流石に二度同じ場所に表れる程馬鹿ではないことは解っているが念のためと言う奴だ。

ここまでやっているのに尻尾一つつかめないのだから仕方ない事だ。

私はレべリングついでに街に繰り出すようになった。

店で食事を取らないとすれば食材を狩るか買うしか選択肢がない。

それに私は一度彼の素顔を見た事があるため体格などでも判断できそうなのだが、廻り合せが悪いのだろう。

逆に私も顔を見られているため街に出るときは赤茶色の髪染めを全て落としている。

水色の髪の毛と言うのもこの世界では染める人も少なくは無いので目立つことはあまりないと言えるがそれだけではカモフラージュしきれないとアシュレイが出した案が……

 

「うん、今日も決まってるわよー」

 

姿見の前に立たされて両肩をがっちり掴まれているため抵抗できずに右左と全身を斜めから見て溜息を吐いた。

「うん、ありがと」

それでもこんな経験を出来るのは此処だけだろうから一応お礼を言っておいた。

肩から膝までを真っ白なワンピースが覆っていた。

最後にこれまたアシュレイから手渡されたつばの大きな純白の帽子を渡される。

要するに、アシュレイのモデルとして行動すれば問題ないと言うことだ。

これでは逆に目立ってしまうのではないかと思ったが結果は全くの逆だった。

アインクラッドと言う空間だからこそ起こり得る風潮と現象。

アシュレイの認めたモデルならばファン達にとっては彼女とほぼ同等の存在らしくアシュレイは態とモデルとなるプレイヤーに深さのある帽子を渡す。

そうすることによって着る者の顔には囚われず純粋に服の良さだけを引き立てることが出来るらしく、ファンの間でもモデルの顔は御尊顔と呼ばれ、見ようとするものなら詰られるらしい。

最初は疑心暗鬼だったけど……まあ、それを見ちゃったわけだから何も言えないよね……。

そう言う訳で今日も時間になれば転移結晶を使って私だと気付かれずにフラリとどこかの町へ現れる。

これも、全てジャック様の為。

視線を浴びることはあっても気にかけることなく歩いて行けば自然とその気配は消滅する。

彼らの流儀と言う奴だろうかは解らないが悪い気分ではない。

そうして私の視線に誰も気づかない。

その時だった。

 

――誰かに見られている。

 

正確には見られたと言うべきだ。

見えるはずの無い素顔を覗かれた奇妙な感覚。

誰も見るはずの無いそれを見たと言うことは……。

視線を感じた方向に振り返って意識を集中させる。

しかし蠢く人間全員から私だけに対しての真偽を見定めることは出来無かった。

ただ、そこに居ることだけ。

ここに叉刃拐があればと両腕を強く握り締めた。

 

Side =グーラ=

 

「おいおいおいおい、なんだよアレ!!」

よくそれを目にした時に赤面しなかったモノだと自分自身を褒めちぎりたい。

全力で変容する表情を抑えつけて家まで戻り、そのまま座り込んで顔を両手で覆った。

「あんな格好もするのかよ……」

それは先程目にした件の思い人のことだ。

食材調達に出かけていた時に周りのプレイヤーたちの会話を聞いているとなにやらアシュレイのモデルだか何だか知らないが綺麗な格好をした女性がいるとかで、興味が湧いた訳ではないが店の方向に歩いていると言うので後ろ姿を目撃したのだが。

目に見えた女性の姿を見て瞬時に体の細胞が硬直した。

気味の悪いことだが裏カジノで鍛え上げた観察眼が肩の感じだとかそう言うモノを覚えてしまっていたせいで一眼でそれが彼女だと解った。

それが自分を探すためなのだと言うことも理解しているのでなんだが自分に会いに来るためにそのような格好をしているのではないかと勘違いしてしまう。

兎に角破壊力が高かった。

もしあの格好で戦いなど挑まれたら勢いに任せて無条件降伏をしてしまいそうなほどにだ。

惚れた弱みとは言うが改めて思う。

 

――ダメだ、これは。

 

生きることに関して様々な障害に対するシミュレーションは行ってきたはずだった。

それでもこの体勢に関してはその全てが無駄だことを思い知らされた。

にしても自分が視線を向けたことに気付かれなかったのかが心配だ。

グロリア一人ならまだしも《六王》と《殺人鬼》を呼ばれちゃ手も足も出せずにお終いだ。

でも、何故だが向こうも自分の方と一対一で決着をつけたがっている様な気がする。

取りに逃がしたことを責任に感じていると言うことなのだろう。

そこだけが唯一の救いであり好都合だ。

これは接触の仕方を一から考えなければならない。

せめて、今度は逃げないようにしないと……。

だが、また目を瞑る度に見える幻覚が一つ増えたことにより作業がより手につかなくなったのは……仕方のないことだ。

 

==========

 

「It's show time」

なんて格好良く呟いてみるが緊張を抑えきれずに声が僅かに上擦っている。

時刻は夜。天気は快晴。浮かぶ星空に目を向ける余裕はない。

グロリアが変わらずレべリングを続けているとすればやはり自分と同様攻略組が極端に少なくなる時間帯を狙う訳だ。

それくらいの情報ならオーカスも正確に掴んでいるだろうと思ったが故にようやく行動に移せたのだ。

また一週間の時が経ち、その間ずっと最前線に此処に張り込んでいる。

この頃になると討伐隊は完全に解体され、奴らは《笑う棺桶》の残党狩りは全て《JtR》に一任した。

押し付けたと言う方が正しいが《殺人鬼》が異を唱えなかったためと言うこともあるらしい。

依然として指名手配には変わりないがお陰で深夜帯に外へと繰り出せるようになったのは確かだ。

少し前までは不定期にパトロールが行われていたせいで下手に動くことが出来なかった訳だ。

出来れば死亡説が囁かれるまで耐え忍ぶことも考えたが欲に押し負けてグロリアとの接触を今日、試みる。

 

――嗚呼、死にそう……。

 

もし現実世界でこんな気持ちを味わったとすれば全身冷や汗と早まる鼓動と荒くなる息のスリーアウトでチェンジまで持ち込まれるに違いない。

クルトゥエスの整備はNPCの鍛冶屋にさせた所為で随分と時間がかかってしまった。

やっぱりこれでなければ叉刃拐には相対することはできそうにないからね。

刹那。

微弱な足音を地面と耳にクルトゥエスを当てることによっていち早く察知した。

音と気配に気づかれない様に慎重に立ち上がる。

その音の軽さからして重装備の可能性は低く、当たりかと顔を少しだけ覗かせて人影の方を見た。

そこで息が詰まる。

彼女は真っ直ぐこちらを向いていた。

既に気付いていたとでも言わんばかりのその姿に半分喜び半分焦った。

いや、連絡されたなら既にどっちかの化け物が飛んでくるはずだ。

周りに見張りがいる様な感じは無い以上今この場に居るのは二人だけだ。

それに最初と違うのはどちらも顔を隠す必要がないと言うこと。

グロリアはあの日と変わらず水色の髪をしていて恐らくアレが染める前の髪だったのだと思わせる。

自分もそう、少し染めていたのも全て落として少しでも顔を隠すと疑われそうだったのもあって顔を隠すのを止めていた。

嘘偽りのない本当の姿で向かい合う。

やっぱり自分の命が関わってると敵がいくら惚れた女だとしても全く欲が出て来ない。

「やっと会えた」

「俺もだ」

間髪入れずにそう返して向こうも自分と同じく戦うために此処に居るのだと言うことが伝わり、場所の移動を提案する。

こんな最前線の街の一角じゃ何時他の連中に見られるとも限らない。

少し階層を落として調べておいたダンジョンにある安全エリアへと足を運んだ。

「随分と素直について来たが、警戒はしてないのか?」

「生憎、《索敵》は鍛えててね。隠れてる方が見付けやすいの」

なるほど、それでこそグロリアだ。

こっちも《隠蔽》を完全習得しているがそうなると後は経験の差がモノを言う訳であの時点で自分の存在には気付いていたのか……

砂漠エリア内の安全エリアとなっている神殿の廃墟の様な場所で自分達は向かい合う。

「お前も、決着をつけたがってたんだってな」

「あれは、私の失態だった」

そして、何故自分がこの選択肢を取ったのか。

要は、一種の吊り橋効果狙いだ。

それに、自分より弱いヤツにグロリアが靡くとも思えなかったし。

《完全決着モード》を選んで即座に了承が受理されカウントが現れる。

この戦いは殺すためにするのではない。

全て今まで通りの行動を取るだけ。

 

――自分の為だ。

 

それでも、貴女だけは……。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
いやはや楽しくなってきましたね。

もうやっとこの二人の物語が書けるんですよ!
グーラ君の年齢は明確にしてませんが皆さんもなんとなく把握してますよね。

この辺のシーンは二人を出すにあたってかなり凝りました。
それに、グーラがグロリアに落ちるなんて誰か想像した人いましたんですかね。

さてさて、まだ語りたいことがありますが次回に回しましょうか。

また長くなりますよ。

【次回予告】

――理性と本能の乖離。

『殺せ』

――最高位剣技も使う時が来たかもなぁ……。

「そこ、射程距離内だから」

――その《欲》は自分が食べるから。

次回をお楽しみに!それでは。
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