仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第五十六話 殺人鬼の贈り物

Side =グーラ=

 

予定通りに作戦が開始し、《索敵》除外区域の洞窟から跳び出した奴らが討伐隊に一気に襲いかかった。

通信部隊もそちらに駆り出されたため状況は掴めないがその点の考慮はしてある。

『やろうぜえ!!《黒の剣士》に《閃光》様あ!!!!』

轟いたその声に予想が的中する。

時期的に《黄金》は間違いなく出て来ない。《神聖剣》にも同様のことがあてはまる。

そして、《殺人鬼》が既に潜んでいると言うことだ。

奴のことだから喧噪に紛れて鳴りをひそめているに違いない。

「カリスマ性抜群の《裁縫》スキル《完全習得》者《アシュレイ》特注の装備なら自分達が出ても発見は難しいだろう」

小さく零して視線を前に向ける。

喚き声をBGMに四人で出番を待っていた。

全員がこうして武器を出しながら今か今かとその時を待っていると言うのは中々面白いモノだ。

こんなとき、人と言うのはどんなことを考えるのだろうか。

試しに声を出そうとしたところで最初のどんでん返しが始まった。

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!」

 

けたたましく響いた嗤い声、辺りに沈黙が流れた。

そこでやはりと言った表情を浮かべたザザが口を開こうとしたがそれを自分が制止した。

何かの音を奇跡的に耳が拾っていた。

意識を集中させると音が視覚に具現化されて往く。

 

「……鎖?」

 

「ハア?グーラお前どういうことだ」

突然の事態にジョニーが自分に詰め寄る。

こんなときでも冷静でいる頭は流石と言うところだけど、少しくらい知恵を貸してくれたっていいんじゃないかな。

急いでウィンドウを開き、流れる文字の羅列から記憶と照らし合わせて予測する。

「……解った」

情報を頭たちに向けて可視化する。

「恐らくあれは第二十五層フロアボス《タナトス》のLAボーナスだと思う。奴も同じような武器を使っていたし、《殺人鬼》がLAボーナスを取っていたって確認できた」

「ってことは《ユニークスキル》の線は無しか」

「今までこいつだけは隠してたからね。最近は《JtR》とも絡んでるから新武装にも十分気をつけろ」

半ば予想通り、半ば予想外の事態に全員の心を代弁してジョニーが地面を蹴った。

だが、それだけで崩れる様には自分も情報を集めていない。

更に煩くなる戦況から至上主義者共も動き出し、聞こえてくる声からメンバーは《殺人鬼》と《グロリア》だけだと言うことが解った。

それでも乱入してくるかも判らない謎の存在を自分一人だけ危惧しなければならない。

しかし、一年半情報収集を怠らなかった自分に何のミスがあるのだろうか。

可能性を考えるならば何でもありの代名詞《ユニークスキル》の恩恵であると思うが、流石にその内容を予測することは出来ない。

至上主義連中でどれだけ《殺人鬼》を消耗させるかは見当がついている。

精々グロリアのHPを半分削れればいいとこだ。

あいつらは所詮《殺人鬼》の手を暴くための駒。

 

「しっかり働いてくれたな」

 

その時、部屋の扉の下に空いた隙間から突如冷気が侵入してきた。

「来たか……」

真っ先に冷気と共に姿を見せた白い煙に飛び込み、概要を探った。

二つのウィンドウを展開して武器やスキル、体力に異常がないかを調べると、煙の中にいる時とそうでないときのアイテム屋スキルの使用が不可になっており、一応これが《殺人鬼》《ジャック=ガンドーラ》の《ユニークスキル》であると暫定的に決定づけた。

事を急いだのは《ユニークスキル》の発動により《殺人鬼》も事を急いでいると理解したからだ。

 

――それにザザももう限界だったみたいだし。

 

「じゃあ自分はここでもう少し調べてから向かうことにするよ」

「早く、行く」

「ギャハハハ!!お楽しみタイムの始まりだ!」

 

「Dramatic Reversal」

 

その英語の意味を感覚で理解し、扉を開けると更に流れ込んできた霧の中に消えて往く頭たちの背中を見た所で思考を開始する。

正直言って今回明かされた《殺人鬼》の新要素は相性が良すぎるのだ。

視界を阻害する範囲妨害に加えて攻撃範囲を拡大できる《補助武器》にカテゴライズされている鎖。

そしてザザが《殺人鬼》に、殺しに躊躇うであろう《閃光》は無視してジョニーが《黒の剣士》と戦うとすると頭と戦うのはグロリア。

だとすると自分が今感じているあの違和感は間違いなく自分の方を追ってくる。

ここで逃げることはどうやら叶わないらしい。

 

「It's Show time」

 

《聞き耳》スキルが頭のゲーム開始の合図を拾っており制限時間が近づいてきた。

……自分は、喰いたいだけなんだ。

ヒトであろうと何で有ろうと……。

だから死に直結する道を誘うモノでありながら避け続けた。

なら、自分が戦うべき相手は自分で選ぶに決まってるじゃないか。

クルトゥエスを握っていつの間にか消えていた霧の棚引いていた道を駆け出し、目に映った光の中へと飛び込んだ。

 

「すいません(かしら)、遅れました」

 

呟いたはずの声は良く透き通って戦いに集中していたはずの討伐隊の連中の数人は自分の方を見た。

そして次々に驚愕に顔を染めては仲間の攻撃を受け切れずに切り倒されて往く。

幸い頭はまだ入り口付近で残っていたのでその隣に立つと身長差もはっきりしたため正直人質っぽくしてれば少しは騙されてくれる奴もいたかもしれないが、それにはこのスカーフを外さなきゃならない。

 

――《笑う棺桶》のギルドマークの入ったスカーフを。

 

顔を晒したくないと言う理由もあるが《殺人鬼》には通用しないだろうからね。

「気にするな、こっから戦局をひっくり返す。なんて愉快なshowだと思わねえか?」

「じゃあ俺は、そうですね」

頭に話しかけられ殆ど予想に近かった戦況をぐるっと見渡すとこちらに向かってくる影は一つ。

「《JtR》か……」

グロリアただ一人だ。

彼女が《殺人鬼》から離れ、そこにザザがゆっくりと近付いて行く。

グロリアはそれに関せず真っ直ぐとこちらだけを見ていた。

「ザザ、ジョニー、グーラ。好きに暴れろ」

頭の言葉に鎌を取り出し、浮遊する足場へと歩を進める。

ジョニーも《黒の剣士》と一対一の状況にもつれ込み、こちらも足場をわたってきたグロリアと同じ正方形のリングに乗った。

かくいう頭は相手が誰も居なかったので未だ混戦状態になっている部分へと歩き出す。

「It's show time!!」

右手を高らかに上げ、部屋全体に響くほど大きく指を鳴らした。

それは自分たちの意識をがらりと変える様な麻酔の一つ。

自分はそれを気にかけることは無く、ただただ目の前の少女を見ていた。

まあ、自分と身長差もさほどない様な気がするから同世代位なんだろうけど、これが歩んだ道の違いなのかねえ?

クルトゥエスを軽々と回して両手で掴み取る。

対する仮面の彼女も両手の旋棍を握りしめ、一触即発の雰囲気が辺りを包んだ。

デュエルじゃない、そして殺し合いだからこそどちらが先に仕掛けるかは重要になってくる。

それを互いに探り合っている時だった。

 

「そうだ、PoH」

 

《殺人鬼》が口を開いた。

「お前にはオレが特別に対戦相手を選んでやった、感謝しろよ」

「何?」

 

 

「来い、《英雄》」

 

 

頭の返しにと指を鳴らすと入り口付近から突風が吹き荒れた。

いや違う。

それは実に一瞬の出来事だった。

グロリアに警戒しながら空中に目を向けると恐らくアシュレイが繕ったであろう装備を脱ぎ去った塊が姿を現した。

暗闇の中から下りて来たそれは頭のいる足場に混線する戦場を背に着地した。

随分と重量感のある物体だ。

膝を伸ばして立ちあがったその男は実に存在感のある格好をしていた。

金の装備など《黄金》位しか好まないと思っていたら、自慢するように屈強な肉体を露出させているのも実に派手だ。

だが、これで解った。

あの違和感の正体がこいつであり、同時に《殺人鬼》の傘下に入っているプレイヤーだと。

着地した時に見えたが背中に大きく《JtR》のギルドマークが刻まれていた。

なるほど、これで一応謎は無くなった訳だ。

にしてもかなり《殺人鬼》には振り回された。

LAボーナスだとか《ユニークスキル》だとか……それを予測するこっちの身にもなってほしいモノだ。

視線を正面に戻して再度鎌を握る。

そして、この場にいる全員に向けて、最初で最後の咆哮を……

何人も食らってきたこの口からの、怨嗟の叫びを……

 

 

 

「Hey guys!!」

 

 

 

これが、自分が頭と共に居て学んだ最高の口上だ。

轟いたその声が消えるとともに、俺とグロリアはどちらからでもなく一直線に駆け出した。

 

Side =グロリア=

 

作戦は、とりあえず順調だった。

私も私でうっとおしかった連中を殲滅することが出来たし何よりジャック様と共に戦っていることが何よりもうれしかった。

それでも戦闘の時は恐ろしいまでに冷静になる頭もその全てがジャック様の役に立ちたいが故であろう。

振り返ってジャック様の顔を見ると自然と頬が緩んだ。

 

「It's Show time」

 

その時、まるでこの瞬間を狙っていたかのようにPoH達が現れた。

これにより馬鹿どもの意志が高まってゆくのが手に取るように分かる。

彼の隣に並んでいた幹部二人のうち黒いのは同じ黒がトレードマークの剣士の元へ、もう一人の赤眼のヤツはこちらに向かって来ている。

確かこいつジャック様に殺気を飛ばしてたヤツだったはずだ。

ちらりと振り向きジャック様の指示を仰ごうとしたが、それはPoHの隣に表れたもう一人のプレイヤーの姿にピタリと止まった。

自分と同じくらいの背丈をした……男性プレイヤー?

顔は帽子とゴーグルとスカーフで全く見えなかったが、纏っている雰囲気は私と少しだけにていた。

しかしあんなプレイヤーが《笑う棺桶》に居るとは意外だった。

そう思っていたのだが、彼が取り出した鎌に記憶の中にある情報を思い出した。

 

「《暴飲暴食少年》?《グーラ》か!!」

 

確かそのような名前だったはずだ。

それにロム製の武器を持ってるのは少し厄介だ。

私も扱っているからこそ解るが性能が高い分プレイヤーにも高い質が求められる。

しかも特注のインゴッドを使っているのなら尚更だ。

これは不服だがザザの相手はジャック様に任せようと「ジャック様、ちょっとここを離れます」と言って走り出した。

ジャック様があの赤眼に後れを取るとは想像もつかなかったし「ザザならオレで十分だ」と了承の言葉も貰ったしね。

すると向こうもこちらに向かって降りて来てくれた。

だが、そうなるとPoHの方が手薄になるのだが、そこでこそ奴の登場には絶好のはずだ。

 

「来い、《英雄》」

 

ジャック様が指を鳴らすと即座に入口の洞窟から風を切ってロクオウが現れた。

走り幅跳びでの登場だが強靭な肉体と身体能力で行われる走り幅跳びでの登場はまるで突如上から一が降ってくる異様な光景になる。

それが、PoHの前に立ちはだかった。

口を開けると臨戦体勢に入ると言わんばかりに化け物染みた唸り声を上げながら白い息を吐く。

さて、向こうはロクオウに任せるとして、こっちも何とかしないとね。

こちらさんも叫びたいらしいから、それを合図に飛び出すか。

 

Side =ジャック=

 

さて、大方順調に進んできた訳だな。

普通(グロリア)》と《普通(グーラ)》をぶち当てキリトは何故かジョニーと戦闘に入っている。

もう一人の《殺人鬼》には《英雄》も当てれば十分だ。

そして、こちらにたった一人で来やがったのは前からオレに向かって殺意を飛ばしてくれたザザさんだ。

仮面はアシュレイによれば《補助武器》の一種とのことで折角初披露した濃霧は使えそうにない。

それにこいつらはオレの手の内を探ってから登場してきやがった。

PoHかグーラかとっちかは解らねぇが考察はされてるだろうからな。

「じゃあこいつを使うか」

まだザザがオレのいる足場に辿り着いていないうちに《死刀》を発動、内二本を投げ、その上に両足を合わせて着地する。

後は爪先を地面につけば短剣の刀身だけが露出した。

しかし、こうして見ると《カオス・ネグリッド》の刀身は《リッパー・ホッパー》と非常に酷似している。

両極に存在するモノとしてだが……。

まあいいかと吐き捨て、このロムが設計しオレが制作した《R(リッパー)H(ホッパー)B(ブーツ)》の準備を整えたところでようやくザザがオレのいる足場に到着した。

「ようやくこうやって話せる時が来たな、ザザ」

「お前と、話すことなど、何も、ない」

「そういうなよ、こっちはあの交渉の時も殺気を当てられてたんだぜ?寧ろあの時手を出さなかっただけ褒めて欲しいくらいだ」

「戯言を……」

エストックを風が切る音を出しながら振るう。

これ以上何を言っても無駄そうだ。

挑発しているはずなのに心の揺らぎが一切ない。

『普通』の殺気を向けてないことを何となく気付いていたがグーラの入れ知恵だろう。

全く余計なことをしてくれるな……。

ふっ、と一息。両手で短剣を回転させると景色が変わった。

後は、身体の力を抜いて重力に従い身体を倒すだけ。

コンマ数秒の呼び動作すらなくただ地面との距離が近づくだけだ。

すると反射的に足が倒れる身体を支えようと一歩前に出る。なんてことない自然な現象だ。

それ故にだ。

 

――瞬間的に力を込めて駆け出せば敵の虚を突くことが出来る。

 

所謂グロリア十八番の《紫電閃》の概要説明だ。

彼女自身このやり方に気付いてフェイント版を作るまでに至っていた。

と、言うことはオレに模倣できない道理は無い。

だったのだが……。

懐に入ろうとしたオレは駆け出した足をすぐに止めた。

次に駆け出そうとしていたところには既にエストックが構えられていた。

思わず舌打ちしたくなったが、そこに余分な力を裂く訳にも隙を見せる訳にもいかず、止まった反動を利用して急停止した身体にかかる慣性を利用して爪先で身体を浮かして回転しながら跳んだ。

しかし、またこの瞬間にも悟ってしまう。

かなりの速度で飛んで行ったのにも拘らず奴はその位置に武器を構えていた。

《R・H・B》のお陰で刀身がのびてるからその分だけ射程距離が延びるのがどれほどまでこいつとグーラの予想を超えられるか……

金属が接触し甲高い音を響かせる。

身体がピタリと止まり足に引っ掛かったエストックからすぐに足を離して地面に短剣ごと両手をついて短剣を回収しながら全方倒立回転跳び。

手をついた時に身体をザザの位置に捻り、距離を取って着地した瞬間に向かってきたモノを判別する。

色は、赤。速度は、ザザのエストックで出せる速度じゃねぇ……。

 

「血かっ!!」

 

顔全体に飛んできた液体を完全に躱し切ることが出来ず短剣で防ぎきれなかった左目に赤いポリゴンが付着した。

それを目くらましとしてザザは気がつくと先程居た位置からまだ視界の開けていない左側に移動しておりエストックを突き出した。

短剣でそいつを捌こうとしたが武器の誘い出しだと解ったため敢えて無視。

ザザはそれに驚きもせず誘い出しを中断して真っ直ぐ《剣技》を放った。

そこで踏み込んだのを見たオレは即座に左足を蹴り上げ、《R・H・B》の短剣でザザの腹部を狙った。

多少無理な体制にはなるが問題は無い。

一撃は居れば十分だ。

だが、ザザの手首がピクリと動いた瞬間オレはすぐに足と左肘を曲げて軌道を変えたザザのエストックを上下から同時に挟んだ。

直前で軌道を変えて足の付け根を狙われれば先に攻撃が到達するのは間違いなくザザだった。

何とか攻撃を受け止めたが向こうは《剣技》でこっちは剣技も何もなく、じわじわとHPが削れて往く。

その均衡はすぐに崩れる。

ザザのエストックから光が消えた。

そのタイミングが解っていたザザはいきなりエストックを引き抜くと距離を取って光が消える瞬間にまた防御に徹し始めた。

まさかHPでオレが下回るとは……。

知能は十分、グーラが何を吹き込んだかは知らねぇが厄介なことだけは確かだ。

でも、まだ足りねぇ。

 

「テメェに、勝利の原則ってのを教えてやる」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
アシュレイさんの事バレテーラ状態でした。
グーラサイドはここでは舞台裏のような感じですね。

PoHが発したのを和訳すると「大逆転」になります。
彼にどう英語を使わせていいのか未だに分かっていません。

グーラ君にはどうしてもこの言葉を叫ばせたかったです。
どこぞの青い針鼠のようですが…。

最初はジャック対ザザ。
もう抑えることなく全力全開でいろいろなものを出していますが鎖を使うと圧倒してしまうので流石にそこの描写はないです。
だって結果は見えてるんですから。

【次回予告】

「「戦闘のやり方に一つも同じモノが存在しない」」

「物理的な《力》が違ぇんだよなぁ!!」

「《英雄》、とな」

「《六王拳》!!!」

――四足歩行の《化け物》だ。

次回をお楽しみに!それでは。


8/4 カオス・ネグリッドの記述を改正
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