Side =シンディア=
わたしの《風林火山》加入宣言から大分日が経った。
当初は【クライン氏の策略か!?】などと騒いでいた世間も鳴りを潜め、この状態が人々に浸透しつつある。
そんな訳でわたしは今日も第三十層の家から飛び出して最前線へと向かう。
流石に男所帯の《風林火山》のギルドホームにわたしが寝泊まりすることはメンバー全員に止められた。
どちらかと言うと歯止めが聞かなくなるのはそちらでしょうに、わたしの所為にされても困ります。
それに、組み伏せられる気は毛頭ないしね。
まあここで反抗するのも面倒なのでこうして最前線で合流すると言う形を取っている。
わたしが到着するときには既に攻略のメンバーが六人全てが揃っていて、わたしの姿が見えると内二人が真っ先に走り出した。
「どうも姐さん!」「お早う御座います姐さん!」
「はい、今日も宜しく!」
兜の下であったがいつもの調子で返すと二人とも喜びを浮かべながら二人の後を追った。
こうして本来の集合時間には常に準備万端と言った様子で全員がそろっているのも恒例行事で、無理している様子もないのでわたしも言及はしない様にしている。
ついでに、「姐さん」と呼ばれ始めている事にもだ。
わたしが合流するとクラインの隣に立っている長身の男性が申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
彼は《風林火山》で副リーダーを務めている《クラマ》と言うプレイヤーだ。
クラインの右腕的な存在で何度か話もしたことがあるが、外見と行動と性格が逆転に次ぐ逆転を繰り返しているギャップのある人だとは思っていた。
今は穏やかな感じで表立つようなプレイヤーではないが、これが戦闘になるとクラインと共に指揮を執る重要なプレイヤーだ。
わたしも小さく頭を下げて挨拶を交わしたところでクラインが声を上げた。
「じゃあ、行くか」
兜の中を覗き込むように上から顔を傾けてこちらを見る。
解りやすい様にピースサインを作ると「よしっ」と景気良く歩きだした。
――赤と黒の集団の中に黄金が一つ。
随分とクラインもわたしに対して砕けた話し方になってきた。
加入当時は色々と不安になったが、クラマに一喝されるとすぐに元通りになっていた。
ある種互いの絶大な信頼関係が引き起こすモノなのだろう。
そう思いながらマッピングを進めた迷宮区の中を練り歩く。
昨日起きた出来事だとか、新聞に載っていたことでも、兎に角沈黙を知らぬと言った様子で会話が飛び交った。
元々クラインやクラマの仲間が中心となって造られたギルドだと言うことも解っていたが、わたしがそこに溶け込むのも実に早かった。
それも《異常》としての本質を忘れず『普通』に交わるという現実でもやってきた無意識下でも可能な最高の特技を最大限の質で実行していたからだ。
生きる意味を知るためなら二の足を踏まない様に自分を隠そうとする必要はないのではないかと思ったが、わたしがそれを手放した時、もう《異常》には戻れない。ジャックの隣に並んでまたあの通学路を歩くことは出来ないと考えてしまった。
――今は、まだこのままで……。
周りに敵もいなくなったことで少し顔を見て話をしたかったので兜を外すと視線が集まるのは必然だった。
けれど通常起こり得るような発狂等は見られず、「今日も似合ってますね」とクラマが言い出したのを皮切りに各々感想を小声で言いあったりしている。
まあ、慣れだろう。
最初は優越感に浸る者もそんな姿を見て嫉妬に燃える者も居た。
けれど、慣れてしまえば所詮はこんなものだろう。
そしてこの七人と言う変則的なパーティー編成もそう。
眼の前に居る敵の集団にクラインが我先にと非戦闘状態なら追加ダメージの入る《剣技》を発動してモンスターを切り付けた。
次いでわたしが前に出ると同時に攻撃を防御、戦力を分散しつつ五人が合流して確実に敵を仕留めて往く。
これはわたしが元ソロであることを《風林火山》が考慮してくれた結果の構成だ。
一応ギルドメンバーで共に狩りをしていることだけあって経験値もちゃんと入ってくるし、不便なことは何もない。
寧ろこの方がやりやすいこともあり、七人で狩りをすることで数的有利をより取れるメリットもあった。
欠点と言えばパーティー単位で敵はプレイヤーを狙ってくるのでクラインたちよりも比較的わたしの方に敵が寄ってくることだけで、元ソロのわたしは一人で複数のモンスターと対峙していたのだから問題なし。
こういうのが承認されるあたりわたしの信頼も深く根付いていると言える。
マッピングを進め、安全エリアに到達すると時間も昼時を過ぎたので《風林火山》の間で争われる「シンディアの手料理を食べるために誰が最前線に行くかを競うゲーム」の勝者たちの至福の時間が訪れた。
やっぱり女子たる者《料理》は出来ないとと言う事だったが、この効果は絶大で食事の時も良い雰囲気が絶えないのもこのギルドの本当にいいところだろう。
最前線に赴くギルドでありながら人間関係も悪くない。
ジャックみたいな殺伐とした連中とはある意味正反対の順風満帆な人生なのだろうか。
ふとクラインに視線を向けたが、何を思ったか彼もこちらを向き、何か怪訝そうな表情でわたしの方を見ると口を開いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ?」
ここですぐに言葉を返せた自分を本当に褒めてやりたい。
幸いこの言葉が他のメンバーに拾われた様子は無く、クラインはまた仲間たちと談笑をしながら食事にあり付いた。
わたしは静かに心臓部に力を込めると高ぶる衝動を抑えた。
見破られたのだ。
溶け込むのが得意なわたしの心に干渉した。
それはジャックでさえも超えることの出来なかった一つの領域であり、誇っていた一つの自身だった。
偶然か必然かは解らない。
だがあの声のトーンや表情から外面や今までのわたしを心配している様子は無く、彼が見破ったのは今。
――現時点のわたしの深層だ。
この男はそんな事を露知らず食べ物を頬張っている。
その時わたしが感じていた感覚は既視感。
第五十層でキリトやあの少年を見たときのモノと全く同じだったんだ。
つまり、そこからはじき出される答えは……。
――《普通》って奴だ。
ジャック風に言わせてもらえば蕾が開きそうな状態だ。
開花するためには一つの大きな衝撃が走った時。
わたしとの関わりが此処まで人を変えてしまうモノなのか……。
ああ、これはジャックには何も言えないな。
――予想以上に、育っていく様は面白い。
「行くぞーシンディアー」
「りょうかーい」
それに彼が気付くのはいつになるだろうか。
彼らの後を追いかけ、再びわたし達は歩き出した。
三時間ほど戦闘を続け、クラインに何やらメッセージが送られてきたらしくその時点で探索は終了、歩きながら道を引き返した。
一時間で主街区に帰ってきたわたし達を待ち受けていたのは聖竜連合の幹部の一人だった。
わたしに敬礼をした後でクラインだけが呼び出され、二人で何かを相談しているみたいで内容を聞きとれるわたし意外にはいきなりの状況にクエスチョンマークが浮かんでいた。
『実は、今我々のところで《笑う棺桶》からの脱走者、つまり情報提供者を保護しています』
『ってことは、俺達が呼ばれたのは……』
『はい、リーダーの指示で《笑う棺桶》討伐隊が結成されることになりました』
『ちょっとまて、それってまさかシンディアも参加させるのか』
『いえ、彼女の事情は我々も十二分に把握しているので、貴方とクラマさんだけに是非参加して欲しいとのことです』
大凡こんな会話の内容で、クラインはバレるかバレないかギリギリの角度でわたしに目を向ける。
と言うか、その会話が筒抜けだと言うことに気付いていると思う。
『解った、兎に角そっちにクラマを連れていく』
『御協力感謝します』
それだけを伝えると再びわたしに向かってお辞儀をして彼は去って行った。
「で、話は何だったんですかリーダー」
「あー……なんか良く分かんねえけど、俺とクラマが呼び出されたから、悪い。先に皆で飯に言ってくれ」
全く、嘘の苦手な男だ。
メンバーたちは各々顔を見合わせると全員が笑顔を浮かべて
「「「「それじゃあ今日は俺達だけで行きますんで、ごゆっくり!」」」」
視線がわたしに向いていた事でまあ何が言いたいかは容易に想像がつく。
「クライン、クラマ。今日はお疲れ様」
わたしも笑顔で言い放つと五人で決めていたお店へと歩き出す。
悔しそうに、でも安心した笑顔を浮かべるクラインとそのリーダーとわたし達を一つの視界に収めて笑うクラマ。
悪くない。
――悪くない。
Side =グーラ=
「こいつも想定内か?グーラさんよ」
乾いた笑い声を上げながら自分の肩を叩いたのはジョニーだ。
「想定内っていうか常に最悪の事態を想定してるから必然的にそれ以下が無くなってどの事態にも対処できるようにしてるってだけだけどね」
そんな便宜も「ふーん」と一蹴されまた彼は武器に毒を塗るために部屋へと戻って行った。
一息ついて壁に凭れかかっていた身体を離す。
周りを見渡すとそこには幾つもの抜け穴の作られた浮遊床のモンスター不湧きエリアが出来ていた。
探してみるとこの部屋には数個の隠しスイッチと共に部屋が変形する。
これで更に奇襲も行えると言うことだ。
さっきのジョニーの言葉だが、先日このアジトから脱走者が二名程でた。
そいつらは聖竜連合に逃げ込み、此処の情報だけを吐いたと言うことだ。
しかもそいつら二人は《殺人鬼》至上主義の連中から出た奴らだ。
自分の情報が出ないのは幸いだった。
恐らくその二人は自分にどっか身体の一部を食いちぎられた経験から起こる恐怖のあまり自分の情報は一切喋らなかったそうだ。
そもそも攻略組の連中は基本的に自分のことは知らないのだから、聞かれなければ自分の話が出てくることもない。
今頃は討伐隊を結成しているところだろうか。
情報源である賭博場は残念ながら殆どが暴かれてしまいもう一ヶ月は足を運んでいない。
事情聴取された奴らも自分の情報は一切話せない様にしてるからその点は心配していない。
現状を知ることが出来ないことだけが危惧されるが、そこは溜めこんだ幾重の情報から行動を予測するしかないだろう。
大量の情報を指でスライドさせていると背後でした足音に振り返る。
そこにはいつもよりも仮面の赤い目を更に発光させているザザがいた。
「また、墓参り?墓もないのに良くやるね」
明らかにからかいの意味を含めた言葉だったが、彼は意も唱えずに浮遊足場群に眼を向けた。
墓参りと言うのはザザと共に仲間になり、《殺人鬼》に殺されたと言われている《メテンド》のことだ。
生憎自分たちの立場上他のプレイヤーの様に墓を造るなんてコトをする訳がない。
自分達にはザザが今も彼女のことをどう思っているかなどどうでもいい。
寧ろそれを利用して《殺人鬼》と戦わせるための都合のいい駒程度が妥当だ。
「対《殺人鬼》用戦闘戦略はもう頭の中に入ってるって御様子だね。どうだった?」
「……お前の、情報は信頼できる。後は、俺が奴を、殺すだけだ」
エストックを強く握り締める姿に「よくもまあ」と呟いた。
対策なんて名を打ってあるけど、本当は何も対策とされるモノは書いていない。
それにこれはあくまでも自分の仮説であって、最終的な部分は全てこれを読んだ者だけに一存される。
まあ、こいつの真価は本番に発揮されるとして、ザザは呪いの様に言葉を紡ぎながら去って往く。
彼の背中を一瞥して再び作業に戻る。
そろそろ立ったままも何か違和感があったので壁によりかかろうとしたところで新たに足音が生まれた。
「Gula」
「なんですか、頭」
友切包丁をくるくるとまわしながら現れた頭は複数開いた刃の穴に指を通すと柄の部分を自分に差し出した。
「お前は、こいつを握れるか?」
それはまるで眼の仇と相対している様な声で、自分はスカーフの下の頬を掻きながらウィンドウを閉じた。
「無理なことは解ってるんでしょ?」
「Of course」
「いつから?」
「ジョニーとザザが来たころからだ。何かを隠しているくせに食事の時には決まって惨忍になる」
「まあ、ここが悪いとは思った事がないからね」
頭は自分に向かいあう様に反対側の壁に寄り掛かった。
「回された情報にも間違いは無い。緻密に計算された戦闘情報。それでもお前はこっち側じゃないだろ」
「目的が違うからね、しょうがない」
互いが互いの欲望を理解しているからこそ今更驚くこともないと言った様子で言葉を紡ぐ。
最初から、自分と頭は違っていた。
ただ、利害の一致で二人が求めたのが悦楽だったと言うことだけ。
それだけで人間と言うのはここまで必死になれるし変わることもできる。
また、泥沼にはまった奴らも居る。
その軍勢を実質的に率いているのは恐怖を振りまいた自分であり頭ではない。
「でも良く気付いてて見逃してたね」
「お前は人の上に立つ人間じゃない。かといって提供する様な奴でもない。それを見ている方がよっぽど面白味がある」
「ふーん。……じゃあさ」
「今此処で自分が頭の首を持ってくって言うのはどうかな?」
自分がこう提案したのはこれが頭にとって自分が仕掛ける最初で最後の賭けだ。
幸い自分の情報が露見していない以上こういうことが出来るのだ。
全部、この時の為の布石だ。
それでも《JtR》には追いかけられるかもしれないが、一人でいる方が逃走は楽だ。
まだまだ物件情報は残ってるからそれを見ながら立て籠ることだって難しくは無い。
でも、ここまで来た以上最後くらいは頭と共に闘うことも悪くない。
それでも自分は死ぬ気が毛頭ないから危険だと思ったら逃げ出すが。
その為の逃走経路も既に考えている。
仮に今頭に襲いかかられても逃げ切れる気しかしない。
さて、どんな答えをくれるんでしょうか。
数秒間した後、頭が出した答えがこれだった。
「半歩下がれ」
次の瞬間言われたとおりに半歩下がって身体が壁に接着し、首のところギリギリを友切包丁が通過した。
反応出来たかと言えば解らない。
切られかかった首には何か不可思議な感触が残っていた。
「グーラ。この武器の名は知っているな」
「ああ」
「なら、お前は俺の敵か?」
「邪魔をする気は無いね」
「じゃあ友か?」
「それも違う。利害の奥底が一致してないから妥協は出来ないし、自分も頭も好き放題やってるだけだしね」
「なら、それが答えだ」
「なるほどね」
頭のいう人間の感情の流転。
此処にいるとその面白さが嫌でも判ってしまう。
こういうところに、ジョニーとザザは惹かれたのだろうか。
自分はそんなことは無いが、楽しいという感情にはなった。
「うん、明日も宜しく」
手を差し出すと頭は武器を収めて手を握った。
==========
それから三日、昨日通信部隊からの連絡によると討伐隊の数名がここの近くのダンジョンに《回廊結晶》のポイントを作ったということは、作戦が行われるのが今日だ。
一体この地形でどんな戦いをしてくれるのだろうね彼らは。
既に全員の配置が終わっている。
奴らが現れたと同時に幹部以外の古株連中が奴らと戦い、舞台中央まで引き寄せる。
そこから自分が調節した部隊を左右から突入させ、戦況をごちゃ混ぜにする。
《殺人鬼》至上主義者の下っ端共も小出しにしつつ《殺人鬼》が出た場合は至上主義者共に任せる。
自分達が出るのは戦況が攻略組に傾きかける階中のところでだ。
序盤は間違いなく自分達が優勢だ。
だが、経験とレベル差でそれが覆るのを想定したが故の手だ。
そしてなるべく二つ名持ちを狩ることを伝えて置く。
リスキーだが士気の低下を狙うには絶好の機会だ。
自分としては戦況を見つつタイミングを狙っての参加。
大まかな作戦としてはこんな感じだ。
もはや通信部隊も今は人を殺したいだけの快楽に飢えた屍達。
それでも、危惧するべき点がまだ残っている。
――未だ違和感の残る。忘却された記憶の中の強者。
犬歯が痛み出した。
虫歯なんてあったこともないのに、一体……
そのときだった。
『通信部隊です。奴らが現れました』
『作戦を開始します』
==========
はい、どーも竜尾です。
今回はまず平和なシンディア編ですね。
笑う棺桶討伐戦では彼女は出てこないので出番を作っておかないと…。
久々に日常風景を書いた気がします。
でもって準備完了したグーラサイド。
グーラと幹部連中と次々に会話させていきます。
ジャック戦の変なフラグが立たなければいいんですが…。
中でもやっぱりPoHとの会話は書いてて楽しかったですね。
互いが互いの真相をある程度知っているので会話の細かいところを省略しながら作りました。
お次はいよいよ戦いかと思えばもうワンクッション置きます。
【次回予告】
――そんなジャック様は、一体何を恐れるのか。
――あれに、私はずっと惹かれて来たんだ。
「だって、わたしは人を助けて死んだんだから」
「この世界で死んだ人間はどこに行くと思う?」
次回をお楽しみに!それでは。