仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第五十三話 殺人鬼と悪食の歯型

Side =ジャック=

 

事件が発生した時、目撃者に為るのは初めての体験だった。

視界に映る夕日に照らされた建物の二階から伸びるロープに吊るされ、身体に剣を突き立てられた男はもがくふりをし、呆然とした表情を浮かべた後、装備の耐久値が消滅する瞬間に転移結晶を使用した。

そんな訳で一連の出来事のトリックは全部暴いたことだし、今共に行動しているキリト達なら二日もすれば全貌を解き明かすだろうとまた最前線に向かおうとしたのだが、一応こんなことをした理由を知る必要はあったので件の男性の知り合いだと言う《ヨルコ》に話を聞く。

途中キリトに尋ねられ「さぁな」と答えたが嘘ではない。

オレが言ったのはこいつらの底がどこにあるかだ。

《殺す》演出をするってことはそれ以上に価値のあるモノがこいつらの中にあったと言うことだ。

十数分の事情聴取を終え、アスナとキリトが頭を悩ませる中、オレは二人に別れを告げそそくさとその場を後にした。

それに、ああいうのは見守るのが最善の選択だろうよ。

にしても《カインズ》って名前が違うスペルで二種類存在しているのは解っていたが、それをこんな風に使うとはなかなか面白い事をする奴もいる。

メッセージウィンドウを開いてオーカスに依頼する。

類は友を呼ぶ。

オレ達もそうであるように、『普通』の連中なんか特にそうだ。

それは外面も勿論の事、その人間の持つ内面で大きく分かれる。

つまり、これほどまでに考えを巡らせる相手の《グリムロック》とか言う奴も手を打ってくるだろう。

プレイヤーを確実に消す方法なんて限られてるけどな。

 

――その棺桶の蓋。テメェらが開ける前に開いてやるよ。

 

==========

 

やはり、事態はすぐに収束した。

事件後のタイミングを見計らってキリトに直接会ったが、まあ……別に聞くまでも内容は無く、オレの予想通りに事が運んだようだ。

そして今オレがいるのは第五十二層の一角、《リースム・ルクロ》と言う洞窟エリアにグロリアと共にいる。

オレの耳はその中を進んで往く三つの足音をしかと捉えていた。

《忍び足》スキルも使っているようだが音が少しでも残れば形として認識することが出来るに決まっている。

キリト達とこいつらが言葉を交わしてる時、オレは遠くでその姿をずっと見ていた。

ようやく尻尾を出しやがったと、口元を大きく釣り上げて嗤う。

誰にも気づかれない様に逃げ出した奴らの後を追い、そこで足音と歩幅を覚える。

《隠蔽》能力の高い装備もしているが、そう言うのを見破るのはオレの隣に呼びよせたグロリアの十八番であり、四つの眼が棺桶に戻り獲物を狙う骸を追っていた。

グロリアをその場に残し、オレだけが接近して奴らが転移結晶を使う際に宣言する階層の場所を聞きだした。

それがこの第五十二層だったと言うことだ。

ついでに此れもオレの予想だが、《笑う棺桶》のリーダーは間違いなく《PoH》だとして、オーカスや他の情報屋を凌ぎ続けオレとシンディアとの接触を徹底的に避け続けたプレイヤーが居る。

いや、情報戦で優位に立つならまだしも《異常》に気付く奴なんかアイツしかいない。

《暴飲暴食少年》だとか言ったっけな。楽しみで溜まらねぇ。

洞窟エリアの為、更に距離を離して後をつける。

反響する音を辿って余計な音を排除する。

向こう三人は《隠蔽》のお陰で殆どのモンスターに気付かれず、逆にこちらにその矛先が向くが、問題無く尾行は続いた。

所詮は『普通』の範疇でありオレの存在を快楽的恐怖だと認識している連中って訳だ。

尾行と戦闘を重ね、ようやく変化が訪れた。

距離的に変化を感じてから数分、通路の奥を覗くとそこは十字路の形をした行き止まりのエリアだった。

オレ自身第五十一層も五十二層も攻略をしただけでこんなエリアがあるとは考えもしてなかった。

手に持った《カオス・ネグリッド》を壁に叩きつけ周囲の状況を確認し、壁に刻まれた人一人なら通れそうな亀裂を見付け、振り返ってグロリアに合図を送るとその中へと飛び込んだ。

屈みながら亀裂の道を抜けた先には数人の見張りのプレイヤーだろうか、次の殺人がどうとか侵入者をどうするか話をしている。

 

「じゃあオレの姿を見たテメェらは何を口にする?」

 

狂気を張り付けた顔が暗闇から光の世界へと這い出た。

全員が一斉にオレの方を向き、同時に青褪めた者と一歩前に出た者に別れた。

「ジャック様、お下がりください」

前進して来た者は挙ってその速さに度肝を抜かれる……かと思えばそうでもなかった。

オレの姿を見ても殺しに来ようとした奴らなのだ。

それに《JtR》の広告塔となっていたグロリアの戦闘データに関しても芯の方まで調べ尽くされているに違いない。

こいつらにはそれが叩き込まれていると言うことだろう。

次の瞬間耳に入ったのは硝子の破砕音。

まあ、そうだろうな。

 

「この程度で止まる様な奴じゃねぇことだけは認めてやる」

 

「光栄です」

即答され、オレは奥の通路へと逃げようと浮遊する足場を跳び越えるプレイヤーへと目を向けた。

右腕を振り下ろすと同時に鎖を一本だけ出して取り付ける。

驚愕の表情を浮かべながら走り続けるプレイヤーに向かって態とらしく野球選手の様なフォームを取って《閃》を発動。

凄まじい速さで飛来した短剣は男の右の腿を貫き、《固定》させるとこちらに向かって引っ張り上げた。

叫び声を上げる人間釣りか……《殺人鬼》には持って来いの企画じゃねぇかよ。

壁に叩きつけた後で首元を踏みつけて短剣を上から重力に従って左目へと落とした。

今度はそれを踏みつけると爪先を柄にかけて力を加えれば包丁が食材を着るが如く、人の顔が裂けた。

目の前で青白い硝子へと姿を変え、四散する音が背後からも聞こえ、周りを見渡すと規則的に移動する床を渡る。

奥の洞窟、そこに残りの連中がいるはずだが……

瞬間、気配を感じてその方を向くと開いていた穴から映像記録結晶をこちらに向けるプレイヤーの影があった。

奴ではないなら、一応来たことくらいは伝えてやるか。

 

――見つけた、ってことをな。

 

その場所まであと数個と言ったところでようやくお迎えが来た。

「おいおい、客が来てやったんだ。フード姿でお迎えかぁ?」

「Jack the Ripper……」

恨みを込めながら発せられた言葉にオレは更に悦に浸る。

そりゃあこいつらからすればオレは散々苦渋を舐めさせられた相手、殺したくて当然だ。

だがそれは同時に今まで危惧していた者と戦うこと、此処に来てこいつらは思い知る。

 

――命の天秤をどちらに傾けるのかを。

 

そういうわけでオレの方から仕掛けさせてもらう。

鎖を解除し、短剣も鞘に収めた。

グロリアにも旋棍を手から背中に戻させ、再度PoHの方を見た。

「安心しろ、今回はテメェらに提案があってきただけだ」

「……」

「別に受けてくれなくても構わねぇが……」

一度俯いてから満面の笑みを浮かべて顔を上げた。

「良いんだな?」

「……チッ」

身を翻し、垣間見えた指でこちらに来いと合図を送られる。

随分と大きな舌打ちだったが、それが「迷ってます」って言ってる証拠なんだよテメェは。

しかし、あの時記憶したはずの奴の雰囲気がどこにもない。

通路を少し進んだところで通された部屋には追加で二人がオレ達を待ち構えていた。

確か、《赤眼のザザ》と《ジョニー・ブラック》だったか。

そんなことは正直どうでもいい、こいつらがいようがいまいが結果には何の支障もない。

オレが危険視しているのは奴だけだ。

いや、だからこそ姿を見せていないと考えるべきか。

ただの臆病者なのか、策士か。

まあ、此処にテメェがいねぇ時点で《笑う棺桶》は詰みだ。

「座れ」

並べられた椅子に座るとその横にグロリアが、対面に座った《PoH》の両隣りにザザとジョニーが並んだ。

「いいか、オレが今から話すのは全て提案だ。そこを理解しとけよ」

「んなことは解ってんだ!さっさと用件だけ言いやがれ!!」

黒い覆面のジョニーが良く吠える。

面白い事にそこには恐怖の感情は一切無い。

違う、こいつらは『死』を玩具の様に扱ってやがるんだ。

だからいくら他人に玩具を投げつけようが投げつけられようが動じない。

口では何度か聞いたことがあったが、実際にそれを成し遂げる奴を見たのはこれが初めての体験で少しだけ胸が高鳴る。

だが、言わせてみればその程度だ。

 

――浅い。

 

オレに向けられる圧倒的な筈の殺意もそうだ。

奥が見えねぇってことはその程度。一回だけのその場しのぎの感情で固めただけで中身なんてあったモノじゃない。

それでもテメェだけはまだ期待できそうだなPoHさんよぉ。

 

「単刀直入に言う。交換条件だ」

 

また難癖をつけようとしたジョニーをPoHが制した。

「Jack……それで信用できると思うのか?」

「生憎とオレは互いの妥協で攻略組いる。それ以上も以下もねぇ」

「まあ、言うだけ言ってみろよ」

「そう勘ぐるな。オレが求めんのは一つだけだ」

 

「攻略組のプレイヤーに対する殺害行為の禁止だ」

 

僅かに口元が揺れ、奴の頭に浮かんだ思考をそっくりそのまま口にした。

「何で此処までオレが攻略に固執するか。ってところか?」

「半分当たりで半分外れだ」

嘘はついていないようだが、ってことはこいつオレが攻略組を護ってると考えてやがるな……

勘は良いようだが個人まで特定出来なきゃテメェにシンディアまでの到達は限りなく不可能だ。

「別に殺すなと言ってるんじゃねぇ。あくまでも標的をズラせばいいだけの話だ」

「甘いことを言うなよJack。攻略組の連中は俺達の事を躍起になって探してんだぜ?嫌でも攻略組とエンカウントをすることになることもあるだろ」

「んなこと簡単だ」

「はァ?」

首を傾げながら滑稽な者を見る目をしているジョニーを一瞥してオレ達が入ってきたドアの方を見た。

 

「テメェらには、優秀な奴が居ることだしな」

 

オレの言葉にPoHの反応を見るよりもジョニーが黙り込んだことが肯定を示していた。

「そりゃウチの情報網に引っ掛からないギルドだ、余程情報戦に長けている奴、それも《鼠》以下正規の情報屋を凌ぐ力を持った奴だ」

足を組みながら指を一本一本編み込む。

「そいつ、確か前にオレと会ってたっけな」

「……脅しか?」

「提案だ」

さて、ここのリーダーさんはどんな決断をするんですかねぇ……。

五人の間に沈黙が流れる。

退屈を感じたグロリアも若干ソファーに寄り掛かってきて緊張感の欠片も無いが彼女にとっては嘘を見破ることが大好物であり、今更看破したところで何も面白味が無いと割り切ってしまっている。

だが、こいつを連れて来たのにも理由がある。

オレの嘘をこいつは自らの力で把握していた。

これはこれでキリトとは別の才能を開花させられる。

その為に、こいつらみたいな奴らを見させたかった訳だ。

 

――『普通』に『異常』と呼ばれる連中をな。

 

ここでようやくPoHが動き出した。

ホルスターから自身の代名詞である《友切(メイト)包丁(チョッパー)》を取り出し、穴の部分に指を掛け回転させると天井に向かって打ち上げ、包丁は回転しながらオレ達の間の空間に突き刺さった。

「良いだろう。乗ってやる」

このときオレも奴も気づいていた。

互いが互いの本当の思考の先を。

同時にもう一つ気付いたことがある。

だから嘘をついてるように見えなかったってことだ。

それでも言質を貰った以上用は済んだ。

「その言葉覚えとけよ」と言い捨てて立ち上がると三人に背を向けて歩き出す。

斜め後ろからグロリアもオレの後を追い、扉の前で笑みを浮かべながら振り返る。

「いいか?これは一つの口約束だ」

 

「オレは嘘は吐けねぇんだからな」

 

こうやって念を押せばPoHの野郎も確信を得ただろう。

ああ、正解だ。

 

――オレが見放した時点でテメェらを活かすつもりは毛頭ない。

 

オレの姿を見せる訳にもいかないと思った奴が手配したのかそこから出口までどのプレイヤーの姿も見ることは無かった。

「じゃあ」と出口間近で振り返って息を吸い込んでから一つ。

 

 

 

「Jaaaaaaaaaaaaaaaaaaccckk!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

「theaaaaaa……」

 

 

 

 

「Ripperrrrraaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

巻き舌も使いながらこの洞窟の中で長時間声が残る様に振動数を調整して叫んでから何事も無かったように二人でその場を後にした。

後ろから狂喜乱舞の絶叫が聞こえたが、無視して転移結晶を取り出し第二十層へと向かった。

 

Side =グーラ=

 

最低の置き土産をくれやがったジャックの所為で壁なんてものは何一つ関係の無くなったと言わんばかりにその声は透き通り、案の定《殺人鬼》至上主義の連中が狂い出した。

その対応に追われたのは自分と元第二拠点の住人で特に暴れる奴の足首を食いちぎり、一人一人沈静化して行った。

途中、更にもがいた奴は喉元を噛み切り無理矢理に黙らせる。

さて、と一通り落ち着いたところで三人のいる部屋に向かった。

一応会話は全部通信部隊の奴からリアルタイムで送ってもらったので全て把握しきっているけど……

自分が扉を開けると各々満足げな、それであって新しい遊びを見付けたような顔をしていた。

いや、ザザのヤツは少し違うか。

《殺人鬼》が来てすぐに頭とコンタクトを取り、先の展開をそれなりに予測して《殺人鬼》の「提案」と言う言葉を聞いてから迫られた決断に即決してやった。

もう見つかった時点で正直手遅れだ。

いつ此処がばれてもおかしくない時期だったから身構えることもそれなりに出来ていた。

そして自分は提案も何も、《殺人鬼》との交渉は全部頭だけの意見に一存すると告げた。

普段は半分半分で分けていた事を投げてやったんだ。

頭も疑問をぶつけることなく淡々と《殺人鬼》と会話を進めていた。

だが、一つ疑問があった。

 

――何故奴はグロリアを連れて来たのか。

 

《殺人鬼》ほどのプレイヤーなら今更交渉に他のプレイヤーなど連れてくる意味がない。

意味がないことをしていない奴からすればそれは考えられないことだった。

奴が嘘を吐かないスタンスを貫いているならグロリアに何かを代弁させるのかと思えば彼女は一言も発することなく《殺人鬼》の後を追い、何もせずに帰って行ったのか。

一応危惧したくは無かったが《ユニークスキル》保持者の可能性も考えて周りを見て回ったが何の《異常》も無かった。

つまりなにもされてないのだが、より一層《イナニス=グロリア》というプレイヤーの警戒を高めることとなった。

「あーあ、《殺人鬼》の野郎冷めた反応しやがって……」

不満を漏らしながらジョニーは自慢のナイフに麻痺毒を塗りたくる。

「安心しろジョニー。時期に俺達全員を巻き込んだ楽しいPartyが始まると思えばいいだけだ」

「そうっすねヘッド!」

「どうせあの野郎は最初(ハナ)から俺達を殺す気でいた」

友切包丁を引き抜いた頭は自分の方を見た。

「そう言うこと。《殺人鬼》の要求通りに殺してけば正義感の御強い攻略組は必ず中層へと降りてくる。そうなれば攻略組との接触不可なんて自分の情報網でも無理無理」

「それを解っててあの野郎は条件を俺達に押しつけやがった」

「つまり気づいても気づかなくても自分達は契約に従って殺されるってこと」

それを回避する術が解っていてもそんなモノは無駄でしかない。

もう正攻法を辿ることできない程にその歯は歪んでしまった。

ウィンドウを両手であちこちに次々と展開して往く。

 

――頭は次々と可視化されるそれを見て笑いながら友切包丁をホルスターに収めた。

 

――ジョニーは無邪気に笑みを浮かべながら両手を大きく広げた。

 

――ザザはどこか遠くを見ながら延々と冷たい空気を放っていた。

 

――そして……。

 

鼻にかけたスカーフをさらに押し上げて位置を整える。

天井まで積み上がったウィンドウを見て呟いた。

 

 

「イッツ・ショウ・タイム」

 

 

==========




はい、どーも竜尾です。
ここまで来ると結構駆け足に進めます。
あっという間に圏内事件は終局。いよいよです。

それにしてもPoHの口調がいまいちつかめないっす。
英語で書くと叫び声とかもちょっと表現しづらいかも…。

一触即発でしたがまだ討伐隊も結成されてませんしもう一話は入れていきたいですね。
最近三日に一回投稿なので文字数も増えてますしね。

【次回予告】

――赤と黒の集団の中に黄金が一つ。

――《普通》って奴だ。

――悪くない。

「半歩下がれ」

次回をお楽しみに!それでは。
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