仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

103 / 123
第六十話 弱肉虚食

Side =シンディア=

 

その日は来るべきその時に合わない呆れるほどの晴天だった。

行ってしまった彼らを見送ることも願うことも無く、その一日をわたしはただ淡々と過ごしていた。

第三十層主街区の街にある行きつけのカフェ《アウルム》でコーヒーを飲みながら窓の外に広がる空を眺めていた。

今は窮屈な《LGL》を外しているためなんだか現実に返ってきたような錯覚に陥りかけるが、当然絵空事でしかない。

こうして時間を過ごして往けば何もかもが終わって往く。

戦いも、わたしも、この世界だって例外無くそうだ。

 

――形あるもの何れは壊れる。

 

そうは言うけど、本当にそうなるのは何時になるのだろうか。

感傷に浸っているとカフェの扉が開き、取り付けられたベルの音が耳に入った。

ちらりと視線を向け、茶色のフードが見えた時にその主が誰なのかを理解した。

「アルゴ、貴女も暇なの?」

「まあナ。話題の人物はみんなで払っちまってるし、どうせ今日の記事を書かなくちゃならないからナ。休暇みたいなものサ」

「そうなんだ」と言い捨てるように呟いてカップを口に運ぶ。

この味だけはどこも同じだ。

そりゃ同じ店で同じシステムで作っているのだから同じ味に感じるのは当然だろう。

でも、変わらないモノに心惹かれるモノなのだ。

 

「わたし達は」

 

その言葉はアルゴには届くこと無く空中で四散した。

「そういえばサ」

「ん?」

「どんな感じダ?新しいギルドでの生活はサ」

そう言えば一回も話したこと無かったっけなと思いつつ口を開く。

「まあ悪くないよ。一概に良いとも言えないけどね」

「一応理由も聞かせてくれヨ」

「こういうことをあんまり記事にはしてほしくないんだけどねー」

含み笑いをしてるアルゴに苦笑いを浮かべた。

「力量に関しては言うこと無し、最前線に位置するギルドだってことは言えるんだけど、やっぱり女性プレイヤーってことで気を使われててね」

「まあ、アインクラッドであーちゃんとタメ張る程のプレイヤーだからしょうがないダロ」

「そこを抑えてこそ強いって言えるんじゃないかなって思っちゃってね」

アルゴは「ふーん」と言いながら寄りかかって窓の外に目を向ける。

「シンちゃんはギルドに入ってよかったって思ってるのカ?」

「うん」

即答。

アルゴは顔の向きを変えずに今度は頭の後ろで手を組んだ。

釣られてわたしも金色に輝く街並みへと視線を向ける。

沈黙がどこからとなく二人を包んだ。

「じゃあ、オイラは戻るとするヨ」

「うん」

席を立ち、お代をマスターに渡して扉に手を掛けた彼女はこちらを見ることも無く、言った。

 

「もう、シンちゃんが死ぬことは無いんだよナ……?」

 

「うん」

わたしにはそう答えるしかできない。

あの光景を見てしまったから。

そしてその大規模なやり取りが今行われているのだから。

これが、待つ者の運命だ。

扉が音もなく閉じられ小さい金属音が一つ辺りに響く。

わたしはもう一度カップを運んで口元についた液体を啜ると惚けた顔でこう漏らした。

 

「苦いなぁ……」

 

==========

 

それから日が落ちるまでわたしはずっとその席に座っていた。

時間が過ぎて往くのをずっと目に収め、食事も取らずにただただ置物の様にそこに居た。

夕暮れ時になってアルゴから戦いが終わったとメッセージが来ていたが、戦いに未参加のわたしが彼らを迎えることは無いだろうと動く気力は無い。

それに、《JtR》も現れたって聞いてるから彼らの事情聴取が行われているに違いない。

「ジャック……」

声を出したって誰もそれに何も返さない。

NPCのマスターが灯りを点けると光を反射しなくなって暗闇の出来た金色の街が鮮明に映る。

「行くか……」

無気力に立ち上がり、お代を払って《風林火山》のギルドホームへと向かう。

ちょうど主街区に来たところで二人が帰ってきたとの連絡があった。

二人、と言うことは無事に帰ってこれたと言うことだろう。

迷いを吐露して戦った男と無知なる男。

彼らが何を気づいてどう変わったのか。

【すぐ近くに居る】と返して数十秒歩くと扉が見えて来た。

一応ノックを入れてから《ギルドメンバーのみ解錠可》のドアノブに手を掛けた。

両開きの扉は押せば呆気なく開き外から来る者を拒もうとはしない。

その先には皆がいた。

「姐さん!」

「はやいっすよ姐さん!!」

各々嬉々とした表情を浮かべてわたしの下にぞろぞろと集まってくる。

「ほら、今日の主役はわたしじゃなくて二人でしょ?」

「あ、そうでした」

誰かが言った言葉に場は大笑いに包まれた。

仲間達がパーティーの準備に動く中、わたしは二人を見た。

そのどちらもが奔走する仲間たちを優しい眼差しで見ていた。

そう、彼らは彼らに到底解り得ない世界を見て生きたんだ。

偽りの手を偽りの血で汚し、今偽りの世界で本物の仲間たちと楽しい時間を過ごしている。

その本物に彼らは安堵し、慈しんでいるのだ。

 

「随分と良い身分じゃないの?」

 

わたしはそっと近づいてそう呟いた。

「シンディア……」

「クラインもクラマも、見て来たんだね」

「シンディアさん……」

「どうだったの?」

彼らが言葉に詰まる中、わたしはもう出される答えに気付いていた。

クラインの方を覗くと花の開花が終わり、新しい種がそこには埋まっていた。

つまり戦いの中でそれを発揮してしまった訳だ。

でもジャックから連絡が来ないってことは……気づかれなかったのか?

もしかしてわたしが手を加えたからなのかと考えていると、パーティーの準備が出来たようで席に着くために移動した。

二人が何かを言おうとする前に歩き去る。

「じゃあ姐さん。乾杯を頼んでもいいっすかね」

「任されました」

二人には思うところもあるかもしれないが残念時間切れ。

「じゃあクライン、クラマ。両名の無事帰還を祝して……」

 

「乾杯っ!!」

 

「「「「「乾杯!!!!!」」」」」

どっと賑やかになった部屋の中でわたしは料理をいくつか手に取ると部屋の端に移動して皆の騒ぎのする方を見ながら黙々と食事を続けていた。

でないと、彼は此処には来れなさそうだったしね。

「シンディアさん」

「来ると思ってたよ、クラマ……」

いつもとは違う無表情にも近い顔つきで現れた彼は壁に寄り掛かっているわたしと距離を開けて壁に背中を預けて地面に座った。

クラマは、クラインとは正反対だった。

「僕は、人を殺すことが出来なかったよ」

わたしは何も答えずにクラマが見ていた先に目を向けた。

「止めを刺す時の奴らの顔。殺されなきゃ殺させるって解ってても、どうしても手が動くことは無かった」

彼は自嘲気味に料理を口に運んだ。

「どうしてかな?戦いのときは何時も感情が昂ぶって人を斬ることは出来ても、《殺す》ことは出来なかったんだ」

それは……

 

「でも、クラインにはそれが出来た」

 

「僕の手によって追いつめられた奴が死に物狂いで反撃してきてね。止めに躊躇った僕の代わりにクラインは奴の胴体を二つに切り裂いたんだ」

彼の視線の先にはクラインがいた。

 

――変わった者を見て、変われない者がいる。

 

こういうモノは常に早い者勝ちだ。

変わった者を見てしまった者は変化を恐れそこで臨界点に達してしまう。

それを感覚的にクラマは理解してしまったんだ。

「でも、君の言っていた生きる意味って言うのがなんとなく分かった気がするよ」

「……そう」

 

「僕はクラインと君と共に元の世界に帰る」

 

「それだけでいいの?」

「それしかできなくなったっていうのが正しいかな」

彼の言っていることは言うまでもなく真実だ。

ただ、わたしにはそれが理解できなかった。

「話はそれだけだよ」

立ちあがって困った様な笑みを浮かべながら彼は仲間の元へと向かう。

 

「ありがとう」

 

最後にそう零した言葉の意味も、わたしには解らなかった。

わたしはクラインの方をじっと見て黙々と料理にあり付いた。

 

「ん?どうしたシンディア?」

 

それに気付いた彼はわたしの真正面に立つ。

「いや、少しね」

「なんだよー。みんな楽しんでるんだから楽しまなきゃな!」

屈託のない笑顔を張り付けて話しかける彼の姿をわたしは見ていた。

わたしですら意識していなければ気づかない程無知を振りまく《普通》の彼。

 

――無知は罪也。

 

彼は罪を背負って今も生きている。

それが、クラインの生きる意味だって言うのかな?

わたしは、まだ気付かない。

なら、このままでもいいのではないだろうか?

もう少し……もう少し……

 

――このままわたしを罪人で居させてください。

 

Side =ジャック=

 

聴取を終え、霧を撒いて姿を消したオレ達は第二十層へと向かう。

扉を開けるとオレ達を待っていたかのように笑顔で座る彼らがいた。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れでーす!」

 

「お疲れ」

 

「御苦労……様です」

 

今回戦闘について来れなかった彼らが次々と声をかけてくる中、予想通りロクオウの姿はなかった。

「ロクオウですが部屋に入ってから出てきてませんね。《六王拳》の反動ですか?」

「あぁ、ほっといてやれ」

グロリアが扉を閉め、この場に居る全員が席についたところで彼女もようやく緊張感が抜けたのか大きく息を吐いた。

「結果はオーカスから聞いてんのか」

「いえ、まだ確定した情報ではないのでジャック様から直接聞いた方が良いかと……」

「解った」

だが、オレ達に安息は無い。

「結果から言う。PoHとグーラは取り逃がした」

全員の目元が僅かに動いた。

「最優先目標はグーラとする。PoHの野郎が逃げ切ったのも奴の入れ知恵が合ってこそだ」

「グロリアやロクオウでは追いつめられなかったのですか」

オーカスが喋りながらかなりの速さで文字を打ち込んで行く。

今回の戦闘に参加できなかった事で自分の役割を差別化させたが故にと言うことだ。

 

――今回の戦いはオレ以外の全員を間違いなく変えた。

 

キリトはその《殺意》を纏った。

 

グーラは欲求に戸惑った。

 

グロリアは正反対の者を見た。

 

クラインは気付かなかった。

 

ロクオウは思い知った。

 

――シンディアは狭間に立った。

 

シンディアにも一つ衝撃が欲しい所だな。

オレが嘗て喰らったような強烈な奴を。

実際とっくに変わったキリトを除けば変われたのはクラインだけなんだからよ。

頭の片隅でそんな事を考えながら戦闘を思い返す。

「グーラだが、グロリアの戦闘を見るにアレはユニークスキルの類に入るモノを持ってたな」

「やはり……PoHかグーラは持ってると踏んでましたが……」

「戦闘で見られた結果だけを言うよ。武器は恐らく歯の武器化だね」

「随分と斬新な技だね、さすがユニークスキル」

シグマがオレとグロリアを交互に見ながら言う。

確かに極端で斬新な力を個人に与える理不尽な力は誰だって手に入れたいはずだ。

 

――それも、無作為に与えられないとすればな。

 

初めてそれを目にする前に気付いたことがあった。

「攻撃範囲は見立てだけどグーラの歯から一、二……いや、二センチは離れてても噛めば当たり判定がでるよ」

「それってグロリアのように昇華したってことかしら」

「その可能性が高いかな。攻撃された訳じゃないから解らないけど《解除》が通用したからね。間違いなくスキルとして攻撃が発動されてるってこと」

「他に解ったことは無いのー?」

「後は……私の攻撃に対して腕と言うより武器の方を狙われたんだよね。それに耳と仮面を食い千切られた時も一瞬だったし、部位欠損と武器欠損能力が高いとみて間違いないよ」

「我の武器は無事だろうな、グロリア」

ロムの言葉に二対の叉刃拐を取り出して放り投げる。

それを受け取るとオレのところに来たが武器の整備はオレがやると伝えるとお辞儀を一つ落として我先に部屋へと戻って行った。

「グーラのユニークスキルに関してはそんなところだ。戦闘に関しても向こうはグロリアを熟知していたこともありついでにロクオウにちょっかいを出したことで奇襲作戦は出来なくなった」

「ロクオウの情報まで漏れましたか……また厄介になりましたね」

「PoHは言うことはねぇ。ロクオウに恐怖を抱いたとすればもうアイツはリタイアだ」

指を鳴らして全員の意識をこちらに向ける。

「もう一度言う。オレ達の次の目標はグーラだ」

「裏カジノの殆どは奴らが出払っている時にほぼ全てを潰したのでまた一からの調査に為ります」

「だろうな」

グロリアが申し訳なさそうな雰囲気を一瞬だけ露見させたがすぐに消え去った。

オレの目論見通りなら……グロリア。

 

――お前がグーラともう一度戦うことになるぜ?

 

「じゃあ後は各自自由に動いても構わねぇが、一つだけ言っておく」

もう一度最前線に戻る前にオレは振り返って口を開いた。

 

「《笑う棺桶》の事件が終局を迎えたその後で、自分が何をするべきか考えて置きやがれ」

 

Side =グロリア=

 

ジャック様が去った後、私達は誰も動くこと無くしばし俯き考えた。

さっきジャック様が口にしていたことについてではなく、何故ジャック様があんな言葉を口にしたかだ。

その言葉に裏を返せばこの事件はすぐに終わると言っているようなモノではないか。

いや、私などがそんな事を詮索することもない。

所詮手足でしかないのだから。

それをジャック様なら迷いなく切り捨てることだって出来るはずだ。

私達はそれを解りながらも戦い続けているんだ。

さて、じゃあ本題に戻るが《笑う棺桶》もといグーラを殺した後の私か……

これから《笑う棺桶》以上のギルドが発足することが無いことは私にも解る。

「そうか……」

自室に戻った私は独りでに呟いた。

 

――私だけだ。

 

私だけ、ジャック様から切り離された時何も無くなってしまう。

ロクオウはあの力を使えば何をしようにも利点しか出て来ない。

オーカスとでもコンビを組ばそれこそ敵なしだ。

私だけなんだ。

 

「ジャック様だけを目標に此処まで来たのは……」

 

あの言葉は皆にではなく私だけに向けられていたんだ。

そう考えるると余計に考えがまとまらなくなった。

だって、私がしたいことはジャック様の障害になるモノを殺して行くことが全てで、今の《黄金》はそれに当たるとは思えなくなっていた。

ならジャック様が前々から気にかけていた《黒の剣士》か?

いやいや、それならもうジャック様が手を下しているはずだ。

あれ?ってことはジャック様は何で私達を生かしてるんだ?

別に私達なんかに頼らなくても《笑う棺桶》だって殺すことが出来たはずじゃあ……

とうとうその答えを見付けることが出来ずにベッドで思考していたと思ったら気がつくと朝になっていた。

「あれ……寝ちゃってたんだ……死にたい」

バット跳び起きて時間を確認するとリビングに下りるとそこにはロクオウの姿があった。

「ロクオウ」

「あ、お早うグロリアさん」

珍しく早く起きたなと言う顔をしているとそれを察したのかロクオウは頭の後ろに片手をついて苦笑いを浮かべた。

「それが昨日ぐっすり寝た所為で今は冴えきっちゃってね」

なるほどと軽く相槌を打っていつもの様にアシュレイと作業に移る。

朝食をとって私はまた昨日の様に考えに耽ろうかと思っていたちょうどその時。

扉が開かれ入ってきたのはジャック様だった。

「おい、ロクオウ」

「なんでしょうか」

ジャック様はロクオウの元まで行くとカオス・ネグリッドを取り出して不敵に笑った、

 

「リベンジマッチだ」

 

ロクオウの顔つきが変わった。

勿論、それを聞いていた私達も。

「身体も回復、《笑う棺桶》の大部分を壊滅させたこの時期がテメェの力を引き出すのに最も最適だ」

「確かに、私も力が有り余っている様な気がしていたんです」

当事者だけで進んで往く話に私達は全く追いつけず気がつくと闘技場で相対する二人を見ていた。

「ねえ」

思わずオーカスに声をかけた。

「ああ、あの方には何か策があるんだろうな。《濃霧》か、また別の何かが……」

「うん……」

前回同様初撃決着モードで決闘は行われるらしいが、何か心配になる。

それはどちらでもなく、迷いを捨てきれない私にだったと言うことにまだ気づくことが出来なかった。

 

==========

 

それから数十分が経過した。

 

砂埃が舞う音ももう聞こえない。

 

そこに立っているの一人なのだから……。

 

片や膝を付く傷だらけの男。

 

 

「あげゃ」

 

 

そう、今《殺人鬼》が《英雄》を見下ろしているのだ。

 

圧倒的。

 

HPの差はこの前とは比べ物にならない程に開き、この場に居る全員が驚愕に顔を染めた。

 

「これで同点だ、《英雄》」

 

そのままジャック様はロクオウの身体に短剣を突き立てて決闘は終了した。

 

遂に、最強かと思われたロクオウの牙城を崩したのだ。

 

私は更に迷う。

 

――本当に私は探さねばならないのか。

 

もしかすると……。

 

 

――ジャック様の邪魔をしているのは私ではないだろうか?

 

 

==========




はい、どーも竜尾です。
シンディアさんが考える回。

クライン視点はカットです。
尺の都合もありますしクラインの心理描写はちょっと難しいですかね…。

彼女の変わってゆく様をゆるりとお送りしますよ。

この辺りで各オリキャラの相関図が形成されてきた感じですかね。

そして、ラストシーン。
ダイジェストになりましたがこれだけで十分なはずです。

伊達にオリ主最強タグは付けてませんよ。

【次回予告】

「逆チェックメイト決めて何が楽しいんだ俺は……」

――それとも、まだ好奇心の抜けきらない子供だからか。

――誰かに見られている。

――嗚呼、死にそう……。

次回をお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。