仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第五十九話 屍中の捕食者

Side =グーラ=

 

駆け廻るのはどうしようもない一人相撲。

最後の最後で切られた足に体勢を崩し、グロリアが俺の思索に気付いて顔を逸らした所為で照準がズレて耳と忌々しい仮面を噛み切ってやったところまではまあ及第点だ。

そこからが甘かったんだ。

迫ってくる叉刃拐にゴーグルと帽子が切り裂かれるまで刃が身体を駆け上がってくることに気付かなかったんだ。

そして晒される互いの素顔。

今まで頭相手にすら素顔のままで行動していたことは無かった。

それを、敵のこの女に見られたってのかよ!

憤りを覚えながら自分の不甲斐無さを悲観する前に時期に硝子片の奥から見えるはずのグロリアの素顔もこの目に焼き付けてやる。

どうせスペアを付けてる時間なんかお互いにねえんだからよ。

そして垣間見えたその姿に俺の全細胞が停止するのが確認された。

 

「なっ!?」

 

その声を出すだけで精一杯だった。

赤茶色の髪の毛の下には開かれた碧眼の瞳がこちらを見据えていた。

思わず目を逸らすとサイドテールに視線が吸い込まれ、その付近にある無くなった耳がやけに目に映った。

 

――あれ、自分が噛み切ったのか?

 

――耳に?素性も知れん女性の?

 

何を考えているんだと急速にグロリアの方へと目を向けると彼女は俺の方を見ながら物珍しそうにこちらを見ていた。

そうだった、自分は今髪の毛を黄緑に染めてるんだったな……。

にしたって油断し過ぎだろと呆れつつどう動くべきかを考える。

残念なことにクルトゥエスは叉刃拐に絡まっていた為グロリアの手元にある訳ではないが手に取るためには少し動かなければならない。

足の損傷は走行に問題を来たすとは思えないが……どう動く。

 

――というかまじまじとこっちを見るんじゃねえ!!

 

いや、これこそ動くチャンスだろう。

互いに向かいながら近距離でいることの気こそ逃げる決断をする他無い!

そして思考回路がショートを連発させる中で自分が出した最善の答えがこれだった。

 

「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

がばっと起き上がって叫び声を上げながら呆然とするグロリアを尻目にクルトゥエスを掠め取って一目散に駆け出した。

 

――なんで自分がこんな辱めを受けなくちゃならないって以前になんでこんなに思考が働かねぇんだよぉぉぉおおお!!!!

 

顔を真っ赤にしながら予備の帽子とマスクを装着する

両腕を全力で前後ろに動かしつつ戦況を確認。

ザザとジョニーは捕縛。下っ端共も数的不利じゃ時期に潰される。

謎の相手と戦ってる筈の頭は……。

そこに映っていた光景に目を見開きはしたものの立ち止まりはしなかった。

グロリアが追ってくる様子は無かったがそれでもまだ《殺人鬼》の危機が何処かから迫ってくるともしれないからだ。

頭の前に立っていたのは屈強と言う言葉を全身に張り付けた妙な雰囲気を纏う戦士の姿。

昔々という語りから始まりそうな物語の、《英雄》を模したその男。

そいつが頭と互いに距離を詰めあぐねていた。

足場によって起伏の激しくなるこの場所では遠い距離にいるはずの頭の位置が大分下であるため二人の姿が見えている今しか手助けはできそうにない。

ここで頭を見捨てるのも手だがあの男の情報が少しでも欲しかったためここは助けることにしておく。

ジョニーから貰っておいた投剣用のダガーを数本取り出して全部に《投剣》スキルを発動させて頭には当たらないだろうと楽観視もほどほどにダガーをバラ撒いた。

だって、《投剣》スキルなんて鍛える暇は無かったしね。しょうがないしょうがない。

十数秒してその結果が眼に映る。

 

「やっぱ頭も悪運強いよなー」

 

あの男の背中には深々とダガーが突き刺さり、対して頭は無傷で自分の方を一瞥すると前に話しておいた逃走コースの一つへと走り出した。

「自分もついて来いってか?」

一応後ろを確認して走り出す。

駄目だ駄目だ。逃走してる時こそ集中しないと立ちどころにやられちまう。

タイミング良く最短ルートで逃げて行きながら男に目を向ける。

彼は頭の逃走に気付いて気を許したことを悔やんでいたがもう遅い。

そう思っていたのにだ、彼は何事もなく両足を踏ん張ると筋力値ステ全振りでも発揮し得ない様な大跳躍の後に高らかに叫びながら轟音と共に腕を振るった。

 

「《六王拳》!!!」

 

瞬間奴の体は空中で何かに殴られた様に真っ直ぐ頭の方に向かって吹き飛んだ。

「う、うっそだろ……おい」

思わず口を大きく開いて柄にもなく驚いてしまった。

まずジョニーの麻痺毒を受けてあれほどまでに動けるモノか?

《解毒》スキルを完全習得してたとしても数秒は動きが止まるはず。

に加えてあの規格外過ぎる力はもう《ユニークスキル》の恩恵だとしか言いようのない事実。

ここまでの隠し玉が想像できるかよ《JtR》!!

悪態をついてもしょうがない。

だが《六王拳》とはまた随分と派手な演出だ。

今も頭を追いかけている姿。タイミングを掴み切れてないから足場を跳ぶのに余計な力と時間を浪費しているから未だに頭の下へと追いつけていない。

これなら自分の方が追い付くのが早い!

頭が最後の関門となる通常よりも移動速度の速い足場に着地したところで自分との距離はあと僅か。

残るは追いかけてくるアイツだがあの跳躍力がまだ出せるとすれば……

視線を向けると頭の着地した地面の端に男の指がサーベルと共に引っ掛かっていた。

「頭」と声をかける前に頭も奴が追いかけている気配に気づいて振りかえり様に放たれた先程の技《六王拳》と真正面から衝突した。

 

「《ロク、オウ……ケン》」

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!」

 

その結果は……

「ぅぐあああああああああ!!!!!」

頭の力負け。

凄まじい力に腕ごと武器を吹き飛ばされ空中で破砕し、飛んできた友切包丁は自分がキャッチした。

そして奴が昇ってくる隙も与えずに端を掴んでいた指を食い千切った。

流石に《牙》の能力は通用したので少しほっとしたのは内緒だ。

すると先程まであれほど執拗に追いかけていた男は呆気なく足場へと落ち居て往き地面へと激突した。

万能なスキルなんか存在しねぇってことか。

今回見せてもらった《JtR》の切り札。

グロリアの《解除》、この男の肉体強化、そして《殺人鬼》の《濃霧》。

俺の《牙》も知られたが問題無い。

四十人近くの人間の屍は捕食者の姿を隠すには持って来いだ。

そう思いながら頭のホルスターに友切包丁を無造作に差し込んで周りを見渡した。

まだ喧噪が続いていると言うことは戦いが終わっていない証拠だがこちらに人が押し寄せるのも時間の問題だ。

止むを得ず頭に転移結晶を握らせ、自分も転移結晶を握った。

事前に確認していた通りの場所を口ずさみ身体が青白い光に包まれようとしたその瞬間。

それを狙っていたかのように足場の起伏による死角を縫って純白の短剣が出現した。

頭の方が先に転移を開始した為短剣が当たることはなかったが自分の方はそうはいかない。

寧ろこの事態を読み切っていた。

口を開いて短剣が来るこの時を待ち構えていたのだ。

頭がいないこの場であれば《牙》を使ったって何ら問題は無い。

しかし、当然《殺人鬼》も迎え撃ってくる自分の《牙》を避けようとしてその鎖を捻じ曲げるはずだ。

その予想通り短剣は牙に当たる五センチほど前で軌道を変え、背後へと消えて往く。

でもな《殺人鬼》。その一撃で出来た時間を使おうとしたのならそいつは不可能だ。

転移結晶を握った手に力が籠るチャンスは一回きりだ。

「転移……」

短剣の飛んで行った先には何もない空間。

その場所に、突如足場が出現したのだ。

それを覚えていた自分は短剣が足場に衝突する音を利用して転移先の場所を口にし、姿を消した。

視界が一気に移り変わり無事転移成功を確信する。

その場所には先の戦場とは打って変わった何事もない日常の風景。

本来ならそこにいるはずのもう一人の男の姿は無かった。

《殺人鬼》の行動にも引っ掛かるモノはあったがまあいい、命あっての物種だ。

何を企んでるかは解らないが、今はこの生と自由に酔い知れよう。

 

「じゃあな、《Laughing Coffin》」

 

Side =グロリア=

 

こんなギルドに居たはずの少年の心は私とは正反対に形作られていた。

目を合わせて私と同じように虚構の装甲で自分を固めているのだと思ったら、とんだ見当違いだったんだ。

解るように説明すれば、彼、グーラはとても素直な人間だと言うことだ。

思い返してみればそうなのかもしれない。

笑う棺桶にいた期間。オーカスの推測によればかなり早い段階から幹部として活動していたと言うが、そんな立場でよく大食い大会に参加できたモノだ。

つまり、欲求に抗うことなく行動しているから嘘を吐かなくても彼には良かったのだ。

情報屋と言う役柄上彼は常に嘘と本当の合間で生きている。

だからこそ歪むことなくここまで殺人ギルドをPoHと共に率いていたのだろう。

戦っていたことも忘れ、彼の方を見ていると私と目が合った。

でもそれにしたって黄緑色の髪の毛にするのはどうかと思うなぁ……。

露出したグレーの瞳が台無しだ。

なんて考えているとグーラは何を思ったのか突然叫び声を上げながら立ち上がって地面に刺さっていた鎌を手に取ると一目散に逃げ出した。

彼と距離を離されたところでようやく虚構が私を包む。

 

「あ」

 

まさか私が感化されて目的も戦闘も忘れちゃうなんて……。

思わず出てしまった声と小さくなるグーラの姿を見て自らの内面の悲惨さを痛感した。

苦笑いを浮かべつつ右耳も噛み千切られたことを思い出し回復結晶を取り出して使用すると感覚が戻ってきたのを確認して予備の仮面を装着する。

今からグーラを追うのも不可能だと悟った私は取り敢えずジャック様の下へ向かった。

道中《六王拳》の発動を耳にしたがPoHの方は殺せたのだろうか。

グーラを取り逃がしたはずなのに、ジャック様の期待に答えられなかったのに、そこに罪悪感を感じ切ることは出来なかった。

寧ろ、彼と戦った事、顔を見られ予想を大きく裏切る純粋さを垣間見て気づかされた。

そのことに嬉々としているのかもしれない。

 

――これは、本当に私なのだろうか。

 

「愚問だ」

それに答えたのはジャック様だった。

声に出ていたのか、心を読まれたのかはどちらでもいい。

「行くぞ」

ジャック様はロクオウの声のする方向に向かって歩き出し、私もその後を追った。

ここが未だ混戦する場だと言うのに私もジャック様もずいぶんと落ち着いている。

向かってくる敵は向かって来られた方が確実に殺す。

これなら戦いが終わるのも長くは無い。

そこから抜け出してロクオウを探していると、二回目の《六王拳》が発動された。

確かあの技って使うだけでかなり疲労するんじゃなかったっけと思いつつ敵も二回目までは持ったのかと半分感心する。

「グロリア、ロクオウを叩き起こして来い」

「了解です」

私が足場をわたっているとジャック様は鎖とカオス・ネグリッドを取り出して斜め上の方向、足場の起伏を利用した死角を突くコースで投剣した。

しかし、聞こえて来たのは短剣が足場に直撃した甲高い音だけで、発生した二本の青白い柱に取り逃したという現実を叩きつけられた。

PoHとグーラと言う二つの巨頭を失った彼らはすぐに鎮静化された。

そうして敵のいなくなった空間は酷く静かなモノだった。

 

「終わりましたね」

 

「あぁ」

 

呟きながらジャック様はロクオウに手を当てると思い切り力を入れた。

眠気に効くツボだったらしく痛みに声を上げることは無かったが鼻の上あたりを掴んでロクオウが起き上がったところで討伐隊の下へと向かう。

でも、何故ジャック様はPoHとグーラを取り逃がした私たちに対して何も言わないのだろう。

もしかしてそれを最初からわかっていたと言うことなのだろうか。

まあ、考えていても私にジャック様のことを理解できる訳がない。

ただ手となり足となる。それだけでいいんだ。

 

――グーラ、か……。

 

Side =ジャック=

 

首尾は上々、とまではいかないが特にこれと言って悪い訳でもない。

グロリアとグーラに関してはこの上ない展開になっちまったけどな。

だからこそグーラのヤツはまだ利用価値があったから逃がした。

一回だけじゃ変わらねぇ程にこいつらの《普通》の力は巨大ってことだ。

それに、グーラのヤツはほっといても向こうから接近してくるかもしれねぇしなぁ……

面白いモノを目にした所為で無駄に上機嫌になって口元がつり上がる。

隣に来たグロリアを連れて混戦する戦場を歩いて往く。

こいつら全員がロクオウの事を綺麗さっぱり忘れるのだと思うと《英雄》の偉大さが見に染みるな。

オレも同じ立場にいたんだがな。

PoHに関しては生死は問わず、ロクオウという《英雄》の姿が『殺人鬼』という奴の記憶に残るだけで十分だ。

だから短剣のコースが突如として現れる足場に直撃させたのは態とだ。

そうしなければグロリアが追いかけると言い出すかもしれなかったし、面白いことが解った。

 

――グーラのヤツはPoHを切り離したってことだ。

 

ロクオウを回収して戦闘の終わった討伐隊の下へ赴く。

ボス戦後の様に疲労に横たわる者や死者を悼む者。

ただ、それと違っていたのは一つ。

自らの手を見てそれが汚れたなんて言う綺麗事をほざく者達だ。

違うんだよなぁ……本当に……

人を殺せたことを悔やむのではない。

 

――人を《殺せる》と思わなければなぁ……

 

それが攻略組の人間とありゃ大したモノだろうよ。

狂気の笑みを張り付けながら堂々と歩いていたオレの前に出て来たのはキリトだった。

さて、テメェの《殺意》はオレ自身で体験してる。

劣ることなく奴はその蕾を自由に開花させ、用が無くなれば閉じ切っている。

完成系ということだ。《普通》というやつのな。

「ジャック……」

「何だ」

「どうして最初から来てくれなかったんだ」

キリトがロクオウの姿を捉えたのを確認し、口を開いた。

「これで解っただろ?こいつらがどれだけ《殺人鬼》と言うモノを都合のいい存在として扱っていたかをな」

 

「結局、テメェらはオレの手のひらの上で踊ってるだけなんだよ」

 

「ジャック!!」

キリトが前に出た所でそれを遮る様にロクオウがオレの前に立った。

初めて見る奴にはモンスターの様な大きさと重圧に怯んでしまうがキリトは臆することなく言う。

 

「どうして、お前は《殺人鬼》なんだ」

 

その言葉に反応しようとしたグロリアを制止してロクオウを退ける。

グーラのヤツはロクオウの事を極曖昧な形だが覚えていた。

それが《普通》の特性だとすれば言葉一つくらいなら覚えてられるんじゃねぇか?

 

「『世界が一万人だったら人殺しが出来るのは何人だ』」

 

そう言い捨てた所で討伐隊のリーダー格の男がオレ達を包囲した。

「悪いが、聞きたいことが山ほどある」

「良いぜ?オレもそのつもりで来たからな」

あくまでも挑発的にそう答えると男は顔をしかめながらも集中力を切らさずにオレ達を囲んだまま歩きだす。

オレはロクオウの方を向くと合図を送った。

それに気づいたのはキリトだけだったが遅すぎる。

まだ洞窟へと戻る前にロクオウがその跳躍力で囲いの中から抜け出して奴らの視界から消えるところまで走り出す。

そこで一度姿を消し、アシュレイ作の《隠蔽》の高くなった服を着て姿を元に戻して再びオレ達に見えるところに現れる。

これだけで意識は屈強な戦士からただの男に切り替わり、全員の記憶の抹消が始まった。

記憶の混同している内にロクオウは転移結晶で離脱。

オレはリーダー格の男に近づいて歩くように促すと判断力の低下した奴らは意図も簡単に歩き出した。

「作戦成功ですね」

グロリアの言葉に相槌を返して最初からそこには二人しかいなかった様に何事もなく歩きだす。

これで言葉通り作戦終了。これから起こるであろう聴取もさっさと潜り抜ければ良い。

だが、最後に気になったことが一つある。

あの時、ロクオウがオレの前に出た時だ。

周りの人間が気圧される中でキリトのほかにもう一人だけ平然としてる奴がいた。

それに気付いたのはその時が初めてだった。

これは特性がそのまま引き継がれると言ってもいいってワケか?

 

――お前も楽しんでるじゃねぇか、シンディア。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
ようやくこの展開が来ました!!

何が、とは僕の口からは言いたくないので読者の皆様に察してもらえることを祈るだけですね。
笑う棺桶を踏み台に逃げだしたグーラ君。
捜索編では語れなかったシーンへと行きますよ。

あ、ちなみにグロリアさんはいつも通りです。

でもって捜索編にあったジャックのあの言葉がここで炸裂します。
この辺も意識して見てもらいたいですね。

【次回予告】

「もう、シンちゃんが死ぬことは無いんだよナ……?」

「僕はクラインと君と共に元の世界に帰る」

――今回の戦いはオレ以外の全員を間違いなく変えた。

「リベンジマッチだ」

次回をお楽しみに!それでは。
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