仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第五十五話 嘘吐きと黄金の少女

Side =グロリア=

 

その行動は余りにも、早く、正確で、狡猾だった。

まるで、踏み出す一歩、発する一言がこの状況を作り出すための布石。

オーカスですら顔を驚愕に染め、同時に称えた。

現在、攻略組で討伐隊が結成され、その誰もが躍起になってジャック様を探している。

ジャック様が未だ姿を見せていないからだ。

中には眼を血走らせながら探している者もいる。

そんな奴らの全てを見てジャック様が裏で全てを支配していることに気付いた。

皆、自分がやりたくないことは人に押しつけたくなるモノだ。

加えて強さもあるのなら、頼るのには絶好の的。

だから、ジャック様はあえて姿を消したのだ。

焦りと緊張感の雰囲気が立ちこめる討伐隊の会議場を後にし、ホームに戻った。

「どうだった?」

「概ねジャック様の読み通り」

私の報告にオーカスは「だな」と息を吐きながらソファーに座った。

「暇なの?」

俯いたオーカスはわたしの声に首を縦に振った。

「もう手腕が良過ぎてな。最初から追いつけるなどと思っていなかったが、進んでいる道全てが成功するようになっているんだ。あの方は……」

それは、彼が初めて見せた弱音と嫉妬だった。

でも、私だってジャック様の存在全てに憧れた訳でありその力の凄まじさに嫉妬がないと言えば嘘になる。

「まあ、俺の目的はそういうところにある訳じゃないからいいんだけどな」

「ん」

私もソファーに座って両腕に握られた二対の刃を取り出した。

《叉刃拐》。

今まで握っていた旋棍とはまったく異色の武器だ。

その刀身は二の腕に届くまで長く、肘の下あたりで刃が二本に別れているため幅も大きくなっている。

威力も桁が一つ違う。

今のところロムの作品では《カオス・ネグリッド》に次ぐ傑作と言えるだろう。

惚れ惚れするほど美しい刃の曲線をなぞっていると、奥の廊下から闘技場での戦闘を終えたジャック様とロクオウとシグマが出て来た。

シグマはようやくジャック様に慣れた?感じでまだ歩き方がぎこちなくはなっているが戦闘になるとそれも無くなると言っているので特に問題は無い。

「あ、グロリアー。帰って来てたんだー」

跳び込んできたのは間違いなくジャック様と居ると緊張するからだろう。

全く、可愛い奴め。

真正面から受け止めて横のソファーに座らせる。

「見に行きましたが、特にこれと言った事はありませんでした」

「解った。んじゃ明日の事についてだな」

ジャック様はさほどそれを重要視している様子は無かった。

潰れることが確定していて、自分達はただ当たり前の様に行動するだけだとでも言っている。

 

――そんなジャック様は、一体何を恐れるのか。

 

あのとき、始めてジャック様と戦った時のことだ。

ロクオウと戦った後には無くなっていたしこりがその時には確かに残っていた。

強さも今まで見て来たモノとは格段に別モノだったのに、その時のジャック様は自分と似た何かをずっと気にかけているみたいだった。

それを必死に隠そうとしていたんだ。

私はそれに自分に近しい部分を垣間見た。

恐らく、それがジャック様の底の部分だったのだろう。

それでもジャック様相手に本気で勝つ気もなかったからあっという間に追いつめられたんだけどね。

そこから殺されるのも悪くないとか格好付けてたんだけど、仮面がズレて露出した顔を見た途端にジャック様の動きが止まった。

声を掛けようにも首元には短剣がつき付けられていて、声を発するのは得策ではなかった。

この体勢の所為で必然的にジャック様と向き合う形になり、そのまま固まったジャック様をじっと見ていた。

途端に、外面が薄れて徐々に何かが見え始めて来た。

刹那。

何故がジャック様が立ち上がり、手を伸ばして私を無理矢理立たせた。

突然のことに驚きと動揺が浮かんだが、それよりももっと大きなモノが私の眼に映っていた。

ジャック様の身体。

それをスクリーンにする様に何かが浮かび上がっていた。

あの時の衝撃は今も良く覚えている。

だが、見た光景だけは鮮明には思い出せなかった。

何かの色、ジャック様の外見には決して見られるはずのない色が見えていた気がしていた。

 

――それと、0と1の何か……

 

「……グロリア」

「はい?」

オーカスに名前を呼ばれてそちらを向く。

「お前ちゃんと話聞いてんのか」

「勿論」

私がジャック様の言葉を聞き流す訳無いじゃないか。

「すいません、話を止めてしまって」

「構わねぇ、続けるぞ」

急いで姿勢を直してジャック様の方を向く。

これ以上話を止める訳にもいかないしね。

「オーカスとグロリア、シグマの情報通りなら明日討伐隊が出るはずだ」

ジャック様は短剣をくるくると回しながら続ける。

「今回出るメンバーはオレを含めロクオウとグロリアの三人で行く」

「やっぱり殺しに行くんですね」

「あぁそうだ。しっかり約束は守るが……アシュレイ、グロリア。準備は出来てるか」

「あ、はい。こちらです」

焦りながらもしっかりと指を動かして取り出したのは真っ黒なコート。

「こいつは特注させた《隠蔽》極特化の防具だ。三着しか用意できない以上行くのは三人で確定だ」

次にジャック様は鎖を装着すると短剣を付けて天井に投げた。

「次にどうやって戦闘に参加するかだが、ロクオウは一人で隠れてオレの合図に従って貰う」

天井に鎖を《固定》させた所で《伸縮》の能力を使うと鎖を掴んでいたジャック様の体は天井に引っ張られた。

「オレとグロリアは討伐隊に紛れこみ、洞窟の天井部でタイミングを見計らって戦闘に参加する」

「私が乗っても大丈夫なんですか?」

「四本ありゃ十分だ。ロクオウが乗っても支え切れると思うが、《英雄》の登場は華々しく決めさせてやらねぇとな」

短剣も腰の鞘に刺して不敵に笑う。

「作戦は理解したな」

そう言うとジャック様はこのホームの自室となった部屋へと向かう。

残された私達は互いに顔を見合わせ、笑った。

最後に見せたジャック様の狂気の笑み。

 

――あれに、私はずっと惹かれて来たんだ。

 

もう人は両手じゃ数え切れないほど殺してるし二度も死にかけた。

ある意味、私は運が良いのかもしれないと思いながら叉刃拐を握って部屋へと歩き出した。

 

Side =シンディア=

 

「明日、俺とクラマは《笑う棺桶》討伐隊としてここを出ることになった」

そう告げられたのはギルドホームでの夕食の談笑の一時を破壊するように口ずさまれた言葉だった。

いや、全員がなんとなく分かっていたことだ。

わたしは気付いていたからまだしも呼ばれた翌日からクラインとクラマ以外で最前線へと行く判断など彼はしない。

皆それを疑問に思いながらも決して口にはしなかった。

そして今日。

一週間に一度わたしが夕飯を作りにギルドホームまで足を運ぶその日。

アルゴからの情報で討伐隊の準備が出来たと言うこととジャックが行方知れずだと言うことは聞いていた。

間違いなく何らかの策を練っていることは解っている。

それをわたしが知っていることに気づいていながらクラインは遂にその口を開いたのだ。

告げられたわたし意外のメンバーは「やっぱりか」と言う顔を殆どが浮かべており、対してわたしは黙々と食事を口に運んでいた。

「ね、姐さん……」

訪れてしまった沈黙に耐えきれず縋る様に声を掛けられ、そこでようやく食器を皿の上にのせた。

「わたしから言うことなんて何もないよ」

冷たい声で言い捨てた。

 

「それが、クラインの選択ならね」

 

更に空気が死んだ。

俯き加減に話す今でもクラインとクラマの顔はちゃんと見えている。

あえて見えない様にしているだけだ。

こうすれば、見られたくない人の前で本当の顔をさらけ出すことが出来る。

そして、クラインに本当にその素質があるのなら……。

 

「だって、わたしは人を助けて死んだんだから」

 

強烈な一言を何事もない様子で打ち込んだ。

「結果クラインに助けられて今ここにいるけど、もうその手は通用しない」

人差し指を絡ませながら言う。

「それに、皆クラインとクラマに引っ張られてここまで来た」

 

「ねえ、クラインの天秤には、わたし達と誰が掛ってるの?」

 

「わからない」

 

即答だった。

純粋すぎる一言にわたしは心の中で嗤った。

重大な質問に対してこれほどまでに清々しく嘘偽りのない言葉を発せられるモノだ。

無知は罪だと言うが、これはもうその範疇を大きく超えている。

それに、今わたしに向けているその顔。

わたしの深層に踏み込んできた時と全く同じ顔だ。

じゃあ、早いとこその顔がどう変わってくれるのかを見ておかないとね。

どれほどまでその他人に違和感を与えない無表情を貫けるのか……。

「うん、それならわたしから言うことは何もないかな」

顔を上げて困ったような笑顔を浮かべると他のメンバーがわたしのミスリードに動揺する。

「すまねえシンディア。今回ばかりは待っててくれねえか」

「了解」

わたしの言葉を皮切りに雰囲気も時間も元通り、適当な会話から始まって適当な会話に終わる食事風景を眼にしながらわたしは別れの挨拶を落として扉を開いた。

こんな時期でもこの時間帯になれば空も暗闇に包まれてシステム周期によって光る星達がわたし達を見下ろしている。

何気なく街の景観を眼に収めながら歩いていると、後ろかわたしを追ってくる影があった。

「よ、よかった……まだ行ってなかってんですね」

「クラマ……」

片側だけ伸びた群青色の前髪を左右に揺らしながらクラマはわたしに向かって転移門近くのベンチへと促した。

そんな彼が何を言いたいのかは予想出来ていた。

近くにいるから気付くことがある。わたしと玲には無いモノだ。

少し距離を開けて隣に座ると両膝に両肘を乗せながら前屈みになり口を開いた。

「君が来てくれてから、本当にいろいろなことが変わったね」

「はい」

「全員の士気が上がったのは勿論の事アインクラッド全体としても注目させるようになったし、実は毎日加入希望者が絶えなくなってるんだよ?」

前髪で目元は隠れ位置的には口元しか見えないが、彼が何を思ってその言葉を言っているのかを理解してしまった。

「僕も僕自身の戦闘狂の部分があるのは知ってたけど、それを利用して上手く導いてくれるのもシンディアさんあってのことだしね」

適当に相槌を打ちつつ正解を探す。

こういう人がどんな悩みを持ちどれをぶつけてくるのかは知っている。

今まではその対象をわたしから反らし、助長させ自然消滅させることにしていたが、今回はどうもそうはいかないらしい。

「けどね、クラインは……彼は変わってしまったよ」

だろうね。

「彼自身はそれに気付いていないし、行動もいつもみたいに僕たちを引っ張って、時にバカやって、まさしくリーダーってヤツだったんだ」

「……」

「僕は、どうすればいいのかな?」

 

――そこでクラマは初めてわたしと目を合わせた。

 

「明日、僕らは間違いなく人を殺すことになる」

両手を強く握りながら、ガタガタとそれを震わせていた。

「それなのに、僕が今こんな状態なのにクラインは何も感じていないみたいなんだ!リーダーの様に振る舞った事のない彼がこれほどまでに毅然としているんだよ……」

「変わって往く世界の中で自分だけ置いてかれているってこと?」

「そうなんだと思う……ねえ、君は……君は一度死んでから、変わったのかい?僕にはそれが解らない。自分が死んだのにも関わらずその命を削る様な事をまだ……」

こういうことは、正直に答えようか。

「変わるも変わらぬもあまり関係ないよ。わたしが言えることはただひとつ。誰よりも、そう」

 

「自分の生きる意味を探せ」

 

「え……?」

「わたしも、きっとクラインもそう。変わったっていうよりはそれ気付いちゃったの」

立ちあがって肩に手を置く。

「だから、クラマもそれを探すしかないの。わたしたちは振り返ることも飛ぶことも出来ないんだから」

振り返らせ、背中を押した。

「それを見付けられるようになるまで、自分が死なないって戦い続けるだけ。それが答えだよ」

こんな《異常》の観念をぶつけられたところで『普通』の連中に理解できるとは到底思わない。

でも、固定観念を覆すには誰も考えようともしない何かをぶつけること、特に理解できないことこそ通用する。

そんな錯覚に襲われたクラマは納得したようにわたしに一礼してギルドホームへと戻って行った。

沈黙が訪れ、わたしは再びベンチに座ったところで口を開いた。

「クライン」

そう言うと、近くの路地裏から野武士面の悪趣味なバンダナを巻いたクラインが姿を現した。

恐らくクラマを追って此処まで来たのだろう。

わたしの会話を聞いたのは偶然と言えば偶然で、盗み聞きをしたことに関しては特に言及することもない。

「まあ、座ってよ」

ただ、彼がいたからわたしはクラマに《異常》を打ちつけた。

それを聞いていた彼は、一体どんな考えを持ったのか。

クラインは何も言わずに隣に座った。

「どう思った?」

もはや何を、だとか何故ここに居るだとかを聞く必要はない。

「言われてみりゃ、って感じだけどよ。考えたことは無かったっけな」

斜め下から覗く彼の視線は転移門の柱の間に覗かせた月が映っていた。

「わたしが最初に此処に加入するときに言ったはずなんだけどね」

「いやーあの時は頭が一杯一杯でつい……」

「だろうと思ってたよ」

はにかむその姿は嘗て見た姿と何の変わりもない。

何時だって、人は内面から変わって往く。

それを見定めたのなら、尚の事。

「でよ、シンディアは見つかったのか?その生きる意味ってのを」

驚いたことに先に質問をぶつけられ、彼と同じように視線を正面に移した。

「全然。これにはヒントもなければ経験も無駄なんだよ」

 

「なら俺にもそれはないかもな」

 

疑問形で話すところから徐々に彼の性質が見えて来た。

今からわたしが語る話にはそれを開花するまでに刺激することはできそうにない。

ただ、その無知な心の奥底に知っておいて欲しかった。

ジャックにも、そう。

「クライン」

相槌が打たれる。

 

「この世界で死んだ人間はどこに行くと思う?」

 

「どういうことだ?」

ここで「あの世」とか答えない所とか、だんだん玲に似て来たね。

「わたし達の視界にあるこのHPが消滅した時、わたしが送られたのは一つの空間だったの」

それは、わたしがジャック以外に初めて語るあの時の出来事だ。

「多分クラインたちの体感時間じゃ数秒程度だったはずだけど、わたしにはその時間が数十分にも足るモノでね、しばらくその空間に漂っていたんだ」

思い出すだけでもぞっとする、体験した者にしか解らない言葉で表すことのできない感覚。

「一瞬だったけど、世界が変わったんだ。地に足がついて五感って言うモノが全部戻ってきた」

 

「そして……」

 

「世界が白と黒に別れた。下を見ればその線を境に大きな渓谷が出来上がり、その断面に今まで一度顔を見たことのある既に死亡した人間達の怨霊が張り付いていた」

「……」

クラインは黙ったままでこちらを見ることなく前だけを向いている。

「で、そこから無数の手が伸びてきてわたしの下半身をこれでもかって言うくらい強く掴んで引き摺りこもうとした。その手を壊したのが《還魂の聖晶石》だって言うことだろうね」

つまり、わたしが言いたいのは……

 

「わたしですら恐怖した光景の浮かぶ場所に行く覚悟はあるの?」

 

「もしくは、そこに別の人間を多々込む覚悟はあるの?」

 

気がつくとわたしは立ちあがり、クラインの方を向いていた。

そうでもしないと、彼はわたしの方を見ないと思ってしまったから。

「……る」

小刻みに震えながら、わたしに植え込まれた恐怖に同調してしまった彼は口を開く。

 

「あるに決まってんだろ!!」

 

そう言っちゃうところが、まだなり切れてないところなんだけどなぁ……。

まあ、それも明日で変わる。

「じゃあ、頑張ってね」

 

「待ってるから」

 

これで間違いなく種は開花する。

クラインは、間違いなく人を殺すだろう。

そのとき、彼が何を見出すのか。

更に深くなる夜の中を互いに背を向けながらわたし達は歩き出した。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
今回はヒロインズ回でしたね。

ここでようやくグロリア視点からのジャックとの戦闘について語れました。
若干僕が忘れていた節もあったんですけどね。

でもってシンディアさんと風林火山の皆様のお食事会です。
今回のシンディアさんはがつがつ切りこんで様々な事を語っておりますね。
クラマにもクラインにも一切の容赦ない言葉を浴びせ、彼らが何を語るのか、それを見ているのです。

さて、いよいよ決戦ですね。

【次回予告】

「……鎖?」

「Hey guys!!」

「《暴飲暴食少年》?《グーラ》か!!」

「血かっ!!」

次回もお楽しみに!それでは。
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